小説のぺぇじへ。 | −2− | 最初のぺぇじへ。

● 大人の體、子供の芯 --- −1− ●

思春期を迎え始めた子供たちは、その容姿は既に子供ではない。
 天高く伸びた身長は大人のそれに値し、しなる体躯輝く筋肉は人生の全盛期と呼んで良いほどに成長しきっている。
 また、それに合わせて心の成長も進んでいるのだ。
 その頃になると、将来を思うより先に子供達は、性へと目覚める。
 女子の方が目覚めは早いと言うが、貪欲なのはむしろ遅くに発達する男達のほうだろう。
 幼さを含みながらも行われる行為たちには、若さが溢れ、そして我武者羅で我侭だ。
 自身の欲望にかられるがままに放っては、より濃い快楽へと上を目指す。
 そう思うと、制服は彼らのそんな乱れた邪な感情をストイックに見せる防御壁だったのかもしれない。
「先輩、生徒会の仕事ですか」
 青年らしい爽やかな声に呼ばれ、夏妃は流れるがままに振り向く。
 夏休みも半ばを過ぎた今、暑さもどうにか過ぎ去り、清清しい日々が続いている。
 辞典や難しい文字の書かれた本を抱える夏妃からそれを奪い、夏妃より一つ下の青年は自らの腕の中に収める。
「草汰は部活だろ。休憩中か?」
「そんなところ」
 サボったのか、と思いながらも夏妃は草汰に苦笑するだけで、厳しくは言わない。
 一見すると遊んでる風な容貌を持つ後輩の草汰は、夏妃がバスケット部に在籍した頃から可笑しいくらいに真面目な後輩で、部活をサボった事など一度もない。
 今だって、きっと自らにかせるフットワークの途中だったのだろう。
「先輩がいないとつまらないんですよ」
「そうは見えないぞ、今の方が活き活きして見える。上がいなくなってやりやすくなっただろ」
 夏妃達3年生は六月に引退した。
 仲が良い上に、先輩を敬う後輩の多い運動部でも、それなりに窮屈な場所はあっただろう。
 笑いながら言った夏妃に、草汰は真顔できっぱりと否定する。
「つまらないですよ……」
「……っ」
 夏妃の手から、大量の資料が散らばり落ちる。
 草汰は夏妃の手を掴むと、自分の胸へと誘いこんだ。
「草汰……こんな所で……っ」
 部活途中だった草汰の胸元から、フレグランスには絶対にないような草汰の体臭が香ってくる。
 男臭いわけではなく、汗による悪い匂いでもなく、それは草汰の香りだと一瞬で夏妃にはわかった。
「離せって……」
 Tシャツの上から胸を押し返すが、草汰は別に機嫌を悪くしたわけではなさそうだ。
 落ちた本を拾うと、夏妃の手の内へと綺麗に戻す。
「先輩は恥ずかしがりやだからね」
「……ここまでで良い。お前はさっさと部活に戻れよ。部長なんだから」
「わかってるよ……ね、先輩……午後は予定空いてます?」
 さっきよりも持ちやすい持ち方に、荷物を持たせ終わると、草汰は夏妃とは反対の方向に行きかけながら言った。
「午後……、ああ……うん、二時くらいからなら」
「じゃあ、二時に俺ん家ね。迎え行こうか」
「いらないよ、二時な。了解」
 たんなる約束事に、至福そうに笑みを浮かべながら草汰は体育館の方へと駆けて行った。
 少しだけ震える小さな手で、夏妃は再び生徒会室への道を急いだ。

 約束の時間。
 いつもの口約束で決められた約束だったから、夏妃はいつものようにタンクトップに
膝小僧が見えるくらいのジーンズで、約束の家の前にたった。
 肩からかけたショルダーバッグには、いつも通りペンケースと夏の宿題が入っている。
 初めて草汰に家に来ないかと誘われたのは、夏休み入ったばかりの頃だった。
 告白されたのは、六月の大会が終わったあたりだから、速いペースと言うわけはない。
 いつも忙しそうで、実際生徒会や部長などをこなし多忙な夏妃の事情を見計らっての事だったのは言うまでもない。
 共稼ぎの草汰の家に行く事に抵抗は覚えたが、草汰は笑い、宿題を手伝って欲しいのだと告げてきた。
 子供らしい笑顔で、照れたように言う草汰を見て、了承しないわけにはいかなった。
「先輩」
 インターフォンを押そうとしていた夏妃に突然の声が振りかかる。
 玄関の丁度真上の部屋が草汰の部屋だったのだ。その窓から顔を出し、草汰はさも嬉しそうに手を振る。
 別に小声で話しても聞こえる距離だと言うのに、大きな声で夏妃を促す。
「早く中に入ってくださいよ。今日はケーキも焼いてみたんです」
「ケーキって……お前が作ったのか」
 どうみてもスポーツの得意な普通の高校生と言った感じの草汰は、ハイと頷く。
「サヨさんに作り方は美味しいはず……ほら、早く入ってください」
「あ、うん……」
 埃一つ付かない黒い鉄の門をくぐり、夏妃は橘邸へと足を踏み入れた。
 閑静な住宅地に位置する草汰の家は、いつも人の気配はない。日本でも有名なとある企業の重役をしている橘氏は家を開ける事はしょっちゅうで、家の管理はサヨと呼ばれる老婦人に任されている。
 しかし、夏休みに入り何度かこの邸宅を訪れている夏妃もサヨにさえ会ったことがない。
 人の気配のしない家。
 夏妃には、そう思えてならなかった。
「先輩、飲み物は紅茶でよかったですか」
「なんでもいいよ」
 前に一度、ジンジャエールが飲みたいとわざと言った時も、冷蔵庫の中から顔色一つ変えず出してきた草汰だ。今すぐ六甲の生の天然水が飲みたいと言っても、出してきそうで怖い。
 夏妃は適当に答えると、いつも通りの場所――草汰のベッドの前のクッション――に腰を下ろす。
 夏妃にジュースを出すことすら嬉しいかのように草汰はキッチンから戻ると、お盆の中身を夏妃へと差し出す。
 お皿に綺麗に乗せられているのはいわゆるスポンジケーキで、真っ白で柔らかそうなクリームと赤々とした苺で飾っている。
 誰も、目の前の男が作っただなんて思わないだろう。
「どうですか」
 夏妃が一口食べるのをじっとまっていた草汰は心配そうに聞き返す。
「……上手いよ」
 正直だけど淡白な答えだった。
 しかし、草汰にはそれだけでも満足に値したのか、再び満面の笑みを浮かべると、いつもの席――夏妃の向かい――に座った。
 小一時間それなりに勉強と言うものをしながら、それなりの会話を楽しむ。
 部活の事、家の事、お互いの趣味の事。
 どちらかと言うとしゃべっていたのは草汰の方だったが、夏妃もこう言うのは嫌いじゃなかった。
 学校では生徒会長をこなし、部活でも部長を務めるなど人の前に立ち意見を述べる役割を自らこなす夏妃だったけれど、自分の意見を言う事は不得意としていた。
 それに気付く人も少なかっただろう。
 何故なら、夏妃は高校生にして、それ以上の印象を受けるほど大人な外見をし、それに値する仕事をこなしていた。
 大人びたその容姿は時に残酷で、夏妃をどんどん離れた存在へと見せる。
 しかし、そんな事に謙遜もせず話しかけてきたのは、草汰だけだった。
 草汰と話している時こそ、夏妃は自分は自分らしくいられるのだと考えていた。
 そう……この時までは。
「先輩……ちょっと休憩しませんか」
(来た……)
 夏妃は草汰の言葉に、曖昧に頷いた。
 いつもここに来るとこの時間が来る。二時間ほど自分達それぞれの勉強をした後で草汰は決まってこの台詞を持ち出すのだ。
 そして、決まって夏妃の隣に腰掛ける。
「先輩も……休んでくださいよ」
 草汰は夏妃の持っていたシャープペンシルに手を伸ばし、その動きを止めさせる。
 夏妃は自分の内から感じてくる、恐ろしいくらいに寒い感情に心を震わせた。
 草汰と触れるといつもこうなる。
 自分の方が先輩で、年上で、身長もでかくて、精神的にも上を言っているはずなのに、どうしても夏妃は触れると言う行動に慣れてはいなかった。
「ああ……」
 夏妃は妥協案として、シャープペンをノートの間にそのまま置いたけれど草汰の手は緩まない。
「先輩の手……すごく冷たい。寒いですか」
「……いや……平気だから」
(頼むから、離してくれ)
 触れてくる草汰を邪険にも扱えず、夏妃は無言でそれを訴える。
 草汰がいままでどんな恋愛をこなしてきたかわからない。しかし、どうみても自分の方が奥手であるような感じをいつも感じた。
 触れるのも、話すのも、何もかもが草汰から。
 それが年長の男として、恥ずかしくも感じていた。
「嫌だ」
 いつもはここで手を話してくれる草汰が、少し時間を置いた後夏妃の耳元で囁いた。
「何っ……」
 何でだ、とその言葉の意味を問おうとした前に、夏妃の身体は草汰に抱きしめられた。
 呼吸も、吐息も、体温すら届くこの距離に二人が達した事は初めてだった。
 二人きりの室内、夏の暑さが草汰を発情させたのか、急な展開に夏妃は言葉を詰まらせた。
「先輩……俺の事ちゃんと好きですか」
 草汰の言葉よりも、背中に伝わる手の感触の方が気になって、夏妃は思考が定まらない。
「何してるんだよ……お前、暑さでどうにかなったのか」
 大人な態度で笑って交わそうとすれば、さっきよりも強く抱きしめられる。
 子供だと思っていた草汰の思わず強い力に、夏妃は自分が真顔になるのを感じた。
「好きなんです……先輩。でも、先輩の気持ちがわからなくて不安なんです……」
 思えば、夏妃が自ら草汰の事を好きだと言った事はなかった。
 言わなくても大丈夫だと思っていたわけではない、ただ単に、夏妃はそれすら口に出す事ができないくらい……幼かったのだ。
「も……もう良いだろ、離れろって」
 やや力を込めて押し返せば、草汰は少しだけ身体を離した。
 けれど、決して手の力は緩まない。
「好きなんです……だから」
 夏妃の視界がぐるりと回ったかと思うと、夏妃はさっきまで背もたれにしていたベッドの上に横たわらされていた。
 両の手首を草汰の手に抑えこまれ、自分の足の間に草汰の身体を挟んだ状態で、押し倒されていた。
 夏妃はこの状況の意味がわからないくらい、子供ではなかった。
「草汰っ!」
 名前を呼んでその行動を咎めても、草汰の表情も腕に加えられている力も変らない。
「欲しいんです……先輩が」
 欲しい、と言う生々しい言葉に、夏妃はカァッと顔色を変える。
 自分がそう言った対象に見られていたと言う事実が、何よりも屈辱だった。
「馬鹿っ……離せっ……」
 相手の気持ちが本気だとわかると、夏妃は必死にベッドの上でもがく。
 シングルよりも少し大きいサイズのセミダブルのベッドは、ギシギシと卑猥な音を出して揺れ動くが、草汰は少しも変らない。
「恋人同士なら、当たり前の事でしょう……?」
「煩いっ」
 予想以上に抵抗を見せる夏妃を宥めようとして言った草汰の言葉も、夏妃には恐怖の言葉にしか聞こえない。
 両手、両足を自分の動かせるだけ動かし、草汰の身体を自分から離そうと躍起になる。
 大人びた様子の夏妃のそんな行動に、草汰は顔を曇らせる。
「俺じゃ……やっぱり力不足なんですか」
 大人びた容姿で、綺麗な夏妃にはいつも友達と噂が纏わりついていた。
 その中のとりわけ浮いたものを、草汰は口にし始める。
「山中先輩……夏妃先輩を狙ってたんですよね」
「山中って……お前、何言ってるんだよっ」
 この状況と、その言葉とが結びつかない夏妃は、目の前にいる草汰に罵倒を飛ばす。
「山中先輩だけじゃない、貴方を好きな人はいっぱいいっぱいいて、やっぱり俺じゃ満足できないってわけですか?」
 草汰には、身体も思考も全てが自分より成長していた夏妃が、まさか怯えているなど頭の隅にもなかったのだ。
 まして、二人は性欲に飢えている高校生なのだ。
 この状況で、拒絶されると言う事は、不安でいっぱいの草汰の気持ちを刺激するだけだった。
「……そうだよ」
 しかし、夏妃は追い討ちをかけるように草汰の行動を笑った。
 草汰が何故動きを急に止めてくれたのかはわからない。ただ、それに縋るしかなかった。
 だから、こう言うしかなかったのだ。
「お前はガキなんだよ……今だってこんな風に力で押すばかりで」
 茶化すような夏妃の言葉に、草汰は信じられないと声を漏らす。
「俺の事好きじゃなかったから……今まで何もしなかったんですか」
 傷ついた草汰の顔が頭に焼きつく。
(好きじゃないなんて……言ってないのに、な)
「こういう事で好きとか計ろうとしてるから、ガキって言われてるんだよ」
 夏妃の言葉は、最後の方は言っているのか言っていないのか自身ですらわからなかった。
 暴れていた手足は、既に力なくベッドにうな垂れている。
「ガキ……ですよ、俺はっ」
「んっ……」
 力の無くなったと思った草汰の手に、いきなり強い力が込められたと思うと、再びベッドが軋む。
 草汰の唇に、夏妃の冷えきった唇がふさがれた。
(キス……ッ)
 それは、付き合って数ヶ月たつ二人に今まで無かった境界線だった。
「んっ……止め……ぁぅ」
 生暖かく、ぬるっとした初めての感触に嫌悪を覚える。
 顔を左右に振って唇を離させ、文句を投げつけようと口を開くと、その透き間から舌を入り込ませられる。
 口内に入りこんだソレは、暑い夏に比例するように熱く、夏妃の中で動き回る。
 噛みつく事すら出来ず夏妃は、草汰の顔を力無く見つめる。
 これが橘草汰と言う人間なのだ。
 自分が今まで見てきた人間は別人だったのだろうか。
 泣きたいような気持ちになり、恐怖から動かなかった唇をどうにか閉めようと、舌を押し出そうと努力する。
「痛っ……」
「っ……そ……草汰っ」
 急に唇から口を離し、身体すら遠のいた草汰の唇からは鮮血が流れ落ちていた。
 我武者羅に口を閉じようとして、噛んでしまったのだろう。
 自らの口にも残る血の生々しい味に夏妃は顔をしかめる。
「こ、これだからガキは……」
 夏妃は立ち上がると、今だベッドで膝をつく草汰の下から抜けだしベッドを降りる。
 テーブルに散らばったノートやシャープペンシルを適当にバッグに詰め、やはり動かない草汰をドアの所で一度振りかえり見る。
「……帰る」
「先輩っ」
 急に振りかえった草汰に、視線を合わせないうちに廊下へと向きなおすと、小走りで階段を駆け下りる。
 草汰が追いかけてきている様子は、ない。
 玄関のドアを出て、黒い門を通りすぎると身体に力が入らず座りこんだ。
 震える手、強張る顔、力の入らない足、全てがさっきまでの行動を語っているようだった。
(怖かった……)
 夏妃はガタガタと震える自らの肩に爪を立て、自分を叱咤し立ち上がらせる。
 いくら體が大きくなったって、芯が成長しきっていなければ大人ではない。
 それに気づけない程、夏妃は子供だったのだ。
 
 そして、その日を境に夏妃は草汰を避け、夏休みが終わると同時に東京の祖父母の家へと下宿し、学校も転校した。
 三年生のこんな時期の生徒会長の転校で、学校中も騒いだのだが、誰もその真相を知らない。
 たった一人を除いては。
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