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● やっぱり君じゃなきゃ嫌! --- -3- ●

信吾の甲高い声が、クラス中に響いた。そんなもんだから、俺なんかに関心なくて、入学初日から読書なんてしてた人たちまでお耳をダンボにして、こちらを見つめてる次第で…。
「う、うん。俺が長男で…次男が双葉、三男が蜜葉なんだ」
自分から暴露してんだもん、俺って馬鹿かなぁ。でも、ここまできたら、言っちゃったほうがいいよね。隠してて、うそつきとかって言われたら嫌だしね。
「へえ…ふうん。すごいね、なんか」
「うん…こんな兄弟もいるんだな」
―――え?
 俺はいたたまれなくて、うなだれていた顔をあげて、みんなの顔をみた。
 だって、ここは「ええ、似てない!」とか「変なの」とかって言う反応が返ってきて普通のとこだよ。俺の経験上、絶対そうなんだって。
「変……じゃない?」
恐る、恐る聞いてみるけど、みんなはニーッて笑って俺を見てきてくれたんだ。
「確かに普通じゃないと思うけど、可笑しいなんてことはないよ、全然」
「何、もしかして結構気にしてたのか?」
「馬鹿だね葉月。似てなくても三つ子なんでしょ、いいじゃん、うらやましいよ」
俺は思わず目の前の、信吾とスポーツマンっぽい菊池とインテリな委員長タイプの新堂に抱きついてしまった。もう思いっきり、ぎゅーって。そうぜずにはいられなかったんだ。三人の言葉が胸にドクンってきてくれて。幸せな温度を体いっぱいに感じちゃって、一人で抱えてるには熱すぎたんだ。
「大好き♪」
葉月が三人の耳元で甘く囁くと、三人ともその場に固まってしまった。だって、入学式で葉月を見かけて以来、メロメロヒトメボレをしてしまっていたんだもん。大好きな愛しいハニーにこんなことを言ってもらえるなんて。しかも、その子が隠していようとしていた秘密まで聞かせてもらえるなんて。高校生活に薔薇の香りを感じてたりして…。
 もちろん、周りにはそれを見て、悔しがってたり、嫉妬に溺れているやからがうじゃうじゃうじゃうじゃ…。
 葉月が鈍感でよかったね。そうじゃなかったら、初日からみんなのどす黒い欲望を肌で感じちゃって、明日には転校ってことにもなりかねなかったからね。
「葉月っ」
突然教室の前の方のドアがガラリと前触れもなく開いたから、みんなの視線は無意識にそちらに向いた。
「……双葉」
あんな分かれ方をしてしまったからちょっとだけ気まずい…。葉月は三人プラスアルファが周りにいるおかげで陰になって、双葉から自分が見えないことをいいことに、首を竦めて自らは進み出ないでいた。
 けれど、その騒がしい一角の中心人物が俺の葉月だってわかってる双葉は、勝手にずんずん五組の教室に入ってくる。もちろん、他のやつらなんて目にもとまっていない。中には「あ、格好いい…」なんて思考のやつの視線も飛び交っていたのだが、もちろん総無視だ。双葉の頭の中は一に葉月、二に葉月…なのだ。
「帰るぞ」
双葉は不機嫌そうにそういいながら、当然のように俺の体から三人を突き放す。三人は不満そうに双葉を睨みつける。もちろん俺だって不服だよ。こんなの理不尽だよ。だって、俺の友達に俺が抱きついてて、何がダメなの?なんで双葉に離されなきゃいけないのさっ。
 帰るぞ…って、俺もう高校生なんだし、帰る場所は敷地内にある寮なのに。一人で帰れるのに…。
「嫌!俺…友達と帰るもん」
俺はぷいって窓の方に顔を向けた。窓の外では先輩たちが部活をしながら、部活の勧誘をしている。
「葉月…?」
声をいつものトーンより少し下げた音で出してくる双葉。この声って反則だよね。だって、有無をいわさずって感じなんだもん。
「馬鹿なことを言わないで来るんだ…」
俺は三つ子ってのにとらわれてる自分から卒業したいんだよ。それなのに、俺にかまってきてくれる双葉が可愛くて、その優しさが嬉しくて…うう、流されちゃうじゃん。
「…わかった……」
俺はすくっとたちあがり、HR中に渡されたのであろう資料をかき集め、カバンにしまいこむと、双葉の差し出した手をとったんだ。みんな、可笑しいって思ってるかな。可笑しいよね、高校生にもなってさ。ブラコンなのかな、俺って。
「みんな、じゃ、ね。あ、寮に遊びにきてよ」
みんな双葉の登場と、葉月とのやりとりで一時呆然としていたが、葉月の思いもよらない嬉しい言葉に、われに帰りすぐに返事する。
「うん!行くよ」
「じゃ、あとでな葉月」
「気を付けて帰れよっ」
「ばいばい!」
俺はクラス中に聞こえる声で、みんなに手をふった。みんな腕がちぎれるくらいにバイバイしてくれて、俺が見えなくなるまで騒いでてくれた。なんだか嬉しい。目立つのは苦手だけど、こういうのはいっかな。
 クラスメイトの下心に気付いた双葉は、始終顔緩みっぱなしのやつらを睨みっぱなしだったのだけれど。

 「あれ…これなんだ」
俺と双葉は、一組を覗いて蜜葉を見つけたんだけど、蜜葉はちょっと用があるって言うから、二人で生徒玄関まできたんだ。そして、靴箱を開けたとたんに落ちてきた封筒や小さな箱の山々に、俺はびっくりして思わず声を漏らした。
「葉月…どうかしたか?」
「な、なんでも…ないよっ」
俺は思わずそれらを足で隠して、靴棚一つ向こうの、声だけ聞こえる双葉にイイワケした。だって、これが何かなんて一目瞭然。ラブレター…だよね。それとプレゼント。宛名はしっかり「瀬川 葉月様」だし。中学校の時とかにも何回かもらったことあるんだけど、双葉に見つかるなり、半分どころか細かくちぎられて、ゴミ箱にポーンと捨てられてしったんだ。でもそれ以上に蜜葉はこういうのに過敏で、差出人をいちいち調べて何かしてしまったらしい。何人かは転校までしてったんだ。蜜葉のせいじゃないよねって蜜葉に問い詰めても、あのきれいな微笑みで『葉月のためだよ。葉月はあんなやつらからもらった汚らわしいもののために悩む必要はないんだからね』というだけで。それがさらにこわかったり。まあ、俺だって男なんだから、そんなにもらうわけじゃないよ。ごくたま〜に。まあ、そんなこんなだから、あんまり弟たちには見られたくないんだよね。
「でも…こんなにいっぱいどうしよ…」
早く隠さないと双葉が来ちゃう。俺はすっごい早いスピードで、かばんに手紙とプレゼントを詰め込んでいく。
 そんなこんなで手紙の内容は読んだ事なかったんだけど、ラブレターってどんなこと書いてあるのか興味あるよね。一応自分に好意もってくれてるんだろうし。ちゃんと返事は書きたいし。だから、全部ちゃんと持って帰るんだ…。
 「……痛っ」
最後の手紙を拾った手に激痛が走る。
「葉月は必死に何を拾おうとしてるのかな」
「…双葉ぁ」
さっきの痛みは俺の手を征しようとした双葉が、俺の手にカバンを思いっきり投げつけたからだったみたい。つまり、そんな痛くなかったんだよ。実際。でもさ、人間咄嗟になにかあると、痛くなくても痛いって言っちゃうんだよね。
「な、何するんだよ…」
今のって、俺全然悪くないよね。じゃあ、強気で言うんだもん。
「それはこっちのセリフ。そんなもん嬉しそうに拾うんじゃない」
「う、嬉しそうだなんて…」
仮にも男の俺が、男にラブレターなんてもらって喜んでるわけないじゃないか。でも、ほら、一応勇気出して書いてくれたわけだし…。
「嬉しくないなら、いらないだろ」
「なんでそう極端かなぁ…」
肩から力がガクッて落ちる音が聞こえた気がした。双葉の頭は、はい、いいえ。イエス、ノーで出来てるみたいだ。
「おや、葉月君。奇遇だね」
落ちていた最後の一通を、双葉の目を盗んで拾おうとした俺の頭上から、春風みたいなふんわりしたきれいな声がした。
「聖司先輩…」
あんまり会いたくなかった。って言うか、双葉に会わせたくなかった。だって、ラブレターごときに嫌悪する双葉だよ、告白された…なんて知ったら怒るんだろうな〜…。
「…聖司センパイってだれだよ、葉月」
双葉は俺の体を無理やり引っ張って立たせると、右腕を俺の首にガッと回して、羽交い締め状態にして、先輩と俺の間のスペースを十分にとった。
「せ、生徒会長さんだよ。入学式にいたでしょ」
「見てない。俺は葉月以外見てないから」
しれっと言いきる双葉の腕の中で、真っ赤になる葉月……。
「そう、僕は生徒会長の与那嶺 聖司。君の大〜好きお兄さんと深い仲なんだ。ね、葉月君」
「ええっ!」
いきなりな意味深な発言を問いかけられて、俺は驚声を漏らす。そして、いきなり俺を掴んで離さない手がさらに強く絡んできた。
 く、苦しいです…双葉くん。
「深い仲だって……?」
双葉は聖司先輩じゃなくて、俺に聞いてきたみたいだった。けど、答えられない。深い仲じゃないってはっきり言えればいいんだけど、そうでもない…よね。キスまでしちゃって、告白までされちゃったし…。あ、そういえば…どうしよう告白の答え…。双葉に相談なんかできないし…。
「さて、どんな仲なんだろうな。葉月聞かせてくれよ」
目が、目が…冷たい光りを放ってるんですが…。
「え、と…さっき…逢って…」
「葉月はさっき逢っただけのやつが深い仲って呼べるくらいの何かをしたわけだ」
「違っ……!」
俺は慌てて否定した。だって、双葉に…そんな軽蔑されたような目で見られたくないよ。それでも、双葉の目は恐いままで。
 胸がなんかイタイ…。ひりひりするよ。
「俺、先帰るからっ」
葉月は双葉のすきをつき、双葉の体を懇親の力で自分から離すと、寮めがけてダッシュしていった。
 残されたのは、葉月に思い寄せる男二人。もちろん、空気の悪さは、たまたまその玄関に来てしまったまったくの赤の他人にも感じ取れたくらいだ。
「三つ子ちゃんが入ってくるとは聞いてたけど…君たちだったとはね」
「生徒会長だか、先輩だかなんだか知らないが、俺は身をひくつもりはないからな」
双葉はそのスラリと伸びた長身をいかして、威嚇する。
「かまわないけれど…僕は諦めるつもりはないからね」
「なんで葉月なんだよ…あんた生徒会長なんだろ、他に言い寄ってくるのはいっぱいいるんじゃないのかっ」
「うん、言い寄ってくるのはいっぱいいるよ」
さらりと真実をつげ、聖司はニコっと恐いくらいきれいな笑顔を飛ばす。
「でも、僕が欲しいのはこの世で葉月君だけなんだよ」
さっきあったばっかりじゃないか、葉月の何がわかる……と突っ込もうとして、双葉は言葉を飲みこんだ。恋愛に時間は関係ない。立場も、性別も、周りの目も。そう思ってるのは、誰でもない双葉だから。
「僕は葉月君のあの唇を僕だけのものにしたい…あの体を抱けたらどんなに気持ちいいだろう…白いすべすべの肌…」
「葉月をそんな目で見るなっ」
それを聞くだけで、自分の欲望は理性を押し破って出てくる。想像とはいえ、葉月の体を鮮明に言い当てられ、双葉はカッとなる。
「何言ってるんだ…君だって抱きたいと思ってるくせに…」
「…っ」
図星。
 中学校に入ってから、その熱はヒートアップする一方で。抑えるために、いろんなやつとつきあったが、それでも満たされることはなかった。蜜葉を見ると、蜜葉も同じらしく、しょっちゅう町でいろんな男、女と歩いているのを目撃した。思う相手が一緒なら、対処法も一緒か……三つ子の繋がりをそんなところで感じ、苦笑した。そして、三つ子でも、どうしてこうも、思春期の欲望に差がでるかなぁ…と、思い人葉月が無防備にさらす肢体に何度、理性が壊れそうになったものか。
 双葉が理性と葉月を大切にしたいと思う気持ちの板ばさみで何も言えなくなっているとき、聖司は追い打ちとまでに、一言付け足す。
「葉月君の首筋…色っぽくて、すっごくキュートだよね……」
瞬間、ザワッと自分の全身の毛が逆毛立つのを感じた。あの痕をつけたのはこいつだ…。こいつは葉月に手を出しやがったんだ。こいつが…。
 怒りで呆然とたち尽くしてしまう。聖司はそんないたたまれない表情の双葉を残し、一人靴を履き替えると、クスっと微笑して学校を後にした。
 これで葉月君が僕のものだってことがわかったかな…。
 双葉は一人残された玄関で、こぶしに爪が食いこむくらい、その手を握り締めていた。葉月は俺のものだ。俺は、葉月じゃなきゃいやなんだ。あいつじゃなきゃだめなんだ。兄貴だとか、三つ子だとか、思春期の暴走とか、そんなんじゃない!葉月…お前じゃなきゃ嫌なんだよ、俺は…。どうすれば引き戻せる…。俺だけのものに…どうすれば。
 俺だけのものにしちゃえばいいんだ…。
 そういきつくのに時間はかからなかった。双葉は葉月の部屋のスペアキーを見つめ、せせ笑うように、寮へと向った。
 理性のぶちきれてしまった彼の行動は、すでに誰にもとめららない。まさか聖司も、双葉がこんな行動にでようとは思ってもなかっただろう。

 パタパタパタパタ…。
 森重学院の寮の一つである、紫陽花寮に奇妙な足音が通りぬける。急いでいるようなのだが、そんなに足が速くないため、変な音が出るのだ。
 こんな足音をさせるのは、ただ一人。足音だけでわかっちゃうなんて…ずいぶん惚れてるんだな、とそんな自分に少し笑みがこぼれる。
「葉月っ」
どうしてこいつと同室なんだと怒りたくなるヤツ―――双葉と同室の蜜葉は、自分の部屋にいても聞こえてきた足音に嬉しくなりながら、ドアをあけた。
「み、蜜葉ぁ」
ちょっと息切れ気味の葉月のほっぺは異常なほど赤みを帯びている。
「葉月、何かあった?」
「ぇえ!?」
どうして何もいわなくてもわかっちゃうんだろう…さすが三つ子。
「何かあったって顔してる?……俺」
ますます顔をまっかにして、両手で顔を隠しつつ上目遣いで尋ねてくる。
 うーん、これは…誘ってるのかな。
 自分の勝手な想像に蜜葉は静かに否定する。そうなら嬉しいんだけどね、と一応希望も交えつつ。
「顔じゃないよ、俺は葉月だからわかるの。話す、話さないはいいから、とりあえず部屋に入りなよ」
これ以上、こんなかわいい葉月を他の寮生に見せつけるわけにはいかない。葉月の面白い足音に、何事かと聞きつけて出てきた寮生が、扉のそちら側から何人か見ていたのを目ざとく見つけると、蜜葉はそちらをキッと睨み、半ば強引に葉月を部屋に押しこんだ。どうやら、あの入学式の一件で葉月は人気者になってしまったらしい。自分の中の危険信号がピカンピカンとなりつづけている。
「う、うん」
葉月はハテナマークいっぱいで中に入った。
 「―――これ…」
葉月は何から話そうかな〜と、斜め上を見て悩んでいるうちに、勝手にかばんを開けられてしまっていたらしい。蜜葉は、それまでの天使のような表情から一変。険しい顔で手紙を握り締めていた。
「な、蜜葉まで勝手に…」
「蜜葉までってことは双葉にも見られたんだ…それでそんなに不思議な表情してたんだ」
「う…」
蜜葉はこの十五年で葉月の行動パターンなんてお見通しだった。
「これ見て、何だと思う」
蜜葉はおもむろに、自分のカバンを開けると、その中からピンクやら青色やらの封筒を出してきた。それぞれ切手は貼っていなくて、大きく、見知らぬ名前が書いているだけだ。
「ラブレター?蜜葉ももらったの?」
葉月が言うと、皮肉っぽく蜜葉は冷ややかに見てきた。
「僕のクラスメイトがさっそく渡してきたんだよ。葉月君に渡してくださいって…苗字も同じで名前も似てる。さすがに三つ子とはわからなかったみたいだけど、関係があるとは思ったんだね。それに、葉月を入学式の時救出したのは、俺と同じ顔のアイツだし」
「お、俺宛…!?」
靴箱だけでも大量だったのに、まだこんなにあるのか。さすがに全員に返事書くのは時間かかりそうだなー…と葉月は的はずれなことに頭をかかえていた。
「ね、返事ってなるべく早く出したほういいよね…」
葉月は目の前の封筒の数を数えながら、視線をそのままに蜜葉に問う。けれど、蜜葉はその手紙も、カバンの中の手紙も全て、葉月からもぎ取ると、ゴミ箱に葬った。
「うわぁ!だめ、だめっ。蜜葉ぁ」
慌てて座っていた身を伸ばして、蜜葉のあしにしがみつくけれど、そんなの何にもなるわけじゃない。見上げると、蜜葉は南極のブリザードを思わせる表情で。
「返事…?何馬鹿なこといってるんだよ。そんなんだから、みんなつけあがるんじゃないか」
「ふぇ」
蜜葉の手厳しい言葉に、葉月は思わず首を竦める。
「だって……せっかく手紙書いてくれたのに、返事書かなきゃ悪いだろ」
「勝手に書いてきたやつに葉月が同情する義理なんてないよ」
そんなことしたら、葉月の気持ちを誤解するやからがでてくるにきまっている。
「もしかして、葉月は……男にちやほやされて嬉しがってるんじゃないよね」
葉月のあまりの無防備さにイライラした蜜葉は、悪態をつく。
「な、何言ってるんだよっ!そんな言い方酷い」
普段の葉月からあんまり想像できない、強気な瞳で睨んでくる。
 酷いのは君のほうじゃないか…。俺の気持ちなんて知らないで。
「俺は葉月が憎くて言ってるんじゃない」
「わかってるよっ」
葉月は、蜜葉が自分を心配してるから言うんだって知ってる。蜜葉は葉月がそう思ってることも知ってる。そして、それ以上の自分の感情なんか、みじんも気付いていないことも知ってる…。
「わかってないよ、葉月は俺の気持ちなんて」
蜜葉はそう告げると、葉月の唇に、自分の舌を這わせた。
 ペロリとそこを舐めると、甘い、甘〜い砂糖みたいな味がする。
 何が起ったのか理解不能の葉月は、続いてきた深い口付けを簡単に受けれ入れてしまう。
「……っ!」
蜜葉の舌が、喉の奥まで犯すように突き刺さり、ようやく自我を呼び覚ます。
 弟である蜜葉に、自分を好きだと告白してきた聖司と同じことをされている。深い、深い、親愛だけじゃないキス。ほっぺにちゅーはたまにあった。けれど、これはそんなもんじゃない。どんなに鈍感な葉月にもわかる。―――恋愛のキス。
「んっ…嫌っ」
葉月は口を無理やり閉じようと抵抗するが、蜜葉の舌が口の中で大きく存在していて、呼吸すらママならないのにそんなの無理な話で。
「ぁは…んん〜…っ」
蜜葉が、小さな抵抗を繰り返す葉月の舌に吸いつくように絡み付くと、葉月の体はピクンと後に跳ねた。
 自分の口付けで感じている…。そう思うと、蜜葉の抑えてきた情欲の炎は燃え上がる一方だ。
「葉月…葉月…」
葉月があまりに苦しそうに酸素を求めるから、とりあえず一回その深い口付けを開放してやった。とたんに葉月は苦しそうにピクピク小さな体を震わせ、必死に酸素を欲しがった。
「葉月…大丈夫?」
そういいながら、唇、そのまわり、おでこ、ほっぺ…いたるところに優しいキスを雨のように降らす。
 自分がどうなっているのかわからない葉月は、その恐怖すら感じる行為にただ涙する。蜜葉が…自分の弟の蜜葉がなんでこんなことを。わかんない…わかんないよ。
「ふっ…んぁ…うっ…」
目元から零れ落ちる幾千もの涙を手でぬぐいながら、葉月は嗚咽を漏らす。ただでさえ、熱い強引なキスで呼吸が整っていなかった葉月の息は、さらに荒れた。
「なんで…こん…なの…」
なんでこんなのするんだよ…。そう言いたいのに、ちゃんと言えない。けれど、蜜葉にはちゃんと伝わったみたいだった。
「愛してるからだよ…誰よりも、葉月のことをね」
長年の思いを告げた蜜葉は、その冷静を保った表情とは裏腹に、手の平は汗をかいているし、喉はからからになるし、心臓はバクバク言ってるし。だって、これで葉月に拒絶なんかされたら、生きていけない…。
 蜜葉は無言で黙り込む胸の中の葉月を、ぎゅっと抱きしめた。
 蜜葉が…俺のことを好き?愛してる…って?どう言うこと?
「あ…あの蜜葉…」
さっきまで繋がっていたその唇を思わず見てしまい、葉月は真っ赤になる。
「…俺たち兄弟で、男同士だよ…」
「でも、俺は葉月じゃなきゃ嫌なんだ…」
「蜜葉ぁ…」
そんなこと言わないでよ…。ただでさえ今日はいろんなことがありすぎて、混乱してるのに。どうしてみんな急に言うんだよそんなこと。
「俺…やっぱり」
ダメ…そう言おうとした唇を、今度は触れるだけのキスで塞がれる。熱を帯びた蜜葉の唇が、胸のうちの火照った気分を呼び起こして、再び体が素直に反応する。
「んんっ」
葉月が曇った声をあげながら、蜜葉から離れるため後に少し後退する。
 蜜葉と目が合わせらんないよ…。
「返事は焦らなくていいんだ…じっくり考えてよ」
蜜葉はそういうと、しらずに怯えて震えていた俺の手にそっと口付けした。それは甘い、甘い、優しいキスで、それ以上何も言えなくなっちゃって、コクンと俺はうなずくと、蜜葉と双葉の部屋である二〇五号室を後にした。
 自分の部屋の扉のノブに手をかけた瞬間、おかしいなって葉月は思ったんだ。だって、ここは確かに二人部屋の作りになっているけれど、今現在使ってるのは葉月だけだ。それなのに、鍵を入れる前にノブが回ったのだ。おかしい。おかしすぎる。
「遅かったな、葉月」
ドアを少し開いたところで聞き覚えのある声がして、納得。双葉だ。双葉ならここの合いかぎをもってるから、入ることなんてたやすい。よかった、一瞬、朝鍵をかけ忘れたのかと思っちゃったよ。
「今、双葉たちの方の部屋にいたんだよ」
そういえば、なんで双葉は先にそっちにいかなかったんだ?二〇五号室に素直に帰ってれば、俺いたのに。少し不機嫌そうな表情と声の双葉に、俺は食って掛かる。
「蜜葉と…?」
双葉の目の色が変わった気がした。それまで入っていた光が、灰色になるって言うか、何と言うか。
「う、うん。二人でちょっと…おしゃべり…とか」
嘘がつけない俺を今しんそこ自分で恨んだ。なんで、おしゃべりだけにとどめておけなかったんだろう。
「その“とか”には大方、告白されたとかなんとかが入ってるんだろ」
「え…」
どうしてそれを…?
 俺が目をまん丸にして、唖然と口をあけ見つめると、双葉は鼻で笑った。
「あいつはそうでたわけだ…さすが冷静クール様だ」
「双葉…」
どうして知ってるんだ、と聞こうとした俺の両脇にだらんとさせた両腕を、双葉は一つにまとめると、上に無理やり押し上げた。
 いきなり腕をぐねっと持ち上げられ、少し痛む。
「どうしてわかるんだって顔してるな、葉月…」
図星。
 だって不思議じゃない?ついさっきの出来事で、しかもあの部屋には俺と蜜葉二人しか居なかったのに…。
「俺が何年葉月を見てきたと思ってるんだ…気付かないわけがない」
「双葉ぁ…」
「そして…見逃すわけにもいかない」
双葉は「先を越されるなんて」と呟くと、俺の腕を拘束したまま、壁にドンと俺の体を打ちつけた。
「なっ!」
俺はあまりの理解不能な双葉の行動に腹を立て、右足で双葉の足を踏んづけてやるが、効果はない…みたいだ。双葉の表情はピクリとも動かない。
「離せよっ」
「誰にでもなびいてるんじゃないっ」
怒鳴ったつもりが、逆に怒鳴りつけられて俺は体を縮こませる。
 双葉の表情が怒気を込めていて、いつものりりしい顔をより勝気にしていた。
「なびくって…何それ…」
怯えながら、聞いてみる。だって、何言ってるんだかさっぱりわかんないんだもん。
「先輩に犯されそうになったくせに、そのまま蜜葉のところに行ったんだろ。お前はそうやって無防備な身体を誰にでもさらしているのか?」
「なんだよ…それ…」
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