●● 〜聖なる夜の★やまとなでしこ〜 ●●
「お兄ちゃん、明日がなんの日かわかってる?」
みんな出払ってる金曜日の夜に怒鳴り電話をかけてきたのは、妹のヒトミ。LLC女学園と言う外の世界とは完全遮断された謎の学校に在学中の高校1年生。俺が唯一まともに会話が出来る女の子と言っても過言じゃない。
俺は女性嫌悪症という特殊体質なのだ。
「わかってるよ…いくら俺でもクリスマスイブの日くらい」
「じゃあ、明日はあたしと交代ね」
「ちょ、ちょっとヒトミ!何勝手に…」
肯定文で言われて俺は慌てて、電話を持ちかえる。
実は俺はこの夏、妹の講習の代わりに講習を受けるためLLC女学園に2週間だけ通ったのだ。その時、運命の出会いをした…って言ったら大げさだけど、本当、なぜかそこの教師である叶 英吏と恋人どうしになってしまったのだ。
「お兄ちゃん、最近先生に会えなかったんでしょ?いいじゃん、あってくれば。クリスマスは恋人の日なのよ」
妹の言うコトも最もなんだけど…。
ヒトミがこんな協力的なのも珍しい…と思ってしまうくらい。
いまさら、女の子の山だから行きたくないとか、そういうんじゃないし。けど…。
わざわざ自分から会いに行くってどうなんだろ。
デートに誘われたわけでもないし…英吏だって他の用事があるかもしれないし。
「でも…いいよ、やっぱり。俺…ほら、クラスの友達と…」
「何いってるの。どうせお兄ちゃんのことだから、プレゼントも用意しちゃってるんでしょ?」
ギクっとして、俺は机の上に乗っかってる、ラッピングされた箱を隠す。
電話口の向こうのヒトミに見られてるはずなんてないのに…なぜ?なぜ?
マクラの下に押しこんで、俺は再び電話を続ける。
「先生だって会いに行けば喜んでくれるわよ。それが恋人ってもんだもん」
「………」
ヒトミの言葉に間違いはない。
けど…………。
「まぁ…いいわ。とにかく、明日の夜9時、LLCに来なさいよ?」
「ちょ、ちょっと、おい、ヒト…」
ツーツーツー…。
電話の向こうで、悲しい重低音が響き渡る。
俺は戸惑いながら、電話の子機を元の場所に戻す。
まったく…自分勝手なんだからアイツも。
さすが根元家の末娘。俺の系列である根元家は代々女が強い。根元家男子に決定権などないのだ。
「………はぁ…」
ため息をこぼしつつ、時計を見る。
明日の9時まで、あと24時間。時計がせわしなく時を進めていた。
「あら、ココロさんですね」
ガッコにつくと、俺は真っ先に寮へ逃げ込んだ。
だって、ここに来る時には、必ず黒いワンピースのLLCの制服を着なくちゃいけなくて、俺はバッチリ女装中なのだ。
恥ずかしいだろ〜!こ、こんなカッコ。
自分で見て、情けなくなるし…。
そして、急いでドアを開けた俺の目の前にいたのは、ヒトミのルームメイト、西園寺雪。
「あ…西園寺…」
妹そっくりだと言われる(ってか、俺のが年上なんだから、正しくはヒトミが俺に似てるんだけど!)顔の上、メイクまでされて、かつらもかぶってるのに、西園寺にはすぐに俺だとばれてしまった。
さすがというか、なんというか。
「西園寺も出かけるの…?」
西園寺には珍しく制服ではなく、緑色の長めのスカートに真っ白いファーのついたコートを着込んでいた。
「ええ、でも…12時前には戻りますけどね。父の会社のパーティにどうしても出ろといわれたので。私はそういうの嫌いなんですけど」
確かに。いつも無表情の西園寺が、ちょっとだけイライラしているように見える。
「そっか。じゃあ、楽しんできなよ」
なにげなくそう言ったのに、怪しげに微笑まれると。
「ココロさんも」
と言われ返される。
俺と英吏のこと…知ってるのかなぁ…。ううん、まさか…ねぇ。
固い笑いで微笑んで、俺は西園寺を見送ったあと、部屋に入って、持ってきた男モノの服にささっと着替える。
カツラをはずして、素に戻るとすっきりしたけど…。
「俺…本当に会いにいっていいのかなぁ…」
そんなことを呟きながら、ココロはポケットに入っているプレゼントを出して見つめると、再びしまった。
こんなことしててもダメだ!
ヒトミが言ってたように、きっと英吏だって…嬉しいって思ってくれるさ。
仕事中だったら、さっさとプレゼント渡して帰ってもいいんだし…。
学校内でどこに英吏が居そうかなんて、もうココロにはわかってた。
『クリスマスの9時以降に学校にいる女の子なんていないわよ』そう言ったヒトミの言葉を信じて、ココロは男の子の格好で、寮の部屋を出た。
と、言っても、真っ赤なダッフルコートを着てたから、はたから見れば、ボーイッシュな女の子なんだけど…。
英吏がいる場所…。最初に思いついたのは、保健室だった。
英吏の親友で、LLCの養護教諭である北条宮がいる部屋…。
保健室の中をそっとドアの窓から覗いて見ると、そこにはこちらに背を向け座っている英吏の姿と、ココロに目があう状態でこちらを向いて宮が座っている。
楽しく談笑している二人を見て、ココロは入ろうと開けるために伸ばした手を引っ込めた。
入っていけない…仲良さげな雰囲気がそこにはあったのだ。
出会って一年未満の俺なんて入っていけないような…。
ドアにへばりつくようにして、久々の恋人に見入ってしまう。
会いたくて、会いたくて仕方なかった相手がそこにいるのに…なんでか足は動かない。
どうして、俺には後一歩が足りないんだろう。
歯がゆさに胸が苦しくなる。
そんなココロに気付かない、宮ではなかった。なかなか入ってこようとしないココロを宮は刺激するように、英吏に話しかける。
「………そういえば、忘れてないよね、英吏。今日のあのコト」
今日……?
あのこと…?
なんのこと…?
ココロは耳を大きくして、会話を聞き取ろうとする。
これって…盗み聞き…だよね。
ダメじゃん…俺。
ダメ…。
ダ…メ…。
とは思っても、身体がドアから離れない。
「俺が忘れるわけないだろう。お前たちこそ、だよ」
英吏がにっこり嬉しそうに微笑んで、宮をからかう。
ココロにはちょっと見なれない英吏だ。自分と一緒の時の英吏は、ココロにちょっかい出す宮たちをいっつも警戒して、宮たちに笑いかけることなどない。
英吏がその仲を心配してしまうくらいなのに。
けど、今日は笑ってるんだ。
すごく楽しそうに…。
「ずっと前からの約束なんだからな、忘れないでくれよ」
「ハイハイ、英吏さまのお望み通りに…デスよ」
約束…。
約束してたんだ宮達と…。
俺なんて、電話1つもらってないのに、こんなところに来て、何やってるんだろ。
「何やってるんだろ…俺…」
プレゼントまで買っちゃって、服だってブツブツいいながらずっと選んじゃったし、胸なんてドキドキして止まらなくて、昨日の夜は眠れなかったのに…。
英吏は依然、宮と楽しそうに話している。
その会話は頭にまったく入ってこなかった。
どうかしてる…どうかしてるよ。本当。
「…………帰ろ…」
保健室から一歩ずつゆっくりと後ずさる。うなだれた頭では地面しか見えなかった。保健室から、去っていく真っ赤な姿に気付いた人はいても、自身では気付かなかった。
「ココロくん…?」
真っ赤なコートの後姿に、あの愛らしい面影を発見して京は呼んでみるが、気付かないのか振り向かない。
「…違ったかなぁ…?」
京は子首をかしげながら、ラウンジへと入っていった。
時刻は10時半を過ぎただろうか、英吏がガタンとイスからたちあがった。
「じゃあ俺、電話してくるよ…そろそろ」
そういうと、宮がなぜかクスクス笑っている。人に笑われるってのは、時には不快に思うもの。今の宮はまさにその笑い方だった。
「英吏気付いてなかっただろ、さっきココロくんそこにいたんだよ」
「ぇ!?」
急いで振りかえってドアを開け見てみるが、そこには愛しい恋人の姿はない。
「って言っても…もう30分も前だよ。会話聞いてたみたいだから、家に帰って待ってるんじゃない?」
全然気付いてなかった様子の英吏を見て、ちょっとだけ勝ち誇った気分になる。この顔の綺麗な男、叶英吏は、何をやらせてもナンバーワンって感じの男なのだ。
そんな男にこんな顔をさせられたのは、初めてかもしれない。
ココロくんが絡むと、人間味が出てくる。
「じゃあ、聞かれたのか?話…」
「そうだろうね、英吏。かなり楽しそうに話してたし。電話で俺が誘い出すから、とか」
思い出しながら宮は大爆笑し始める。
英吏はムッとしたように、宮を一瞥すると、フゥとため息をついた。
「いいじゃないか。楽しめれば」
「どうしてお前はいつも俺の計画を邪魔するんだ……っ」
前にデートをめちゃくちゃにされたことがある英吏は悔しげに履き捨てる。
「お前とココロくんが上手くいってほしくないから」
ココロのよき相談相手である宮は、ココロの前では絶対に言わないような事をニッコリという。
悪魔か…コイツ。
「………お前をココロが好きになるわけないだろ…」
ココロは俺を愛してるんだから。
余裕にそう言われるとムカツク。
「ハイハイ、さっさと電話してこいって」
「言われなくても行く」
校内は、携帯電話は使えない。それは、ここが外の世界と完全遮断を謀るためわざとそうしてるのだが、教師たちも使えないとはやっかいなものだ。そう思いながら英吏は一番近い公衆電話にテレカを押しこむと、もう完全に記憶しているココロの電話番号を押す。
「ハイ、根元です」
ワンコールで出たのは、いつものココロより高い声。そして、女の子な声。
「…ヒトミくん?」
「ええ。………先生ですか、なんのご用ですか」
なんのご用…?俺が用事があるっていったら、ココロにだけじゃないか。
「わざわざお兄ちゃんとラブラブ真っ最中に電話しなくてもいいのに」
ブラコンなヒトミは苦々しげにもっともなことを言う。
けれど、英吏の頭にはハテナマークがいっぱいだった。
なぜ、俺とココロくんがラブラブ真っ最中なんだ?
どうすればそうなるんだ?
これから、誘うつもりだったのに。
「……ココロ…と?」
「…………まさか、お兄ちゃんに会ってないんですか、まだ」
だって、もう11時過ぎ…。
お兄ちゃんがそこにいったのは、もう2時間も前なのに…。
「・・・・・・・・・・・・・・・…ココロが来てるんだね…?」
じゃあ、なぜ俺のところに会いにこないんだ…。どうして、どうしてだいココロ。
「ハイ…。あたしも探しに行きます…いないんでしょう?」
今にも走り出して来そうな電話口のヒトミの言葉を、英吏は丁寧に断る。
「いや…俺が探すよ。ありがとう。メリークリスマス」
受話器を電話に戻しながら英吏は雪の降っている外を仰ぐ。もう真っ暗なここのどこかにココロがいるのに。外は凍えるほど寒く、真っ白息が廊下ですら出てくる。こんな聖なる夜に、いったいどこにいるんだ…。君は…。
「…ロさん…、ココロさん!?」
身体を揺さぶられながらやけに大きな声で呼ばれて、俺はハッとする。小さなその身体をますます小さくして足を抱えて座っていたのだが、寒さからかいつのまにか寝ていたらしい。
「西園寺…もう帰ってきたのかぁ」
一言一言しゃべるたびに、口から雪女みたいに白い吐息が漏れる。それすらも凍るような冷たさで、どれだけココロの身体が冷えているかがわかる。
「ココロさん、こんなところでなにやってるんですか?」
俺がいたのは、LLC学園の門。
帰ろうと思ってここまできたんだ。キラキラのイルミネーションがつけられた木々を見ながら、とぼとぼと…。
けれど。
門を出ることは出来なかった。門を出てしまったら、きっと俺と英吏は終わりになる。そう思ってしまったから。
英吏と恋人どうしになったからといって、いつもいつも一緒に居られるわけじゃなかった。お互い事情があるし、仕事も学校も。それに、どちらかが暇なときは、どちらかが忙しくて…。そんな日々の繰り返しで、夏休みが終わってからの数ヶ月を過ごしてきたんだ。淋しくて、苦しくて、会いたくて…。
そんな思いだけが募って、でも自分から会いたいなんてわがままはいえなくて…。
英吏に疲れるとか、重いとか言われるのが怖くて…。
きっと、きっと…そんなことを言われたら俺は壊れちゃうと思う…。
でも、それでも『ただの都合のいいヤツ』だとしても、離れたくなくて。
会いたくて、会いたくて、会いたくて…。
足が門から出ていかなかった。
「ちょ、ちょっと…どこに行くんですか!?風邪…どころじゃ済まなくなりますよ?」
いつになく西園寺が慌てた声を出す。
さっきココロを揺すり起こしたとき、その身体があまりに冷たくて、ココロの顔に表情がなくて、真っ青で、いくらクールな彼女も心配になったのだろう。
それなのに、そんな身体にムチを打ってたちあがり、ココロは歩いていこうとする。
門の外でも、学校の中でもない。
校庭の方に。
「ココロさん…」
「西園寺こそ風邪引くよ。早く中に入りなよ。メリークリスマス」
後向きのままで、手を振って、ココロは真っ黒な夜の、真っ白な雪の中に消えていった。
儚く、もろいココロの肢体が聖なる夜に浮かび上がり、そこだけいっそう悲しく見せる。今、世の中の何人が嬉しいという声をあげ、喜びに笑顔し、笑っているのだろう。今、何組の恋人が愛を語り、手を繋ぎ、キスをして、お互いの愛を確かめ合ってるんだろう。そんなことを考えると、ますます悲しさは増すばかり…。
「…キレイ……」
ココロは、校庭の樹の中で唯一電球で加工されていない樹を見て、誰にも聞こえない声で囁く。
その樹は、かつて英吏との愛を語り、永遠の愛を誓ったあの伝説の桜の樹…。
何十年、何百年生きたかわからないけれど、太くがっしりとしたその樹は、雪化粧を施され、どの樹よりも輝いて見えた。
「ねぇ…桜の樹さん。伝説って失敗したことある?」
普段から白いココロの肌が雪でますます白くなり、暗闇にいるためかイッソウ映える。
ココロは一瞬の間ののち、苦笑して悲しそうに呟く。
「ごめんね、俺が……初の失敗者になっちゃうかも」
倒れこむように樹に抱きつき、雪の積もった地面に膝をつけてしまう。
寒いとか、辛いとか、苦しいとか身体的な苦痛はもうない。
ただ、痛い…。
目をそっと閉じて、桜の樹に耳をつける。生きている音なんて聞こえなくて、冷たい感触だけが伝わってくる。
涙がじんわりと涙腺から溢れ出してくる。
今時分唯一熱い……………涙…。
たかが学校の校庭で凍死なんてないし、もう少ししたら帰るから…ちゃんと帰るから…もう少し…もう少しだけ…。
「ココロ」
寒い中ずっと外にいたから、耳が可笑しくなったのかな?
英吏の声がする…。
そんなわけないのに。
だって、英吏は宮たちと約束してるのに。
「ココロっ」
俺、そうとうヤバイんじゃない?
また、聞こえた…。
「ココロっ!」
再び膝を抱えて、桜の樹の下に座っていたココロの元にその声が今度こそはっきり聞こえた。
すでにココロの全身に雪は積もり、まるで羽根の生えた天使のように井出達で、その場にちょこんと座っていた。
見つけた時は、まさか…!と思った。
校内をくまなく探し終わった後、街に行ってるのかと思って車を走らせようと玄関に行くと、そこには、ヒトミのルームメイト西園寺の姿が。
そして、西園寺は俺を見つけると、普段の真顔を崩した笑顔…ではなく、クリスマスに似合わない険しい表情で怒鳴ってきた。
もちろん、ココロをずっと探していた英吏の顔はそれ以上にクリスマスに不釣合いだったのだけれど。
あなたしか行けない場所で、ココロくんが待ってます。
そう言われて、飛び出してきたのはこの校庭。
永遠の愛を語った場所…桜の樹しか思い浮かばなかった。
ココロの小さな身体が見えた瞬間、胸が痛くなって、咄嗟にその名を叫んでいた。
英吏は冷たくなったココロの身体を抱き上げた。
「えい…り……?」
なんで…ここに?約束は?宮たちは?
「馬鹿かっ!君は……っ…。こんな、こんな季節に、外にいるなんて…っ」
抱き上げたココロの身体は想像以上に冷たくて、そして軽く思えた。
会えなかった期間といっても、1ヶ月弱くらいで、こんなに体重が変動するにはおかしい年月だ。
ココロの雪を払ってあげると、英吏はココロを立たせ、肩に両手を乗っけ見つめあう形をとって怒った。
「俺…だって……」
「なんだい?」
英吏と俺、話してるんだ。
もう適わないと思ったささやかな願いが、かなっちゃってるよ。やっぱりサンタさんっているのかなぁ。
「ちゃんと話してごらん」
「…………来てみたけど…英吏、約束あったみたいだし…」
「約束?」
なんのことを言ってるんだと言わんばかりの表情で、英吏が見つめ返してくる。
そんな顔してもわかってるから、いいのに…。
「さっき…保健室で」
ココロが途中まで言うと、英吏はすぐに合点がいったのか、ああ、と笑った。
「あれね……うん、ココロを驚かせてあげようと思って、サプライズ・クリスマスパーティ開こうと思ったんだけど」
失敗しちゃったね。
英吏は恥ずかしそうに笑った。
俺を驚かせるため…?宮たちとパーティ開く約束じゃなくて?
「宮…との約束じゃなかったの?」
信じきれずもう一度ココロが聞くと、英吏は不思議そうに首をかしげた。
「クリスマスの夜に、俺が一緒にいたいと思うのはココロだけだよ。ただ、今回は盛大にしようと思って、宮たちに協力してもらったんだけど…?」
そうだったんだ…。
それなのに、俺。勝手に勘違いして…。
「俺、英吏は俺なんかより、宮たちと一緒に居るほうが楽しそうだったから…」
「え?」
LLCに通っていた2週間も、英吏と付き合ってきたここ数ヶ月も、いつもいつも。思ってた。俺はただの高校生で、英吏は教師。しかもいっつもキレイどころに囲まれて生活してて。
やっぱり俺はただの高校生で…。
「どうしてそう思ったんだ」
激しく肩を掴まれ、揺さぶられる。
「どうしてっ!」
固く口を閉ざしても許してくれそうにない。話したくないけど…だって、本当、愚痴みたいなことだから…。
「ココロ…話してごらん…」
目をそらして、樹を見ると、桜の樹に雪が積もって、まるであの時の葉がみどりいっぱいで、輝いていた、あの時を思い出す。
勇気が…少しだけ。
出てくるような。
「電話…なかったし」
「電話?」
「…英吏、会いに来てくれなかった…。電話もずっと待ってた!そんな時間もなかったら手紙でもいいし、ヒトミに伝言頼んでくれても…なんでもよかったのに!英吏、何もしてくれなかったっ!」
凍えた身体から振り絞って出す言葉は、かすれ声で。
それでも、しんしんと降り積もる雪の中、その声だけが響いた。
それほど、ココロの思いが溢れていて、そして、強い言葉だった。もしかしたら、あの告白以来一番強い感情だったかもしれない。不安、孤独、願望、要望…。いままでのココロが隠していた…部分。
「ココロ……」
はぁはぁ、と息を突きながら涙をいっぱいに溜めて叫ぶココロは、今までにないくらい綺麗だった。
英吏は少し黙り込むと、ココロを見つめた。
「じゃあ、ココロは?」
「ぇ?」
謝罪でも、怒りでも、もちろん別れの言葉でもなく、伝えられたのは疑問文。
「俺に電話くれた…?会いに来てくれた?手紙一つ書いてくれた…?」
「英吏…」
英吏は優しいけれど、小さいけれど、胸にドンと突き刺さるような声で言ってきた。
俺は、1回でも電話しようとした…?
会いに行こうとした…?
たとえ、それが迷惑だととられても構わないと覚悟して、会いに行こうとする勇気さえなかった…。
そして、ただ待って、待って、待って…。
一人で勝手に落ちこんで。
英吏も…俺と同じ思いで過ごしてたってことなのかな。夜眠れなくて星を見ながら英吏のこと考えて、朝ご飯食べながら英吏のこと考えて、お昼ご飯は喉を通らなかったり、友達と話してて英吏が浮かんで来たり、テレビ見てため息ついてたり…?
「俺…電話してもよかった…?」
「何を言ってるんだ。当たり前だろう。俺がどれほどそれを待ちわびてたと思ってるんだ」
「俺…会いに来てもよかった…?」
「君と会えない日々は、死にそうなくらいつまらないものだよ」
「俺、好きでいてもいいの…?」
「好きでいてくれなきゃ、ダメだよ」
そう言うと、英吏はココロを再び抱きしめた。
ココロもかじかむ手で必死に英吏の広い背中を抱きしめた。会えなかった時間を埋めるように…。
英吏は優しく、静かにココロの涙に唇を寄せる。ココロの目から止めど無く溢れる涙を一粒一粒、舐め取っていく。涙をつたって、頬を通り、上唇だけに優しいキスを落とす。
「んっ……」
そこすら凍ったように冷えていて、英吏の暖かな唇の温度が直に伝わってくる。
「英吏…」
ココロが今一度英吏の名を呼ぶと、英吏は下唇に吸いつくキスをする。
もどかしいキスは、どんどんココロを火照らせていく。恥ずかしいって思いと、怖いくらい嬉しいって気持ちが交差して、頭の中がぐちゃぐちゃ…。
ただ一つわかることは…止めて欲しくないってこと。
「ふっ…んぁん…」
舌先が唇の割れ目に入りこんできて、ココロの口を開け進入してくる。熱いくらい熱を帯びている英吏の舌は軽々とココロの口内に忍び込み、口の中の性感帯を突いてくる。
英吏はココロの頭に手を回し、キスをもっとディープなものにしようとした瞬間、ふと、気付き、咄嗟に顔を離してしまった。
それに気づき、ココロはポケッとして英吏を見つめた。
英吏はこの上なくニコニコしたいのを、抑えてるような顔で問い掛けてきた。
「…ココロ………もしかして…お風呂入ってきた?」
「!?」
な、な、な、なんでっ…なんでっ…!?
「俺の…タメに?」
「…ち、違っ…」
動揺を隠そうとすれば、もっと心ははね飛んでしまう。さっきまでずいぶん浸っていたメロドラマな雰囲気が一変して、すっかり英吏さま炸裂モードだ。
「俺とえっちするために…準備してくれたんだ」
「違うってば、ただお風呂に入りたい気分だったからっ…それだけ、それだけだってば」
嘘だよ。
見ぬいてるよ…英吏は。俺がどんなに否定しても。
そういう人だもん。
顔から火どころか、火事でも起こりそうなほど恥ずかしい思いをしながら、ココロは悪あがきのように否定しつづける。
「違うんだってば!信じてよ…っ英吏のばかっ」
英吏の胸を叩きながら、ココロは必死になる。
英吏は目を細めて、幸せそうに、本当に幸せそうに俺を見て、囁いた。
「言って」
「ぇ…?」
「俺としたい…って」
懇願するように、マジメな顔でいわれて、ココロは躊躇する。
もう…なんで俺ばっかりこんな思いしなきゃいけないんだよぅ。本当…俺だけ…じゃん。
「…もーーー!俺、馬鹿みたいじゃんっ」
いきなり叫び出したココロに、英吏はきょとんとする。
「英吏から電話貰えないって、クリスマスにデートにも誘われないって落ちこんで、勇気出して会いに行ってみようとか思ってみたり、会う約束もしてないのに、ずっと前から悩んで悩んで買ったプレゼントまで準備して…おまけに、ちゃんとお風呂にまで入って来たりして、期待して…俺ばっかり、俺ばっかりこんなの…から回ってるみたいじゃんっ」
すっかりずぶぬれなポケットから綺麗に包まれたプレゼントを取り出し、突き出した。
英吏が無言で開けるとそれは時計と手紙で。
時計は…英吏が思わず吹き出してしまった。
「ココロ、腕見せて」
「絶っ対、嫌!」
「そう………残念」
だって。ココロのくれたプレゼントの時計の入れ物はペアウォッチなのに、小さめに作られている方は空になっていた。
ココロが咄嗟に袖をひっぱって腕を隠すのがわかった。
可愛すぎ…。
たまらない気持ちで、手紙を広げようとすると、そればっかりはココロに止められた。
「あ…あのさ…手紙はあとで…読んで…」
ココロも違う意味でもいっぱいいっぱいだったらしく、顔面真っ赤にしてうつむいて頼み込む。
「うん、そうだね。じゃあ、さっきの続きしなきゃ」
さっきの続き…?
続き…?
続…。
「ぁ……」
それって、それって…言えっていったやつだよね。
「言ってくれよ。じゃなきゃ、ココロがして欲しいことしてあげないよ」
俺がいつ、してほしいって言ったのさぁ!
…うぅ…。
「………意地悪…英吏の意地悪」
「酷いな。君からその言葉が聞けなきゃ、俺は悲しみに打ちひしがれるのに」
だから…そうマジメな顔にならないでよ…急に。
「哀れな男が死んでしまう前に…言って」
英吏の馬鹿。
それくらいで死んだら、俺がもう一度殺してやるから。
ココロは両手で英吏の首を抱き寄せ、せめても…と思って顔を見せないようにした。
「英吏とキスしたい」
「それから?」
英吏はココロを抱きしめ、耳元で甘く囁いた。
「抱き合って、またキスして…」
「それから?」
「ぎゅってしてもらいたい」
「……それから?」
やっぱり…言わなきゃダメですか?
俺、たぶん、今日で一生分の勇気振り絞ってるよ。
「…えっちしたい」
「了解しました」
英吏は強く抱きしめ、深いキスを贈った。
「ぁ…っ…英吏っ…はっ…嫌…もぅ出ちゃう…」
学校の中の英吏の部屋のベッドで執拗な愛撫を加えられ、我慢できるだけさせらたココロが喘ぎ声をあげていた。
「ダーメ。もっと気持ちよくしてあげるから…一緒に行こう」
「ひゃぁっ…ふっ」
しっとりとローションで濡らされた中指を、後孔に押しこまれ、前は根元をココロがプレゼントしたラッピングしてたリボンでせき止められ、その上、左手で激しく扱かれていた。
「ああっ…そこ…だめっ」
後に押しこんである指が、別の生き物のように中を蹂躙しているうちに、ココロは切ない声をあげる。
「ココロ…感じてるんだね、もっと弄って上げる…」
二本目の指を押し込むと、ココロ自身が波打った。
「うっ…ぁあっ…」
少しだけ苦しそうな声とともに、ココロの表情が限界を伝える。
「英吏っ…英吏っ…お願い…お願い」
「どうしてほしい…?」
自らの盛る気持ちをどうにか抑えつつ、ココロに言葉をせがむ。張り詰めている下半身は狼のようで、セーブできなくなりそうなほどだったんだけど。
泣きじゃくりながら、ココロはシーツをガシッと掴んで、小さな子供みたいに、お願いする。
「して…英吏の挿れて下さい…お願い…英吏っ」
疼く中の刺激におかしくなりそうで、ココロは半分わけがわからず叫ぶ。英吏は嬉しそうに微笑むと、ココロの足を抱え、自らの指を突っ込んだままの秘部に顔を近づけ、舌をも押しこむ。
「んぁぁっ…英吏っ…嫌、嫌っ」
ベッドが軋む音を立てるほど、ココロは我武者羅にその行為を止めようとする。
「気持ち悪かった…?」
そう確かめてみると、ココロは即答するように首を横に振った。
「俺、それ…おかしくなっちゃう…」
その言葉に安心すると、英吏は再び顔を下肢に押しつける。
「ぁんっ…あぁ…ふぅっ…」
「おかしくなって、乱れて、壊れて。俺だけに見せるココロを見せて」
「英吏ぃ…ぁあんっ…も…もぅ…」
眩暈がする。
英吏が欲しくて欲しくて、眩暈がする。
ぴちゃぴちゃという音と、英吏の息遣いと、ココロのあえぎと、二人の体温とが部屋の空間を埋めきって、それ以外なくて、それだけでよくて。
「いくよ…ココロ」
しばらく会ってなかったということは、エッチもしてなかったってことで。ココロは挿入のときの圧迫を思いだし、ぎゅっと目を瞑って緊張する。
「力を抜いて…」
「ああああっ…はあっ…あーーっ」
想像はしていたけれど、それ以上の痛みがココロを襲った。それは久々だったこともあるし、ココロが緊張してたこともあるし、英吏が興奮してたこともあるし。とにかく、二人とも…始めてみたいに、ドキドキしてた。
「ココロ…力抜いて…じゃないと…」
ココロの締めつけはココロが思っている以上に強く、今すぐにでも達ってしまいそうになる。それをどうにか抑え、ココロの腰を抱える。
「顔…見ながらしても…平気…?」
コクコクとココロが頷くと、英吏はココロの横向きだったからだを正面に向かせて、向き合う形をとった。
「んっ…ぁあっ…はあっ」
少しだけキツそうな声をあげて、ココロが必死に力を抜こうとしてるのがわかる。そのたびに、内壁がヒクヒクと緩締を繰り返して、英吏が猛る。
「あっ…もっ…ああっ達くぅ、達くーっ」
「俺も……っ」
「んぁあっー」
二人一緒に精を放ち、同じ快楽を味わった。
その時刻、ちょうど12時。
時は聖なる夜を迎えていた。
ココロより早く目を覚ました英吏は、ココロから貰ったプレゼントを腕にし、嬉しそうに眺めていた。
そして、手紙のことを思いだし、そっと開けてみる。
手紙には、たった一言。
『好き』
と。
ただ、その便箋は、何度も何度も字を書いて、消したのだろう。字跡がくっきりと残り、それは便箋一面にあった。
書いて、書いて、書いて。
愛をつづって、会いたいことを告げて、好きだと伝えて。いっぱいいろんな伝えたいことを、会えない間に思いつづけて、言葉にしようとして、ならなくて。
それは会えば埋まる透き間であり、話せば温かくなる冷たさであり、いつかは溶ける雪のようであり。
『好き』
それ一つで伝わってしまう気持ちでもあり。
「好き」
言葉にすると、約1秒半。
字数にすると、2文字。
だが、気持ちにすると…何物にもかえ難いもの…。
「好き」
ココロを起こさないように、何度も何度もその言葉を呟く。
心の中まで温まる言葉。
「好き」
ココロが起きたら、何度も言って上げよう。
きっと照れるけど…。
きっと恥ずかしがるだろうけど。
「ん……」
ココロの起きる声がして、英吏はそっとココロの顔を覗きこむ。
「メリークリスマス!ココロ」
今日はクリスマス。
昨日やるはずだったパーティを朝から開こう。
今日は良い日になりそうだ。
完
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