今宵の君は★ダイナマイト
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今宵の君は★ダイナマイト
「合コン?」
ココロは首をかしげて、友達の言った言葉を繰り返した。
ココロ、英吏と出会って三回目のクリスマスである。
普通の男子校に通っていた彼は、妹のヒトミに頼まれ、妹の通っていたLLC女学園に夏休みの2週間夏期講習だけ通った事がある。
それが晴天の霹靂だった。
だって、そこは「男をおとす勉強」をする、LLCもといラブ レッスン クラス学校だったと言うわけだ。
齢18歳の健康な男児だったにも関わらず、一切違いの妹と顔がそっくりで、しかも誰もが認める甘い性格があだとなった。
LLC女学校きってのプレイボーイ叶 英吏があろうことかココロに恋に落ちてしまったのだ。
そして、見事ココロをゲットした英吏と今はラブラブ……。
けれど、今はココロは大学生、英吏はいまだLLCで教師を続ける毎日。
毎年クリスマスは絶対一緒に過ごそうといっていた英吏だったが、急な出張でどうしても明日まででかけなければならなくなってしまったらしい。
それは、ココロを溺愛するLLCの現学園長で、英吏の兄でもある新のせいであることはお見通しだ。
けれど、仕事として任を与えられたからには行かなくてはならない。
今日の朝そんな英吏を見送って、遅れて大学についたココロに友達が声をかけてきたのだ。
「なぁ、ココロ合コン行こうぜ。合コン。お前、今日暇だろ?」
教育学部で同じ数学専攻の宮城 敦はノリがよく、口下手なココロにもよく話し掛けてくる一人だ。
「えー、今日根本くん今日暇なの?あたしたちと一緒にパーティしようよ」
宮城の声を聞いた同じクラスの女の子たちがキャアキャアと騒ぐ。
「ああ、煩いよ。今日は俺が誘ってんの。お前らはココロのそんな情報も知らなかったくせに、ぺちゃくちゃ騒ぐなよ」
「何よ、その言い方。もてない宮城は合コンとか好きだろうけど、ココロ君は違うかもしれないじゃない」
「そーよ」
自分の周りで交わされる、自分を含んだ会話にココロは言葉をはさむタイミングをすっかり失っている。
でも、確かに今日は予定はないのだ。
英吏とはあえないし、今更20歳にもなって家族でクリスマスパーティということもない。実際、今日は父親は遅いからといって、昨日の夜買ってきたケーキを家族で食べたくらいだ。
「合コン行ってみようかなぁ」
ポソリとココロは何気なく言ってみた。
「え」
「おお」
「ぇえ〜」
ココロの呟きに、賛否両論の変な声が返ってきた。
「コ、ココロくん合コンとか興味あるのぉ!?」
驚いた一人の女の子がまるでココロに襲い掛からんばかりの勢いで身を乗り出した。
興味があるか、ないかと聞かれたら、ないとは言わない。
だって、ココロだって20歳の立派な男子大学生だ。
いくらその容姿が女の子のようで、可愛らしく綺麗で仕方ないからって、そういうのに興味がないとは違うことだ。
ただ単に、今まで参加しようと思ったことも、参加するタイミングもなかったから、出ていなかっただけで。
「行ったことないから、行ってみようかなって思っただけだけど……ね」
微笑を浮かべながら答えたココロに、女の子達は微妙な思いを浮かべ笑顔を返すことができない。
女の子でも羨ましいと思う真っ白い肌に、漆黒の髪と睫毛が覆い被さる。つぶらで整った瞳は誰よりも美しく、人を誘っているように見える。
身長は少し低めだけれど、綺麗と言わずにいられない存在、それがココロだった。
幼少時代から、可愛い可愛いとはいわれていたけれど、ココロは今はそれすら超えている。
美しい。
誰もが見たその一瞬に、見ほれてしまうくらい美しく成長した。
高校時代のあどけなさも抜け、そのうなじや唇から見え隠れする色香は、女も男も魅了した。
そんなココロが合コンへ行く!?
あまりに高嶺の花だから、自分のものにはならないとわかっていながらも、そういう会に行こうとしているココロを見送るのは、なんとも胸が痛む思いであった。
「本当に行くのか、ココロ」
「蒼っ」
後ろからいつもの低いトーンで落ち着いた声で声をかけてきたのは、大学でいつもココロが一緒に居るグループのもう一人、佐伯 蒼志(さえき あおし)。
156センチのココロより、二十センチ以上高い彼は、ココロの目線に合わせるように少し屈むともう一度口を開いた。
もちろん、そんな気遣いココロは気づいていないのだけれど。
「……宮城になんてついて行かないほうがいい」
その蒼志の言葉に、宮城のこめかみはピクリと動く。
「なんだテメェ。ココロに対して過保護すぎなんじゃねぇの、蒼志はさ」
「思ったことを言ったまでだ」
「二人ともやめなよぉ……」
いつものことながら、宮城と蒼志はあまり仲が良くない。
いっつも喧嘩みたいなバトルを始めてしまう。
しかもだいたいそれが自分に関わっているなんて……ココロは知らない。
「経験だよ、経験。だって、合コンってお酒飲んだり食べたりしてしゃべる集まりなんでしょう。僕、ほらあんまり人と話すの得意じゃないし、こういう場所に言ったほういいのかもしれないし」
ココロの素直な答えに、蒼志も何も言えなくなってしまう。
誰がそんな薄っぺらい合コンの表向き理由を教えたのだろう。
合コンの最終目的は、友達をつくることでも、おしゃべりすることでもない。
そう、恋人をつくること。
ううん、もしくはその夜を楽しむパートナーを作るだけかもしれない。
どちらにせよ、お食事して騒ぐだけなんてありえない。
宮城の場合。
蒼志は人知れず、ため息をついた。
「本当に行くのか」
行くと決めているココロの意見を折り曲げるのは容易い事じゃない。
「うん。宮城、人が集まらなくて困ってるみたいだし」
ココロの瞳は人を疑うことを知らない。
純粋で恐いくらいに真っ直ぐな瞳に見つめられ、蒼志は再びため息をついたあと、宮城の方を掴んで言った。
「……俺も行く」
「ぁあ?」
宮城とココロと蒼志、同じ学科で仲はいいけれど性格も、服装も何もかも違っていた。
三人で合コンになど初めてだった。
蒼志の魂胆を読み取り、宮城は嫌そうな顔をする。
けれど、メンバーがこれで揃うのも事実だった。
けど、ヤツは100パーセントココロめあてだ……。
今日は合コンとかこつけて自分だけと出かけられると思ったのに。
「お前は……」
宮城が言いかけたとたん、宮城の携帯が鳴った。
「はい、宮城です……ぇえ?なんだよ、それ……うん、あぁ……」
電話の相手は女の子みたいだが、宮城の声は決して良い雰囲気じゃない。
女の子好きする綺麗な顔を歪ませながら、必死に相手を説得している。
「どうしたの?」
ココロが口を挟むと、宮城は電話の送話口に手を塞ぎながらこっちを申し訳なさそうに向いた。
「あっちもメンバーが揃わなくて、今二人しかいないんだってさ」
「じゃあ、中止?」
「うーん……」
宮城が唸った瞬間、宮城の目がキラリと光った。
いるじゃないか。
女の子より、女の子っぽい。
女の子より、可愛くて、綺麗。
女の子より、繊細で純粋。
そんな人。
そんな人が目の前に。
ゴクリ、と宮城の喉が鳴った。
「……なぁ、ココロ」
「ん」
「女装してくんねぇ」
「は?」
クラスは一瞬凍りついた。
「男なら俺と蒼志二人でも全然構わないし……後一人くらい見つかると思うしよ。女の子が二人っていうのはやっぱりものたんねぇじゃん」
ココロは嫌な予感を感じつつ、宮城から瞳を逸らしたが一歩遅かった。
「頼むっ!ココロ一肌脱いでくれぇ」
「ええーーっ」
もちろん、ココロがNOと言えるはずがなかった。
合掌。
「きゃー、お兄ちゃんの女装すがた久々ね」
結局断りきれず、相談した相手は妹のヒトミ。
このヒトミのせいで、ココロは一夏女装して女子校に入り込んだことがあった。
この、超女系家族根本家の末娘に。
ヒトミはクローゼットから服を出しては、これでもないあれでもないと思考をめぐらしている。
「どうでもいいよ、断れなかったの。丁度いい服選んでくれよ、適当に」
「何いってるの!ちゃんと可愛いの選んであげるからね」
当の本人はソファでクッションを抱えながら、浮かない表情。
そりゃそうだ。なんたって、公然と公の前で女装を披露しなくてはならなくなったのだ。
ココロに女装壁などあるわけない。
いくら、男の恋人がいようとも。
プルルルル。
英吏のことを考えていたからか、ココロの携帯は英吏からの電話を告げた。
「もしもし」
「ココロかい?」
フワッと甘い香りまで漂いそうな英吏の声が耳の中いっぱいに広がった。
「英吏、お仕事は?」
「ああ、今少し休憩に入ったんだ。やれやれ、出張ってのは俺のガラじゃないね」
苦笑交じりだけれど、いつもの英吏の声に何故かホッとする。
ココロが大学に入りますます会う時間が減ってしまった。
けれど、二人は万年新婚夫婦で。
電話一つにドキドキを隠せないココロを英吏はいつも愛しいと思ってしまうほどだ。
「何をしていたんだい、今日はせっかくのクリスマスだろう」
そう、クリスマス。
恋人達の真冬の聖典。
けれど、当の本人は遠い、遠い地でお仕事中。
我が侭がいえる体質なら、今すぐにでも帰ってきて欲しいといっただろう。
けれど、ココロはそれが出来ない。
そして、もし言ったとしたら、本当に英吏は飛んできてしまうから。
「うん、あのね、今日は友達と合コンに行くんだ」
「え?」
ココロの口から初めて聞いた単語に英吏は思わずびっくりした声を出した。
「だから、合コン。しかも、俺が女の子役で行くって言うんだから……もう、大変だよ」
「ま、待ってくれ、き、君が合コンに行くって?」
英吏は慌てそうになる自分をなんとか抑えつつ、電話に耳を押付けた。
あの、ココロが。
あの従順なココロが、まさか合コンに行くなんて。
しかも、自分がお仕事中に。
世界全ての女性を振り向かせる自信があるくせに、ココロに対してだとものすごい妬き持ちやきになってしまう英吏は、そんな単語をココロの口から聞きたくなかった。
「宮城にどうしてもってお願いされちゃって」
「で、なんで君が女装しなきゃいけないんだ」
英吏は自然と声がきつくなるのを自分で感じた。
もちろん、ココロがそんな些細な事に気付くわけもない。
ココロは誰よりも人の心を気にする優しい子なのに、誰よりも恋愛には鈍感なのだ。
それが自分のこととなるとなおの事。
英吏の言葉に、売り言葉が買い言葉のように返事してしまう。
「女の子が足りないんだって。仕方ないよね」
仕方なくなんてない!
だって、もしそうなら、女の子を誘えばいいのだ。
宮城という友達はココロの口から何度か聞いているが、どうも信用できない遊び人だ。そして、もう一人信用できないのは蒼志とか言うクールな男。
静かな男ほど信用できない。これが英吏のセオリーだ。
英吏はゆっくり空気を吸うと、一言告げた。
「駄目だ」
「え?」
ココロは訝しがりながらその言葉を聞き返した。
「駄目だ、そこには行っちゃいけない。家で家族と祝えばいいだろう、クリスマスはそういうものなんだし……」
「何言ってるの、英吏」
約束したものは絶対だ。
ココロは今更約束を破れといわんばかりの英吏の言葉に、意味がわからない顔をする。
英吏の複雑な妬きもち心は、ココロには伝わらない。
言わなきゃ伝わらないのに。
言葉にできないのも、またそれなのだ。
「なんで俺が行っちゃいけないの」
ココロは不満の言葉を素直に表した。
たまに英吏はこういう時がある。
ココロには危ないから、早過ぎるからと危険な仕事は決してさせない。
例えばそれが、普通のココロの年齢の男子ならしていることだとしても。
英吏の思いは過大すぎて、海よりも広すぎて、そして根よりも深い。
けれど、そのせいでココロは人より少し遅い反抗期を迎えてしまっていたのかもしれない。
外に出たいと思うさなぎのように。
ココロだって、いろんな事がしてみたい年頃なのだ。
もちろん、女装というのはココロの意に反するのだけれど。
「英吏だって合コンくらいしたことあるくせに」
電話はその一言で終わられた。
そんなこと言われたら、英吏には反撃の余地がない。
その昔、プレイボーイ英吏と呼ばれた英吏が合コンなどに行ったことがないわけがない。
むしろ、キングと呼ばれた事さえある。
けど、だから。
ココロにはそんな場所に行って欲しくないだけなのに。
そして、ココロも英吏も気付かなかったけれど。
クリスマスという恋人達のビックイベントを二人っきりで過ごせなかったことへの妬きもちで出た一言だとは、そう誰も思っていないのだけれど。
「遅いなぁ……」
合コン会場である、とある居酒屋の前で宮城は焦る気持ちを抑えつつ時計を見た。
宮城が待っているのはもちろんココロ。
それも、女装しているココロ。
宮城は今一度にやけそうになる顔を、きゅっと引き締めた。
ココロは女装を好き好んでする人ではない。
むしろ頼んでもしてくれない。
ベビーフェイスで男好きするような甘い顔をしているにも関わらず、中は芯のしっかり通ったれっきとした日本男児だ。
宮城はたまにしかみれないココロの女装姿を1人占める今夜を楽しみにできないわけがなかった。
「宮城……」
後から声をかけられ、期待に弾んだ胸を鎮めながら振り向くと。
「なんだ……蒼志かよ」
そこにたっていたのはもう1人油断のならない相手、佐伯蒼志。
ブルーでまとめた服装は、ブランド物を身につけているのに嫌味じゃない。
宮城は腹がたつほどにきれいにまとまった蒼志を、上から下まで見て目をそらした。
「ココロは」
「まだだよ」
こんなヤツと飲むために、ここにいるんじゃないのに……。
宮城がふぅとため息をついた瞬間、なだれていた頭の上から甘い、甘い雪解けのような声が聞こえた。
「ごめん宮城、遅れちゃった」
頭をあげた宮城はあまりの輝きに声を失った。
その後の蒼志なんて動く事すらできずにいる。
「宮城?」
「こ、ココロ……」
「あ、う……やっぱり変だよね、こんなの」
ココロはヒトミの見たててくれた服を触りながら、苦笑した。
変じゃない。
変なんかじゃないのだ。
変じゃないからこまるのだ。
漆黒のファーに彩られた真っ赤なワンピース。
しかもミニときたもんだから、さぁ大変。
生足に履かれた網ハイソックスは膝上十センチという、男がまさにぐっとくる長さ。しかもスカートのすそからチラチラ見えるガーターベルトが喉の奥から唾液を生んだ。
胸元のふくらみがないのでなんとか男なのだと判断できるが、一見するとただの美少女にほかならない。
少しでも触れてしまったら、歯止めがきかなくなりそうで、宮城は指一本動かせずに硬直してしまった。
それは蒼志も同じこと。
「宮城?蒼志?」
ココロが小首をかしげ、可愛らしく問う。
ああ、もう……犯罪レベルだ。
宮城は悶々と頭の中をいったりきたりする妄想と、本能の狭間でやっとのこと理性を見つけ出し、声を振り絞った。
「……女の子たちまだだけどさ、寒いから中……はいっちまおうぜ」
店を差したその指が震えていた。
寒さのせいじゃない。
蒼志もその理由は知っていた。
それが、ココロにだけ伝わらないなんて、なんて、なんて。
出来すぎた話だろう。
ポツリポツリとふってきた雪を掌で受け止めながら、蒼志はため息をつく。
「蒼も早くおいでよー」
ココロの声に呼ばれ、めったに笑顔を見せない蒼志が微笑んだ。
「今、行く」
愛しいと思う気持ちが雪のように降り積もり、積もり、埋まる。
この思いも、いつか雪のように溶ける日がくるのだろうか。
ありえないな、と思いつつ蒼志は中に入った。
温かな店内は、まるで偽りのように思えた。
約束の時間から十分たっても女の子達の姿は見えなかった。
もともと気が長いほうではない宮城は苛立ち始めたのか、とっさにメニューを引っ張り出した。
「宮城、注文はまったほうがいいって」
「飲み物くらい飲んでたっていいだろ!」
ココロがなだめても聞く耳持たず、だ。
宮城は適当に選ぶと勝手に注文してしまった。
「もう、女の子たちに怒られちゃうよ」
女の子の姿をしたココロに優しく怒られ、宮城は緩みそうになる顔を隠すようにそっぽを向いた。
「ココロ、相手にするな。だから彼女ができないんだから」
「なんだと、蒼志っ」
宮城は掴みかからん勢いで、蒼志を睨みつける。
タイプは違うが、どちらも女好きする容姿を持つ二人。
彼女ができない理由など一つしかなかった。
それは、そう……目の前の相手にメロメロだから。
もしココロ以上の子に出会えたらそんなこともあるだろうけど……とうぶんはありえそうにない。
「失礼します」
注文の品をもってきたウェートレスにより、雰囲気は一瞬にして緩和された。
ココロと蒼志、宮城の前に同じグラスが置かれる。
ピンクのシュワシュワしたそれは、グラスのキラキラと合わさってとても綺麗に見えた。
「これなに?」
尋ねたココロに答えず、宮城はいっきに飲み干す。
ボトルごといれたらしく、テーブルのはしにおかれたボトルから再び宮城はついだ。
飲んでみろよ、と目がそういっている。
ココロは宮城があまりに勢いよく飲み込んだので、飲みやすいものだと勘違いしていた。
グラスを持ち上げると、宮城がそうしたようにグッと喉に流した。
もちろん、ジュースやノンアルコールドリンクではない。
正真正銘の、お酒だ。
「ココロ、酒が飲めたのか」
店員に聞こえないように蒼志が尋ねたときは遅かった。
ココロはお酒など飲んだことはない。飲んだことがあるのは一回だけ。
しかも、LLC女学園の家庭科教師兼料理長である、和泉京太郎に作ってもらったチョコの中のたった一口にも満たないブランデーだけだ。(詳しくは、〜やまとなでしこ★対談編にて)
アルコール度数の比較的高いスパークリングワインを飲んだ直後から俯いているココロに、蒼志はもう一度声をかける。
「ココロ?」
「ん〜……」
いつものココロの清く爽やかな印象から程遠い、甘く蕩けそうな声が返ってきた。
「あっつーい……蒼志ぃ、これ美味しいぃ〜」
語順も、意味も、はちゃめちゃな言葉に蒼志も宮城もぎょっとする。
「こ、ココロ……?」
慌てた宮城がココロの傍に近寄るが、返ってきたのは言葉ではなくキス。
「ちゅーしちゃった」
「……っ」
「ぇ、あ……コ、ココロ……」
それまでの雰囲気とは違う空気が三人を纏った。
ココロはもうすでに酔っ払いで、こうなると手がつけられないし。
宮城はココロにキスされたという事実でおかしくなりそうだし。
蒼志は蒼志で、酔ったココロの豹変振りと、それにキスされた宮城への嫉妬でどうにかなりそうだし。
いわゆる、パニック状態。
そして、それを目撃してしまった二人の女の子。
「宮城、どういうこと」
そう、本日の主役となるはずだった女の子達だ。
めかしこんで、綺麗に化粧してきているが、ココロの可愛らしさには完敗だ。
そんな彼女らが今更きたところで、この雰囲気がかわりようがない。
「あたしたちが来なくても、随分楽しんでるみたいじゃない」
明らかに怒っている彼女達。
けれど、宮城だって今はそれどころじゃないのだ。
耳元で喚かれては、さきほどのキスが夢のごとく消え去っていってしまいそうで。
もっと余韻にひたりたかったのに。
「あ〜あ、うるせぇな……」
ぼそっと言った一言が引き金となった。
せっかくこの寒い中きたというのに、この言い草はなんだろう。
彼女達は怒り心頭で踵を返していってしまった。
残ったのはココロと宮城、そして蒼志。
のほほーんとしているココロを尻目に、宮城と蒼志は目を合わせた。
「どうなってんだよ」
蒼志が聞くと、宮城はにやけた口もを少しだけ直した。
「どうって……俺はしらねぇよ」
「なんでココロに酒なんて飲ませたんだよ」
「ばっ、こうなるなんて知らなかったんだよ。おい、まさか俺がわざと酔わせたなんて思ってんじゃないだろうな」
「そうすれば、キスの一つもできるからな」
「ってめぇ……」
普段の蒼志ならば口にしないような、その場の勢いの発言が飛び出してくる。
冷静沈着な蒼志には珍しいことだ。
そうとうさっきの映像がこたえたのだろう。
ココロがふりむかなくたっていい。
それがココロにとって幸せなら……。
そう考えていたけれど、目の前のこんな男に捕られるくらいなら力ずくで奪ったほうがマシだった。
「二人ともぉ、どうして喧嘩するのぉ」
甘えた口調のココロの声が聞こえてきて、今度は蒼志がココロに近づいた。
「なんでアイツにキスしたんだ」
酔ったココロがこんな風になるなんて知らなかった。
だからといって、キスを自らしたココロに責任がないともいえない。
蒼志の緊迫した空気に、ココロはちょっとだけ身をひいた。
「したかったんだも……」
「宮城とキスがかっ」
俯くココロの両肩を強く握り、強く揺さぶりながら蒼志は問い詰める。
もちろんこんなココロに尋ねたって、それが正しい答えなのかと聞かれたら根拠はない。酔った人間の言う事などに、確信などない。
それでも確めたかった。
それでも、確めたかったのは……。
ココロが宮城を好きなのかということではなくて、ただ……。
そう、ただ知りたかったのだ。
ココロの気持ちが。
色恋沙汰の話ではいつも真っ赤になって消極的なココロの話が。
「ううん、ちゅーがしたかったの」
頭から否定され、宮城は少しショックをうけた顔をした。
しかし、蒼志はそれどころではない。
というか、宮城のことは友達としか思っていないことなんてわかっていたから。
頭のどっかでは。
でも頭のどっかでは疑う方向に伸びた嫉妬もあったので、とりあえずホッとしているとは思うけれど。
「誰とでもいいのか、ココロは……」
「?」
「キスは誰とでもしていいものなのか……ココロにとって」
酔ったココロにしては珍しく沈黙をして、それからおぼつかない首を大きく横に振った。
「んーん……。英吏がいいなぁ」
その名前に、蒼志は聞き覚えがなかった。
もちろん宮城も知らなかった。
ココロは英吏の名前を学校で出す事はなかった。
もちろんあの夏の経験を誰に話すわけもなかった。
蒼志は訝しげにその名前を繰り返す。
「英吏……って誰なんだ、ココロ」
「英吏?英吏はねぇ……」
ココロが幸せそうな顔をさらに輝かせてその名前を囁いた瞬間、急にその店の空気はひんやりとなった。
「ココロ」
大きなドアを全開に開き、大きな店の中から、たった一人のココロを見つけ出したのはもちろん、その人だった。
蒼志や宮城が知らない男がそこに立っていて、ココロの名前をさも当たり前のように呼んでみせた。
綺麗な男。
でも、直感で二人はその男が気に食わないことを悟った。
なんでだかわからないけれど。
「英吏っ」
それまで宮城の腕の中にいたココロが、アルコールのせいで躓きそうになる足を前へ前へと動かしその男の胸に飛び込んだ。
それは一瞬の出来事だった。
だったのだけれど、蒼志はその一瞬の出来事で全てを理解した気がした。
「君が宮城 敦君で、君が……佐伯 蒼志君だね」
余裕を見せつけるように男は二人の名前を呼んだ。
もちろん返事はない。
「今、キスがどうとか聞こえたみたいだけど……」
「それがなんだって言うんだよ」
いきなり入ってきて、ココロを掻っ攫った男に宮城は攻撃的に返す。
友好的になれと言うほうが難しい気もするが……。
そんな宮城に英吏は耳も貸さず、ココロを抱き上げ言った。
「君がしたのはこんなキスかな」
英吏はココロの首を支えると、天然桃色の口にくちづけた。
「っん……あっ……ぅん」
少しだけあいたココロの口の中に英吏は舌をしのばせる。
それはココロの性感帯をしりつくした玩具。
ココロの舌先を回すように撫で回せば、ココロの口から嬌声があがらないわけがなかった。
「っ……ふぁん……ぁぁっ」
急に与えられた欲しかった快感に、ココロは自ら舌を絡めて行く。
普段のココロはこんなに積極的ではない。
お酒の力がココロをどんどん魅力的にし、淫らに変えていく。
英吏はそんな姿をこいつらにみられたかと思うと、さらに腹が立ち唾液を滴らせながらもそのキスをやめようとはしなかった。
「っ!」
「てめっ……」
見せ付けられている二人とってそれは地獄絵図でしかなかった。
思いを寄せていた。
愛しいと思った。
そんな相手を目の前で汚されているなんて。
殴りかかろうにもその腕にはココロがいて、何も出来ない。
胸の中がえぐられるようだった。
そして、そんなこと英吏は承知だった。
自分がそんな目にあわされたら、その恋に生きていけなくなることくらい知っていた。
知っていたからやっているのだ。
一瞬でもココロの唇を奪った罪はおもい。
英吏にだって恐いものはある。
英吏にとって今一番恐いものは、ココロのすぐ傍にいる輩なのだ。
「んっ……はぁっ…ぁっ」
甘い蜜のような糸を引きながら英吏が唇を離すと、ココロはもの欲しそうな蕩けそうな声を出した。
それはまるで、セックスの最中にもれる快感のそれで。
宮城はカッとなって英吏にの胸倉を掴んだ。
「お前誰だよ……なんの権利あってココロにこんなこと……」
宮城の血走った目に、英吏は動揺することなく言ってしまおうと思った。
彼氏だよ。
恋人だよ、と。
けど、その一言を喋る前に、目の前のココロが英吏のマフラーをぎゅっと掴んだ。
そう、ココロは普通の男の子だ。
少しだけ恥ずかしがり屋で、少しだけお人よしだけれど、誰よりも勇気のある心優しい男の子。
そんな彼は、男の恋人をもったことを後悔していないだろうか。
英吏はいつも考えていた。
誰にも口外しないココロ。
もちろん、それが当たり前なのかもしれない。
世間的にも、社会的にもココロと英吏の恋は、普通ではないから。
けれども、愛しているといわないココロ。
誰か一人にでもいい、この人が好きなのだといってくれていたらこの気持ちは少しは違っていたかもしれない。
けれど、ココロは普通の男の子で。
それを責める権利は、英吏のどこにもない。
裕福に育ち、例え自分の性癖を認めてしまったからといって何に困るわけでも、誰に恥じるでもない自分の性格とは違うのだ。
ここで英吏が一言、ココロは恋人だと言ったら。
何かは助かるけれど、ココロの何かを失う事になってしまうだろう。
英吏は腕の中で憎らしいほどに可愛らしく甘えるココロのおでこに今一度キスをすると、宮城と蒼志を交互に見た。
「……君らよりはココロを知っているモノだよ」
精一杯の強がりだった。
精一杯、ココロを傷つけないように言った言葉だった。
「それって……」
蒼志が口を開きかけたとたん、英吏とはまた感じの違うロングコートの美男子が入ってきた。
「英吏、そろそろ……」
「ああ、悪いな宮」
英吏はラビットファーのコートを翻し、ココロを抱いたまま店内から去ろうとした。
すると、それまで黙っていた蒼志が口をゆっくりと開いた。
「俺はあんたを認めない」
蒼志の言葉は、英吏の脳に強く残った。
いや、心にだろうか。
とにかく、忘れはできない言葉だった。
だって、それは、そう……誰かに認められない恋を選んだ代償だから。
「へぇ」
声は震えていなかったけれど、心が少しだけ揺れた事は、誰も知らない。
ココロのいなくなった店内は、静寂を取り戻したけれど一向に温かくなりそうもなかった。
「認めない……」
蒼志は再び呟いた。
「っ……気にくわねぇ」
英吏の存在も、英吏という何もかもが。
ボトルに入ったままのワインを一気に飲み干し、宮城は言う。
今年のクリスマスは天候と共に荒れ模様だ。
「ふぅっ……」
バサッと身体を暖かく柔らかな素材に投げつけられ、ココロは唸り声をあげる。
「どこか苦しいのかな、僕のお姫様は」
「うで……と、なんか変ぅ……」
いまだアルコールは抜けきれていないらしく、ココロの言葉はどこかたどたどしい。
「へぇ、腕が痛いんだ。そりゃそうだよ、縛ってあるからねぇ」
「えっ」
いっきに夢から覚めたかのように、ココロはガバッと身を起こそうとする。しかし、その身体は何故か重く、どこかに枷でもあるかのように起き上がることはない。
それは、アルコールのせいだけではなかった。
「え、英吏ぃ……何、これ」
両手首は英吏お気に入りのキングサイズのベッドの上に縛り付けられ、固定されている。ベッドサイドには英吏の部屋でいままで飾りのようにされていたウイスキーのボトルがいくつか並べられていた。
「それに、なんで英吏ここに……?今日はお仕事じゃ……」
ガンガンと鳴る頭のすみに、少しだけ確かな事実が流れてくる。そういえば、今日はクリスマスで、英吏は仕事で遠くに行っていたはずだ。そして帰りは27日。
それで、俺は……宮城たちと合コンにいったはず……。あれ?
「ね、英吏……俺、合コンに行かなかった?」
定まらない記憶を頼りに思い出したことを尋ねれば、ベッドサイドで仁王立ちの英吏が笑わずに言った。
「俺が行ってはいけいといった合コンにね」
前半に嫌味が混じっているようで、ココロは少しだけムッとした顔になった。
確かに、英吏は行っては駄目だと言った。
しかし、それはあまりに横暴で身勝手な命令だった。
合コンという場所に、色香をまったく感じていないココロにとってそれはあまりに勝手なお願いだった。
そう、それがただの出会いの場ではないこともあることを知らないから。
「なんで今俺ここに……」
「ココロ」
ココロの言葉を遮り、英吏はココロの寝ているベッドに膝を乗せ耳元で囁いた。
英吏の声はそれだけで身体も、心も支配してしまいそうな艶めかさがある。
そんな意図をこめた声を耳元で響かされ、ココロはゾクッと身体をよがらせた。
「君は大切なことを忘れているよ」
英吏はいまだ笑わない。
プレイボーイを絵に描いたような英吏がここまで真顔を通すのは珍しい。いつだって、怒る時だってそう、英吏はいつも口元に甘いニュアンスを見せていたのに。
「……大切な…こと?」
何故かいつもと違う英吏に恐怖を覚えてそう呟く。
どんなに英吏が怒っているのがわかっても、記憶はないのだ。
「俺が嫉妬深いっていうことだよ」
「っ……んんぅ」
強引に唇を奪われる。
奪われるようなキス。
こんなキス、久しくなかった。
恋人同士がするキスではなかった。
「やっ……何……」
いつもの甘いキスではないとすぐに気が付いた。
口の中には辛いような、痛いような苦い味がむせ返るほどに広がる。
飲み込めずに口元から溢せば、英吏が舌先でココロの唇をなぞった。
「こぼしちゃ駄目だろ、ココロ」
「いやぁ…っ、変、変だよ英吏、これ……お酒……」
そう、英吏は口一杯にウィスキーを含んでココロにキスをしたのだ。
お酒が強い人でも、ウィスキーはこんな風には飲まない。
ショットで飲む場合はあるだろうが、お酒に免疫のないココロが飲む方法じゃない。
もちろん、英吏はココロがお酒に弱い事などしっている。
しっていてやったのだ。
英吏の中は今、嫉妬の渦で自分でも制御不能だから。
「んっ……ぁぁっ……やっ、やぁっ」
英吏は再びボトルを手に取ると思い切り口に含み、ココロに口付けた。
甘い、甘いストロベリーのような香りのするココロのいつものそれはなく。強いウィスキーの馨りが部屋中を覆い尽くす。
まるで、英吏の嫉妬心を表すかのように。
いつも見慣れた英吏の部屋は、まるで知らない場所のように恐怖を呼んだ。
「はぁ、はぁっ……ごめんなさ……」
慣れないお酒を飲まされ、朦朧とする頭の中でココロはおぼつかない口調で言った。
けれど英吏はそんなココロの投げ出した肢体の上に跨ると、高そうなウィスキーをココロの肌蹴た胸元に惜しげもなくかけていく。
「ひゃぁっ……あっ」
熱い身体に流れる濃い朱色のお酒は、冷えをもたらすと共にココロの身体をいやらしく光らせた。
まるで愛液か何かがかかったかのように、ぬるぬるとゆっくりココロの身体を濡らす。
「何が」
英吏はココロの胸元に手を差し込みながら、言う。
「ぇっ、あっ……い……やぁん……っ」
何がって、どういう意味……。
何、わかんない……。
お酒のせいでか敏感な身体がますます反応して、ココロの身体が知らずに自ら震えている。
欲しているのだ。
その身体の勝手な反応が恥ずかしくて、ココロは可哀想に顔を英吏から背ける。
痛むような、浮かぶような頭で、ココロは英吏を怒らせないための最善の答えをしたはずだった。しかし、それは予想に反して英吏の怒りを更にかったようだ。
「ねぇ、ココロ。何が『ごめんなさい』なのかな」
「……何、って……」
合コンに行った事?
でも、ちゃんと電話で英吏に言ったし。
宮城たちと遊んでた事……じゃあ、ないだろうし。
お酒を飲んだこと?
でも、英吏なんて未成年の頃から飲んでたっていってたし……。
わかんない、わかんない。でも、英吏が怒ってるみたいだから言ったのに。
どうして、なんで、わかんないよ……もう。
「謝罪は容易く言うものじゃないよ」
「っ……ぁ……だ、駄目っ」
英吏はココロの胸元の奥まで手を差し込むと、そのピンクに彩られた飾りをキュッとつまんだ。
鎖骨が見えるほどにココロは仰け反ると、広い英吏のプライベートルームから零れてしまいそうな甲高い嬌声を鳴らした。
もちろん、ここは完璧な防音になっているので漏れることはないけれど。
「ぁああっ」
「君は誰にでも簡単に謝り、流される……。それがどんなに理不尽なことだろうとね。そうだろ?」
違う。
違う、そんなの違う。
けれど、英吏がなんでこんなに怒ってるのかその原因がわからないうちは、どうしようもなかった。
「キスまでしてしまうんだからね」
え――。
ココロはその大きな瞳を広げ、英吏の顔を見た。
お酒のせいでぼんやりしているが、怒っていると言うよりは哀しそうな顔をしている。
「……キ、ス…?」
誰に?
いつ?
お酒が入ると記憶がまったくなくなってしまうココロは、もちろん自分がお酒を飲んだらどうなるかなんて知らない。
よもや、男好きの淫乱になっちゃうとは思ってもいないだろうけれど。
でも、とりあえず、キスは事実。
ココロは宮城にキスをした。
「無垢なふりして、知らないふりかい」
「そんなっ……ちがっ」
ココロは乱れた服をそのままに、首や肩を大きく左右に振った。
そんなココロを見ても、英吏は手首の紐をほどく気もなければ、こんな無理やりな行為を止めることもしなかった。
できなかった。
頭で分かってても、心がついていかない。
ココロが好きで、好きで、恐いくらい好きで。
1年経てば落ち着くかと思ったのに、三年たってもかわりはしない。
それどころか、気持ちは増えるいっぽうで。
収まる場所の失った気持ちは、溢れて零れる。
じゃあ、零れた気持ちはどこへ行けと言うのだろう。
毎日、毎日離れていても傍に居てもココロしか考えられないのに。
ちょっとした傷は、刺激を与えて大きくなって大きくなって、治りずらい病気になる。
恐いのだ。
年の差も、離れている距離も、様々な違いも。
何もかも一緒だったら、こんな不安はないだろうに。
そんな恋愛はほとんどない。
誰もがその違いを埋めようと必死に愛して恋をするのだ。
一生懸命。
でも、どこか間違うと……恐いくらいにその人を傷つけたくなる。
自分でつけてあげたくなる。一生消えない傷を。
心の中に。
「君は宮城 敦にキスしたんだよ」
英吏は意地悪そうにそれを告げた。
罰だ。
英吏が思ったとおりココロは心を苦しめ、驚愕の表情を浮かべた。
泣き出しそうな顔を必死に堪えて、それから口を開いて必死に訴える。
「ごめんなさ……っ……英吏、英吏っ」
自分がそんなことをした記憶はない。
けれど、英吏がここまで怒って嘘をつくとは考えられなかった。
「……ぅ、ごめんなさいぃ」
「泣かないでココロ」
一拍あって英吏はそう優しくココロに言った。
「泣いたら俺が苛めているみたいだろう」
「ふっ、痛っ……ぁっ……」
暗い部屋にはろうそくの灯りだけがともっていた。
けれど、それがベッドサイドにあるせいでココロの恥辱にまみれた顔と、真っ白な純白のほのかに赤く染まった身体だけははっきり見えた。
ヒトミに借りた真っ赤なワンピは、既にくしゃくしゃになってほとんど肌を隠していない。
わざといやらしく見えるように、スカートの中から手をさし伸ばされココロは声をあげた。
「ああっ」
「ガーターベルトまでつけてるんだ。用意周到だね」
短いスカートから覗き見えた真っ黒なガーターベルトと網タイツの足が恥ずかしそうにベッドで動く。
「俺以外に彼氏を作るつもりだったとか?」
「何いってるの……英吏っ……ぁんっ…ふっ」
ココロがどんなに叫んでも、今の英吏には届かない。
キスがどんなに重いものか、それは誰よりもココロが思っていたことだ。
「こんな服をきれば、いちころだろう」
「ひゃっ……駄目っ」
英吏はココロの静止もきかず、ココロの足から布を引っ張り、タイツをガーターベルトごと裂いた。
ビリッという意味を持った効果音とともに、ココロの素足があらわとなり、揺れる明かりに映し出された。
白く、艶かしい肌。
英吏は見えた素肌に舌頭を走らせる。
滴るほどの液がココロの足を濡らし、英吏の跡を残す。
「ひゃあっ……あっ、そこっ駄目っ」
太ももから入った舌は、ゆっくりゆっくりと場所を変え下肢に近づき、ココロの奥の蕾の中へと侵入する。
「っ、あっ、駄っ……あぁんっ」
英吏も飲んでいるお酒のせいだろうか。
普段よりもぬれぬれになった舌が中に入り込み、可笑しいくらいに身体を弄ぶ。
まだ弄ってもらってないのに前の部分までもがピンッと張り詰め、愛液を溢していた。
「……英吏っ、英吏っ……それ、や……」
じゅじゅっと言う舌先を使って、すするような音を出しながらソコを責める。
「やぁっ……英吏っ、止めてっ、やだっ、お願……ぃ」
それは、何年つきあっていてもココロが英吏に頑なに拒んできた行為でもあった。身体を舐められるという行為自体に抵抗はあったが、恥ずかしい部分を舐められるなんて考えただけでどうにかなりそうだった。
英吏はココロが嫌がることは絶対にしない。
だから、今まではしたことがなかったから。
ココロが嫌がるから。
けれど、今日は違う。
ココロを辱めて、苛めて、泣かせる。
そうして、心の中に自分しかいられなくしたい。
嫉妬にかられた英吏の頭の中に、今は煩悩と本能しか存在しない。
「あっ、ああっ……もぉ、ダメェっ」
ひくひくと動く蕾の中に、英吏は舌と指を押し込む。
ずっと奥の方まで感じる圧迫感と共に、体中がゾクゾクするような快感が襲う。
英吏は怒っている。けど、英吏のお仕置きはずるい。
本当に痛くしたり、殴ったり蹴ったりするのとは違う恐怖が襲う。
心を支配される。
英吏の指が自分の中で動くたび、こころはマリオネットになったようにその心も身体も支配される。
従順なココロ。
受け側でも流れを掴む事はできる行為だけれど、そんなことできるはずもない。
そうしているときだけは、英吏はココロの全てを支配できるのだ。
自由奔放で、行動的で、一人でいろいろ考えちゃうココロ。
そんな愛しい人を独り占めしてしまいたいと思うのは、我が侭なのだろうか。
「ぁっ、やっ、……ひゃあっ……ぁっ」
ココロの中を弄りながら、英吏は笑った。
「好きだよ」
本心だった。
ココロもそれが本心だとわかった。
「でも、駄目。今日は許さないからね」
英吏はココロの中から引き抜いた指を、わざとココロに見えるように舐めるとその手でボトルを取った。
そう、ウィスキーのまだ並々と入ったボトルだ。
口でコルクを引く抜くと、そのボトルの口をココロの入り口へとあてがう。
「おかしくなる君が見たいな……俺のせいで、我を忘れて狂う君を、ね」
そんな恐ろしい甘い台詞を履きながら、英吏はボトルを傾けた。
「ひゃああっ……何、何っ、やっ」
冷たい液体を下半身で感じ、ココロは腕が擦れて痛いのも忘れてベッドでよがる。
ウィスキーをココロの蕾に流し込めるだけ流し込むと、指を押し込む。
アルコールと熱と精液で濡れたソコは指を吸い込むように中へと誘い、いつもよりも奥へ奥へと入っていく。
「もっ、駄目っ……恐ぃ……っお願い英吏ぃ……」
触られたことのない場所を触られ、自分じゃ確認できない場所を弄くられる。
ココロは恐怖と動揺で涙を流しながら、英吏に懇願するが、英吏は聞く耳もたず。
こんな場所お前は触ったことないだろう、と妄想で宮城に見せつけるようにココロの身体を弄ぶ。
お腹の中が熱くて、熱くて、おかしくなりそうになる。
どうにかしてほしくて、頭が朦朧とする。
欲しい快楽が与えられず、身体は悲鳴をあげている。
もう限界だった。
ココロは、意識も定かではない頭で英吏に切願する。
「お願い……してぇっ……英吏、英吏ぃ」
ココロの可愛いおねだりに、英吏は一瞬心奪われながらも、ココロに尋ねる。
「何をしてほしいの?」
「……もっと、中、中ぁ」
何がどうなのか自分でもわからない。普段のココロなら絶対に言わない言葉が次々に溢れてくる。
「中をどうするんだい?」
「英吏の……入れて……触って」
「何で触るんだい?手では触ってあげたよね」
英吏はわざとココロの入り口を指でなぞり、さらに足りない悦を与える。
それは欲求不満をさらに募らせた。
「ああぅっ……ふっ……も…早くぅ」
「だから、何で触って欲しいの?」
英吏はにこやかにそう尋ねた。
ココロは唇をきゅっと閉ざしたあと、溜め込んだ息を喘ぎと一緒に吐き出して言う。
「……そのおっきぃの……入れて触って……っ」
スーツの下でその存在を露にしていた部分を瞳で訴え、ココロは顔を真っ赤にして涙を流しながら言った。
もう身体も心も限界だった。
英吏は大きな雫を流すココロのおでこにキスしながら、人知れずため息をつく。
「まさか、こんな顔は誰にも見せていないだろうね」
「?」
「……俺だけの特別だって、わからせておくれ。ココロ」
英吏はココロの腰をもちあげると、自らのジッパーを開きお酒の水分と液で濡れた中に大きな存在を押し込んだ。
「あああっ……英吏っ……英吏ぃっ」
「そう、もっと名前を読んで……君の中にいる男の名前を」
「んぁあっ……英吏ぃ…好きぃ」
致命傷だった。
何があっても平気だなんていえない。
でも、とりあえず、好きって言ってもらえるのは世界でただ一人だと今は思えるから。
単純なのかもしれない。
会えなくて、おかしくなりそうなのは自分なのに。
英吏はココロの中を何度も何度も抜き差ししてココロの快楽を誘う。
「ぁっ、はっ……ああっん」
「俺だけだよ、ココロをこうできるのは……」
誰に言うわけでもなく、英吏は身体を動かしながら呟いた。
何もないから不安で、何もないから嫉妬もする。
けっして越えられない距離は、一生ココロを思うために与えられた障害なのだ。
好きで、好きで、おかしいくらい好きで。
食べてしまいたい。
「不安にさせないで」
身体だけじゃ駄目、心だけでも駄目、まして言葉もなくてはだめ。
何がかけても俺はきっと君を壊してしまうから。
「いつか、ココロは俺に傷つけられるよ」
わかってほしい。
この行為に溺れる自分の本当の気持ちに。
気持ちいいからじゃない、優越感に浸りたいのでもない。
これは、そう……いわば、最高の告白。
「んっ、ああっ……もっと、もっとぉ……」
「してあげるよ、いくらでもね」
ココロの細い腰は、震えてガクガクとしながらそれでも英吏を欲した。
それが、アルコールの力だけじゃないと思いたかった。
「わかってる?俺がどれだけ君とのキスを大切にしてるか」
「っ……うんっ…ぁっ、英吏ぃ……」
英吏は角度を変えココロの中に今一度大きくなった熱棒を突きつけ、ココロの熱い唇に口付けた。
それは、英吏の思いを込めたキス。
受け止められなくて、唾液が溢れる。
まるで、英吏の気持ちのように。
どんどんどんどん溢れて、それすらココロの身体に流れ込み支配する。
どこにいたって、こんなことしている気持ちになるように。
本当にそんなことできたらいいのに。
「あーっ……っ」
何度目か突き上げた瞬間、ココロは喘声と共に記憶を失った。
英吏の妬きもち心を一心に受け止めて。
美しい鳥の声。
眩しい朝の日差し。
そして、香ってくるブラックコーヒーの馨り……。
「え……コーヒーって……!あっ……」
ガバッと身体を起こして、あまりの頭痛にココロは再びベッドにノックダウン。
唯一動かせる瞳を動かせば、そこは見慣れた英吏の部屋。
けれど、今絶対自分がいるのはおかしい部屋。
「なんで……俺、ここに?」
独り言でつぶやけば、置くから丁寧に豆まで引いていれたコーヒーをもってきた英吏が天使の微笑みのごとく笑う。
「おはよう、ココロ。ハッピークリスマス」
「……英吏……」
何がどうなっているのかわからない。
ただ、写真のように繋がらない記憶が頭の中で錯乱している。
合コン、英吏、お酒……。
断片的なそれはくっつくことはない。
「コーヒー飲むかい?ミルクにクリームたっぷりだよね」
ご機嫌なそこにいるはずのない人は、ココロにカップを渡しながらココロの隣に座った。
「ありがとう」
「どういたしまして」
その後に質問を続けたかったのに、なかなかどうして切り出せない。
だって、なんでここにいるの?なんて、そんなこと聞けるはずもない。
「英吏……」
思い切って言えば、英吏が微笑んでこちらをむいた。
「ん?」
「俺昨日……ん、あれ……」
身体を起こしたココロは自分の異変をしる。
首輪でしっかりとベッドに固定されていた。
これではベッドの上は移動できても、それ以外は歩く事すらできない。
「何……これ……」
口元を歪めながら尋ねれば、英吏がニッコリ笑った。
「お風呂も、食事も全部俺がしてあげるからね。これが今年の君からのクリスマスプレゼントだよ、ココロ」
「な、何言ってるの……英吏っ」
外そうと引っ張れば、がちゃがちゃと不思議な軽い音がするだけ。
鍵らしいものがないと外れない鉄の首輪は、壊す事もできそうにない。
「誰かさんが誰かさんにキスした罰だからね」
「ええっ!」
そのニュアンスだと、どう考えても俺――!?
でも、誰、誰にキス……。
まさか、宮城や……蒼!?
そ、そんなぁ。
考えの坩堝にはまり、頬を赤らめたココロにムッとした英吏は一日で開放してあげようと思ったのに、その考えを即座に撤回した。
「一週間はそのままだからね」
「え、えええーっ!!」
「いつでも傍にいてあげるよ、もちろん夜もね」
一週間あけたら新しい年がくる。
そんな間ずっと英吏と一緒に居たら……。
考えただけで、疲れそうな一週間だけど……。
ちょっとだけ久しぶりに素敵な一週間かも。
一瞬そう思ったものの、首輪を見た瞬間考えを改めるココロ。
とりあえず、今年のクリスマスも英吏と一緒でよかったのかな。
ココロは朝日の眩しい外を見て笑った。
終わり。
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