修学旅行は波乱がいっぱい

最初。 小説。 学生モノ


前編


「刹那君!あたしたちの班に入らない〜?」
ムカムカッ。
 俺はあと一本線を越えたら怒り出しそうなところを、なんとか踏みとどまった。
「冗談じゃないっ」
すでに、怒鳴ってはいるけど。
 まだこれでも抑えてるほうなんだ!
「え〜…だって、あと一人足りないのよ〜」
な〜んで俺が女子の班に入らなきゃいけないんだ。だいたい、そんなの無理にきまってるじゃないか。だって、班ってのは、自由行動が一緒ってだけじゃなくて、夜の寝る時だって一緒なんだから。
 清く正しく美しい高校生の男女が、例え一晩でも同じ部屋で過ごすなんて、考えただけで、汚らわしいぞ!
「いい加減にしろ〜!あと一人足りないのは、お前らの性格が悪くて、誰も一緒の班になろうとしないからだろっ」
「ひっどーい、刹那君ってば」
「でも、本当のことじゃん、麻奈怖いも〜ん」
「いやーん、それ言うなら美香子だって負けてないよ」
そういいながら、二人はゲラゲラと乙女に似合わない大声で笑う。
 ムカムカムカムカムカ…。
「お前ら、用が済んだんだったら早く残りのメンバー見つけろ!俺たちは忙しいのっ」
俺は隣に座っていた親友の高石 登の腕を掴んで、組むようにして、クラス一ギャルっ気の麻奈と美香子にいーっと歯をむき出して見せた。
「ちぇ〜っ、刹那君駄目か。刹那君だったらあたしたちの班でも全然違和感無いのに」
「大有りだっ」
俺はクラス中に響き渡る声で怒鳴る。
 今だ不服そうな麻奈と美香子は、クラスを見渡し深いため息をつく。本当にピンチのようだ。
 只今俺たちは2週間後に迫った修学旅行の計画中で、三人一班の班をつくり終えた班から、自由行動のルートをきめていたところだ。
 だが、この二人今だ最後のメンバーが決まってないらしい。
 残すところは、クラスの中で浮いている新堂さんと、鈴木さんだから、まぁ…ご愁傷様といったところか。
 あの二人は、真面目一直線で、高校二年生になって既に半年以上たつというのに、今だ誰もまともな会話をしたことがない。
 本人たちも別段気にしてないみたいだから、誰もこのバランスを乱そうとしてなかったけど。
「まあ、がんばって探せ。俺は知らん」
冷たく言い放って、俺は登ともう一人、俺とメンバーである笹原の方に向き直った。
「何さ。本当、刹那君って可愛い顔して毒舌よね」
「ってか、今日はなんだか一段ときれてない?」
普段より怒って見えるって?
 刹那はフンっと鼻で笑って見せた。
 怒ってるに決まってるだろ!不機嫌に決まってるだろ!
 なんてったって、なんてったって……。
 俺は修学旅行が大嫌いなんだからっ!
「ほら、刹那。機嫌直して下さいよ…ココ行くんでしょう?」
笹原は俺に気を使うように、机三つ分ある大きな北海道の地図のある一角に指を差した。
「う、うん…」
「んでも、俺はここ行きたいんだよね〜」
そこからほどなく近くのところを指差して、登は声高々に言う。
「んじゃ、俺の行きたいソコ寄って、登の行きたいって言ってるソコ行って…笹原は?」
今だ自分の主張をしない笹原の顔をうかがうように、俺は聞いてみる。
「いえ、俺も二人と同じとこ考えてましたから、異存無しですよ」
その柔らかそうな物腰の顔にかけられた、フレーム無しのめがねをくいっと持ち上げながら言う。
 笹原はクラス副院長ってだけあって、なんだかしっかりしてるんだ。
 まあ、実は俺が委員長だったりするんだけどね。
 俺は、笹原のがいいと思ったんだけど、なぜか笹原に押しきられて、あれよあれよのうちに委員長になってしまってた…という話し。
 俺、押しに弱いのかな〜?
「でも、あれだよな、お前が機嫌わるいのって…」
登がからかうように俺の耳元で囁いてきて、俺はギロリと睨みつける。
「もちろん、あれでしょう」
今度は笹原まで!
 二人とも、俺と小学校、中学校共に一緒なんだ。
 だから、俺がなぜ修学旅行が大嫌いなのか、当然理由を知ってる。
 俺は二人に、コレ以上余計なことを言うな、と再び睨みつける。
 登はそのスポーツマンって感じの顔にある、少し日焼けして茶色かかった眉毛を下げる。
「お前、まだ気にしてんのか?」
ニヤニヤした顔から、面白いって思ってることが手に取るようにわかる。
ちくしょ〜っ!
「……気にしてなんかないっ」
悪かったな。気にしてて。
 俺はお子様なんだよっ。
「確実に気にしてますね…刹那は」
机に頬杖をついて、笹原はヤレヤレと言った感じに俺を見てくる。
「なんだっけ、アイツの名前」
覚えてるのに、わざと俺の口から言わせようとしてる。登はこういうやつなんだよ。
 楽しいことはトコトン楽しむ。
 思い出したくもないのに。
 ………イコール。忘れるわけないってことなんだけど。
「三ノ宮 一茶」
怒ったままで俺が言うと、二人とも、そうだそうだと顔を見合わせて笑った。
「よくフルネームで覚えてるな」
忘れるわけないだろっ…アイツのこと。
 俺に、侮辱と羞恥と恥辱にまじれた過去をプレゼントしてくれたヤツなんだから。
「小学校の時は……東京か。事件が起こったのは都内のホテル…ってか」
揶揄するように言うのがムカツク。
 お前はどっかのテレビリポーターかっての。
 しかも、あれね。
 芸能ネタばっかし追いかける、超ウザイヤツ。
 まったく…。追いかけられる側の気持ちも考えろっての。
「確か、渋谷駅に近いうるさい小さなホテルだったはず…。ほら、俺たちが渋谷で四人で騒いで遅くなって帰ってきて、怒られた日」
そう。俺にとっての初東京旅行となった小学校の修学旅行では、都会の輝かしいばかりの眠らないまちにあてつけられて、ゆうに二時間は、集合時間をオーバーしていた。
「恐っろしかったな〜あの時の鬼崎。俺たちが帰るなり、このガキャー、ダンボールにつめて家に送り返すぞっ、て脅すんだもんな」
「あれは脅しじゃなかったですよ、絶対本気でしたね。…他の先生がいなきゃ、僕達確実に東京湾の底でしたよ」
俺がだんまり決めて、旅行のパンフに目を通していると、いきなり矛先は思い出話しから、三ノ宮 一茶と俺へと戻った。
「―――そして、その晩……ね」
「そうそう、刹那バージンアウト〜っ」
「ふ、ふざけるなっ!」
クラス中に聞こえるような声で恐ろしい事を口走った登の頭を、こぶしで殴ると
俺は今度こそみんなに聞こえる言葉で怒りをあらわにした。
「っ痛〜……冗談じゃんか」
「そうそう、性格にはリップバージン…ですね」
「笹原っ!お前まで言うかっ」
真面目そうなナリしやがって…。
「えぇ〜?刹那君ってもう犯られっちゃってたの?」
麻奈が話しに勝手に入ってくる。
 もちろん、その隣には、美香子も一緒だ。
 俺は痛くなってきた気がする頭を抱えて、席についてそっぽをむいた。
 明らかにさっきまでの不機嫌さとは度の違う怒りを抱えている俺を見て、笹原はにこっと笑って、麻奈たちを返す。
「まあ、これは男同士の話しですから」
それでも麻奈と美香子の興味はなくならなかったみたいだ。
 それも当然のはずで。
 この清楚純潔な男、浅瀬川 刹那は女の子顔負けの可愛さの持ち主だった。
 身長は百六十六センチ、体重四十五キロの華奢な身体。エンジェルリングが見える美しい黒髪。その上、バスケ部では主将、クラスでは委員長、成績は一年生から主席を誇ってたりする。
 まあ、口が悪いのと、堅物なところを抜けば、才色兼備といったところだろうか。
 その口の悪さと堅物が、結構難問なんだけど。
「でも、刹那君だったら、もう男の子に襲われたって可笑しくないと思うんだけどな〜」
クラスのみんながそれとなく頷く。
 男も女も、うんうん、と。
 刹那ならありうる。
 このクラスのみんなの耳は既に、刹那たちの班に向けられていた。
「それ以上勘違いも甚だしいこと言ってみろ。俺はお前と……絶交だっ」
刹那が麻奈を指差して、そう叫ぶと、クラスのみんなは吹き上げてくる、萌え萌えな気持ちと、微笑を必死になってこらえた。
 絶交…って。
 小学生じゃあるまいし。
 さすが刹那。
 高校二年生になって、そのセリフを聞こうとは…。
「…と言うことだ。ほら、行った行った」
手の甲を美香子に見せつけ、登がひらひらとあっち行けのポーズをする。
 美香子は口を尖がらせ、傍らで笑いを抑えられない麻奈の肩を叩いた。
「わっかりました。じゃあ、後は男の子どうしでどうぞ〜」
男…の部分を強調しながら、その姿を翻した麻奈に、俺はベーッと舌を出して見せる。
 そんな刹那の身体を、ぐいっと机の方に戻しながら登はフゥっとため息をついた。
「―――そして、話しは戻る…と」
小声で俺の耳に、秘密を打ち明けるように笹原は言って来た。
 まだ続けるのか…この話し。
 俺がこんなに、こ〜んなに嫌がってるのに!
「鬼崎にこってりしぼられたあと、若かりし僕たちは、こうなったらもっと怒られることをしようじゃないか……と」
「ってことで、俺と刹那の方の部屋にみんなで集まってしゃべってたんだよな」
「…なぁ、洞爺湖って…」
話しをそらしてしまえばいいんだ!
 そう思って地図を必死に広げて見せるが、思い出話に花を咲かせた幼馴染二人は、まるで楽しいものでも思い出すように、しゃべりつづけている。
「しかし、楽しげに話していた四人の話題は、しだいにえっちな方向へ…」
そう。やっぱり俺たちも小学校六年生ともなると、好きな子ができてたりするんだ。
 俺だって、うん……あの時、隣のクラスのウミチャンって女の子が好きだった。
 まあ、そんな俺の淡い恋心は、何もせずに終わっちゃったんだけどさ。
 でも、初恋なんてそんなもんだよね。
 ただ単に、顔が可愛かったり、背が高かったりで、いいな〜って思っちゃったりさ。
 ウミチャンは確か、すごくうさぎの世話が上手だったんだ。
 生き物委員会の委員長で、毎日中庭のうさぎにエサやりしてたんだ。
 俺はそれを見てるのが好きでさ…。
 って、ストーカーみたいじゃないか。
 ち、違うぞ!小学生の淡い恋心なんだからな。
 そんなことを考えつつ。
 俺の頭もすっかり回想モードに入っていった…。
 
『なあ、お前ら好きな子いる?』
切り出したのは、登。
 四人の中で一番女好きで、一番浮いた話しの少ないやつ。
 あれだね。
 お友達でいましょう…タイプ。
 でも、身長は高いし、面白いし、後輩には結構人気あるらしいっていうけど、本当かな〜?
『五組の西川さん…可愛くないですか?』
本当に外見と中身が一致しないやつだな。笹原は。
『ああ、わかる。あの茶色の髪の子でしょ。でもあの子、三組の菊池と付き合ってるよ』
俺は噂を聞いたことがあったから、素直に言って上げたのに、初耳だった笹原は相当ショックを受けたらしい。
『刹那…罪作りなヤツ』
涙を拭くフリをしながら、登は笹原の背中を撫でている。
『セリフ、間違ってるし』
俺は側にあった、コーラの入ったペットボトルに手を伸ばしながら言う。
 でも、そのコーラはなぜかゴツッとした感触があった。
『ん?』
俺が手元に目をやると、俺の伸ばしたコーラにはすでに別の手がついていた。
『刹那のはこっち。これは俺の』
言葉少なめに状況説明したのは、それまで黙っていた三ノ宮 一茶。
 名前もかっこいいけど、外見もかっこよくて、そんでちょっとクール。
 俺たちはそうは見えないけど(結構四人だけだとしゃべるやつだから)、クラス内外の女子からは、騒がれまくってる。
 もう、そりゃ一年のときからね。
 きゃ〜!一茶君ってかっこよすぎ〜、とか言われてさ。
 そんなんだから、一茶には彼女の一人や二人…いや、男が彼女を二人作るなんて邪道だな!邪道。
 とにかく、彼女くらい、いるんじゃないかな〜って俺たち三人は、光輝の目を向けた。
『―――で、一茶は?』
『俺?』
コーラを飲み終えて、ふたを閉めながら、一茶は無表情のままで言う。
 うーん。さすがクールマン?
『そうだよ、お前だ!お前』
『そうですよ。実は隠して彼女持ちとか言わないですよね〜?』
『……その前に、俺は刹那のも聞きたいな』
一茶に向けていた二つの視線は、いきなり俺にくる。
 うげっ。なんか嫌な雰囲気…。
『そうだな。まず刹那からだ』
『刹那は嘘がつけないですからね。吐かせれば吐かせた分だけ出てきますよ』
だから、お前のその真面目っ子な顔で、んな恐ろしいこというなっての。
『い、い、いないってば。本当』
顔を真っ赤にして、俺はベッドに飛び乗る。
 枕を盾にして、身構えて、俺は必死に動揺をかくす。
 だって、言っちゃったら…両思いになれないっていうじゃん?
 俺はそんなジンクスを信じてた。
『…どうかな。刹那は罪作りなやつだから』
やっぱり無表情でそんなことを言ってくる。
『だから、意味違うって』
俺が突っ込みで返すと、その切れ長のかっこいい瞳を俺に向けたまま、ため息をついた。
『このまえ、四組の斎藤に告白されてただろ』
四組の斎藤?
 って、斎藤孝之!?
『そうだ、そうだ。斎藤が刹那に告白したって、あれ本当だったのかやっぱり』
『僕も噂でしか聞いてないですね』
お前ら…良く考えろよ。常識的に。
 孝之も、俺も男だろうが。
『……孝之とはじゃれあってただけ。俺がバスケ部長で、孝之が副部長。仲良くたっておかしくないだろっ』
『なんだ〜ボツネタですか』
笹原が残念そうに、自分のネタ帳にバツをつける。
 ちなみに、コイツは新聞部だ。
 もとり、人の噂話流し屋。
 誰と誰ができてて…なんて情報は早いくせに、自分の好きな子の情報は遅いんだから…。
『本当に?』
まだ俺を見たままの一茶が、再び追求してくる。
 だーーっ!いい加減にしろっての。
 男どうし騒ぎあって、好き〜とか言ったり、夫婦漫才みたいなことしてたのが、どうして恋愛の好き、嫌いにならなきゃいけないんだ。
『一茶…お前、俺が男にそういう目でみられると思ってんのか?これでも、バスケ部部長だぞ?その上、こんな言葉遣いの彼女…俺なら欲しくない』
『ダハハ、そうだな。俺も刹那のその口の悪さには毎度驚く』
俺の背中をバンバン叩きながら、大爆笑する登。
 痛いっての…。ったく。
 けど、そんな俺たちをみても、一茶は笑ってなかった。
 俺はどうにかこの雰囲気を壊したくて、別の話題に走らせる。
『一茶の好きな人って結局誰なんだよ』
そうそう、元はといえば、これから俺に話しが流れてきたんだった。
 笹原はそのインテリっぽい眼鏡のズレを直しつつ、一茶に詰め寄る。
『そうですよ〜…彼女さん、本当にいなんですかぁ』
『おい、本当の事を言えよ!俺たち仲良し四人組じゃんっ』
そんな幼稚園児みたいなことを…。
 俺はさっき、自分も似たようなネタで追い詰められたこともあり、内心同情的にその様子をうかがっていた。
 すると、チラリと一茶と目があった気がした。
 ん?
 何かいいたげなその視線は、すぐに朗らかなモノへと変わったけど…。
 なんだったんだ一体。
『いない。好きな子は秘密』
『ええ〜』
二人…ううん、心の中の俺も加えれば三人の不満そうな声が部屋に響き渡る。
『秘密主義もいい加減にしないと、友達失いますよ』
笹原の脅しとも取れるような発言に、一茶はちょっと肩をすくめる。
『言いたくない。言ったら、叶わない…とか言うだろ』
あ…。
 俺と同じだ。
 俺はちょっとドキンとした。
 なんだか、一茶も…大人びた印象のある、一茶でさえ、俺と同じこと考えてたなんて、ちょっと感動!
『なんだ〜…一茶、お前、意外とロマンチスト?』
『そーいうこと。いいじゃん、終わらせとけって。そんな楽しげな話題でもないし』
早々と終わらせようとする一茶に、すでに別の何かをカバンから取り出している登をよそ目に、笹原はボヤ〜っと呟いた。
『でも……一茶君ともあろう人が手にいれられない人って誰なんですか』
そういった言葉に一番反応する男に聞こえなかった事が幸いだ。
 ただ、俺にはばっちり聞こえたから…考えちゃったよ。
 本当、どんな子だろ。
  
 『じゃあ、刹那は、好きでもないやつに身体触らせんだ』
登と笹原が、なにやらふたりで怪しい話しで盛り上がっている最中、一茶は俺だけに聞こえるように、そんな恐ろしい事を呟く。
『…別に孝之のこと嫌いじゃないよ、俺』
さっきの話題の続きだってわかって、俺はムッとして答える。
 まあ、バスケ上手いのは認めるよ、悔しいけど。
 背も……俺より高いし。
 うん、バスケ仲間っていうんだったら嫌いじゃないさ。
 そういう気持ちで言ったのに、なんだか一茶は不満だったみたいだ。
『嫌いじゃないってことは、好きなのか』
え?そうなるの?嫌いじゃないってことは。
 う、うーん…嫌いじゃないけど、好きじゃないって、ダメ?
 俺が返答に困ってると、ジリジリとその小学生にしては育った身体を、一茶は俺に近づけてくる。
 吐息がかかるまで顔を近くにされたけど、それはさほど問題じゃない。
 大嫌いなヤツだたったら話は別だけど、バスケットしてる最中なんか、こんなもんじゃないしね、それにこんなの男どうしって日常茶飯事だし。
『好きなのか、斎藤が』
『おかしなこというなよ、俺が好きなのは…』
俺は、ウミチャンの名前を口にしそうになって、思わず口に手をやって封じる。
 危ない!危ない…。いちゃうとこだった…。
『好きなヤツいるのか?』
現在、俺がベッドの奥に枕を抱えて体育座り姿で座ってる態勢で、一茶はその俺の足の間に身体をすりこませてきてる感じの態勢。
 さすがにあんまり近くにこられるとしゃべりずらいし…。
 足を閉じようとしたけど、それじゃあ一茶を挟んじゃうことになっちゃうし。
 う、うーん…。
『…いいだろっ、好きなやつなんてどうでも。いても、いなくてもお前に関係ないだろ』
俺ってどうしてこんな口悪くなったんだろう。
 一人っ子ってのが悪かったのかもしれない。
 って、親を恨んでも始まらないんだけどさぁ……。
『関係なくない』
そう断言されて、俺はふいに一茶の顔を見ちゃった。
 あんまり近かったから、ずっとうつむいてたんだよ、実はさ。
 一茶の長いまつげが、紺色に輝く瞳にかぶさってて、すっごい綺麗に見えた。
『…………キスしたことある?』
長い、長い…なんだか不思議な沈黙の後、一茶が囁くように聞いてきた。
 吐息が、俺の頬にあたり、耳をくすぐり、俺はなんとも変なむずがゆさを感じる。
 俺はそのときまで、女の子は好きだと思っても、付き合ったことなんかなかった。モテナイってわけでもなかったみたいで、何回か手紙やチョコをもらったこともあったけど、さして相手にしてなかった。
 相手にしてないっていうか、俺の中で、どう解釈していいかわからず、机の引き出しにしまいこんでしまったのだ。
 だって、あんまり話したことのない人からもくるんだぞ。
 なんか……ねぇ。
『…ないよ。それがどうしたんだよ』
正直に言ったよ。
 さすがにちょっと、なんだか一茶に馬鹿にされてるようで嫌だったんだけどさ。
 でも、ここで俺が嘘をつく義理はないんだし。
『本当に?』
おんなじ質問を繰り返す一茶に俺はヤキモキして、おんなじ返事を返す。
『ないっ』
なんでこんなことでムキになってるんだ。俺。
 やっぱりテンションあがってるせい?
『そう』
そんな悩みに悩むお年頃な俺を目にして、一茶は爆弾を俺に投下した。
『じゃあ、教えてやるよ』
一茶はそういうと、俺と一茶の間にあったマクラをベッドの下へと投げた。
 そのマクラは、ストンという軽い音ともに、笹原の隣に落ちた。
 けど、笹原はその眼鏡の位置を微調整しながら、登とえっちな話題でもりあがってる。
 だんだん近寄ってくる一茶の身体の重みを俺は全身で感じても、冗談の域にしか思えなかった。
 だって、俺達四人はずっと、ずっと…仲良し四人組だったんだぞ。
 急に怪しめって方が夢りある。
 それに………一茶はこういう冗談初めてだったけど、登は俺によくキスするマネとかはしてたし。
 けど、一茶のソレはマネなんかじゃすまなかった。
『―――っ!』
一茶が少し大きく息を吸いなおした瞬間、その唇は俺の唇に触れた。
 な、なんだこれ…っ!
 一瞬のうちに自我を取り戻すことはできたものの、この状況がナニなのかは把握できなかった。
 キス…?
 教えてやるよ、のセリフの通り、一茶は俺にキスしてるんだ。
 キス…なんだ…これ。
 熱くて、熱くて、触れてるそこが爆発しそう…。
 けど、そう思ったのは一瞬で、すぐに一茶に対して怒りがふつふつと湧き起こる。
 …何しやがるんだぁぁぁぁ!
 まさか、まさか…男にファーストキスを奪われるなんて!
 刹那はそう思うと、いてもたってもいられなくなって、無我夢中で抵抗を繰り返す。
 首を縦に振っても、横に振ってもその唇は剥がされるたびに、より強く吸いついてくる。
 俺は右手を振りかざし、一茶の左頬を平手打ちしようとしたのに、その手首はいともたやすく一茶の手に捕らわれてしまう。
『んっーーー!』
俺は喉から振り絞るようにして声を出したのに、笹原と登は気付きもしない。
 なんでだよ!てめぇら!
 親友がこんな侮辱にまみれた悪戯されてるってのにっ。助けろよ!
 俺が腕の抵抗がダメなら、歯で抵抗しようと口を少し開けたとたん、その中にヌルッとした感触が入りこんできた。
『!?』
キモチワルイ…。なんだこれ!
 俺の…口の中を…掻きまわして、すっかり俺の頭の中もぐちゃぐちゃだ。
 それは俺の歯列を確かめるように舐め回し、口内で思う存分その存在を明らかにしてった。
 舌だ…これ。
 一茶の舌…?
 な、なんで…。
『んぁっ……』
舌先を舐められて、俺は思わず鼻にかかったような声を出した。
 俺に何かしてるのは一茶なのに、俺がそんな声を出したのは一茶には予想外だったみたいだ。
 すっごい驚いたように俺を見つめた後、すっごい嬉しそうに微笑んだんだ。
 なんなんだよ…本当。
 抑えこまれてる体と裏腹に、心が震えた。
 どうしたんだよ…俺も一茶も。
 いたたまれない気持ちの俺は、目をぎゅっと瞑り、繋がれたままの唇もそのままに、その動きを止めてしまった。
 だって、一茶もその感情を大切にするかのように、止まっちゃうんだもん。
 なんか、…さあ。
 もう、俺、どうしたらいいんだかわかんないんだよっ。
『―――なあ、刹那もそう思うよな…』
そんな空気を壊したのは、登のセリフだった。
『あっ』
二人の声が合わさって俺と一茶の様子にぶつけられる。
 なっ!
 俺ってば、一茶と…何してるんだ、一体!
 これって、キスじゃないかっ!
 一瞬にして、四人が張り詰めるのを感じた。
 バシンッ!
 沈黙を破るように響いたラップ音。
 俺の腕を束縛していた一茶の手が緩められた瞬間、抑えこんでいた俺の怒りが爆発して、手もそのまま一茶の左頬にヒットしてしまったのだ。
 一茶は殴られて真っ赤になった頬を手で抑えて、俺をジッと見つめている。
 怒るわけでもなく、もちろん泣くわけでもなくて…。
『……キスの実演ですかぁ』
笹原は、こりゃ勉強になると言って、自分のメモ帳に何やらメモリはじめる。
『ば、馬鹿っ!笹原、てめぇ何やって…』
俺は慌ててそのメモ帳を奪いにかかるけれど、笹原はひょいっと持ち上げて俺から遠ざける。
『いえいえ、たんに後学のためですから…』
何が後学だ。
 笹原に書かせたら、あることないことかかれそうで怖いんだよ!
『おいおい、一茶〜、俺の刹那ちゃんを奪っちゃいや〜ん』
『だれが、刹那ちゃんだ!』
登がちゃかすように一茶に女しぐさで近寄って行って、俺はその頭をゴツンとグーで殴る。
 ものすごい音がしたけど、きっと本気で殴った平手打ちのが痛かったと思う。
 だって、俺の手も………痛かったから。
 けど、ほっとした。
 四人の雰囲気が元に戻ったから。
 俺はそれから一茶の顔を見ずに、ベッドに入りこみ、騒ぐ二人を置いて先に寝てしまった。
 一茶も俺に何も言わず、隣の部屋に戻っていった。
 翌日になると、一茶は普通に戻ってて。
 ディズニーランドで騒いで、シーパラダイスでイルカ見て、なんだかんだで修学旅行は平和のうちに終わった。
 ただし、俺のファーストキスまで奪っていった修学旅行…。
 俺は、二度と一茶と同じ班になるもんかっ、と心に決めたのだ。
 これが、俺の小学校六年生の修学旅行の出来事…だ。
「でもさ、本当びっくりしたよな、振り向いたら一茶とお前がちゅ〜ってしてるんだもんな」
「してないっ!あれは、キス教えてやるって、妙なノリになっちゃった一茶が勝手にしてきただけっ。俺は関係ないねっ」
俺は目の前にある地図を揃えながら、この話題が打ちきりになる事を祈る。
 けど、登君の猥談好きは、成長しても変わってないみたいだ。
「ウブなおにーさんとしては、人前であそこまでぶっちゅーできるなんて考えられませんね」
誰がウブなお兄さんだ、誰が!
「元はといえば、てめぇらが変な方向に話もってったから、一茶も壊れたんじゃないかっ」
「変な話じゃないですよ。人類の神秘について…」
何が神秘だ。
 頭ン中いっつもそんなことばっかり考えてるくせに。
 誰と誰が〜とか。初えっちは〜とか。
 でも、さすがに…俺もここまでキス経験が、一茶一人ってのは……最高に最低だ。
 三人のしゃべる声は、その話題が怪しくなるごとに大きくなってきて、キスがど〜のこ〜のの辺りには既に、クラス中に聞こえるほどだった。
 でも、誰もキモチワルイ…っていう反応ではなく、刹那だったら実戦で教えてやっても…なんて怪しい考えのヤツもチラホラいたり、いなかったり。
 あ〜嫌だ!嫌だ。なんでいまさらあんなこと思い出さなきゃならないんだ。だから、修学旅行なんて大嫌いなんだよ!
 みんなのノリが普段と違うところも嫌なんだ。どうせなら、もう流すようにささっと終わりたいのに。
「だけど……」
一瞬にして声の低くなった登の口から、真面目な逆説が飛び出す。
 なんか嫌な予感…。
「もっとすごいことになっちゃったのは…中学校の修学旅行だったのです…みたいな〜」
急に気の抜けるような女子高生しゃべりで、俺の怒る気持ちすらほぐす。
 嫌な予感は見事的中。
「ば、馬鹿っ、もういいだろ。俺はそれ以上お前が余計なこと言ったら、本当に縁きるぞっ」
コレ以上言ったら本当に、本当に絶交だからなっ!
 ってか、俺本気で修学旅行行かないぞ!
「まぁまぁ、待てよ。何をそんな慌てることがある…」
登の手が、俺の肩にかかり、グッと間合いを詰められる。
 こんな面白い話から逃がすものか…って感じで。
「そうですよ。めでたいことじゃないですかぁ」
ニヤニヤしながら、隣の親友と、目の前の親友は互いに合図しながら俺を交互に揶揄かう。
 俺は眉毛をピクピクしながら、指の関節を鳴らしていく。
「事件第二号!」
「あれは、えーと…あれだ!京都だ。これまた京都駅近くのホテルだ」
そうだよ。京都駅は大きな駅だったから、結構騒音がうるさくて、みんなでワイワイ騒いでてもあんまり先生も怒ってこなくて、結構俺達には良いホテルだな〜なんて言い合ってた。
「最終日…だったよな」
「そうですよ。清水寺のすごさを語ってましたから」
うん、確かに綺麗だったよ。
 寺なんて…って、俺達中学校二年生は見るまでブーブー言ってたんだけどさ、見たとたんにその綺麗さにみんなびっくりしちゃってさ。
 俺達四人は無事小学校を卒業して、付属の中学に進学したんだ。付属校って言っても、結構な進学校で、小学校から入ってる抽選組みの俺達としては勉強しなくて進学できてラクチン、ラクチンって気分なんだけど、中学校から入ってきた受験組みは、その進学校に入れたってことだけが自慢って感じのやつらが多くて、結構勉強も盛んみたい。
 まあ、そんなこんなで、修学旅行が中二なんだ。
 班を決める時、俺は躊躇なく登と笹原、そして一茶に声をかけたんだ。
 一緒の班になろうぜ!って。
 小学校の時のことすっかり忘れてたってわけじゃなかったけど、もう二年も経ってると、結構なんでもなかったんじゃないかな〜なんて思ったりして。
 だってさ、一茶はあのあとめちゃくちゃ普通に接してきたし…。
 忘れてくれ…とか、そんなことを言って来たこともなかったから、一茶にとってもあれはなんかの間違いってか、ノリだったんだよきっと。
 本当に、今の今まで何もなかったんだ。
 まあ、中学校一年生の時はクラスが違ったこともあるんだけどさ。
 でも…だから…きっとあれは…間違い。
 俺は、自分にそう言い聞かせたんだ。
 だから、二年にあがったときはもう本当なんでもなかった。
 もとの親友。
 登も笹原も別段態度が変わったようには見えなかったし…。
 だから!今俺達は四人そろって修学旅行を満喫してるってやつなのだ!
 ってか本当京都ってすげぇ!清水寺ってすごい!
 何て言っても高さだよな。
 超高いの。
 言葉文句にもある【清水の舞台から飛び降りる】ってのを考えただけで足が震えたよ。
 めちゃくちゃ高いんだもん。
 そんで俺達はやっぱり四人でいてさ、押したりしてワーワーキャキャー言ってたんだよ。

 『登〜っ!笹原〜、一茶〜』
清水寺って言っても、俺が本当に感動したのはその高さ。
 それを見終えると急に暇になっちゃって一人離れた場所に座ってた場所から、俺は三人を呼びつけた。
『ああ?』
同じく飽きていて、隣のクラスの望ちゃんに話しかけていた登は、だるそうにこちらを振り向く。
 その反応は【何良いところで邪魔するんだ〜】じゃなくて、【話し掛けに失敗してました】って感じだったから、別に恋路の邪魔をしたってわけじゃないっぽい。
 まだ清水寺を見ていた笹原と一茶も駆け寄ってきてくれた。
『なんだよ』
登は俺の隣に腰を下ろしながら、言った。
 けど、俺は登が座った瞬間、わざとたちあがった。
『おみくじ引かない?』
『おみくじ…ですか』
『そ、おみくじ。でも、今はもって帰るだけ!夜さ、何が書いてあるか見せあいっこするんだ。んで、何か一つ実行。例えばさ…』
『わかった!あれだろ、金運…友人におごるべしとかだったら、マジに何か買ってくるとか』
俺がわくわくしながら話すと、登はそれにすぐ乗ってくる。
 なんだか、これこそ親友!幼馴染!って感じで、やっぱり俺は登が大好きだ。
 まあ、男同士でしかも中二だからいまさら面とむかって言ったりはしないんだけどさ。
『そうそう!』
そういうと、笹原も結構乗り気みたいで、いいですね〜なんてしゃべってる。
 やっぱり結構みんな、京都の古風な感じに当てられてて、こういうノリから離れてた所為か、楽しいみたいだ。
 一茶も何か考え込んでから、うんってうなずいた。
『じゃ、引きに行こう!』
俺は三人のガクランをひっぱって、さっきから目をつけていたおみくじ売り場へ連れていく。
『おみくじ、おみくじ』
俺は丸い筒状の木の入れ物から出てきた番号四十三番を、目の前の古く壊れかけた箱の中から探す。
 俺的には壊れかけてるんなら直せばいいのにって思うんだけど、笹原が言うには、そういうもんじゃないらしい。古いからこそ味があるんだって。
 うーん、そういうもんなのか?
 俺たち四人とも引き終えて、それぞれみんなおみくじを胸ポケットにしまいこむ。
 俺は何度も落さないように確認しながら、うきうき気分でそこを叩いてみたりもしてた。

 『……刹那』
『なんだよ、一茶』
時計を見ると帰る時間ギリギリ。
 どうしたんだ?
『おみくじ引きに行こう』
『はぁ?』
俺は一茶の、中学生になってますます大人っぽくなってきた顔を覗きこむ。
 だっておかしいじゃん。さっきおみくじはみんなで引いたじゃないか。
『何言ってんだ、引いただろ。おみくじなら。まさか落したんじゃないだろうな』
俺は自分の胸ポケットを一応確認してみる。
 うん、大丈夫だ。俺のはある。
『いや……そういんじゃなくてさ。とにかく引きに行こう』
『へ?え、おい!一茶〜っ』
俺は一茶に引きずられる形で、おみくじ売り場へと戻された。
 やけに強引な態度にもちょっと驚いたし、何より一茶は時間にうるさいヤツだったから、意外な気持ちで俺は従うしかなかったというか。
『なあ、どれ引くんだよ。コレはさっきひいたじゃん』
目の前のおみくじと一茶を交互に見ながら、俺は明らかに呆れた声を出した。
 遠目に集合場所を見ると、かなりたくさんの生徒がわらわらと集まっている。
 あ〜!もうみんな集まってるよ。こっから全速力で走って行っても絶対間に合わないし、この時間じゃ。
『すみません、これ二人分…』
俺の勝手な思考をよそに、一茶は律儀に俺の分まで代金を支払って、神子さんに渡してしまった。
『何やってんだよ、俺、自分の分は自分で払うって』
俺は慌てて学校指定のサブバックの中から黒いエナメル質のサイフを取り出そうとした。
 だって、お金については友達だろうがなんだろうが甘く見ちゃいけないだろ。
 俺の父さんのクチグセはつねに、仲のいいやつにこそお金は貸すな!だもんな。
 父さんの過去に何かあったのかは知らないけど、本当しつこく言って来たんだよ。
 だからさ、例え百円だって二百円だって、誕生日でもないのにおごってもらうのは、俺の中の良心が許さないって言うか。
 なのに、そんな俺を完全無視して一茶は俺におみくじのツボを差し出す。
 さっきのは木筒からでてきた番号を、古い大きな棚の引き出しから探して一番上から取っていくっておみくじだったけど、今度のはかなり大きな、醤油でも入ってそうな茶色いツボに何千っていうおみくじが入ってて、手探りで探すんだ。
 俺はなんだかこっちのが好き。
 だって自分の道は自分で切り開く…みたいな感じがするから。
 まあ、おみくじに頼ってるあたりでそうではないんだけど。
 それはそれ、これはこれ。
 だって俺はこうみえても運命とか本能とか信じる方なんだ。
 登たちに言ったら、見えねぇって馬鹿にされそうだから黙ってるけど!
 まあ、お金は後でも払えるか…。ホテルに戻ってからもどうせ一緒にいるんだしな。
 今回の部屋割りは、俺と一茶が同じ部屋なんだ。
 まあ、俺は誰と一緒でもいいし、登達もそうだったから、一茶がどうしても俺とがいいって言ってくれたから、そうなったんだ。
 なんかそれって結構嬉しいよね。
 なんかさ、特別って言うかさ。そんな感じで。
『んじゃあ…』
俺は目の前のツボに手を伸ばすと、ガサガサと探り出す。
 俺の運命は………。
 俺はピンっときた一個をツマミ出すと、ぎゅっと手に握って引っ張り出した。
『えーと…』
このおみくじは、いろいろと書いてある紙がもう一枚の紙に包まれるように入ってるやつで、俺がそれを剥ごうとしたら、それとなく一茶に止められた。
『見るのはホテルでにしよう』
『あ、うん。そうだな』
先に引いたおみくじに対して、俺がそう提案してたから、俺は何の疑いもなく頷いた。

『せーの!』
俺達は、笹原と登の部屋に行くと四人で一斉に引いたおみくじを勢い良く開いた。
『うわっ!俺凶じゃん』
真っ先に登は真っ青になる。あれ、こいつ結構おみくじとか気にするんだっけか。
『僕は…中吉ですね。なんだか普通でつまんないですねぇ。むしろ僕は登が羨ましいですよ』
ハハハ…凶が羨ましいとは、さすが笹原。
『刹那は?』
『ん…俺は…』
俺は自分のおみくじに目をやった。
『やったー!俺大吉〜♪』
真っ白な紙に浮かぶ真っ赤な字に、俺は大満足で。わざと登にふふんと言ってみせる。
『俺もだ』
『え、まじ?』
隣に座ってた一茶のおみくじを覗くと、うん、確かに。俺と同じ大吉の文字が。
『すごいですね、二分の一で大吉ですよ』
『うるせぇ!どーせ俺は今日はナンパにも失敗したさっ』
少々、本気で拗ね気味の登をなだめつつ、俺は本題に入る。
『さーてと、みんな何か面白いこと書いて合ったか?』
わくわく。
 おみくじって結構笑えるネタ書いてあるんだよねぇ。
『あ、僕。秘密、…………………吐き出すべし……です』
笹原は、嫌なところを読んじゃったなぁと言う表情で、その目線をおみくじからそろそろと俺達に戻した。
 そこにはニンマリと微笑む俺と登が…みたいな☆
『これじゃないの…ってわけにいきませんよねぇ』
『いきませんよねぇ、奥様ぁ』
登が俺に、若奥様ふうにフル。
『いけませんねぇ、隣の奥様ぁ』
俺はオホホホ〜と笑いながら、一茶にフル。
『さあ、吐けっ』
一茶は奥様風にはならず、笹原のほっぺをムニーとひっぱった。
『痛、痛い、痛いですって一茶!わかりました、吐きます!吐きますよ〜』
情報屋、笹原の吐くネタがどんなものか俺はすっごくわくわくした。
 いいや、わくわくしてた。
 このちょっと前まではね。
 なんでかって?
 だってさ、笹原のやつ、話そうとするたびに俺のほうチラチラみるんだぞ。嫌な予感…するよね。
『………なんだよ』
俺はいつまでたってもしゃべろうとしない笹原を下から覗きこむ。
 本当、嫌〜な……予感。
『怒ります…か?刹那』
『怒る』
俺は間髪いれず断言する。
 うん、百%怒るね。俺はきっと。
 なんの話だかわかんないけどさ。でも、わかる。
『でも、話さなくちゃいけないんです…よねぇ』
『当たり前』
俺は笹原に詰め寄るように、近づいていく。
 ってか、既にちょっと怒ってる。
 だって、だって!何したって言うんだよ。俺が怒るようなこと!?そんなことなんでしたんだよ。
『わ、わかりました。えーと…実はですねぇ…僕ちょっと商売をしてまして…刹那を使って』
『商売?』
なんのことだ。俺を使ってって。俺、芸も何もしてないし。
『写真…』
『写真?』
俺にはまだピンとこない。
 一茶と登を見ると、なんかピンっときたらしく…。
 登は、その手があったか〜なんてぼやいて。
 一茶は、黙ったまま笹原をちょっと睨んでるみたいだ。
『この前、新聞部です〜って言って、刹那の写真撮りにいったでしょう?』
ああ、うん、そんなこともあったっけ。
 でもさ、笹原ってば着替えの時からとるから恥ずかしくてさ。
 誰が見たがるって言うんだよ、スポーツ写真取りにきたんだろ、あれって。
『あれ実は部活動の写真を撮りにいたんじゃなくてぇ…』
そこでまたちょっと口篭り、笹原はエヘってしぐさをする。
 男がそんなポーズするなっ!
『刹那の着替え生写真目当てだったりして』
『はぁ〜?』
俺はみんなも呆れるもんだとばっかり思ってたのに、大口開いたのは俺だけだった。二人とも、やっぱりな…みたいな顔してさ。
『お、お、お、俺の写真なんて誰が見るって言うんだよっ』
『いっぱいいましたよ〜…たとえば、隣のクラスの山田さん、林さん、仙道さん』
うげげ、あのちょっと根暗っぽい子たちだ。
 確かマンガ研究部。通称、オタク部。
『後は…』
うげげげ!まだいるのか。
『テニス部の高田さん、新庄さん。卓球部のノリ子、そしてぇ…』
もう聞きたくないんだけど。
『男子水泳部、野球部、サッカー部の先輩たちぃ』
『お、お、男!?』
俺は思わずその場にへなへなと座りこんでしまった。
 男だって!?どうすりゃ、男が男の着替え写真なんて欲しがるんだよ。
 わけわかんない…。
 眩暈がしそうなこの状況の中、他の三人が普通なのが俺には理解できない。
『三年の根本さんもだろ。ほら……生徒会の』
『ええ、いましたよ。しかも三枚も同じやつ買ってきましたから』
根本裕一郎。超頭良い先輩の一人。もちろん…男。
『そ、それってどんな…?』
恐る恐る聞いてみる。これまた嫌〜な予感。
『セミヌード』
悪意のまったくないような笑顔でそう告げた笹原の頭を、俺はこぶしで殴っていた。
 ゴツン。
 叩きがいのある良い音が響いたあと、笹原はしばらく動けなくて頭のてっぺんを抑えながら、小さく震えていた。
 ざまぁみろっ!ってんだ。
『痛いっ、痛いですよ〜…刹那っ』
『せ、セミヌードなんて他人に見せるようなもんじゃないだろーがぁっ』
『いいお金になりました』
ゴツン。
 俺の鉄拳は再び笹原の頭部に突撃。
 笹原はその後しばらく頭をさすっていたから、そうとう痛かったんだろう。
 本当、ざま〜みろだ!ヘン!だ。
 ってか、俺の写真ってば売られてたなんて…。ガーン。
 ショックって言うか、買う人の気持ちが本気でわかんないし。
 女の子の着替え写真だって……別に…。買うもんじゃないだろ。ああ言うのみて悦んでるやつらみてるとヘドがでそうになるよ、マジ。
『でも、本当刹那の写真はよく売れてたよな〜…』
なぬっ、登お前も知ったのか。
『本人が知らなかったコトを俺は知らなかったくらいだ』
な、なんだって〜!一茶、お前もかよ!
『あーっ!ムカツク。次、次!次は登な』
俺は会話の話題をかえるべく、登を指差した。
『ああ?俺か。俺はな…』
登がそろそろと見始めたおみくじを、俺は隣から覗きこむ。
『迷い事、親しきものに相談すべし…これかなぁ…面白そうといえば』
断念したようにおみくじを俺達にも見えるように投げ出す。
 確かに他は、探し物、見つからない。とか、運動、よくない。とかしかかいてない。
『登、何か悩んでる事あったのか?』
意外だ。すっげー意外。
 だって、だって、登ってそういうキャラじゃないもん。
『ん…?んー、まあ…うん』
ちょっと言葉を濁しつつ、登は俺をチラリと見た。
 な、なんだ。また俺ネタか?
 でも、その後すぐに登の視線は一茶の方へ。一茶も目を細めながら登を睨み返して…そう、なんだか睨んでるみたいだったんだ。
 一瞬の出来事だったんだけどね。
『大事にしてる子がいて……さ』
『大事にしてる子?』
登が?
 俺が知ってるのは、ナンパで軽いノリの登君ですけど。
 その登が?
『うん…まあ、別に恋愛で好き…とかじゃなくてさ、なんつーか、大事なわけよ』
わかんないけど…わかるような気もするような。
 昔の歌手の曲にもあったな。なんか、恋人じゃないけど、世界で一番大切な子みたいな感じの歌。
 その切ない感じっていうか、まどろっこしい感じが俺は結構好きだったりしたんだけど…。
『その子がどうしたんだよ』
登がいやに真面目な顔でしゃべるから、ついつい俺も本気モードだ。
『……狙ってるヤツがいる…らしくて』
うーん、本当微妙だ。それって。
 だってさ、その登が大事にしている子は、狙ってるヤツを好きかもしれないじゃん。そうなると、邪魔もできないし。かといって、応援なんてできるわけもないし…。
『うーん、ムツカシイ。その子はなんて言ってるのさ。ソイツのこと好きなのか?』
『嫌いじゃないんじゃないかな』
うーん。曖昧だ。
 好き、嫌いってはっきりしてたらどうにでもなるんだけど…。
『刹那がその立場だったらどうだ?』
『俺?俺が…狙ってるヤツだったらってこと?』
『違う…………狙われてる方』
ああ、そうか。そっちの気持ちが優先なんだっけか。
 そっちを考えなきゃ意味ないんだな。
 う、うーん。どうなんだろ。俺がその子だったら?
 やっぱり、相手によると思うんだけど。
 でもさ、そういう状況に陥った事ないから、考えようがないよね。
 登ってさすがナンパ師じゃねぇな。こんな恋愛(じゃないんだっけ?)してるんだもんな。
『わかんないよ、俺には。でもさ、まあ…その子がソイツをどう思ってるか、もうちょっとまってみててみれば?好きかもしれないじゃん。そうだったらさ、登は腹くくってソイツを認めるしかないんじゃないか?』
『…そう、だな』
登は珍しく無表情で頷く。
 こんな登は、登と付き合うようになって初めて見たかも。
『んで、もし嫌いっぽかったら、勝手に手ぇだすな〜!って殴っちゃえ』
俺は空中を殴るふりをして、笑って見せる。
 だってさ、なんかみんなシンミリしちゃってるんだもん。
 本当、みんな京都の雰囲気に負けてるよ。
『ああ、そうする』
俺の効果か、登もニカッて笑って、こぶしを握り締める。
 よし!それでこそ。俺の親友のお前だ。
『…で、刹那。お前のは何書いてあるんだ?』
そうだ。おみくじ、おみくじ……。
 俺は自分のポッケにしまいこんでいたおみくじを取り出して、しわを伸ばして見る。
 えーと…。なんだ俺もあんまり面白いこと書いてないな〜…。
 そう思っていたら、一茶におみくじを奪われる。
『あ、え、おいっ!一茶』
勝手に見るなよ!
 俺は一茶から取り返そうとおもって、一茶の手にあるおみくじに手を伸ばすけれど、俺より10センチは背が高い一茶に、ひょいっとそれを取れない位置にまで動かされてしまう。
 俺は立ってて、一茶は座ってるのに!なんだこれ。
 俺はムキになって一茶のひざに手を置いて、身体を伸ばすけれど、それでもなお手はかすりもしない。
 ちくしょ〜っ!背がちょっと高いからって。
 一茶の手首をぎゅって掴んで、俺はぐいっと思いきり身体を一茶に近づける。
 その瞬間、一茶が少し困ったような顔をした。
 な、なんだよ。
 けど同時刻、俺の手はそのおかげかおみくじをかすめる。
『やった!』
って思ったんだけど…。
『うわぁぁっ』
『刹那っ』
俺は体制を崩して、すってんころりん。
 いてててて…。うわ〜…大吉なのに、なんかついてなくない?俺。
 これも、どれも全部一茶の所為だからなっ!
 一茶を睨もうと思ったんだけど、一茶の姿はどこにもなし。
『あれ…?』
絨毯の柔らかさが増したな〜って思って下を見ると、そこには一茶。
 俺が転んだ時に、下敷きになってたんだ。
『あー!一茶、ごめんっ』
俺は慌てて一茶の胸に手をやって、身体を起こそうとする。
 けど、結構人の身体から起き上がるのって難しいんだよね。
 なんかさ、モノじゃないから、邪険に扱えないじゃん。俺はどうにかして一茶にコレ以上打撃を当てないで起きあがりたくて、そろそろと動いたんだけど、一茶は、なんかさっさと俺に起きあがってほしかったみたいで。
 始終、しかめっつらをしたまんまだったんだ。
 まあ、そりゃそうか。重いしね。
『馬鹿だな、刹那は』
『本当、馬鹿ですね』
頭上からそんな声がしたと思ったら、俺の両腕は左右別々に上にひっぱられる。そのおかげで、俺の身体はひょいっと簡単に立ちあがる事ができた。
 けどさ〜…もっと優しいやりかたないのかよ。
 腕がいたかったんですけど。
『……アリガト』
俺が不満そうに言うと、登と笹原は、俺の体を一茶の上から移動させてからいきなり手を放した。
 おかげで俺の身体は再び勢いよく落下。
『痛いっ。痛いぞお前らっ!』
今度こそ不満一杯に言うと、登はにっこり笑ってきた。
 な、なんだよ。気色わるいな…。
『馬鹿かお前。助けてやったヤツにあんなお礼の仕方してるから天罰がくだったんだ』
『そうですよ、人の親切は喜んで受けるものですよ』
ちぇ。なんだかそれっぽいこといいやがって。
 俺は渋々おみくじに再び目を通す。
 うーん、でもやっぱり面白くないな。
『ダメだ。俺の面白くないぞ』
俺はおみくじを自分に見えるようにしてた形から、裏返して登達にも見えるようにした。
『あ〜…お前これハズレじゃん』
おみくじにハズレもアタリもあるものなのか、と突っ込みをいれたくなったけれど、あえて黙ってみた。
 確かに面白さにかけてはハズレだった。
『だろ、これじゃあ何もできない』
だって、書いてあることは至極普通のことだったんだ。
 できないって言うか、しても意味無いっていうか。
 そんなことばっかり。
 だから、俺は、先ほど俺の転ぶ原因となったヤツ、一茶を思いきり睨んで、そちらに矛先を向けた。
『んじゃあ、次は一茶だ!』
俺はし返しといわんばかりに、一茶の手中からおみくじを奪い取る。
 奪い取ったはいいんだけど…。
『俺のも得に何も書いてない』
と一茶が言う通り、本当俺の並にハズレおみくじだった。
『あ、でも待って』
俺は取り返そうとして伸びてきた一茶の手におみくじを乗っけた瞬間、何かの言葉に目が止まった。
 それは、【恋愛】の欄で。
『一茶ぁ、恋愛、強気にいくべし。だってよ』
俺はニヤッと笑っておみくじを一茶に投げつけた。
 だってさ、だってさこれって…告白しちゃえってことじゃないの!?
 うわ〜っ!こういうの待ってたんだよ。
 俺があからさまに楽しそうな顔をしたのに、一茶はそんな俺をちょっと見ると、すぐに視線をずらした。
 な、なんだよ〜乗ってこないのか。つまんないなぁ。
 でも乗ってこないのは一茶だけじゃなくて。
 登も、笹原も別段それに突っ込んでこなかったから不思議。
 みんなのテンションが良く読めない一日だよ。今日は。
『恋愛に強気………ね』
一茶は人知れず呟いた。
それから数時間、その部屋で他愛ない話をしてたんだけど、十一時をちょっとすぎたあたりに俺は眠くなっちゃって、先に部屋を出たんだ。
 一茶はまだ居て良いって言ったのに、すぐ後から一茶も一緒に部屋を出てきてくれた。
 なんだか俺は嬉しくて、一茶と一緒に部屋に戻ると、ベッドに倒れこんだ。
『気持ちーっ』
俺の家は結構古い由緒あるとか、ないとか言う家で。純和風な所為か、ベッドじゃない。
 別にベッドを買っても良いんだけど、なんかそれだけ洋風で合わない気がしたし、さほど欲しいと思わなかったから、買わなかったんだけど、やっぱりベッドって気持ち良いかもしれない。
 けど、安ホテルのベッドに至福の笑みを浮かべる俺に一茶は苦笑した。
『刹那、こんなベッドで気持ち良いのか?』
馬鹿にされたみたいで、ちょっとムカツク。
 どーせ、俺は普段ふとんだから、ベッドの良し悪しなんてわかりませんよーだ。
『普段一茶はベッド?』
『ああ』
『これよりフカフカ?』
『もちろん』
『これよりでかい?』
『当たり前』
うわ〜っ!いいな。いいな。
『すごいな。俺、今度一茶ん家泊まりいってもいいか?』
『―――え?』
マクラに顔を埋めながら、自然な流れでそう言ったのに、一茶はものすごく驚いたみたいだ。
 なんだよ、俺が泊まりに行くのそんなに嫌なのか?
『いいだろ、泊まるくらい。どうせならみんなでパーッとさっ!』
『あ、ああ…みんなで…な。うん、いいんじゃないか』
一茶はなんだかよくわかんない態度をさっきからとってる。
 なんかイライラするな…。
 でも、これで一茶の家にお泊りに行く約束はできたわでだ。
 俺はちょっとだけ機嫌を直す。
 だって、だってさ一茶ってば、これまで一回だって家に呼んでくれないんだもん、水臭いよな。
 俺達の家には普通に遊びにくるのにさ。
 あ、でも…。うん、泊まりにきたことはないかも。
 今までも俺は登の家や笹原の家に泊まりに行ったりしてるけど、なんだかんだの理由で一茶は一度たりとも参加したことなかったな〜…。
 苦手なのかな?もしかして。
 俺達が嫌いってわけじゃないよな…。
 なんかそう考えちゃうと、ちょっと悲しいんだけど…。でも、そんなことはないよな。絶対に。だって、だって…俺達は親友なんだし。
『そんときは…一茶のベッド貸せよな』
俺が言うと、一茶は再び苦笑した。
 あれ?俺なんかヘンなこと言ったのか。
『本当…刹那は…』
『ん?』
俺がどうだって?
『そんなんだから、着替え写真なんて売られるんだよ』
はい?なんで話しがそっちに戻るわけ。
 わけわかんねぇよ。
『何言ってんだ?一茶』
ベッドに四つん這いになって一茶の前まで来ると、俺は首をかしげた。
『…だから、そういうの全部……やめろよ』
やめろよって言われても。
 本当にわけわかないぞ。
 一茶は少しため息つくと、バスルームに入っていった。
 なんなんだよ。一体。
『あ』
俺は十一時以降は風呂は使っちゃいけないことを思い出して、一茶の入っていったバスルームに向うと、何も考えずにドアを開けちゃった。
『……っ』
そこにはセミヌードの一茶が居て。
 俺はちょっと赤面してしまった。
 だ、だ、だってさ。風呂屋とかいけば男の裸なんて見たくなくても見るもんだけどさ。一茶の身体って違うんだよ、そういうんじゃない。
 良い感じに引き締まっててさ。鎖骨がきれいに見えるくらいに細いのに、筋肉はつくところはちゃんと付いてて、二の腕と腹は、俺が理想とするくらいの感じで、すっごく羨ましい。
 一茶は急な訪問者である俺に驚いてたみたいだけど、その裸体を隠そうとはしない。
 さすがにこれだけ良い身体してれば隠す事もないよな〜…俺なら、ばっちり追い出すところのに。
 バスケやってても成長しない人は、成長しないんだよっ。
『何』
同じない一茶の態度に、俺の方がちょっとうろたえてしまう。
 うう、一応隠せよな!
 だって、だってさ。目のやり場に困るっていうか。
 いや、見てもいいんだろうけどさ。
『刹那?』
いきなりプライベートルームに入ってきといて、何もしゃべろうとしない俺に一茶は再び話しかける。
『あ、えっと』
なんで俺言葉に詰まってんだよ。馬鹿ぢゃねぇの。
 普通でいいじゃん、普通で。
 俺は真っ赤になったホッペを叩いて、一回思いきり深呼吸した。
 こんな俺の行動を一茶はどう思ってんだろ。
 絶対ヘンなヤツだよな。
 はあ。
『あのさ、十一時以降は風呂使えないんだってさ』
なんとか冷静さをとりもどして、俺は淡白にそれだけを告げる。
『………ああ、わかった。サンキュ』
そう言われて、俺はさっさと出てけばいいのに、どうしていいのかわからなくなってしまって、立ち尽くしちゃっていた。
『刹那?』
『……ぁ、じゃ、早く出てこいよ』
俺は勢い良く飛び出て、バンとドアを閉める。
 俺はどうしたんだよ一体。
 はぁ。
 俺が自分を落ち着かせようと、ベッド脇にある小さな冷蔵庫から、あらかじめ入れておいた烏龍茶を取り出そうとしたら、いきなり背後に人の気配を感じて俺は振りかえった。
 だって、一茶は着替え途中だったからこんな急に出てくるはずないし…。
 でも、そこにいたのは一茶だった。
『一茶!?』
『何そんなにビクついてんだよ。…俺にもペット取って』
驚きもするだろ。
 さっきまで一茶はバスルームにいたんだし。
 それに…今の格好だって。
 一茶はさっきのセミヌードよりさらに露出してきやがったんだ。
『一茶…その格好…』
俺は一茶に、俺の飲みかけのお茶を渡しながら呟いた。
 一茶は喉をならしながら、それを飲みこむと、強い意思の篭った視線を俺に向けた。
『……おみくじ』
俺の質問には答えず、唐突に一茶は話題を持ち出した。
『え?』
何のことかわからず聞き返すと、一茶はもう一度説明を加えていってくれた。
『俺達だけで引いたおみくじあっただろ、それ見てみようぜ』
『あ、うん。そだな』
そういえば、そんなものもあったな。
 あれ、そういえば、俺買ってもらったんじゃなかった?
 ヤヴァイ!返してないじゃん。
 おみくじよりもサイフを取り出してきた俺に、一茶は怪訝な顔をした。
 百円取り出すと、もっとムッとし始めた。
 なんだよ、だって俺お前に奢ってもらうギリないもん。
『ん』
俺は百円を突き出したんだけど、頑として一茶は受け取ろうとしない。
『んーっ』
もう一度顔の前に突き出してみた。
 けどやっぱり結果は同じ。
『俺が買いたかったから、買ったんだよ。お金はいい』
そうきっぱり言われちゃ、俺もそんな一茶の微妙なとこを無碍にはできないし…。うーん、でも俺的には納得いかない!
 よし、明日にでもジュース一本買ってやろ〜。
 そしたら、お相子だもんな。
『ん、じゃあ、貰っとく』
俺がそういうと、一茶は嬉しそうに微笑んだ。
 うわっ…ソレはちょっとずるくない?
 反則技…だよ。
 すごい綺麗な笑顔だったんだ。
 何がそんなに楽しいのさ?
『じゃあ、開いてみようか』
俺は脱いでいたガクランの上を漁っておみくじを取り出す。
『あれ?何コレ…』
開いてみて初めてわかったんだけど、これ…なんか普通のおみくじと違うくない?
 だってまず…大吉とか、小吉とか書いてないし。
 それに…なんか内側全部ピンクなんですけど…。
『何コレ…』
明らかに、嫌そうな顔をして俺はそのおみくじを親指と人差し指とでつまんで一茶に見せつける。
 別に汚いものじゃないんだけどさぁ…見かけがどうも…。
 おかしくて。
『おみくじ…だろ』
ケロッとして答えるけど…どうみても普通のおみくじじゃないだろ。
『おみくじ…なんだけどさ…違うよな』
『何が』
何がって…。
 ふざけてんのか、てめぇ。
『中身』
『ああ』
ああって…。
 嫌だ。本当にムカツイてきた。
 登の部屋に逃げ込もうかな…。
 俺が本気でそう思い始めた時、一茶は俺と向き合うように、俺の正面に立って、説明を始めた。
『そりゃ、違うさ。縁結びおみくじだから』
『えんむすびおみくじ〜?』
俺はピーンときたよ。これはおふざけで買ったんだって。
 一茶の冗談だよ。
 まったく、わかりにくいんだから。
 俺はクスクス笑って、おみくじを見てみる事にした。
『えーと…何々…何だこれ!運命の人と出会うでしょう…だって』
俺がさも可笑しそうに見せつけたのに、一茶は結構真面目な顔をしていた。
 な、なんだよ。
 これ、おふざけじゃないのかよ。
 それとも、それもまだ何か手か?
『なんだよ』
俺がそう言うと、一茶は俺に見えるように、おみくじを格好良く片手で裏返した。
 ん?
『俺も』
『?』
『……運命の人と出会うでしょう』
『ああ、奇遇だな』
正直な意見を述べてみたのに、これも一茶の機嫌をそこねたみたいだ。
『運命は、奇遇でも偶然でもないんだよ』
運命って響きがすごく素敵なものに思えるよ…一茶が言うとさ。
『ああ……そうかもな』
『刹那もそう思うか?』
うん、一茶が言うと信じちゃいたくなるな。
 錯覚かもしれないけどさ。
 でも、こんな錯覚はちょっとロマンティックでいいんじゃないか?
『うん』
『本当に?』
…疑り深いやつだなぁ…一茶も。
『うん、本当だってば』
『俺達…今日二人とも運命の人に出会うんだよな』
うん、おみくじじゃあ…そうなってるな。
『今日って後……二十分ちょっとで終わるな』
あ、本当だ。もう十一時四十分過ぎてるよ。
 俺は時計を見ながら、小さく頷いた。
 視線は時計にあったから、だから、一茶が少しずつ俺に近づいてきてたのに、俺はまったく気付いてなかった。
『一茶!?』
気付いた時には吐息が拭きかかるくらい側にいて、俺はびっくりして後ろに飛びのいた。
 だ、だってさ。一茶の格好って言えば、素肌にタオル一枚。男の大事な部分を隠してるだけなんだよ?
 ってか、風邪引くよ…。着替えよ…。
『なんで逃げたの?』
そう着かえれると答えるのもな〜…。
 だって、同性の裸に何か感じてるヤツって思われたらなんか嫌じゃん。
 いや…確かにちょっと驚いているんだけどさ。
 別にそれ以上の感情はないし!
『なんでって…近すぎたから』
『そう?そうでもないと思うよ。刹那の気にし過ぎじゃないか』
そ、そうなのかな…。
『それとも…俺の裸に欲情したとか?』
『なっ!』
コイツ、何言い出すんだ!
 俺は耳まで真っ赤になるのを感じる。
 これは決して照れてるわけじゃなくて、怒って赤くなってるだけなんだからな!
『馬鹿言うなっ』
『人間、図星されると怒るんだってさ』
『…っ!』
なんだよ。どうしたんだよ。一体。
 一茶がいつもの一茶じゃない。この一茶どこかで見た事あるぞ…俺。
 どこだっけ…。
 いつだっけ…。
『もうすぐ今日が終わる』
ふと、一茶がそう言った。
『だから?』
ぶっきらぼうに言い返すと、一茶は再び俺に近づいてきた。
 俺はまた近づかれて、慌てて逃げる自分を見られたくなくて、先に後に逃げたんだ。
 でも、それが間違いだった。
 後は丁度ベッドだったみたいで。
 俺のひざの裏がベッドに当たっちゃって、カクンって折れて、俺はそのままベッドに倒れこんだんだ。
『った〜!』
落ちた場所はベッドだから、決して痛くはないんだけどさ、人間って痛くなくても痛いってしゃべっちゃうんだよね。急に何かあるとさ。
 でも、俺はそんな自分を労わるより、一茶の方が気になって、一茶を睨み返した。
『一茶っ?』
『今日運命の人と出会うんだ…俺達は。でも、残りの二十分で…俺は刹那以外と。刹那は俺以外と…出会うと思うか?』
そう甘い声で囁きながら、一茶は俺が倒れこんだベッドの上へと上ってきた。
 いや、正確には…俺の上。
『ふざけるなっ、どけっ』
怒鳴りつけると、俺は一茶の頬に平手打ちを食らわしていた。
『嘘……』
違う。本気でぶちたかったんじゃない。
 だって、一茶なら避けるはずじゃんか。
 いつもの一茶なら。これくらい。
 品行方正に見えて、俺ら四人の中じゃ一番喧嘩強い一茶なのに…。なんで。
 刹那がよっぽど不安そうに見ている事に気付いたのか、一茶はフッと笑った。
『痛くないよ…これくらい。本気でおれをどかそうとしてる?』
何っ!?
 殴った相手に初めて言われた侮辱の言葉。
 俺は背は小さくても、結構喧嘩には自身あった。
 先生たちに見つからないように、よく他校といざこざやってたし。一茶たちとプロレス技かけてたりしたしね。
 まあ、一茶がクールな顔して一番強かったんだけどさ。
 俺達だって負けてばっかりじゃないさ。
 たまには勝った事もあったよ。
 それなのに…それになのに…。
 なんだこの言いぐさは。
 まるで、おれが弱いみたいじゃなかっ。
 俺は頭に血が上って、もういちど同じところを殴ろうとした。
 パシッ!
 けれど、それは一茶の顔に当たる前にその男の手でしっかりと受け取られてしまった。
『離せっ!離せっ』
わけもわからず暴れてみるけど、もちろんそんなの直接的な抵抗に繋がるわけもなく。
 俺は両手首を抑えこまれたまま、ベッドに押し倒される。
『何考えてんだ…っ!』
『何って…ナニだけど』
はいっ!?
 俺は目の前の一茶を真ん丸くした目で見てしまう。
 つまり、驚いてるのさ。
『運命の人と出会って……刹那は何も手出さないの?』
笑いながら、そう問われて、俺はうーんとちょっと悩んでしまった。
 だって、恋愛イコールえっちとは思わないけれど、えっちを伴わない恋愛なんてありえないよな。
 そこに至るまでの時間が、長い人もいるし短い人もいるけどさ。
『俺がお前の運命の相手だって保証がどこにあるんだよっ』
『ないって証拠がどこにあるんだ?』
ううっ…。なんでこうもまた痛いところを攻めるかな。
『それに、さっき言っただろ。二人とも同じことが書いてあるおみくじを引いた。それすら運命なのに、運命の人に今日中に出会うとまで書かれてあった。今日、お前誰かと運命的な出会いしたか?そう考えたら、今日が出会いじゃないにしろ、恋愛に発展しそうなのは俺しかいないだろ』
そ、それはちょっと強引なんじゃないか。
『その話しだったら、登や笹原はどうなんだよっ!今日中にまた会うかもしれないだろっ』
俺は別に登や笹原に運命的な気持ちを感じてるわけじゃない。
 ってか、それは考えただけでキモチワルイ。
 親友をどうみたら、恋愛感情で見れるっていうんだ。
 別に、対象は英吏だけじゃないじゃないか…そういうつもりで言ったんだけど。
 一茶はさっきまでより、すごく怒った顔になった。
 って言うか、悲しい気持ちと怒りが混ざり合ってるって言うか。
 普段のクールビューティ一茶君(女子の会話の中にでてくる呼び名)からは想像もできない。
 まあ、俺たちの前じゃ、女子たちの前ほどクールではないにしろ。
『刹那は、登か笹原が好きなのか』
へ、好き?って…どういう意味で?
『あ、ああ…。だって…友達だし』
あいつらほど付き合いやついやつらもいないよな。
 もちろん、その中には一茶だって入ってる。
 もしかして、外されてると思って怒ってるのか?
『…一茶もだぞ?』
付け足すようにそういうと、一茶は表情も変えず俺に顔を近づけてきた。
 ギシ…ってベッドがきしむおとがする。
『一茶も、友達だから好きだよ。当たり前じゃん』
だから、ほら、さっさと腕を離せよ…。
 ベッドから出ようとして、起こした上半身を、俺は再び強くベッドに打ちつけられる。
『痛っ〜…』
今度は本当に痛かったよ。いっとけど。
 どんなにベッドでも痛いと思えるくらい、すごく強くそこに引き戻されたんだ。
『何するんだよっ』
『親友なんて思わなくていい』
『は?』
唐突にそんなことを言われて、俺は変な声を出す。
 だって、どういうことだよ。
 もしかして、一茶は俺たちのことが嫌い………だとか?
 それで、親友扱いされるのが嫌だとか?
 なんだ、そりゃ。
 最低じゃねぇか!
 そう怒鳴ろうとしたんだけど、意識を一茶に戻したら、一茶の顔が俺のすぐ上にあって、キスでも出来そうなくらい近くにあって、俺は出そうとした言葉を飲みこむ。
『運命を感じて…』
甘い言葉を耳元で囁かれて、俺は思わずドキンとしちゃった。
 ふいうちだかんな…こんなの。
 不可効力って言うんだからな。
『う、運命…?』
今だドキドキする感情を抑えられなくて、ろれつの回らない口で、しどろもどろになりながら言う。
 一茶の返事は聞こえない。
 その替りにか、俺の唇に生暖かい感触を覚える。
 ―――――――キス。
 キスだ…。これ。
 いきなりのことで、抵抗もできない。
 頭が真っ白になったり、まっくろになったりする。
 つまり、正常に働かないんだよ。
 口に受けてるその刺激をリアルに感じることしかできない。
 思い出した。
 さっきまで思い出せなかった、デジャヴのようなこの感覚。そうだよ、小学校の時のあれとかぶってるんだ。あれって何かって?あれだよ…あれしかないじゃん。修学旅行だ。
 そう思うと、俺は頭に血が昇って、どうにかこの状況から回避しようと首を強引に横に振る。
 それでも、押しつけるような一茶の強引なキスは俺を束縛から放とうとはしない。
 嫌だ…こんなの絶対…嫌だ。
 なおも吸いついてくる唇に嫌悪しながら、俺はこみ上げてくる涙を必死に抑えた。こんなことで泣くもんか。一茶に何かされているこの状況でだけは絶対泣かないからな!
『んふっ…ぐっ…』
息も絶え絶えで、苦しくなってきた中。俺のもらす苦しそうな声に気付いたのか、一茶は咄嗟に唇を少しだけうかす。
『はっ…何する……んんっ』
呼吸が整う前に文句を言おうとしたのに、再び角度を変えた一茶に唇を奪われる。
『……!?』
しかも…今度は…なんか違う。唇が一茶の舌でこじ開けられて、その中に…俺の口の中にヌルッとした感触が滑り込んでくる。
舌…だ。
『やっ…ん…ぁ…っ』
口の中で、一茶の舌が右往左往行き交うのを、嫌でも感じて、俺はシーツをぎゅっと握る。
足をどんなに乱暴に振り回して、一茶にそれが当たろうとも、前の巨体はびくともしない。しかも、それすら受け入れるような感じだ。
 俺が抵抗するのがわかっていて、こんなことしているんだ………。
 嫌がらせ…。
 俺はそう思うと、胸が痛むのを感じた。
 どうしてだかわかんない。わかりたくもない。俺はお子様だから、こんなことをされると傷つくんだろう。
 どうせお子様だよ。
 キスだって、小学校の時の修学旅行で一茶に奪われたあれ一回きり…。
『んっ…』
ねっとりするような感触が、生々しくピチャピチャという音を立て、羞恥に顔が真っ赤になっていく。
 さっさと終われ…。
 俺が諦めともとれることを思い始めたのに、一茶はそれだけで身体を離してはくれなかった。口の拘束を離さないまま、俺のパジャマ用に着ていた大き目のダブタブのTシャツの中に、すそから手を差し入れてきたのだ。
『っ…な…んっ…何してっ…』
さすがにこれには驚いた刹那は、それまで動かすことを諦めていた手でその手をつかむ。けれど、バスケットで同じく鍛えていたはずなのに、その腕はあまりに大きく、触れ合った瞬間、刹那はその時同時に屈辱も感じていた。
 かなわない…のか…。
 同級生で…親友なコイツに。
『離せっ…』
一番強く腕を振り上げた瞬間、それは一茶の右頬に思いきりあたった。
 無意識に振り回していた手は、いつもの俺のパンチよりそうとう威力が増していたらしい。―――自業自得じゃないか。
 当たった瞬間、そう思ったのだけれど、一茶の目つきが変わったせいで、言葉にはで着なかった。
 キラリと光っていたその流し目のかっこいい目に、曇天のような陰がまじる。
『…一…茶……』
思わず口から怯えたような声が漏れてしまった。
 怖がってるんじゃないからな。こいつなんかに俺は臆してるわけじゃないんだからな。
 ただ…ただ…その時の一茶の目は、あまりに何かを込めているような目だったから。
『刹那』
とがめるように呼ばれ、俺は全身をビクンと反応させる。
『感じる自分が怖いんだろう』
殴られることも覚悟していた俺にとって、一茶の言葉は予想外だった。
『え…?』
『キスだけでメロメロになってる刹那。とっても色っぽいよ。ついつい夢中になってて殴られるの回避できなかったのは失敗だったけど…』
一茶の言葉は淡々としていて、どこにも感情が感じられない。
 まるで何かに捕らわれてるみたい…。きっと、一茶も京都の雰囲気にやられちゃっただけなんだよな。古風な雰囲気にさ。
『もっともっと叩いてみろよ』
『何…?』
『それでも俺は………刹那と運命を共にする』
断言するように、強い言葉を耳元で告げられ、その耳に一茶の舌が乱入してくる。
『ああっ』
俺は耳に入りこんできた熱に、思わず鼻にかかったような変な声を漏らした。
 一茶がクスクスと微笑するのが聞こえる。
『耳弱いんだ…?』
弱いとか…感じるとか…しるかよ…そんなの。
 こんなの初めてやられたのに。
『やだっ…いいかげんにしろ…お前、何してるかわかってんのか』
怒鳴るように言うと、一茶の顔が急に真面目になった。
 笑ってる顔はかっこいいけど、真面目な顔は一段と一茶を映えさせた。
『刹那こそ…何されるかわかってる?』
『何って…』
しらないとは言わないさ。人間二人が絡み合って、キスしてベッドの上でその次にすることっていったら…………中学男児でもわかるあの三文字しか思い浮かばない。
『そうだよ、セックス』
一茶はくすっと笑いながら言ったけど、それのどこも冗談に聞こえない。
 一茶と目が合ってから動かせなくなってた、俺の身体に、一茶の手が再び進入を謀る。冷たく細い大きな手が、胸の上から再び俺の身体の線をなぞるように、下肢へと移動していく。その手の感触を確かに感じながらも、俺は微動だにするこができなかった。
 でも、身体は震えているわけじゃなかった。なんだろう、これ…俺、なんだか一茶の鎖に捕らえられたみたいだ。
 抵抗も出来ない、でも気持ちがついていくわけではない…そんな綿でできたような優しく、強靭な鎖に。
『やっ………』
きゅっと大事な部分を握られ、俺は小さく悲鳴を漏らす。
 修学旅行に行くから、さすがにみんなのいる修学旅行中に、一人えっちなんて出来ないから、俺は三日前の、出発する前の夜、一人でその行為をしたんだ。
 でも、さすがに中学校二年生の俺らは覚えたてだし(俺だけ?)、若いしで、一茶の刺激が気持ち良くて、すぐにそこは元気になっていく。
 やばい…こんなの。
 俺はそんなの一茶に感づかれたくなくて、身体をくねってみたけど、それに合わせて一茶はもっと深いところまで握ってくる。
『んっ…』
本当にやばいって…。
 親友の手に感じてる自分にも少々羞恥を感じつつ、それ以上に、既にいきたくなってる自分の体が忌々しかった。どうにかしないと、本当に一茶の思う壺になって、最後には一茶の手の中に欲望を放っちゃうかもしれない!
 そんなのはゴメンだ。
『ああっ…一茶…一茶っ…やめっ』
『何?何がいいたいの…刹那』
俺が怒鳴ろうとした瞬間、それを先読みしたのか、一茶は亀頭部分をなぞり、上下に扱きはじめる。
 文句が言えるもんなら、言ってみろ。
 刹那は、一茶の表情をそう読みとって、悔しさで涙が込み上げてくる。
 男なのに…。ちくしょう…なんでこんなことくらいで。
 そう思っても、わきあがってくる嗚咽と怖いくらいの快感に正気ではいられなくて…。
『んぁあ…はっ…ああ…やだ、こんなのやっ…』
身体を小刻みに振るわせ、すがるものが無くて一茶の首に手を回して、それでも尚開放される事を懇願している、おかしな俺に、一茶は苦笑混じりに呟く。
『怖がるようなことは何もしてないだろ』
『っ…んあぁ』
怖いことは何もして無い!?
 冗談言うな…こんなの…こんなの初めてなのに。
 ますます激しさを増す一茶の手の動きに、頭をそらせ、熱を帯びていく身体。瞳は憂いを増し、いつもの可愛い刹那に色香すら漂わせ、艶のある大人の表情にしていく。
 もう駄目…出ちゃう…そう思った瞬間、いきなり手の動きは止まった。
『ぇ……』
思わずモノ欲しそうな声が出てしまった俺は、慌てて口を塞いだ。けど、それすらからかってこないのは、一茶が気付いてなかったからじゃなくて、他のことをしようとしていたからだったんだ。
『一茶!?や、止めろっ、お願いっ、止め…ああーっ』
あろうことか、一茶は顔を俺の下半身に押しつけ、さっきまでその手で扱いていたソコを、今度は口でパクっと含んだのだ。
 俺はパニックでどうにかなりそうだった。けど、パニック云々の前に、初めて与えられた生暖かい快感に、喘ぎが嫌でも漏れる。
『あ、やぁん…ああっ』
亀頭の頂上ら辺りを執拗になめられ、それと同時に手の扱きは再開しはじめる。
『もぉ…嫌だ…お前なんか…』
『刹那…刹那…』
口に俺のを含みながらしゃべるから、そのたびに吐息がかかり、舌が変化する。それを直に感じて、俺は恥ずかしげも無く、嬌声をあげる。
 嫌なのに、恥ずかしいのに、怖いのに、その瞳はやっぱり一茶に釘付けられて、離れようとしない。
 一茶が全体を口に含み、吸いこみながら上下に動かし始めた時、俺の理性は弾けとび、最悪で最低な結果――― 一茶の口の中で出してしまうという自体―――になったのだ。

 『はぁ…はぁ…』
今だ息があがったままの俺の上で、一茶はさっき俺が放ったものをゴクンと喉を鳴らして飲み干す。
 俺はそれまで、そんなもの飲みこむなんて考えがまったくなかった。Fなんて単語、聞いたこともなかった。だから、口をあんぐりと開けて、その様子にマジマジと見入ってしまった。
『何…やってんだよ…』
『何って、刹那が放ったもの飲んでるだけだよ。すごく甘くて…美味しい。ミルクみたいだよ』
そんな栄養価の高い、新鮮でおいしいものと一緒にされて、俺はばつが悪くなる。
 のんだことはないけれど、そんな美味しい物には思えないし、栄養価が高いもにも見えない。
 俺が投げ出したままの肢体にムチを打って置きあがって、そんな一茶を怪訝に見ると、一茶は何食わぬ顔で言う。
『本当だよ。たんぱく質がめちゃくちゃ多いんだからこれ』
そういうことを非難しているわけじゃない。
 こういう行為になった経緯を俺は恨んでいるんだ。
 あのおみくじのせいだ…。
 一応身体はベッドに体重を預けているものの今だ俺の腰辺りに乗っかっている一茶の腹をマジ蹴りした。
『………刹那っ!?』
一茶は本当に痛かったようだ。数秒腹を抱えて動けなくなってたから。
 ざま〜みろ!蹴ったのが腹で感謝しろってんだ!
 俺は一茶が動けなくなってたその瞬間を見計らって、バスルームへダッシュで逃げこみ、明日の朝顔を拭くようにとっておいた、未使用のタオルを腰にまきつけ、再びバスルームのドアを開けた。
 一茶は俺の様子が気になったのか、それとも殴り返そうとしたのかわかんないけど、近寄ってこようとしてたから、俺は一括した。
『来るなっ』
『………刹那』
『来るな、来るな、来るなっ』
怒鳴り散らすと、俺は上半身はだか、下半身タオルだけという格好で廊下に出ようとした。
『な、刹那!何考えて…』
さすがの一茶も、そんな俺の行動には慌てたのか、俺を引きとめようとするけど、さっき俺が怒鳴った、来るなって言葉も、一茶を拘束しているようで、うかつに近寄ってこない。
『……俺、隣の部屋で寝るからっ。じゃ、な』
『刹っ…』
俺の手首を掴んで止めようとする一茶の手を払い、俺はたぶん、今までで一番憎らしそうに、一茶を睨んだ。
『一茶なんて嫌いだっ』
俺はそれだけ言うと、悲しげな表情をしたままの一茶を部屋に残し、ドアの外へ出ていった。
 隣の部屋はもちろん、登と笹原。誰にも見つからずに二人の部屋に行くのは容易だったけれど、そんな格好で逃げ込んできた俺に、何も聞いてこない二人じゃなくて…。俺は半分真実を濁しつつ、二人に説明する羽目になったのだ。
 それから帰りまで、一茶とは一言も話さず、帰路についた。
 
「―――なんて、本当貞操の危機でしたねぇ…刹那くん」
「改めて言わなくてもいいってば。それより早く決めるぞ」
「でも、大胆だねぇ…一茶も。いや、もしかして本気で計画犯罪だったのか?あの日、刹那と一緒の部屋になりたいって言いまくってたからな〜…あいつ」
しみじみ思い出さなくて結構!
 俺は忘れたいんだ。
「知らねぇよ!」
赤く火照ってきそうな顔を隠しつつ、俺は自主研の地図に印を入れていく。
 北海道なんてはじめていくし、すっごい楽しみなんだけど……なんだろう。胸がざわざわする。
 登たちが変なこと思い出させるせいだ。
 だって、もうここには一茶はいないんだ。
 中学校の修学旅行が終わって、土日を挟んで二日後、久しぶり〜なんて言いながら学校に来た俺たちに、担任が寂しそうに呟いたのは、一茶の転校話しだった。
「でも、なんで何も言わずに行ったんだろうな〜…」
「水臭いですよねぇ」
確かに。
 土日が終わるまで、ああ、今度学校行ったとき、どんな顔して一茶に逢えばいいんだよ…って悩んでた俺のこの心情なんて、まったくムダだったみたいに、一茶は忽然といなくなった。
 クラスの女子たちは泣きながら騒いでいたけど……俺は呆然とするしかなかった。
『一茶なんて嫌いだっ』
それが、俺が一茶に言った最後の言葉になるなんて思わなかった。
 それを思うと、少しだけ胸がいたんだ。
 俺は左胸をぎゅっと握っていると、教室のドアが急にガラリと開いた。
「おーい、みんな注目〜」
担任の男勝りな女教師、大溝泰子が騒ぐ教室を一括する。
 声に合わせて表を上げた俺の目に写ったものに、俺は驚きを隠せず、思わず後退する。
 けれど、椅子に座ったままの俺の身体は上手く下がることもできず、大きな音を立てて、俺は椅子から転げ落ちた。
「っ痛〜…」
「おいおい、級長何やってるんだ。あ、そうだ…あいつ、今こけた美少年がこのクラスの級長、浅瀬川刹那。おい、刹那こっちに来い」
来いといわれて、素直に行けるもんなら行ってるさ。
 俺は冷や汗が流れてくるのを肌で感じ、ゴクリと唾を飲む。
 ありえない…だって…そこにいたのは…。
「…何やってんだ刹那。まったく。仕方ないなぁ…じゃあ、紹介します。この子、この超カッコイイ少年は、こんな中途半端な時期に転校するハメになった可愛そうな少年です。仲良くしてやれよ」
「転入生の、三ノ宮一茶です」
ありえないだろう…。
 なんで、どうして…。
 俺は一茶と目が合うのが嫌で、ぎゅっと目を頑なに閉じた。
 だけど、一茶が見つめているのが、そんな状態でもすごくわかって居た堪れない…。
 なんでこっち見てるんだよーっ!
「ちなみに、修学旅行の班は刹那んところにいれといたからな。じゃ、よろしくな」
大溝はそう言うなり、忙しいのか出て行ってしまった。
 本当にありえない…あれで教師か?
 普通に挨拶する男性陣と、カッコイイと騒ぎ出す女性陣と、呆然とする俺たちを目の前にして、一茶はニコリとわらった。
 そんな一茶は……中学校の頃より、またずっと格好良くなってて、俺は思わずその顔に魅入ってしまった。
「久しぶり。刹那」
何かを含んだような俺にだけ向けた挨拶に、クラス中の耳が再びダンボになった。


最初。 小説。 学生モノ


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