結城さん家の親子丼!

小説 | 教師 | とっぷ
「えーと、君、誰だっけ」

 僕の初恋は、この一言で幕を閉じた。
 そして、この日を堺に僕は生まれ変わったのだ。
 
 顔立ちはシャープ、サラサラの栗色の髪。スラッと伸びた細い身体。頭脳明晰、偉大な存在感。教師という聖職者の殻に覆われながらも、そこにいるだけで、ため息をこぼしたくなるような、艶かしい存在でありながらストイック。
「岡倉先生」
 侵しがたい領域に手を差し伸べた男に呼ばれ、瀬名は優しい表情で振り返る。
「結城」
 結城鳴海。高校一年生でありながら、その慎重は169センチの瀬名を軽く越している。
 瀬名が、細身といわれる体系であるのなら、鳴海は綺麗に筋肉のついた男らしい体系をしている。
 そういう体系を目指してプロテインまで飲んで鍛えているのに、瀬名は元の体質が悪いのかそうはならなかった。
 なので、鳴海の体系は羨ましくもあり、妬ましくもある。
 けれど、その体系に似つかわしいほどの、優しい性格と温和な態度が、瀬名のそんなちっぽけな悩みを吹き飛ばす。
「鳴海って呼んで下さいよ、岡倉先生」
 鳴海は、ふと瀬名の首元に手を伸ばし、耳元に優しくキスをする。
 瀬名は真っ赤になって、それまでの態度を一変させる。
「っ……」
「今日こそは……俺の家においでよ。今日は誰もいないんだ」
「え……っ」
 それだけ言うと、鳴海はニコッと笑って、立ち去ろうとする。
 あんなスキンシップで、もう心臓も身体もドキドキで、どうしようもなくて、動けずにいる瀬名を、さらにドキドキさせておいて。
 瀬名と鳴海は、付き合いだしてもう半年以上。けれど、エッチはおろか、キスすら唇に触れる程度のお付き合い。
 触れることに、まるで子どものような反応を見せる大人の男に、鳴海は優しく優しく接してきた。
「まあ、そろそろ限界だけどな」
 優しい顔をした悪魔は、背後で真っ赤になってる可愛いハニーに聞かれないように、そっと悪魔のしっぽを出しはじめていた。

 「来ちゃった……」
 瀬名は手土産に持ってきたシュークリームと、参考書を両手に持ちながら、結城家のドアの前でいまだ悩んでいた。
「生徒と教師だし、っていうか、俺男だし、親御さんのいない家に勝手にあがるのも、常識離れだし、いや、親がいたらもっと会えないけど、そ、それに……っ」
 そこまで独り言を呟き、そして頭の中が妄想で膨れ上がる。
「……えっち……とか、するのかな、やっぱり」
 
大学時代、一度だけ本気の恋をした。
 相手は4つ上の先輩で、男女ともに人気のある人で、すごく素敵な人だった。
 お酒の席で、たまたま隣の席になった。
 その頃の俺は分厚いめがねをかけてて、ファッションセンスなんか皆無、下ばっかり俯いてて、『オカクライさん』なんてあだ名で馬鹿にされて呼ばれてたくらい。
 そんな俺にとって、先輩は憧れだった。あとは坂道を下るように恋に落ちて、一世一代の思いを、卒業式に振り絞った。
 『えーと、君、誰だっけ?』
 ドキドキも、嬉しさも、悲しみも、吹っ飛ぶようなその言葉に、瀬名は復讐を誓った。
 この人が、いや、誰もが振り返るような男になって、見返してやる、と。
 そんなことに夢中になって、見かけから、知性、ファッションから、雑学まで身に付けているうちに、恋などせずに28歳。
 キスもエッチも、まだまだレベル1なのだ。緊張するのも、当たり前というもの。

「やっぱり、今日は帰ろう」
「何やってるんですか、先生」
「な、鳴海、なんで……っ」
 急に後ろから声をかけられて、瀬名は現実に引き戻される。
「ちょっとコンビニに行ってたんですよ。早く入りましょう、先生」
「あ、う、うん……」
 帰ろうってきめたのに……。瀬名は、鳴海にぎゅっと右手を握られ、親御さんのいない大きな一軒家へと入っていく。
 通されたのは鳴海の部屋だ。高校一年生の男の子の部屋にしては、シンプルな作りだと思う。壁に貼ってあるのは、グラビアアイドルのポスターではなく、空や動物のポートレート。
「お前、写真やるのか?」
 瀬名は、まるで涙がこぼれそうな薄暗闇の曇り空の写真を、手でなぞりながら聞いた。
「まだまだ、趣味のレベルですけど。先生も、写真好きなんですか」
「……好きじゃないよ」
 あの人は写真部だった。
 あの頃の自分を払拭するため、あの人にあったら今の自分を見せ付け、今はこんな素敵な恋人までいるのだと自慢するため、努力してきた。
 良くも悪くも、自分を替えた人……。
 遠い目をしながら、写真を見つづける瀬名を、鳴海はたまらず後ろから抱きしめる。
「お、おいっ……鳴海っ、ちょ、シュークリームが潰れるだろっ」
「先生……どこを見てるんですか……」
「え……っ」
 ドキッとすることを言われ、後ろを振り返ると、そこには鳴海の綺麗な顔があった。
「俺を見て、先生」
「は、離れろよっ……っ、ふ、っ……んっ」
 振り返ったままの姿勢で唇を塞がれる。いつもと違う、強引な鳴海のキスに、違和感を感じた瞬間、口の中にヌルッとした感触が加わった。
「……っ!?」
呼吸すら奪われるのではと思うキスに、昔の幼い自分に戻りそうになる。どんなに鉄壁の大人美人変身計画で自分を偽っても、中身まではそうそう簡単には変わらない。一人称を僕から、俺へ変えてみても、言葉遣いを少し乱暴にしてみても、岡倉瀬名は、岡倉瀬名でしかないのだ。
「っ、やっ……だめっ……んっ…んんっ」
「……だめじゃないですよ、先生」
 瀬名の舌が口の中で逃げれば、鳴海はそれを追って、口の中の敏感な部分を刺激する。舌頭を刺激され、指先から頭の奥まで電撃が走る。
「……ふぅっん!」
 感じた事のない刺激に、瀬名は鳴海の胸を押しのけ、後ろへ逃げようとする。しかし、それがまずかった。瀬名の後ろには、鳴海の匂いのするベッドがあったのだ。
「あっ、わっ!」
 ドスッ。
 鳴海の服を掴んでいたせいで、鳴海に押し倒される形でベッドへダイブすることへとなった。あまりに大胆な自分の行動に、瀬名は顔を真っ赤にする。
 鳴海の前では、大人の余裕を見せつけよう、俺は大人なんだと言い聞かせていた分、いままで付き合っていて何もなかったのは、お前がまだ高校生だから俺が我慢しているんだという風をふかせていた瀬名だけど……。
 この状態では、逃げも隠れもできない。
「あ、な、鳴海……あのっ、俺っ……」
「先生、誘ってんの?」
「へっ、あ、鳴海っ、なる……っ、ひゃっ」
 普段、瀬名には必ず敬語を使い、穏やかで優しい性格の鳴海が、その温厚な性格からは想像もできないような言葉遣いに、瀬名は呆気にとられながら、翻弄されていく。
 鳴海は、瀬名のネクタイを緩め、起用にワイシャツを脱がしていく。すでに、スーツは腕のどころまで脱げていて、水色の清潔そうなワイシャツの中から出てきた真っ白い肌がいやらしい。
 鳴海はその首筋に上気した唇を落とし、噛み付くようにキスをする。
「ぁっ……っ」
「気持ちいい、先生」
 チュッと吸い上げると、そこには点々と真っ赤な花弁が咲いていく。痛いくらいに吸い上げるから、これでは数日消えそうにない。乱暴に欲望に誘い込んでいるにも関わらず、脳内シナプスにやられている瀬名の、欲情している顔を見て、鳴海は唇をほころばす。
「先生は、ちょっと痛いくらいが気持ちいいんじゃないの」
「なっ、何言って……っ」
「だって、ほら」
 鳴海は瀬名の両腕をとって、頭上で片手で抑えあげる。両手が使えないという不安と、このあと何をされるかという緊張で、動悸が激しくなる。そんな自分を気取られるのが恥ずかしく、瀬名は視線を逸らそうと、そっぽを向く。
「他を見ることは許しませんよ、先生」
「あ、やっ、な、なるっ、鳴海っ、だめっ」
 左手で瀬名を押さえ込み、右手はいやらしい音をたてながらスーツのジッパーを下げる。すでに反応を見せているその部分を確めると、鳴海は右手の長い指先でツンとつつく。
「やんっ……っ」
「先生、どうされたいですか。俺に、どうしてほしいですか」
「や、何……それ……っ」
 エッチも、キスも、こういうシチュエーションも初めての瀬名は、鳴海の言葉に耳を疑う。普段、生徒に大きな顔をしている綺麗なこの顔が、俺の言葉に反応している、その事実が鳴海をますます発情させていた。
「こう……?」
 小指から親指まで順順に、そこに絡めていき、キュッと強めに握る。熱いといえそうなほど、ほてっているその部分は、感情より、表情より先に、可愛らしくピクンッと動いて見せた。
「身体は正直ですね、先生。先生は、俺の妄想よりずっといやらしい身体をしてる……」
「あーっ、ふうっ……だめっ、ダメっ、触っちゃ……、僕……おかしくなるっ」
 鳴海の長くしなやかな指による執拗な愛撫を受けながら、舌からは蕩けるような温度を貰う。そして、右手では1番敏感な部分を握られ、触られ、ぐちゅぐちゅと音までたてられる。
 これで、どうにかならない方が、どうかしているというものだ。
「やっ、あっ……ああっ、もっ、いく、僕、やだっ」
 なんだかよくわかない状況のまま、熱にうなされ、視界も、世界も、理解不能の中、瀬名は鳴海の名前を呼びつづける。
「なるっ……鳴海、鳴海……っ」
「瀬名……っ」
 鳴海が、愛しい人のその唇に再び口付けしようとした瞬間、事件は起きた。
「ただいま、仕事が早く終わってさー」
「!」
 ノックもなしに、おとりこみ最中の二人の部屋に飛び込んできたのは、1人の男。
 ベッドで、瀬名はほとんど服を着ていらず、鳴海は瀬名の身体を思いっきり触りまくっている。
「へ、え、あ……っ」
何が起きたのか理解できずにいる瀬名にブランケットをかけると、イライラ顔の鳴海は立ち上がり、長身の鳴海よりも身長のさらに高いその男にガンを飛ばす。
「てめぇ……、何しに来たんだよ。空気読めよ、クソオヤジ」
「お父さんっ!?」
 瀬名は鳴海の言葉に、ほとんど裸のまま青ざめて身体を起こす。
 そして、次の瞬間、瀬名はもっと青ざめる事となる。
「……夏樹……先輩……っ」
 瀬名の言葉に、それまで口論を続けていた男2人が、振り返った。
 瀬名は恐る恐るその男の顔を見る。こんなところにいるはずない、でも見間違えるはずのない、忘れるはずのない顔がそこにはあった……。そう、あの初恋をたった一言で終わらせた張本人の顔が。
「先生?」
 鳴海は訝しげに瀬名を見る。けれど、瀬名の目はもう1人の男に釘付けだ。
「先生?君は……」
 再び、悲しいあの台詞を聞くことになるのかと、瀬名は慌ててシーツを纏うと、鳴海の前に立ち、男に向かい合った。
「あ、あの、僕……先輩と同じ大学で、サークルも一緒だった……岡倉瀬名です。あの、あの……」
「え、ああ、岡倉君!“朝日”の写真が賞とった子だろ」
「え……」
 確かに、8年前、自分の存在を全否定した人の言葉だろうか。
 瀬名は自分の鼓動がドクンドクンと波打つのを感じた。まるで、大学時代に、あの頃に呼び戻されるかのように。
「あれ、でも、君って……」
「あ、あの、僕――」
「ストップ」
 そこで話に割って入ってきたのは、先ほどから話の外におかれていた鳴海君。瀬名は、そこで過去へ飛びかけてた感覚が、現在へと引き戻される。
「話が見えないんだけどさ、クソオヤジとなんかあったの、瀬名」
「え、あ、ええ……お、お父さん……!?……」
 そこで再びその単語を聞いて、驚きの表情を隠せないまま、瀬名は2人の顔を見比べる。
 大好きだった夏樹先輩と、現在好きになってきた鳴海が……親子!?
「で、で、でも年齢的に……っ」
「僕は留学とかしてたし、鳴海は若い頃の子どもでね、ずっと母方で暮らしてたんだけど、中学の頃に僕が引き取ってね、今じゃすっかり仲良し親子だよ」
「誰が仲良しだよ……」
 瀬名の頭の中はパニックだ。
 えーと、だから、つまり、これって、どういう……。
「で、瀬名はコイツとどんな関係なんだよ」
「え」
 ぽっと顔を赤らめた瀬名に、鳴海はイライラしながら問い詰める。
「えーと、その……あの」
 瀬名が口篭もっていると、目の前の男が口元をいやらしく吊り上げて笑って言った。
「初恋の相手、ってところかな」
「はっ!?」
「えっ……!だ、だって、先輩、あの時、僕のこと知らなかった……っ」
 思わず瀬名が言った言葉に、2人の男は違った表情を見せる。
「瀬名……なんだよ、それっ」
「あ、やっぱりそうなんだ」
 夏樹はそのいやらしいほどに綺麗に伸びた指で瀬名の顎を掴んで上を向かせる。瀬名は緊張と、ドキドキで、言葉に詰まってしまって、何も言えない。
「残念ながら、僕は君を覚えてないけど……」
 夏樹の言葉に、瀬名の心臓がチクンと痛む。
「こうすれば思い出すかも」
 ちゅ。
 夏樹は瀬名の唇にまるでついばむようにキスをした。
 痛んだはずの心臓が、今度はぴょこんと跳ねる。
「クソオヤジ、何してんだよっ!!」
「だって、僕好みなんだもん、瀬名君」
「俺がここまでするのにどれくらいかかったと思ってんだよ――っ」
「あ、っていうことは、まだ僕が隙いる隙間はあるってことだ」
 墓穴を掘ったという顔で、苦々しい顔をする鳴海をよそに、夏樹は、呆然としている瀬名に向かって、誰もがなんでも許してしまうような素敵な顔で笑った。
「8年前はすまなかったね、今から遣り直しをしないかい」
「へ、え、ええーっ」
「ふざけんなよっ!瀬名は今俺と付き合ってんだよっ」
「でも、瀬名君はまんざらでもない顔してるけど」
 夏樹の言葉に、鳴海は瀬名をバッと振り返り見る。
 瀬名は真っ赤な顔をさらに赤くさせながら、両手を前で左右に振り否定する。
「ち、違う、違うから、鳴海」
「瀬名が好きなのは、俺だろ。瀬名」
「でも、初恋は僕、なんだよね。瀬名君」
 違う、違うといいつつも、心が動揺するのはなんでだろう。
「あ、あの、そのっ……」
 大人の魅力の初恋の相手、結城夏樹、36歳。
 心の傷やトラウマを癒してくれた最愛の相手、結城鳴海、16歳。
「どっちっ」
 結城さん家の恋愛事情は、始まったばかり。

 おわり。
小説 | 教師 | とっぷ
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