純情らいおんハート
−3−
ドンドンドンドン……。
「開けてくれ蒼冶。このドアを開けてくれ」
夜中十二時を回っていると言うのに、他の部屋の迷惑を考えず貴久は無我夢中で蒼冶の部屋のドアをたたきつづけた。
まぁ、蒼冶の部屋は、よからぬ事を心配した貴久の助言により、使用人部屋の続く棟の一番奥の部屋になっていたから、そんなに貴久の声が隣の部屋の子の睡眠を邪魔することもなかったのだけれど。
「い、いえ開けられませんっ!お部屋にお戻りくださいっ」
鍵をかけ、必死にドア向こうで開かないように抑える蒼冶の顔は真っ赤で、まるで林檎かチェリーのよう。
「俺はお前に聞きたいことがあるんだ。開けてくれ……頼む、開けてくれっ」
決して貴久は、命令だとは言わない。
寝巻きのままで使用人の一人である蒼冶の部屋の前で、拳でドアをたたきつづける。
「お休みくださいっ……今日の僕はどうかしてたんです、ご主人様にそんな、そんなことしちゃうんなんて……」
真っ赤になった顔を抑えながら、蒼冶は地面に両膝をつき座り込む。
貴久のパジャマを脱がし、あまつさえキスをするなんて。
どうして自分がそんな行動に出てしまったのか、まったく理解できない。
穴を自分で掘ってでも、穴に入りたい気分だ。
「ごめんなさいっ、ごめんなさ……」
切ないくらいの声で何度も謝るだけで、ドアを決して開けない蒼冶に、貴久は跪き声をかける。
「……なぜお前が謝る。謝るのはこっちの方だ、すまない」
「ご、ご主人様ぁ……?」
突然の貴久の言葉に、蒼冶は思わずドアごしに貴久を見た。
「もし、お前が今日俺にした行為を不貞だと思って詫びるのなら、俺はお前に一生謝っても足りないくらいの不貞をしてきたことになる」
「……え」
「ドアを開けてくれ。すまないが、お前の顔が見たくて仕方ないんだ」
蒼冶は貴久の言葉を一句一句思い返しながら、やはりまだ赤みの消えない頬のままドアの鍵を外した。
ゆっくりとドアを開くと、そこにはさっき見たばかりの貴久が自分と同じくらい赤い顔で立っていた。
「ご主人様…どうして……」
「じゃあ、お前はどうして俺にキスをした」
「ぇ……ど、どうしてって……」
どうしてなんだろう、とずっと考えていた。
けれど、蒼冶はその答えがわからない。
ただ、胸がきゅーってなって、熱くなってドキドキして、自分が自分じゃないみたいになって……。
「俺は、蒼冶にキスしたいと毎日思っていたよ」
「ご、ご主人様……」
優しい、優しい貴久の言葉に、蒼冶はそのうつむいていた顔をあげた。
いつも優しいけれど、いつもよりさらに優しい顔がそこにはあった。
何か嬉しそうに、幸福そうにも見える。
「俺は、お前を慕っているんだ」
意味はわかる。
ただ、声すらあげられない驚きが蒼冶の中には芽生えていた。
ご主人様が……自分を慕っている?
そんな、そんなこと……。
「お前に恋しているから、キスもしたいし、抱きしめたいとも思っている。優しくしたいとも……。お前は……そうではないか?」
恋。
その単語を知らないわけじゃない。どんなものかも聞いたことがないわけじゃない。
ただ、体験したことがなかったから。
こんなに、自分が自分じゃなくなるくらい、相手を思いたいと思ってしまうことが恋と言うならば……。
「僕は、ご主人様にそんなこと言える立場じゃ……」
そう言おうとした蒼冶の足元に、貴久は跪いた。
「ご、ご主人様、そんなっ、顔を、顔を上げてくださいっ」
「お前が振り向くなら、何度でも跪く」
「そんな……僕は、僕は……ご主人様にはもったいないです……っ」
「お前がいいんだ」
「僕は男です!恋愛は……女の方とされた方がご主人様は幸せです」
「俺の幸せはお前が傍にいることだ。男、女は関係ない」
「で、でも……っ……」
慌てふためき、どうしたらいいのかわからない顔をする蒼冶の手をとり、貴久はその手を自らの唇にあてた。
「立場も、歳も、性別も関係ない……。お前の本当の気持ちが知りたいんだ」
その言葉に、蒼冶は足の力が急になくなり、その場に座り込む。
膝をついている貴久とは、丁度目線が合うくらいだ。
「頼む……」
懇願めいて言う貴久の声が、微かに震えている。
蒼冶は何度も、あ、とか、ぅ、とか繰り返して、ようやく言葉を導き出した。
「ぼ、僕は……恋とかしたことがないので……わからないのです……」
死刑勧告される前の囚人のように、貴久は怯える鼓動を抑えきれず、ぎゅっと瞳を閉じる。
「わからない……ですけれど、ご主人様の事はこの世で一番愛しいお方だと思っています……っ……ぅっ、んっ」
その言葉を聞いた瞬間、貴久は蒼冶を押し倒し、蒼冶の部屋へと入り込んだ。
「んっ、ふっ……ぁっ」
「……蒼冶、蒼冶……」
何度も何度も名前を呼ばれながら、蒼冶は貴久の熱いキスを受ける。
準備をしていたかのように飛び込んできた舌が、蒼冶の柔らかな唇を押し開け進入する。
誰にも汚されたことのない唇は、甘く、しなやかで、欲求を露にしている貴久の舌に少しの拒絶を見せる。
「ひっ…ぁっ……ア」
「蒼冶……愛しているよ、蒼冶」
蕩けるような貴久の声は、それだけで蒼冶の身体を刺激した。
再び、蒼冶が怯えるような下半身への反応が起こるのに、時間はかからなかった。
「っ……んー……っぅぁっ」
身体を震わせ、頭を左右にふりキスを中断させようとする蒼冶の行動が激しくなったことに気づき、貴久は少しだけ唇を離す。
離すと、貴久のものか蒼冶のものかわからなくなった唾液の糸が二人のキスを惜しむように伸びる。
「ご、ご主人……さまぁ……僕、僕……あの、熱……くって……」
呼吸を必死に整えながら、それでも肩をあげさげしゃべる蒼冶は、眉をよせて困ったようにシャツの端をひっぱって下半身を隠そうとしている。
「!」
すぐに、どういう状態なのかピンときた貴久は、蒼冶のその隠そうとしている手をどかした。
「ご、ご主人様っ!」
慌てる蒼冶の手を蒼冶の頭上で一くくりにすると、貴久は蒼冶のベルトを外す。
「……怯えるな、蒼冶。欲情している証拠だ……俺とのキスで……身体が悦んでいる証拠だ」
あまりの嬉しさに眩暈すら覚えつつ、貴久はするすると蒼冶の足からズボンを剥いでいく。
「そんな嫌、嫌です……っ駄目……そんな汚いですからっ」
下着の中に手を入れられて、男のモノを握られ、蒼冶は貴久の腕の中ヒクヒクと振るえながら拒絶の言葉を返す。
「……蒼冶はどこも綺麗だよ」
苦笑交じりで、貴久は言った。
でも、事実だ。
初めてのことばかりで戸惑う蒼冶は、初々しく新鮮で、そして色っぽい。
もっと、もっと……いろいろなことをしてしまいたくなる。
従順な蒼冶は、教えたら教えただけそれを従ってしまいそうに思えて、背徳めいた気持ちがこみ上げるのも隠し切れない。
「やぁん……っ」
貴久が、指先で亀頭を弄くったとたん、蒼冶は甘い艶かしい声を出して頭を後ろにそらした。
「……いやっ……僕、僕……っ」
自分の声や動作に驚き、蒼冶は小刻みに震えながら貴久のパジャマを必死に掴む。
「恐いっ……も、止めてください……僕、恐い……んです…」
涙こそ零れてはいないが、それは貴久の前であってで、ここに誰も居なければ今その藍色の美しい宝石のような瞳からは、涙が溢れていたことだろう。
潤んだ目で貴久を見つめ、貴久の行動を止めようとする。
「大丈夫だ……今日はお前だけ…お前だけ気持ちよくするだけだから……」
「ぁあんっ……ふっ、あっや、ご主人様ぁ……っ!」
貴久は穏やかに声をかけながら、その手を休める事はしない。
握っている手とは違う手で、夢中になりながら蒼冶の最後の衣服、下着を剥ぐ。
もうすでに勃っている状態だから、ピンと可愛らしく現われたピンクの欲望に、思わずしゃぶりつきたい衝動にかられる。
でも、さすがの貴久もそれは止めた。
ただ握っているだけで、蒼冶は怯え、朦朧と拒むだけなのだ。
そんな刺激の強いことをして、さらに泣かせるつもりはない。
これからどんどん教えていけばいいのだ。
「やっ、ぁっ、止めてくださいっ……お願……ぃ」
めったに、お願い、なんてしないから聴いてあげたいのはやまやまなのだけれど、貴久だってそうはいかない。
こんなに嬉しいのに、こんなに幸せなのに、この行為を中断することなんて出来ない。
ずっと、ずっと夢で何度も思い描いてきた行動なのだ。
触りたい、キスしたい、抱きしめたい……。
そして、それ以上に蒼冶の心が欲しい。
全部が手に入るっていうのに、手を出さない男がどこにいるんだ。
「止めやしない……蒼冶が俺をどう思っているか少しでもわかってくれたってのに……止められやしないさ」
「……?」
「蒼冶、好きだよ」
貴久の言葉に蒼冶は胸の高鳴りを覚える。
ズクンと、下肢が再び反りを見せた。
もちろん、それを握っている貴久が気づかないわけがない。
「ぁっ……恥ずか……っ」
男のソコがそうなることにどんな意味があるかなんて深くしらなくても、好き、と言う言葉に反応したのは確かだ。
蒼冶はピンクに染まった細くしなやかな足を動かして隠そうとするけれど、貴久は最絶頂の幸せに襲われていて、そんな行動許すわけが無い。
「ぁっ、あ、ご主人様ぁ!」
背中を地面につけられて、両足を左右に開かれる。
ご主人様の肩に足を掛けられて、恥ずかしいくらいに足を広げられる。
震えながらも、恥ずかしがりながらも男の反応を示すそこが、貴久の目にしっかりとさらされている。
「お前は?お前の言葉がもう一度聞きたい」
貴久のご満悦のような笑顔に、再び胸がぎゅっとする。
少し恥ずかしいけれど、少し恐いけれど。
自分の言葉や、行動で貴久が笑ってくれるのは、とても、とても……嬉しい。
これほど幸福なことはない。
それを、もし、『恋愛』と呼ぶのなら。
蒼冶はここが暗くてよかったと思った。自分は今、きっとものすごく変な顔をしているから。
ドキドキと、興奮と、恥ずかしさと、熱と、ワクワクが合わさって、ごちゃまぜになって、そして、ちょっとだけ何故か好奇心が湧く、そんな気持ち。
「……す、……好き……です……」
躊躇いながら、言葉を選びながら、蒼冶はやっとその言葉だけを紡ぎだした。
「……もう一回」
呆然としているような貴久の声に、蒼冶はこたえる。
「好きです……ご主人様が好きです」
「もう一回」
「好きです……?」
あまりに可愛くて、あまりに嬉しくて、貴久は蒼冶を抱きしめる。
「ぁっ、あっ、んっ……」
「こんなに嬉しい事は初めてだよ、蒼冶」
貴久は両手で蒼冶の下肢を撫でまわし、上下に動かす。
右手で掴まれたソコは、蒼冶の揺れるリズムとあわせて振るえている。
左手は、蒼冶の綺麗な腿や双丘をなでまわし、いやらしく動いている。
「ぁっ、も、やっ……僕、おかし……っ」
「おかしくない、普通だ」
「……やっ、こんな僕見ないで、下さいっ……」
「見たいよ。どんな蒼冶も。頼むから、見せてくれ」
頼まれるような言い方は慣れていない。
どうぞ、と言う代わりに、顔を覆っていた手をとった。
「ぁああん……っ……ふぅっ」
「蒼冶……、蒼冶っ」
恐いと思う気持ちはあるけれど、まだよくわからない部分はあるけれど。
僕を好きだと言ってくれるご主人様が、僕はとても恋しいと思ってしまう。
蒼冶は、どうしたら自分の気持ちをもっと伝えられるかわからなくて、少し身体を起こし、貴久の唇にキスをした。
「……っ!」
「…好き……です……アァアン……っ、も、ああっ」
もちろん、舌が入り込み歯列まで舐めまわすような大人なキスではなかったけれど、貴久を欲情させるのに、十分だったのは言うまでも無い。
「愛している……蒼冶だけだ……」
「ぁ、ぁ、あ、ご主人さまっ……っあああー」
激しく上下に扱かれて、蒼冶は初めての感覚を味わいながら、欲望を貴久の手の中へと放った。
「っひっく……ごめ、ごめんなさい、ご主人様」
訳がわからないほど追い詰められて、気がついたら貴久の手を汚してしまっていた蒼冶は、涙で頬を光らせながら貴久に謝った。
貴久は、その涙を吸い取るように頬にキスをする。
「謝るな……むしろ、何かしたのは俺なのに、どうしていいかわからなくなるよ」
「何かしたのは僕ですっ……ご主人様にキスしてしまって、手まで汚してしまいました……っ」
貴久の手を取り、蒼冶はシュンとうなだれる。
もちろん、何かしたのは貴久の方であるのに。
ああ、もう、本当にこの子は……っ!
貴久が、愛しさのあまり抱きしめようとすると、蒼冶は、何か思いついたようにハッと顔をあげた。
「綺麗にしますっ!」
「へ」
貴久が、間抜けな声をあげたのと同時に、蒼冶は自分のモノで汚れた貴久の手に舌を這わせた。
「そ、蒼冶っ……」
「ふっ……ん……っ」
ぴちゃ、ぴちゃと言う音が頭の中にはんすうして、貴久は左の手で自分の顔を覆った。
「〜……蒼冶、他の人にこんな真似絶対……するなよ」
「っん、ふぅ……っ……?」
貴久は嬉しいため息をつきながら、その蒼冶の行為に張り詰めていく自身の雄を慰めるのに、その夜は終わった。
「いや〜、おめでとう。この馬鹿ご主人様」
朝、自室の寝室から貴久が出て行くと、昨夜のように真里菜と坂滝がそこでニコニコしながら立っていた。
実際、顔がにやけんばかりの状態の貴久は、それでもその二人には笑うことができずにいる。
「坂滝……お前、どうして蒼冶に保健の授業をしてない……」
「え〜、だって蒼冶ってば可愛いすぎて、そぉんな用語教えたくなかったんだもん」
はぁ、とため息をつきながら貴久は頭を抱える。
まぁ、あの蒼冶の口からそんな用語ばかり出てきたら、ショックもあるのだけれど、自慰も知らないとは……純粋培養に育ててきただけあるというものだ。
「その気持ち悪い喋り方を止めろ……ったく」
そうは言いながらも、やはり顔はほころびはじめる。
自然と、誰かに今の気持ちを打ち明けたい、そんな気持ちになるのだ。
春はまだ遠いのに、新芽すら吹き出すようなそんな気分。
「でも、よかったですわね、貴久様」
真里菜に言われて、思わず今までに見た事の無いような顔になる。
「欲求不満が解消されて」
そう続けられて、貴久はその笑みを崩す。
やっぱりこの女、一癖も二癖もある。
「真里菜っ」
「あらあら、そんな顔しているとせっかくの恋人に振られてしまいますわよ」
真里菜に掴みかからんいきおいで叫ぶと、真里菜はあさっての方を向きクスリと笑う。
「お、おはようございます……ご主人様」
そこには、いつもの百合の純白のシャツを身につけた、清楚で美しい恋人、蒼冶が立っていた。
「蒼冶!おはよう、よく眠れたか」
そこに真里菜も坂滝もいないように話す貴久に、蒼冶はハニカミながらもハイ、と答える。
そんな恥ずかしがっている蒼冶なんてかまいもしないで、貴久は蒼冶の肩にと腰に手をあて、恋人同士のあつ〜い語らいを始めようとしたが、蒼冶はササッと坂滝の後ろに隠れてしまった。
「蒼冶っ!?」
「ぼ、僕は仕事があります……ご主人様だって仕事がありますっ。で、ですのでぇ……」
嫌がっているわけではなく、たんに蒼冶は恥ずかしいのだ。
顔面真っ赤にした自分の形相をご主人様に見られるのも嫌だし、ドキドキしている自分を悟られてしまうのも嫌だ。
「はいはい、そういうことでお前は会社。蒼冶は家でお仕事。まったく、蒼冶の方がお前の立場わかってんじゃねぇか」
坂滝に背中を押されるように、無理やりダイニングへと導かれる。
そんな貴久を切なく見送っている蒼冶に、真里菜が耳打ちした。
「そう言って上げなさい」
「は、はい。でも、どうしてですか?」
「あのお方にとって、今一番喜ぶ言葉だからよ」
「あ、でもだったら、真里菜さんが……」
「あたくしじゃ意味がなくってよ」
「?」
「いいから、さぁ」
蒼冶は、真里菜に背中を押されるようにダイニングへ行き、朝のコーヒーを注ぎながら貴久に微笑んで言った。
「あの、僕……」
新聞を広げながら、コーヒーカップを手に取った貴久は、幸せそうな顔で蒼冶を見る。
「なんだ、蒼冶」
「あの、僕、お仕事をがんばってらっしゃるご主人様が、一番好きですから」
……。
少しの間あって、ご主人様の熱は沸騰。
「蒼冶っ」
「ひゃ、あ、ご主人様ぁっ」
いろんな使用人のいるダイニングで抱きしめられ、蒼冶は顔を真っ赤にしながらご主人様の抱擁をうけている。
坂滝と真里菜が、これで弱みが一つ増えた……とニヤリと笑っている事なんて、今は貴久は知らない。
終わり。
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