くっきり オトナにおもちゃ。

リーマン。 小説。 ちょこっと。


注:〜ちょこっと オトナにオモチャの続きになってます〜


「好き」「大好き」「愛してる」
 そんな言葉に囲まれたら人はどうなるでしょうか。
 答え、動けなくなる。
 嬉しいのか、恥ずかしいのか、わけがわからないけれど、胸がいっぱいで、どうしようもなくなるのだ。
 そして、それが今の春日の心情そのものだった。
「八重……」
 『これが俺のラブストーリーだ』
 八重の言葉が頭から離れない。
 自分と出会い、過ごした日々をあいつはラブストーリーだといった。
 そこに、告白や、ゲームに出てくるような甘いひと時はない。けれど、確かに八重はそういったのだ。
 それが、ラブストーリーだと。
 春日はごちゃごちゃで、意味不明な頭をがしゃっとかき回す。
 漆黒の髪が艶めいて、無機質なこの試行室で一つだけ輝いていた。
「どうしろって言うんだよ」
 告白。だったのだろう。
 ううん、いや、告白なのだ。
 どう見ても女好きで、どう見ても女にもてて、どう見ても男の自分なんて好きになるような相手ではないあの八重が、自分を好きだと言っていたのだ。
 声で、身体で、全身で。
 もしかしたら、今までの生活全てが告白だったのかもしれない。
 毎日、意味もなく社長室に呼び出されたこと、廊下やエントランスでたまたま出会うとどんなに忙しくても引き止めたり、話をしようとしたこと。アフター5によく外に連れ出していたこと、人がいようがいまいがどこにいてもキスをしようとしていたこと。
 何の意味も考えたことなどなかった。
 そういう人なのだと思っていた。
 それが自分だけにしている行為だなんて、鈍感な春日が知る由もなかったのだ。
「俺は……」
 俺は、八重をどう思っているんだろう。
 後輩?社長?同僚?
 どれもしっくりこない。だからといって、その……恋人だなんて考えたことなかったから……。
 自分がまさか誰かの恋愛に入り込んでいるなんて思ってもみなかった。
 自分が誰かの頭の中で動き、その人を悩ませているなんて。
 まして、それが……。
「ご機嫌あそばせ」
 コンコンと二回ノックがあり、軽快なあの声が試行室に華を飛ばす。
「あ、ちょ……っ、本田さん」
 10枚ほどあけたチョコレートの包み紙と、その裏に書かれた愛の言葉と、いまだ未開風のチョコレートに埋まっていた春日は、その声でやっと現実へと戻らされる。
 慌ててしまおうとしたのに、それよりも早く本田は試行室に足を踏み入れていた。
 厚底の靴が床を蹴る音が春日に近づき、止まる。
「ごきげんよう、海老ちゃん」
「どうも……本田さん」
 春日は、会社用の自分をすぐさま取り繕うとするけれど、馬鹿みたいに甘い言葉に囲まれた自分は、なかなかいつもの自分にはなってくれない。
 イスではなく床に座り込み、たくさんの10円チョコに囲まれた春日に、本田はあらあらと声を出した。
「バレンタインデーのチョコレート。先を越されてしまわれたみたいですわねぇ」
 本田は自らのピンクのファーいっぱいのカバンからまたまたピンクの包み紙の箱を取り出し、春日に渡した。
「はい、ハッピーバレンタインデー。海老ちゃん」
 春日は、微笑みながらそれを差し出す本田を呆然と見上げた。
「……本田さん」
 自然と口が開き、目の前の女性の名前を呼んでいた。
 本田はニコッと笑うと、返事を返した。
「はい、なんでしょうか」
「……あの、本田さんは……恋愛したことありますか」
 春日の言葉に、本田はつぶらな瞳をさらにまん丸と広げ春日の顔を覗き込む。
 失礼なことを聞いてしまったのだろうか。普段、会話らしい会話もしない人から、恋愛の話を聞きたいといわれたら、それは嫌かもしれない。
 春日が謝罪の言葉を言おうと口を開くと、本田は一番近くにあった業務用のイスに座った。
「あるわ」
 本田は若く見えて、春日より10近く年上だ。それは恋愛の一つや二つあるだろう。当然のことなのだけれど、意外で少し驚いてしまった。
「あたしが、高校生のときだったわ」
 ドールハウスから取り出したかのような本田が、自らのことをこんなに真面目に語ることは少ない。
 春日は、崩れ落ちるように座っていた自分の姿勢を少しだけ正して本田の話を聞く体勢に入った。
「相手は、その学校で一番格好良くて、一番素敵で、一番頭の良い生徒会長様」
 本田は懐かしそうに目を細めた。
「同じ学校の方だったんですか」
「いいえ、違う学校。でも、会いたくてあたくし毎日毎日会いに行ってしまったわ」
 本田はその人を思い出したのか、もともと桃色の頬をさらにピンクに染めた。
「勉強だけじゃなくて、運動もすごく出来てよ。テニス部に所属していたのですけれど、
夏には水泳部にも加入しておりましたもの」
「すごいですね、運動も出来て勉強も出来て……なんて。まるで王子様ですね」
 春日が言うと、本田はニコッと笑った。
「ええ、そうですのよ」
「は」
 思わず春日はそれまで冷静に聞いていた表情を崩す。
「最後にわかったのですけれど、ブレンデリッヒ王国の王子様でしたのよ」
「ちょ、ちょっと待って本田さん……」
「お忍びで日本の学校にお入りになられた王子様でしたの、とっても素敵でしたわ」
「本田さんっ!」
 どんどんどんどん深みに嵌っていく本田の妄想を止めるべく、春日はその場で大きな声を出した。
 けれど、本田はくすりと笑うい春日を見るだけだ。
 体中の力が抜け落ちるのを感じる。
「……それってもしかして、ゲームの話ですか」
 春日が恐る恐る口にすると、返事は二言。
「ええ、そうよ」
 ガクーッ、と春日はその場に再び崩れた。
 自分はなんでこんな人の話を真面目に聞いていたのだろう。そう思うと、情けないやら、笑えるやら……。
 本田さんに聞いた時点で少し間違っていたのかもしれない。
「本田さんっ」
 春日が怒ったように言うと、本田は嬉しそうに笑った。
「僕、真面目に聞いていたんですけど」
「ええ、そうですわね」
 少し不機嫌そうな春日の前で、本田はいつになく幸せそうに笑っている。
 調子を狂わされるようなその笑顔を、本田はフと失い、初めて大人の顔を見せた。
 ドキッとするその変わりように、やはり女性は不思議な生き物だと思う。
「可笑しいと笑うかもしれませんし、変だって思われるかもしれませんけれど、私にとって、それは紛れもなく恋愛でしたのよ」
「え……」
 本田の言葉に、春日は言葉を失った。
 恋愛……?だって、相手はゲームの主人公。
「恋愛ゲームですもの、もちろん最後は告白してOKを頂きましたわ」
 恋愛シミュレーションゲームは、バッドエンディング、グッドエンディング2パターンだいたい準備されていて、上手くすすめていけば良いほうの最後を見ることが出来る。
「OKを頂いた瞬間、画面がスタート画面に戻りましたの」
 どんなに頑張ってプレイしても、それには必ず終わりがやってくる。
 それは、普通の恋愛以上にのめりこませる要素いっぱいなくせに、普通の恋愛以上にあっさりと終止符を打たれる。
「涙が零れましたわ」
 ぎゅっと胸を抑える本田さんの顔は、ふざけているわけでも、春日を揶揄っているわけでもない。本当に、本当に苦しそうに、本田は笑って見せた。
「わかっておりましたのよ、私。あれがゲームだって。あの人は現実にはいないんだって、クリアしたらそれは終わりなんだって……でも、泣いてしまいましたの」
「本田さん……」
 春日は居た堪れなくなって、本田さんの頭を撫でた。
 こう言う行為に歳も、地位も、立場も何も関係ないんじゃないかなって思う。人と触れ合うことは、落ち着く事だから。
「その時気づきましたのよ、ああ、私あの方に恋してたんだわって」
 本田の恋は、『現実の恋』ではないけれど、『本当の恋』だったのだと思う。
 何が嘘で、何が本当なのかはわからない。けれど、それは紛れもなく、本田のラブストーリーだったんだと思える。
 もしかしたら、確かに他の人が聞いたら、おかしいとか、笑ったり、馬鹿にしたりするのかもしれないけれど。
 でも、涙を流せる恋愛ができたって……すごいことだと思うから。
「素敵な恋ですね」
 恋愛ゲームなんて今までほとんどやったこともなくて、その上そういうゲームにはまる人をちょっと謙遜していたはずの春日の口から、それは自然と零れた言葉だった。
 本田は至福そうに微笑み、春日に聞き返した。
「海老ちゃんは?」
「僕……ですか」
「涙を流すほど愛しいと思った人はおりませんの」
 今まで彼女がいなかったわけじゃない。
 けれど、いつしかそれは自然と終わりを迎えていたように思える。彼女たちがみんな分かれるときに泣いていただろうか。それすら覚えていない。
 わかることは一つ……自分は、その彼女たちのために泣いたことはないという事実。
 ゲームの中で恋愛する人を変だと思ってしまっていた自分を恥じ、春日はカッと顔を赤くする。
 自分なんて、まともな彼女いたためしがないじゃないか。
 告白の瞬間のドキドキ、初めて手を繋いぐ瞬間、キスのタイミング。何かを思い出して、泣けるだろうか、笑えるだろうか、胸をいためたり、あんなに幸せそうな顔になれるだろうか。
 馬鹿みたいだ……。
「ちょ、海老ちゃん……海老ちゃんっ」
 頭を抱え込み、しゃがみこむ春日に、本田が慌てて声をかける。
 春日は自己嫌悪でどうにかなってしまいそうだった。
自分が一番子供なんじゃないか。
 まともな恋の一つもしないで大人になって、本当に自分を思ってくれている人の気持ちにも気づけないでいる。
 子供だって恋愛する。子供以下だ。
 もしかしたら、ゲーム以下かもしれない。
 恋をしないで生きていられる人はいない。自分は、仕事が好きで、ゲームが好きで、苦手なものから顔を背けていたみたいだ。
 八重の気持ちなんて、なんにも、なんにも……考えないままに、あの不恰好な優しさに支えられていたのに。
「本田さん……僕、馬鹿ですね」
 普段、自己というものをしっかり持っていて、何事にも真面目にしっかり取り組むチームリーダーとしての地位を確立している春日のそんな態度に、本田はさっき差し出したチョコレートをカバンにしまい直した。
「本田さん?」
「このチョコレートは私が自分で食べるわ。じゃないと、王子様に蹴られてしまいそうだもの」
 本田は春日が両手で隠していた、開かれた包み紙を見て微笑んだ。
 春日は慌ててそれをポケットへと押し込むけれど、たくさんのそれはふわりふわりと舞っては、零れ落ちてくる。
 まるで、その思いの大きさを見せているかのように。
「例え……」
「え」
 本田の声に、春日は火照る顔をあげた。
「例え、相手がゲームだろうと、同性だろうとその人が愛しいと思えたら、私それは恋愛ですと思えるの。例え……男同士であろうとも、ね」
 ウインク混じりで、そんな爆弾発言をされ春日はドキッとする。自分すらまともに気づいていなかった八重と春日の恋愛は、もちろん社内では秘密の恋のはず。それなのに、本田はまるで知っているかのように話すから、春日は勝手に騒ぎ出した胸を抑えることが出来ない。
「例え話ですけれどね」
 まるで、そんな春日を宥めるかのようにそう付け加える本田は、やはり計り知れないものがある。さすが、あの八重がヘッドハンティングしてきただけはある……のか?
「海老ちゃんは、恋愛を小難しく考えすぎなのではないかしら」
 すっかり普段のペースに戻った本田は、イスから立ち上がると春日にそう言った。
「確かに恋愛は難しいですけれど、それだけじゃないでしょう」
「……僕は……」
「本能ですのよ、恋愛は」
 まるで、動物を連想させるようなその言葉に春日は眉をひそめる。
「誰が教えたわけでもないでしょう。恋することを」
 本田は真っ白いふわふわのスカートを翻すと、ドアへと向かっていった。
「恋することは本能なんですよ。でわ、ごきげんよう」
 去り際のせりふは、何度も何度も春日の頭の中を往復していた。
 恋することは本能だ。理屈ではない。
 面食いだと思っていたのにどう見ても他人からは格好悪いという人に惚れてしまったり、こういう人とだけは付き合いたくないという人と結局恋愛が生まれてしまったり……女好きと思っていた嫌なやつをだんだん……だんだん好きになることもあるの…だろうか。
「俺は……」
 春日はチョコレートいっぱいの部屋で何かが弾ける音が聞こえた。
 恋愛は本能で、それに何も壁はない。
 人種も、国も、宗教も、お金も、地位も、性別も、何も咎める事は出来ない。
 何も……何も。
「……っ」
 深まる2月14日の夜、春日はチョコレート全てを持って急いで試行室を飛び出ると製作部門の自分の席へと向かった。既に11時まわっているから、その部屋はがらりとしていて真っ暗だった。
 春日は自分のところだけに灯りが来るように電気をつけると、デスクの上のゲーム雑誌や書類を引き出しに無造作に仕舞い込んだ。
 そして、デスクの上にチョコレートと鉛筆、紙を準備するともくもくと作業を始めた。
 疲れてはチョコレートを食べ、一心不乱に仕事に取り組む。
 甘くはない2月14日。
 けれど、口の中と頭の中はなぜか蕩けるような心地よさで、どうしたらよいのかわからず春日は思いついたイメージを形にしつづけた。

 「アクチュアリー恋愛ゲーム?」
 RPGゲーム『JUMP2』の製作が最終段階に入った頃、春日の出してきた企画書に製作部門、秘書課全ての人が目を丸くした。
「それって、つまり実際に恋愛をしていく……ってことですか」
「ああ、そうなんだ」
 春日は企画書をみんなに配りながら、部下の言葉に頷いた。
「ゲームの主人公は、全員。そして、恋する相手も全員」
 意味不明な春日の言葉に、八重も頭を抱えている。
 この人はどんなゲームをもってきたのだろう。そんな期待度が高いのは確かだけれど、こんな風に言われても意味がわからないのは当然だ。
「オンラインゲームって今流行ってきているだろう。それを利用しようと思う。ネット上にキャラを登録するんだ。キャラは全員がかぶらないように一万でも、十万でも準備する。会話は打ち込み式。そこで好きに恋愛してもらうんだ。フィールドも異世界バージョンや、日本、海外、様々な場所を準備して、好きに出歩いてもらう」
「最初はどうするんですか。参加者がすくないと恋愛もすすめていけないのではないでしょうか」
「そう。だから、数十人本当にゲームキャラも入れておこうと思う」
「それと最終的に恋愛することも可能ってことか」
 春日は余裕の笑みで、コクンと頷いた。
「イベントやなんかは」
「100回やって、100回違うことがおきて欲しいから、詰め込むだけ詰め込もうと思う。そのために、みんなの頭を借りようと思う。協力してくれるだろう」
 春日の言葉に、ドッと小さなその部屋が沸いた。
 こんなゲーム見たことも、聞いたこともない。新時代を動き回る恋愛シミュレーションと言っても過言じゃない。
 恋愛は自分達でするものだ。そして、ゲームキャラ同士の恋愛を望む人たちにとって、それはやっぱり未知だけれど、踏み込んでみたい場所なのかもしれない。
「海老ちゃん、ねぇこれって主人公を先に選べるっておっしゃってましたわよねぇ」
 食い入るように企画書を読んでいた本田が、春日に話し掛けた。
「はい、そうです」
「じゃあ、もしかして……同性同士の恋愛も可能ってことなのかしら」
「そのつもりです」
 春日がいうと、再び製作部門が揺れた。
 今まで男性用ゲーム、女性用ゲームは別々に発売されることが多かった。それは、それぞれが求めているものは違うものだし、また犬猿されることも多かったから。
「恋愛は自由にするもの……ですよね、本田さん」
 春日が揶揄かうように言うと、本田はニコッと笑った。
「ただし、期間は二ヶ月半。学校に通うも良し、バイトをするもよし、恋愛に走るも良し、それで80日間後エンディングが変わってくる。エンディングももちろん数十個、百数個は準備しなくちゃならないだろうな」
 それは、とても過酷なことだった。
 けれど製作部門のみんなはその瞳に宿った炎を絶やす事はない。むしろ、音すら立てそうな勢いで自らの希望するエンディングを喋り始める。
 自分達の胸に秘めていた妄想が形に出来るゲームなのだ、面白くないはずがない。
「これいいですよ、海老名さん」
「絶対売れます……この形だったら、あるいは海外でも売れますよ」
「面白い事考えるなぁ……さすが春日」
 絶賛の声の中、ただ一人だまったままの八重を春日は指で示し、外に連れ出した。
 八重は企画書をもったまま、春日のあとを追う。
 春日は社長室まで八重を連れて行くと、その扉をしめてから一言目を喋り始めた。
「……どう思う」
 八重とまともに会うするのは約一ヶ月ぶりだった。
 あの日、チョコを貰ったあの日から春日は『JUMP2』の製作と、この恋愛ゲームの製作にこもりきりになって、八重と会うのはたまに廊下をすれ違うときくらい。
 そんなときに会話らしい会話なんてできるはずがない。
 告白した側の八重としてはどういうつもりで待っていたのか。春日は、奇妙なほど落ち着いている自分の気持ちを胸に秘めながら、八重にそう聞いた。
「ああ、面白いんじゃないか、春日らしいし。まさかここまで大きなものをもってくるとは思わなかったな」
 さっきまで表情一つ動かさず企画書を見ていたのに、八重は春日に笑顔をむけてそういった。
 ああ、俺……この八重の笑顔好きだな。
 春日は、思わず自分も笑いながらそう思った。
 空気を変えるっていうか、一新するっていうか、何もかもを包み込んでくれているみたいなその笑いは、誰しもにできるものじゃないと思う。
 まして、自分のように裏表をはっきり作って仕事と私情を割り切っている自分には、不可能な笑いだ。
 この人が社長でよかったと思う。
 この人の会社でこの人の元で働けることが、とても幸せなことに思える。
 春日は本心でそう思った。
「サンキュ」
 春日がいうと、八重は頷きながら社長イスに座った。
「あー……たださ、発売日が……あの少し伸びそうなんだけどさ」
 春日が気まずそうにその話題を切り出したが、八重は動じることはない。
「この企画書見させられた時から気づいている。こんな複雑なゲームがあと数ヶ月でできるわけないだろ。大丈夫だ、そのへんは考慮するよ」
 八重はさほど気にしていないらしく、春日にそう言った。
 春日は八重のデスクに歩み寄り、真顔で八重を見つめた。
 本当にこの人は俺を好きなのだろうか。こんな人が。
「――八重」
「ん」
 春日が八重と呼ぶのは二人っきりのときだけだ。
 それが特別なことのようで、八重はこの呼び方がとても好きだった。
「本当に、あのゲーム本心から売れると思うか」
 春日の真剣な声に、八重はイスに座りなおし体勢を整え手を前で組みそこに顎を乗せる。
「……ああ、どのゲームより売れると俺は確信できる」
「そっか……」
 春日はその自信に満ちた八重の言葉を聞くと、くるりと踵を返し社長室に備え付けられている巨大画面のゲーム機に1つのソフトを入れる。
 手際よく作業していく春日を、八重はただじっと見つめていた。
「最新型恋愛シミュレーションゲーム『80(はちじゅう)』のエンディングナンバー000号」
「なんだ、もう出来てたのか」
「俺がつくるのは、これ一つきりって決めてたんだ……」
 春日はそう呟きながら、スタートボタンを押した。
 画面に出てきたのは、バレンタインデーに八重がつくったキャラクターと少しも違わない春日と八重。
 どうやら2月14日に八重に差し出されたゲームの続きのようだ。
 今度は春日の目線バージョンで。
 画面の春日は無言で八重の企画書を読んでいる。現実の春日も、八重も何も言わずそれを見ていた。
「嬉しかった」
 口を開いたのは、画面の春日ではなく現実の春日だ。
「エリート風ふかせて横暴で、自己中で、どうしようもないやつだって、最初は思ったけど、なんでだかわかんないけどすっごく頼れるやつだなぁって思ったりして」
 画面の春日は、過去の春日とは違う行動をしていた。
 八重に自ら抱きついていたのだ。
 八重がその映像と現実の春日を驚いたように見比べていると、春日は八重の大きな胸えと飛び込んだ。
 八重はイスに座ったままだったから、後ろに転びそうになったけれど、両手でしっかりと春日を受け止めた。
 ゲームでも、夢でもない、春日の確かな重みが伝わり、体中に幸せな気持ちがこみ上げる。
「ありがと」
「……あんたに感謝の気持ちをそんな素直に言われる日がくるとは思わなかったな」
 八重は春日を無茶な体勢だとわかっていても、抱きしめずにはいられなかった。本能のままに抱きついてしまった春日をそのままに、テレビ画面は動いていく。
 この一年何度もこの社長室に呼び出されたこと。
 廊下ですれ違うたびに、話すことなんてないのに呼び止められたこと。
 キスをされたこと。
 全てが映像として蘇って、だけど頬すら赤くならないのは、それは恥ずかしい事でも照れることでもないから。
 八重の全力のアプローチ。
「でも、俺が欲しい言葉は感謝の言葉じゃないんだけどな」
 八重が苦そうに呟き、春日の身体を起こそうとしたが、春日はそれを拒み、代わりに唇を八重の口元にぶつけるようにキスをした。
 突然のことで八重は目を開けたまま、そのキスを受けてしまった。
 乱暴で、どこにもムードのかけらもないその唇を押し当てるだけのキスは、たぶん、八重にとって今までで一番のキス――。
 年齢のわりに小さな身体が重なり、その温度が伝わる。八重の頬に触れるように指先をすべらせれば、まるで全てが伝わってくるようで嬉しい。
「好き」
 既に八重のペースのキスの合間に、八重の口内にいまだ舌を残したままの春日がまるで溶けてしまいそうな声でそう囁いた。
 八重はまるでそれが幻か何かのように、信じられないという目で春日を見た。
「好き」
 再び春日は囁く。
 ハチミツ色の髪が、まるでその言葉を受けたかのように甘く揺らめいている。
 春日は身体に絡まってくる八重の冷たい手を受けながら、耳元で何度も、何度も囁く。
 まるで今まで言えなかった分を、全部出してしまおうとするかのように。
「好き」
 チョコレートよりも、クッキーよりも甘い甘いその声はどこまでも浸透して、八重の身体の中に焔を燈らせる。
「好き」
 どんなに言っても、その言葉が軽くなる事はない。
 春日の本心を含んだその言葉は、嫌になるくらい八重を盛らせた。
「好……」
「もういい……っ」
 八重は春日の腰を抱きかかえると、そのままデスクの上の書類やコーヒーカップを下に乱暴に落とし、木製の大きな社長用デスクに春日を組み敷いた。
「これ以上俺を興奮させるな……っ」
 八重は春日の首筋に熱い唇を押し当て、まるで本能の赴くままにそこを舐めまわす。キスをして、春日が声をあげるほどにきつく吸い上げ、真っ赤な痕を残していく。さらさらの髪に八重の吐息があたり、しっとりと肌に絡みつく。
「っ……八重っ……」
 八重の真っ黒な頭に指を絡ませ、春日は強張った身体で拒絶のような声を出す。
 しかし、ここまで耐えて来てこんな告白をされてしまっては、どうしようもないというものだ。
 目の端に捕らえたテレビ画面の春日が、声の途切れた実物の春日の代わりのように、感謝と愛の言葉を連ねている。
春日:ずっとわかなくて、ごめん
 八重は春日の見慣れた脱がしやすいトレーナーの中に手を差し入れる。痩せ型の背中は、想像していたよりもずっと滑らかで、指ざわりが心地よい。鍛えているわけではないだろう腹部に手を差し込めば、敏感なのかピクッと身体が揺れた。
「ぁっ……ちょ……も」
「無駄だよ」
 春日:でも、全部全部わかったよ。俺……バレンタインデーの日に。
 行為に怯える春日の耳元や目元に優しい口付けを何度もしながら、八重は春日のパーカーを剥ぎ取る。
 真っ白な肌は成人した男性とは思えないほど、華奢で細い。
 まるで人形のような春日の身体で唯一鼓動を打ち、その人が生ものだと教えてくれているピンクの場所に、八重はまるでガラス細工でも扱うかのように触れた。
「貴方のゲーム以上に、貴方の身体は正直なんだから……」
「ふぅっ……んんっ」
 春日:俺も八重が好き。
 甘い、甘い言葉は飾りにしか過ぎない。
 春日の身体は拒絶の言葉は述べようとも、組み敷く男の下から抜け出そうとはしない。八重は愛しい人の身体を抱きしめ、まるで子供のように春日の上半身に舌を走らせる。濡れていく肌は、まるで甘いお菓子のよう。でも、決して溶けることはなく、確かにそこにい続けてくれる。
春日:大好き
「ぁっ、何……八重っ……そこっ」
 八重は春日の胸の飾りを弄ぶように舌で転がしながら、吸い付くような肌を堪能していた右手を、脱がしやすいスウェット地の下半身の衣服へと進入させる。
 唐突に敏感な場所に宛がわれた冷たい手に、春日は驚いたように身体を跳ねた。
「気持ちよく……するだけ……だから」
「ぁっ……ぁああっ……んっ」
 頭の中でいつも妄想していた春日との行為に及んでいるというだけで、八重の気持ちは昂ぶっていく。まるで、初めて誰かを抱くかのように優しく、優しく八重は春日の下肢に指を絡めた。
「ぁぁうっ」
 まるでオモチャのような春日は、八重が想像していた通りの反応をしてくれる。違うことといえば、乱れた春日は妄想よりもずっと色っぽく、艶かしいということ。
 柔らかく温かなその感触を掌全体で満喫すると、八重は強く根元を握る。
 芯の通ったようなそこは、きゅっと少しだけ反応を見せ上を向いた。
「っ……恥ずかし……止めろってばっ」
 春日は自分の身体の変化をすぐに感じ取り、天上を見上げていた顔を横に逸らした。
 しかし、八重はそんな春日の顎を掴み自らを見させるように真正面に引き戻すと、自分の身体を押しあえてながらキスをした。
 肉厚な八重の舌が熱を帯びてきた春日の口内に我武者羅に入り込み、零れ落ちんばかりの唾液が春日の中に流れ込む。
 咳き込みながらそれを受け、喉の奥から体内へと入り込んでいく感触が生々しく伝わり、それだけで身体が快感を感じた。
「んんっ……!!」
 春日の足を割って入ってきた八重の身体は、丁度その下肢が春日の反応し始めた部分に当たる位置にあった。
 それは既に雄雄しく勃ちあがり、春日の痴態に興奮しているのだと身体でわかる。
「俺の方がもっと……恥ずかしいくらい春日を欲してるんだ」
 八重は握っていた春日のものを上下に扱く。
「ぁっ、ああっ、アッ」
 白濁とした液が先端から零れ始め、八重の手にしっとりと馴染んでいく。その液がさらに扱きを緩慢なものとし、激しさを増していく。
「やっ、あぁっ…んぁぅっ」
 言葉にならない声を発し、春日は頭を仰け反らせ背中で高級デスクを弾く。
 唯一自由になる足を八重に抱えられ、木製の机が激しい音を出して揺れる。
「春日……春日……愛してる」
「っ……」
 八重に、八重らしかぬ言葉をかけられ、一気に気持ちは跳ね上がる。
 もっと、八重と恥ずかしいことがしたい。
 もっと、八重が知りたい。
 もっと、もっと触れて欲しい。
 今まで感じた事ない思いが頭を支配し、春日を離さない。
 おかしくなってる自覚がある。もし、元の状態になったら後悔するのが目に見えている。けれど、今この台詞を言わなければ絶対俺は一生後悔する。
 春日はそう思い、身体の快感を抑えるために拳をつくり堪えていた両手をなんとか広げ、八重の首筋に回す。
 わけもわからず引き寄せ、八重の耳に温かな吐息と一緒に囁く。
「愛してる……俺もっ……八重が……ぁあっ」
 後半部分をもったいなく思いながらも、身体が勝手に春日をさらに深みへと追いやっていた。好きな相手にそこまで言われて、何もせずにいられる男ではない。
 八重は春日の足からズボンを脱ぎ去ると、そこの奥まった部分に隠れる秘部に濡れた手を移す。
 どんどん奥へと動かすと、ピクンとそこの入り口が軽く揺れた。
 小さな収縮を繰り返すそこに、白濁とした液で濡れた指先はその大きさでも入るか入らないか微妙なくらいだ。
 八重は確かめるように、何度も何度もその入り口の周りを撫で、愛撫していく。
「八重ぇ……」
 舌足らずになった春日の可愛い声が八重の名前を呼び、八重はその動きを一瞬止める。
 何をしようとしているのか、男と付き合ったことがない春日でもわかる。
 恐怖がない……わけではない。
 むしろ、恐怖だらけだ。
 そういうことに使う場所ではない部分を使うのだ。恐くないはずがない。
 けれど、どうしても今は、触れて欲しかった。
「平気……だから」
 絶対強がっているとわかる春日の声が聞こえ、八重は泣きそうになる。
 愛しくて愛しくて泣きたくなるなんて思わなかった。この人が欲しいのに、傷つけたくはなくて、恐がらせたくもない。
 そう思える相手が自分に出来るなんて。
「痛かったら……言ってくれよ」
 八重は再び春日の突起から零れ落ちるヌメヌメした液体を指に絡め、それを春日の中に入る潤滑油の代わりにして指を押し込む。
「んんぅっ」
 眉間に皺を寄せ、苦しそうな春日の声が耳に痛い。
 けれど、そこで止まってしまっては八重も春日も辛いままだ。八重は春日の頬に軽くキスをして、もっと更に奥へと指を突き入れる。
 人差し指と中指、2本の指は収縮を繰り返すその中にゆっくりゆっくり入り込む。中はまるで溶けてしまいそうなほどに熱い。
 これが春日の内部なのかと思うと、思いは絶頂へと舞い上がった。
「ぁっ、アアーッ」
 指を九の字に曲げ、体内を慈しむように刺激していると、ある場所で春日の声が一段と高く鳴った。
 そういう場所があることを情報として知ってはいたが、もちろん触るのは初めて。
 八重は激しい突き上げを加え、そこを何度も何度も苛めていく。
「気持ちいい……?春日」
「ぁあっ、も、やだっ、ああっ」
 込み上げてくる快感に、言いようのない恐怖を感じながら、春日は必死に八重にしがみつく。
 まるで子供が大切なオモチャを見つけたときのように。
「も、八重ぇ……っ」
 慣らしている途中にも関わらず、春日は八重を求め泣きじゃくる。
 二重人格で、自分を上手く使い分けてるくせに、こんな弱い部分見させられてはどうしようもない。
 どうしようもなく……可愛くて、愛しくて仕方がない。
 2本の指を器用に使い、恥部の先入口を広げると八重は自らの猛った肉棒を先端に押し当てる。
「っん……八……っ」
 震える春日の声にを落ち着かせようと、八重は春日の足を抱え直しながら頬を撫でた。汗で潤った肌と、上気した瞳は恐ろしいほどの魅力を放ち、小さく呼吸を繰り返すその口は誘っているとしか思えない。
 八重は恋は盲目という言葉を思い出し、それはこう言うときも有効なのだろうかと一人笑う。
「ぁああっ――っ」
 鋭い刃を体内に挿入され、春日は可哀相にも目を見開き涙を流す。零れ落ちる雫はどれもただ流してしまうにはもったいなくて、八重は全てを舐めとった。
「ひゃぁっぅ……うぅあっ」
 想像を絶する痛みが下肢に走り、体中を圧迫される。
 先ほどまで感じていた快感はいっきに消え去り、今あるのはただ痛みとこじ開けられるような心地よさ。
 ずっとガードしてきた自分の殻を壊される。
 誰にも嫌われないように、誰にも良い人に見られるように取り付くってきた自分だけれど、八重の前ではそんな無理は必要ない。
 必要なのは、大好きだと思える感情だけ。
「ぁああっ、八重っ八重――ッ」
 身体の奥に八重が届いた気がして、春日は思わず八重を抱きしめた。
 濡れた八重の身体の感触が、肌に心地よい。
 どこを触っているのか、何を望んでいるのかわからないまま、春日は繋がった場所がもっと奥まで届いて欲しくて腰を動かす。
「春日……っ」
 初めて男を受けいれた場所は、愛を語っても容易に通してはくれないけれど、ようやく身体を開いてきたようだ。八重はデスクに手をつくと、春日の足を肩にかけ腰を強く打ち付ける。
「ぁああっ……んんっ」
 鋭い痛みしか生まれなかった挿入時とは比べ物にならない快感が春日を襲う。
 指を入れた時に触れた前立腺に肉棒があたり、壊れてしまいそうになる。
「くぁああん……はぁっ……ぁぁあん」
 視界が真っ白になっていくのに、八重だけは――自分を抱いている相手だけはまるで枠線でも引かれたかのようにくっきり見えている。
 朦朧とする頭の中で、春日はその人物の名前を呼びつづける。
「八重ぇ……八重っ」
「春日」
 デスクがおかしくなってしまいそうなほどに、腰を打ち付け春日を鳴かせる。
 春日の温かな感触と、気持ちの良い圧迫と、快感でしか生まれない甲高い声が聞こえるたびに、春日を抱きしめている感覚がリアルにわかり、何故か胸が痛んだ。
 恋しくて、恋しくて、切なくなる。
 もっと、もっと、もっと……。貪欲に春日を貪りつづける八重。そして、貪欲に八重を欲しがる春日。
 二人の繋がった部分はぬちゃぬちゃと音を出しながら、何度も挿入を繰り返し、最高潮の気持ちよさを感じた瞬間、どちらが先というわけでなく性的な液を放っていた。
「ぁあっ」
「……っ」
 身体の中に感じた液の迸る感触が、八重の気持ちを表しているようで、春日は目の端からそっと温かな粒を流した。
 それは、決して悲しい涙ではない。

 「そうだ、これ」
 服を調えた春日がようやく動けるようになったのは、ことを終えてから一時間後。
 何かを思い出したかのように八重に抱っこされていた身体を起こし、自分が持ってきた紙袋の中から大きな大きな円盤状の固形物を取り出す。
 意味不明なその物体に、八重は頭を傾けた。
「――なんだ、それ」
 八重がそういうと、春日は憤慨したように腰に手をあてて口を膨らませる。
「クッキー以外の何に見えるって言うんだよ」
 全長18センチくらいありそうなその大きな固体は、どうやらクッキーらしい。それ以外何に見えるかと問われれば答えはないが、クッキーに見えるかどうかはまた違う問題だ。
 しかし、その不恰好さとおかしなくらいの大きさを考えると。
「もしかして、手作りなのか」
「そうだよ!悪かったなヘタクソで」
 どう考えても、器用にこういうことをこなす人ではない。
 だとしたら、初めて作ったと考えてもいいだろう。
 八重は自分の思慮に浸りながら、嬉しさで思わずにやけそうになる顔をどうにか抑えた。
「お前も……バレンタインデーにくれただろ。チョコ。……文字が書いてるやつ。だから、俺も何か……手作りのものがあげたかったんだよ」
 ゲームしか頭になさそうなのに、ゲーム以外興味なんてないだろうに、時間を割いてつくったことのないものをつくった春日が、愛しくて仕方がない。
「ありがとうございます」
 滅多に使わない敬語で礼を言われ、照れくさくて春日はどうしようもなくなる。
 思いが通じるという事は、こんなにも嬉しいものなのか。
 八重の笑った顔が目に浮かぶようで、直視はできない。
 春日は慌ててゲーム機からゲームソフトを取り出す。
「――ああ、それもくれよ」
「え」
 それは春日の作った八重への思いがいっぱい詰まったゲーム。
 あの日、あの時、八重がいてくれてよかったって思った気持ちをいっぱいつめた、新しい恋愛シミュレーションゲームのエンディングで、一生お披露目されないシークレットバージョン。
「そうだな、どうせなら本当に使うか、これ」
 八重の言葉に、春日は思わず怒鳴り声を上げる。
「ふ、ふざけんなよっ。お前…」
 なんでわざわざ全国の人に自分達のことをばらさなければいけないのだ。
 分からない人にはまったく関係のないことだけれど、分かる人にはわかってしまうじゃないか。特に、この会社の人たちなんかには。
「ものすごく難しいイベントをクリアしなきゃ見れないようにとかすれば面白くないか」
「嫌だ。そんなことしてみろ、会社に来ないからなっ」
 やれやれ冗談なのに、と八重は肩を竦める。
 冗談でも本気で春日が来なくなると困るので、からかうのもここまでだ。
 春日は自分の馬鹿さ加減に八重が気づいていないのか、それとも気づいているのかにハラハラしながら八重に背を向けた。
 80日間で出会い、恋愛をしていく新しい感覚の恋愛シミュレーションゲーム『80(はちじゅう)』。
 八重という名前にかけてそのタイトルをつけたのは、紛れもなく春日自身だ。
 誰がいつ気づくかとドキドキしっぱなしのくせに、替えようとしないのは誰が言うまでもなく、そういうことだ。
 もう自分の気持ちに気づかないことはないように。
「あれ、八重……このゲームなんだ」
 ごそごそとゲーム機のあたりを弄っていた春日が、製作者やパッケージの不明な素人がつくったのだろうゲームの表裏を何度も見ながら無造作にゲーム機にセットする。
「……あ―……春日、それな見ないほうがいい」
 焦ったり、蒼白になったりすることのない八重が、まるで慌てたように深く腰をかけていた社長イスから立ち上がると、そんなことを口走る。
 それを何かエッチなギャルゲーでもやっていたのだろうと、変な解釈をした春日は静止の言葉などきかず、ポチッとなとスイッチを入れてしまう。
 八重は気まずそうに頭を抱えながら、落ち込むようにイスに座った。
「なんのゲームだよ、お前でもそういう系のゲームする……」
 笑って画面を見ていた春日の前に現われたのは、ゲームキャラ『ハルヒ』。
 何故か学ランを着ている自分と思われる人が、それを脱ぎながら喘ぎ声をあげている。
 呆然。
 その後……怒り。
ハルヒ:あぁあん……もっとぉ……八重ぇ。
「〜……っ」
 画面のハチミツ色の髪の人物が、そんな名前を呼んで身体を悶えさせる映像が浮かんできた瞬間、堪忍袋の緒は破れた。
「八重っ!」
 こんなゲームで自分らしい人物を好きに弄られ、ましてこんな格好をさせられ勝手に喘がされていたのかと思うと、さっきまでの恋焦がれていた気分も怒りに変わるというものだ。
 殴りかからんばかりで八重に詰め寄ると、八重は両手をあげて降参のポーズで訝しがっている。
「でも、それもってきたのは本田さんだからな」
「え……」
 八重が夜な夜なそんなゲームを作っていたのかと思うほうが馬鹿らしく思えるが、本田さんが作ったとなると話はべつだ。
 それだと、それだと、本当に本田さんには自分の八重に対する気持ち、八重の自分に対する気持ちがバレバレということだろうか。
「な、なんだよ……それ」
 力なく崩れる春日の腰を支えながら、八重は犬歯を覗かせ揖屋らしく笑う。
「安心しろよ。最後までは使ってないから」
「使っててたまるか、馬鹿八重っ」
 オモチャなんかと自分をいっしょにしないで欲しい。
 八重はよく自分のことをオモチャみたいだと言うが、とても心外だ。
 オモチャは恋なんてしないだろ。
 オモチャに恋はしても、恋心をもってくれることはないだろ。
「機嫌直せよ、春日。愛してるからさ」
「うるさいっ」
 なんだか頭はイライラしどうしなのに、心は全然落ち着かなくて。
 たった一言に嬉しく感じてしまう自分は、ちょっと恋に溺れてしまっているのかもと思うホワイトデーなのでした。


リーマン。 小説。 ちょこっと。


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