ぱぱコン

−4− −6− 学生モノ


−5−


愛実の弁当が盗まれたという話は、すぐさま学食を飛び出し、二学年広まり、そして一年生、三年生へと広まった。
 そうなってくると、当然……宵威の耳にも飛び込んでくるわけで。
 それをききつけた宵威は慌てて二年A組―――愛実のクラスへと走っていった。もう既に、昼休みは終了する時刻だというのに。
「愛実さんっ!」
 教室の扉を壊さんばかりで入ってきた宵威の姿に驚いたのは、クラスメイトたちだった。
なぜなら、この学校の中で愛実の事を『愛実』と名前で呼ぶのは、隆二、正宗に続くクラスの数名と、生徒会役員だけ。一応学生会会長とはいえ、たかだか一年が天下の愛実の名を叫びながら入ってくれば、驚くのも当然と言うものなのだ。
 驚くと言うか…不審に思うと言うか。
 ただでさえ、お弁当事件でみんな気がたっているのだ。
 それというのも、愛実はお弁当がなくなったはずなのに、学食から返ってくるとき彼は二つの弁当を抱えて帰ってきた。
 一つは愛実と仲のいい正宗の愛用している弁当箱だとすぐにわかったけれど、もう一つ…もう一つは確かに愛実のものだった。
 じゃあ、愛実のなくなった弁当って言うのは…誰用のもの?
 その疑問が、頭の回転の速い生徒の中には浮かびあがっていたのだ。
 そんな時に登場した………憎らしいくらい良い男。
 そりゃあ……警戒もするだろう。
「何か用かい『愛実さん』に。学生会会長……1年A組芦屋宵威君」
 みんなが謙遜する中、話し掛けたのは、このクラスで愛実たち三人の次に美形だと評判のここのクラス委員長だ。
 インテリ系の眼鏡のズレを直しながら、大人な態度で対応する。
 走ってきたせいであがっている呼吸を直していると、宵威もだんだん冷静になってき、思わず『愛実さん』と呼んでしまったことを、思い出す。
 宵威としては、変な誤解(むしろ本当)された方が嬉しいのだが、愛しい恋人はシャイでそして純情な愛実なのだ。
 もし、このことがばれたら、絶交なんて言い出さないとは考えにくい。
 心の中で苦笑しながら、とりあえずその事を訂正する。
「…友人と田宮先輩の事を話すとき、いつも『愛実さん』と読んでいるので、そのクセがつい出てしまいました。田宮先輩にはこのことを内密に」
 情熱的な愛実シンパの一人である委員長はその言葉を聞き、ほっとしたのか、さっきよりはまだ誠意のある話し方になる。
 あくまで、まだ。
「……そうか。ああ、注意した方がいい。愛実は名前で呼ばれることは嫌うから」
 わざと愛実という名前にアクセントをつけて言われて、宵威はピクッと眉を動かし、表情を曇らせる。
 いますぐにでも愛実と自分との関係を暴露してしまいたい気分なのをどうにか理性と言う名の最終兵器で押さえ込むと、本題に入る。
「………ところで、その田宮先輩はいらっしゃらないんですか」
「ああ、今はね。君もあれか?愛実の弁当の事を聞きつけて来たクチか?」
 確かにそうなのだが、コイツは確実に宵威の事を一ファンとしてしか捕らえていない。無知とは時に恐ろしいものだ。
「君なんかが心配しなくても、愛実の事なら大丈夫だ」
 カチン。
 宵威の頭の中で、軽快な金属音が鳴り響いた。
 君なんか…?
 そこまで言われては、彼氏の名が廃る。
 宵威は憤る気持ちを抑えられず、委員長の前に一歩進み出る。
 委員長だって大の高校二年生だから小さくはないのだが、宵威よりは劣る。しかし、それ以上に彼が小さく見えてしまうのは、軟弱な身体のせいだろう。
 宵威は幼い頃から武道をたしなんでいて、段持ちだから大体の人は宵威より劣ってみえるのだが、委員長は別格でそうだった。
 なんせ、勉強一筋十五年なお人だ。
 ちなみに、二年前に愛実に出会い、フォーリンラブ。勉強プラスαとなったのは…言うまでも無い。
「………今、なんていったんだ…?」
 宵威の優等生の顔が破れ、低い男の声で威嚇すると、委員長はその豹変振りに驚き後ろにこけそうになる。
「な、な、なんなんだ君は!俺は先輩だぞっ、敬う気持ちを持てよっ」
 慌てふためきそんなわけのわからない理屈を喚く委員長の姿を、宵威は鼻で笑った。
「尊敬に値しない先輩は敬わないことにしてるんです、俺」
「くっ!」
 まぁ………この世で尊敬できる先輩なんて、愛実さん一人でしょうけど…実際。
 ここでこの委員長といくら話をしていても埒があかないと、宵威は踵をかえす。すると、その筋肉のついた腕を、後ろから掴また。油断していたから、思わず身体がガクッと揺れた。
 嫌々で後ろを振り返れば、腕を掴んでいたのはやっぱり委員長さん。
 ため息をつきながら、その行為の謎を問う。
「……何か用でしょうか」
「まさか、お前じゃないよな……」
「は?」
 こういう文体の言葉を聞かされると、ものすごくイライラしてくる。どうせ言うなら、最初から主語も沿えてしっかり言えばいいんだ。
「……はは…まさか、な」
 委員長は自らの早まった行動をあざけ笑うかのように、微笑すると宵威を掴んでいた手を離した。
「何の事を言ってるんですか」
 愛実を早く見つけに行きたいのに、こんな意味深な会話を残されては、動きたくても動けないと言うものだ。
 宵威は急かすように聞くと、委員長は再び最初の余裕の笑みで大きく笑った。
「いや、まさか君なわけがないよな。ああ、ごめん。ごめん」
「だから、説明しろよっ」
 思わず大声で叫べば、クラス中の視線がドア付近に集まる。
 宵威はその痛い視線を一瞥で振り払うと、冷静になってもう一度聞く。
「……先輩の話には主語も何も無くて、理解しかねます。説明してくれませんか」
 話す気なんてさらさらなかったのだが、あまりの宵威の気迫に押され、もともと意思の強い方ではない委員長は、渋々ながらも口を開いた。
「……愛実は今日お弁当を二つもってきたらしいんだ」
「二つ?」
「ああ…そうだよ。ただ、誰に持ってきたのかは不明なんだ」
 愛実がお弁当を作っているとは聞いた事がないから、たぶん作ったのは薫さんだろうけど、持ってきたからには、たぶん……自惚れじゃ無く俺用だったと思うんだけど。
 誠意のこもったお弁当とは程遠い気はするけど。
 それでも、じゃあなぜ…愛実は朝……言ってくれなかったんだろう。
 一言、たった一言、『薫がもっていけって言ったから』とかなんとか照れながらでも言ってくれたらよかったのに。
 なぜ言わなかった…?
 いや、もしかして、故意に言わなかった…?
 そう思ってしまう自分が醜いのだろうか。愛実が他のやつに惹かれ、俺以外の人にその弁当をあげようとしたとは考えにくい。だとしたら、愛実はその弁当をどうするつもりだったんだろう。
 答えは一つ。
 誰にもあげる気がなかったのではないだろうか。
 宵威の中で、そんな回答が浮かび上がり、自分でも悔やまれる。
 一瞬でも、そんな考えを思ってしまった………自分の嫉妬の心。
 弁当の話を切り出してから、曇り始めた宵威の顔色を見て、少し嬉しくなったのか委員長はなれなれしく宵威の少し高い位置にある肩をポンポンと叩く。
「まぁ、君もショックだろうけど………君なんかが貰うことは一生ありえないんだし、憧れで終わっておくのが丁度いい……」
 そこまで言って、言葉が途切れた。
 鋭いほどに光っている宵威の怒りの瞳とぶつかったからだ。
 狼のようなその目に睨まれ、委員長はこれまでにない恐怖を感じ、本能的に宵威から大幅に離れる。
 まるで、傍にいるだけでナイフで切りつけられているかのような感覚。
 一言も発さずして、キャンキャン吼える雑魚をひねり潰すと、宵威は優等生に戻る。
「では、田宮先輩が戻ったら、来た事だけお伝えください。俺はこれで―――」
 宵威の落ち込んでいるのはけして自分がそれをもらえなかったからではない。
 愛実の……愛実自身が気づいていないであろう部分を……想像してしまったから。
 二年生の教室の連なる廊下を歩きながら教室に向かう途中も、始終宵威の表情は暗い。
 確かなものが何一つ無い自分たちの関係………。
 掌をぎゅっと握り締め、深いため息をついた。

 「あったか!?」
「いや・・・・・・ない」
「ちくしょー!」
「おい、お前ら、もういいから。早く戻れって!」
 五時間目も始まるというのに、今だ愛実の弁当を探し校内を走り回ってる隆二と正宗は、愛実の助言で渋々教室へと向かうはめへとなった。
 そう。まだ見つからないのだ。
 一体誰がもっているのか・・・。生徒の大半は、生徒会と言う力を最大に活用して所見乱用で調べたのだが、怪しいものはいても犯人はでてこない。
 それどころか、この情報を広める役目になってしまっている。
 走り回っていた二人をどうにか見つけた愛実は、この状況にため息の嵐だった。と、言うのも、すれ違う生徒皆弁当の紛失を知っているらしく、いつも以上に見てきたり、弁当をわけると言い張り、愛実の前に弁当箱をいくつも突き出してきたり。
 それを少しずつもらうだけでも、お腹が満腹になってしまうほどの量だった。
 普段、愛実に手作り弁当をあげたくてもあげられない生徒たちはここぞとばかりに愛実を助けるフリをして、自分の欲求を満たしていたり・・・。
 とにかく、自分のお弁当も正宗のお弁当にも手をつけずして、昼休みが終わってしまいそうだ。
 放課後にでもお腹がすいたら食べよう・・・そう思って教室に向かって歩いていると、理科準備室のドアがガラッと開いた。
 ドアのすぐ廊下側を歩いていた愛実は、いきなり走り出てきたその存在に思い切りぶつかる。
「わっ!」
「うわっ!」
「愛実!?」
 どしーん。
 俺のこけた音なのか、俺がぶつかった相手の出した音なのか定かではないけど、とにかく校内が揺れるほどの大きな音をだして、俺とその人は倒れた。
 あれ、でも・・・・・・この人って・・・。
「大丈夫ですか、すみませんでした。・・・・・・・・・長谷川・・・先生?」
 俺がその人に手を差し伸べながら声を恐る恐る名前を呼ぶと、正宗や隆二は誰だかわからないみたいで、首をかしげた。
 俺は一応生徒会長とかやってるから、二人よりは先生に接する機会も多いし、職員室にだって結構呼ばれる。
 だから、見たこと・・・・・・ある先生なんだけど。
 違ったかな?
「ああ、大丈夫だよ・・・・・・えーと、君は・・・・・・確か・・・」
 確か、とか言いながらも名前が出てこなかったみたいだから、俺は先生の身体を起こしながら、とりあえず自己紹介。
 ぶつかったのは俺の過失でもあるし、なんたって先生だし。
「生徒会長の田宮愛実です」
「ああ!そうだ・・・・・・」
 長谷川先生はわざとらしく、片手をぐーにして、片手をぱーにして、打ちつけながら、妙に納得してた。
「長谷川・・・・・・先生?」
 俺の後ろの方で、まだ訝しげな表情を崩せずにいる男二人が、その名前を呼んだ。
 先生は身体についた埃を払い、ネクタイのズレを直すと、まるでモデルのように見栄え良く立った。
 名前を知っていたからと言って、俺だって話すのは初めてだし、こんな風に真正面からみたこともなかった。
 ここBL学園は結構人数の多い学校で、生徒数もさることながら、教師たちの人数が他の学校よりずば抜けてる。だから、生徒でも先生を知らないのはあたりまえだし、まして先生たちは生徒の顔なんて把握できるわけが無いんだ。
 まあ、まれに・・・・・・いるんだけど。クラスの人全員いきなり名前をしゃべれる先生も。それはそれで・・・・・・・・・俺はどうかと思うんだけど。
「君たちの授業はもったこと無かったね。生物を教えてる長谷川雪都です」
 握手を求めるわけではなく、天使のような笑みを浮かべ、先生は名前を名乗った。
 隆二と正宗は、その先生から何かいや〜なものを悟ったのか、すぐには名乗らなかった。
「正宗、隆二?」
 愛実が気をきかせて、隆二の肩を小突くと、隆二は渋々自己紹介をした。
「・・・・・・生徒会書記の・・・押切隆二・・・だ」
「神崎正宗・・・生徒会副会長」
「ほぉ!生徒会トリオだったんだね」
 相変わらずニコニコしつづける先生の顔が、妙に気に食わなくて、二人は睨みつづけたんだけんだけど、当のご本人はまったく警戒心のかけらもないようだった。
 二人にしてみれば、愛実に近づく男全てが要注意人物で、たとえ、彼氏(認めてない)が出来たとしても、このポジションを譲るつもりはなかった。
「すみませんでした。じゃあ、俺たち授業始まるんで行きます」
「うん、勉強をがんばりなさい」
 踵をかえし、歩いていく愛実たちを長谷川は始終ずっと見ていた。
 いや・・・・・・・・『たち』ではない、『愛実』を―――だ。
「あいつ・・・・・・とどこで知り合ったんだ、愛実」
 長谷川とまだ少ししか離れていない廊下で、正宗が小声で聞く。
 普段こういう時先きって質問してくるのは隆二だから、愛実はなんとなく驚いた。
「ああ、長谷川先生?あの先生今年から来たんだけど・・・来た時に学校案内頼まれちゃって」
「学校案内!?んなの勝手に自分で歩いて勝手に覚えろっつーんだよ」
「隆二。言い過ぎだぞ」
 仮にも先生。
 教師に向かっての口の利き方じゃないと愛実はきっぱり注意した。
「・・・・・・・・・わかってねぇよなぁ・・・」
「何が」
 お前の魅力を、と言いたくなったのを隆二は適当に誤魔化した。
 学校案内ついでに暗い倉庫なんかに押し込まれて、押し倒されて・・・なんて考えれないほうがどうかしてる。
 今まで薫さんや誉さんが必死こいて愛実の貞操を守ってきたのを知ってるから、俺たちだって躍起になる。
 けれど、愛実自身が気づいてないって言うのは、どうかと思う・・・。
 守られる本人が、守られてる自覚が無いし。
第一、 たぶん愛実は男同士のセックスのやり方だって知らないだろうし。
 そう言いきれるのは、愛実の周りにそういった類の雰囲気をまったく持ち込ませなかった、あの馬鹿ぱぱたちの根性の賜物だ。
 自慰行為だってしてるんだか、してないんだ。
 愛実の性格から言って、下ネタ系の話は絶対にアウトだし。まず、そんな話になろうものなら、教室から無言で立ち去るだろう。
 でも・・・・・・・・・愛実だって高校生なんだけど。
 愛実の一人えっち・・・・・・。
 ボンッと浮かんできた妄想は、止まることを知らず、愛実のストイックな制服を脱がし、ネクタイをとき、ベルトを外す。
 きちんと第一ボタンまで締めたボタンを上から外しにかかると、その真っ白いワイシャツの中から、真っ白な肌が見えてくる。
 手を滑らせれば、木目が細かく、肌触りのよい首筋、胸。
 もっと下に下げていけば、ピンクの手付かずの突起が見えてくる。指先の爪でちょっとはじけば、ピクンとそこは反応を示し、『ん・・・』と言う可愛い声が口元から零れる。
 揺れる髪、上気した頬、欲情して潤んだ瞳。
 身体の全身で下半身の欲求を訴える愛実。
 そのズボンのジッパーを歯で挟んで下ろしてやって・・・・・・・・・。
「隆二?」
「!!」
 平静な愛実の声に、一気に現実に戻らされる。
 そうだ、ここは学校で、今愛実と歩いて教室に向かっているところだったんだ。
 無作法にも勝手な妄想で反応してしまっている自分の下肢を一瞥すると、隆二はしゃがみこんだ。
 いきなりの隆二の行動に愛実は慌てたが、正宗の心境も隆二と同じような感じみたいで、真顔でその状況を見つめていた。
 いや、自分を冷静にさせるための良い時間だったのかも。
「どうしたんだ、具合でも悪いのか?」
「いや・・・・・・・・ちょっと」
 反応しきっている身体を隠そうとしているのに、妄想の中の主人公は自分を間近で覗き込んでくる。
 いくら男同士でも、まさかこんな痴態は見せられない。なんてたって、愛実は潔癖症だから、こんな所でエッチな妄想にふけった自分なんて、軽蔑の対象以外の何者でもないはずだ。
 ばれないように必死に腰を叩きながら、だんだんと愛実に背をむけて立ち上がる。
「俺、サボるから・・・・・・二人で戻ってろよ」
「は!?なんだって、そんなの許すわけ・・・」
 愛実が去ろうとする隆二を引きとめようとすると、その手を正宗にひっぱられた。
「・・・・・・行くぞ」
 さすが剣道部。腕力は桁外れだ。
 愛実は身勝手な隆二を咎めるように、必死に叫びながらその拘束を振り払おうとするけれど、まったく効果はナシ。
「正宗、離せよっ!あいつ、さぼるって・・・」
「気にするな。朝から具合が悪かったらしいから」
 同じ男として察した正宗が、アドリブでフォローを入れる。
「あ、そうなのか。そうなら、そう言えばいいのにな」
「心配掛けたくなかったんだろう、行くぞ」
「ああ」
 隆二と正宗の気持ちなんて、いざ知らず、愛実はなくなった弁当のことなんて忘れてその後の授業を受けた。
 そのたった一つのお弁当ですら、宵威の心を不安にさせていたと言うのに・・・。

 放課後になり、いつものようにカバンに必要な教科書を詰めていると、クラス委員の小野田が愛実に軽快な足音をたてて近づいてきた。
 別段仲がいいわけではないが、悪くも無い。そんな小野田が何の用だろうと、愛実は無言でそちらの出方をまった。
「やあ、愛実くん。これから生徒会かい?」
「ああ。・・・小野田は部活?」
「まあね。そろそろ研究発表も近いし・・・。ああ、愛実くんも是非生物部へ。いつでも歓迎するよ」
 生物部・・・と聞いて、愛実は苦笑いをするしかない。
 一年生の頃から、小野田は愛実を生物部へと勧誘していてが、もちろんそんなヘンピな部に入る気のない愛実は丁重に断っていた。
 それでも止まない勧誘攻撃に切れたのは隆二で。一回教室で怒鳴ってからはさほど少なくなってきてはいるのだが。
「で、何か用・・・なのかな?」
 時計をチラリと見ると、既に集まる時刻を過ぎている。
 今日は正宗は部に顔を出してから行くといっていたし、隆二は今日は俺公認のサボリ。
「ああ、そうだ。別に伝えなくてもいいとも思ったんだけれど」
 そう前置きして小野田は語りだした。
「今日・・・君のお弁当箱がなくなるっていう事件がおきただろう?それを聞きつけて君のファンらしい一年がここの教室に乗り込んできたんだ・・・名前は・・・」
 一年と聞いて、ここまでくるような人物に思い当たるフシは一人しかいない。
「宵威・・・?」
 思わず名前を呼べば、小野田は訝しげに愛実を見た。
 幸いなのは既に放課後で教室には数人しかおらず、その誰もこの二人の会話を聞いていなかったことだろう。
「・・・・・・ああ、確かそんな名前だ。けど、よくわかったね」
 小野田の細い目がキラリと光る。
「・・・・・・・・・宵威・・・は学生会会長なんだ、小野田もそれくらいは知ってるだろ。週に一度会議で会うんだ・・・親しくてもおかしくないだろ」
「まぁ、そうだね」
 なんなんだ、こいつ。
 愛実は握り締めていたカバンの取っ手に爪を立てた。
「宵威がどうかしたのか」
「いや、伝えておいてくれと言われたから・・・それだけさ。じゃあ、また明日」
「・・・・・・・・」
 後ろ手で手を振りながら、去っていく男に愛実はアッカンベーを送っていた。
 どうも好かないやつだ。
 でも・・・・・・そうか、宵威の知ってるのか、このこと。
 やっぱり朝渡しておけば問題もなかったのに・・・。
「!!」
 そこで重要なことに気づく愛実。
 だって、もし薫に言われたとおりに渡していたら、宵威に渡した弁当には『LOVE』の文字が。
 それこそ学校中の噂・・・・・いや、とんでもないことに。
「わ、渡さなくて・・・よかったのか・・・」
 引きつった顔で独り言。
 と、とにかく生徒会だ!
 愛実は食べれなかった弁当をカバンに押し込んで、居心地の悪い教室を出た。

 教室を出るとすぐ右は特別教室のある棟、第二棟になる。
 愛実は第二棟の方から生徒会室に行こうとそちらに歩いてく。第二棟は放課後になると人気が少なくなる。まして愛実たち二年生の階、三階にある特別教室といえば、第二音楽室や、第二パソコン室など、補助的なものが多いので部活にも使われていない。
 春になったからといっても、まだまだ日が暮れるのは早い。薄暗闇の廊下を電気をつけずに走り去ろうとすると、前に人がいることに気づく。
 愛実は正義感の在る強い男だが、やっぱりそんな愛実でも明かりのない場所に人がいれば驚く。
 急ぎ足だったその足をピタッと止め、普段は大きいその目を細めて相手を見定める。
 相手はモデルのようなスタイルでこちらに一歩一歩歩み寄ってくる。
 ようやく外からの明かりに顔が照らされ、見えたのは・・・。
「宵威・・・何やってんだ、お前」
「愛実さんを待っていたんです・・・・・・こちらから来る気がして」
 言葉は普段の宵威で、穏やかなのだが、どうも違う。
 何が違うって聞かれれば、言いにくいけど・・・。ああ、そう・・・空気が違うって感じだ。
「・・・・・・お弁当、僕に持ってきてくれたんですか?」
 頭の良い宵威の事だ。何か察したんだろう。
 愛実は少しだけ心拍数のあがった心臓を抑えながら、宵威に近づく。
「ああ、薫が二人分・・・作ってくれて」
「何故、朝言ってくれなかったんです?」
 空気が違ったわけが少しわかった。
 怒ってる・・・。
「忘れてたんだ」
「・・・・・・・・・大きい紙袋を持っていて、それの存在を忘れるんですか?」
 気づいていたのか、こいつ。なら、話題に出してくれてもいいのに。
「俺が嘘をついてどうなるんだよ、そんなことくらいで・・・」
「『そんなこと』?」
 宵威の手が愛実の頬を掠め、髪をといた。
 宵威の手はいつもよりまして冷たくて、思わず肩をすくめる。
「愛実さんにとって、恋人から頂くお弁当は『そんなこと』なのでしょうが、僕はそうではありません」
「宵威!」
 いくらここが放課後の第2棟だとしても、誰が聞いているかわかったもんじゃないのだ、罵倒をとばし宵威の言葉を遮る。
「・・・・・・本当は僕に渡したくなかったんじゃないですか?」
「は?」
 少し間を置いてから、宵威はいきなり訳のわからない事を聞いてきた。
「大事な大事な薫さんの作ったお弁当ですからね」
「お前・・・何が言いたいんだ」
 わけがわかんないぞ。
 確かに、薫が作ったお弁当ではあるけど・・・・・・けど、それをどうして渡したくないって思うんだ。
「朝言わなかったのは本当に忘れてただけだ」
「信じられませんね。もし僕が母に『恋人に渡しなさい』と何か渡されたら、たぶん朝からそれを渡したときの恋人の顔ばかり浮かんできて、心が踊る―――」
 そこまで言われてしまえば、言葉に詰まる。
 だって、紙袋をもっていたのは自分。
 本当に・・・・・・忘れていたんだろうか。
 あんな重たくて、大きな袋の中身と用途を。
「ほら、あなたは渡したくなかったんですよ」
「な、なんでお前にそんなことがわかるんだっ」
「恋人だからです」
 宵威の言葉に嘘は無い。
 だからこそ、胸に刃のように刺さりこんでくる。
「あなたは・・・・・・・・・薫さんに頂いたものを僕に渡す気がなかった。もしかして、薫さんが好きなんじゃないですか」
 僕よりも。
 愛実の両親が男だと聞いて、驚かなかった。
 けれど、それ以上に嫉妬は募った。
 両親ともが男など今の日本の・・・世界の技術ではありえないことだ。つまり、それは・・・どちらか、もしくはどちらもが本当の親ではないということ。
 だとしたら、愛実は親以外の男と暮らしていることになる。
 そして、ここ数日でわかったことは二人は愛実を恐ろしいくらい溺愛しているということ。
 不安にならない男がいるだろうか・・・?
 想像しない男がいるだろうか。もしかして、愛実はこの二人のお囲いなんじゃないか・・・って。
 思わないやつがいるだろうか。
 そして、今日の弁当だ。
 何故、朝言ってくれなかった?何故朝渡してくれなかった?それが例え、毒入りだとしても・・・。
「な・・・に言ってるんだ、お前・・・っ」
 愛実は呆れと怒りでどうにかなりそうだった。
「愛実さん・・・ゲイ嫌いでしたよね。だからなんじゃないですか?誉さんと薫さんがいちゃいちゃしているのを見て、嫉妬したんじゃないですか」
 怒りで熱があがってくるのを感じた。
 何を言ってるんだ、こいつは!
 何を・・・。
「潔癖症・・・もしや、愛実さん自分で自慰行為も出来ず、二人に教えてもらっているとか・・・いますからね、潔癖症だと自分のすら触れないって男―――」
「黙れっ!!」
 ガシャーンッ!
 愛実が投げつけたもの。それは、今日食べなかったお弁当だった。
 宵威の顔面めがけて投げたが、的は外れて宵威の足に少しかかっただけだった。
 息をゼーゼーと漏らしながら、愛実は顔を真っ赤にさせて、投げつけたのだった。
「即刻俺の前から消えろっ!お前の顔なんか見たくないっ」
「それは、僕の問いを肯定するということですか?」
 否定する気にもなれなかった。
 あまりに馬鹿らしい。
 あまりにばかげている。
 愛実はちらかしたお弁当もそのままに、宵威に睨みをきかせ、宵威の脇を通って玄関へと走った。
 ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなよっ!!
 突然ナンなんだ、あいつは!
 難癖もいいところじゃないか。しかも、俺を侮辱するような。
 ここまで人に土足で踏み込まれたのは初めてだ。
 いや・・・あの時以来。
 誉と薫が両親じゃおかしいと、笑われたとき以来。
 俺はあれでゲイが恐いっておもっただけだ、世間一般から普通の評価をされないゲイが。それだけだ、それだけ・・・・・・だよな・・・。
「くそっ」
 階段を駆け下りる愛実の足音は、どこまでも大きく響いていた。
続く。


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