教師。 | −2− | 小説。

● やまとなでしこ☆ダイナマイト --- −1− ●

「嫌だ!嫌だ、嫌だ、絶対嫌だからなっ!冗談じゃない」
俺は聞くのも嫌だという感じで、両耳を手で塞いだ。
 でもそれは俺の一個下の妹、根本ヒトミにあっさり引離されてしまう。
「何よ、お兄ちゃんのケチ」
「何がケチだ。なんで俺がお前の変わりに女子高になんて通わなきゃならないんだ」
考えただけでも、鳥肌と蕁麻疹で身体中がいっぱいになりそうだ。
「あたしが彼氏と海外旅行に行くからに決まってるじゃない。この夏は夏季講習とかいろいろあるからサボれないのよ〜。お願い、たった2週間じゃない」
「嫌だ!お前、俺がどんなに女嫌いか知ってるだろ、中学の時なんて毎日地獄だったんだからな」
そう、俺。根本ココロは極度の女性嫌悪症。
 原因はわかってるんだ。
 この根本家は俺の妹ヒトミをはじめ、姉のミミ、従姉妹の恵里奈、叔母の京子など、巨大な女系家族なのだ。
 もちろん、父親、叔父に選択の権限などは一切ない。
 お人好しが多いのか、たんに諦めがいいのか…知らないけど。
 そして、そんな狼の中に生まれた俺はさしずめ子羊だったわけで。
 小さい頃の俺は、そのお姉さま方にさんざんこき使わされて、いじめられて、遊ばれて。小学校入学する頃には、女と普通に話しをすることも出来ない状態にまでなってたのだ。
 中学はいるまでになんとかクラスメイトとして生活するぶんにはなんとかいられるようになったけど、授業に関係のない会話したり、体育祭のフォークダンスで手を繋いだり、部活をいっしょにやったり…はやっぱり息苦しくなったり、急に失神したり、とにかく身体が受けつけなかったのだ。
 だから高校は男子校にわざわざ入ったのに。
 なんでいまさらその悪魔どもの巣窟にいかねばならんのだ。
 ぜ〜ったい行くものかっ。
「お兄ちゃん…あたしのお願い聞いてくれないの?」
ヒトミは女の武器、涙をちらつかせながらぶりっ子風に言う。
「な、泣きまねなんかしたってだめだかんなっ」
ちょっと揺るぎそうになったけど、これだけはやっぱりダメ!だって、俺…女だらけのところで生活なんて…俺が女だったとしても絶対無理だもん。
「絶対行かないっ!って言うか、お前彼氏と海外旅行っていつそんな彼氏ができたんだよっ。お前のとこ全寮制の女子高だろ。お前はいつからそんなふしだらな妹になったんだっ」
「いつって…あの学校行けば必ず男はできる…とと、あ、えと、それはいいの。何よ、その考え方!あ、そうか。お兄ちゃん女の子と付き合ったことないからね」
胸の中心にものすごい太いやりを突き刺された感じ…。
 女嫌いを十七年間してきたココロは、もちろん女性と付き合ったこともないし、キスしたことも、えっちの経験もない。
 いつかは大好きな人と出会って結婚して、絶対優しい子供を作るんだ…という乙女チックな理想論はちゃんと持ってたりするんだけど。
「そんなに嫌?お兄ちゃんならあたしと同じ顔してるから、絶対ばれないわよ」
「嫌だ!お前は兄貴を変態にする気か!?」
「あら、あたしの変わりするだけよ」
「男が女子高で、女装してたら十分変態だっ」
「似合うからいいじゃない。お兄ちゃん女顔だし、背もあたしと対して変わらないし。体重なんてあたしより軽いんでしょ?」
それで女装が似合わないなんて言える?とまで言われて、ココロは言葉に詰まる。
 過去の親戚一同のいやがらせで一番多かったのがそのたぐい。一歳違いなのに、顔も身長も同じくらいのココロとヒトミはしょっちゅうおそろいの服を着させられた。それも、女物。
 どちらもロリコンを悦ばす容姿に、154センチという(俺は、156センチだっ!)身長の小ささ。男物の服を着せようなんて発想、誰の口からもでなかったのも頷ける。
 そんなこんなで、俺のアルバムには女装姿が五割を納めているという悲惨な現実があったり。
 考えただけでも頭が痛くなる。
 そんな俺、まともに話しができるのは妹のヒトミだけだったりする。母さんや姉さんには頭があがらない…(泣)から。
「そんなの関係ないだろっ」
そこまで頼まれている俺のほうがもちろん優性な状態だったのに、それまで大人しく頼んでいたヒトミは一息つくと、急に冷たい目になって俺に食って掛かってきた。
「あ〜、そう。どうしても嫌なの。だったらお兄ちゃんの女装写真ベスト3から1まで焼き増しして街中に配っても良いんだ?それとも、お兄ちゃんに男からラブレターがきたことお母さんとミミちゃんにばらしてもいいんだ〜?へ〜…」
「なっ!」
あろうことか、こいつは実の兄貴を脅迫にかかったのだ。
 さすが根本家の末娘…。恐るべし。
 俺の写真ベスト三…。俺から言わせてもらえれば、ワースト三なんだけどさ。
 ちなみに、三位は俺が三歳の時、結婚式の時花嫁さん(従姉妹の姉さん)のドレスと同じデザインでフラワーガール(ボーイ?)やらされたときの写真。二位は小学校の入学式の前の日。あろうことか母さんが、俺にドレススーツを用意して着させて入学させようとしたのだ。まあ、それはなんとか父さんが勇気を振り絞って止めてくれたけど。もし、止めてなかったら、俺は絶対登校拒否になってたと思う…間違いなく。
 そして、どうどうの第一位は…俺が小学校一年生。海水浴に行った時ので。俺はヒトミと同じ、真っ赤なビキニを着せられて、なまじ顔がそっくりなもんだから海辺のプリティ双子とはやしたてられたのだ。思い出しただけで赤面もんなのに、人になんか見せられるかっ!
 「嫌なら言うことききなさいよ」
声には紛れもなく、根本家の女の声が…。
 最初から、俺の拒否権などなかったのだ、と語ってるようだ。
「ううぅ〜…お前はお兄ちゃんを殺すきかっ」
俺の最後の悪あがきも、せせら笑いで交わされる。
「まさか。そうだ…制服はお兄ちゃんあたしの入るわよね。けど、下着とかはちゃんと持ってくのよ〜、別にあたしの着てもいいけど」
「誰が着るかっ」
「あ、そう。じゃ、お願いね。明後日の月曜からだから。学校の場所はわかるわよね」
既に、頭の半分以上は彼氏との旅行になっている我が妹に、俺は半泣きでぶっきらぼうに答える。
「知ってるっ!」
「じゃ、よろしくん★さっすがお兄ちゃん、頼りになる〜」
こんなときばっかり、そんなこといいやがって…。
 畳の上に大の字姿で転がって、明後日からのことを想像し、俺は一人身震いした。

 「信じらんねぇ…」
ヒトミの制服がぴったりに身体に収まり、俺は落胆の声をあげる。
 まさか本当に高校二年生にもなって、高校一年生の妹の制服が着れるとは思わなかった。
 こんな声をあげたのは、それだけじゃなくて。
 わかってはいたのだが、ここの制服。女でも着るのが抵抗ある人もいるといわれるほどの代物で。
 学校はバリバリのミッション系学校で。その名も聖LLC女学園。
 中等部、高等部、大学部の三つが敷地内にあり、二メートル以上ある赤レンガで出来た壁に覆われていて、塀の外の世界と完全に遮断されていて、結構俺たち部外者にしてみれば、謎いっぱいの学校だ。
 それでも、制服の可愛さと、学校の授業方針にいれこんで入学を志願してくる女学生は後をたたないと、もっぱらの噂だ。
 それで、今、俺がきている制服。頭のてっぺんから、足の先まで白と黒で統一されていて、いわゆるゴスロリっぽい感じで。
 丸首の襟元は、白ゆりをイメージして作られたレースで縁取られ、黒いワンピースのスカートには着様にも黒い十字架が刺繍されている。スカートをひらりとめくれば、中は純白の何重にも重なったフリルが揺れていて、こんなとこ誰に見せるわけでもないと思うのに、襟元同様白ゆりの模様になっていた。
 スカートの長さは膝上十五センチときまっていて、すかすかする感じに、俺は眉をひそめた。
 靴下は膝の上までくるハイソックスで。やっぱり黒い生地に、今度はシルクのような素材の高級純白レースがついてるものだ。
 外靴はハイヒールな真っ黒ローファーときている。
 俺にはどうもわからないが、一部の女たちには大好評らしい。
 そして、大多数の男に大人気だったりする。
 ここの学校に入ったら、男が三秒でできる、というなんともおかしな噂まであるほどだ。 
 しかも…ヒトミ曰く、これを売ってしまえばン十万円になるのもあるというから、世の中わからない。誰が買うかなんて、考えたくもないけど。
「お兄ちゃん…本当に似合うよね、こういうの」
出掛け間際、ヒトミにマジマジと見つめられ、俺は牙をむく。
「こういうのってどういうことだよ!」
「ほら、去年のお兄ちゃんガッコの文化祭の女装バーとかでチャイナ服きてたりさ、あとは中学校二年の時、赤ずきんちゃんのコスプレさせられてたじゃん」
…あまりに頭の奥底に封印してて…忘れてた。
「似合うって言われて嬉しくないっ」
「でも、全然いけるわ、これマジ。あ、そだ。忘れてたけどちゃんとかつらつけてね。これ。ちゃ〜んと作ってきたんだから」
ヒトミと同じ髪色で出来た、栗色のロングストレートのかつらを手渡され、俺はため息をつく。
 俺の頭は真っ黒なんだけど、ヒトミや姉のミミは染めたのかってくらいのブラウンで。ちょっとでもずれたらばれちゃいそうで、俺は一人震え上がる。
 女子高にいる間。俺は女どもの恐怖と戦いながら、そんなことにまで注意せにゃならんのか。
 考えただけでも、憂鬱な気分になる。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ、特殊加工で作ってあって、そっとやちょっとじゃとれないから」
「嬉しくない」
ココロは可愛い制服を着たまま、あぐらをかき、仏頂面をして答えた。
「もっとあたしらしくしてよ。あたしこれでも学校じゃ、可憐な美少女で通ってるんだから」
確かに、ヒトミは可愛いと思うけど。
 大きな目はくるんくるんのまつげで彩られてて、鼻はきれいに通っている。頬は微かにピンクが入り、透き通る白い肌を華やかに見せる。真っ赤な唇は、リップも塗ってないのにいつも潤んでいる。
 だから、たとえ根元家の血筋が入っていて、実際性格は少し強烈だとしても、見目だけなら美少女で十分通ると思うし、ホンネとタテマエがあっても人間なんだから許そうと思う。根本家の女はそれ以上だから。
 けれど、けれど。
 お、俺はこれから二週間…美少女を演じなきゃいけないのか!?
 ただでさえ、女が苦手なのに、女の中に放りこまれて?
 その環境の中で…美少女…。
 美しい女ほど性格はあてにならない…ココロ君生涯日記より。
「………行って来ます」
俺は何度も家を振り向き見た。
 俺は本当に帰って来れるんだろうか。
「いってらっしゃーい!お土産はココナッツ入りのチョコレートにするからぁ!」
大好きな妹の策略を込めたような、それでも嬉しそうな笑顔が…少しだけ俺の心を緩めた。

 「おはようございます、ヒトミさん」
「ごきげんよう、根本さん」
「あら、今日は一段と華やかですのね」
右見て女。左見て女。後見て女。前見て女。
 朝っぱらからはき気に襲われている俺の顔をよそ目に、気品よさそうな、人気の制服に身をまとった女たちは、上品にアイサツをしていく。
 みんな、委員会かなにからしく、金バッチを胸に光らせている。
 俺以外の登校者といえば、数人で。みんな帰省していた生徒らしく、重そうなボストンバッグを引きずりながら、足を急がせいていた。
 俺はあえてゆっくり…。
 女だらけの中にいるなんて久々も久々だったせいで、具合も悪かったし、たとえ数秒だとしても女の園に身を置きたくなかった。
 でも、夏季講習があるったって、この出席率の高さはなんなんだ。
 今は夏休みだぞ?
 外の学生は、海に山に、旅行に、花火!と騒ぎだってるのに。ここはなんだか違う雰囲気だ。
 みんなそんなに勉強好きなのか?
 俺はそんなことを考えながら、ばれるのではとビクビクしていたせいで無意識に下を向いて、歩いていた。
 ゴツン。
 頭がやんわりと何かに突っ込んだ。
 ん。痛くない。
 一瞬…木に突っ込んだとばっかり思ったのに。
「やあ…だいたんなアイサツだねぇ…うん、これも新鮮」
女子高だというのに、頭の上から。しかも、男の俺でも体が震えるような美声が聞こえた。
 緊張したって言うか、この中にも男がいるんだって安心したせいか、俺は上手くしゃべれない。
「君は…一年生だね。うん、見たことある。」
目の前の男がしゃべるたびに、周りの女共のピーチクパーチクわめく声がする。
 けど、今の俺にしてみれば、それはただの雑音で。
 俺はいつもの女性険悪症が発動していても、なんとか理性とプライドで女の中で倒れるのだけは避けていた。
 だから、男の存在に思わず力が抜けた。
「君!?」
ああ、驚いている声がする。
 けど、限界なんだよ。
 お願い………休ませて。
 俺は男の胸に顔を埋めるようにして、気を失った。

 「大丈夫かい?」
さっき聞いたばっかりの男の声が、頭に響く。
 ん……でも、なんでこんなに視界はぼやけているんだろ。
「ここ…俺…」
俺は一人称が素に戻ってるのも忘れて、目の前の男に問い掛ける。
「ここ?保健室だよ…君、朝急に倒れたんだよ、記憶無い?」
「俺が…倒れ…」
そこまで言って、俺は全てを思い出した。
 全てって全てだよ。
 ヒトミのことも、今置かれている状況もぜーんぶ。俺が今、自分のことを俺っていっちゃったのもぜーんぶね。
 俺は顔をガッとあげて、手で口を覆った。
「私が誰かおわかりですか、お姫様」
男は俺の頬に手の項を擦りつけながら、恥ずかしいセリフを吐いた。
「あ…俺じゃなくて、私…大丈…夫だ…です…から」
女に触られるのとは違う感じでこれもあんまり…好きくない。
 俺が慌てて顔を引っ込めると、男は怪訝に感じたというよりは、むしろ驚いたようだった。
「君…根本…ヒトミ君だね」
俺はその名前が自分を呼んでいるものだと直ぐにはわからなくて、一瞬遅れで頷いた。
「新鮮でその反応も最初は有りだけど…それじゃ男は堕ちてくれないよ」
「は?」
何を言ってるんだ?堕とすとか、堕ちないとか…。
 なのに、目の前の男はいたって真剣だ。
「例えば…上目遣いで見つめ返して、恥じらいながら頬に口付る…」
俺はわけがわからず唖然としていると、男の顔がだんだん近づいてきた。
 うわ…こいつ…めちゃくちゃかっこいいし。
 男ながらに見惚れちゃうというか、いや、惚れるって言うか、見とれる…。
 まつげなんて超長いし…。芸能人みたい。
 そういえば身長もかなり高かったな…羨ましい。
 こんなかっこいいヤツ初めて見たから、俺たぶん、ぼーっとしてたんだと思う。じゃなかったら、男の唇が俺の頬に触れてることに気付いて、パンチのひとつもお見舞いしてたさ。
 だけど、気付いてなかったんだって。俺。
 だって、ほんとに、ほんとに目の前の男はかっこよかったんだよ。
「ヒトミ君…?」
呼ばれて初めて俺は、意識が飛んでたことに気づいた。
 は、恥ずかしい〜…。今までこんなことなかったのに…。
「あ、…え…キ、キス!?」
頬に残る生暖かさを感じ、俺は右手で男の唇の触れていた頬を押さえ、ベッドから勢いよくたちあがった。
 けれど、倒れたせいでまだ足がちゃんとしてなくて、よろよろとよろけて、男にベッドに戻されてしまう。
「ヒトミ君。一体どうしたっていうんだい。頬にキスくらいいつものことだろう」
男は呆れたようにため息まじりで呟く。
 いつも!?いつもってことは、日常茶飯事…。
 キスが日常茶飯事!?
 も、もしかしてヒトミってこいつと付き合ってるのか。
 いや、ヒトミは彼氏と旅行中のはず…。
 うわぁぁん!どうなってるんだ。まさか二股!?しかも、相手は…こいつ生徒じゃないってことは先生だよな。相手は先生!?なんてことだ〜!ヒトミぃ。
 俺が勝手に想像した、妹の隠された実態に苦悩していると、それまで黙っていた男はクスッと微笑をこぼした。
「やれやれ、本当どうしたんだい。叶 英吏のキスの味をたった二日で忘れてしまったのかい」
「叶…英吏…」
俺は確かめるようにその名前を呟いた。
「叶先生…だろう。乙女が教師を呼び捨てにするなんていけないよ」
「あ…」
俺は顔を真っ赤にさせてうつむいた。
 だって、勝手に口からその名前は飛び出していたから。
 まったくの無意識だったんだよ。
 な、なんで、俺…こんなやつの名前…言っちゃったんだ…。
 ってか、本当に教師かこいつ。
 どっかのホストクラブのナンバーワンか…いや、芸能界…ううん、どっかの国の王子様ってイメージなんだけど。
「可愛い反応をするね。言葉遣いは男の子みたいだけど…うん、上々。私好みだ…」
だから、何を言ってるんだって話。
 よくわかんないんだけど。
 男は、俺の頬に再び手をさし伸ばし、優しく触れた。
 うわ、こいつ…指まで長い。しかも、細いし、なんかかっこいいな…。
 そう思ってたら、いきなりその指に力が入って、無理やり俺は上を向かされる形になった。
「ご褒美に…もっと深いキスをしてあげようね」
「―――っんんっ!」
叶は有無を言わせず、俺の唇に…唇に…キ、キスをお見舞いしてきた。
 やだ、やだ…やだぁ!
 女の子ともまだしたことないのに…ちゃんと恐ろしい女共から死守してきたのに…俺の、俺の初キスが男なんて…!
「ん……んっ」
必死で顔を左右に振ってみたけど、叶の力はその細身からは思えないほど強くて、ピクリともしない。
「…っ!なっ…ん」
それでも俺も男だから胸を押し返せばなんとか離れるんじゃないかなって思って、懇親の力で押しやったら、それを罰するように、口の中に何かが入ってきた。
「んぁっ…ぁ…ん」
叶の舌はココロの口の中を乱暴に突きつづける。
 これが初めてだったココロには苦痛以外の何物でもなかった。
 それ以前に、男にこんなキスをされているという感覚にすでにココロは精神のほうがどうにかなってしまいそうだった。
 叶は叶で、目の前のキスの相手の異変に気付いていた。
 だてにこのLLCの教師を21歳という若さでしていない。
 そう、キスなんて毎日してるはずなのに、この反応はどうみても初めてといった感じ。しかも、相手はキスを嫌がっている風にも見える。
 いや、不本意だが完全に自分のキスを嫌がっている。
 なぜ…。この私のキスだぞ。
 この学園の教師陣の中でも1、2位を争う美形なのに…。それに、どの生徒も私と素敵な一夜を共にしたいと毎日のようにねだられるのに…たったキス一つを嫌がられている。確かに、この生徒にはこの手のキスは初めてだったけれど。
 この学園でキスが初めてなんて子は入学式にだっていない。
 だって、それが入学の条件の一つでもあるから…。
 じゃあ、なぜ…この子はこんなにも新鮮な、そして…おいしい反応をするんだ?
「やだぁ!」
叶が自分勝手な考えに夢中になっていたとき、ココロの精一杯の願いは神様に通じ、身体を離すことに成功した。
「はぁ…はっ…ぁ」
初めてのキスなのに、舌まで入れられて、しかも一分以上繋がされて、呼吸が困難だったこともあり、ココロは肩をあげ下げしながら息をついた。
「こ…こんなの…」
泣くもんか、と思えば思うほど気が高ぶってきて涙がでそうになる。
 それを気力で抑え、俺は叶を睨み潰した。
 と、思ったのはココロだけで、叶にしてみれば、ちょっと強気な潤んだ瞳に熱い視線で見つめられた…って程度だったのだけれど。
 しかも、それは叶のツボにはまったらしい。
 この学園にくる生徒はみな、男が欲しいとか、付き合いたいとか、男を手玉にとりたい、玉の輿を狙ってる…など貪欲な女が多いので、今のココロみたいに自分に反骨精神を持っている生徒にあったのは初めてだったのだ。
 叶の中で何かがザワザワ震えた。
「キスくらい、君だって彼氏といつもやっているだろう」
「や、やってるわけないだろっ」
俺はゆでだこみたいになった顔で叶を必死で睨みつけた。
 が、やつはなんだか不思議な表情で俺を見つめているだけだ。
続く。
教師。 | −2− | 小説。
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