愛実は今まで無遅刻無欠席を守っていた。
この学校でそれはさして珍しくも無かったけれど、やっぱり愛実となるとみんなから注目されていたから、そういう情報は学校内を飛び回っていた。
「え!?田宮先輩今日もお休みなんですか」
「ああ、でもまぁ・・・・・・ただの風邪だから」
生徒会の一年生相手に、隆二は適当に当り障りの無いように受け答えた。
そう。愛実はあの日から学校を休みつづけていた。
あの日・・・・・・と言うのは、もちろん・・・三日前のあの事件。
お弁当盗まれ事件プラス、宵威の嫉妬での失言事件だ。
ただ、その事を知っているのは、今学校にいる中では当のご本人宵威様だけなんだけど。
「いい加減会議を始めてもらえませんか」
愛実の話題で騒ぎたてる生徒会の一年生と隆二に宵威は冷めた一言を投げつけた。
愛実の親友と豪語する隆二は、ピクッとこめかみのあたりを動かし、上座に座る宵威の方へと歩み寄った。
もちろん、生徒会の一年生はただ萎縮し、各々の席に着いたのだけれど。
それほど・・・宵威の不機嫌のオーラが目に見えて飛び交っていた。
「おい、先輩にその口調はねーんじゃないか」
いつも愛実の座る席に隆二が腰を下ろしながら言った。
「・・・・・・そこは愛実さんの席ではないんですか」
その席に愛実意外がいままで座ることはなかった。
まぁ、愛実が定例会議をサボることがなかったせいなんだけど。
そのせいか、そこはなんとなくいつも清潔に整えられていて、資料なんかもまっすぐに曲がらず置かれていることが義務付けられていた。
潔癖症で、曲がったことが大嫌いな愛実の席らしいと言える席だった。
そんな席に隆二は長い足を組みなおしながらすわり、まるでそこの所有権を見せ付けているようだった。
「代理だよ、代理」
生徒会の三剣士と呼ばれる愛実、隆二、正宗は、BL学園で最も人気が高いグループだ。その中でも、最も外部の女に人気があるのがこの隆二で、隆二はそのモテる要素の一つになっているだろう外国人気の少し入った顔で、余裕の笑みを浮かべた。
「―――・・・代理なら、副生徒会長がなればいいんじゃないですか」
とことん機嫌の悪い宵威は、代理と口で言われただけじゃ納得がいかない様子で、いつもにまして隆二に食って掛る。
「おあいにく様。正宗は剣道の練習試合でね、今日は会議に正式に欠席の要望を入れてるよ。学園会会長様はそんな事もご存知ないんでしょうか」
まさに一触即発。
小声で会話しつづけている二人の周りには、既に席につきたくてもつけないかわいそうな生徒たちがビクビクと肩を震わせ怯えている。
小声で会話しているから、会話の内容まではハッキリ聞こえてこないのだけれど、とにかく、なんだか嫌な雰囲気醸しまくりなのだ。
入ってくるな、と言うか近づけない何かを発している!
いくら生徒会や、学園会に入っているからと言って、愛実や宵威の用に特別的な存在ではない一般生徒たちなんて、泣く泣くその様子を見ているしかないのだ。
「たかだか代理くらいで、大きな顔をしないで欲しいですね。あの人の代わりなんて誰にも出来ない。あなたはただの数合わせに過ぎないんですから」
宵威は一回も隆二と目を合わせようとはせず、学園会が作った今回の資料の冊子をペラペラと捲りながら、マーカーでなにやら印をつけている。
ムカツクヤツだ。
これだから、愛実の恋人だと言われても全然納得がいかない。
年下のクセに堂々としていて、威厳があって。
そして成績も学年主席で、モテて、・・・・・・しかも愛実の恋人なのだ。
なんで、なんでなんでこんなヤツがっ!!
「当たり前だ。愛実の代わりが誰にも出来るわけじゃない。ただ、愛実が俺に頼んだんだ。
直々に・・・ね」
この台詞は痛かった。
それまで整った王子様の顔立ちを崩そうとしなかった宵威のその甘い表情が一変した。
「なんですってっ!」
ガタンと勢いよく立ち上がったせいで、簡易なパイプイスは後ろにゴロンと倒れてしまった。
「うわっ・・・」
運悪くお茶を運んでいた生徒が、たまたま宵威の傍を通ったときで、その生徒は宵威の資料にお茶を思い切りこぼしてしまった。
一瞬にして、空気が張り詰めた。
どきどきどきどき・・・。
こんな機嫌の悪い宵威はめったにない。
普段は、先輩から言わせれば小憎たらしいくらいに余裕ぶっこいていて、そして笑顔を絶えず振りまき。同学年から言わせてもらえれば、気さくで話やすいヤツなのだ。
中等部三年の時は、学園祭で選ぶ『ミスターBL』に選ばれてもいたし。
そんな宵威のこれほどまでに機嫌が悪い時の、こんな不足の事態。
みんなの緊張がピリピリとお互いに伝わってきて、誰も口一つ動かせなかった。
もちろん・・・お茶をこぼしてしまった生徒なんて、身動き取れなくなっている。
またこの生徒、宵威に憧れて学生会に入った子でもあるから、その恐怖は一段と大きかったに違いない。
もっていたお盆をガタガタと震えさせながら、滴るお茶を拭き取る事も出来ず囚われたチワワのように、黙る宵威を見つめている。
同じ学年の子に話し掛けている子にはとうてい見えない。
「・・・・・・君・・・」
宵威の身体が向きをかえ、その学生会の生徒をまっすぐに見据えた。
「も、申し訳ありませんっ」
怯えきった哀れなうさぎちゃんは、憧れの宵威と話しているのに、その顔は青ざめ、声は裏返っている。
「・・・・・・やけど」
「はいっ!?」
「火傷、しなかった?」
場の空気が、パッと変わった瞬間だった。
それまで息を呑んでその状況を見つめていた生徒たちは、物腰の柔らかい普段の宵威のその発言に、思わず感嘆の息を漏らしたほどだ。
「あ・・・・・・・・・」
熱いとか痛いとかよりも、先に恐怖が襲ってきたせいで、自分の指にも淹れたての熱いお茶がかかったことに気づいてなかったみたいだ。
でもそれは、大して大きな痛みではなかったからだろうから、その生徒は手を労わりつつも、はっきりと答えた。
「あ、はい・・・大丈夫です」
「なら、良いんだ。お茶はもういいから、布巾もってきてもらえる?」
「はいっ!」
なんとも安心しきった顔でお茶請けと湯のみを下げると、その生徒はダッシュで給湯室まで走っていった。
宵威は濡れた資料をくずかごにいれる為に立ち上がり、投げ込むように放り込むと、スッと元の席に座った。
その頃には、さっきの生徒が綺麗に机を拭いていて、新しい資料までちゃんとのっかっていた。もちろん、暖かなお茶もちゃんと入れなおしてあった。
そんなことをしなくても、宵威の頭の中には既に資料の内容が完璧に入っていたのだけれど。
「お見事ですねぇ・・・宵威君」
一部始終を口を挟まず見ていた隆二が、お茶をすすりながら宵威を茶化した。
そんなことより・・・だ。
そんなことよりも、宵威が気になっていることがあった。
「それより・・・・・・愛実さんにあったんですか・・・?」
そう。実はこの三日間、宵威が愛実に会いに行かずに済んだわけがないのだ。
愛実中毒とも言えるこの男が、一日だって愛実を見ないでくらしていけるはずが無い。愛実との一緒の登校は約束しているわけではないけれど、愛実が家をでたらすぐわかるように、細工がしてある。
だから、愛実と同じ電車に乗ることはたやすいのだが、三日前のあの日から、愛実は電車通学をしていない。
始めはあの憎きライバルぱぱたちの車できているのかと思って、一人で登校したものの、学校に着てみれば愛実は着ていないという。
家に会いに行けば、もちろん門前払い。
あの、愛実極甘ぱぱ、薫&誉に。
そして、愛実を怒らせる・・・宵威を怒らせる原因にもなってしまった・・・二人でもある。
思い出しても、宵威は自分が悪いとは思えない。
愛実に唯一近づける男たち。
例え、表向き両親だと公言していても、警戒がとけるわけではない。
だって、相手はあの愛実なのだ。
確かに始めは愛実が小さかったから息子として引き取ったのかもしれないけれど、今の愛実は小さい子ではない。
大人の魅力をひしと詰め込んだ、淫猥なボディ。そして、それに似つかわいくらいストイックな顔立ち。その顔がときに見せる色気ある表情は、もはや犯罪の域だ。
少しくらい・・・・・・手を出していても不思議はないじゃないか。
そして、それを愛実が『恋人同士のすべき行為』として認識していなかったら・・・?
さすがに自慰行為までの話を出したのはプライベートに関わることだから、失言だったのかもしれないけれど・・・。
本気で宵威は悩んでいた。
本気で、愛実はそれをあのぱぱ達にやらせているのでは、と常々考えていたのだ。
それほど、宵威の気持ちは飢えていた。
愛実に触れられないのに触れたい衝動が、爆発してしまったのだ。
これで二度目・・・だ。
あの生徒会室ではじめて愛実にキスしたあの日と、今回。
もう・・・・・・・・・限界なのかもしれない。
あの日、薫さんが言っていた。
『愛実は君の望むことを、してあげられない』
こういうことなのだろう。
愛実は何も知らない。
どう育ったのかしらないけれど、愛実は知らないんだ、恋愛の術を。
だったら自分が時間をかけて教えていけばいい・・・そう思っていたのに。
そう思っていたのに、自分は自分が思っていた以上に愛実の前だと理性が働かないらしい。
宵威はあまりの自分の獣じみた行動にヘドがでそうになる。
けれど、それは愛実にも原因はあるのだ。
いつまでたっても、自分を受け入れようとはしない愛実。
一体どうして告白に応じたのかも、よくわからない。
聡明で、頭のいい愛実は、その分・・・・考えていることが読めない。
愛実さん・・・愛実・・・っ!
宵威のぎりぎりのラインで行き来するこの感情が、またいつ爆発することやら・・・。自分でも制御できないでいたのだ。
愛実にあえないことで、つのるその思い。
なのに、なのに。
「あんたは愛実さんに会ったって言うんですかっ」
興奮で早口になる宵威の言葉や行動に、始めは呆気にとられた隆二も、なんとなくその状況が読めたのか、制服のネクタイを緩めながら、笑った。
「ああ、会ったよ。だから頼まれたんじゃないか、今日の会議よろしくって」
「嘘だっ」
信じられず宵威は、再び立ち上がり隆二と向き合った。
大声をあげたせいで、周りの資料を見ていた生徒たちの視線が再び二人に集まる。
いや、宵威が大声をあげるまえから、生徒たちはチラチラそちらを気にしてはいたんだけど。
「嘘だって?」
嘘つき呼ばわりされた隆二は、そうとう頭にきたらしく、宵威と向き合うようにゆっくりと立ち上がった。
「なんで俺がお前の為に嘘をつかなきゃいけないんだよ」
「・・・・・・・・・愛実さんが、俺と会わずにあんたとなんか会うはずが無いっ」
「へぇ、お前愛実に会ってもらえてないんだ」
隆二が揶揄かうと、宵威はキッとして隆二の緩んだ胸元を掴んだ。
殴るっ!!
誰しもがそう思ったとき、宵威が振り上げた手を隆二は左手でガシッと受け取った。
この学校、部活も結構秀でていて、ボクシング部なんかもあったりするのだが、そのボクシング部の生徒が、認めるくらい宵威の腕は確かだった。
それは中等部の頃、遊びまわっていた時期に備え付けられた処世術とも言うのだけれど。
「何する貴様っ」
頭に血が上った隆二は、その手を払いのけ、宵威の胸倉を掴んだ。
「訂正してください。あなたなんかに愛実さんが会うはずがない・・・っ。あなたなんかに・・・っ」
完全に宵威の中の愛実メーターは、愛実切れらしい。
この三日で愛実を一目でも見たと言う事実が、宵威をここまで怒らせているらしかった。
ここまでくると、本当・・・愛実の魅力は宗教力さえあるのではと思いたくなる。
宵威のそこまでの思いの強さに、先に手を放したのは隆二だった。
「・・・・・・会ったよ。確かに会ったけど、会わせて貰っては無い」
「つまり・・・・・・?」
「愛実の家に見舞いに行ったとき、部屋の窓からそう言われただけだよ。部屋までは通してもらえてない」
確かに、隆二は嘘はついてなかったのだ。
ただ、やっぱりあのぱぱ達に許しを得て会えたわけじゃないけど。
でも、それじゃあ・・・。
「愛実さん・・・・・・俺が会いに行ったときはどうして顔をだしてくれなかったんだろう」
怒っているのならば、怒ればいい。
ムカツイているのならば、そう言えばいい。
なのに、姿すら見せない。
「避けられてるんじゃねーの、お前。何かしたんじゃないだろうなっ」
手からするすると隆二の制服が抜け落ちる。
隆二の声ももう聞こえない。
愛実さんが俺を避けている・・・?
「まさか、愛実を襲っ―――」
「今日の会議は中止にします」
思いつめた宵威は立ち上がると、そんな驚くような事を言ってのけ、会議室のみんなをポカーンとさせた。
「な、何言ってんだ、お前」
一番慌てたのが、隣にいた隆二なんだけど。
いきなりそう発言したまま、帰り支度を始める宵威を、隆二は咎めた。
「ふざけてんのか、てめぇ」
生徒会と学生会の会議は、めったなことが無い限り中止にはならない。
まして、こんな後数分で始まる状態で、みんながそろっている場で中止が発令されることなんて、今までのBL学園生徒会、学生会の歴史の中でもなかった事だろう。
「ふざけてなんかいませんよ」
宵威はコートを着込んで、カバンに真新しい資料を入れると立ち上がりドアに向かおうとした。
そこに出てきたのは、勇気ある二年生の生徒会役員だ。
「会議を途中で放棄するとなると・・・・・・問題だ。君は学生会会長としての・・・」
「・・・・・・理由が必要ですか」
「そ、そういうことだけど・・・」
宵威はそのさきほど隆二を殴り損ねた拳を再び握ると、ドアの行く先をふさいでいる生徒会の生徒めがけて、その拳を振るった。
「・・・・・・・・っ」
トンッ!!
その拳は物凄い速さでその二年のほんの少し右を通り抜け、ドアの横の壁を殴った。
みんなの緊張が再び張り詰めたときだった。
隆二でさえ、そのわけのわからない状況に珍しく余裕の表情をなくした。
「これが理由です」
「っ・・・・・・はい?」
そう言って見せ付けられた宵威の手は、血がにじんでいて真っ赤になっている。このまま普通にしていたら腫れあがって化膿しかねない状況だ。
普通なら、壁を殴ったくらいでこんな風にはならない。
隆二は慌てて、先ほど宵威が殴った壁を見ると、その壁から釘が少し打ち間違えられていて、その釘に生々しい宵威の血がついていた。
あいつ・・・これを狙って自らパンチしたっていうのか・・・?
「怪我です。今すぐに病院にいかないといけない傷ですよね、隆二さん」
今この状況で、唯一会話になりそうな相手を選んで宵威が話し掛けると、隆二は冷や汗たらしながら、苦笑した。
「そうだな」
「―――そういうことですから、今日は中止です。みなさんも帰ってください。あ、香山崎、戸締りよろしく頼む」
「はい、了解しました」
学生会副会長、香山崎は深深と宵威に頭を下げた。
宵威はその様子を見とどける前に、会議室を出て行ってしまった。
愛実が俺を避けている・・・。
その事実を確かめるために。
高級住宅街にある一軒家の二階の左の部屋。
清潔なつくりで統一された高校生の男の部屋とは考えにくいその部屋に、その部屋によく似合っている少年が、四肢を投げ出し、持て余していた。
「愛実、俺郵便局行くけど、何か食べたいものとか欲しいものとかある?」
出来上がった原稿を胸に抱え、薫が柔らかい顔で聞いてきた。
どうやら締めきりより全然早く終わったみたいだ。
そうでもなけりゃ、家には出版社の人が入り浸って原稿を請求してきて、薫は普段の薫とは想像もつかないくらいあイライラしているだろうから。
しかし愛実はそちらをみようともせず、返事もしない。
「愛実、聞いてる?」
「……いらない、何もいらない」
つい昨日まで高熱で動かなかった体がだるくて、寝返りをうつきにもなれない。
愛実は熱の後遺症か重くなった身体を無理に起こして、薫を見た。
「じゃあ、愛実の好きな前田屋のプリン買ってくるね」
いらないっていったのに…。
愛実は自分に優しい薫の行動を、親切なのに、上手に受けとめられずにいた。
それは、宵威にあんな事を言われたせい…。
『薫さんの事が好きなんじゃないですか!?』
「好きだよ」
好きだよ、薫の事は大好き。
でも、宵威の言ってる『好き』がこんな簡単に口にして良い『好き』と違う事はわかった。ただ、どうして、それと自分と薫、誉が結びつくのかがわからない。
今までなんの違和感も無く、家族として暮してきたから。
確かに、幼稚園の頃、変だと言われて以来、誰にも家族の事は言った事などなかったけれど。
「はぁ……」
三日前、宵威にそんな理不尽な事を言われ、あまりに腹立たしく頭を冷やそうと冷水のシャワーを浴びていたら、風邪をひいてしまったなんて、誰にも言えないけど。
宵威………今日も来るんだろうか。
宵威が毎日家に通ってきてくれていることは知っていた。
そのたびに薫や、誉が怒鳴って追い返すから部屋にいてもその声が聞こえるし、窓の外を見ているくらいの元気はあったから。
ただ、自らは絶対会おうとは思わなかった。
逃げているわけじゃないぞっ!違うんだからな…。
ただ…、ただ、俺はものすごく今、怒っているから。
宵威に対して、怒っているから。
俺が薫を好き……?
俺と薫は家族なのに、何を言ってるんだ。
一体どうしたらそんな考えになれるんだっ。
愛実はベッドに再び顔を埋め、ハァッとため息をついた。
でも、これじゃあ…逃げている事と大差ないじゃないか。三日も熱で学校を休んでしまうし。
宵威が今日きたら……会って、言いたい事をいってやろう。
「あ」
そう思ったのに、カレンダーを見ると今日は生徒会、学生会の定例会議の日だと言う事を思いだす。
そうだ、だから昨日隆二に今日の事頼むって言ったんじゃないか。
「はぁ…」
上手く行かない。
愛実はつかれきって、少し休もうかとマクラに顔をつけた瞬間、耳元に我が家のチャイム音が響き渡った。
今日は誉は夜遅くまで仕事だっていってたし、薫はさっき郵便局に行くといって行ってしまった。つまり、今この家には愛実しかいないことになる。
愛実ははじめ宅配便かなんかだと思って、出ないつもりだった。
けれど。
ピーンポーン。ピーンポーン。
「ああ、しつこいっ!!」
ガバッと被っていた布団を剥ぐと、パジャマ姿のままでカーディガンを羽織り、階段を下がっていった。
誰だよ…一体。こんな中途半端な時間に。
時計を見ると、四時を少し超えたところだった。
その時刻は、学校が終わった少し後を意味する。
「まさか」
まさか、まさか…宵威?
ドキンと胸がなった。
怒っているはずなのに、どうしてなんだかこんなにドキドキするんだろう。
愛実は自分の左胸をぎゅっと掴むと、チェーンを外し、覗き穴で確かめもせず、鍵を外しドアを開けた。
「宵……」
その名前を呼ぼうとして、名前の最初を呼んだ瞬間、愛実は口をつぐんだ。
だって、そこにいたのは想像とは全く違った人物だったから。
「やあ、愛実君。お見舞いに来たよ」
……なんで、この人が。
愛実は訝しがりながら、ドアの中にいれずその人物を流し見ていた。
「入れてくれないのかい。せっかくお土産ももってきたんだけど…」
一応聞いてはいるが、答えは一つしかなさそうだ。
愛実は普段から、家に人をいれることを嫌っている。
それ以前にいつもは、過保護な二人が追い払ってしまうんだけど。
でも、ここまで言われてドアを通さないわけにはいかない。その前に、追い払う理由も見つからない。愛実はフウッと、誰にもばれないようにため息をつくと、ドアを全開にした。
「―――どうぞ、長谷川先生」
そう。そこにたのは、生物教師、長谷川雪斗。
「お邪魔します」
いつものニコニコとした表情のままで、彼は普通に部屋に上がりこんだ。
手には、前田屋のプリンの箱を持って。
続く。
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