●● 〜北条宮編〜 ●●
【北条 宮編】
俺の名前は北条宮。
LLC女学園と言う一般と隔離された場所で、やまとなでしこを育て上げる学校で、養護教諭なんかしてる。
表向きは養護教諭なんだけど・・・まぁ、幼馴染である堰壮院家の長男、新さんに誘われてここで働いているんだけど、その仕事は色事だ。
楽しんでいると言えばそうだけど。
最近、そうでもなくなった。
それは、一人の男の子にあったからでもある。
まるでカスミ草のように可憐で、そしてバラのような存在感がある。
大輪の花々で埋め尽くされた俺の世界に、入り込んだ未知の花。
それが彼・・・。
「おはよ、宮」
保健室の清楚な扉を、こんなにも静かに、そして申し訳なさそうに開けるのは、彼しかないだろう。
ここの少女たちには、可憐と言う精神が少し乏しいから。
「おはよう、ココロ。どうかしたのかい?」
そう、ここは女子高。
彼のような男子がいるわけがない場所である。
なぜそんなココロが、こんなにも自然にこの場にいてしまうのかは、説明してしまえば長くなるのだが。
まぁ、簡単に言えば、彼はそこらへんの少女よりずっと可愛らしいから。
居てもおかしくない、とでも言うのだろうか。
「あ・・・うん、ちょっとね」
はにかんだようにその頬をピンクに染めた。
『ちょっと』の意味がなんなのかは、わかる。
ココロがこの学園にわざわざ足を運ぶのは、たった一人の男のためなのだ。
そう・・・たった一人の。
「英吏なら、今日はいないよ」
「え?」
ああ、そんな顔しないで。
俺の言葉なんかに、そんなに悲しまないで。
少年は、まるでこの世の終わりのように、それまで微笑んでいた顔をゆがませていた。
なんて、純粋なんだろう。
養護教諭なんかやっていても、その中身は別物で。
夜の町に繰り出しては、教師と言う仮面を脱ぎ捨て、遊んでいた時期もあった。
そして今だって、抑えられぬ衝動を、教え子たちで慰めていることもあるのに。
そんな俺の言葉にまで、一喜一憂してくれる・・・。
それが、あんな男のモノだなんて・・・。
悔しい、悔しい、悔しい・・・。
だから、嘘をついちゃった。
ごめんね、ココロ。
世界で一番愛しているよ。
けど、きっとこの思いは伝わらないんだね。
君は、世界で一番あのどうしようもない男を愛しているから。
「そうなんだ・・・・・・」
やっと、その小さな口から零れたのは諦めの言葉。
嘘だよ。
嘘なんだよ。
お願いだから、そういわせる切っ掛けをおくれよ。
あんまりにも君が可愛くて、愛しくて、嘘さえも平気でつけてしまう自分が醜く見えてしまう。
真っ白い君。
それは誰もが好む春の木漏れ日のようで、水面にうつる海の輝きのようで、寒さの中に垣間見る、揺れる落ち葉のようで、窓の外、舞い落ちる雪のようでもある。
俺の嘘は、まるで君を汚す一匹の蜘蛛。
どこかへ入り込んで、糸を張る。
けれど、それは君にとっては些細なようで、大きくて。
いつしか、君の心を痛める傷となる。
今・・・言わなきゃ・・・。
今、この嘘を解かなくては。
俺は・・・俺は・・・。
「ココ・・・」
そういいかけた俺の言葉を、ココロは聞いていなかったのか、カバンを弄りながらこちらを向いた。
「はい!宮。これ・・・っ」
「・・・・・・これは?」
彼の小さな手に握られていたのは、器用にラッピングされた緑色の袋。
ちゃんとリボンの端を処理していて、デパートの包装部顔負けのその仕様は、たぶん、彼オリジナルだろう。
「ほら、バレンタインだから。って、男の俺からもらっても嬉しくない、かな」
ちょっと苦笑交じりで彼はその手の中のモノを渡して来た。
嬉しくない?
嬉しくない、はずがない。
バレンタインデーの贈り物。
そんな、そんなものがもらえるなんて思ってもみなかった。
大好きな君から。
だって、君はあいつのものだから。
ああ、まさかアイツがいないから、それを俺にくれるんじゃないよね。
それはいらないよ。
どんなに君が好きで、好きでたまらなくても、それは受け取れないよ。
あいつの二番手なんて冗談じゃないから。
子供のときからよく言われてた。英吏と俺との差。
英吏にあって、俺にないもの。
なんなんだか、今でもわからないけれど。
確かにある、その存在には、大人になってから気づいた。
俺にないものを、あいつは確かにもっているんだ。
悔しい・・・・・・・・けど。
「これは、英吏にあげるんじゃないのかい?」
意地悪く突き返せば、その少年はまん丸の目を優しく細め、首を左右に振った。
「ううん。宮のだよ」
「英吏がいないから、僕にあげるんじゃないのかい」
「違うよ。って、そんな失礼なこと、俺はしない。これは宮の為に作った、宮の為のだよ」
俺は英吏より劣っていて、英吏に負けている。
そう感じた日から、これまでこれほどに嬉しく思ったことがあっただろうか。
俺のためだと言ってくれたチョコレートは、緑色の包装紙に包まれていて。
それは、俺が好きな色だった。
どうしよう、どうしよう。
ものすごく、嬉しい。
「キス・・・したいって、言ったら逃げる?」
「えぇ!?」
可愛いココロ。
純粋なココロ。
英吏とキス以上のことなんていつもしてるくせに、真っ赤になっちゃって。
「嘘。冗談」
「っ〜!もう、宮っ!?」
叩いてくるけど、君のその手は華奢で、小さく。
そして、痛みを与えようとして叩いてくるわけではないから、まったく痛くない。
恥ずかしかったんだよね。
ごめんね、揶揄かって。
でもね、違うんだ。
揶揄かったんじゃなくて、本当にしたかったんだ。
本当はね。
「さぁ、もう行きなさい。英吏がお待ちかねだ」
「え?いないんじゃないの」
ああ、本当に信じていたのか、君は。
馬鹿なんだから・・・。
馬鹿って言いたくなるくらい・・・可愛いんだから。
「いないわけがないだろう。こんな大切な日に。自室でずっと待ってるよ」
「・・・英吏らしいね」
「ああ、そうだな」
君は、英吏がどこにいたって、そう言っただろうな。
自室にいても、教室にいても、保健室にいても、(いるわけないけど)図書室にいても。
あいつは、どこにいたってココロを求めていることに変わりは無いから。
「あ、早めに食べちゃってね。それ、生モノだから」
「ああ、ありがとう。ハッピーバレンタイン!ココロ」
「ハッピーバレンタイン、宮」
再び、小さな音がして、保健室の扉は閉じた。
白い部屋。白い窓、白いデスク。
変わったのは、あの少年がいない事だけ。
それだけなのに、ずいぶん印象が違うもんだ。
「ああ、どうしよう」
独り言。
ちょっと大き目の独り言も叫びたくなる。
「食べられそうにないんだけど・・・」
たとえ、そのカバンの中に、さらに豪華に作られたチョコが入っていようと、今俺が持っているチョコ以上に豪華なチョコなんて俺は知らない。
俺のためのチョコ。
俺のための。
ああ、どうしよう。
本気で食べれないかも・・・。
完。
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