小説。 | 100. | 最初。

● 負けられん。  ●

さっきまでいっぱいたと思っていた、この小さなカラオケボックスの中にはいつしか、俺とソイツだけになってた。
 今日は、高校のみんなでのはじめての飲み会で。
 みんな馬鹿になりながら飲んで歌って、騒ぐだけ騒いだ。
 男同士って言うのも悪くない、なんて叫びながら。
 ヘタに女とかいると、抜け駆けしたりして減ってったりするからね。
 もちろん飲むのはアルコール度数たっぷりのお酒。
 誰が持ってきたのか、最初はビールだったのに、最後は鏡月、ジン、ウィスキーが飛び交う始末。
 おかげで……俺はこんなんだよ。
 朦朧とする視界で、俺は俺を介抱している男の顔を見る。
「あれ、起きたの?大丈夫?」
 男にしてはフンワリしたその声は、ハッキリしない俺の頭の中にもすんなり入ってくる。
「……みんなはぁ〜?」
 それでもどうしてもちゃんとしゃべれなくて、口調が甘えた調子になっちゃう。
 いつもは俺、こんなんじゃないのに。こんなんじゃないのに。
 そんな俺を見て笑ったのか、千草はクスと笑って、俺に水を差し出す。
「二次会。笑笑でやるってさ。さっきいったばかりだから追いつくよ?行く?」
 その聞き方には、そんな状態でも行くの?みたいな意味が込められている事を俺は知ってる。
 そりゃそうだ。
 だって、今の俺ときたら、ちゃんと着込んできたはずの服を少し酒で濡らし、そのうえ熱くなってちょっと脱いじゃったから、着こなしもあったもんじゃない。
「ぅーん……どうしよ、かなぁ」
 俺が唇の端から水を零しながら、そういうと、再び千草は笑った。
「なにがおかしいんだよぉ……」
 ちょっとムッとして聞き返せば、千草は腹を抱えて笑った。
「ちぐさぁ〜!」
「ごめん、ごめん」
 もぅ……まったく何だって言うんだっ!
「だって、幸太、いつもはそんなんじゃないのに、ずいぶん甘い口調で話してくれるんだもん」
 千草は嬉しそうに俺の耳元でそう告げる。
「くちょおぅ〜?」
 水の入ったコップを持ったままで、首をちょこっと曲げる俺を、千草はまた笑った。
「わらうなぁ」
 千草の頭を殴ろうと思って手を振り上げたのに、その手は思うように動かず、いつのまにか手首を千草に抑えられていた。
 ちゅ……っ。
 振れるだけの、音がするキスを唇にされて、物足りなくて、俺はもう一度……と、千草に顔を近づける。
「……まったく……なんで、こんなに…」
「?」
 千草は少し困ったような顔をして、もう一度俺にキスをしてくれた。
 今度は舌を絡めるような、もっともっと濃い恋人同士のキス。
 千草の気持ち良い舌が俺の中でぐるぐるって動いて、なんだかいつもよりずっと長くキスがしてたかった。
 だけど、千草は俺が求めているより早く唇を離してしまった。
「ぁ……ぅ」
 名残惜しそうにそんな声をあげれば、千草は自分の顔を自らの手で覆った。
「幸太……なんで、今日はいつもとそんなに違うんだよ」
 顔を真っ赤にさせた千草は、俺の方を全然見ずにそう言った。
「ちがう?」
「違うよ!あ〜…もう、自覚ないの?なんでそんなに甘えてくるんだよ……可愛すぎて、今まで抑えてきた理性がいっぱいいっぱいなんだよ」
 千草が早口で捲くし立てるから、お酒がまわりにまわっている俺には、その意味がさっぱりわかんなかった。
 ただ、わかったのは、普段の俺と、酒が入った俺とが違うのが不思議だって思っているって事。
 でもさ、だってさ……それは。
「ちぐさが、キレイだからぢゃん」
「俺が?」
 千草は、両手を顔から離して、俺の顔を見た。
「そぉだよ……」
 ブー垂れている俺が、テーブルに残っていたお酒を飲もうとすると、それを千草に止められる。
「なんで……俺がキレイだったら、お前が甘えられないの?」
 千草のちょっとマジ入ったような声に、俺はプチンと堪忍袋の緒が切れる。
「きまってんだろっ!まけられねぇんだよっ」
 いきなり怒鳴ったせいで、俺はヨタヨタと後ろのソファに倒れこむ。
 うぅ……マジで飲み過ぎかも。
「負けられないって、誰に?」
「みーんなっ。クラスのヤツも、ホカのクラスのヤツも。チグサをキレイっておもうやつみーんなだよっ」
 千草は俺なんかと違って、モテモテだから。
 女も男もいっぱいよってくるから、そんなヤツらに負けられないじゃん。
 だから、いつも、虚勢張って、カッコよくしてなきゃって、思うんじゃン。
 じゃなきゃ、千草につりあわないって思うんじゃん。
 それなのに、それなのに、そう思ってるのが俺だけって馬鹿みたいじゃん。
「もー……ちぐさのばかぁ」
 俺はそのままソファで意識を飛ばした。
 慣れないのに、体に取り入れすぎたアルコールは、俺の身体の中をグルグルと回って、回って、一番素直な俺を取り出していたらしい。
「馬鹿、か」
 眠ってしまった俺の横で、千草は小さく俺の最後の言葉を呟く。
「まったく、その言葉全部そのまま返すよ」
 千草は水を口に含んで、そのまま俺に口移しでそれを飲ませた。
 千草もどうやら、俺の飲みすぎに気付いていたようだ。
「実は、ソッチの人に目ぇつけられやすい体質なのは幸太の方だって、気付いてないんだから……」
「ん……」
 口の中に、水が入りこんでくる感覚がもっとほしくて、俺は見えない目で、考えられない頭で、空中を弄る。
「俺の方が幸太にメロメロなんだからさ」
 千草の声が少しだけやさしく耳に入り込んでくる。
 それは柔らかく、やっぱり俺の頭にじんわりと染み込んだ。
 覚えるとか、記憶するって言うんじゃなくて、本能がわかってる。
「アルコール入らなくても、たまには甘えてほしいんだけどなぁ……」
 千草はそう俺の頭を撫でながら囁く。
 だって、負けらんないだもん。
 誰にも。
 それくらい好きなんだもん。
 俺はそれから、千草の暖かな手の温もりの中、二次会なんて、ここがカラオケボックスだなんてすっかり忘れて、眠り呆けた。

 翌日。
「何も覚えてないの?」
 千草にそう言われ、俺は笑うしかなかった。
「俺、何かした?」
 そう、俺の頭に昨夜の出来事は何も残ってなかった。
 朝起きたら、いつも通り自宅のベッドに眠ってたから、自力で帰って来れただろうって思って、昨日の話題を軽い気持ちで出すと、千草は少し不機嫌そうになったのだ。
 なんで?
「みんなの前で、俺の服脱がして、いますぐ抱いてくれなきゃ死んじゃう〜って叫んでた」
「ぃぇええ!?」
 そ、そんな事、う、うそだろ〜!
「……嘘だよ」
 千草はそう言うと、スタスタと一人進んで行ってしまう。
 なんなんだよ、一体。なんだか、千草、不機嫌じゃないか!?
「千草ぁ……なぁ、俺何やらかしたんだよ」
「何もしてないってば。良い子に隅で一人で飲んでただけ」
「ち、千草ぁ〜」
 明かに、嘘を並べ立てる千草の答えに、俺は思わず脱力。
 ああ、ちくしょう。俺、まさかカッコ悪い醜態さらしたんじゃないよなぁ。
「ったく……負けらんねぇのはコッチだよ」
「ぇ?」
 千草の独り言のような呟きを、俺は聞き返そうと聞いたのに、千草は一瞬俺を睨んだだけで、再び走り出す。
 俺が千草の言った言葉の意味を、ちゃんと理解するのは、まだまだ時間がかかりそうだ。

終わり。

@@@@@@@@@@田中的感想@@@@@@@@@
今回のテーマは、酔った時(^^)
お酒を飲むと、顔がすぐ真っ赤になる人、フラフラしはじめる人、
急にお喋りになる人、すぐ眠ってしまう人、
泣く人、笑う人、キス魔になる人……様ざまいるでしょうが、
今回の幸太君は、甘えたちゃんになっちゃう子でした(^^;)
ちなみに、千草君も同じ位飲んでいるはずなんですがねぇ。
彼は全然平気な様子。
と言うか、翌日にまったく残さない幸太君もすごい。
二人とも、見えない敵にハラハラドキドキ。
「負けられんっ」
って思いながら、毎日を過ごすことでしょう。
さてさて、本当に大変なのはドッチだ?
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