小説。 | 短編。 | 最初。

三太君にお願い!

三太君にお願いっ!

 昼はポインセチアの赤い花が町に咲き、夜は電球の光が街を照らす。
 緑緑しいもみの木には、たくさんの飾りがまとっている。
 家族連れがプレゼントを買い込み、恋人たちが極上の夜のプランを練る。
 クリスマスは誰しもが幸せになる、そんな日。

 そんな夜に、せかせかと働くのはサンタクロースくらいだ。
 もちろん、サンタなんて昔の偽善者の名前だってことくらい誰しもが知ってる。
 いまどき幼稚園生だって、パパがサンタをやってることを知っている世の中だ。
 けどね、知ってます?
 サンタって本当にいるんですよ。そう、信じる人のそばには、必ず。

「は、早い、早いよっ。流衣」
 その名のとおり流れる衣のごとく走る流衣の運転するバイクに必死につかまりながら、三太が弱音を吐く。
「そんなんだからお前はいつまでたっても半人前なんだよ」
 む。しかし、文句は言えない。
 そう、三太は半人前と呼ばれても仕方ないのだ。
 なぜって?
「せっかく、あの元祖サンタクロースの直系の孫のくせに、たかだかプレゼントも届けられないなんてな」
 そう。三太は、皆さんご存知サンタクロースの唯一直系の孫。
 もちろん世界中に三太の従兄弟や、ハトコや、親戚のサンタが飛び回っている。その中で、将来有望とされた過去は露知らず。今では一番末っ子の一番落第生としてサンタ界の出来損ないの地位を築いている。
「去年は届けた子供に大泣きされて親置きだすし、一昨年はプレゼント袋をどこかに落として大騒ぎ」
「う……」
 やはり言い返せず、三太は口を噤んだ。
 そう、今年こそ。今年こそはちゃんとプレゼントを届け、みんなに認めてもらうのだ。
 相棒の流衣だって、口は悪いけれど、いつもみんなにいじめられる三太をかばっている。
 もう流衣のことだって馬鹿にされたくない!
 三太はふかふかの毛皮をまとった流衣の腰にギュッと手を回し、決意を固めた。

 「お疲れ。いいクリスマスを」
「おお、お前もな」
 同僚に手をふり、藤堂はその手をポケットにしまう。
 今日はクリスマス イブか。
 世の中が騒ぐ大イベントを決して忘れていたわけではない。
 どうにも女たちから今日の誘いが多いと思って、カレンダーを見直して気づいた。
 どうしてクリスマスなんかにデートしたがるかね。
 男も28になり得るものを得てしまうと、そんなもの、と思ってしまう。
 イベントごとを楽しくすごしたいという気持ちはわかるが、アイツらと過ごすのはなぁ。
 携帯電話に入った女たちの登録アドレスを見て、フゥとため息をつく。
 男友達も今夜は予定でいっぱいだろう。
 藤堂が予定を空けていると知ると、ぎょっとした目で友人の渋谷は笑った。
「セイテンノヘキレキだな。お前がイブを一人とは」
 別に誰からも誘われなかったわけじゃない、と言いたくなったがやめた。
 どうせそういうと、皮肉な返事が返ってくるだけだ。
 何かものたりないと感じるのは、クリスマスは誰かと過ごすものと植えつけられた先入観のせいだろう。
 高級シャンパンとチーズ、サラダとフランスパンを買い込み家についたのはイブもすでにあと数時間というところだった。

 「誰だ」
「っ!!」
 家に入った瞬間人の気配を感じた藤堂は、まだ見えぬ存在を強い声で問い詰める。
 呼ばれた主は、その鋭い声に怯えあがり声もだせずに動けずにいる。
 泥棒にしては、臆病すぎる。
「ったく、どこまでグズなんだよ三太は」
 静寂をさえぎったのは、呆れたような流衣の声。
「ち、違っ……だって、な、ないんだよ……っ」
 三太は泣きそうになりながら袋の中を探しているが、どうにもこういにも大切なアレがないらしい。
「なにがないんだって」
 三太に向かって話しかけたのは、今度は流衣ではなく藤堂だ。
「あ、ぼ、僕……っ」
 どうやら泥棒ではないみたいだけれど。
 留守中の自分の家に入り込み、何かしようとしていたのは事実らしい。
 サンタクロースの格好をした青年と、茶色い毛皮をまとった青年二人は、罰が悪そうに下を向いている。
「まぁ、茶ぐらい飲むか」
 藤堂の言葉に、二人は驚いたように顔をあげた。
「イブだしな」
 自分に言ったのか、二人に言ったのか。藤堂はフゥとため息をついた。

 「信じてもらえないかもしれないけど……僕はサンタクロースなんです。名前は三太」
 藤堂に入れてもらったダージリンをすすりながら、三太はニコニコしながら告げた。
「サンタクロースの三太?」
 昔読んだ漫画にそんなのがいた気がする。でもあれは漫画だ。
 現実にサンタークロースなんているわけない。
 だが、セキュリティバッチリのマンションの30階に入り込んでくるのはいささか困難だ。彼はただものではないだろうとは予測できる。
「で、こっち相棒の……流衣です」
 ふわふわの毛皮をまとった青年を指差し、三太は遠慮がちに言う。
 つまり、いわゆるトナカイということなのだろうか。
 藤堂は流衣を足元から頭まで見て、ふうん、と頷く。
 しかし、まったく状況は把握できてはいない。
第一、 サンタクロースだなんて信じていいものなのだろうか。
 いくらクリスマスイブでもできすぎだろう。
「で、そのサンタさんが俺に何のようなのかな」
 ほお杖をつきながらやさしい口調で聞き返してくれた男に、三太はフワァと優しい笑みを浮かべる。
 サンタたちは自分たちがサンタだと隠しているわけではない。
 だったらもっと地味な服を着て、こっそりこっそりプレゼントを届けるさ。
でも、だいたいサンタだなんていっても誰も信じてくれないし、からかわれたり、怒られたり、馬鹿にされるのが普通なので、おおっぴらに公言はしない。
 こうして、静かに話を聴いてくれる人はなかなかいないのだ。
「あなたにプレゼントを届けに着たんです」
「ぷっ」
 あははははは。
 藤堂の笑い声が、高そうなマンションの部屋中に響いた。
「あはははは」
「何がおかしいんだよ、あんた」
 流衣が食って掛かると、藤堂はすまなそうに笑いをこらえた。
「いや、すまない。ただ、俺はもう28だよ。四捨五入したら30だ。サンタってのは、そんな男にもプレゼントをくれるものなんだと思ったらね」
「サンタクロースは妖精でも、子供の絵空事でもありまんせよ」
 こんなダイの大人に。
 そういう藤堂に、優しく優しく三太は囁いた。
「サンタクロースのお仕事は、何かを強く望む人にその人が一番ほしいものをあげることです。それには大人、子供は関係ありません。もちろん性別も、国も、宗教も」
 三太はそこまでいい終わると、下に俯きションボリとした顔をした。
「でも……」
「でも?」
「あなたのプレゼントは、この袋の中には入っていないんです」
 三太が小脇に抱えた真っ白な袋を大事そうに見つめて言った。
「落としたのかい」
「いいえ、いいえ、そんなことはありません!この袋は……その、特別な袋で……」
「もともとモノが入ってるわけじゃねーんだよ。対象者の家までくれば、ソイツが望むものがでてくるはずなんだよ。なのに、なんもでてこないんだと」
 流衣がうざったそうに、簡潔にそう言った。
「まぁ、そうかもしれないね」
「え?」
 藤堂の落ち着いた言葉に、泣き出しそうな三太が顔をあげた。
「俺は今ほしいものが何もないからね」
「なにも……ない?」
「ああ、家もあるし、車もあるし、友人もいるし、恋人になりたいと言い寄ってくる輩もいる。それなりに給料ももらっているし、特に今ほしいものはないよ」
 確かに藤堂の家を見れば、裕福なのは一目瞭然だった。
「だってよ、帰ろうぜ。三太」
 呆れたように、流衣は投げやりな言葉をかけてきた。
 三太は一瞬声に詰まるが、首を左右に振り、不安をぬぐった。
「いいえ」
 三太のいつもの声だが、自信に満ちた強い声だ。
「サンタクロースは強い望みを持ったものの前にしか現れません。あなたは何かを欲していることにも気づいていないだけ。僕は必ずあなたの願いを叶えてみせます」
 凛とした瞳からは、いつも三太を見守っている流衣ですら言葉を失うほど強い意志が見えた。
 三太の強い思いが藤堂にも伝わったのか、藤堂は少し口の端を緩ませると笑った。
「じゃあ、お願いするよ。三太君」
 クリスマスの夜には何か不思議がおこる。
 サンタなんて信じちゃいない。けど、まぁ、面白そう、ということで。
 
「だから、流衣は帰ってていいよ」
「な、だからって、どういうことだよ」
「だって、これは僕の意地の問題だから」
 これ以上流衣に迷惑をかけるわけにはいかない。三太はそのつもりでいったんだけど、いつも、ずーっと一番近くで三太を見守ってきた流衣からしたら面白くない話だ。
「流衣は戻っていいよ」
 三太はグズで、ドジだけれど、一度決めたことは曲げない強い意思を持っている。
 ここで残ると言い張っても傍にはいさせてくれないだろう。
 それは経験でわかっていることだ。
 流衣は、面白くなさそうに後ろを向くと、ベランダに泊めてあったバイクに乗り込む。
「終わったら呼べよ」
「う、うん、わかった。ありがと」
「なにお礼言ってんだよ。俺はクリスマスを楽しく空で過ごすから、お前はせいぜい人間相手に無謀な戦い挑んでろっての」
「いたっ」
 おでこにデコピンされて、三太は痛そうな声をあげた。
「ははは。じゃあな」
 流衣はそういうと、はるかかなた空の上へと消えていった。
 さあ、ここからが本当の戦いだ。
 三太は空気を大きく吸い、藤堂と向かい合った。
「藤堂 百合也さん。よろしくお願いします」
「……ああ、よろしく」
 生真面目な天使のような心の三太に、藤堂は思わず笑ってしまった。
 真面目なんていったいどこに忘れてきてしまったんだろうか。
 高校のとき?いや、そのころにはすでに自分の周りには、打算とタテマエが渦巻いていたように思える。
 紫色のよどんだ心を嫌いだと思いながらも、次第に少しずつ少しずつそんな汚れた世界に足を踏み入れていた。そうすることで、この世界を生き抜いてきた。
 そんな自分に三太が来る日がこようとは。
「さあ、まずどうしてくれるのかな。イブの夜は長いよ」
 三太は少し考え込み、うん、と頷いた。
「クリスマス イブをやり直しましょう。今日は1年で1度の日ですよ」
 クリスマスまであと2時間。
 町は眠らずに輝いている。三太はソファに座ったままの藤堂の手を引き町へと繰り出した。
 綺麗に彩られた町のすべてに、三太は小さくため息をこぼした。
「楽しそうだね」
 皮の手袋をはめながらも、ポケットにその手をしまったままの藤堂は、幸せそうな三太の顔を見て思わず聞いてしまった。
「クリスマスの下界の町はとても綺麗で、好きなんです」
「君たちの住んでいるところはクリスマスはやらないのかい」
 サンタクロースなのに。
 藤堂は意外そうな顔をした。
「だって、クリスマスは僕たちの一番の忙しい日ですから。お祝いしている暇はないんです」
「そうか、それは残念だね」
「あ、いえ、でも、僕たちは僕たちなりのクリスマスの楽しみ方を知ってますから!」
 三太は、しまったことを聞いたという顔をした藤堂に、あわてて否定する。
「クリスマスプレゼントを受け取ってくれた人たちは、みな、心からうれしそうに微笑んでくれます。その顔が、僕には一番のクリスマスプレゼントなんです」
「……そうか」
 誰かに心から微笑まれたことなどあっただろうか。
 藤堂はふとそんなことを考えた。
 忙しく、他人の反感を買い、他人と競争しながら歩んできたこの道の上で、俺は一度だって、自分がうれしくなるようなそんな笑みをみたことがあるだろうか。
「藤堂さん?どうかされましたか」
 心配そうな顔をして覗き込んで来た三太顔を、藤堂はまっすぐ見れなかった。
 ない。自分にはそんな笑みを向けてくれる人はいない。
 はっきりとそう、つきつけられるようで、見ていられなかった。
「君の話が聞きたいな」
 藤堂はそういって、三太から目をそらしたまま、公園のベンチに座った。
「僕の話、ですかぁ。うーん」
 楽しい話かはわかりませんけど。
 そう付け足して、三太は藤堂の横にチョコンと座った。
「君は、空の上に住んでいるのかい」
「そうです。僕は空のずーっと上の天界に住んでいます」
 星たちが申し訳程度に輝く都会の空を見上げながら、三太は言った。
 そして、少しだけためて、悲しそうに三太は付け足した。
「僕たちは、人々を幸せにしたいですが、不幸にもするので、ここにはいられないんです」
「不幸?」
 サンタクロースが人を不幸にした話など聞いたことがない。
 藤堂は不思議に思って思わず三太の顔を見た。
 あのキラキラ輝く顔が、まるで暗い闇に覆われたようにくすんでいる。
「僕のおじいちゃ……祖父のサンタクロースは不思議な力を持っていました。人の願いを叶える力です。最初はみんなの願いを叶え喜んでもらっていましたが、だんだん……願いはエスカレートして……」
 そこで三太の言葉は詰まった。
 しかし、想像するには容易かった。
 サンタクロースに頼めばなんでも願いを叶えてくれるらしいぞ!
 金を出せ、人を殺せ、アイツに死よりも辛い苦しみを。
 人間は貪欲すぎる。自分勝手すぎる。
 心が綺麗過ぎる人は、この世では生きていけない。
 まして、なんでもできる可能性を持っていたサンタクロースは、心を苦しめたに違いない。
「結局、祖父は流徒さん……祖父の相棒の方や、仲間を引き連れ空に移り住んだんです」
 つまらない話でしたね、すみません。
 そう言って、三太は空元気のように笑った。
「じゃあ、君たちは人間なのか」
 ふと思った疑問をなげつけると、三太は、ニッコリ笑ってベンチから立ち上がった。
「そうです」
 同じ人間でありながら、人間の欲望に振り回され、生きる場所を失い、それでもなお、なぜ、じゃあ、人間の幸せを叶えるのだろうか。
 俺だったら……、人間を嫌いになってしまうだろう。
「どうして君はっ」
 藤堂は、目の前で真っ白な吐息を遊ばせていた三太の細い腕を、思わず握り締めていた。
「あ、と、藤堂さん!?」
「どうして君は……君たちは……それでも、それましても、人間の喜ぶ顔がみたいだなんて言えるんだ。だって、俺たちは……」
 まるで欲で塗り固められた唯一の生き物なのに。
 こんなに貪欲で、汚くて、救いようない僕らなんて助けたって、なんの見返りもないのに。
 藤堂の思いつめたような顔を捕まれていない方の手で、優しく包んだ。
 手袋もはめていないその手はひんやりと冷えていて、けれどそこからジンワリと暖かい心が流れ込んでくるようだった。
「だって、それでも僕らは人間で、あなたたちの傍にいたいんです」
 いくら利用されているとわかっていても、欲望のはき捨て場所だとしても。
 人間は一人じゃ生きていけなくて、人間は人間と触れ合うことでしか得られない幸福があって、どうしてもそれを求めてしまう。
 どんなに、どんなに辛い目にあっても。馬鹿みたいに、何度でも。
「ごめんな」
「え、あ、なんで藤堂さんが謝るんですかっ!」
 人間代表して謝ったわけじゃない。自分はそんなにエゴイストなわけではない。
 けれど、たぶん、この心の綺麗な青年を傷つけてきたのは、自分の知っている人たちや、自分と同じ人間なのだと思ったら、とても自分が悪い人間に思えてきたのだ。
「藤堂さんはとても優しい人だと思いますよ」
 三太は唐突にそう言った。
「サンタの存在を信じてくれましたし、僕を信じてくれたでしょう」
 サンタクロースなんて信じちゃいない。
 サンタクロースなんて信じたわけじゃなかった。
 ただ、今日は、クリスマスイブで。
 やっぱり、一人で過ごすことを、とても寂しがっていたのかもしれない。
 そのくせに、寂しいとか、一緒にいてくれとか、素直に言えなくて。たった一言に意地を張って、言葉を噤んで、大人ぶって。
 三太の細い腰に腕を回し、三太の胸に顔を埋めた。
 暖かな心地よさと共に、三太の柔らかな香りが鼻をかすめた。人間の香りだ。
「と、藤堂さん?」
 あわてた三太の声が耳に心地よい。
 誰かの言葉や、行動で、こんなにも心が動かされることがあるなんて思わなかった。
「甘えたさんですね」
 ふふふ、という笑い声が聞こえた。
 誰もいない深夜の公園に、二人の暖かな心音が響き渡る。
「あ」
 沈黙をやぶり三太が空を見上げ、声をあげた。
 藤堂もその声にあわせて上を見上げる。
「雪……」
 真っ黒だった空から、真っ白な雪が舞い降りていた。
 三太の顔は、感激のあまり輝いて見える。
 サンタなんだから、こんなの見慣れているはずなのに。けれど、何年たっても、何十年見ていたって、クリスマスに降る雪はやっぱり綺麗なのだ。
「ホワイトクリスマスですね」
 手を空に差し出し、落ちてきた雪をその掌にのせた。
 ふんわりとしたその雪は、一瞬だけ留まると、溶けて消えた。
 藤堂は、どうしようもなく心地よい三太の胸から体を離すと、自分の手から手袋を脱ぎ三太に渡した。
「え、あ……」
「やるよ。寒いだろ」
 三太の手はいつのまにか真っ赤になっていた。
 しかし、三太はその手袋を手にもち見つめながら、困ったような顔をしている。
「……サンタがクリスマスプレゼントもらってもいいんでしょうか」
 三太にとってクリスマスは、人々に幸せを振りまく日であって、プレゼントをもらう日ではなかった。
 それは、祖父や父からもずっと言われ続けてきたこと。
 求めてはいけない。与えるだけ与えても、僕らは決して求めてはいけないのだ、と。
「かまわないだろ」
「!」
 藤堂の声はさっきまでの藤堂と違い、なぜか少し温かみが増したようだった。
少し降り積もりつつあるこの雪すらすべて溶けそうなその声で、優しく藤堂は囁く。
「サンタも人間なんだろ」
 だったら、求めてもいいんじゃないか。
 藤堂の言葉が、じんわりと心まで響いてしみこんでいく。
 三太は手袋をはめてはにかんで笑ってみせた。
「ありがとうございます」
人生で生まれてはじめてのクリスマスプレゼントを、大切に見つめ続けた。
 藤堂はそんな三太の、けなげで無償の笑みを見た瞬間、ああ、これだと思った。
 俺が求めていたもの。
「君がいいな」
「はい……?」
「クリスマスプレゼントに君がほしいな」
「え、えええ!?」
 からかうでもなく、驚くほど真摯な藤堂の声に三太は意味がわからないと首をかしげる。
 藤堂はそんな三太を抱きしめると、三太は困ったようなあせったような顔をして、動けずにいる。
「あ、あの、その……」
「くれるんだろ。一番ほしいもの」
 三太が困った顔をしているのはわかっていた。けれど、藤堂は、選ばれた人間の特権だといわんばかりに、それから三太には何も言わせず、マンションへ連れ帰った。
「あの、ぼ、僕は……サンタで……」
 人間を求め続ける生き物。
 人間に純粋に求められる日がくるなんて。
 さっきまで雄弁に話していたくせに、藤堂はマンションにつくと何もいわずベッドに座り込んでいる。
「おいで」
 藤堂が手を招く。
 三太は何が起こるかわからぬ恐怖と、自分の本来の使命とに頭を悩ませるが、それ以上に本能で足が進んでしまう。
「ぼ、僕は……」
 純粋で、穢れをしらず、誰かのために命を削るサンタクロースを、自分の物にしてしまうなんて、まるで、自分が悪魔か地獄の死者の様に思え、藤堂は少し笑う。
「神様が許さなくても」
「んっ……」
 軽く口付けただけで三太の体はまるで鋼のように硬直する。真っ赤な服に映えるように顔も赤く染まり、その姿が心からいとしいと思えた。
「んっ、っ、ふっ……」
 顔の角度を変えてその口の中に舌頭を押し込めば、呼吸が乱れて苦しいのか途切れ途切れに甘い声が漏れる。藤堂はそんなぎこちない三太をベッドへと押し倒しキスを深くする。
 どこまでもどこまでも奪うかのようなキスに、三太は目もあけられず震える手で、藤堂のシャツの端をつかむ。
「と、藤堂さんっ……」
 藤堂がキスの合間に差し入れてきた冷たい手に、三太は声をあげる。
 その静止の声に聞こえないふりをして、藤堂は服をまくし立てる。そこには人間の体とまったく変わらない綺麗な白い肌が見え、藤堂はフッと笑った。
「君たちは人間だよ、間違いない」
 三太の下半身の反応を見て言ったその言葉に、三太はカァッと顔を染める。
「な、なにゆってっ……」
「ほしいものは手に入れる主義なんだ」
 藤堂はそう宣言すると、下半身の衣服を取り払い、三太の体にキスをする。
「んっ、うっ……ふっ」
「声を出して……聞かせて、色っぽい声」
「や……だ……、はぁ、ふぅ、はっ、あっ」
 枕に顔を隠し、声を殺す三太を見て、藤堂はいとしくていとしくて仕方ない思いがわきでてきた。
 手に入れたい。そばにいおきたい。一生、つないでおきたい。
「帰さない」
「え」
 つぶやいた瞬間、藤堂は三太を苦しいほど抱きしめた。
「ほしいんだ、君が……君が……」
 何もほしいものなどなかった。それなのにこのとまらない独占欲はどこからわいてきたのか。
 乾ききった心は水を吸収し、水を得た魚が泳ぎ始めるように。
 自分にもこんな感情があっただなんて。
 汚れた世界。汚れた人間。汚れた自分を……見せたくない、見せたくなどないのに、それでもそばにおいて、自分の心を守ってほしい。
「いますよ、僕は」
 三太は躊躇なく言った。
「あなたの願いがそれならば、僕はどこへもいきません」
 押し倒した相手の顔をまじまじと見る。優位な体制にいるのはこっちのはずなのに、三太は天使みたいに微笑んでいる。
「僕は三太です。人々に一番ほしいものを与えるのが、僕の仕事なんです」
 三太の優しい声に、藤堂は三太を抱きしめ返す。
 その瞬間、12時をさした時計が鳴り出す。
「メリークリスマス、三太」
「メリークリスマスです。藤堂さん」
 今このとき、この瞬間、こんな気持ちでいる人たちであふれているんだろう。
 ああ、そうか、クリスマスってこういう日なのか。
 藤堂は幸せに浸りながら目を閉じた。

「!」
 目をあけて藤堂はハッとする。
 時刻は25日の朝7時。
 どうやらあれから眠りに落ちてしまったらしい。
「三太っ」
 藤堂はベッドから起き上がり、広いマンションの部屋を三太を探す。
 あれは夢だったのだろうか。サンタクロースなんて……。
「だ、だから流衣……僕がプレゼントになっちゃって……」
「はぁ!?てめぇ、馬鹿いってんじゃねーぞ」
 ベランダから聞こえてきた遠慮がちな声と、遠慮のない声に、藤堂はホッとする。ベランダの外にはなにやら原付のようなものに乗りながら浮いている流衣と、それとなにやら珍しく言い争う三太。
「おはよう、三太」
 三太に後ろから抱きつきながら、藤堂は流衣を見て軽く笑う。
「あ、と、藤堂さん……」
「お前、三太に手ぇだしてどうなるかわかってんだろうな」
 流衣は藤堂を睨みつける。
「残念ながらまだプラトニックな関係だよね、三太。クリスマスは今晩だしね」
「あ、へっ、う、うん?……」
「お、お、お、お前っ……。さ、三太早く帰るぞ。だから人間は嫌いなんだーっ」
「あ、う、あ、だからね、流衣……帰れないんだ、よ」
「はぁっ!?どういうことだよ」
「朝、おじい様から手紙が来てて……」
 三太が出した手紙を流衣よりも早く藤堂が取りあげ、中を見る。
「さすが元祖サンタだね……。俺を思いっきり幸せにしてから帰って来いだってさ」
「な、なんだあのジジィ!!!」
 1人荒れる流衣をほおって、藤堂は三太の手をひき部屋の中へ引き入れると、窓の鍵をしめてしまう。
「て、て、て、てめぇぇぇぇっ」
 覚えてろよっ。という流衣の声は防音ガラスに消されてしまった。
 藤堂はおはようのキスを三太の唇に落とす。
「俺を幸せにしてくれるんだろ」
「……僕はまだ半人前なんですが……」
 困ったような表情を浮かべながらも、決意を固めたのか、三太はやっぱり微笑み、
「努力します」
 メリークリスマス。
 クリスマスは始まったばかり。

 おわり

 @田中王国国王中田@
 あ、すいません。なんか、最後までしてないし。
 なんか浮かんできちゃって書いちゃいました。続きます。っていうか、田中の小説でプラトニックは許しませんから、みたいな(笑)
 クリスマス記念小説です。田中はバイトで終わりますが、みなさまはきっとラブラブなハッピーなクリスマスイブ・クリスマスを祝うのかな?
 おめでとうございます。
 今年もぜんぜん更新せずすみません。本当。
 それでもきてくれているあなたに!メリクリ!
小説。 | 短編。 | 最初。
Copyright (c) 2007 tanakaoukokukokuounaka All rights reserved.

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