神様★underぐらうんど

小説。 短編。 −2−


−1−




「あら、悠里君ご機嫌ね。歌なんか歌っちゃって」
「ぇ?」
 俺、歌なんて……歌ってた?
 花粉症の人が嫌がりそうなくらいの花の中、俺は店の前を通り過ぎようとした、お得意様の杉田さんに声をかけられ、キョトンとした。
「ひょっとして気づいていなかったの?ふふ、よっぽど気分がよかったのね。あ、それ頂戴。そのオレンジのやつ」
「毎度ありがとうございます!」
 ガーネットを指差しながら、杉田さんはフフフと笑った。
 俺はなんだかふいを突かれたみたいで恥ずかしくなって、顔を背けながら、ガーネットを花束にしていく。
 普通、花を買うとき花束にする人は少ないんだけど、彼女が買うときは、彼女のご主人のお墓に備えるためだから、毎回言われなくてもこうするようにしている。
 お墓に備える花に、ガーネットは不釣合いかもしれないけれど、お供えだから、地味な花……って言う決まりはないもんね。
 俺は慣れた手つきで花束を作り、杉田さんに手渡す。
「……いつもお上手に包むのね」
 切なそうに目を細めそう言ったのは、俺の不思議な生い立ちのせいだろう。
 俺は努めて笑顔を作った。
「俺、花屋は天職だから」
 同情なんかされたくない。
 別に、過去なんて知る必要も無い。
 今が一番良い時なんだから……。
「そうね……花、ありがとう。おいくらかしら」
 杉田さんはお金を支払うと、お墓に向かって歩いていってしまった。
 
 この近所の人はみんな知ってる。
 俺が拾われっ子だと言うことを。なんせ、老夫婦で営んでいたこの花屋の花の中に、気づいたら落ちていたそうだ。
 そのとき、俺は何歳だったかも覚えてないし、調べてもわかんなかったみたい。
 髪は栗色で、日本人じゃないような白い肌。瞳はエメラルドグリーンをもう少し濃くしたような、つかみ所の無い色だった。
 外国人顔と言うわけじゃないけど、日本人離れしていた事は確かだった。
 女の子みたいな顔ってわけじゃないんだけど、中性的だったから、最初はとーさんも、かーさんも女の子だと思ったらしいんだよね。
 今でもたま〜にお客さんに、お姉さんって呼ばれるときあるけど……。うーん……。
 そんな、よくわかんない俺には手紙一つついてなかったらしい。
 ただ一つわかっていたことは名前。
 ローマ字のような字で、YURI、と書かれた布に包まれていたらしい。
 そこから名づけてくれたのが、今のとーさん、かーさん。
 って言っても……もう、いないんだけどね。俺を拾ったときですら、もう70近かったから、俺が中学校卒業間近に亡くなった。
 だから俺は高校にはいかず、この花屋を継いでいるってわけ。とーさんは、別にお前には好きなことをして欲しい……って死ぬ間際までしゃべってたけど、俺は花が好きだし、天職だと思ってるし、それに……得体の知れない俺を拾ってくれたとーさんやかーさんの大切にしてきたものを守りたかったから。
「暑……」
 10月も半ばを過ぎたのに、変なくらい暑い太陽に目を細めながら、俺は店先に花を並べた。
 本当に今日は暑い。ニュースでは異常気象だと騒いでいた。
 半そで短ぱんの小学生が道路の前を歩いていく。
 俺はあんまり暑さに強くなくて、暑いと具合が悪くなるから、急いで外の仕事を終わろうと、ますます急いだ。
 電気はつけているものの、こんなに日差しの強い日に外から店に入れば、なんにも見えないくらい真っ暗に変わる。
 俺は一息つこうと、簡易椅子に座ったとたん、目線の端の店先にお客さんの足元が見え、慌てて立ち上がる。
 やっぱり、お客様の前じゃちゃんとしてなきゃな。商売人は。
「いらっしゃいませ――」
 そう言った俺はお客様を見て、ちょっと声を詰まらせてしまった。
 商売人であるため、人を服装や人相で判断しちゃいけないんだけど、それにしても、この人は服装も、外見も、何もかもが風変わりだった。
 なんだ、今日って……仮装パーティでもあるのか?
「いらっしゃいませ」
 言い直すと、お客様はニコッと笑った。
「見つけた……」
「ぇ?」
 真っ白い顔に印象的な真っ赤な唇。顔にはペイントが施され、木の実や葉っぱなどすりつぶしてその液で描いたようなだ円や、涙型の絵が頬やおでこにかかれている。
 服装は真っ赤な布のようなものをまきつけているようで、それにも宝石のようなものがちりばめている。
 アクセサリーも不思議で、淡い色の原石やダイヤのようなのに、透き通るように透明な石などが耳や手首足首などいたるところにつけられている。
 靴はロングブーツのようで、こんな暑い日なのに、ドレスの中入っていて、実際どんなものなのかはよくわからない。
 風貌から言って、女性であることは確かなんだろうけど……。
「やっと見つけた……ユーリ……お久しぶり」
 女性の口が開き、つむぎだした言葉を俺はあんまりよく理解できなかった。
 だから、数秒たって、俺は呆けたように口を開く。
「え……?久……しぶ…り?」
 俺はこの言葉をあまり言われた事がない。
 店の常連客は一週間に一度は顔を出してくれるし、俺は旅行には行った事はない。って言うか、この街から出たことも無い。
 修学旅行や、家族旅行を俺は嫌っていたわけじゃないけど、とーさんやかーさんのお金を俺自身に使うことは嫌だったから、拒んでいたのは確かだ。
 俺の言葉に、女の人は悲しそうな顔になって近づいてきた。
「本当に忘れてしまったのね……」
 俺は一歩だけ後ずさりし、女性の顔をまじまじと見る。
 どこかで会った?
 いや……お客さんなら忘れないし、同級生にこんな人はいなかったと思う。
 整形でもしない限り、こんな綺麗で不思議な人は。
「あの……すみませんが、どちら様なんでしょうか……」
 そうは言ってもお客様。丁寧語でなおも尋ねたら、それまで清楚なイメージのあった女性が明らかに敵意剥き出しの顔になった。
 えぇ?!
 違う意味で俺は後ズサルと、女性はエプロン姿の俺のシャツの胸元を握り締め、怒鳴る。
「馬鹿じゃないのあんた。なんで忘れてんのよ!まったく…使えないわねぇっ!あんたのせいで、うちの世界は破滅寸前なのよっ!わかってんのっ!?良いのはその顔と身体だけってわけ」
 顔と身体だけ?使えない?馬鹿?
 とりあえず、どれも意味不明だし、こんな会って初対面の人に言われる言葉ではない。
 お客様には礼儀を、借金取りには牙を……。とーさんの教えをしっかりと受け継いだ悠里は無作法な女性の取り扱いを、くるりと変える。
「何言ってんだよあんたっ!頭おかしいんじゃねぇの」
「ムカツクーっ!その言い分も変わってないし。みんなはあたしたちには礼儀を尽くすのに、昔っからあんたはそうやって……っ」
 そこまで叫んどいてい、女は急に俯いた。
 もちろん、手はぎぃっちりと悠里のシャツの合わせ目を掴んだままだけど。
「どうして……どうしてあの時もそんな風でいてくれなかったのよ……。どうしてあの時に限って……」
 再び態度の変わった女に、対処しきれずに、悠里は覗き込むように声をかける。
 きっとこの人は情緒不安定の夢想家なのだ。きっと、そうだ。それで、夢と現実がごっちゃになっちゃって……。
 あ、もしかしたら、今流行りのゲームソフトでも作っている人なのかも。うん、それで実際に自分でそのゲームの世界の格好で歩いて、シミュレーション……。なわけ、ない?
「あ、あのさ、あんた大丈夫……?中で休む…?水くらいしかでないけど」
「とにかく」
「へ」
 周りの空気が変わった。今まで暑かったのが嘘みたいに澄んだ空気になる。おかしい、こんなのおかしい。
 だって、それは彼女を中心に変わって行ってる。
 でもなぜか、その空気は俺にとって心地よく、快適なものだった。
「あたしをコッチの世界にまでよこして、その上こんな格好までさせられて……その分の手当てくらいはアイツに払ってもらわなきゃいけないんだからね。嫌でもついてきてもらうわよっ」
「うわっ……あんた、何して…ちょっ」
 今度は女の手が光ったと思ったら、身体がキュウと軽くなっていく。
 何、この感覚……。
 悠里は気持ち悪さに顔を渋め、目を閉じた。
「そうそう、そうしてた方がいいわ。久しぶりのあんたにはちょっと明るすぎるから」
 彼女がそう言った瞬間、身体の感覚は無くなり、瞳を閉じていても、明るい光に包まれたことがわかった。
 なんだ、なんだ、なんだ……これはっ!

 気絶なんてしてなかった。でも、瞳を開ける勇気も、現状を把握する気もなかった俺は、耳だけで感じ、周りの人の気配をうかがっていた。
 けれど、目を開けたとしてもたぶん俺は今何にも見えない状態なんじゃないかな?なんか顔にも身体にもかかるように大きなベールがかかってるから。
 とにかく、明らかにここは、桜木町の自分の家の前じゃない。
 目を開けなくてもわかる。
 あの妙な暑さもなく、決して涼しくも無く、快適……と言うのだろうか、この温度は。
「ほら、早くこっちへ来なさいってば」
 さっきの女の声がする。
 まったくなんなんだ……。これは。俺は早く帰って花に水をやって、肥料をかえて、取引先の市場に電話をして……。
「なんなんだ一体。人を呼び出して……言っておくがな俺は誰とも結婚はしないぞ」
 あの兵女に憎まれ口を利く男の声がして、俺はびっくした。
「あら、たった一人を除いては……でしょ」
 俺の上にかかっていたベールをハラリと剥ぎ取られる。俺は思わず目に力をいれ、ぎゅっと瞑る。
 木漏れ日のような光が俺の上に落ちてきた後、誰かの息を呑むような音が聞こえる。
「……っ」
 信じられないものでもみたかのように、男は悠里の傍にかけよろうとするが、それを自分が知る限り最高で最悪な姉に止められる。
「貴様っ」
「あら、16年もかけてやっと見つけてきてあげたのに、親切なお姉さまにそんな口利いていいのかしら?」
 やはり、分から言って、女のほうが上なのかな……?
 ってか、姉?
 ってか、見つけてきたって……俺の……事だよな。
 なんなんだ、これ……。
「それに、言っておくけどこの子はもう……」
「煩いっ」
 男は強引に姉の拘束の手を解くと、悠里に近づき、瞳を閉じ眠ったふりをする悠里の唇に、強引にキスをする。
 しかも、意識のない相手にするキスだというのに、舌を強引に入れ、下の裏から歯列を舐めまわすオプションつき……。
 まるで、愛しくて仕方の無いように。
 けれど、そんなことされては、悠里も眠ったフリは限界だった。
「〜×●□@っ!!」
「ユーリ……会いたかった、さぁ目を醒ませ、俺のユーリ……」
 ガツン。
「あら、ユーリ起きてたの?」
 起きてたの……じゃない。
 言葉よりも、視線よりも、まず何よりも手が飛び出てしまった。
 同じ年代の男の子と比べて小さ目の悠里のグーでのパンチは、さほど効力はないものだが、不意打ちの上、怒りあまっての行動だったので、結構強めに男の頬にぶち当たる。
 これが普段の喧嘩ならば、ヒットもヒットで喜びたくもなるのだけれど……。
「ぁ」
 状況が状況なだけに、悠里は自分の拳を見つめ、そして、目の前の男を初めてまともに見つめた。
 ブロンドの髪は天然なのか、つやつやと輝き、エンジェルリングすら見えた。それ以上に気になったのは、恐ろしいくらい整った顔と、それに全てを虜にしてしまいそうなほど、吸い込まれそうな瞳……。
 蒼とも碧ともいえない不思議な色の瞳は、悠里を見つめている……いや、睨んでいる。
「あ……と、ゴ、ゴメン俺……」
 もとはといえば、男がキスしてきたのが悪いのだが、そんなことも忘れて悠里は目の前の男に謝った。
 男はまじまじと悠里を見ると、殴られて赤くなっている頬など気にせず、俺の殴った拳に口付けた。
「変わってないな、ユーリ」
 偉そうなしゃべりだが、親しみのこもっている声は、どう考えても自分に向けられている。
「へ……?」
 また、だ。
「あの……俺、前にあった事ある……のか?」
 悠里は目の前の男に、素直な疑問を投げつけるが、男はその瞬間、さっきよりも息を詰めて、俺を睨みつける。
「……何言ってるんだ、お前……まさか、俺を、覚えてないのかっ」
 肩を強く握られ、揺さぶられるが……覚えてないも何も、しらないものはしらない。
「ちょ、やめ……痛っ…」
「止めなさい、見苦しいわよ。アースリオット」
 姉に、悠里を掴む手を止められても、アースリオットは手を離そうとはしない。深刻そうになった顔のまま、悠里を抱きこむと、動かなくなってしまった。
「ちょ、苦しいんですけど……」
「あ〜…もう、あんたって昔からそうよね。ユーリ、ユーリって。まったく……あ、ごめんね、ユーリ。でもそれくらいは許してやってよ。この子ったら、あんたがいなくなってから、すごかったんだから」
 俺が……いなくなってから?
 どう言う……事?
 きょとんとする俺に気づいたのか、その人は俺にまた少しだけ切なそうな顔を見せる。
「……そっか、覚えてないんだっけ」
 そういわれると、なんだか俺が悪いことをしてしまった気になる。
「あたしの名前はエヴィアン。エヴィでいいわ。昔も……そう呼んでたんだから。あ、それにそこの馬鹿はアースリオット。あんたは、アースっていつも呼んでた男よ」
 そこまで紹介されても、悠里の頭に何も浮かんでこなかった。
「アース……」
 小さく呟くと、それまで柵のように縛りついていた男が顔をあげる。
「思い出したのかっ?!」
 息が出来ないほど近くに迫られて、俺はそれを、否、と返事することもできない。
 してしまうのと、俺はきっとアースという男を傷つけてしまうのだとわかっているから。
「無駄よ、アースリオット。……それより、よ。ほら気づいたでしょう。ユーリは私達のことなんて何も覚えてない。この子は昔のユーリなんかじゃないの。これで諦めもついたでしょう。」
 昔の俺……って?
 一体いつのことを話しているんだろう。
 まったく意図のつかめない会話に俺は頭を悩ませる。
「…………嗚呼、わかった」
 アースの声は、低くそして高く、耳に一番適音の音色で飛び込んできて、どうしてだか、なんだか少し懐かしい感じがした。
「そう、わかったのならさっさと……」
「ユーリが生きているんだ。俺はユーリと結婚する」
 ぇ?
 け、結婚??
 ええ?
「えええっ!?」
 驚いた声をあげたのは、俺。
「あんたねぇ……」
 怒り出しそうな声をあげたのはエヴィ。けど、アースはエヴィの声なんか聞かず立ち上がった。
 そして、そんな声をあげた俺をひょいっと肩にかつぎ、エヴィが止めるのも聞かずマントを翻した。
「落ちるなよ」
「ちょ、うわぁっ……」
 身体がまた軽くなり、フワッした明かりに包まれたと思ったら、俺の視界が光で見えなくなり、今まで寝ていたベッドや部屋や、エヴィも消えた。
「まったく……」
 そんなエヴィの言葉が……最後に聞こえた気がした。
「おい、目を開けろ」
 そういわれて、俺は自分が目を閉じていたことにようやく気づく。
「……昔は何度もやってたのにな」
 このなんだか変な移動行為になれない俺を見て、アースがボソッと呟いた。
「っ!」
 な、なんだよ、なんだよみんなしてっ!俺の知らないところで。
 俺、何も知らないのに、勝手に昔がどうの、とか。前いたとき…とか。
 あ〜もう、わけわかんねぇよっ!
 悠里はアースにくるりと背を向けると、よくわかんない土地を一人で歩き始める。
 草原のようなその場所は、草や木や花がいっぱい生えていたが、花屋の俺でも見たことの無い草木ばかりだ。
 やっぱりここは……日本じゃないんだ。
 だとしたら、どこ…?
「おい、どこに行くんだ」
「帰るんだよっ!」
「どこにだ」
「家に決まってるだろっ」
 とーさんとかーさんの居た、あの家にだよ……。俺の居場所はそこだけだ。
「家ならこっちだ」
「へ?」
 何だ、帰してくれようとしてたのか?
 そう……思った、俺がアホだった。アースの指差した場所を見ると、そこには大きな町が広がっていた。よく見ると、その前には大きな城。
 よくさ、シンデレラとかがいそうな……ああいう感じの洋風な城。
 なんだ……ここ。
 俺は改めて、現実離れしている世界を見せ付けられて、そこに座り込んでしまった。
「……ここは……どこなんだ」
 呆然と今までいた世界とは明らかに違う世界を見ながら、悠里は信じられないと言うように呟く。
「お前にそれを聞かれるとは、な」
 アースは苦笑しながら、俺の傍に跪いた。
 アースの格好って、一見すると皇子様とか、王子さまとかそれっぽいから、なんだか跪くのはすごくおかしく思えた。
 なんで、みんな俺の知らない事を知っているって言うんだろう。
「ここはエデン。……神のいる国だ」
「神……様?」
 それは、無宗教の悠里にとって、あまり身近な言葉ではなかった。
「な、あんたらの言ってるユーリって本当に俺、なのか?」
 ここに連れてこられてきてから、心から消えない疑問を言葉にする。
「?……何を言う。俺がユーリを見間違えるわけがない」
「で、でも俺、さっきのエヴィの事もこの街のことも……あんたの事も何も知らないんだ」
 正直に告げれば、アースは怒ったように俺を睨みつけてくる。
「俺はお前のことを一度足りとも忘れたことはないのにな」
「そ、そんな事言われたって……」
 アースはたぶん俺を睨んでいる……のに、どうしてだろ、俺、アースが泣いているように見えるんだ。
 アースに頬を撫でられ、俺はぎゅっと目を閉じる。
 なんだか……触り方が、割れそうな物でも触るように優しくて、心臓がキュッとなった。
「この感触も……お前の馨りも、声も、その瞳も、性格も……忘れたことなど無かった」
 痺れるような声を耳の傍で囁かれて、俺は目を開けようにも開けれなくなる。
 どうしよ、心臓がバクバク言ってるんだってばっ!!
「例え、100年離れようと……俺はお前以外を愛さない」
 今度は耳に唇が触れた。
「ぁっ」
 耳に人の唇が触れた経験などない俺は、思わずその生暖かい感触に声をもらす。
「その感度のよさも……相変わらず、なんだな」
「なっ!何言ってんだよっ」
 か、感度って……っ。
 怒鳴った瞬間、急に世界がぐるって回って、俺は緑緑とした草花の上に仰向けに押し倒された。もちろん……そうしたのは、アース。
「アースっ!!何してるんだよ……っ」
 俺は自慢じゃないけど、まだ15歳で、女の子とも付き合ったことがない。
 ふ、普通だろ?15歳なら……っ。高校一年生だぞ。悪いかっ。
 そんな俺でもわかる。これは、押し倒されてる!
「昔もよく急にしたくなって怒られたな」
 し、したくなって……って?
 そ、それって―――っ。
「や、止めろっ!離れろっ」
「照れなくても良い。……久しぶりなんだ、お前を味わわせてくれ」
 アースの手が、俺の着ていたワイシャツのボタンを外していく。それも、手馴れた手つきで。
 俺は魔法にでもかかったみたいに動けなくなって、そんなに強く押さえつけられているわけでもないのに俺はアースの下から抜け出せない。
「―――そして、急でもお前は最後は必ずよがってたな……」
 プチン、プチンと言う音が止み、シャツが風に揺れて、俺の胸が肌蹴る。
 真っ白い肌を品定めでもするかのように、アースは見つめた。
「っ……止めろ……見るなぁ…っ」
 他人によって初めてうける陵辱に耐え切れなくなり、俺は声を振り絞る。
 喉すらも囚われているようで、言葉は簡単には紡ぎだされない。
「……残っていないな」
 絹のように滑らかなアースの手が、俺の首筋から胸まで執拗に撫でまわし、いやらしく動き回る。
「ぅ……ふ」
「俺の付けた痕まで……消してくるとは、な」
 アースは何やらわけのわからない事をしゃべりながら、俺の身体にその綺麗な顔を落とす。
「ぁあっ……嫌ぁ」
「ああ、お前はいつもそうやって最初は拒んだんだ」
 首筋に吸い付かれ、チクッとしたような痛みに顔を歪めると、アースは面白がるように、何度もソレを繰り返す。
 どうして、動けないんだろ、俺。
 さっきから心臓はおかしくなったみたいにドキドキを繰り返して、わけがわからない。体中の熱が、アースが触る場所に集まってきて、どくんどくんと波打つ。
 それが欲情している状態だって事は……俺にだってわかる。
 エッチの経験はなくても、高校生の男の子なんだから、一人エッチの経験くらいは、あるから。
 でも、なんで……っ。こいつに?
「ああっん」
 胸の突起の先を、アイスでも舐めるかのように舐められ、悠里は頭を後ろに反らせる。
 そのあまりに甘美な響きに、アースは余裕のなくなった顔で悠里に口付けた。
「ん、あっ、ぁ、はっ、や、やめ……っ」
 息つく暇さえないアースのキスに、俺は舌を絡めるのもままならず、拒むことももちろんできず、口の端から、どちらのものともつかない唾液を溢す。
 それでもアースはキスを止めようとはせず、そんな俺の口の端を舐めながらも、巧みな舌使いで俺を翻弄していく。
 俺にとって二度目のキス……のはずなのに、そのキスは気持ちよくて、それまで壊れそうだった心臓を、奏でるようなリズムに変えていく。
「っ……ぁっ…」
「もっと……ユーリ……」
 アースはキスをしながら、自らの手をユーリの下半身に手を伸ばしていく。
「ひゃあっ……っ何して」
 唇を少しだけ離し、悲鳴をあげてしまった悠里は、その張本人に罵倒を食らわせる。
「覚えていないのなら、身体で思い出させてやるだけだ」
「っ……ふぅぁ……ンアッ」
 ここは外で、しかも草原の中だと言うのに、アースは悠里のズボンを器用に脱がし、すでに反応している勃起をつかみ出し、直接的に手で握った。
「やだっ、やだっ……っ」
 性的興奮を得ていることを、視覚的に知られ、悠里は屈辱的な気分を味わう。
「何故だ?……普通の事だろう」
 アースはここまで嫌がるユーリに優しく頬や瞳にキスをしながら、さらに優しく甘い言葉を投げかける。
「愛し合っているもの同士が抱き合っていれば、興奮も知れば欲情もする……。当たり前の事だ」
 そう言ってアースは自らの下半身を、悠里のお腹に擦りつけた。
 愛しあってる……?俺達が。
 だって、初対面……なのに、そんなわけ。
「……アース……っ」
 アースの勃起した物が身体にあたり、悠里は居た堪れなくなって顔を背けるが、アースにキュッと上下に扱かれ、艶やかな声をもらす。
 快感に酔い痴れいている人の声ほど、人を興奮させるものは無い。
 それがまして、好きな人ならば……。
「ユーリ……っ俺は、お前が……」
 火照る息が頬や耳に触れて、胸の奥がざわめいた。
『ユーリ、結婚しよう』
 何……この声。
 アースの……声?
「ぁっ…も、ああーっ」
「ユーリ……」
 アースが濡れ濡れになったソコを巧みにしごけば、悠里はなんなく白濁とした欲望を放った。
 そして、その瞬間、耳の中に宿った声は一段と大きく聞こえはじめる。
『君は、神様と言う立場をお分かりかな』
 この声、誰……?知らない。
『相応しくないと言ったら、わかってくれるかしら』
 女の声……?
 誰だよ、誰なんだよ……っ。
『ユーリ、どうしてだ。何故だ。ユーリっ』
 アースの声……だ。
 どうしたんだよ、なんでそんな泣きそうな顔して……。
「ユーリ」
「っ!!」
 いきなり声が耳の外から聞こえて、俺は目を醒ます。
「……ぁ、アース……」
 俺の上にのっかって、覆い被さってるアースは、夢の中のときのような顔をしてる。
 汗ばむ俺の髪をかきあげながら、再び口付けられた。
「アレだけで気絶されるとはな」
「っ〜!」
 小さく笑いながら、下世話な事でからかわれ、悠里はアースを自らの上から剥ぎ落とす。
「ふ、ふざけるなよっ!お前……な、なんで男の俺相手に……っ」
「その台詞、まるで初めて見たいな言い方だな」
 あ、当たり前だっ!男とこ、こんな事……。女とだってやったことないのに。
「そうだよ……悪いかよっ!だいたい初対面の俺になんで……」
 我武者羅に服を整えながら、怒鳴ると、一瞬にして空気が変わった気がした。
 いや、確かに風は冷たくなり、空の雲行きも怪しくなってきている……。
 ぇ…?
「『初対面…』だと…?」
 アースの声がダークな響きを含んで、ものすごく大人びた声になる。
 外見は……たぶん、俺と同い年くらい?かな。それなのに、なんていうか、すごく……こう、恐い声…。
 ってか、なんでそんな怒ってるわけ?
「な、なんだよ……だって、そうだろ。俺、お前とか知らないもん。人間違えなんだよ。きっと……」
 服装や、国や、植物を見ても、俺の心に何一つ湧いてはこない。
 もしこれが夢でも何にしても、やっぱり俺は違うんだよ。
「……ユーリ…」
「っ」
 さっきまですごく怒ってたみたいな顔してたくせに、急に俺を呼んだアースの顔は、悲しくて仕方ないみたいに歪んで、掠れた声だった。
 なんだよ……その顔……。そんな顔すんなってば…。
 だから、そういう顔されると……俺、どうしたらいいかわかんないんだってば。
「そこにおられるのは、神様……じゃごぜぇませんか?」
 茂みの方に横たわっている俺達に、向こう側から老人の声で話し掛けられる。
 た、助かった……。
 って??神様??
「……鍛冶屋。どうした、お前の仕事場はここじゃないだろう」
 アースは立ち上がると、老人に尊大な態度で話し掛ける。
 なんだか俺の前にでて、俺を隠すようにしてくれたから、俺はそのすきに服装を急いで整えた。
……どうかしてるよ、俺。なんで、こんな事許してるんだよ……っ。
 でもなんだか、気持ちよくて……逆らえなかったっていうか…。
「へぇ、新しい鉄が見つかったとか、弟子が騒いでましてね、ちょっと探しに……」
 着替え終わった俺は立ち上がり、鍛冶屋さんの方を向くと、鍛冶屋の言葉は途切れた。
「……?」
 鍛冶屋の顔はあからさまに驚異の顔で、俺を見ながら、何度も信じられない、と呟いていた。
 何?どうしたっていうのさ。
震える手をこちらに差し出しながら俺に近づいてきたのに、アースは俺の前に立ちはばかり、俺を鍛冶屋に触れさせないようにした。
 鍛冶屋は一旦ためらったあと、手を下ろし、頭をかいた。
「……ユーリ君か……?いや、まさか……で、でも、だ……」
 目を見開き、おじさんは放心したように呟く。
 また、だ。
 実感の湧かない、ユーリという人物として呼ばれて、悠里の心はチクリと痛む。
「生きていたのかい……」
 今度は驚いた目ではなく、嬉しすぎてしかたないみたいに目を細め、皺だらけの顔をくしゃっと崩して、おじさんは笑った。
 生きていた……?
「あの……お、おじさ……」
 ユーリって誰?
 なんなの?
 そして、アースって何?
 ここってどこ?
 いろんな質問が喉にこみ上げてきて、俺はいっきにそれをぶちまけようとしたのに、アースに阻まれる。
 おじさんを凄い剣幕で睨みつけるアースに、それでもおじさんは笑った。
「その顔、懐かしいぃもんだ。神様はしょっちゅうそんな顔をわしらに向けてましたからね」
「神……様?」
 再びでた不可解な言葉を、俺は尋ねる。
「ぇ?」
 そんな俺の呟きこそが不可解だったのか、おじさんは仰天したように呟く。
「ユーリ君……まさか、忘れてるの…かぇ?」
「……」
 だから、俺じゃないんだよ、きっと。
 みんな人間違いしてるんだってば。俺は、悠里。とーさんとかーさんの息子で、こんな……御伽話みたいな国の人じゃないんだってば。
 夢なら早く覚めてくれよ……もう、もうこんな惨めな気持ちでいたくないんだってば。
「っ……」
 拳を握りしめ、俺は下に俯いたまま歯を食いしばった。
 エヴィの事も、ユーリって言う人の事も、この世界の事も、そしてアースの事も……俺は何も知らないんだってば。
 なんでみんな……勝手だよっ。
 なんで俺、ここに来たの?なんでだよ……。
「も……やだっ」
 いきなり声を振り絞った俺に、アースもおじさんもびっくりしているようだった。でも、そんなの言ってられない。
 俺は一刻も早くこの場から立ち去りたくて、キッと顔をあげると、アースを睨みつけた。
「ユーリ?」
「お、俺はユーリじゃないっ!」
 俺に触れようしたアースの手を、俺は無意識のうちに振り払う。
 ハッ、としたときにはもう遅くて、アースの顔はかわらず仏頂面だったのに、なぜか泣いている感じがした。
「……っ」
 心臓がチクリどころか、何かナイフで刺されるようなものすごい痛みに襲われた。アースのそんな顔を見ると、呼吸すら上手く出来なくて、自分がちゃんと自分の足で立っているのかすらわからなくなる。
 でも、それでも、俺は……何も知らないんだってば。
「ユーリっ!」
 アースが呼び止めるのも聞かず、俺は町のほうへ走っていった。
 何度も聞こえる自分の名前なのに、そうじゃなく聞こえる名前を、俺は痛む胸を抑えつつ、耳に焼き付けていた――。

続く。


小説。 短編。 −2−


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