お父さんと一緒。

最初。 小説。 学生モノ




           お父さんと一緒☆
 「母さんさぁ〜…空港付く前に倒れないでよ。やっぱりアイツ呼んだ方よかったんじゃないの?」
 重そうなスーツケース2つに、セカンドバッグ2つをぶら下げた母を、歯磨きをしながら俺は呆れて眺める。
「平気。平気。それより楓ちゃんこそ大丈夫?1週間も一人なのよ。ママ心配」
 母一人子一人で暮してきた真鍋家の母は、今だ息子を『楓ちゃん』なんて呼ぶくらいの親ばかで、それに劣らず楓も数年前までは母親にべったりだったんだけれど。
「あのねぇ、16歳の男が一人暮しなんてザラだよ。大丈夫だって。新婚旅行なんだから、何も考えずに行ってこいって」
 そう。俺の本当のおやじが死んでから、10年もたった今。母は青年実業家とか言う男と結婚をしたらしい…。
 らしい、と言うのは。俺はまだ遭ってないから。だから、そいつを呼ぶときもアイツ呼ばわりしてる。
 一応義理のオヤジになる気があるんだったら、一目見せろっていうのに、なにかと忙しいらしい。俺は別に母が誰と結婚しようが口だしするつもりはなかった。
 だって、歳の割に可愛くて、しっかりしてる母さんの選んだ男だもん。きっといいヤツさ。そのうちオヤジとも呼べるようになるかもしれない。
 俺だってもう16歳だもん。割りきってるさ。
 …………一応。
「アイツはなんで迎えにこないんだよ」
「唯君は迎えに来てくれるっていったのを、私が断ったの。ママだって子供じゃないわ、空港くらい、タクシーですぐじゃない」
「…まあ、普通に楽しんできなよ」
「あ、楓ちゃん妬いてるな〜!」
「母さんっ!」
 図星されて、俺は真っ赤になる。ふーんだ。
「はいはい。あ、もう時間だわ。行くわね。ちゃんと鍵の管理だけはしてね!おみやげ買ってくるから」
「はいはい。ほら、行けよ!」
 俺は追い出すように、母をドアの向こうに押しやった。
 
 これが、母さんにあった最後になるなんて。

「嘘だろ」
担任の先生に学校から連れ出されて行ったのは、警察の霊安室。またの名を、身元確認書。朝遭ったばかりだからわかる真っ赤なお気に入りのスーツと白いハイヒール。そして、唯君がくれたって自慢して見せてきた婚約指輪がされた指。
 そこの部屋で冷たく目を閉じていたのは、俺の母さんに間違い無かった。
「真鍋今日子さんに間違いありませんか」
 優しいけれど、機械的な婦警さんにそう尋ねられて、俺は呆然と縦に首を動かした。
 婦警さんは俺の肩に手を置いて、気を落とさずにね、そう言ってたような気がする。あまりに唐突すぎて、どうしようもない俺はその場に立ち尽くしてしまった。
 だって、母さん…朝まで元気に…。
 いつもみたいにご飯作って、身支度整えて、化粧して…。
 唯君とフランスよ〜って…。
 タクシー乗って出てったのに。
 母さんは、警察の話によると、そのタクシーで事故にあったらしい。
 斜線変更しようとした乗用車と、同じく斜線変更しようとした母さんの乗ったタクシーが、たまたま何かの拍子にぶつかってしまったらしい。
 どちらにも否がない…ってことになってしまうらしい。
 交通ルールとか、よくわかんないから…俺、どうすることもできないけど。
 それって…どうなのかな。
 だって…母さんは…もう。
 ううん、いいんだ。
 その事故にあった乗用車の人を恨んだって、母さんはもう戻ってこないんだから。
 そう思うと、いきなり涙が込み上げてきた。
 行き場のない悲しみと、怒りが交差して、頭がぐちゃぐちゃになる。
 誰が悪いとか、誰が良いとかもうどうでもいいから…。
 お願いだから、元に戻してよ!
 霊安室には今、俺とすっごい遠く離れた場所に警察官が一人。扉の外には担任がまだ付き添っててくれる。
 俺はそんなのおかまいなしに、声をあげて泣いた。
「ふっ…う……」
 こんなに泣いたの始めてかもしれない。今までそんな悲しいこと、あんまりなかったから。母さんと暮してきた16年間。一度も淋しいなんで思うことはなかった。
「母さん…っ…」
俺がその場に倒れこみそうになった時、なぜかその身体は倒れてくれなかった。
「楓君?」
 俺の身体を支えたのは、俺の住んでる地区ではランクの高い、おぼっちゃま校って呼ばれてる聖蘭高校の制服を着た男だった。
「え?」
 誰。コイツ…。
 警察にでも見学に来たのか?それとも、警察署内にお父さんが働いてるとか?
 いや、じゃあ…なんでこいつ俺の名前を呼んだんだ?
 俺が呆然として、泣き腫らした目で見つめていると、ソイツは俺の涙を自分の舌で舐め取った。
「!?」
 それまでどんなに止めようとしても出てきた涙が急に干上がった。
 ってか、引いた。
「な、なにするんだよっ!」
 俺は自分の腰の部分を支えている両腕を思いきり引離した。
「ああ、挨拶がまだだったね」
 さっきのことなど、なんでもなかったようにソイツは自分の胸元に手を入れた。まるで名刺でも出すサラリーマンのように…って思ったら、本当に出てきたのは四角の紙。名刺だった。
「東大寺です」
「とうだいじ……ただし?」
 名刺についていた漢字をたどたどしく読む。
「ああ、“ゆい”って読むんだ。俺の“唯”は」
 ゆい…?
 どこかで聞いたような…………。
「ああっ!」
 俺は全てを思い出して、顔面を真っ白にさせる。
 まさか…嘘だろ。
 そんなのありえない。
 でも、俺の頭の中で、唯ってつくヤツは一人しか知らない!
「…まさか…お前…」
 俺は壁際まで後ずさりして、壁によっかかりながらやっとのことで声を振り絞る。周りにいた警察官も、きょとんとして俺を見てる。
 でも、でも驚かずにはいられないだろ!
 だって、なんてったって…。
「うん、僕は君のパパだよ。よろしくね、楓くん」
 2重のショックで俺は、その場で卒倒したらしい。
 
 「だ〜か〜ら!なんでお前がこの家にいるんだよっ」
 朝っぱらから聖蘭高校の制服をキリッと着こなした男が、一人暮しを始めたはずの俺の家の居間にデンと座っていた。
「僕が君のパパだから…でしょう。いいかげん、覚えようよ」
 そういいながら、優雅にコーヒーを飲みつづける。
「だーーっ!お前はオヤジでもなんでもないっ。第一、母さんがいない家にお前用ないだろ」
 そう。そこにいたのはかつての母の婚約者で、俺のオヤジになるはずだった…東大寺 唯。あの日…母が死んでからなんとか一週間を終え、おちつきを取り戻した俺の生活に、なぜかコイツだけ残っている。
「一人息子の心配してるつもりなんだけど」
「俺はおぼっちゃまのままごとに付き合ってる暇はないっ!」
「ままごと…うーん、俺はパパだから、パパゴトって言ったほうがあってるかもね」
 気を落した俺は、東大寺なんて相手にしてられるかと俺の高校の指定の学ランに着替えようとして、クローゼットを開けると、ソコには真新しい聖蘭高校の制服が。
 しかも…180cmはあろう東大寺の身長にははるかに小さ目の制服が…。第一、東大寺用ならば、東大寺は既に制服を着てるし…。まさか…。
「何これ」
「制服」
 振りかえらず聞いたのに、あっさり答えは返ってきた。
「そんなの見れば俺だってわかるよ!…なんで俺の家に聖蘭高校の新しい制服があるんだよ」
「もちろん、楓用だよ」
 聞いてない!聞いてない!聞いてない!
 俺はふざけんな〜って言おうとしたのに、いきなりドアップで東大寺の綺麗な顔が飛びこんできて、グッと言葉に詰まる。
「今日から僕の学校に通うんだよ。もともと、今日子さんともそうしようって話してたし」
 はぁ〜!まじで?母さん…何考えてるんだよっ!
「ふ、ふざけんな…俺は…あんな高校…」
 行かないって言おうとした俺の前に二枚の紙が突き出される。
「こっちが君の退学届(受諾済み)で、こっちが途中入学届(受諾済み)。僕の高校は書類推薦だけだから、よかったね」
 にっこりそう言われて、俺はくだけちった。
「な、なんで…」
「一人息子を心配して…だよ。楓は可愛いすぎるから」
 何がよかったねだ!何がおぼっちゃま校だ!何がぱぱごとだ!勝手に俺の人生動かしやがって〜っ!
「これからは学校でもパパと一緒だよ。よかったね楓」
「うるさいっ、うるさいっ、うるさ〜いっ!」
そう叫びながら、真新しい制服に渋々俺は袖を通した。

 高校は中世ヨーロッパのお城を、一目で気に入った前理事長が持ちかえり学校にしたらしく、馬鹿でかい上、高級の一文字で片付けられるような作りになっていた。
「うわぁ…すごぉい…」
 口をポカンと空けて驚いていると、唯がクスクス笑いながら腰に手を回した。
「はいはい、楓。ちゃんとクラスまで行ける?パパが案内しようか」
「な、行けるっ!行けるよ…っ」
 慌てて手を外そうとしたのに、唯の手は強情で、まったく俺を手放そうとしない。
「あ、あのさ…」
「ん、何!?」
 俺から話しかけるなんて、この一週間なかったから、唯がめちゃくちゃ嬉しそうな顔で振り向いた。
「あの…さ、俺たちが…その親子みたいな立場になってるって…他の人に秘密にしない?」
「なんでっ!」
 あからさまに憤慨した唯に、俺は両腕を掴まれ、睨みつけられる。
「なんでって……ややこしいだろっ。それに、俺、お前のこと……認めたわけじゃないんだからなっ」
 そう言って俺はダッシュで去ろうとした。けど…。
 そうだった…両腕握られたままじゃん。
 身動きとれず、じたばたする俺の姿はまさに滑稽で。
 うう…。恥ずかしい。
「………わかった…じゃあ………ちょっと付き合って…」
「へ…え?ええ?」
俺が良いとも悪いともいわないのに、引きずられるように俺は中庭の方へと導かれる。
 中庭の真中には変なハート型の模様のついたおかしな小屋があり、そこにはへんな機械が組みこんでいるみたいだった。
「何これ」
「僕もよくわかんないんだけど…」
「はい?」
 おいおい…。そんなわけ…って思ったけど、唯は本当にわかんないらしく、うろうろしてる。
 何やら探していたものが見つかったのか、くるっと振りかえり説明を始める。
「ここの学校の決まりっていうか…お守りみたいな感じでさ、仲のいい友達とこうやって同時にスイッチを押すと、香水が貰えるんだって」
「へぇ…すごい。なんかやっぱりお金持ち校って感じだな…唯は持ってないの?」
「僕もまだ…だよ。僕いままで学校にそんな仲のいい友達いなかったし…」
 物腰の優しそうな唯に友達がいないって聞かされて、俺はものすごく驚いた。だって、葬式の時も、埋葬のときも俺を助けてくれたのは、めったに会わない親戚なんかじゃなくて、唯だったから。
 心ひそかに関心してたぶぶんもあったり。
「だから、ね、、ね。楓〜一緒につくろっ」
 その葬式のお礼とかも言いそびれてたから…なんとなく拒否できなくて、楓は仕方なくうなずく。
「う、うん…わかったよ…で、何すんの、俺」
「ここ、これ押すだけだよ、僕と一緒に」
「へぇ…うん、わかった」
「じゃ、押そう。ハイ…」
ポチっと音がした後、激しい機械音が響き渡る。数分ののち、プリクラの取り出し口みたいなところから出てきたのは、ネックレス型になってるハート型の香水。
 ワンプッシュ出してみると、甘いようなとろけるような南国のフルーツみたいな薫りがした。
「唯のはどんな薫りなの?」
「同じだよ」
そういいながら、俺にシューっと香水を振り掛ける。
「え、そうなんだ」
確かに、同じケースに入ったソレは、俺のと同じ薫りがした。
「仲良い二人が同じ薫りをつけるって…なんかいいでしょう?」
 そう言われ、俺はう、うーんと悩む。第一、俺は唯のことは認めてないし!
「い、いっとくけど、認めたわけじゃないかんな」
付け足すように言うと、唯は笑ってハイハイって言って来た。絶対わかってないと思う。        
二人とも首にかけた香水がなんだか不器用に揺れていた。 
「転入してきました真鍋楓です。よろしく…」
言ってみたものの、周りの視線はどうも痛い。
 うーん…やっぱり、お金持ちじゃないと受けれ居ません、みたいな校則でもあるのかな?
 ちくしょ〜…全部、全部唯のせいなんだからなっ。
 勝手にこんな学校にいれやがって〜。
「じゃあ、真鍋くんの席はあそこってことで…」
年老いた教師に適当にあしらわれて、俺は促された席へと移動する。
 そこは西日の当たる窓際、一番後…つまり昼ねスポットだった。
 ラッキーといわんばかりにすぐさま寝に入りこむ俺は……自分のまわりでモバイル機器が蠢きまわる音もまったく聞こえなかった。
「…真鍋くん…ちょっと、真鍋くん!」
「ん〜…?」
「授業終わったよ」
「え!?」
その言葉に驚いて身体を起こすと。うん、確かに時計は四時を指し、クラスにはまばらに人がいるだけだ。
 うわ〜…ってことは俺、一日中寝てたってコト?
 転入初日から。あちゃ〜…。
「教えてくれて…ありがと。えーと…」
俺にそのことを告げてくれたココロ優しきクラスメイトの顔を見ると、びっくり。女のコみたいな顔だちの、優しい笑顔をした少年がそこに一人…。
 身長も150cmくらいですっごい華奢で、前の学校で165cmで馬鹿にされてた俺よりずっとずっと小さかった。
「僕は残。鳳 残(おおとり・のこる)だよ」
「あ、そっか。よろしくな。鳳!」
 よかったぁ〜…。なんとか俺、ここでも友達が出来るみたい。本当は、すっごく心配だったんだよね。だって、俺だけ…一般市民じゃん。
「あ、ねえ、真鍋君は今日は暇…?校内案内してあげようか」
「え、本当?助かるよ!唯は何も教えてくれないし…」
「唯……?」
 残が不思議そうに首をかしげたから、俺は慌てて付け足した。
「あ、ここの3年らしいんだけど…知ってる?東大寺 唯ってやつなんだけど。んと〜…いろいろあって知り合いでさ」
「………東大寺さんなら、この学園で知らない人はいないはずですよ?」
「へ?な、なんで?」
「なんでって、生徒会長だし、それにこの学校一の秀才で、スタイルもよくてたまにモデルの仕事もなさってるようですし、それにこれも校内一のお金もちですから!」
自分のことを自慢するように、残の瞳はどんどん輝いていく。
 まじで…?
 あいつそんなこと一言もいってなかったのに。
「人望厚くて、誰にも人気があって。この学校で東大寺さんを慕ってない人間はいないはずです」
 鳳にそこまで言われると…そうなんだろう。
 俺って本当…東大寺のこと何も知らないんだよな…。母さんが結婚する相手だったってことくらいしか。
 でも本当…なんで母さんはもういないのに、あの家にとどまってるんだろう。
 それだけ人気なら、新しい彼女だってすぐできるだろうし、唯にだって家族はいるだろうなのに…。
 なんで…?
 でも、確かに………唯が側にいてくれたおかげで、母さんがいなくなってできた淋しさがそんなに感じなく過ごせてきた…。
 もしかして、本当に俺を気遣ってくれてたのかな…?
 …まさか。だって…どうして。
 もしかして…………本当に母さんを愛してたとか。嘘だ、ありえない!だって、母さんは若くて、綺麗だったけど、37歳で、唯とは一回りも離れてたんだぞ…。そんな母さんをあいつが本気で愛してたわけないじゃん。
 でも、うちは金持ちでもないから、財産目当ての結婚でもないだろうし…。
 あ〜…!もうわけわかんない。
 いきなり目の前で、頭をがしゃがしゃと仕出す俺を、鳳が不思議そうに見てくる。そ、そいうだった…鳳と今一緒に居たんだった。
「…じゃあ、まず外から案内しようか」
「うん、頼む」
 俺は鳳と談笑しながら、生徒玄関へと向った。
 「え…楓いないの?」
 楓たちが出てった数分後、3年生の教室からすっとんできたのは、もちろん東大寺唯だった。
 楓と一緒に帰ろうと思って1年生の教室に来てみたところ、そこにはその一発でわかる明るいオーラを放つ姿はなく…。そこらへんの生徒を呼び寄せて聞いてみたところなのだ。
「は、はい。真鍋くんは数刻前、校内案内をしに出かけられましたが」
「ふぅん…」
 友達ができること自体は構わないのだが、自分よりソイツを選んで連いてってしまうのは癪に障る。
「そう、ありがと」
「い、い、いえ。滅相もございません」
 学校の実力者、唯に話しかけられた一年生はたじたじで会釈を何度もしていた。
 
 「へぇ…ここって、部活も強いんだ」
 外に出た楓は、武道館や柔道場、弓道場の設備の広さにも驚いていた。そのでかさは、強さも誇っているらしく、各道場にはいろいろなトロフィーが所狭しと飾られていた。
「ええ、そうですね。聖蘭といったら文武両道で有名ですから」
「すっごいなぁ…。鳳も何かやってるんだ?」
「僕は、合気道をやってます…。よかったら真鍋くんも」
そんな話しをしているうちに、すっかり周りの建物は、四角に小さく区切られた物置が連なったような場所になっていく。
「ちょっと、そこのトビラ開けてもらえます?」
「これ?」
 その中でも一番大きな倉庫の前で、鳳にそう言われ楓は何も考えずにそのトビラを開ける。
「うわっ!」
 開けたとたん、後からものすごい勢いで押され、暗い倉庫へと突っ込む。
「痛っ〜…」
一番打撃の受けた頭を抑えて、鳳にも何かあったんじゃないかと急いで振りかえると、そこには半分以上トビラを締めて、その隙間から怪しく微笑む鳳が。
「鳳!?大丈夫?…俺、誰かに…」
「馬鹿だね、真鍋くんは」
冷ややかな声と共に突き刺さってくるのは罵倒。
 咄嗟のことで何が何やらわからない。
「君が悪いんだよ」
「な…なん…俺、何も……何言ってるんだよっ」
起き上がってトビラを開きに行こうとすれば、頭に激痛が走り、躊躇してる間にトビラが完全に締まってしまった。
「君が、東大寺様と同じ薫りなんかつけてくるから」
「おい!鳳!鳳!」
 ドンドンと内側からトビラを叩けども、そのトビラ、頑丈な鉄で出来ていて、ダメージがくるのは自分のほうだった。
「おおとりぃ〜!」
声が枯れるほどに、何度も何度も叫んでみれど、声は小屋の中に吸収されてしまっているかのように、外には微かにしか漏れない。
「真鍋君。君、東大寺様のなんなのさ」
「何って…」
息子…なんて言えない。
「恋人なんでしょう。いまさらしらばっくれなくても」
「な!恋人ぉ!?」
声が裏返るほどに驚いて言うと、鳳は鼻で笑った。
「その香水」
 香水…?ああ。朝つくったやつか。
「学校の伝説ってやつだよ。恋人同士で同じ香水を持つってやつ」
「はいぃ!?」
 ちょ、ちょっと待て!なんで…俺アイツの恋人じゃないし。第一、どうやって間違えるんだよ、みんなも。よく考えればわかるだろっ!俺は男で、唯も男なんだから。
「言っとくけど…」
「鳳、ちょっと誤解…」
「東大寺様に近づくヤツが男だろうが女だろうが、僕たち親衛隊は許すつもりはないからね」
 し、親衛隊!?って…よくアイドルのおっかけとかやってるヤツみたいなやつだろう。何それ…なんで唯にそんなもん出来てるんだよ。
 た、確かに…フランス人形みたいな容姿してて、シンデレラに出てきたような王子様みたいな感じではあるけど。
 で、でも…俺は恋人でもなんでもないのにぃ〜!
「唯〜っ!唯ぃ〜っ」
 助けを求める人がいなくなって、唯の名前を叫んだその瞬間、大声で怒鳴った俺の暗かった視界が、まばゆい白さに変化していく。
 唯…………?
 そう思って、明るさに慣れない目で必死にトビラの方を見ると…。
「おい、残。こいつを犯ればいいんだな」
「なんだよ、小さいし、白いし。女みてぇだな」
「目も大きいし、これなら俺いけるぜ、全然」
口々にわけのわからないことを言いながら入ってきたのは、もちろん唯なんかじゃなくて、明らかに体育会系のガタイの良い男子三人。
「うん、早く犯っちゃってよ。そして写真でもとってさ、東大寺様に転入早々男を三人もたらしこむ淫乱ですって言ってやれば、目もさめるだろうからさ」
「残も酷ぇことするよなぁ」
「僕は東大寺様のためを思ってしてるんだ。何も問題ないだろう。早く犯っちゃってよ」
クラスで見た、華奢な少年の面影はそこにはなく。鋭い目で男たちを促し、命令している。
 なんだっていうんだよ…。俺…何も…。
 これから起こる事が想像できず、楓は色素の薄いその茶色の瞳で、三人の男と鳳を交互に見る。
「悪いな。お前には恨みがねぇんだが、あいつには金で雇われててさ」
「や、やだっ!止めろっ…近づくなっ!」
 そういいながら手足をばたつかせると、さっき打撃を受けた頭をもう一度強く殴られる。
「うぅ…っ…」
鈍い激痛が身体中に走り、楓の呻き声が倉庫に響く。
「色っぽい声で鳴いてくれんじゃん」
「っ…ぁ…痛っ…」
少し長く伸ばした楓の髪を掴み、無理矢理上を向かせると、リーダー格である男がいきなり口付ける。
 キモチワルイくらいの舌の温かさを直に感じ、楓は朦朧とする頭で必死にそれを回避する。
「大人しくしろっ…そしたら可愛がってやるから」
 身ももとでピシャリと言われ、再び殴られるのではという恐怖から身体が動かなくなる。
 唯。唯。唯。唯。
 心の中でだけ叫びながら、自分の身に起こっている理解不能な出来事に必死に耐える。一人の男に身体を後ろから縛り付けられて、両の手首を縄で拘束される。もう一人の男には顔から首中を舐めまわされ、痕を残される。もう一人の男には制服のズボンを無理矢理脱がされ、あられもない場所を握られる。
「な、やぁ…やめっ…」
普段聞かないような声が自らの喉から発せられて、わけもなく動揺する。
「おい、こいつ本当に可愛いぜ。人形みてぇじゃねぇか」
「ぁ…っ…嫌だぁ…離っ」
 身体中のどこを弄られても小さな反応を返す楓を見て、男の一人が感嘆の声を漏らす。
 人に弄られたことなどない楓のその部分は艶やかなピンク色に染まり、芳しい薫りを放っていた。
 まるで天性の才能のようなそれは、怪しく男たちの欲望を盛させた。
「こっちは使ったコトあるのか…?」
 こっちってどこだ…と思う前に、下肢に激痛が走る。
「痛っ…くっ…ああっ」
「処女だぜ、見ろよ、中赤くて締まってて最高じゃん」
 指で入り口を広げられ、三人の男に好き勝手に見られている。それは頭ではわかっていて、わかっているのだけれど…身体の自由が利かない。
 親に殴られた経験などない楓は、その痛みに対する抗体がなかったためか、激痛が頭をよぎり、身体がふらふらするのだ。
 くやしさと、羞恥と怒りと。
 こんなことくらい回避できない自分の力のなさが浮かび上がる。もし、自分に力があったなら、母親を護れたかもしれない…なんて事すら考えささる。
 ちくしょ〜…誰か…誰か。
「ふっ…やっ…唯、ゆ…い…っ…」
 もうこの世で唯一頼える相手の名前を、零れる喘ぎの中から叫び出す。
「唯………っ」
「うるさいっ」
 バチンと思いきり頬を叩かれる。もうそんな痛みなんて感じないほど、俺の身体は麻痺してる。
「東大寺様の名前を気安く呼ぶなっ」
「僕を名前で呼んで良いのは楓だけだよ」
鳳の後から、誰よりも存在感のある、落ちついているけれど少し怒りの篭った声が聞こえた。
 …………ゆ…い?
 聞き覚えのあるその声とはちょっと違って、怒気を含んではいたけれど…ボンヤリとした視界に浮かび上がるのは…確かに唯だ。
「僕の一人息子に何してるんだ…っ」
 唯の視界に飛びこんできたのは、今日卸したての制服が淫らに破き散っていて、男三人に身体に陵辱の痕を色濃く残している楓の哀れな姿。
「楓っ」
 咄嗟に掛けよろうとするが、唐突に入ってきた事で計画がずれ呆然としていた鳳に腕をつかまれる。
「待ってください!東大寺様。最近のあなたはおかしいと思っていたんです。学校にもな かなかいらっしゃらなくなるし…。調べれば恋人ができたとか…。まさか、こんな男だなんて」
「鳳君…君…」
 慌てふためきながら、自らを正当化させようとしている鳳は、あまりも滑稽だった。
「ほら、ちゃんと見てください!入学早々、男を手玉にとるようなヤツなんですよ」
「鳳くん」
「ね、東大寺様ならお分かりでしょう。こんな一般小市民、相手にするからですよ。僕たちのような気品のある…」
「いいかげんにしろっ」
 床に穴が空くんじゃないかってくらい思いきり、唯はこぶしを床にぶつける。
 それまでピーチクパーチクと騒いでいた鳳は、ゴクリと唾を飲む。
「僕が笑っているうちに出ていかないと………日本に居られなくするぞ…」
「……東大寺様…っ」
冷たい視線で一瞥すると、唯の目線は男たち三人へと向いた。まさにいまから犯ります態勢で、ズボンのチャックを開いたままで硬直している男たちに冷酷に事を告げる。
「君たちもだ」
 そういうと、男たちは服装の乱れなんていざしらず、ものすごい速さで出ていった。
「ゆ…い…っ」
 楓の声が微かに聞こえ、唯はそちらに気を取られる。そして、そのすきに…と、鳳はポケットから取り出したデジカメで二人を撮影する。
 あられもない格好の楓を抱きしめる唯。見た人がどう思うかはわからないが、通常の写真であるようには思えない。
「ははは…これで、真鍋くんを追い詰めてやる…っ。そうすれば東大寺様もきっと気付かれる…」
パシン。
 鳳の白いほほが、唯の手で平手打ちされた。
 倒れこむほど強い衝撃ではなかったけれど………鳳にとっては最高の打撃だったらしい。唯に殴られる…という事自体が。
「東大寺様……っ」
「出てけ。そして、二度と僕の前に姿を見せるな。もちろん楓の前でもだ」
「な、なんでそんな子…っ」
「愛してるからだよ」
唯の声が優しく響き、鳳はそれ以上何もいえなくなり、そのままその足で校長室に退学届を出す羽目になった。
 鳳のいなくなった小屋の中で、楓は意識をだんだんと取り戻していた。けれど、唯に抱きしめられているその態勢を壊す気はなかった。
「唯…ありがと」
 助けれくれたからそう言ったのに、唯は申し訳なさそうな顔をして謝ってくる。
「僕が悪いんだ…。一人息子も護れないなんて…今日子さんに怒られちゃうな」
「………なぁ…唯さ…」
痛いくらい抱きしめてくる唯の身体から少しだけ身を起こして、問う。
「唯が母さんを愛してたことは認めるからさ……家、出なよ」
「どうしてだい?!僕がいると…やっぱり嫌?」
強い口調で、問いただしてくる唯の目は真剣そのもので。
「だって…あんたは母さんが好きだったわけだし、俺とは何も関係ないんだし…新しい恋人だって作りづらい…だろ」
切れて出てきた血を破れた制服のシャツでぬぐっていると、その布を強引に奪われる。
「俺は今日子さんも、楓も愛してるよ」
「ぇ…?」
「おかしいよね。今日子さんが運ばれた霊安室で君をはじめて見て……泣いてる君を抱きしめたいと思っちゃったんだよ」
唇、口内から出てくる血を、唯は労わるように舐めていく。
「僕じゃ君のパパにはなれない…?」
だって…それって…唯が本当に望んでること?
 俺に謙遜してたりとか…しない?
「唯は………いいの、それで…」
「僕が望む事…だよ」
 温かい家族をつくることが…。
 そう囁いた唯の手が少しだけ震えてた。
 俺は、唯がどんな生活して、どんな親の元に育ったのかなんて全然しらない。けど、もし、唯の欲しいものがソレならば…協力は出きるかもしれない。
 お互い愛しい者を失った者同士…傷を舐めあいながらだけども。

 「だ〜かぁ〜らっ!」
 怒りいっぱいの声が夜の真鍋亭に響いていた。
 自分のベッドに入りこもうとする侵入者を退けようと、威嚇しているのはこの家の息子楓君。
 かたや、水色のみずたまのパジャマを着て、同じ柄で色違いのパジャマ片手に悪戦苦闘しているのはこの家のお父さん東大寺唯君。
「普通の親は息子のベッドでは寝ないんだってば」
「いいじゃんか。たった二人きりの親子なんだから♪」
「よくないっ!しかもお前……一緒に寝るだけじゃないくせに」
「何言ってるんだよ、スキンシップ、スキンシップ」
そういいながら、おそろいのパジャマを着せる事はとりあえず諦めて、布団の中にもぐりこむ。
「唯っ!」
「パパって呼ばなきゃ退いてあげない」
「…っ唯。お前、高校三年生だろ、センパイだろ。年上だろ!なんでそんなに甘えっ子なんだよ〜っ」
マクラを翻し、自らベッドを出ようとすると、唯に手をひっぱられる。
「ほ〜ら、スキンシップしよ」
 そういって手首にまだついてる縄の痕にキスをしていく。
「んっ…っ」
「ほら、パパって呼んで、ベッドにちゃんと入って…」
「や…め…っ…んぁっ」
 抱きしめられながら、狭いシングルベッドに戻される楓。
「やっ…やめ…そこ…っあっん」
Tシャツに短パンというラフな格好の楓の服の中に、唯は手を滑り込ませ、片手で胸の突起を遊び、片手で下肢を弄くる。
「はっ…っん……普通の…親は…こんなこと…しな…あっ」
 咎め様にも、快感が襲ってきて、上手く言葉にならない。
 あの日から、毎晩唯は『親子のスキンシップ』と言って、ベッドに忍び込み、楓の身体を触っていく。
 これが…本気で嫌じゃないって思わないのは…ヤヴァイのかもしれない。
「唯……お前、俺を母さんの代わりにしてる…だけだろっ」
図星をついてやる…そう思っていったのに、唯は楓から短パンを抜き取ると、淫らに反応している下肢をなで上げるように、下から舐めあげた。
「ぁあっ…」
「今日子さんの身体にはこんな可愛いところはさすがにないんじゃない…?」
「馬鹿エロじじぃっ!」
投げ出した足が、快感をあらわに表現する。
「そんなこと気にしてたの?」
「………別に」
「まったく、僕のマイスートは可愛いんだからぁ」
そういって、腿の付け根に熱いキスマークを残す。
「んっ……」
「僕はね、あの日…あの時…恋に落ちたんだよ」
「あの日…?」
「皮肉だね。今日子さんが死んで、初めて君にあった日…だよ」
冷たい霊安室で、唯一の温もりをくれたのは唯だった。
「一生側にいさせてね、楓」
そういって、唇に深いキスをくれる。
 本当…どうして、俺…嫌じゃないんだろ…これ。
 相手は、男で、学校の先輩で、そして立場上親で。そんな相手なのに。
「返事は?」
「とりあえず………そういうことにしとく」
「上出来」
楓の上にまたがり、もう一度熱いきすをする。
「あ、あのさ…思ったんだけど…さ」
「ん?」
楓の胸の突起を甘噛みしようとしていた唯の顔をねじり上げながら、楓は逃げるようにいう。
「もし…母さんが生きてたら…どうしたのさ」
ちょっぴりドキドキしながら聞いてみた。
 本当はずっと心に残っていたんだ。
「きまってるじゃない。3P」
「は」
あまりに期待にそれた回答に、俺は何も言えなくなる。
「素敵だろうな〜!大人な魅力の今日子さんに、可愛くて可愛くて仕方ない楓と一緒にスキンシップ。もちろん、部屋は三畳一間のぼろいアパートでぇ…」
「いい加減にしろ〜!このドスケベオヤジっ」
 楓は勢いよく唯の身体を蹴り飛ばしていた。
 わずか歳の差二歳。波乱万丈な親子生活は、まだ始まったばかり。


最初。 小説。 学生モノ


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