●● やまとなでしこ復活編
夜まで待てない☆やまとなでしこ ― 前編ー ●●
「や、英吏……ちょっと……待って」
2人っきりでいるといつもこう。
ココロはさっきまで大人しく自分を抱きながらテレビを見ていた英吏の手が、だんだんと怪しい手つきになるのを感じて、その手を止めた。
「なんだい、ココロ」
そんなココロの気持ちなど知る由もなし、まるで子どもをあやすかのように英吏はココロに尋ねた。
「……今、映画見てる途中なんだけど、英吏」
「うん、そうだね。でも、映画見るよりもずっと素敵なことがあると思わないかい」
それが、エッチなことだってわかってるから、ココロはカァッと耳を瞬時に赤くさせた。
英吏とココロが恋人同士になってすでに4年近くたっている。出会い頭から始まったそんな行為に、いまだに抵抗を見せ、恥ずかしがるココロは、英吏にとって史上最高に可愛い恋人だ。
ココロの赤くなった耳に口をつけ、そのイチゴマシュマロみたいな柔らかな感触を甘噛みして味わう。
「ひゃっ……ん」
それまでそんな声出さなかったのに、ちょっと弄っただけで、ココロの声は普通の男の子声から、色っぽい艶のある男を誘う声になる。
そう、この子は男の子。れっきとした大学2年生だ。
身長156センチ、体重47キロの小柄だけれど、芯の強い、その名のとおりの男の子。しかし、恋に落ちた相手がまずかった。プレイボーイ教師とはこの人のこと、叶 英吏。けれど何を間違ったか、この男もまたココロに骨抜きにされ、そのプレイボーイ本性が今はココロだけにしかむかなくなったのは、いいことなのか、悪い事なのか。
とにかく、4年たとうが、100年たとうが、この2人には関係ないということなのだ。
それだけ身体も、心も繋がる年数が増えるというだけのこと。
「……ダメだってば、今……いいとこなのに」
ココロが借りてきたこの映画のDVDは、先日映画館で放映されたばかりの新作で、明日には返さなきゃいけない。ココロは顔に似合わずアクションが好きで、英吏様は恋愛要素ゼロのこの映画を2人で見ているのにとうとう飽きてしまったらしい。
フランス映画を地で行くような英吏にとって、アクションより、映画より、まずココロなのだ。
「俺もそろそろ、いいところにいきたいものなのだがね」
性的ニュアンスのこもったその言葉に、映画に集中しなおうそうとしていたココロは、バッと顔をあげる。
「英吏!……んっ、やっ……っぁ」
やっと画面から自分の方に向き直ってくれた恋人が嬉しくて、英吏はココロの甘い甘い唇に自らの唇を合わせる。
「っ……っふっ、あ……んっ」
思わず言葉が漏れるような濃厚なキス。ココロの口が文句を言いそうになり少し口が開いた瞬間に、英吏は自らの口内の肉厚な欲望を押し込んだ。
艶めいた感触は、ココロの口の中の感じやすい部分を探し、まるでからかうように優しく撫でる。
普段、本気のときはこんなことはしない。
ココロが気持ちいいところを、丹念に丹念に撫でまわし、口の中で絶頂を迎えさせるくらい激しくつついていく。
しかし、まるで今日のは、ココロに探りをいれるようなキス。
いつも恥ずかしがり屋のココロが、自分から「もっとして」と言ってくれないと、続きなんてしないよ、と言っているような自分のキスに、英吏自身驚いた。
本当はもっと濃厚な濃い〜やつを、英吏だってしたい。
けれど、なんだか今日は少しココロを苛めたい気分なのかもしれない。
ココロだって、同じ男なら、自分のように相手を求めたくなるはずだ。しかし、ココロは、2人っきりでいても、絶対にそんな雰囲気を漂わせてはくれない。この4年、ほとんどそうだった。
ココロから、抱きしめてほしい、だのキスしてほしいだの言ってくれれば、英吏はココロが壊れるまでしつづけるだろう。
けれど、そんな言葉をココロが言う前に、自分の方がいつも痺れをきらせれ襲ってしまうのだ。
ココロの可愛さはそれほど罪深いものだった。
「やっ……!」
英吏がココロをからかうような、いたずらなキスに集中していると、急にその感触が無くなった。
普段声を荒げる事のないココロが大きな声をだし、英吏をちょっとだけ突き放した事実にちゃんと気付いたのは、数秒後。
あまりのことに、すぐには気づけなかったのだ。
「……ココロ?」
誰よりも何よりも驚いたのは、英吏だ。
今まで、どんな状況でキスをしても、どんな状況で誘っても、ココロは最後にはいやとは言わなかった。もちろん、最初は恥ずかしがったりもしていたし、多少無理やりなところもあったけれど、最後は愛が勝っていたのだ。
しかし、今日のココロはそうもいかないようだ……。
「……英吏は、それしか考えてないんだね」
下を向き、黙ったままだったココロは、ボソッとそんな言葉を言った。
あのプレイボーイ英吏様は、まだ動けずにいますけど。
「英吏は、俺と……エ…エッチとかすることしか考えてないみたい……」
ココロはそれだけ言うと、急に立ちあがり、DVDをデッキから出すと、今年の冬買った真っ白いコートをベッドの上から取り上げ見につけた。
まるで天使のように見えるココロを、英吏は呆然と見つめていたが、慌ててその腕をとった。
「すまない。君があまりに可愛くて……。怒ってるかい」
英吏はココロの腕を愛しそうに撫でながら、座るよう促した。
ココロは英吏の方にふり向き、けれど、英吏の言う方には座らず、ベッドの上に正座するような形で座った。
「……怒ってないよ。怒ってないんだけど、わかんない」
「わからない、って何がだい」
「俺は英吏が好きだけど。英吏は、俺と……そういうことするのが好きみたいに見える」
ココロの言葉に、英吏は少しムッとした。
まるで、それじゃあ、ココロは自分とエッチをしたくないみたいではないか。
「好きな人とならいつでも繋がっていたいと思うのが普通だろう」
「……でも、そうじゃなくたって、好きって気持ちはウソじゃないはずだろ」
今日のココロはいつものココロと少し違った。
なんでだかわからないけれど、譲らないつもりらしい。
英吏はだんだん、ココロが何を言いたいのかわからなくなってきていた。
「ようするに、君は僕とセックスをしたくないんだろう」
思わず出た言葉に、ココロはいつものココロのようにビクッとした潤んだ瞳を見せた。
「そんなんじゃないっ。なんでそんなことになるのさ……」
ココロがどんなに言っても、もう聞く耳を持とうとはしない。
英吏様は、久々にちょっと怒ってしまったのだ。
しかも結構、ご立腹。
「いいよ、君が望むのなら、君が望むまで僕らは清い交際をしようじゃないか、ねえ、お姫様」
まるでからかうように、それまで繋いでいたココロの手の甲にキスをした。
ココロは、その態度がいやで、思わずその手を引き抜くが、英吏には違うようにとられたらしい。
「手にキスをするのも、違反ですか、姫」
「英吏の馬鹿っ」
ココロはそれを捨て台詞に、英吏の部屋から立ち去ってしまった。
「ココロ!」
そんなココロの後姿を見て、ようやく英吏は少し言い過ぎたと思うのだ。6つも下の可愛い年下の恋人は、いつも従順で大人しく、まるで大和撫子のような子だ。
だからこそ、普段はいえぬ言葉があったのかもしれない。
そう気付いたのは、後の祭り……。
英吏様をこんなふうにできるのは、あのココロだけ。
今までつきあった恋人達が、今の俺を見たら笑うだろうか、そう思いながらも、英吏はココロが好きな気持ちはとめられなかった。
「ふぅ……」
英吏はのぼせた頭を冷やそうと、幼馴染で同じく教師の北条宮のいる保健室へ歩いて行った。
「やだ……先生ってばぁ」
保健室のドアを開いたはずなのに、そこから聞こえてきたのは、あまりに似つかわしくない女性との甘ったるい声。
「いつもそうやってからかってばかりで。先生、本命がいるんでしょう」
「さあ、どうだろうね。君が本命かもよ」
チュッと言う、唇がどこかに触れ、離れる音がした。
英吏は、ふうと一息ため息をついてから、開いたドアをもう一度外側から叩く。
「失礼するよ」
その声とノックの音にびっくりしたのは、女性とだけのようだ。
キャッという声とともに、女の子特有のパタパタとした足音が聞こえる。
「無粋だな……」
「だから、失礼すると言ったはずだ」
「か、叶先生……」
女性との顔は見たことがある。確か、3年の女の子だ。
宮とこういう関係にあったことは知らなかったが。
「すいません、どうぞ……あ、宮……北条先生、また来ます」
「ああ、またあとでおいで」
宮はいまだ自分は真っ白いカーテンの向こうでそう伸びやかな声で言った。
女性徒といえば、少しだけはだけたセーラー服の上を手であわせるようにして、胸を隠して走っていった。
「まったくお前は……。生徒に手を出すのはご法度だぞ」
「お前がそれを言うか?お前だってココロに会う前はとっかえひっかえだったじゃないか」
カーテンを捲った先にいたのは、真っ白い白衣を来た悪魔……もとい、英吏の幼馴染の北条 宮。
英吏とはまた違った美男子で、英吏が王子ならば、こちらはその華やかさを際立たせるような騎士か、豪遊家の嫡男。
こんな女子高ではもててあたりまえだった。
「女生徒を泣かせるようでは男じゃないが、ココロに手を出されるより100倍ましだな」
英吏は穏やかに、けれど宮をけん制するように言った。
「ココロが君に飽きるまでの辛抱さ」
宮は英吏の言葉を全てわかって、そう穏やかに返した。
宮は英吏とココロを取り合った1人だ。
いまだその誰にも開かない心の一部に、彼がいることは明らかだった。
ココロ以外とは一生本気の恋などしないだろう、そう思っていた。
けれど、ココロは親友英吏のもの。
奪う事はしない。だって、ココロは英吏を愛していて、それが幸せそうだから。
大人である宮は、やはり大人の目でココロを見てしまう。
彼が幸せであれば、自分も幸せだと素直に思えたのだ。
「ココロが……か」
冗談のようにいったその一言に、いつもなら強気の返事が返ってくるのに、英吏は皮肉そうに少し笑っただけだった。
「どうかしたのか」
思わず宮もそんな言葉が漏れてしまう。
「実は……」
英吏がその全てを話すと、宮は天使のように笑った。
声高らかに。
「あはははは。そうか、とうとうココロくんも、お前の身勝手さに気付いたわけだな」
宮は、今年一番の幸福がやってきたかのように笑いつづける。
英吏が、相談した相手を間違った……と思ったのは、少し遅すぎる事実。
「……うるさいぞ」
「お前は、自制と理性が足り無すぎるんだよ」
「うるさいな」
「……これは、保険医としてのアドヴァイスだぞ」
宮は急に真面目な顔をして、英吏の方を向いた。
「男同士のソレに妊娠の可能性はないし、相手が特定ならば病気の可能性もない。しかし、だからこそメンタルが重要になってくるんだ、そうだろ」
「……」
「ココロ君は何もお前としたくないって言ってるわけじゃないんだ、待ってやればいいじゃないか」
宮の言葉は最もだった。
ココロが一言「したい」といってくれれば、また再び自分はあの可愛い身体も、心も全て物にできるのだ。
ココロを愛しいと思うのならば、恋しいと思うのならば、その一言を待つのも容易いはず……。ただし、少し自分の本性を抑えなければいけないけれど。
「恋の試練か」
英吏はそう呟き、1人決心を固めるのであった。
その頃ココロは……。
「英吏は少し反省すればいいんだっ」
家で落ち着いた空間でビデオの続きを見ながら、一人そう呟く。
しかし、ココロは気付いていなかった。そう言いながら、頭の中に映画の内容なんてちっとも入ってこない。考えているのは英吏のことばかりなのだ。
本当は2人でゆっくり見たかったのに。
見終わったらなんでもしたらよかったのに。
自分がどれだけこの映画を見たがっていたか、英吏は知らないはずがないのに。
映画館で公開中も何度も行こうとしたのだが、生憎英吏の都合が合わず、1人で行くと言ったら1人じゃ心配だと言い、友達と行くと言ったら相手は男じゃ許さないと怒り……。結局行けずにDVDになるまで待つ羽目になったのだ。
それなのに……。
「英吏はそればっかり考えてるんだ!」
そう呟いたココロに、クラスメイトが不思議そうな顔をした。
「どうかしたのか」
あまりに怒っていて、ココロは今自分が月曜日の学校にいるという事を忘れていたらしい。
英吏という、男の名前をどうどうと口にしていた自分の口を慌ててふさいだ。
「どうかしたのかって聞いてるんだけど」
話し掛けたのに、口をふさぐマネをしているココロに、クラスメイトでココロと仲がいい佐伯 蒼志(さえき あおし)。
クールな外見、スマートな立ち姿。
まるで、王宮に勤めるナイトのようだ。実際、ココロが大学に入学して依頼、ナイトのようにこっそりココロを守ってきていた。
そんなこと、ココロは知るよしも無いけど。
「あ、ううん、なんでもないよ」
ココロは慌てて口から手を離し、笑顔を作った。
蒼志はそんなココロの動揺っぷりを瞳を細めて見守っていた。
去年のクリスマス。ココロはこの蒼志と、もう一人仲のよいクラスメイトの宮城と合コンにいったのだ。女の子の数が足りないと言う事で、急遽女役で混ざったココロ。そして、お互いがココロをめぐる恋敵であることを認めてしまった蒼志と宮城の前に現われたのは、真っ黒いコートの長身の美男子、英吏だった。
それから一年間、蒼志はココロを見つめては胸を苦しませ、そしてあの男の顔を思い出しては握りつぶしたい気持ちにさせられていた。
「なんだ、ココロ元気ないのか!?」
そう言いながら、さりげなくココロの肩に手を置いたのは、宮城 敦(みやぎ あつし)その人。軽い口ぶりからは似つかわしくなく、心は熱い男で、初恋も初キスもココロという、なんとも可愛そうな男の一人だ。友達も多く、少々口下手なココロの、ナイトの一人としてはとても有能な男だ。
「そんなんじゃないよ!!ごめんね、心配かけて」
自分を気遣って話し掛けてくれる2人に、ココロは努めて笑顔をつくった。
その笑顔の可愛いこと、可愛いこと。
普段顔を崩す事のない蒼志も、いつも笑顔の宮城も、思わず息を呑んだ。
「……そ、そうだ、ココロ。今日暇か?じゃあ、俺ん家こいよ。面白いもん見せてやるから」
宮城は少し考えてから、そんなことを言った。
「面白いもの?」
ココロが可愛い瞳をくりくりさせて、純粋に尋ねると、どうも宮城はばつの悪そうに頷いた。
「うん、まあ、面白いもの見つけたからさ、こいよ。な」
「う、うん……」
本当ならば、今日は英吏とデートのはずだった。
しかし、日曜日に喧嘩して、あっちから電話もないまま、デートもないだろう。
ココロは、ちょっと考えて、うん、と小さな声で呟いた。
「うん、じゃあ行……」
「じゃあ、俺も行く。文句ないよな」
ココロが行くといおうとした瞬間、それまで黙っていた蒼志が口を挟んだ。
宮城がココロに好意があるのは見え見えだった。そんな宮城とココロを2人っきりにさせてたまるか!
しかも、宮城とココロは去年のクリスマスに、酔ったココロの悪酔いで、あろうことかキスをしてしまった仲なのだ。
宮城が誤って道を踏み外さないとも考えられない……。
「俺も行く。いいよな宮城」
睨むように言われても、宮城は目を細めるだけだ。
宮城もまた、蒼志がココロに気があることを十分理解していた。
せっかくココロと2人っきりになるチャンスなのに、なんでこんな男に潰されなきゃいけないのだ。
宮城が嫌だと言おうとした瞬間、ココロがにこっと笑った。
「いいじゃん。面白いものはきっとみんなでみたらもっと面白いよ」
ココロを元気付けるために誘ったのに、ココロにフォローされていてはおしまいだ。
宮城はそんなココロの言葉に、しぶしぶ蒼志も誘ったのであった。
「でも、そんなに宮城が面白いって言うものって何?」
「え、あ……うん」
可愛く小首をかしげるココロに、宮城は少し気まずそうに返事をした。
「まあ、見ればわかるよ」
「うん?」
そんな宮城の異変に、蒼志はなんだかすごく嫌な予感を感じていた。
「あ、アダルトビデオ??」
蒼志の嫌な予感はばっちり当たっていた。
放課後、宮城の家で、宮城が気まずそうに持ってきたのは、一本のアダルトビデオ。
「まあ、正確にはDVDだけどな」
そう言いながらも、宮城は少し、見せたくなさそうにしている。
「俺、初めてかも……」
「え!?」
「え!?」
ココロの呟きに、同じ反応を見せたのは、もちろん宮城と蒼志。
「見たことないのか、こういうの」
蒼志が言葉を濁して言えば、ココロは平然と頷いた。
「うん、ないよ?だって、俺の部屋テレビないし、家族全員女だし」
「でもさ、中学時代に勧められたりとか……」
「中学生が見ちゃいけないものだし……」
あまりの純粋な答えに、宮城も蒼志も思わず顔をしかめる。
普通の男子中学生ならこんな答えは出せないだろう。どうしたって、興味は理性に勝てないのだ。
しかし、ココロのなんという純粋培養。
一人エッチは一体どこで覚えたのか、聞きたいところだが、グッとそこを堪えていた宮城の脇をすり抜け、ココロは何故か一人でDVDを設置してしまった。
「あ!ココロ……やっぱりそれはダメだっ、お前には……っ」
「えー、だって俺に元気出させるためのでしょ?」
そう言いながら、スイッチをポチッとな。
宮城の静止も聞かず、ココロがスイッチを入れてしまったそのDVDは、三人の目の前でスタートしてしまった。
「え」
「あー……」
「なんだ……これは」
テレビの画面にまず出たのは、タイトルと主演女優の名前。
その名も『誘う女生徒 相澤 心(あいざわ こころ)』
凍りつく3人をよそに、DVDはどんどん進行して行く。
話自体は、まあよくある話。先生と女生徒のアララな関係を描いた王道作品。
しかし、そう、主人公の名前は心。ココロと一緒。
顔も、体つきも、性格も何にも同じ所なんてないけれど、その、なんていうか、男の子だからね。宮城も、蒼志も、そう……ココロでさえも。
「ねえ、先生あたしのこと好きなんでしょ」
「心ちゃん……何を言っているんだ」
放課後の教室。
室内には2人きり。
補習授業の最中、授業に飽きた心は、セーラー服のスカートをめくりあげ、ももをチラチラと見せながら言った。
そんな心ちゃんの行動に慌てた、さえない教師は、いそいで視線を外そうとするが、理性はそんなに強くない。
頭の中で描いていた、心をめちゃくちゃにしたい願望を抑えきれず、教卓に心を押し倒した。
しかし、相手の心ちゃんは、そんな教師より一枚も二枚も上手のよう。
先生のネクタイをグッとひっぱり自分の方へ手繰り寄せると、首筋に口付ける。
「好きにして……先生のしたいこと、な・ん・で・も」
「心……っ!」
教師の手は心の両手を片手で抑え上にあげ、抵抗できないようにして足を開かせる。
「あっん……」
「好きだ、好き……ずっと好きだった……こうしたかった」
教師は、そこが教室だと言う事も忘れ、心の身体に貪りつく。
もちろん、これはスタジオだけど。
けれど、恥も外聞もなく好きといえることにココロは人知れず見入ってしまっていた。
「あっ、はっ、もっと、ね、ここ……あっ」
心は先生の手を取り、自らの性感帯を触らせようとする。
「ね、触って……、先生に触って欲しい、の」
「心……っ、気持ちいいかい」
先生は心が示す場所を、心が気持ちいい顔をする場所を刺激していく。
心が気持ちよくなるように。
ま、これはそういうビデオだから、見ている子たちが興奮するようにって言うのが一番なんだけど。
心の甲高い悲鳴に近い喘ぎ声が、宮城の狭い部屋の中に響き渡って、蒼志は世界を破壊しそうな瞳で、宮城を睨んだ。
「お前……っ」
「……うるさいな。俺はお前なんか誘ってないんだよ。見たくなければ帰れよっ!」
蒼志の冷ややかな視線を感じ、宮城はムスッとそういい返した。
蒼志だって、見たくないわけがない。
だって、毎日、頭の中では何度も「ココロ」を汚している一人なのだ。
入学以来、ココロが可愛くて可愛くて仕方なくて、愛しいと思い始めてしまった蒼志。友達と言う皮を被って、気持ちを抑え、ココロに近づいていくる変な輩を追い払ってきた。
しかし、蒼志にだって欲望はある。
それはひた隠しにしているからこそ、熱いものであり、深い。
ココロをこんな風に呼ぶことができたら、こんな風にねじ伏せることができたら。
そんな想像は、もうゴマンとしてきた。
だから、こんなDVDなぞ見させられたら、堪忍袋の緒と一緒に理性の糸も切れる寸前なのだ。
本当はね。
けれど、今は宮城が前にいる。
ココロの名前をこんな風にして楽しんでいたなんて考えるだけで、宮城の頭の中でココロが汚されたと思うだけで、怒りが湧いて出ていた。
しかし、そんな2人が横でバチバチと火花を飛ばしている間に、ココロは1人、違う考えに頭をめぐらせていた。
「心……っ」
切羽詰ったような、喉がちぎれるような色っぽい声で、そう同じ名前を呼ばれ、ココロの頭は少しだけ想像にトリップしてしまう。
『ココロ……』
英吏の声だ。
もちろん、ビデオの男優さんの声は英吏の声とは似ても似つかないけれど、この状況と、ココロという名前を呼ぶ艶めいた声に、思わずそう思ってしまったのだ。
『ほら、足を開いてごらん』
そんな声が耳に入り込んできて、ムズッとする感覚に襲われる。
心臓がドキッとした後に、胸が動悸が激しくなる。
『ココロ、気持ちいいかい?』
自分はただビデオを見ているだけなのに、そんな台詞とビデオの中の卑猥な行動が、妄想と交じり合い、ココロは自分の隠れた場所に英吏の指がねじ込まれるようなそんな気分になる。
「っ……」
すでに、現実だかビデオを見ているのか、わからない。
テレビの中で、男が指を1本押し込めば1本射れられた感覚になり、2本になればココロの中も2本に増える。
少しだけ窮屈だが、その密着さがよけいに身体の中に刺激をもたらす。
ココロの身体は火照り始め、頭の中で英吏とまぐわう自分しか想像できなくなる。
ここには、宮城も蒼志もいるっていうのに。
ぐちゃぐちゃと甘い音がして、女の子が嬌声をあげるたびに、自分も声を堪えて、ココロは激しい息だけをこっそりこぼす。
普段、自分達が言い合っていれば真っ先に止めに入るココロが、これだけ蒼志と喧嘩していても何も言ってこない事に疑問を感じた宮城は、食い入るように画面を見つづけるココロの異変に少し気付いた。
頬が赤くなり、ちょっと身体が小刻みに動いている。
そして、小さな口から零れる温かな吐息。
「ココロ?」
そう宮城に言われた瞬間、ココロは現実へと戻る。
「っ、あっ」
自分の身体の変化に、1番最初に気付くのは自分だ。
ココロは、自分がDVDを見て、妄想にふけり、あろうことかそれで……自分の欲望が反応している事に気付く。
まさか、友達の家でこんなことになるなんて。
ココロは急に顔を真っ赤にした。
もちろん小さなお耳まで真っ赤っか。
宮城と蒼志は不思議そうに顔を見合わせた。
「どうかしたのか。やっぱり気持ち悪かったか」
「気持ち悪いとか言うなよっ!……って、ココロ大丈夫か?」
「具合悪いのか?」
熱でもあるのか、と言いながら蒼志がココロのおでこに手を置こうとした瞬間、ココロは瞬時に身体を蒼志から離した。
「?」
「っ、あ、ご、ごめ……っ」
おかしい。
自分の身体が自分の身体じゃないみたいだった。
普段のココロならこんな反応はしない。
蒼志と宮城はますますそんな過敏な反応をとるココロを不審がった。
しかし、ココロとしては、ちょっと反応している自分のモノを抑えるため、どうにかこの場所を離れたかった。
「あ、うん……あ、大丈夫だから……え、と、あの……宮城」
「ん?」
「……と、トイレ……借りる、ね」
ココロは、英吏に見立てられて買ったスキニージーンズのぴたっとした感じから、その膨らみを諭されないように、あえて身体を曲げながら、気持ち悪そうな雰囲気を醸し出す。
本当に抑えたいのは、吐き気や気持ち悪さではないけれど。
「ん、ああ、トイレはそこ出て右だから」
「うん、ありがと……っ」
一刻も早くこの場所から立ち去りたかった。
穴があったら入りたい状況のココロは、どうにかばれないように立ち上がり、ドアの方へ行こうとした。
しかし、その時。
「あっ!」
「っ!」
急な過剰反応のせいで、足腰のしっかりしなくなったココロは思わずよろけてしまい、前にいた蒼志の身体に倒れこむ。
蒼志は咄嗟に手を出してその身体を支えるが、天使のように軽い身体と、女の子のようにきゅっとしまったウエスト、そしてフワッと首筋から香るココロの香りに、くっと顔を歪める。
普段理性が効いている蒼志だって、こんな間直でココロを感じたら、堪忍袋の緒だって、理性だって切れるって言うものだ。
降って沸いたようなハプニングに、自分の心臓が高鳴るのを感じた。
このまま抱きしめてしまえたら……。
一瞬そう思うが、これまで気付いてきた友情を壊す行為だとわかっているから、できない。
愛しい愛しいココロの身体を抱きしめはせず、肩をあげて身体を起こそうとした瞬間、蒼志は、あるココロの変化に気付く。
「……ココロ、まさか」
「!!」
蒼志の丁度太ももあたりに、ココロは跨る形になっていた。
そう、男ならばわかるというもの。
ココロは、蒼志がその続きを言うのではないかと、思わず蒼志の口に両手を押付けた。
顔中真っ赤で、瞳にはうっすら涙すら浮かんで見える。
「……言わないでっ」
やっとココロから聞こえた言葉は、それだけ。
小さな小さな唇から、勇気を振り絞って、どうにかそれだけは伝えられたというところだ。
蒼志は、抑えかけた欲望が溢れ出すのを感じた。
今、自分の身体に収まっているこの少年は、確かに性欲の香りを出している。
触りたい、触りたい、触りたい。
蒼志は自分の頭が、真っ白になっていくのを感じた。
少しだけ開いた口から、フッと息をはけば、その吐息はココロの小さな手に当たり、ココロはビクンと手を離した。
「っ……」
「ココ……」
「どうしたんだよっ!」
このまま、何もかもが変わってもいい。押し倒そうとした蒼志の欲望がマックスになった瞬間、その場の何もかもをぶち壊す宮城の声がした。
そう、ここは宮城の家なのだ。
そして、宮城の部屋。
今は、三人がここにいる状況だったことを思い出し、蒼志はフゥとため息をつく。
「ココロ……トイレ、行くんだろ」
蒼志は立ち上がり、ココロの身体を起こし、そう言った。
愛しいけれど、思い切り抱きしめたいけれど、むちゃくちゃにしたいけれど、とりあえず、今はダメだ。
蒼志は自分をどうにか押さえ込み、冷静にそう言ったのだ。
ココロは何も言わず、コクンと頷きトイレへ言った。
蒼志は再びため息をつくと、その場に倒れるように座り込んだ。
「なんだよ、何があったんだ、ココロ」
何も分からない宮城は、不思議そうにきょろきょろしている。
「さあな」
蒼志は何もない真っ白な天上を見つめ、そう言った。
「んっ、ふっ……んんっ」
宮城の家のトイレでは、甘い可愛い声と共に、ぬちゃぬちゃとした卑猥な音が響いていた。
ココロはどうにか声を抑えようと、歯を噛み締め、自らの手で欲望を必死に追いたてていた。
普段、ココロはほとんど一人でこういったことはしない。
もともとそういった欲望の薄い子であったし、週に2回以上会う恋人がいるのだから、一人でやる必要もないのだ。
「んんっ……あっ、はっ」
さっき見たDVDの妄想が再び頭をよぎる。
英吏が、性欲交じりの少しだけ焦りの入ったような声で自分の名前を呼ぶ。
『ココロ……足を開いてごらん』
妄想にあわせ、ココロは一人足を開き、触りやすいように動いていく。
既に立っていられなくて、ココロは地べたに座り込んでしまった。
指を絡めると、自分の身体が火照っていくのがわかる。英吏がいつも触るように、上下に動かしたり、先を優しく撫でまわし、欲望をかきたてる。
「はっ、んぅー……っ、っ」
けれど、何故だか欲望は頂点までなかなかいってくれない。
自分で必死に手を動かすのだが、なぜだかそれではもどかしいばかりだ。
もっと触って欲しい部分がある。
ココロはその事実に気付き、一人再び泣きそうに瞳を潤めた。
そう、英吏をいつも受け止めているその部分に、ココロは自分で触れたことはなかった。しかし、その奥の奥が触って欲しい、触れて欲しいとビクビク動いているのがわかる。
「やっ、やあっ……」
英吏に焦らされるといつもこうなるのだが、自分で一人でこんな状況になったのは初めてだった。
触れて欲しい、と思っている自分がいる事実。
ココロはそんな自分の浅ましい欲望に、恥ずかしくて居たたまれなくなる。
心優しくて、清潔で、少し奥手なココロ。
自分の性欲を始めて身近に感じて、それが汚いと少し思う反面、この欲望をどうしたらいいのかわからず悩んでしまう。
「っ……英吏ぃ……」
その名前を口にして、けれど、ココロは口をつぐんだ。
そう、自分はついこないだ、自分にそれを求めてきた相手に酷い事を言ったばかりではないか。
いつもそれしか考えてないのか、と。
なのに、そんな酷い言葉で責めたばかりで、自分も同じ欲望を抱いてしまったなんていえない。ましてや、して、なんて。
「ふっっ……うっ……」
身体がおかしくなりそうなほどの感情に、ココロはドアに頭をもたれ、激しくなる呼吸が、誰にも聞かれないように唇を噛むしかなかった。
「ココロ……遅いなぁ。大丈夫か」
いまだ何もしらない宮城。
そんな呟きをする宮城に、今、ココロがこの部屋の近くでナニをしているかわかっている蒼志は、適当に返事を返す。
「大丈夫だろ」
「冷たいなお前。ココロが心配じゃないのかよ」
心配も何も。
本当ならば、いますぐトイレに赴いてココロを抱きしめ、その欲望に手をかけたいものを。
ここに宮城さえいなければ……。
宮城が今急にどこかに飛んでいかないかと、あるわけもない想像をついしてしまう。
「俺、やっぱり心配だから見てくるわ」
「あっ!?」
宮城の突然の発言に、蒼志は思わず大きな声を出してしまう。
だって、今、ココロは……。
「だって、心配だし。行って来る」
「ちょ、ちょっと待てよっ」
止めるが早いか既に部屋を出てしまった宮城を追いかけ、蒼志も部屋を出た。
蒼志が宮城の隣についたときには、既に宮城はトイレの前でトントンとノックをした後だった。
「ココロ、平気かぁ〜?」
「っ!」
ドアに頭をかけ、もたれていたココロは、宮城の急な呼びかけと音に、ビクンと身体を起こした。
だって、扉を隔てているとはいえ、そのときのココロの姿は、頬は蒸気し、呼吸はあがり、服は上に羽織ったシャツは乱れ、下半身に至っては下着から出されたまま反応している。
そんな姿のまま、親友に声をかけられるなんて!
ココロは必死に嬌声を抑え、普通の声を出そうと努力した。
「……だ、大丈夫……っふ……ん」
抑えきれない欲望に右手が動き、思わず語尾に甘さがまじる。
「?、ココロ?」
明らかに普段の声とは違うココロの変化に、宮城も気付かないわけがない。
「大丈夫だから……部屋……行っててぇっ」
泣いているようなその声音に、蒼志は自分の欲望が張り詰めていくのを覚える。
この扉の向こうで、ココロは一人エッチをしている。
そう思うだけで、おかしくなった。
蒼志はゴクンとつばを飲むと、思わずココロに声をかけた。
「ココロ……さすってやろうか」
「っ……」
蒼志は自分の男としての変化を知っている。
それなのにこんな言葉をかけてくることに、ココロは驚きと、そして恥ずかしさでいっぱいになった。
「っふ、あっ、んんっ」
抑えきれなくなり、ココロは声を漏らす。
「……え、あ……、ココロ……?」
そんな甘い声をきかされて気付かない男なんていない。
宮城はココロのそんな声を聞き、瞬時に顔を赤くし、蒼志を見た。
蒼志もまた、自分の中に入り込んでいて口を抑えそっぽを向いて、赤い顔をしている。
「やっ、お願いっ……」
ココロの声が2人の耳に響く。
「違うトコ行ってぇ……っ」
やっとそんな言葉を搾り出した瞬間、下半身も絶頂を迎え欲望を放った。
「あああっん」
「っ」
「っ……」
色っぽいとか、艶があるとか、そういった感情を超越したココロ声に、あたりは一瞬静まり返る。
というか、何もいえない2人と1人がいるだけなんだけど。
ドア一枚隔てただけの場所でいってしまった事実に、ドアから出られないココロ。
そして、大好きなココロが今ここで欲望を放ち、自分達も興奮の渦の中にいる蒼志と宮城。
ココロはクタッと倒れながらも、必死に涙を抑え、片付けると、そろそろとドアを開けた。
それはコトが終わってから、すでに20分以上たった後だった。
「……あ、あのね……ごめん……ちょっと気持ち悪くって」
バレバレのウソをつくココロに、蒼志と宮城は声がかけられない。
だって、2人の頭の中は、もう、欲望と淫乱なことでいっぱいだったんだもん。
「う、うん……」
「あ、そうか、じゃあ……もう、帰ったほういいな」
2人ともぎこちなさをどうにか装いながら、平静な顔をしてそう言った。
そんな2人の反応に、あれ、気付いていなかったのかな、と思えるのは、さすがココロ君。
超天然系少年だからこその性格あってこそ、だ。
「うん、じゃ、あ……俺、帰るね」
そう言ってココロはそそくさとその場を後にした。
その後、残された二人がしばらく黙り込んだのは、言うまでもない。
後編へつづく。
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