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● やっぱり君じゃなきゃ嫌! --- -5- ●

葉月の頭にはピンとこなかった。だって、昨日あった信吾の言う、あいつが誰なのかなんて、わかるわけがないじゃないか。
「あいつって…俺のことか」
いきなり目の前の信吾に黒い影が重なる。とたんに聞こえてきた、葉月の声を低めにしたような、大人なボイス。
「ふ、双葉…」
葉月はこんなに早く双葉と顔を合わせることになってしまい、思わず下にうつむく。
 だって、顔なんて見れないじゃないかぁ。
「葉月、着替えが終わるまで待っててやるからさっさと着替えろ」
「う、うん」
葉月の頷く姿を見止めると、双葉は信吾のワイシャツの後首を持って、ドアの外に出てってしまった。
 葉月は一瞬、何が起こったのか呆然としていたが、二人を待たすわけにもいかない…と再びクローゼットに向き直った。
 「朝っぱらから…葉月に近づこうなんて姑息だな、笹山」
双葉の頭の中にはすでに笹山 信吾は登録済みだった。昨日、葉月のクラスをこっそり覗いてみたときに、いやに葉月に関わろうとする男がいるのに目がとまったのだ。外見は人形に息を吹き込んだみたいなこてこての綺麗作りで、どちらかというとマドモアゼルという言葉が合いそうな女顔だ。けれど、ここで油断は出来ない。葉月は女っぽい可愛さとは違う可愛さを持っているから。キュッと閉まった唇はさくらんぼをそのまま顔につけたような愛らしさで、キリリとした瞳は意思の強さを物語っている。女顔の笹山が惚れていたってまったく不思議じゃなかった。
「……そっちこそ、弟君にしてはいけない態度じゃないですか。僕は仮にも、君のお兄さんの親友なんだからね」
「葉月に親友なんていらない」
「それは君が決めることじゃないでしょう。弟君」
双葉はこの呼ばれ方が一番嫌だった。それは葉月が一番好む、自分との関係だと知っていたから。
―――弟。そうであれば、俺は葉月の側にずっといられるだろう…けど、けれど。それより先を望んでしまった。そして、昨日は行動にまで出てしまった。さっきはさりげなく接してみたけれど、怯えている葉月の様子が痛いほどわかる。眉毛の付け根が少し下がり気味で、動揺している口ぶり。敏感に動く耳の揺れ具合などからも、それがわかった。
「俺が決めることだ。葉月には俺がそばにいるから、親友なんていらないんだ」
「横暴…」
信吾は非難の声を発する。
 確かに横暴だ。小学校、中学校と葉月の魅力のとりこになった男どもが、恋人…とまではいかなくても親友として側にいたいと志願していた。しかし、葉月と蜜葉はその全てを許さなかった。そのため、葉月は、クラスメイトに仲良く接してもらえるが、特定のすごく仲の良い友達…というのはいなかった。
「横暴だろうが、暴君だろうがなんとでも言ってくれ。俺はまったくかまわない」
「遠慮しますよ。あなたに危害を加えられないのに、そんなことを言っても葉月を悲しませるだけになりそうですし」
信吾は目の前の、ブラコン心剥き出しの男を冷ややかに見つめる。でも、所詮この男は葉月の弟。どんなに葉月が好きでも、それは禁忌と言っていい。現代社会、同性を好きになることは多くなって、それに対しての批判の目も少なくなってきてはいるが、やっぱり三親等内の恋愛はハレモノ扱いなのだから。
「どうやら葉月はあなたがたを嫌っていないようですから」
あなたがた…ということばに違和感を覚え、双葉は慌てて後を振り向く。そこには、いつもの端麗な表情を少しだけ曇らせた、同じお顔の男が。
 実は双葉がこんなに早く葉月を迎えに来たのは理由があった。それもごくごく単純な。ただ、葉月と二人っきりで登校したかったのだ。今まで、小、中と母親の命でしかたなく三人で登校していたから、高校に入った暁には、二人っきりで…というアマアマな展開をちょっとだけ頭の中に膨らませてしまっていたのだ。そのためには蜜葉は邪魔な存在。だったら、低血圧で朝が苦手な蜜葉をほおって、先に行ってしまえばよいのだ…とそそくさ葉月を誘いに来たのだ。それなのに…。先約がいるなんて考えてもみなかった。いや、これは葉月の魅力を誰よりも感じている双葉にしてみれば、ちょっと安易だったと、あとから自分を恨んだ。笹山信吾のことはチェック済みだったのに。
 「違うね。葉月は俺のことを大好きだから…だよ」
蜜葉は誰よりもきれいな笑顔で、誰よりも恐怖をかきたてる声で言い切る。自分が朝弱いことを知っていて、わざとそこを狙って、葉月を奪う作戦にでた双葉にもイライラしていたし、とうぜんのように目の前にいる笹山信吾(もちろんこちらもチェック済み)にも腹を立てた。それよりなにより、低血圧のせいで、機嫌は最悪だったし。
「蜜葉…意外と早かったな……」
悪ぶれのない双葉の発言もいつもはサラリと流すのだが、さすがに今はむりだった。
「御生憎様。モーニングコールを大量に頼んでおいたからね」
寝起きの悪い蜜葉に、めざましというモノはその存在意味がまるでなかった。何個かけても、かならず起きる三十分前に、無意識のうちにとめてしまうのだ。
「さっすが、蜜葉君〜。朝からラブコール掛けてくれる恋人が沢山いるみたいだな」
双葉はその切れ長のあごに親指と人指し指をなぞらせて、なるほど…と呟く。
「卒業の時に、第二ボタンどころか、教科書もえんぴつも、けしごむのかすすら捕られたのはどこの誰だったかなあ」
蜜葉は双葉と同じ格好をして、確か…って意味ありげに囁く。
 両者一歩も引かず…。どちらも葉月のことを思うあまり、歯止めの利かなくなった若き欲望を、そのへんの言い寄ってくる男、女で吐き散らしていたのだ。もちろん、相手の名前、素性なんて知るよしもない。目の前にいるのは葉月だ…葉月なんだ…と言い聞かせて、その気になっていたのだから。もちろん…二人ともね。こんなとこばっか似てるんだから。
「じゃあ、葉月は僕がもらってもいいじゃない」
信吾が口を挟むと、二人はものすごい形相で信吾を睨みつけた。
「いいわけあるかっ」
「ふざけるなっ」
「……大人気ない…」
信吾は、以前として自分に敵意を向ける二人に、肩をすくめて呟いた。
 「ご、ごめん…二人とも…あ、蜜葉も起きてたんだね。今、起こしに行こうかなって思ってたんだよ」
朝が弱い蜜葉のことをちゃんと知っている葉月は、目の前に身支度を整えた蜜葉を見てちょっと驚いて、正直な声を漏らす。
「うん、葉月と一緒に登校したいからね」
張り詰めた、なんとも言えない空気は一瞬にして、朗らかになる。葉月は天使のような微笑で、三人の中に入りこんできた。
 こうなってしまったら、一時休戦である。
「じゃあ行こ?俺、お腹すいちゃった」
毎朝、起きたら御飯が用意されている生活をしていた葉月は、お腹を抑えて、ペロッと舌を出す。
「…ああ、行くか」
「そうだね、葉月。忘れ物はない?」
「うん、大丈夫だよ」
なんとも不思議な面持ちで、四人は学食へと向かったのだった。ただ、昨日と少し変化が見られたと言ったら、葉月が双葉の顔を一回も見なかったこと…だった。
 嫌いになったわけじゃない。双葉のことを恐いと思ってるわけでもない。でも…ただ…なんとなく顔が合わせずらいのだ。
 だって、あれ以来、俺…双葉をみちゃうと顔が赤くなっちゃうし。ドキドキするし。変になっちゃうんだよ。
 おかしいんだ、俺。
 しばらく…双葉と距離を置けばもとに戻るよね?
 葉月は朝食の牛乳を飲みながら、一人決心を固めていた。

 「葉月、部活決めた?」
入学式から数日たったころ、葉月たちには入部届けの紙が一斉に配られた。森重学院の部活は早々と選択を迫られる。それというのも、男子たるもの文武両道が大切だと考えているせいで。だから、運動部は成績、コーチ、部費、名声から、なにから長けているのに、文化部はマイナーなマイナスイメージしかない感じだ。
 もともと運動がそれほど得意ではない葉月は、とぼしい文化部の面々を見て、うーんとうなる。
 バスケ部なんてとてもとても。恥ずかしい醜態をさらすだけだし…。野球部は問題外。だってルールわからないし。五十メートルのタイムが女子並じゃ、陸上部もいくら個人競技だからって受け入れてもらえないだろうし。弓道とか、運動神経のないものに挑戦しようかなとも思って、部室を尋ねてみたところ、なぜか部長さんじきじきに断られてしまった。それというのも、フェロモンむんむんの可愛い葉月が、目の前にいたんじゃ、集中力もあったもんじゃない…というわけで。
 まあ、そんなこんなで葉月は頭を抱えていたのだ。
 みかねた信吾は助け船を出す。
「じゃあ、生徒会執行部は?」
「せいとかいしっこうぶ?」
聞きなれない、舌を噛んでしまいそうな言葉を、葉月は聞き返す。
「そ。いわゆる、生徒会の補佐をする部だってさ。結局、生徒会がやりたくないような雑用だと思うけどね」
その甘美な顔から想像できないくらい、信吾は毒舌だ。これもここ数日でわかってきた事実だ。自分のことをキッパリ言われるとちょっと、うう…と思うけれど、言われてしまえば直すこともできるわけだし、先生や、クラスメイトのちょっと横暴なところをきっぱり言える態度には、つくづく関心してしまった。
「ふ〜ん…」
生徒会とは違って部なわけだし、そんなに目立つこともないかな、とちょっと心引かれる。
「まあ、普通の部とは違って入部に審査があるみたいだけど、そんなに難しくないだろうし。それに、葉月が嫌いな運動部じゃないのに、扱いは運動部並、いや、それ以上だって聞くよ?」
大学進学を狙っている葉月は、その言葉についつい引かれてしまう。
 運動部じゃなくても内申点をあげられる生徒会執行部に興味を感じないほうがおかしかった。
「うーん…行ってみようかな?」
「それがいいんじゃない」
余裕にアドバイスする信吾に、葉月は首をかしげる。
「信吾は決まったの?」
「ん…僕は生徒会に入るつもりだから」
これには驚きだった。葉月は目をまん丸にして、ポカンと口をあける。その様子が、まるで池の鯉のようで、可愛い。可愛すぎる。クスクスと微笑が思わず漏れてしまう。
「そんなすごいことでもないでしょ。とりあえず、空きのある会計と書記を探してるみたいだし。もし僕も葉月も受かれば、結局一緒に仕事ができるね」
信吾はやんわりとウインクを飛ばす。
「そっか!じゃあ、俺もがんばらなくちゃ。俺、信吾はぴったりだと思う。応援してる」
「うん。じゃ、今日の放課後、生徒会室行ってみようか。執行部も生徒会室で活動してるはずだから」
「うん!」
葉月は、放課後に期待を膨らませていた。
 生徒会長は誰でもない、入学式にいきなりあ〜んなことやこ〜んなことを葉月にしてきた与那嶺 聖司なのに。

 「失礼しまーす…」
葉月はノックして、向こうから返事をもらえると、緊張したおももちで生徒会室のドアを開いた。
 だって、生徒会室のドアってば、どっしりとした大きなダークブラウンの木目のついた巨大な物で。なんとも言えない威圧感があったから。
「やあ、葉月君。来ると思ったたよ」
「へ?」
下を向いて入っていったから、いきなり声をかけられてびっくしりた。急いで顔をあげると、葉月は一瞬にして全てを思い出す。
「せ、聖司先輩…」
名前を覚えていてくれたことがよっぽど嬉しかったのか、聖司は生徒会長の席から走って葉月に近づくと、周りに生徒会役員、葉月の横には信吾もいるのに、ぎゅっと抱き上げた。
「やけに親しげだね」
隣にいた信吾が、不機嫌そうに言う。
「そ、そんなこと……」
慌てて否定する俺の唇に、聖司先輩はその細く長い人差し指を押し当てて、俺の言葉をさえぎる。
「まあ、あんなことやこんなことまでしちゃった仲だからね」
意味深な発言に、信吾はピクっと眉毛を動かし、周りにいた生徒会役員は、信じられない!という表情をした。
 与那嶺聖司はこの学院では王子様で、大統領で、権力者だ。そんな彼が自分から抱きついたり、ましてやその仲を自慢気に報告するなどありえなかった。そんなことをしなくても、言い寄ってくるし、相手側の方が嬉しそうに校内中にばらすもんだから、そのたびに美しい笑顔で、あっさり振ってきたお方だ。
 それなのに。それなのに。
 一体どうしたことなのだ、と現在、聖司に気に入られ生徒会役員をしている生徒は唖然とした。
「…聖司…いいかげんにしろ。その子も、連れも困ってる」
いぶかしげな表情で黙っていた男が、急に口をはさむ。聖司はクスッとそちらを向いて笑うと、葉月から身体を離した。
「ごめん、ごめん敦士。あ、葉月君。今のは副会長の桃川 敦士。無表情だけど、噛みついたりはしないから」
「聖司っ」
「はいはい」
敦士は聖司の腕をぐいっとひっぱって、生徒会長の席まで引き戻した。高そうな真っ黒の皮のイスに座らせると、自分は仕事をこなしていた、パソコンのある机の前に戻った。
「説明するなら、さっさとしろ」
敦士はキーボードに手を置き、せわしなく何か文章を打ちながらぶきらぼうに言う。
「そだね、じゃあ葉月君…と君は?」
「生徒会書記希望の笹山信吾。葉月君とは親友なんです」
葉月はその言葉に嬉しくなって信吾を見つめる。親友なんて、今の一度だって出来たことはなかった。だから、すっごく嬉しくて、胸がドキドキする……。
 親友。その言葉は葉月の中でものすごく温かみのある言葉だった。
「親友…ねえ。書記ならわざわざ選挙をしなくてもいいから…じゃあ、敦士に適性テストを受けさせてもらって。もし、そのテスト結果がよければ僕はかまわないよ」
「俺はかまう。そんな暇はない」
「僕もこんな、やる気のないひとにテストしてもらってもわざとおとされそうで嫌です。変えてください」
聖司の笑顔のおかげで、始終やわらかな雰囲気の生徒会室に、張り詰めた空気が広がる。そんなに能力のない一般生徒会役員は、たたずをのんでその状況をやりすごそうとする。触らぬ副会長にたたりなし…。
 そんな状態だ。
「…そんなことはしない。それは失言だ」
「じゃあ、受けさせてくださいよ。僕は受かる自身がありますから」
敦士は目の前にたまった書類を見つめなおし、一息つくと、生徒会室の奥にある副生徒会長室へを指差した。
 この学校には、生徒会長専用の生徒会長室と、副生徒会長専用の副生徒会長室なるものが存在するのだ。
「こっちの部屋に来てくれ。テストをする」
「は〜い。じゃ、葉月。葉月もがんばって」
「う、うん」
やっぱり信吾ってすごいな〜と単純に思っていると、副生徒会長室に向って歩き出していた信吾に呼ばれてハッとする。
「それと…」
「え、ん?」
「葉月は絶対、生徒会長室でテストしてもらっちゃだめだからね」
「へ、どうして?」
「親友の助言が信じられない?」
葉月は、その細く白い首を曲げて、なんのことやらという顔をする。信吾はため息をつくと、聖司を睨みつけた。
「葉月にするテストって何するんですか」
「何って?それは僕が決めることで、君には関係ないよ」
聖司は、口元に不穏な笑みを浮かべる。信吾はむかむかして、聖司の制服のネクタイをひっぱると、高すぎる耳の位置を自分の口もとまで下げさせた。
「葉月に変なことしてみろ。ただじゃ済ませませんよ」
そうとだけ、聖司にだけ聞こえる声で脅しをかけると、信吾は敦士の待っている副生徒会長室にかけていった。
 聖司は、この子もか。葉月君に魅了される人はこの学院に何人いることやら…と少しひにくそうに笑うと、葉月の肩に手をまわした。
「じゃ、僕の部屋でテストしてあげるね」
「え、…と…」
ついさっき、聖司の部屋でテストはうけるなと言われたばかりの葉月は、さすがに困惑してしまう。
「生徒会執行部のテスト受けに来たんでしょ」
「ど、どうしてそれを…?」
「運動が苦手で、目立つのが苦手なのに、頭は新入生一。葉月君なら、この部を選ぶと思って、空席を作っておいたんだ」
葉月は自分の弱点を言い当てられて、うずくまってしまう。
 そこまで言われれば受けないわけにはいかない。けれど、たった今できた親友の言葉を裏切るわけにもいかない。うーんとうなっていると、聖司はカウントをしはじめた。
「あと十秒以内に、受けさせてくださいって言わないと、葉月君、一生この部に入れてあげないよ、はい。いーち、にー…」
聖司が急に言い始めるもんだから、葉月は慌てて、大きな声を出した。
「わ〜!わ〜!俺、受けたいです!受けさせてください〜」
そう懇願しながら、葉月は聖司の腕に抱きついた。素直な態度に満足すると、聖司は、生徒会長室の扉を開き、中に葉月を促した。
「じゃ、僕はこの子のテストをするから、入ってこないように。それと、時間が来ても僕が出てこないようだったら。帰っていいから」
「は、はいっ」
この雰囲気はなんなんだという状況の中、お耳をダンボにしていた生徒会役員はいきなり自分たちにむけられた言葉にびっくりして、異様な返事をしてしまった。
 聖司は優しく頷くと、葉月の入っていった部屋に入り、内側から鍵をかけてしまった。その瞬間、張り詰めた糸が切れたように、みんなは大きなため息をこぼした。

 「これが何かわかる?」
聖司はペラペラと何枚かの紙をホチキスでまとめた物を、葉月の前に差し出した。
「何ですか?」
手にとって見ようとしたら、聖司はひょいっと、葉月の手の届かない位置にまで上げてしまった。
「葉月君のいろんなことが書いてある、魔法の紙だよ」
「……えぇ!?」
葉月は裏返った声をあげて、後にあった黒い皮のソファにトスンとしりもちをついた。
「ぼ、僕のいろんなことって…?」
葉月が恐る恐る聞くと、聖司は満面の微笑で返してきた。
「そうだね〜…たとえば、三つ子の弟、双葉君と蜜葉君に黙ってこの学院を入学しようとしていたのに、いつのまにかばれてて、一緒に入学しちゃった…とか、かな」
葉月は目の前が真っ白になった。だって、そんな事実、親にだって話してないのに、なんだってこの人が知っているんだろう。
「そ、そういう紙って…生徒みんな分あるものなの…?」
葉月はすっかり怯えてしまっている。ここで自分が恐い男だと思われてもしかたないので、聖司はしばし、その精密に働く脳をフルに使って考えて答えをだした。
「まあ、そんなモノだよ」
「そ、そうですよね」
本当は興信所をやとって昨日のうちに調べまくってもらったのだが。
「じゃあ、次の質問。この前の答えはまだもらえないかな」
「この前…?」
そう言った瞬間に葉月は「あ!」と何か発見した証拠の声を漏らした。
「そう、告白の返事…だよ」
考えていなかったわけじゃない。ただ、入学したての新入生はいろいろ忙しくて、もともと恋愛ざたに興味の薄い葉月は深く追求している暇などなかったのだ。それに、双葉とのこともあったし…。
「あの…それって生徒会執行部のテストと何か関係が…?」
自分は今私用で来ているんじゃないことを思い出し、葉月は会話を替えようと、言ったのだが、あえなく聖司に曲げられてしまう。
「そだね、じゃあこれをテストにしようかな」
「え、ええ?」
葉月が慌てたのも無理ない。だって、聖司は葉月の隣に腰を下ろすと、自分の膝に葉月を引きずりこみ、後ろからダッコする形をとって、羽交い締めにしてしまったのだ。こうなってしまったら、逃げることもできない。
 返事…。うーん…。ってか、こういのって所見乱用なんじゃぁ…。
「ねぇ…葉月君…もう焦らさないで…」
先輩は熱い吐息をわざと俺に当たらせるように、耳元で切ない声で言う。
 その目が、俺の目と一瞬合わさっちゃって、ドキンとしてしまう。うう…返事って言ったって…。俺、先輩のこといい人だと思うけど、思うけど。
「あの…俺は…」
そう言いかけた俺の唇に、先輩は自分の右手の人差し指を押しこんできた。
「!?」
俺は喉の置くまで手を入れられて、驚愕に目を見開く。先輩を振りかえって見上げると、気持ちよさそうな表情で、にっこり微笑むだけ。
「んぁ…はっ…んんっ」
口からどうにかしてそれを出そうと、俺は手を使って、唇を使って、舌を使う。でも、先輩は俺のそんな抵抗なんて、なんのその。わざと俺の唾液を煽るように、口の中の敏感に反応する場所を突ついては、でてきた蜜を指にしっかり絡め問っていく。
「んんーーー!」
呼吸もままならなくなり、いっそうきつくなる。俺は先輩の指先を噛んで、その苦しさを訴えるが、まったくもって効果なし。それどころか、聖司は開いていた左手で、葉月のネクタイをするするとはずすと、ワイシャツのボタンをいともたやすくはずし、その中のしっとりとした、真っ白な肌に指をなぞらせていく。
 先輩の手はひんやりしていて、俺はピクンと身体を仰け反らせる。
 その様子を目で、身体で感じた聖司は、面白そうに笑いながら謝罪してくる。その言葉のどこにも、悪気があるように思えないのが、ひっかかる。
「ごめんね…僕、冷え性なんだ」
そういいながら、だんだんと熱を帯びていく手を、葉月の胸の突起の上に移動させると、そこを転がすように弄くる。
「……っ…ぁ」
俺はすぐに快感に負けた声をあげる。
 その甘い声をあげたのが自分だと思うだけで、ますます辱められた気分になり、俺は耳まで真っ赤にする。
 けど、聖司はそんな葉月を驚きの表情で食い入るように見つめている。
 いきなり胸への愛撫が手薄になり、多少なり理性が戻ると、俺はそんな先輩のすきをついて、ダッコから開放されるため、腕の拘束を解こうとするが、いきなりぎゅっと抱きすくめられて、首筋を思いきり吸い上げられる。
「…んぁ…はっ…はぁん」
葉月は首にキスされただけなのに、それだけで自分の下肢に熱が集まるのを感じる。どくんどくんという波打つ衝撃の中、葉月の熱望はその存在を大きくしていく。
「やぁっ…!」
無理やりに身体を開発されていく恐さに、葉月は涙目になる。けれど、それとは反対に感じて、身悶える身体を聖司に見られているのは確かなことで。葉月は震える身体を、自分自身で抱きしめ抑えようとする。
 目の前に双葉が見え始める。
 双葉に触られた頬、双葉にキスされた唇、双葉に舐められた耳朶、双葉に愛撫された胸、双葉に慰められた下肢…。
 そして、双葉に開発され、弄ばれた葉月の中の恥部…。
 全てで双葉との行為を思い出され、身体中が熱を持ち始める。痒いくらいにうずく隠された場所は、表だって快感にほとばしるそこより、ずっと何かを待っているようだった。
 そんな快感に表情がゆがむ葉月の耳元で、聖司は冷酷に囁く。
「葉月君……僕意外の誰かとこんなことしたことあるね…?」
瞬間。快感に震えていた体が、ピタリとやむ。
 そのかわりに俺の額には冷や汗が浮かんだ気がした。
 どうしてばれたんだろう。俺…双葉にこんなことされたって、誰にも、信吾にすらいってないのに。どうして。
 恋愛超初心者の葉月がどんなに考えようとしても、そんなことわかるはずがなく。
「胸と首だけの愛撫でそんな甘い声出されちゃ、誰だってわかるよ」
聖司の表情はいつものあの天使の微笑みじゃない。
 あの入学式のときまではたしかに純白な身体だったはずだ。キスだって初めてだったはずだし。それなのに、入学して約二週間たらずで、胸への愛撫だけで、嬌声を漏らすまでに開発されている。
 一体誰に…。僕の可愛い葉月君は、誰に手を出されたんだ…。
 自分だったら、葉月君だけ気持ち良くして、自分は我慢する…なんてこと、こんな声をあげる葉月が目の前にいたら絶対無理だ。
だとしたら、この身体はすでに、どこぞの男に食われた身体ということだ。
 嫉妬にどうにかなってしまいそうになる。
 目の色が明らかに変わり、言葉少なめになった聖司を見て、葉月は涙がこぼれないほどに怯えていた。
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