教師。 | 小説。 | 最初。

● 〜和泉京太郎編〜  ●

【和泉 京太郎編】

 ミルクチョコレートに、ビターチョコレート。
 ナッツ類を入れても美味しいし、クッキーをベースにして、チョコチップクッキーでもいい。
 ケーキも作れるし、飲み物にもなる。
 なーんて、素敵な食べ物だろう。
 さて、今年は何を作ろうかな。
 バレンタインデーには、女の人から男の人へモノを送るのが定番だけど、僕はコックさんだから。
 そう。僕はLLC女学園と言う一般と遮断された空間で、やまとなでしこを育て上げる職務についてるんだ。
 そこの料理長兼家庭科教師。
 だから、毎年ボランティアってわけじゃなくて、趣味でチョコレートは作ってて、教師陣や、一部の生徒にあげたりしてるんだけど。
 教師たちにあげるのは、嫌味もこめてるな・・・。
 だって、この時期。みんなは、お腹が壊れるくらいもらってしまうから。
 口が悪いかもしれないけど、本当にお腹を壊しそうなモノもあるくらい。
 それだったら、道明寺詩織さんが英吏くんに送ったやつがまだマシなのかなぁ。
 いくら本命チョコレートだからって、自分の等身大のチョコレートはまずいよねぇ。
 まぁ、あれはいくらがんばっても自分では作れなかったみたいで、某有名パティシエに作らせたらしいから、味に支障はなかったみたいだけど。
 さて、本当・・・今年は何を作ろう。
 京太郎は紺の着物に、真っ白い腰までのエプロンを締めて、腕組み状態を続けていた。
 料理が好きって気づいたのは小さなときだった。
 自分の手で作った何かで、人が笑顔になるのを知ってるかな?
 何歳だったかは覚えてないけど、あの時感じた快感は今でも健在だ。
 さーてと、何作ろうかなぁ。
 頭の中で、チョコレートを煮たり、焼いたり、溶かしたり。
 ブラウンから、ダークブラウン、ブラック、ホワイト。
 いろんな色が混ざり合って、頭の中で芸術作品のようなチョコレートが出来上がっていく。
「・・・・・・違う」
 胸元を少しだけだらけさせると、一息つこうと京は冷蔵庫からハチミツを取り出して、スプーン一杯舐めてみる。
 おいしい。
 花の蜜の美味しいところだけを集めて作ったこれ。
 掌に収まるようなこの小さな瓶一つで、三万近くする高級品。
 まるで、LLC女学園みたい。
 京はフと思った。
 今が旬といわんばかりの憂いを帯びた少女たちが、美味しく美味しくなるまで熟される。
 それは、未来の誰かのため・・・。
 ここで、教師に熱を燃やす生徒も少なくない。そして、それを引きずって、わざと三年生からそれ以上うえ(大学部)に進まないで、とどまろうとする生徒もいる。
 けれど、いつしか必ず終わりは訪れ、みんなそれぞれの未来のだんな様に会いに行く。
 作法も、行儀も、資格も全てとりそろえて。
 まるで・・・・・・・・・スーパーで、一瓶三百円で売られているような、工場製品に落ちるのだ。
 作法をここで学ぶことも、男の落としたかを学ぶというこの学園のやり方も、嫌いなわけじゃない。
 もし本気で僕がそう思っていたらこんな職場で働かず、フランスあたりで店でも開いて、一日一人しか受け付けない変わったコックさんにでもなってるだろうし。
 でも、そうしないのは・・・。
 なんでだっけ。
 あれ、思い出せないな・・・。
 ってか、チョコレート・・・・・・どうしよ。ああ、もう今年は作らないかな。
 なんだか、頭の中に浮かんでくるのは、どれも四角や、丸や三角に当てはまりそうな公定のものばかり。
 どんなに奇抜にしても、美味しそうに思えない。
 どうしたっていうんだよ。スランプかなぁ。
 はぁ・・・。
「京・・・いる〜?」
 いきなり聞こえてきた声に、京は思わず手を滑らし、洗面台に寄りかかっていた身体を大きな音を立てて転びそうになった。
「ココロくん?」
 この女学園に、唯一の青いりんご。
 けど、異端なわけじゃなくて、むしろ・・・・・・神秘。
 根元ココロ君は、ここLLC女学園に妹さんが通われていたことから、夏休みの間だけここに通った子なのだ。
 本当は教師陣にも隠してひっそり過ごすつもりだったらしいんだけど、無理があるよね。だって、彼は男の子なんだし、それに・・・なんていうのかな、光。
 そう、光があるっていうか、本当、さっきの蜜みたいな。
 うん、蜜。
 甘い、甘い蜜を出してて、男たちは自然とそれに振り回される。
 それが、どんな極寒にあろうが、灼熱の太陽の下にあろうが、欲しくて欲しくてたまらなくなる・・・そんな蜜。
 僕の同僚であり、ココロ君の現恋人である叶 英吏は、麻薬みたいだって言ってたけど。
 僕から言わせてもらえば、蜜。
 でも、どうして彼がここにきたんだろう。
 英吏なら、ここじゃないってわかるだろうに。
「英吏はここじゃなくて、屋上だよ」
「知ってるよ?」
 逆に疑問文で返されてしまった。
 うーん、じゃあ、どうしたんだろう。
 なすすべも無く、立ちすくんでいると、少年はクスっと笑った。
「俺、京に用事があってきたんだよ」
「僕に?」
 この少年、すっごく不思議な子なんだ。
 僕、過去にちょっと手を出したことあるんだけど、普通、それが嫌だったら二度と近づかなくなるじゃない。でも、この子は違う。
 再び僕と接触をはかろうとしてきたんだ。
 でも、僕を好きなわけじゃなくて。
 そう・・・・・・だって、彼は僕じゃなくて、英吏を選んだから。
 別に、なんとなくわかってたから、それほどショックってわけじゃないけど。
 それに・・・。
「はい、これ」
 ぼんやりしていた僕の手に渡されたのは、黄色い可愛い包みのプレゼント。
「?」
「京!料理人なんだから、今日が何の日かくらいわかるだろっ」
 それまで堂々としていたのに、急に恥ずかしくなったのか、少年は顔を真っ赤にして抗議してきた。
 しってるよ。
 今日は二月十四日。
 バレンタインデー。
 大好きな人に贈り物を贈る日。
「渡す人を間違えてるよ」
 訂正してあげれば、ココロ君は表情をやんわりと緩やかにした笑みを浮かべた。
「これは京のだよ」
「僕の?」
 料理人になってから、人に・・・手作りの料理をプレゼントされるなんてほとんどなかった。
 僕のレベルが、学校の料理長なんてレベルじゃないってことをみんな知ってるから、そんなわざわざ嫌な思いをするために作らないんだ。
 僕が文句言うわけじゃないのに・・・。
 久々の『贈り物』の感触に、僕はどうしようもなくて、再び立ちすくむ。
「・・・・・・・・・なんで僕に?」
 だって、君が好きなのは英吏じゃないか。
 卑屈になるつもりはないけれど、やっぱり同情とかだったら嫌。
 これが天然だからまだとおるけど、もし策略だったら、キープしてるようにしか思えないし。
 ある程度だけ期待をもたせて、好きになってくれないかわりに、嫌いにもさせない。
 そんな、恋の縄でしばるような。
「んーと・・・がんばって、と、ありがとう、かな」
 ??
 がんばって、と、ありがとう・・・?
「ありがとうは、ほら、俺がここに来たとき、ご飯とか気を使ってくれただろ?」
 ああ、うん。
 でも、そんなに何かされるほど、たいしたことじゃない。
「がんばって、は・・・・・・ここ!しわよってるから」
 ピトっとした体温がついたのは、僕の眉間。
 眉毛と眉毛の間のこの空間に、少年は指をつけていた。
 眉間のしわ・・・?
 そんなものがあったのか。
「リラックス、リラックスだよ」
「リラックス・・・・・・」
 僕、そんなに堅くなってたのかな。
 なんで?
 たかだかバレンタインデーのチョコ作ろうとしただけ・・・。
「疲れてるなら、無理して料理しなくていいんだよ」
「・・・・・・・・・ぇ?」
「だから、料理。京ってば毎日ここにいるんだろ?ダメだよ、たまには息抜きしないと」
 だって、料理は僕の大好きなもので。
 まさか、息抜きが必要なモノだなんて、思わないじゃないか。
「そか・・・僕、疲れてたのかな」
 浮かんでくる堅苦しい料理たち。
 楽しくない、面白くない、わくわくしない。
 そんな料理・・・いくら作っても、考えても、快感になるわけがない!
 僕は、楽しい料理が作りたいんだ。
「そうか・・・そうなんだ」
 なんだか、妙に納得してしまう。
 7つも下の子に、気づかれるなんて。
 ああ、まったく。
 これだから、この子にはかなわない。
 どんなに美味しく加工したものでも、天然の美味しさにはかなわない。
 甘い、甘い蜜は、愛を注ぎ込まれて、深く美味しくなるのだ。
「それじゃあ、帰る頃にもう一度よってくれるかな。その頃にはチョコ・・・作っておくから」
「京、俺の話聞いてた?」
「聞いてたよ。ただ、今、ものすごく料理したい気分なんだ」
 無理をしてるわけじゃない。
 趣味でつくるわけじゃない。
 身体が囁くんだ。
 料理がしたい!料理がしたい!料理がしたい・・・って。
 少年はキョトンとした後、甘い笑みを浮かべて嬉しそうに頷くと、ラウンジから出て行った。
 創作意欲がわくのをふつふつと感じながら、僕は手渡された袋をそっと開いていく。
 器用にラッピングされたそれの中には、ハートや四角、丸などの生チョコが包まれていた。
 一つ指でとって、口の中に放り込むと、それは、驚くほどに甘く、口の中ですぐ蕩けた。
 美味しい。
 そう思えたんだ。
 他人の料理で、こんな風に思えたのは久々かもしれない。
 それは、料理本をみながら作ったつたない料理ではあるのだけれど、そうじゃなくて。
 ココロ君の思いがこもったこの料理には、どんな料理人も目を見張るだろう。
「美味しい・・・」
 どうしよ。
 胸が痛い。
 美味しくて、美味しくて、この思いが僕のものだったらいいのにって思った。
 だって、これは、ココロ君がかの人を思って作ったチョコレート。
 愛しい人を思って作ったそれは、甘味を増し、人の口の中に幸せをもたらす。
「悔しいなー・・・」
 君の思いは、チョコレートとともに、必ずや英吏くんに届くんだろう。
 どうしよう・・・本当に嫌。
 英吏君とココロ君が結局くっついてしまったことが、ショックじゃなかったわけがない。
 ただ、僕は気づいてなかったんだ。
 僕が本当に・・・ココロ君を大好きだったってことに。
 だって、見守るだけでもいいから、その気持ちが欲しいなんて。
 情けないよね。
 ああ、でも・・・。
「なんて美味しいんだろ・・・」
 今ごろ気づくなんて。
 せめて、せめてもう少し早く気づいていれば・・・。
「いや・・・」
 それでも、ココロ君は英吏君選んだんだろうけど。
 ああ、どうしよう。
 馬鹿みたいだ。
 こんなに悔しくて、こんなに悲しいのに、チョコレートの美味しそうなアイディアが恐いくらい沸いてくる。
 料理人って本当・・・馬鹿かもしれない。
「さーて・・・作ろうかな」
 それでも、君が少しでも悦ぶなら・・・・・・作ってみるべきだよね。
 きっと、君の笑顔が見れたとき、僕はセックスより快感を覚えるから。
完。

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