千年の恋は★やまとなでしこ

小説。 教師。 -1-


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英吏のキスを拒んでからというもの、ココロはますます英吏に会いずらくなってしまい、朝は早くに登校し職員朝会中まで数学準備室で時間を潰し、放課後もギリギリまでここで仕事をする日が続いた。
 そうなるとチャンスを見計らったように、LLCの女生徒たちはココロに相談事を持ち寄った。
 やっぱりクリスマスともなると、恋人関係の相談も多く、ココロはその度に英吏を思い出していた。
 英吏と話をしたいな。
 なんて、片思いでもする子のようなことをふと思ってしまい、ココロは苦笑する。
 思いが通じ合っているはずなのに、なんでこんな思いをしてしまうんだろう。
 憂いを帯びたその顔はやはり童顔でも、二十代の男の色気を持っていた。
「ココロ先生って恋したことある?」
 色気たっぷりのため息をついたココロに、大鳥美和が突然聞いてきた。
 一瞬わけのわからない気まずさを感じた後、ココロは小さく頷いた。
「うん……あるよ」
 ある、という事実すら隠す事はないだろう。
 別に誰だ、とか、男の人なんだ、とか語る必要はないのだから。
「ココロ先生が恋しちゃうんだから、きっと素敵な人ね」
 美和の素直すぎる言葉が胸に痛かった。
 素敵な人だよ、世界でたぶん……一番。だって、君も好きな人なんだから。
 言ってしまえば楽になるのだろうか。
 ココロは胃が病むようなこの感情を抑えきれなくなった。
 でも、何を言うんだろう……俺は。
 今、俺と英吏の関係を言ってしまったら、俺は美和ちゃんを傷つけてしまう。
 だからと言って、美和ちゃんに英吏に告白する事を勧めるなんて出来はしない。
 英吏も……俺も傷つくから。
 駄目教師……。
「うん、……素敵な人…………」
 そうしゃべっていて涙が出た。
 美和ちゃんを傷つけたくなんてない、でも、英吏も失いたくない。
 エゴの塊みたいだ……俺。
 それでも、これは神様が俺に与えてくれた試練なんだね。
 どうして、人って何かを失わなきゃ何かを得られないんだろう。
 どうして、誰かを傷つけなきゃ恋もできないんだろう。
「どうしたの、ココロ先生……何、その恋人と何かあったの?」
 戸惑い焦る美和に、俺は涙顔でその動きを止めることを伝えた。
 一番動揺しているのは俺なのだけれど。
「伝える……気持ちがある?美和ちゃんは」
「伝える……って」
「英吏……叶先生に気持ちを」
 ココロが言うと、美和は急にかしこまって、頬を赤らめた。
 けれどおどおどすることもなく、大きく頷いた。
「もちろん!……だって、あたしもうすぐ卒業だし……」
「うん……」
 ココロは自分が今最低な人間に落ちていくのがわかった。
 でも、こうするしかないのだ。
 解決策はもう一つしかないとずっとわかっていたことなのだから。
 誰かを傷つけるより、自分が傷ついた方が良い。
「じゃあ、あのね」
 ココロは一つの提案を美和にもちかけた。
 そんなこと、英吏はまだ知らない。

 そんな英吏の元にココロからクリスマスカードが届いたのは、クリスマスの前日、イブの日だった。
 朝目覚めると、合いかぎを使って入ったのか枕元に丁寧に編みこんだ靴下の中にそのカードはちょこんと入っていた。
 たぶん靴下もカードも手作りなのだろう。ココロらしいと思いながら英吏はその中身を読みだす。決して上手とは言えないけれど、丸字入って愛着のあるこの字は間違いなくココロのものだった。
 ここ数日ココロに触れていない、廊下ですれ違っても顔を背けられるばかりだった。
 そんなココロからの1通の手紙。
 何様男英吏様でも、少々ドキドキする反面はあった。
「今夜十二時、あの桜の樹の下に来てください、ココロ」
 予想に反してクリスマスカードとしては物寂しい、手紙としては物足りない、ただただ用件を伝えるだけのモノだった。
 何度裏返してみても、裏には何もない。
 英吏はシルクのパジャマの上にそれを置きながら、ベッドの上で何度もそれを読み返す。
 あの桜の樹とは、このLLC女学園に伝わるなんとも女子校らしい伝説の桜の樹だ。
 校庭の一番端。校舎にいてはなかなか見る事のできない位置にそれはある。
 大きな大きな桜の樹で、樹齢百年以上はくだらないという話しのある桜の樹だ。
 伝説は、その桜の樹の下で恋人同士が愛を誓うと一生幸せでいられるというモノだ。
 それが嘘か本当かわからないけれど、現にココロと英吏の二人はその伝説によって恋仲になれたようなものだった。
 その桜の樹の下に今なんで、また……。
 英吏は再び考え込むが、ココロの思っている事がまったくわからなかった。

 クリスマス期間ももちろん寮は健在なのだが、ほとんどの生徒たちは家家のパーティに出るために帰省していた。
 そんな人少なめになった寮で、大鳥美和は一人鏡の前で服選びをしていた。
 ココロが、今夜桜の樹の前に来てくれ、と言ってきたのだ。
 英吏先生を自分が連れてくるから、と。
 告白のチャンスは今しかないのだ。
 普段憎まれ口ばかり叩いてしまう分、恋愛対象にはあまり見られていないかもしれないが、告白することに意味はある。たとえ恋人がいたって、たとえ断られたってめげない自信が美和にはあった。
 時計を確認し、時間通りなのを確認して美和は外に出る。
 服装は真っ赤な胸元の開いた大人なドレスに、流行りの白のファーコート。普段洋服なんてめったにこだわらないから、仲の良い友達に選んでもらったものだ。
 年上の男性が好きなファッションというテーマで。
 靴にまでこだわり、可愛らしいファー付きの珍しいブルーの生地ショートブーツだ。
 普段の男勝りの美和は、既にクリスマスファッションの可愛らしい乙女になっている。
 少し違った自分に気恥ずかしさを感じながらも、美和は桜の樹を目指した。
 美和も、この伝説を知らないわけではない。
 英吏に恋心を抱くまでそんな伝説に興味はなかったが、それでも周りの子たちがキャアキャア騒げばそういう話しも耳にするものだ。
 吐く息は白く、視界を穏やかにぼやけさせる。
 そんな中、普段の日は夜になると真っ暗で伝説どころか神霊スポットにもなりかねない桜の樹がイルミネーションによりキラキラと輝いているのが見えた。
「ココロ先生っ」
 その美しく輝く、葉も花も枯れ、雪すらまだ積もっていない桜の樹の下にはココロが一人立っていた。
 雪のように白いココロの肌がいっそう白く見え、まるで雪の精のように普段よりずっと魅惑的に見える。
「すごい綺麗!先生がやったの?」
「うん、美和ちゃんもすごく綺麗だよ」
 ココロがお世辞ではなく本心で言うと、美和は本当に素敵に笑った。
 女の子はこうやって女の人になっていくのだろう。
 じゃあ、俺は……。
 恋はした、少しは身長も伸びた、体重も増えた。でも、どこも六年間変っていない気がするのは何故だろう。
「ね、英吏先生もうすぐ来るの?あたし本当にちゃんと言えるかなぁ」
 服装や髪型の乱れを直すふりをしながら、美和は早口で捲くし立てる。
 ココロはそんな美和の前にたって、静かに告げた。
 いつも笑顔のココロの表情が、周りの人を落ちこませてしまうほど暗い。
「え」
 美和の聞き返す声がした。
 それは、信じられない、とか、嘘でしょう、という雰囲気よりも、何故、と聞こえた。
「英吏はここには来ないんだ……ごめんね、ごめん……」
 ココロは身体を九の字に曲げ、決して美和を見ない。
 見えるのは少しだけ積もった雪と、自らの足。
 今年の冬は暖冬だった。
 足元から見える黒い土の姿が、なんとも奇妙だ。
「ごめん……ごめん……」
「な、何先生謝らないでよ、英吏先生にだって都合とかあるんでしょ。仕方ないよ」
 せっかく可愛い格好をしてきたけれど、彼女はそんなの気にも止めていないようだった。
 なにせ、『英吏は都合で来られなかったのだ』と頭の中で解釈してしまっているから。
 でも、ココロはそれで納得できてしまうほど、スレた大人じゃなかった。
 もっとココロが違う性格だったら、もっと楽な生き方も恋愛も出来ただろうに。
 ココロが悩んで悩んで悩んで探してやっと見つけた解決策は、美和を苦しめる最悪の結果だった。
「俺が……時間を遅らせたんだ……美和ちゃんには十時に来るように言って、英吏には十二時に来るように……言ってあるんだ」
 ココロは嘘がつけない人間だった。
 誰しも、苦手なものがある。それはピーマンだったり、鉄棒だったり、人と話すことだったり様々だけど、ココロの場合はソレだった。
 今日一日で病気にでもなってしまいそうなほど苦しみ、悩んだ。
 嘘の手紙は、ココロにとって爆弾だった。
「どういうこと…なの、ココロ先生」
 美和の声の調子が少しいつもより低く、ゆっくりだ。
 人は怒っている時、その声を荒げるか、冷静になるかどっちだ、という何かに書いてあった文句を思い出す。
 怒っても良かった、詰ってくれてもよかった、軽蔑してくれてもよかった。なぜなら、それが少しでも自分の欲を選んだ自分への制裁だから。
「俺には最愛の人がいます」
 真っ黒なスーツに身を包んだココロは、雪の深々と降り積もる樹の下でそっと瞳を閉じた。
 音は何もせず、響くのはココロの少し高めの声。
 震えることなく浸透するのは、やけに落ち着いているから。
「美和ちゃんに言った人だよ。すごく素敵で、すごく格好良くて、俺にはもったいないくらいの人……」
「ココロ先生……」
「たぶん、美和ちゃんみたいな女の人がいっしょにいたほうが幸せにできると思うんだ」
 英吏がヒトミを好きなんじゃないかって疑った時もそうだった。
 女の人と英吏が恋に落ちていたら、英吏はきっと順風満帆な素敵な生活を送っていたと思う。
 だけど、けれど……。
「でも、すごく、すごく好きなんだ」
 人にこんな風に告げたことはなかった。
 宮や京に相談をもちかけたこともあったし、ヒトミにからかわれるように言わされたことはあったけれど、本心を素直に打ち明ける、こんな告白めいた言い方で告げるのは本当に初めてだった。
 すーっと胸の奥に入り込んでくる心地よさに、何故か涙が出た。
 嬉しいのに涙が出るなんて変だと、ココロは少し笑った。
「ごめんね……大好きなんだ、本当は誰にでも言いたいのに、怖くて、心細くて言えなかった……本当はもっとみんなに聞いて欲しいのに」
 顔をあげたココロは、美和の熱い視線をただ感じていた。
 美和は視線をココロから逸らすことなく、頭や一帳羅の服に雪が積もってきているのも気にせず、ただただココロを見つめ続けていた。
「俺の好きな人は……英吏なんだ」
 驚いた顔も、息を呑むような音も、軽蔑するような声も、何も聞こえなかった。
 美和は、ただ……ココロを見つめていた。
「俺は英吏の幸せを汚すだけなのかもしれない……それでも、俺は英吏と一緒にいることが俺の幸せなんだ」
 英吏が俺を好きになってくれた。
 でも今は、俺は英吏がいないと楽しくはない。嬉しくもない。悲しくもない。笑えもしない。泣けもしない。
「なんとなく……気付いてた」
 美和の声は怒っている声ではなった。
 確かに笑っているわけではなかったけれど。
「だって、あれだけ英吏先生も頻繁にココロ先生の部屋遊びに来てればねぇ。おかしいと思うじゃない」
 美和は何かを思い出したのか、少し思い出に浸っている。
「――恋してる目してたの…英吏先生。気付くよ……そりゃ気付くよ……でも、心のどっかで避けてたの…違うって」
「美和ちゃん……俺…」
 英吏の恋人だったというのに、その事実を隠し、英吏についての相談に乗っていたことを謝ろうとしたけれど、美和がココロの声を遮った。
「ごめんね、ココロ先生。あたし、きっと知ってたから意地悪しちゃったんだね」
「え……?」
「たぶんわざとココロ先生に、英吏先生のこと相談しちゃったんだよ。やだなー、あたしってば最低な性格」
「……違っ…」
 泣き出しそうな声で笑う美和に、ココロは振り絞るように叫んだ。
 なんて強く、綺麗な子なのだろうと思う。
 自分なんかよりよっぽど…よっぽど……すばらしい人だけれど。
 自惚れでは無く、英吏が恋人として選んでくれたのはココロなのだ。
「違う……酷いのは俺なんだ……違う」
 卒業まじかで、もう英吏との接触を失ってしまう彼女に告白の機会すら与えてやれない心の狭さを怒って欲しかった。
「酷いことしているのわかってるのに…わかってるのに、それでも英吏はあげられない」
 二人とも、きちんとした格好をしているのに寒さと涙で顔は真っ赤になり、涙が顔を濡らしていた。
 ぐちゃぐちゃになったココロの顔を、美和は両手で包み込むように包んだ。
「来年になっても、再来年になっても、十年たっても、百年たっても……俺は英吏を誰にも渡せない……」
「英吏先生のこと、好きなのよね」
 芯の強い瞳がココロを睨みつける。
 けれどその瞳からはひっきりなしに、宝石のような雫が溢れ出していた。
「……大好き」
 体中から湧き出てくるような雫は、とても温かく。
 冷え切った美和の手を濡らした。
「大好き……なんだ」
「うん……」
 これが今の俺に出来る最善の方法だった。
 大好きな人を守るための……最善かつ最悪の方法。
 しかし、美和はココロを怒る事は一度も無く、ココロの頬から手を離した。
「あたしもきっとココロ先生に負けないくらい……英吏先生のこと好きだったよ!」
 粉雪舞う静かな校庭で、美和は叫んだ。
「ごめん……ごめん……っ」
「謝らないでよっ」
「ごめ……あっ、え、と……」
 相変わらずのココロに、美和はやっと心から笑った顔になって噴出した。
「あはは。先生らしいっ」
 嘘がつけなくて、単純で素直。誰にでも優しくて、一緒に傍にいれば朗らかになる。
 きっと、ここ何日も悩んだのだろう、と美和は思った。
 痩せた頬がなぜか痛々しい。
 ここ数日、ココロと英吏のツーショットを見たことがない。あれだけ二人にべったりくっついて生活していたと言うのに。
 ココロは努めて会わないようにしていたのだろう。
 好きな人の傍にいられない事がどんなに辛い事か……わかるから、美和はココロをうらむ事なんてできなかった。
 むしろ、自分達は同じなのだと思った。
 男とか、年齢とか、地位とかそういうのは関係ないのだ。
 あるのは恋している事実だけ。
 心が囁いて、喚いて、煩くて仕方ない!
 会いたい、会いたい、会いたい、そう思ってしまうのだ。
「大好きだったよ、英吏先生」
 美和は初恋を桜の樹にそっと告げた。
 何百とついた電球がキラキラと光り、まるでその恋の終わりを祝福しているように思えた。
「じゃあ、あたし先戻ります……先生も早く戻ったほういいよ?風邪引いちゃうから」
「……うん」
「あ、先生。電球綺麗だったよ。ありがとうね、最高のクリスマスだよ」
 美和は少し走って振り返り、そう告げると後はダッシュで走っていってしまった。
 せっかくの真っ赤な大人なドレスを着ているというのに。
 ココロは体中から力が抜けた気がした。
 一年で一番誰もが幸せを感じる日に、ココロが美和に与えたものはそれとは真逆のもの。
 それはココロが生まれて初めて自らの意思で下した、自分を守るための行動だった。
 自分が傷つけばいい、そう思うタイプのココロの生まれ始めての決断。
 自分はいくら傷ついてもよかった、でも…でも……やっぱり英吏は渡せない。
 寒い、冷たいはずの背中が急に温もりを帯び、首に人肌を感じココロはその腕に抱きついた。
「ココロ」
「ぅ……ふっ……」
 声の主は英吏だった。
 桜の樹の陰にでもいたのだろう。背後からそっとココロを抱きしめる。
 ココロもその腕の存在を驚きはしなかった。そう、英吏ならばそこにいる気がしていたのだ。
「英吏ぃ……ひっく……英吏っ」
「ありがとう……ココロ」
 無き止まない子供のようなココロを、英吏はよりいっそう強く抱きしめる。
 英吏の指が、少し冷たくなっているから、本当にずっとこの場にいたのだということがわかった。けれど、ココロの判断を待っていたのだ。
「ちゃんと、俺のことを好きって言ってくれてありがとう」
 英吏の言葉が胸に刺さる。
「嬉しかったよ……ちゃんと……大鳥君にココロの口から言ってくれて」
「英吏…もしかして……」
 美和の気持ちを知っていたんじゃないだろうか、そう言おうとしたココロの冷たい唇を英吏の長い指で塞がれる。
「来年になっても、再来年になっても、十年たっても、百年たっても……俺はココロしか好きじゃない」
 さっきココロが美和に言った台詞をもじっていたその言葉は、お互いの思いが同じことを告げていた。
「英吏……んっぅ……ふっぁあ」
 英吏はココロを包み込むように口付けた。
 性欲により温かな口内は、雪のように蕩けあう。
 生チョコのように甘いキスは、止まることなく二人を浸透させた。
「ずっと……こうして抱きしめてキスしたかった……」
「んっ……っ…英……」
 六年経っても蜜月継続中な二人にしてみれば、この触れ合えない日々は辛く長いものだった。
 貪るように英吏はココロの口の奥へ舌を進めた。
 歯列の裏も、甘い舌も、溢れ出す滴りも全てが自分のものだと支配するように、舌を動かす。
 久しぶりの刺激にキスだけで可愛い反応を示すココロに、英吏はますます燃え上がった。
「……俺……も…っ」
 寒さだろうか、恥ずかしさからだろうか、顔を真っ赤にさせながら、キスの合間にココロが囁いた。
 普段えっちぃ事真っ最中でも、ココロは恥ずかしい言葉を口にする事は無かった。
「英吏と……したかった……っ」
「ココロ…っ」
「っふ……んんっ」
 イルミネーションが飾られ、キラキラと光る伝説の樹の下でココロは涙を流しながら英吏とキスをした。
 美和を苦しめてしまったのに、それでも英吏とのキスはとても嬉しく、神秘的で素敵なことで。
 心では拒んでいても、本能と言う名の熱情がそれを快感へと変える。
 汚らわしく、醜く、酷だけれども、最高のキス。
「ぁっ……っ……んんっ」
 英吏の手がスーツのボタンをやや乱暴に解き、冷たい手をまだ温かい身体へと滑らせていく。
 ピクンと固くなった胸の飾りを弄られ、ココロは英吏の身体へと抱きついた。
 周りは寒くて、暖めあうものは二人の温もりしかなくて、それを言い訳にして身体を重ねる。
 何度美和に謝ったらいいのだろう、何度頭をさげればいいのだろうか。
 何度でも下げるから……。
 夢うつつでそう思いながら、ココロは英吏の肩を強く掴む。
 ぎゅっとして欲しかった。自分がそう思う分、英吏にもそう思ってて欲しかった。
 一人じゃ叶えられないもの。
 誰かを巻き込んだ上での幸せなんて、本当の幸せじゃないのかもしれないけれど。
「ぁっ……英吏っ……触って…もっ……と」
 ココロの可愛い喘ぎ声に当てられたように、ココロの足を抱え桜の樹の身体に背中をたくし、英吏はココロの身体を貪る。
 首筋に温かな痛みを感じ、ココロは首を上へとそらす。
 英吏の猫毛の髪の横から覗く桜の樹は、ココロが初めてこの桜の樹を見たときより大きくなった気がする。
 成長しているのだ……。こんな大きな気ですら、日々前進しているのだ…未来に向かって。
 ココロは英吏にしがみつくような体勢のまま、英吏を抱き込んだ。
「っ……ぁあっ」
「ココロ……愛しているよ……」
 貫かれる快感を一心に受けながら、ココロは願う。
 自分ももっともっと……強くなりたい、と。
 英吏に与えられている愛を受け入れているだけでは駄目なのだ。自分から動き出さないと駄目なのだ。
 誰かを傷つけるのは、自分の優柔不断な態度と判断。
 誰も傷つけずに恋愛などできない、けど、でも……。
 傷つけられてもその恋をしたことを間違いじゃなかった。
 そう思えるなら……。
「あああっ……英吏ぃ…っ」
「千年経っても一緒にいよう……ココロ」
 伝説の樹に全体重を預けながら、ココロは英吏の熱情を必死に受け止める。
 無我夢中で英吏の肩を抱きしめ、身体から伝わる幸せを全身で伝えたくて、わかって欲しくて、ココロは消え去りそうな頭の中で言葉を考え、口にする。
「す……き……」
 夢うつつのようなココロの本心を胸に受け、英吏はより盛る気持ちを抑えようともせずココロの中に欲望を放った。
 
 目覚めたココロがいた場所は、自分のプライベートルームよりもいる時間が長いだろう、英吏の部屋のベッド。
 キングサイズのそのベッドの上で、隣にいる英吏と目が合う。
「おはよう、ココロ。メリークリスマス」
 フンワリとした英吏の声は、いつ聞いても心地よい。
 ココロは安心しきった笑顔で英吏に微笑む。
「おはよう……英吏」
 暖かな感情が心内を支配し、自然と笑いたくなる。
 最高なクリスマスプレゼントだと思った。
 そう思いながら、ベッドから身体を起こそうと思ったココロは何かに手足を引っ張られ、ベッドに強制的に戻らされる。
「え」
 シルクのブランケットを剥ぎ、自らの身体を見るとそこには信じられない物が。
「な……何これ!」
「何って……シルクのリボンだよ」
 ひょうひょうとした顔で答えられて、ココロは愕然と肩を落とした。
 だって、ココロの身体には光沢のあるピンク色の長いリボンが器用に巻かさっていて、まるでクリスマスプレゼントをラッピングしたかのようだった。
 足の先から上半身に至るまでなんともいやらしい色のリボンは、ココロの身体が唯一まとっているものだ。
 胸の飾りや、腿など英吏がお好きな場所はとくに入念にラッピングしてあり、下半身の一番大事なところといえば、同じ色の別のリボンで先から根元まで綺麗に結ばれている。
 さすがのココロも引きつった顔で、英吏を見つめる。
「クリスマスまで焦らしたお仕置きだよ」
 英吏は格好良いその顔をニンマリといやらしく笑い、言った。
「最高のクリスマスプレゼントは、何よりも君だからね。コ・コ・ロ」
「ぁっ……」
 何年たってもこの調子な二人は、きっと百年経とうが千年経とうがこのまんまなのだろう。
 きっと、ずっと、一生。
 そういう運命の下にいるのだ。
 甘い、甘い英吏のキスを受け、ベッドの誘惑に落ちて行く。
 英吏の部屋の前で、宮や京太郎がココロへのクリスマスプレゼントを山ほど抱え、ドアをいざ開けようとしているなんて夢にも思わないで。

終。


小説。 教師。 -1-


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