『ねぇ、まなみ愛実くん。この人だ〜れ』
『僕のパパだよ。誉ちゃんって言うの』
『ねぇ、じゃあ…この隣の人は誰?』
『僕のもう一人のパパだよ。薫ちゃんって言うの』
『ええ〜っ!おかしいわよ。おかしいっ!お家には、パパは一人しかいないものなのよ。愛実くんのお家へ〜んっ!』
そう言ったのは、僕の初恋の子だった。
「………」
はぁ、はぁ、と言う、朝に不釣合いな位、呼吸を乱して目覚めるのは、最近だと久々だった。
この頃はもう、こんな夢見ることもなくなったのに。
どんな夢かって?
そりゃ、史上最悪の大、大、大悪夢。
俺が幼稚園の時の、初恋の子に言われたセリフで、俺は自分の家がどんなに普通じゃないかを思い知らされ、その上、子供ながらにいっぱい傷ついたのだ。
初恋の子の名前なんか覚えてないし、顔も出てこないのに、そのセリフだけは、いまだ俺を苦しめる。
そう。俺の家は普通じゃないから。
「おはよう。俺のハニー。ご機嫌はいかがかなっ!?」
鍵つきのはずの俺の部屋のドアを、どうやって開けたのか、俺の……三人きりの家族の一人、ほまれ誉がベッドに腰をかけ、俺の顔を両手で挟んでくる。
「……最悪」
「そうか、最高なんだね。さぁ、ご飯にしような」
人間の言葉が通じるか甚だしい…三十一歳。
「誉ちゃ……誉!何度も言ってるけど、朝はちゃんと一人で起きられるから、入って来なくて良いってば」
寝崩れたパジャマを直しながら、ベッドから起きると、俺は無神経極まりないその男に冷たく言い放ってやった。
誉の顔をチラリと見れば、世界の終わりのような顔して震えていた。
これが、「天下の田宮誉」だって、誰が信じるかな?
「“誉ちゃん”で、いいじゃないか。なんで直すんだっ」
なんで…って。
「あ、あのねぇ…俺だってもう十七なんだよ。親の事をチャン付けで呼ぶのはもう可笑しいだろ?」
「可笑しくなんかない!!それに、自分の事も“俺”って呼ぶようになったし…まさか、まさか、愛実!お前、恋人なんか出来たんじゃないだろうなっ」
俳優業を営む誉は、セクシーさが売りだけあって、顔立ちも身体も男らしく、『老若男女GOGOヘブンな男』と異名の付くのもわかるくらい、格好良い。
そんな誉の実態が、ただの溺息子ラブなパパだなんて、誰も知らないんだろうな。
そう。誉は俺のパパ。
……誉曰く実父らしいんだけど…。
「恋人なんかいるわけないじゃないか!ほら、早く居間にいかないと、かおる薫ちゃん怒る…」
「な!なんで薫は“薫ちゃん”なんだ!や、やっぱり彼氏が!?くそっ、誰だ…殺してきてやる…」
「何に怒ってるんだよ一体!それに、なんで恋人が彼氏なんだよ。フツー彼女だろ。俺は男なんだからっ」
ったく…心外だ。
俺は、この手の言いがかりや、噂が大嫌いなんだ。
その上、恋人が男!?言語道断!
「女でももちろん許すわけじゃない…じゃないけど、愛実は美人で、聡明だから、男が寄ってくるに決まってるから、パパは心配なんだ」
「勝手に確信しないでよ」
俺は本格的にムカツイて、今だ不思議な疑いを掛けている誉を一人部屋に残し、廊下に出た。
廊下に、昨日つけたばかりの鍵の残骸があって、ため息をつく。
この家に、プライベートなんて存在しないんだろうな…。
はぁ…。
別に、隠したいものがあるとか、そういうんじゃないけど。
ただ、誉にもそろそろ息子離れしてもらわないと。
うん。だって、もう俺十七だよ?いい大人なんだよ。
「薫ちゃん、おはよう」
やたら広い田宮家のキッチンで、朝から日本料理を一から百まで作っているのは、小説書きを仕事としている、田宮薫三十歳。
俺が声をかければ、焼き途中だった魚をほっぽりだして、エプロンを外しながら駆けつけてくる。
「おはよう愛実。うん、今日も可愛いね。ほら、朝ご飯にしよう。顔を洗っておいで」
美人って言うなら、薫ちゃんの方だと思う。
男なのに、線が細い身体で、か弱そうだけど、実は田宮家一番の権力者だったりする三十歳。
外国人みたいに光る茶色の髪も瞳も、俺とは全然違う。
実際、愛実の髪は、真っ黒で髪の一本一本が細く、手で梳かせば絹のような感触を味わえるほどに繊細。
それに、男の子とは思えぬほどの細く、引き締まった身体。
筋肉が人よりついているわけではないが、無駄がない。
髪と相対するように真っ黒な瞳は、誰をもを引き寄せる魔力のようなモノがありそうなほど、深く綺麗だ。
小さく蕾んだ唇は、言葉を発しるたびにプルンと揺れ、触りたい、口付けてみたいなんて言う末恐ろしい発想を、誰しもにもたらせる。
そして、その言葉、音、声は、透き通り、ハキハキとしていて、周りの人を圧倒する力がある。
生まれながらに、人の上にたつ人…と言う感じだ。
俳優業の男と、小説家の男が、男手二つで育てたのに、溺愛したのが幸いだったのか、どうしたのか、こんな高貴な気高い息子が育ったのだ。
世も末…である。
「かおる薫〜…まなみ愛実が俺と、薫を差別するんだ。どうしよう、反抗期だ。違う、誰かに唆されたんだきっと!」
やっと起き上がる力は湧いたのか、今だ文句を言いながら誉が起きてきた。
「ほまれ誉が鬱陶しいからだよ。朝から騒々しい…」
相変わらず…薫ちゃんは、誉ちゃんに容赦ない。
気のせいか、目つきも違うような。
ベタベタされるよりだったら、全然いいんだけど。
なんでベタベタ?
それは、そう…。
薫ちゃんは、俺のパパなんだ。
しかも、薫ちゃん曰く…実父。
ね、だから言っただろ。俺の家は変なんだって。
俺をここまで育ててくれたのは、間違いなく二人で、そして家には女の人…つまり、母親って人がいないんだ。
もーっと簡単に言うと、俺の両親は、誉と薫って事なんだ。
つまり…誉と薫は…ふうふ夫夫ってこと。
ありえないと、俺も…俺の夢もそう言ってる。
けど、実際…俺と二人は…ちゃんと血が繋がってる親子らしい。
らしいってのは、何じゃなくて、書面でもなくて、一番俺が信じてないから。
確かに、二人も、もちろん俺も田宮って言う苗字を名乗ってるし。
それは、確かに本名なんだ。
だって、人間の摂理的にありえないじゃんか。
男の夫夫に子供が出来るなんて。
普通に考えて、ありえないだろ。
俺は誉の子なのか、それとも薫の子なのか…はたまた全然血の繋がらないまったく関係のない子なのか。
小さい頃から考えてるけど、全然答えがでない方程式。
そんな感じ。
十七年間、女気がない生活をしてるから、まさか…なんてミラクルワールドを信じてしまいそうにもなったけど…。
高校二年生、学校では主席を治め、そして生徒会長も勤める俺としては。
「納得できない…」
小さく呟くと、薫も誉も、ん?と言いながら振り返った。
うぅーん…恐ろしいくらいに強靭な耳ですこと。
「なんでもない。誉ちゃん、いい加減にしないと、またマネージャーさん泣くよ?」
十年以上この業界にいるのに、いまだファンは増え続け、お母さん世代から、高校生、中学生にも抱かれたいランキングナンバーワンに選ばれる誉ちゃんは、それなりに権力があるのか知らないけど、遅刻常習犯の、サボリ魔。
それと言うのも、俺と遊ぶためだったり、俺の運動会に来るためだったりとか言うから、俺は誉ちゃんのマネージャーさん、工藤さんに頭が上がらない。
マネージャー界の敏腕と言われる工藤さんは、それはそれは凄い方らしく、それを泣かせる誉ちゃんは、さらに凄いヤツ(違った意味で)なのだ。
「愛実――っ!」
顔洗い途中の俺に抱きついて、洗ったばっかりの濡れたままの顔にキスをする。
あ、キスって言うか、なんていうか…。
へ、変な意味じゃないんだからな!
変って…いや、ほんと、そうじゃなくてぇ。
俺の家は洋風なところ合って、幼い時から、嬉しかったりの表現方法はキスだったりして…お、俺からはしないよ!
もう高校生だし、端からみたら男同士キスだよ。びっくりするじゃん。頬だったり、目だったりだけどさ。
だから、俺はそんなの小学校で卒業したんだけど。
薫と誉は止めようとしてくれない。
何かあれば、必ずチューの嵐。
まぁ…家の中だけなら……いいんだけどさぁ…。
本人たちには至って普通の行為なのに、変に意識しちゃうのもなんだしね。おかしい作りになってるけど、一応血の繋がった家族だし。
「な、何!?誉ちゃん…ちょ、ん、離れて…ったく」
なんとか自分より遥かに大きい誉の身体を押しやる。
んも〜!誉まで濡れちゃったじゃないかぁ。誉は、もう既に仕事に行くときの格好。Aと言う男性向け高級ブランドの新作スーツに身を包み、数年前俺のプレゼントしたノーブランドの本当にお小遣い程度のネクタイを締めてる。
プレゼントしたのだって、俺が小学校五年生のときだから、もう六年も前だし、それに普通のデパートで買った普通のネクタイなのに、誉は何か特別なことがある日は必ずこれを締める。
ほとんどのスーツを、このネクタイの色に合わせて買ってるって言っても、おかしくないくらい。だから、誉のクローゼットの中には、色の濃く、渋い色のスーツがズラリと並んでる。
そのおかげが、テレビに出るときも衣装さんが、黒系の色を選んでくるようになったらしいんだけど、視聴者様の評判も上々だから、うん、まぁ、俺の趣味もそんなに悪くないってわけだ。
で、なんで衣装さんがわざわざ衣装を探してきてくれる俳優って職業なのに、スーツなんかを着ていくのかと言えば、俺の為だったみたい。
スーツ着て仕事に行くパパたちばかりで、家が他と違うからって苛められたら大変だって事で。
そう思ってくれたのは、なんだか子供心に嬉しかったけど、それ以前に家は他と違うんだけどな…。
それに、俺は……苛められるタイプじゃない。
一応、生徒会長なんだ。俺の通ってる男子校の。
「誉ちゃんって呼んでくれたから…。ああ、愛してるよ」
毎日この調子じゃ、愛も安売りしすぎって感じで。
「誉…そろそろ離れろ…。愛実、今日は愛実の好きなフレンチトーストだから、早く準備しておいで」
フライパン片手の綺麗な薫ちゃんが、俺の誉に奪われなかったもう片方の頬にチュッとする。
これは、挨拶。
「き、着替えてくるからっ」
それでも、毎日ドキドキしちゃうのは、誉ちゃんも薫ちゃんも飛び切りの格好よさだから。
誉ちゃんは男らしく、声は赤ちゃんでも惚れてしまうほどの美声。
薫ちゃんは綺麗の一言。でも、女みたいじゃなくて、中性的っていうか、美人なんだ。
そして、俺は。
色素の薄い二人とは、違って黒髪。黒い瞳。真っ白い肌に、女みたいな容姿。
二人は綺麗だって言うけど、俺は嫌。
それは、俺が……同性愛を受け入れられないせいかも。
現に俺は、誉ちゃんと薫ちゃんが本当に夫夫って言う関係なのか、ちゃんと確かめたことはない。
ただ、二人とも俺には、自分はパパだって言うし、俺を育ててくれたのは、二人だし…。
それを隠そうともしないから、あからさまに苛めと言うものじゃなかったけれど、噂を聞いた。
許せなかったんだ。
何が………?
ううん、違う。
正確には『誰が……?』
俺が許せなかったのは…。
「あ、薫ちゃん、俺今日夕食要らないから」
お気に入りの薫ちゃんのフレンチトーストを口に運びながら言えば、二人は鬼の形相でこちらを向いた。
「なんでだ!?くそーっ!誰だ、俺の愛実を夜誘ったやつはっ」
「…説明してごらん。俺の夕食美味しくなかったのかな。それとも誰かに誘われたのか?断りなさい。そんなの断りなさいいいね」
相変わらず…朝から二人とも、息があってることで。
でも、高校生二年生…しかも男の俺が、夜の外出くらい普通じゃないか。
まったく…。
「…ガッコの仕事。今度生徒総会があって、その資料作りだよ。夕食は顧問の林原先生が出してくれるって張り切ってたし、生徒会だけじゃなくて、学園会の人たちも一緒だよ。これなら、いいだろ」
ったく…心配性なんだから。
あ、学園会って言うのは、生徒会の補助と言うか、ライバルと言うか。
でも、仲が悪いわけじゃなくて、どちらかと言えば、弟分って感じの役割。
俺が通うブリティッシュ・リーブス学園は、政治や、法学、経済学を専門的に学ぶ学校で、結構有名な洋風男子校。
金持ち学校って話はあったんだけど、実際そうじゃない家の子達もいっぱいるし、異色の子も多い。
例えば、親が芸能人だったり、自分も芸能人だったり。
なんていうか、時間の都合がつくんだよね。学園長の凄さで。
俺も一応そんな中に入ってるのかな?
まぁ、それは置いといて。学園会の話。
俺が所属しているのは、生徒会って言って、まぁ、普通に生徒に纏わる学校行事なんかの運営、会計決算なんか取り締まってて。
それの対抗馬として作られたのが、学園会。
主に、俺たちの手伝いもなんだけど、学園側の指揮を取り締まるのはこの学園会。詳しく言えば、文化祭やなんかの時の整備や、ステージ企画。
どちらかと言えば、学園の為に働くのが学園会。
生徒重視なのが、生徒会って感じかな。
まぁ、でも取り合えず、そんなに差はないし、敵意識とかあるわけじゃない。
だって、学園会は一年生が運営している組織だし。
まぁ、二年になったら、それが繰り上がりで生徒会になるわけじゃないけど、だいたいはそうなるから、生徒会予備軍って言っても過言じゃない。
で、なんでそんなのがあるのかって言うと。
ブリティッシュ・リーブス学園(通称BL学園)は政治とか教える学校だから。
今の日本は『二院制』って言う、衆議院と参議院って言う組織が動かしてる。その予行練習っていう感じで、生徒会と学園会が作られたらしい。
生徒会が衆議院で、学園会が参議院って感じかな?
うん、まぁ、こんな感じ。
って、簡単な説明で二人は納得してくれると思ったのに、返事は予想外だった。
「ダメだ」
「ダメだよ」
ええ!?
「は?」
思わず口の端から、パンくずが落ちちゃって、俺は慌てて布巾を手繰り寄せて綺麗に拭いた。
「夜の活動をするようなら、生徒会は認めないって言っただろ。ああ、くそっ!やっぱり、愛実が生徒会長に立候補するのなんか、止めればよかった」
舌打ち交じりで、誉ちゃんは一気にブラックコーヒーを飲み干した。
誉ちゃんが舌打ちをするときは、そうとう機嫌が悪い。
これで、十八歳から禁煙してるのに、タバコなんか持ち出してきたら、機嫌は数日は直らないくらい最低ってこと。
「タバコ取ってくる…っ」
ああ…もう、やっぱり。
「誉ちゃん…っ。ちょっと、待ってよ。あのさ、俺、生徒会は辞めないからね」
高校生にもなって、俺の門限は七時半。
おかしいじゃないか。
なんども言うようだけど、俺は男だし、高校生だよ。
友達は一人暮らししてるやつもいるし、寮生だっている。
もっと、俺を解放してくれてもいいじゃんか。
「愛実。終わったら必ず電話いれるんだ。いいね?必ず迎えに行くから」
薫ちゃんまで!
なんで?なんでそこまでお節介なんだよ。
二人が、俺を心配してくれてるのはわかるけど、ここまでくると異常じゃないか。
「……俺は男だよ。痴漢なんかされないし、女に襲われたって振りほどく力くらいあるんだから!二人が心配するほど非力じゃないっ」
生徒会長やってて、勉強も運動も誰よりもがんばってるのは…二人に認められたいからなのに…!
二人にはいつまでたっても、俺が『可愛い可愛い愛実ちゃん』に見えるらしかった。
小さい時の俺は、確かに女の子に間違われるときもあったけど、最近はそんなことない。
って言うか、されてたまるか!
俺は、それが一番嫌い。
女扱いされるのがめちゃくちゃ嫌いなんだ。
冗談でも笑えない。
そうしたのは、周りの環境……なのかな。
「……………迎えに来たら、嫌いになるからね」
胸がチクリと痛んだ。
こんな事言うつもり無かったのに、でも、今更後に引けない。
俺は椅子に掛けてたブレザーと、床に置いてあった茶色の通学カバンをを掴んで、肩にかけると、振り返らないで家を出た。
二人の顔が浮かんできて、また胸が痛む。
………頭くる。
俺は、もう『可愛い可愛い愛実ちゃん』じゃないし、ファザコンでもないんだからっ!
脱・パパ。
うん、そうだ!男は、こうでなくちゃだよなっ。
それでも違和感を覚える頭と、胸を抑えつつ、俺はいつもより一本早い満員電車に乗り込んだ。
「…薫。俺は今日なるべく早く帰るから」
「その必要は無いよ。僕が迎えに行くから」
「信用できるかっ。お前が一番………っ」
「その言葉、そっくりお返しできるけどな」
日本で今一番綺麗な二人の会話は、四六時中、この世で最も愛しい息子の事だけ。
「とにかく、学校は危険がいっぱいだ…。ああ、愛実を狙っているやつらは一体いくらいることか…」
しかも、男子校。しかも、生徒会長。しかも、愛実だぞ?
あの、可愛い、可愛い愛実。
天使のように愛くるしい愛実。
初めて出会ったとき、正直呼吸を失った。
それは、二人同時にだったみたいだけど…。
「六時。時間厳守」
「了解。ああ、工藤が来てしまったか」
チャイムの音に気づき、誉は玄関へとゆっくり歩いていく。
まぁ、歩いていくだけ、一応マネージャーさんの機嫌を取ろうとしているのだろう。いつもなら、それからシャワーに入るくらいの、俺様道一直線だから。
愛実がどんなに嫌がっても、愛実に嫌われても…それでも、夜の道に愛実一人にさせる事なんか出来ない。
だって、愛実は日に日に美しくなってしまっているから。
いつ、恋人を連れてくるんじゃないかと、怯えてもいるのだ。
もちろん、つれてきたら完全犯罪で、宇宙へと飛ばす予定ではあるのだけれど。
朝の一本早い電車に乗らない理由は、満員電車だからだ。
さりげなく、薫や誉が乗せないようにしていたのだが。
でも、そう。今日の愛美は乗ってしまったのだ。
魔の満員電車……通称、痴漢電車に。
「っん……ふっ…んんっ」
混みすぎだろ〜!これは。
ドア周辺で大人しくしているつもりが、ドンドン奥へと追いやられてしまって、現在位置は、真中あたり。
人にぶつかるたび、切なげな声をあげる愛実は、まさか自分から変態さんたちを呼び寄せているとは気づいてない。
さっきから、自分の身体をさりげなく触っている手たちも、単に混んでいるからだと思っているから、なんとか我慢できている。
まさか、それがセクハラだなんて、痴漢だなんて気づいたら、たぶん、この車両を壊すくらい荒れまくっただろうから。
「あっ…やっ…ああっ」
喘ぎにも似たそんな声を出してしまったのは、カバンを人混みの足元へと落としてしまって、そのまま流されてしまったから。
うわっ!どうしよ…次の、次で降りるのにっ。
「んっ…あ、ごめんなさい…っ…あっ」
人混みの中を通してもらう代償として謝っているのに、それは、まるで懇願…エッチの時のあの哀願のようで。
それまであまりに綺麗で手が出せずにいた男たちがの理性がプツンと切れる。
息を荒がせながら、手を伸ばそうとした瞬間…。
一人の男が小さく悲鳴をあげた。
悲鳴をあげた、リーマンの腕は愛実に見えないように、一人の高校生に抑えられている
「……彼に手を出したら、今すぐ殺してあげますから」
高校生は、リーマンにそう冷たく言い放つと、足元のカバンを拾って埃を払った。
「田宮先輩。これですよね」
「え?」
人込みにやられたのか、少し赤みを増した顔を上に向けると、そこには見慣れた顔が。
でも、愛実はすぐに顔を背け、呟くように言った。
「宵威。なんだ同じ電車だったのか」
あしやしょうい芦屋宵威。
後輩。
学園会の会長。
そして、俺の……。
やっぱり少しいつもと違う空間に負けていたのか、それまでうつむき加減だったのに、鮮やかな笑みをこちらに向けてくれる。
酷い人だ。
そんな笑顔を誰にも振り撒かないでくれ。
俺だけのでいて。
先輩。
「あ、カバン…ありがと」
奪うように取るあたり、意識してくれているのですかね。
それだけで、俺を挑発してるのに…気づかないんでしょうね。
「こっちの車両の方が混んでませんよ。移動しましょう。先輩」
「ああ、うん…」
俺は宵威の後に続くように、その車両を後にした。
芦屋宵威は俺の後輩で……学園会会長で…もちろん男で…だけど、俺の…。
同性愛嫌いの、俺の恋人………だったりする。
年下だけど、格好良くて、人を惹きつける魔法みたいな何かがあって、学園会会長はこいつしかいないって、俺自ら押したんだ。
そんな相手にでも告白されたとき、嫌悪がなかったわけじゃない。
ううん、今でも嫌悪してるのかな、俺。
最低かもしれない。けど、苦手なんだ。
これが恋かもわからないし。
いまだ、名前すら人前では呼ばせない俺を、コイツはどう思ってるんだろ。
でも、こいつは、俺のことを女扱いするわけでもなくて、触っても来なくて。
人間としては、まったく嫌悪を感じないんだ。
一緒にいる…そんな仲。
恋人ですよねって、宵威に言われるたび、頷けない俺は…最低だと思う。
「先輩、どうかされたんですか?」
「いや……それより、宵威。昨日の資料、どうした?」
「ハイ。ちゃんと打ち込んで、フロッピーに落としてきました。後は印刷だけです」
「そうか。悪いな」
そうだ!今はそんなことより、生徒総会に、体育祭、文化祭!
それに、誉ちゃんや薫ちゃんに宵威のことがばれたら、たぶん、恐ろしいことになるだろうし…。
宵威にも、二人のことは言えてないし…。
ああ、もう!
とにかく、今は仕事!
愛実はカバンを胸に抱え、ドアの外を眺めた。
その後ろで、愛実に手を出そうとている輩から、宵威が愛実を守ってるなんて、気づきもしないで。
まぁ、気づいてたら、愛実の炸裂パンチが、宵威を襲ったんだろうけど。
どんなときでも、ゴーンイグマイウェイの愛実は、プライド高い姫なのだ。
学校まで後15分。
パパたちの策略と、宵威の優越を感じもしない愛実は、生徒会へと思考をめぐらせていた。
まだ朝早い時間。BL学園の生徒も、ほとんどこの通学路を歩いていなかった。
普段の時間の電車に乗っても、まだ全然余裕があるから、今日はずいぶん早い登校だ。
いるのは二人だけ…。
俺と、宵威。
「そういえば、お前、どうしていつもより早いのに乗ってたんだ?」
そう。今日は愛実は飛び出すように家を出てきて、つい乗ってしまったのが、いつもより一本はやい、さっきの電車で。
いつもは、宵威ともその電車の中で逢う。
それのに、今日はグッドタイミングと言うか、なんというか。
「あなたが俺の家の前を走っていくのが見えたんですよ。それで…」
「追いかけてきたのかっ!?」
それまで目すら合わせなかったのに、思わず宵威の顔を見てしまった。
相変わらず…羨ましくなるくらい、整った顔立ち。
「ええ。あ、でも…俺が勝手にしたことですから」
口が裂けても、痴漢いっぱいのあの時間の電車に、愛する愛実を一人で乗せたくなかったなんて、言えない。
だって、もし言ってしまえば、愛実は逃げてしまうから。
「………いいよ、そんなことしなくて…」
何だよ…それ。俺の姿が見えたから、って…。
「何故です?俺は、あなたとの登校時間ですら至福の時なんです」
宵威の言葉はストレートすぎるから…恐い。
俺は体中の熱がふつふつと沸いてくる感じに襲われた。そのまま宵威と目をそらし、どうにか平常心を保とうとするけど…。
宵威は俺へと向ける視線をどかそうとはしない。
宵威の視線を痛いほど感じて、俺はますますどうしようもなくなる。
困るんだ…ほんと。
誉ちゃんや、薫ちゃんじゃない…他の視線が苦手なんだ。
「…俺はお前とは違うんだ。ほ、ほら、HR始まるぞ…っ」
チャイムを言い訳に、俺は宵威から離れた。
その後も、背中をぴりぴりとあの視線がたどっていたけれど…、俺は振り返らずにクラスへと逃げこんだ。
「おっす。おはよ、今日はいつもより早くねぇか?」
「ん、まぁ…ちょっとね」
階段もダッシュしたせいで少し咳き込む俺に話し掛けてきたのは、俺の席の前に座っている、押切隆二。幼稚園からの俺の幼馴染の一人。
なぜか高校までいままでクラスすら分かれたことの無い、親友ってよりは腐れ縁って言う仲だ。
校則違反をばっちり決め込んで、茶色に染めた髪は隆二によく似合ってて、俺は生徒会長なのに、注意する気にもなれない。
あ、でも…隆二も一応生徒会役員だったりする。生徒会書記。
友達多いからね、隆二は。これでも人望はぴか一なんだ。
それくらい、ほんっとに日本人離れしたって感じの出で立ちなのだ。
派手な出で立ちのこいつと、真面目だねぇなんて言われる俺が一緒にいるのは、みんな意外だったみたいだけど。
なんでかな、もう一緒にいるのが当たり前みたいな感じ。
「誉さんか、薫さんに何かされたか?」
ニヤニヤ顔で聞いてくる隆二は、俺の家庭事情を知る、高校では二人のうちの一人。
「うっ…」
ちくしょう〜!なんで当たるんだよ…。
って、俺の行動パターンがいつもと一緒だからかなぁ。
あ、でも…今日は何かしたっていうよりは…。俺が勝手に怒っただけなんだけどね。
誉ちゃんにも薫ちゃんにも…悪いことしちゃったな。やっぱり。
出来るだけ早く帰って謝らなくちゃ。
「誉ちゃ…誉と薫を怒鳴って出てきちゃったんだ…。やっぱり俺が悪いよね」
カバンを机の脇に掛けながらうつむく愛実は、これぞ大和撫子って感じ。
長いまつげは、しおらしく二重瞼にかかり、揺れている。
ああ!もう…抱きしめたい!!
隆二は自分の煩悩を誤魔化すように、愛実をからかう。
「これだから、ぱぱコンは」
「なんだよ、それっ」
ムッとした、その顔も…綺麗で、美人なその顔に拍車をかけているだけだって、気づかないから、恐ろしい。
「ファザコンって言うだろ。お父さまに甘いやつらのこと。お前、小さい頃は誉さんたちのこと、パパって呼んでたじゃんか。だから、ぱぱコン」
「変なこというなよ…。昔って、幼稚園の頃だけだろっ」
「それぐらいにしとけ。隆二」
隆二に食って掛ろうとする俺の背後から、俺より二十センチ近く背の高い神崎 正宗が不機嫌そうに声を掛けてきた。
「おはよ。正宗」
「はよ〜…あれあれ?お前もいつもより早いじゃんか。いつもは愛実と一緒ぐらいにくるのにねぇ」
「………うるさい」
俺の秘密を知る、もう一人の友達正宗は、こいつも幼稚園からの幼馴染。
無口で、背が高くて、無愛想。
三拍子そろってるから、入学当初、先輩たちに絡まれたり大変だったんだけど、何を隠そう、空手、合気道、柔道に少林寺等など武道に関して達人の域に入る正宗は、一瞬でそいつらを圧倒させてしまった。
本当は、ただしゃべりベタっていうか、必要以上しゃべらないだけで、全然恐くなんかないんだけどね。
そう、そしてこいつも生徒会役員だったりする。
鉄仮面副会長と言えば、この人のことなのだ。
そう、とにかく、正宗がその三年生たちを倒しちゃった伝説のおかげで、俺に何かと絡んできてた輩もそれで声を掛けてこなくなったから、助かったんだよね。
まったく、放課後やら休み時間やらに俺のところにきて、こっちは話すこともないのに用具室とかに呼び出すし…。まったく、何が目的なのか、さっぱりだったんだよな…。
まぁ、それは終わった話だからいいんだけど。
それより、この二人。もてるくせに彼女がいない。
俺は、もてるのに彼女がいないって聞くと、どうも納得できなくて、もしかしてホモなんじゃないかな、なんて考えちゃったりする。
大好きな二人が…もしホモだとしても、俺はまぁ…二人なら友達を止める気はないんだけど…。
まさか!!二人が付き合ってたりなんかしないよなぁ…。
いや、それはないか。
出かけるときはいっつも三人だし。
「まさか、誉さんや薫さんに何かされたんじゃ…」
「…正宗まで」
はぁ…。俺ってそんなに顔に出やすいのかな。
でもさ、なんか二人の言い方だと、薫ちゃんや誉ちゃんがいっつもなんか俺にしてるみたいじゃんか。
「何もされてないし。今回悪いのは俺。誉ちゃんと薫ちゃんを変なように言うなよ…あんまり」
熱く語ってから気づいたんだけど、俺ってもしかして今、すっごい発言したような…。
「って、て言うかさ、ほら、俺が悪いんだし……そ、そだ正宗、今日日直だろ、俺日誌とってくるよ…」
「愛実、それなら俺が自分で…」
「いいからっ!それより、隆二きっと宿題してないから、見ててあげなよ」
そういい切った頃には、愛実は教室を駆け出していた。
教室に残された男二人、ふぅっとため息をつく。
「あんまり揶揄かうなよ…」
肩にかけっぱなしだったショルダーバックを降ろしながら、正宗が言うと、隆二はらしくなく真面目な顔をした。
「“誉ちゃんと薫ちゃん”なんて存在から、愛実は早く離れたほうがいいんだよ。そりゃ、血が繋がってるかもしれない二人でも、とにかくどっちかとは血が繋がってないんだろうし…。それにな、小さい頃だったらなんとなくわかるぜ?あの溺愛ぶりもさ。でも、今は愛実は高校生だ。あの尋常じゃない愛実ラブっぷりは普通じゃないだろ」
椅子の背もたれに思い切り背中を預けて、隆二は思い出したように言いつづける。
「俺たちが行っても、いまだ追い出そうとするしさー…、警戒心強いって言うか」
幼稚園時代から仲のよいこの二人を、あのパパたちが許すわけなかった。
追い払いたいブラックリストの先頭にばっちり名前が刻まれているらしかった。
遊びにいこうものなら、現場にいようが、出版社にいようが、数分後には必ず嗅ぎ付けて帰ってきて、さっさと出てけオーラを醸し出すのだから、やってらんない。
「……お前は、まさかあの二人も愛実に、俺たちみたいな感情持ってるっていうのか?」
男二人の視線は一瞬だけ合わさると、再び反れた。
「さぁね。まぁ……俺たちと似てるんじゃねぇの?見守るって感じにしては」
中学生の時に結んだ同盟は、いまだ健在だ。
愛実に近づくやからは、ぶっ殺す。
二人はそれぞれ、それぞれのやり方で愛実に求愛してくる輩を追っ払ってきたのだ。でも、愛実が成長するにつれて、恐くなってきたのは、唯一閉ざされた空間。家。
両親は二人とも男…なんて、まったく信用なら無い。
「愛実が同性愛嫌いってのが唯一幸い、か」
「そうだな」
あんなに、男に狙われる身体をしていて、今だ純潔なのは、愛実の鈍感さと、それが効いていた。
小学校の頃から、変質者、痴漢のターゲットだった愛実はいつも送迎者つきで帰えっていたから、周りの普通に狙っていた男共たちも手が出せずにいたのだが、なぜか高校になったとたん、それを拒否してしまった。
まったく…これだったら、まだ自覚があったほうがいい…。
けど、二人は、二人の口からそれを告げる気はさらさらなかった。
だって、そうしちゃったら、きっと自分たちですら警戒されてしまうから。
そんなこと、されてたまるか!
「………だが、今一番危険なのは」
「あいつだな」
苦々しい男の顔を思い浮かべ、隆二は歯軋りをした。
「愛実さんっ」
職員室から出たところで、声を掛けられ振り返ると、そこには今朝逃げ分かれた姿が。
「……宵威…学校ではその名前で呼ぶなって言っただろ」
「どうしてです?あなたのご友人は呼んでいらしたでしょう?しかも、呼捨てでした」
宵威は少し不機嫌らしかった。
普段は、ハイ、イイエの返事がまず来るから。
「……正宗や隆二と、お前は違うだろ」
「ええ、そうです。俺たちは恋人ですからね」
「馬鹿っ」
愛実は宵威の発言に血の気を失い、宵威の口をその小さな両手で塞いだ。
愛実が動いたことによって起こる風、薫る愛実の髪の香り。小さな掌の温度、そして透き通るようで存在感のある声。
それがいきなり自分の口元に触れて、宵威は不意打ちをくらって、何かが吹っ飛んだような感情に陥る。
年上の恋人は、シャイで、恥ずかしがりやで、そして幼い…。
それゆえに、キスもまだな二人のささやかな接触は、それすら珍しく。
そして、愛実の方から触れるなど、ほとんどない事だった。
「……そんな単語…こんなところで…使うなっ」
口を抑えられたのも、その白い肌が宵威の唇に触れたのも、一瞬の出来事だったが、宵威の理性を壊すのには、十分な時間だった。
「こんなところで…って、あなたはどこでも“こんなところ”になるじゃないですか」
宵威は本当に機嫌が悪いみたいだ。
「どこならいいんです?俺の家に誘ってもいっこうに来ようとはしないし、デートに誘っても、嫌の一点張り。俺たちが恋人らしいことをしてると言えば、登下校が一緒だって言うくらいですよ?」
「……宵威、ここでする話じゃないだろ」
職員室の前には人通りはないといっても、職員室の中にはいっぱいの教員がいる。生徒会長と、学園会長が立ち話をしていたとしても、不自然はないのだが、愛実はそれでも嫌だった。
「今話をしなきゃ、あなたはまた、はぐらかすでしょう。ねぇ、じゃあ、やっぱり愛実さんのお家に連れてってくださ…」
「ダメだっ!」
宵威の言葉を遮るが早いか、愛実は職員室のまん前で怒鳴っていた。
気品があり、気高い愛実が他人を虐げることは普段からあったが、こんな一方的な怒りを感情のままに伝えてきたことは、ほとんどなかった。
「愛実さん?」
毅然とした態度を装ってうろたえている恋人の名前を呼べば、ビクンと小さく怯えを表した。
いつもこうだ。
愛実さんの家族の事や、家の事を口にしようとすると、この人はきまって拒絶反応を出す。
愛実さんのクラスメイトにそれとなく探りを入れてみたが、知っている人は誰もいなくて、生徒会役員であり、愛実さんの親友…の二人にも聞いてみたけれど、問題がと言うか、門前払いを食らってしまった。
ちょっとだけ愛実と長い付き合いしているからと…大きな顔をして。
俺たちが付き合ってるんだと告げたら、どうなるんだろう。
言ってやりたい衝動にかれられたが、その後すぐ愛実の顔が浮かんできて出来なかった。
中学一年で女を知って、それからいろんな女や男と付き合ったけれど…あの人には、誰もかなわない。
好きだと告げても、気づかないくらいおくてで、そして綺麗。
誰よりも気高く、プライドが高い。
見た瞬間に、他人を引き寄せてしまうオーラがあって、捕らえられたら最後。好きになってしまう…。
性別とか、そんなのはこの人のまえじゃ…存在しないんだ。
全能。
一言で言うなら、神か全て。
そんな感じの愛実。
あの人は、俺のもの…。
手に入れられたんだ…二度と離しはしない。
再び、宵威が愛実の名前を呼ぼうとした瞬間、職員室の扉がガラリと開いた。
愛実は急に緊張が解けたように、その老年の先生の方に向かって、挨拶をすると、宵威の脇を通り過ぎた。
「…じゃあ、放課後。生徒会室で」
すれ違う途中で、そういい残したのが、愛実の精一杯だった。
はぁ、もう放課後か。
既にクラスメイトは部活へと移動したあとで、ほとんどの生徒がそこには残っていなかった。
愛実は憂鬱そうに机に突っ伏したまま、動けなかった。
昨日はあんまり寝てないから…それも原因。
寝てないは正しい日本語じゃないな。むしろ、寝させてもらえなかった。
うーん、違う。
寝られなかった。
うん、これだ。
「愛実。ほら、行くぞ」
「っ〜!痛いぞ、隆二」
BL学園指定の角張った学生カバンの角で、どうやら叩かれたみたい。
皮製のカバンは、三年間使えるようにしっかりとした作りになっていて、堅い。角なんて、鋼でコーティングささってて、何気に武器くらいの威力がありそう。
「ぼんやりしてんなよ。生徒会長。今日は会議なんだぜ」
そう。今日は月に一度の定例会。
生徒会と学園会がそれぞれ意見を出し合って、近いイベントの大まかな打ち合わせをしたりするんだ。
だから、つまり…う〜…アイツもくるんだよな。
今日は、あんまり会いたくないのに。
恋人に会いたくないって…おかしいのかな。俺。
っていうか…やっぱり、恋人ってのをOKしたのは、誤りだったのかな。
「わかってる………ん?正宗は?」
「なによー、愛実くんは僕と二人っきりは嫌なのぉ〜?」
…何キャラだよ…。
「気持ち悪い云い方はよせ。で?正宗は?」
別に隆二と二人っきりが嫌なんじゃなくて、いつも三人だから、一人掛けると変っていうかさ、やっぱり三人じゃなきゃ、みたいな感じ。
「体育館裏と、裏門」
「??」
二箇所?
「!?……っ…」
気持ち悪い…。
どしよ…。
「ほらな、お前、こういう話すると、嫌悪するじゃんか」
体育館裏と裏門は、この学園でも穴場とされているスポット。
どちらも、陰になってて、見えない場所にあるってことは…何スポットかわかるだろ…。
「一年の可愛子ちゃんたちに呼び出されたみたいねぇ。告白だけならいいんだけど。たま〜に、食いに来る子も…」
「黙れっ」
お腹の底から来る気持ち悪さをどうにか振り払い、俺は隆二を睨んだ。
正宗が何かするわけないだろ…男相手に。
ってか、人の趣味をとやかく言うわけじゃないから、正宗がその一年の子を好きなら、付き合ったってかまわない。だけど、やだ…想像とかしたくない。
「あのね、愛実。それ、差別っていうんだぞ」
自分の感情が少しだけ入ってしまい、隆二にしてはちょっとだけ厳しく愛実に言った。
幼稚園か、小学生に言うみたいに諭されて、俺は息を呑む。
そんな事いわれたって…俺、どうしても…。
「……やなんだもん…」
退行化してるのか、小さい子みたいな口調になった愛実は、いつもとのギャップにより一層幼く見える。
隆二は愛実のカバンを、机の脇から外すと、愛実の頭をポンポンとやさしく叩いた。
「……言い過ぎた」
隆二が悪いんじゃないのに。
「正宗は……後からちゃんと来るって。先行こうぜ」
隆二の掌の温かさを感じながら、俺は無言で頷いた。
『愛実君の家って、どうしてお父さんが二人いるの?』
―――どうしてって?
『だって、普通のお家にはパパは一人なのよ』
―――じゃあ、僕のパパはどっち?
―――嫌だよ!誉ちゃんも、薫ちゃんも…どっちも僕のパパだもんっ。嫌!
「田宮先輩?」
「!?」
たくさんの資料が、俺の足元にばらばらと散らばった。
しまった!
会議中にうたた寝しちゃったのか、俺…。
みんなの視線を感じながら、俺は慌てて資料を拾った。
生徒会長ともあろうものが…。なんて失態。
真っ赤にした顔をばれないように、俯き気味で拾っていたのが幸い。
なぜなら、生徒会役員も、学園会役員も誰一人も揺り起こさなかったのは、綺麗の文字が日本一似合うと呼ばれる生徒会長の寝顔があまりに、美しく、可愛らしかったから。
普段、どんな仕事も卆なくこなし、完ぺき主義者な愛実だが、その行動から思いもつかないくらい、容姿は繊細だ。
今も、恥ずかしそうにした顔がまた絶品と、いろんな生徒が盗み見していたから。
もし、愛実が気づいていたら、激しい叱咤が飛んだだろう。
まあ、でも…本日の注意力散乱魔は、自分だと思っているから大きな顔は出来ないかもしれないけど。
それに、愛実自身。まさか自分が、同性からそういった対象で見られていると、思ったことがあまりない。
それは……誰かさんたちにいつも守られてきたからなんだけど。
「…疲れていたんでしょう?大丈夫ですよ、決算報告済んだだけですから」
定位置となっている席順のおかげで隣になった宵威にそう小声で慰められるように言われて、俺は穴があったら入り込みたい気分になった。
はぁ…。今日の俺は…やっぱりおかしいよ。
「―――以上です」
「ああ、ありがとう。座っていいよ」
学園会の決算報告をしてくれた子を座らせると、俺は次の大きなイベントである『生徒会・学園会交流会』についての資料を、ちらかった自分の目の前の書類の中から、なんとか慌てず見つけ出した。
「えーと、一年生の学園会のみんなも、噂くらいは聞いているかもしれないけれど、四月のこの時期。生徒会と学園会の交流をとるために、ここにいるメンバーだけで、交流会を開いてるんだ」
BL学園きってのつわもの共で形成されてる生徒会や、学園会のメンバーもイベントや、こういった行事は好きなのだ。
一斉に、わぁ、と言う完成が会議室を包む。
愛実はその反応に少しながら、微笑を浮かべた。
……それに気づいたものたちは、再び大きな歓声を上げていた。
「この会には、教師たちは一切関与しない。―――つまり、結構無法地帯なんだ。だからといって、好き勝手できるわけじゃないけど…まぁ、案を出してくれないか。どんなのがいい?」
お堅いイメージのある愛実会長のことだから、こんなこと言っておいて、結構ダメ、ダメって言われるんだろうな、と思っていた一年のある子が、冗談半分で手を挙げた。
「お酒の持ち込みはどうなんですか〜?」
「それは…」
「お、じゃあ、その話題は俺から説明しとこう」
愛実の隣の隣に座っていた隆二が、愛実から言わせてもらえば、少し長すぎる髪を掻き揚げながら、立ち上がった。
「この会での飲酒は、実は恒例なんだ。いいか、みんな飛び切り強いやつを、ばれないように持ち込めよ。ばれても、俺たちは一切助けないからな」
これには、みんな驚いたようだ。
まぁ、こんな会開いていることだって、先生たちはほとんど知らないから。本当に無法地帯なのだ。
「ああ、じゃあ、俺からもいいですか?」
「宵……芦屋、なんだ?」
「これって、いつやるんです?日にちが曖昧なような感じなんですけど」
そう。みんなに手渡された資料には、日にちはおろか、時間、場所が書いてない。
でも、お酒はばれずに持ち込めってさっき…まさか、ここ?
一年集団の学園会の方から、不思議そうな視線が飛び交って、愛実は思わず吹き出した。
「ああ、そう…。説明してなかったな。うん、日にちは、平日夜。つまりさ、泊まりなんだ、これ」
「泊まり!?」
大声をあげたのは、一年の中で一番のクールと評判の宵威だった。
んーー。そんなに驚くことかな?
「去年までもそうだったんですか!?」
宵威の目がさっきまでと違う。怒っているか、焦っているか…とにかく感情的になっている事は明らかだった。
どうしたっていうんだよ。
「いや…今年から……俺の案で」
「どうしてです!?」
「どうしてって…」
去年は時間があったから、昼間やれたんだけど…今年はどうしても時間の都合がつかなくて、夜になってしまうことがわかったとき、真っ先に浮かんできたのはあの二人の顔。
どう考えても、夜に出歩かせてもらえるわけがない。
今まで生きてきて、十分わかる。
抜け出そうなんて、言語道断!
俺があの家にいないことなんて、すぐばれちゃうんだから…うーん、あの二人は本当すごいと思うな…ある意味。
だから、どうせなら泊まりってことにして、学校の許可をもらっちゃえば、二人も文句言えないと思ったから、泊りにしたんだけど。
「反対です」
「な、なんでだよっ」
「どうしてもです!」
普段はこういう祭りごととか、愛実の出す案に一番に乗ってくるのは宵威なのに今日はどうしたっていうんだよ…。
「おいおい、芦屋宵威学園会会長様よ。みんなの反応見てから、異議は唱えるもんだぜ」
隆二が言ったとおり。宵威以外のみんなは、既に泊り込みの宴会と聞いて、わくわくしている。
宵威は隆二だけにわかるように鋭い睨みをきかせ、握り締めていた拳を広げた。
「……わかりました。感情的になって済みませんでした」
「……?。じゃあ、いいんだな。それじゃみんな、詳しい話はまた後で書類にして渡すから。今日はこれで解散」
宵威が嫌に乗り気じゃないのが気になるけど・・・。
この計画だけは覆さないからな!
泊まりで、なんて中学校の修学旅行以来だし・・・俺としては、結構・・・・・・いや、ものすごーく楽しみなんだよ。
自分の前に散らばった書類をかき集めるようにしていた愛実に、宵威が愛実にだけわかるようにそっと耳打ちする。
「愛実さん、ちょっと時間もらえますか」
会議室にはもう帰り支度している数人の役員と、俺を待つ隆二と正宗がいるだけで、話ならここでも出来るんじゃないかって反論しようとしたんだけど、さっきの宵威らしくない行動も気になって、俺は小さく頷いた。
「じゃ、生徒会室で待ってます」
春用の薄い真っ黒のPコートを着て、宵威は先に会議室を出て行く。
その出口では、宵威を待っていたのであろう生徒(生徒会役員でも、学園会役員でもない)が、待ちわびたように宵威の元へと駆け寄っている。
宵威ってもてるんだよな・・・うん。
ここは男子校だから男しかいないけど、よく外部生の女の子も校門のあたりをうろついるし。
問題なのは、こう公然と・・・・・・男からの告白まがいの事を受けているあいつでもありそうな気がしてやまないのは俺だけかっ?
宵威は見た目も、中身もストイックっていうか、なんていうか、男になんたらするような輩には見えないからいいんだけど。いっつもくっついてるヤツラはそうじゃない。明らかに、俺の大嫌いな空気醸し出しまくりなんだ。
なんていうか、こう・・・男なのに、甘いっていうか、ハチミツみたいな・・・。
「愛実!置いてくぞ」
「あ・・・さ、先帰ってていい・・・ぞ。俺、ちょ、ちょっと用事が」
いつのまにか傍にきていた隆二の目が・・・見れない。
親友でも、やっぱりいえないもんだよな・・・。それ以前に、俺は男同士の恋愛に対して、こう・・・拒否反応というか、嫌悪を抱いていることを隆二たちはしってるわけだし。
「用事?終わるの待ってるぞ。送らないと誉さんたちに怒られるし」
誉ちゃん・・・?
ムッ。なんでそこで誉ちゃんの名前が出て来るんだよ。
「誉ちゃ・・・誉れは関係ないだろっ。いいから、帰れってば。お前らも俺を信用してないのか!?」
みんなして俺を馬鹿にして・・・。
なんなんだよ、一体。
「・・・・・・わかった。悪かったな。遅くならないうちに帰れよ」
「愛実。じゃあ、先に帰るぞ」
正宗は明らかに不本意だといわんばかりに眉をひそめ、愛実に呟いた。
お姫様のご機嫌を損ねることは、何よりも恐ろしいのだ。
愛実は眉間にしわをよせ、尊大に頷くと、二人がちゃんを帰るまでそのドアを見つめていた。
なぜ、そこまでするかというと、以前にもにたようなことがあったのだが、実際二人は帰っておらず、帰る途中で偶然を装って合流してきたのだ。
愛実様はタイソウご立腹で、三日間口を利かなくなりましたけど。
「・・・さて、行くか」
完全にその会議室から人気がなくなるのを待って、愛実は戸締りをすると、宵威の待つ生徒会室へと向かった。
続く。
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