神様★underぐらうんど

小説。 短編。 −1−


−2−


城のすぐ入り口から、数十キロにわたって作られた街は、立派な城下町だった。スーパーやコンビニが支流の世界だったところから連れてこられた悠里には、鍛冶屋や指物屋など、ものめずらしい店々に、見入りながら街中を歩く。
 顔かたちは、日本人と変わらないようなのだが、服装は昔のヨーロッパのようで。アースやエビィよりは少しばかり質素な感じだった。
 尊大な話し方や、「神様」と称されていたことから考えても、アースはもしかして……この世界で偉い立場にある人間なのかもしれない。
「それなら、尚のこと……俺とは絶対関係ない、よ…」
 捨てられっ子で、拾われっ子の俺なんかとは。
 思わず呟いたその声で、何気なく仕事をしていた周りの人が悠里を振り返る。
 そして、やはり、さっきあった鍛冶屋の親父のような反応を見せるのだった。
「ユ、ユーリっ」
 いきなり後ろから名前を呼ばれ、振り返ると、自分と同じくらいかもう少し年下っぽい男の子が驚いたように自分を指差していた。
 そして、それだけでは収まらず、その甲高い声を聞きつけた周りの人が一斉に自分を振り返り、同じように声を張り上げた。
「ユーリだ……本当にユーリ!?」
「みんな、ちょっと出てきておいでよ、ユーリだよ」
「ちょ、うわあっ、何……っ」
 なんだよ、またユーリかよ……っ。
 泣きたい気持ちになりながらも、周りにうじゃうじゃと集まってくる観衆に、悠里は戸惑いながら、困り果てていた。
「な、ユーリなんだろ、一体どこに行ってたんだよ16年も…」
 16年?
 それじゃあそれこそやっぱり、人間違いじゃないか。だって俺は今16歳になるところなんだ。
「あの、俺は……」
 説明しようとして声を張り上げても、何故だか水が湧くようにあふれ出てくる人の波に、声は少しも通っていかない。
 そんな時、少し遠くでバーンと言う大きな音が聞こえたかと思って、悠里を始めとする多くの人がソッチを向いている隙に、悠里の腕を力強く引っ張る力に気づく。
「……こっちに来て。大丈夫、僕は知ってるから」
「ぇ……」
 後姿しか見えないけれど、やっぱり知らない。そんな子に手を引かれつつ、悠里は人込みを抜け出すにはこれしかない、とばかりについていってしまった。
 僕は知ってるって……何、を?

 連れてこられたのは、商店街を少し離れたところにある1件の家。外装を見たところによると、花屋のようにも見えた。
 赤や黄色、ピンクやオレンジ。パッション系の色とりどりの、見知らぬ鮮やかな花々が飾られていた。
「何してるのさ、入りなよ。どうせ君の家なんだから」
「……俺の、家?」
 この家が…?
 ダメだ。やっぱり……何も思い出せないよ。
 少年はにっこり笑いながら、家の中に入って行ってしまった。俺は仕方なく、その後ろをついて中に入った。
 中は外装と同じく木製の2回建てで、少し古ぼけているようにも見える。中には少年以外誰もいないのか、シンと静まり返っていた。
 リビングのような場所に辿り着くと、少年はテーブルの上にアルバムのようなものを開き、顔を綻ばせて見入っていた。
「君は……誰?」
 呟くように聞けば、少年はこちらを見ずに答えた。
「僕はナタリー。アースリオットの婚約者」
 ……こ、こ、こ、こ…。
「婚約者っ!?」
「そ。言っておくけど、これでも結構高貴な位にいるんだからね。立場的に言えば、アースのイトコ」
「あ、あのさ……え、と……君、だって」
「いっておくけど、僕は女だからね」
「えぇえええっ!」
 それこそ驚きだ。……失礼だけど、どうみても男の子だと思っちゃったよ……。だって、それに一人称も『僕』だしさ。
 でも、俺が驚いた事には、彼女はまったく驚いていないようだった。むしろ、また嬉しそうに笑って、アルバムに見入った。
「僕がね婚約者に決められた時には、もう君とアースリオットは恋人同士だったから、少しでも……少しでも僕は君に似れるようにってがんばったんだけどなぁ…やっぱりダメだったけどね」
「あ、あの俺……っ」
 俺のせいで、この子がアースと結婚できなかった、って聞こえたんだけど……。
「消しちゃったから、覚えてないんだよね。嫌かもしれないけど……聞く?」
 消しちゃった……?忘れた、じゃなくて…?
 俺は放心したまま、頷くのも忘れていた。彼女は、それが答えと察知したのか、静かに話し始める。
「あの頃のアースと君はさ、もう、街中のみんなが祝福しちゃうくらい仲良くて。あ、もちろん恋人って意味でね。君は幼い時に両親を亡くしてて親族もいないような子で、アースはこの世界を司る次期神様で、立場は全然違ったけど、二人とも小さい頃から仲よかったからね、本当、僕が入る透き間なんて…」
「あのさ、アースが神様って……どういうこと?」
「あ、そっかそこから話さなきゃいけないんだっけか」
 ナタリーは思い出したように、一人で笑った。
「この世界はエデンって言って、神様が創ったって言われてるの」
「神様……」
「雨を降らすのも、晴れにするのも神様次第。洪作や漁業の影響も全て神様のおかげだって言われてる。――で、その神様の祖先がアース。今の神様の子供よ。だから、次期神様ってわけ」
「神様なんて、そんなの…」
「そう、迷信だと思うんだけどね、僕は。でも街の人はそうじゃない。この世界はアース達神様で成り立って、アースが引継ぎ、そして、アースの子供がその次の神様となって、この世界を守るの」
 それって、つまり……。
「もし、君とアースがこのまま付き合ってたら、アースの子供はできない。それ以前にもし君が女であっても、純粋な神様な家系でもなくなるしね。だんだん大人になっていく君たちの関係を危ぶんで、今の神様の奥様が、君とアースを引離したんだ。……いや、一方的に君は離されたんだけどね」
 なんだって……?
 それって、何て言うか……酷くない…かな。
「なんだよ、それ……」
「これがよかったことなのか、悪い事なのか僕にはわからない。ただ、逃げたのは君の意思だったよ。確かに」
 俺はそう言われて、ズキンと頭が痛んだ。
 頭の中で再び声がする。
『もしアースが貴方と結婚したら、この世は終わるわ』
「ふっ……う…っ」
「ユーリ…大丈夫…!?」
 ナタリーは倒れかける俺の頭を支えると、ソファに座らせてくれた。
「ヤダっ……痛い、苦しぃ……っ」
 苦しむユーリの顔を見ながら、ナタリーは泣きそうになる。
「ごめん、本当にごめん……っ。僕がいけないんだ。ごめんねユーリ…」
「っ……」
 今までに感じたこと無いような激痛が頭の中を走ったかと思うと、悠里の意識は再び消えうせていく。
 倒れこみどんどん重量の増す悠里の身体を支えていたナタリーの頭上に大きな影が出来たかと思うと、その影は呟いた。
「退け。その身体に触れて良いのは俺だけだ」
「……アース…っ…」
 その存在はナタリーにとって大きすぎた。
 ナタリーは萎縮すると、悠里から離れ、部屋のドアまで退いた。
「その名も呼んで良いのはこいつだけだ……」
「……やっぱり、僕は勝てないんだね」
 頭の中でいろんな人がごちゃごちゃと話しつづけて、俺の中を掻き回す。その中でも一番に聞こえてくるのは……自分の声?
『俺がアースを嫌いなんだよ』
 違う、違うのにっ!
 そう思っていることすら伝わってくる。
 言葉とは裏腹の感情が、過去の俺と今の俺を同時に苦しめる。
 場面も何もかも浮かんでこないのに、その時のアースの顔だけは見えた。屈辱的とも、悲しみともとれない悲しげな表情で、俺を睨みつける。
 その顔は泣いているようにも見えた。
「僕が、君を神様のいない世界に連れていったんだ……しかも、わざわざ赤ちゃんの頃まで……戻して」
 ナタリーは苦しむ悠里の声が微かに聞こえる部屋のドアの外で、泣きじゃくりながら声を殺して叫んだ。
 記憶はないけれど、心がその時の痛みを覚えているようだった。
「ごめんね、羨ましかったんだ…っ君が、君がアースの特別だったからっ」

 身体中が冷たくなって、寂しくなって、心の底から涙が溢れてくる。
「……っ…アース…っ」
 熱でもあるのか、ぼやける頭のなか、腕を動かし、足をじたばたとさせ、ユーリはうわ言のように囁く。
「ユーリ……」
 あれ、この声……。
 さっきまでのナタリーの少し高めの声じゃなくなって、いきなり耳に心地よい低いダークな声が俺の名前を呼んだ。
「アー……ス」
 声はするのに、涙でぼやけてその顔は見えない。俺は、我武者羅に手を動かし、声の主に触れる。
「ぁ……っ」
「ユーリ、辛いのか、どこか痛いのか?」
 目の上に手を置かれて、その冷たさが火照る悠里の身体に優しかった。
 身体が触れるだけで、安心するようなドキドキするような懐かしい感じが蘇る。
 昔の恋人……なんてそんな事を引きずってるからだけじゃなくて、今自分の心の痛みを抑えてくれるのは、この人のこの手だけだって、悠里はなぜか思った。
「……アース、お願い……っ触って…」
「ユーリ……っ」
 たぶん俺は今おかしいんだ、じゃなきゃ男のアースに触ってもらってこんな気持ち良いのなんてありえない。
 けど、でも、おかしいから……お願い、傍にいて…。
 さっきは急に触れられて性急に求められることに戸惑いを感じたけれど、今はそうじゃない。
 一秒でも離れていたくなくて、でも離れた記憶が強くて、それを埋めたくてアースの温もりがもっと欲しくて、まるで小さな子供のようにアースにしがみつく。
「ユーリ……ずっと触れたかった。俺はお前以外と結婚するきなどない…。たとえ、例え、お前が嫌がっても…だ」
 アースは肌蹴ていたユーリのシャツを破き去ると、汗ばむ肌に口付る。
「ァッ……アース……もっと…っ」
 麻薬にも犯されたような、自身を失うような感覚が怖くて、悠里は必死にアースの身体を掴む。
「どうして、どうして消えたんだ……こんなにも愛していたのに」
 アースはユーリの着ている物を乱暴に剥ぎ取ると、自らの熱に飢えた身体を擦りつける。溶けるように熱い二人の熱はぶつかり合い、そして混ざり合う。
 アースは身体さえも邪魔だと言わんばかりに、ユーリを求め続ける。
 撫でなれたはずのその肌には、自分の面影などなく、苦々しい思いになりながらも、アースはその身体を舐め上げ、下肢を愛撫する。
「ァアン…あっ、んっ……はぁっ」
「母など関係ない……神などいつでも辞めてやる…俺には、お前だけだ」
 愛の言葉を途絶えることなく囁くアースの声は、掠れ声で欲情している事が見て取れた。
 悠里の下半身にアースの熱い猛った熱棒が押し合てられて、悠里はビクッと身体を起こす。
「怖いか」
 アースに尋ねられて、悠里は小さくコクッと頷く。
「乱暴にはしない……俺に全てを任せろ」
 アースは忍び込ませていた手で、悠里の秘部を弄り、呼吸に合わせて指を滑り込ませる。
「ああ……はっ…っうっ」
 グルリと指を回されるたび、それを身体の中で敏感に感じる。
「嫌…ダメっ……ふっ、ぁあっ」
「ダメだな……止められない。お前を前にして、俺は欲情せずにはいられない…」
「ぁあっ……」
 指が身体の中で蠢き、悠里の奥を開花させる。
 濡れた指の感覚が敏感に脳に伝わり、恐怖心や羞恥心よりも、もどかしさが募った。
「アース……早っ…アッ…も、駄…あぁん―ッ」
「……恐いくらいにユーリ、お前を愛しているんだ…俺は」
 奥まった秘所から自らの指を引き抜くと、アースは悠里の淫らにヒクヒクしている後孔へ欲望の楔をあてがい、押し開いた。
「アッ!!」
 怯えたように目を見開き、身体を跳ねさせたユーリを宥めるように、そして快感へと誘うように、ユーリの欲望へと指を絡ませる。
 先走りの蜜で濡れていたユーリのソコは、アースの指の動きに合わせて、刹那に蠢く。
「ァン…あっ…恐い…アッ」
 溺れるような、覚えない感覚に、恐怖を訴え涙を流すユーリの乏しい呼吸にあわせながら、アースはユーリの中に自らを埋め込んでいく。
「ひゃあっ……っ…熱い…っアース…」
「十六年間……ずっとお前だけを思って生きてきたんだ…ご褒美をくれよな」
 アースは涙すら浮かべて悲痛の表情を浮かべるユーリに苦笑しつつも、奥まで達した熱棒をゆっくりと動かし始める。
 それにあわせた指の動きが、ユーリをどんどんと深みへと誘った。
 恐ろしいくらいに貪欲な感情が二人を包み、アースは二度と手放すかと言うようにユーリの身体にたくさんの痕を残す。
 真っ白い悠里の肌が、体温のせいではなく紅く染まっていくたびに、アースは満足そうに笑った。
「お前は俺のものだ。結婚しよう……ユーリ」
「アアーッ」
 思いも、感情も、思考も、身体も。
 全てがぐちゃぐちゃに混ざり合わさって溶けた頃、ユーリの中にアースの思いが溶け込み、ユーリはその熱で、意識を放った。

 次に目覚めたとき、その場所は見覚えある場所だった。
「あ、やぁっと起きたわね」
「エヴィ……?」
 そう、そこは最初に目覚めた寝室。
 この世界のものであろう民芸品で飾られた部屋は、この世界のものじゃない悠里が見ても、高級品であることは見て取れた。
 つまり、ここは城の中なのだ。
 そして、アースはここの世界の神。
 ここの世界でも、元の世界でも一介の花屋である俺が何かを望んで良い人じゃなかったってわけ…だ。
「ねぇ何か思い出したの?それで」
 俺をここに連れてきたときとは違ってもっと活動的で、それでも高そうな衣服に身を包んだエヴィは俺に真顔で聞いきた。
「……全然」
 肩を竦める俺に、エヴィは当然ね、と俺の寝ているベッドに腰掛けた。
「母様は術師としても有名だったもの。記憶は完全になくなってて当たり前よ。でも、だいたいの位置関係はつかめたんでしょ」
 悠里はコクンと首だけで頷く。
「アイツは―――アースリオットはこの世界を司っている神様。アイツにはこの世界をしっかりと取り纏め、次の神子を作ってもらわなきゃ、あたしじゃなくて、国民みんなが困るのよ」
 悠里はまた小さく頷いた。
 世界とか、神様とか、イマイチよくわからないけれど、この人たちのこの理念は理解できる。
 つまり、宗教みたいなもので、日本国に生まれて仏壇はあるけど、だいたい無教徒な悠里でもテレビのニュースや授業でやった宗教の話は頭に入っている。
 その人たちにとって、神様や預言者は唯一無二の存在で、失えないものなのだ、と。
「あたしの母親…まぁアイツの母親でもあるんだけど、その人があんたの記憶を消して年齢も赤ちゃんまで引き戻して、他世界に捨てたらしいの……本当に、本当に貴方には悪いことをしたと思ってるの……アイツが…アイツが勝手に好きになって、勝手に結婚するとかほざいたから…っ」
「違うっ……!」
 悠里は思わず身を乗り出して叫んだ。
 違う!そうじゃない、そうじゃないっ!
「ユーリ…?貴方、記憶が…?」
 驚くエヴィに、ユーリは静かに首を横に振った。
「……でもさ、違うよやっぱり。俺が…エヴィたちの母さんの願いを受けれいたのは、俺も…俺もアースが好きだったからだよ…きっと」
 じゃなきゃ、あんなに胸が苦しむもんか。
 じゃなきゃ、あんなに……触りたいと願うもんか。
 俺はきっと、アースがこの世で一番大事だったから、離れたんだよ。
 そして……。
「―――そして、そして俺はやっぱり…アースの傍にいちゃ駄目なんだ…」
「ユーリ……っ」
「俺やアースの思いだけで、この世界をめちゃめちゃにするわけにはいかないよ」
 きっと過去の俺もそう思ったに違いない。
 今の俺に、アースに対する昔と同じような思いがあるかと聞かれたら、わからない。昔の自分がどれほどアースが好きでいたかなんてわからないから。
 それに昨日あった人物を今日愛せと言われても、そんな簡単には心は動かない。
 ただ、ただそれでも言わせてもらえるんだったら、心が惹かれるって言うのはこういうことか……って事。
 特に何にも執着せずに生きてきた俺を、こんなにも強く求めてくれる人がいてくれた…って言うのは、やっぱり嬉しいこと…だから。
 アースが全身で好きだと言ってくれたことに対しての、俺の誠意ある答えがこれだよ。
 悠里はニッコリ笑うと、珍しく憂い顔のエヴィに笑いかけた。
「俺を殺して」
「…ユーリっ!…」
「きっと俺が生きてたら、記憶をまた消そうが、生まれかわらせようが、たぶんアースは見つけちゃうから…。もう二度とここに戻って来れないには、それしかない、からさ」
 死ぬなんて、自分とは遠いことだと思った。
 なのに、口に出していってみても、こんなに晴れ晴れとしているのはどうしてだろう。
「俺が死んだら―――」
「そんな事させるかっ!!」
 大きな寝室であるこの部屋の大きなドアがいきなり大きな音を立てて開かれた。
 大きな…怒鳴り声とともに。
「アース…ッ」
 真紅のマントを翻し、ズカズカと足音高らかにその男は悠里のベッドまで来ると、悠里をお姫様抱っこするかのようにいきなり抱き上げた。
「お、おい!アース、何してっ…馬鹿、馬鹿っ」
 騒ぐ悠里を一瞥すると、アースはエヴィをギッと睨む。
「悠里はもう…どこにもいかせない。悠里は生まれ変わろうと、記憶がなくなろうと、俺のものだ」
 強い意志でそういわれ、悠里は込み上げてくる嬉しさを抑えることができなかった。
 自分をそこまで想ってくれている人がいる―――。
 悠里はアースの肩に顔を埋め、小さくその服の端を掴んだ。
「……世界が…許さなくても…?」
 エヴィが諦めがちに呟くと、部屋を出て行きかけだったアースがニヤリと笑い振り返り、言った。
「神は俺だ」

 それから黙り込んだ悠里をアースが連れてきたのは、御城の屋上のような場所だった。
「花……?」
 そう、そこには屋上のはずなのに、色とりどりの花々が敷き詰められるように咲き乱れていた。黄色や赤、ピンクや緑、やっぱり知らない花ばかりだけれど、自然と心が落ち着く気がした。
 その花というのも、鉢植えに植えられたのが並んでいるわけではなく、わざわざこの屋上に大量の土を運び、種を蒔き、水を与え、光を注ぎ、丹精こめてソコで育て、増やしていったような印象を受けるほど、完璧な花園と化していた。
「…まさか、アースが?」
 アースは悠里の問いかけには答えず悠里を優しく土の上に置いた。
 数時間ぶりに立ちあがった悠里は、多少躓きながらも、その目を見張るような光景に心奪われる。
 一つの赤い花を見つけると、悠里は引きつけられるかのように近づき、もたれている花を少しだけ上げるた。
 数々の大輪に隠されるように育っていたその花は、本当に小さくて、弱々しくて、みすぼらしいようだったけれど、悠里が元の世界で好きだったアスターと言う花に似ていた。
 小さいけれどその存在は大きく、何にも変えがたい魅力を持っていた。
 悠里がその花に見入っていると、しゃがみこむ悠里の背後から、アースがその身体を抱きしめた。
「お前の好きだった花だ……」
「……」
 悠里は花から手を離すと、自分を放すまいとするかのように自分に巻きつけているアースの手に自らの手を重ねた。
「俺は、覚えてないよ」
「知ってる。それでもいいんだ」
 アースは俺の何がよかったんだろう。
 俺はアースの何がよかったんだろう。
「俺じゃ子供はできないよ」
 気まずくなって少し笑っていったのに、アースは笑わなかった。
「知ってるよ」
 悠里は居た堪れなくなって、アースの手から抜け出すと、屋上のぎりぎり端の手すりまでいき、背中を乗りだした状態でアースを見なおした。
「俺は、誰にかに迷惑かけてまでアースと恋愛なんか出来ない…。昔の俺もそう思ったんだよ……っ」
 アースはゆっくり立ちあがると、自らについた土ぼこりを払いながら、言いなれたせりふを言う。
「その台詞は聞き飽きた」
 アースは黒いブーツを1歩前へと踏み出しながら、悠里に近づく。
「好きだ、どうしてお前はそれだけで納得しない」
 近づいてくるアースから逃げるように、悠里はじりじりと身体を手すりから外へと投げ出す。
「神様じゃないかっ!アースは神様じゃないか……みんなの希望なんだよ…っ。俺が奪うわけにはいかないっ」
 苦しくなる心臓を庇いながら、悠里は一息に言い放つ。
「……じゃあ俺は、お前の希望ではないのか?」
「!!」
 逃れることのできない位置まで近づかれ、再び悠里の身体はアースに捉えられる。
「俺の希望はお前だ…ユーリ」
「アース……」
 痛いくらいに抱きしめられ、それがいつぞや消えてしまった自分の性なのだと思うと、苦痛を訴えるのすら心が痛んだ。
 愛する人のいなくなった十数年間。こいつはどんな気分で生きてきたんだろう。
 一体、どんな気持ちで……。
「神様なんて立場いつでも捨ててやる……そう言ったら、お前はますます自分を苦しめるんだろうな」
「……」
 この世から、アースを奪って、俺だけのモノになんか出来ない。
 きっと、ユーリの独占欲は、アースより上だったに違いない。
 自分を消してしまえるほどに、それは大きく貪欲だったのだ。
「思い出さなくてもいい……過去なんて良い、俺にはただお前が必要なんだ…」
 理屈じゃとおらない事がどうしてこうあるんだろう。
「わかんない……」
 抱きしめられている悠里は涙を流しながら、ポツリと呟いた。
「わかんないけど…俺もアースの傍にいたい……」
 そう囁いた悠里を、アースは再び強く抱きしめた。
「そうやって我侭言ってみせろ…いつだって、なんだって俺は叶えてやるから」
 泣きじゃくる悠里を強く強く抱きしめたアースは、幸せそうに囁いた。

「……あー…でも、ねぇ、これってやっぱりマズイよねぇ…」
 落ちついて後ろめたく感じてきた悠里はアースを覗きこみながら言う。
 俺がこっちに残ったなんて聞いたら、アースの父さんとか、母さんとか、エヴィとか…みんなして嫌な顔するに決まってるよなぁ。
「そうでもない」
「へ?」
 間抜けな声を出した悠里に不意打ちの軽いキスをすると、アースはぶっきらぼうに言う。
「お前を一番忌み嫌っていた母上はお前が消えた後病死したし、もともと城下町の輩はお前を慕っていたし」
「で、でも……次の神様が……創れなきゃ…ヤバイだろ」
「それなら大丈夫だ」
 心配そうに言う悠里に、アースは秘密を打ち明けるように耳打ちする。
「実は……」
 耳に吐息が当たり、少しくすぐったいような変な感じになりながら、その言葉に耳を傾けると、その次の瞬間、悠里は大絶叫することになる。
「えぇぇええっ!!?エ、エ、エヴィ…とま、前の神様って…お前のオヤジが付き合ってる!?」
 腰を抜かしかねない状況で、目を見開き、口をぱくぱくさせ、可愛い御顔台無しの悠里に、アースは思わず笑った。
「姉上はもともと親父の実の娘ってわけでもないからな。まぁ、それだから、俺しか後継ぎを作れないって騒がれたんだけど。まぁ、前の神様に現神の母の実娘…十分過ぎるくらい神の血筋を引いているだろ」
「な、な、なんだよ…それ」
「まぁ、母上が亡くなって随分たってからそうなったみたいだし、常識範囲内だろ」
「じょ、常識って……」
 なんだかこんがらがってくる頭の中はすっかり許容範囲外だったけれど。
「町のみんなにはそのうち納得してもらうさ」
「こ、腰抜かさないように…ゆっくりとね」
 ハハハ…と乾いた笑いで笑う悠里に、アースはニンマリ勝ち誇ったように笑いながら、尋ねた。
「少しは安心したか?」
 ったく……この神様は…。
 俺は目の前のなんだかすごい男に苦笑しつつ、悠里はこの世界の風を思いきり吸いこんだ。
 いつか、本当に懐かしいと感じるかもしれない。
 いつか、昔の自分を思い出せるかもしれない。
 でも、とりあえず今は…。
「……自惚れんなよっ」
 この世界で一緒に生きてみよう。
 もう一度恋愛する為に。
 この神様のいる世界で。

完。


小説。 短編。 −1−


Copyright(c) 2004 tanakaoukokukokuounakata all rights reserved.

-Powered by HTML DWARF-

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送