愛実の辞書に、もともと警戒心なんて言葉は無い。
それがまた魅力になって、小さい頃から変態や、痴漢、誘拐犯などにたびたび犯罪させられかけていた。
それら全て、パパ君たちが追い払ってたんだけど。
「へぇ、綺麗なお家だね。君のお父さんのご職業は?」
そう言ったのは、大して面識も無い男。生物教師の長谷川だった。
なんでこの人がここにいるかというと、俺が風邪で欠席してたかららしいんだけど、なんでそんな事…この人が知ってるんだろ。
いや、知ってるにしても………なんでお見舞いになんか。
俺はこの長谷川に授業はもってもらったことはないし、担任でも、顧問でもない。つまり、本当に面識がないんだ。
ただ、俺は一応生徒会長だし、あっちが俺のことを知ってても不思議じゃないんだけど。
俺だって、自分の学校の先生くらいちゃんと覚えておこうって思って、大抵の人は顔と名前を一致させることくらい出来るけど…。
でも、なんで本当…お見舞いなんて。
だからといって、せっかく来てくれたのにまさか門前払いも出来ないだろ?
それで、現在にいたる…ってわけだ。
長谷川の質問に、パジャマ姿にカーディガンを羽織っていた愛実の体が少しだけピクッと揺れた。
お父さんの職業って…どっちの言えばいいのさ!!
「……普通に公務員です。……市役所の」
内心ビクビクしながら、愛実は平静に言ってのけた。
他人に聞かれたとき、いつも答えるお決まりになってるこの答えで。
誉が実は売れっ子セクシー俳優だとか、薫が実は超人気恋愛作家だとか、そういうのはあんまり言わないようにしてる。
だって、そういうの目当てで近づいてくる輩もいっぱいいるから。
「今日、ご家族の方はいないのかい?」
リビングに通して、コーヒーをいれていた愛実から少し離れた場所で長谷川は好きに部屋の中を見ている。
なんだかその行動が落ち着かなくて、愛実は長谷川の視線の先を見ると、そこには多々ある写真の一部が。
多くは愛実の幼少時代のものだが、何枚かは誉や薫と写っている。
「あ」
思わず声に出して、写真を見るのを止めさせようと手を出したら、その手は今入れたばっかりのコーヒーにあたり、テーブルが真っ黒に染まっていく。
「どうしたんだい」
くすくす笑いながら、一回手にとった写真を元の位置に戻し、長谷川が愛実の後ろに回ってくる。
近くにあった適当な布巾を手にとると、愛実を自分の胸中に置き、後ろからテーブルを拭いていく。
「優等生の君も、風邪には弱かったみたいだね」
頭のすぐ後ろで声がする感覚が、愛実にはあんまり心地よいものではなかった。
耳の後ろを吐息が掠り、思わず身体を過敏に動かす。
「どうかした?」
相変わらず物腰の柔らかい笑顔で笑ったままの長谷川が聞いてきて、愛実はどうしようもない気持ちになる。
こういうとき、自分はどれだけ甘やかされて生きてきたかがわかる。
自分にはいつだって誉や薫がそばにいた。
けど、一生………そうじゃないんだ。
二人が本当に夫夫なら、誉には薫で、薫には誉。
じゃあ、俺って何―――?
って、もしかして……宵威の言ってるみたいに、俺…何か妬き持ちやいてる!?
ま、まさか…。違うよ、これはそんなんじゃなくて。
「……なんでもないです。お好きな場所に座ってください」
リビングにあるいくつかのイスを愛実は勧めた。
けれど、長谷川はどれにも座らずやはり愛実の後ろにいる。
「僕がいれましょうか」
「え」
「コーヒー」
そうだ。出そうと思っていたやつをこぼしたんだっけ。
愛実はまだ少しだるい身体に叱咤をうち、長谷川に微笑した。
「いいえ、結構です。先生は座っててください」
凛とした態度で言われ、長谷川はゾクッとした感覚を覚えた。
欲しい―――。
先生と言う仮面の下に隠れた、夜の顔が露になる。
彼が、愛実を始めてみたのは、一年前。
愛実がこの学園に入学した時だった。その時の新入生代表で言葉を読んだのが愛実だったのだ。
そのときも、今みたいにしゃんとしていていて、新一年生とは思えなかった。
そして、その堂々とした態度と真逆の可愛らしさ!
揺れる大きな瞳、ふっくらとしたピンクの唇、頬。どこをとっても僕の好みだった。
長谷川はさっきまでいた写真の前に移動し、二人の男を見止めた。
あの子はこの二人の写真を見ようとしたとき、慌ててコーヒーを溢した。
この二人―――?
「ねぇ、愛実君」
「はい?」
コーヒーを差し出す手が少し震える。
愛実はどうもやっぱりこの名前を呼ばれるのが苦手だった。
女の子みたいで、少し甘いのこの名前が。
誰がつけたのか少し興味を覚えて、小さい頃誉や薫に聞いた事があったけど、詳しく教えてもらえなかった気がするな…あれ?なんでだろ。
確か……もう少し…俺が大きくなったらって。
「愛実君?」
コーヒーを差し出したまま、手放さずぼーっとした愛実の目の前で手をハラハラと振りながら、長谷川が二度目の名前を呼ぶ。
「あ……すいません。なんですか?」
慌ててコーヒーを長谷川の前のテーブルに置き、愛実は丸型のお盆で顔を隠した。
「……君のお弁当は、いつも誰がつくっているんだい?」
「え」
お弁当…?
「ああ、ほら……この前少し噂になっていただろう」
ああ、なるほど。
噂って……盗まれたヤツだよな。って、あれ…職員室にまで話題が持ち込まれたのか!?ったくも〜、隆二たちが騒ぐから。
別にどうでもよかったのに、お弁当なんて。
「……作っているのは祖母です」
お祖母さんは、俺が生まれるずっと前に死んだって聞かされてる。
お祖母さんだけじゃない。
お祖父さんも、親戚の類みんな。
俺には、本当に誉と薫しかいないんだ。
「たこさんウインナーに、たまごには海苔を挟んで焼いてって、結構手が混んでいたから、誰が作ったんだろうなって思ってさ」
「そうなんですよっ」
薫ってば、忙しいくせに料理には凝るんだよなぁ。マメって言うか、なんていうか。誉とは大違いなんだよね。
その分誉は…。
って、あれ……?
今、さっき…。
「……先生……今…」
「なんだい?」
愛実の顔色の変化に気づいたのか、気づかないのか、長谷川は飲み掛けのコーヒーをテーブルに置いた。
だって…今。
先生は、たまごにノリを挟んでって…。
薫が卵にノリを挟んだのは、過去一回だ。
なんで覚えてるかって?それは、俺が海苔が苦手だから。
なんで嫌いかって!?だって、だって…あれ、紙を食べてるみたいに思えるんだよっ。しかも、食べてるんだか食べてないんだかわかんないし。
と、とにかく…苦手なんだ、俺は。あの海苔が。
だから、おにぎりにしたって、いつもごまがかけてあったり、紫蘇の葉でだったりでおにぎりで巻いていてた事なんて一回もない。
そして、その過去一回って言うのが…。
「先生、何で僕の盗まれた日のお弁当の中身をご存知なんですか」
動揺がばれないように、何気なく聞いてみた。
いや、このときはまだそんなに動揺していなかったのかもしれない。
手はちゃんと開いていたし、鼓動はドクドクとちゃんと波打っていた。
でも、その問いかけをしてしまった瞬間、俺の背中はゾクゾクする事になった。
「ぁ……っ」
思わず声が漏れた。
だって、だって先生の眼がそれまでとまったく違って見えたから。
きらりと光ったその眼には、先生って言う敬称はふさわしくなかった。
「愛実、やはり君は頭が良い」
さっきまで『愛実君』だった呼び方が、何故か『愛実』と呼捨てになった。
愛実は、この人は危険だと思うと、咄嗟に逃げようとしたけれど、コーヒーを差し出すために出した腕の手首をガシッと捕らえられる。
「は、長谷川先生……どうしたんですか」
嫌だな。こういうとき、どうして俺は体が震えてくるんだろう。
ただ単に呼び止めたかっただけかもしれないじゃないか。
自意識過剰だよ……。
でも俺が、これはなんでもない行為だと思い込もうとすればするほど、先生の瞳は光、俺の腕を掴む手は、さらに拘束を増した。
「震えてるね」
ピンク色の唇の端を上にあげて、クスッと鼻で笑う声がする。
指摘されたとおり、俺の身体は誰から見てもわかるくらい、カクカクと震えていた。
「僕がゲイに見えたのかな」
「!?」
なんで……。
今度こそ動揺を隠せなくて、俺は情けない顔で先生を見ちゃったんだと思う。
けれど、その表情こそ、まるで狼の前に突き出された、食べられる前の子羊のようで、長谷川のサド心がくすぐられたのは言うまでも無い。
「なんでって顔しているね」
なぜか、人より目上の立場にいるしゃべりをする長谷川に、俺は嫌悪感を抱く。
そりゃ教師なんだから、生徒の俺よりは…立場が上なんだろうけどさ。
それに、『なんで』って思うのは当然だ!
だって、そのしゃべりだと……まるで俺が『ゲイ嫌い』って知っているかのようじゃないか。
隆二や正宗は知っているけれど、俺は学園に入ってそれを公言しなかった。
なぜなら、BL学園は男子校だったから。
数組……カップルがいるらしい事は、知っているんだ。いくら俺でも。
人の恋愛に口出しして言い分けないし、関わろうとは思わないし、お好きにって思ってたんだけど…。
「手紙、読んでくれたかな」
「て、手紙…です…か?」
手紙?
手紙?
なんの手紙だ。
手紙なんて…。
あ。
「教科書……」
ふと、何かを思い出したようにそう囁くと、長谷川は無邪気に微笑んだ。
「気づいてくれたんだ」
俺が最近もらった手紙といえば、一つ。
あの生物の教科書に挟まっていた手紙だけだ。もちろん、読んでなんていないけど。
あれ、長谷川が挟んだのか。
「なん……で」
具合悪い。気持ち悪い。昔からこうだったんだ。
なんでだか男に触れられると気持ち悪いし、拒否反応が出るって言うか…。
思わず前かがみになって倒れそうになる愛実を支えたのは、愛実の具合を悪くさせている元凶ともいえる、長谷川だった。
いつのまに立ち上がったのか、愛実の腰のあたりに手をまわして、撫でまわすように抱きしめる。
細く、長いその指が愛実の背中をさすった。
真っ青になった愛実の顔がピクッと動く。
「……安心して、僕はゲイじゃないよ」
「……っ…は…な」
そんなことどうでもいい!とにかく離せっ。
そう叫ぼうとして足に力を入れようとしている愛実をガシと掴んで離さない長谷川は、相変わらず話し続ける。
「僕はね、可愛いものが好きなんだ」
「は」
思わず変なところから声が漏れる。
何言ってるんですか、この先生はっ。
「女の子ももちろん可愛い子は好きだよ。ぬいぐるみや、動物もそうだ。けどね、今は愛実が一番可愛いんだ。可愛くて仕方ないんだよ」
頬を染めながら、愛しそうに撫でまわされて、愛実は脱力する。
既に気持ち悪さよりも、呆れた気持ちが勝っている。
「……お、お前…そんな理由で…」
お弁当を盗んだり、写真をとったり、あまつさえ見舞いと称してここにまで来たっていうのかっ!?
「駄目だよ愛実君。君みたいに可愛い子が『お前』なんてよんじゃ。長谷川先生、だろ」
「っ…!!」
ヤヴァイって…。駄目だ、これ以上一緒にいられるかぁ〜っ!
愛実は震える手を縦に振り、横に振り、眼を瞑ったままで暴れると、リビングを出るドアに手をかけた。
「なっ」
しかし、その瞬間。
「離さない、よ。愛しい愛実…」
腕を引っ張られ、長谷川の胸の中へと包み込まれる。
男の香りがふわりと香ってきて、愛実は思わず顔をしかめた。
馨しい香水の香りではなく、お風呂上りのさわやかな香りというわけでもない。男の身体から女を誘うときに出てくるフェロモンむんむんのあの香りだ。
「離せっ……んぁっ」
胸から顔を上げた瞬間を狙って、叫ぶその口に長谷川の指が挿しこまれる。
人差し指と中指だろう。長いその指は、愛実の口の中を縦横無尽に犯す。嗚咽を覚えるほどに挿しこまれ、引き抜かれるその行為は、愛実の身体から全てを奪う。
「ふっ……んん……ぁっ」
「可愛いよ愛実……ほら、もっと喘いでごらん」
握った拳の中がじんわりと汗ばんでいく。
必死に抵抗しているのに、まったく何も感じていないかのような長谷川の態度に、恐怖を覚える。
力に屈するものかっ。
きらりと光る黒い瞳を長谷川に向けると、愛実は敵意剥き出しで睨んだ。
そんな睨みも、実は可愛いペットが自分の餌ほしさに買主である自分を小動物フェロモン剥き出しで睨んでいるような感じだったのだけれど。
「―――っ!」
「……窮鼠猫を噛むって……しってます?」
口の端から零れた蜜を拭いながら、愛実は勝ち誇った眼で長谷川から遠退いた。
長谷川が好き勝手に口の中で動かしていた手を、真っ白い歯で出来るだけ強く噛んだのだ。
引き抜かれた指は、血こそ滲んでいなかったが、多少なりダメージは受けたようだ。赤くなっている。
「なっ……!!」
それを見て、愛実が少しうれしくなったのもつかぬ間。長谷川はその愛実の唾液で濡れ濡れの自らの手を、真っ赤な舌でペロリと舐めった。
「やめろっ」
愛実の悲痛な叫びなど聞かず、長谷川は指先を美味しいソフトクリームを舐めるがごとし、ぺろぺろとしゃぶっていく。
自分のモノで濡れている指をしゃぶられて、その淫猥さに、愛実は卒倒しそうになる。
「やめろっ、やめろっ」
目を塞いでも、ぴちゃぴちゃとした音が羞恥を誘う。
「嫌だっ!長谷川……こんなのおかしいっ、止めろっ」
両手で堅く耳を閉じ、何も聞きたくはないと身体を小さくししゃがみこんだ愛実の手を片手で外し、無理やりに立ち上がらせると、長谷川はまたも幸せそうに笑った。
「見ててくださいよ。愛実はみたいはずだ」
「な、何を…っ」
長谷川は不可解な言葉を並べると、愛実の腕を掴んでいない、濡れている手で自分のベルトを外していく。
目の前で起こっている事に頭がついていかない。
何を、何をしようとしているんだ…この男はっ。
「長谷…川!?」
「ちょっと……待っててください…ね。フッ…っ」
濡れたままの手が、長谷川のズボンの中へと入っていく。
「やっ…」
長谷川は、愛実の目の前で自身を扱き、勃ちあがらせていく。その前から少し半勃ち状態ではあったようなのだけれど、それは愛実の唾液と自身の唾液を混ぜ合わせた刺激で、興奮状態になり、簡単に反応していく。
「やめろっ!!」
「ふっ……気持ちいよ、愛実」
「……っ!」
人のマスターベーションを目の前で見せられて、愛実は気持ち悪さでどうにかなりそうなほど張り詰めていく。
「やだっ…やだぁっ」
声を張り上げて叫んでも、長谷川は途中で止める気などないようだ。
それどころか、愛実の掴んでいた方の手をとると、自身の高ぶりへと導いてく。
「っ!!」
肩に力を入れ、拒む愛実の手を無理やりに下着の上に擦りつける。
「ひゃっ……」
熱く火照った温もりを感じ、思わず顔を背ける。
「欲情した男に触れるのは初めてかい?」
男に言うとは思えないような言葉を耳元で囁かれ、頭に血が上る。
は、初めても何もっ!!二度とお断りだっ。
鳥肌通り越して、蕁麻疹もでるだろーっ。
「頬が赤くなっているよ」
さっきまで気持ち悪さで青くなっていたはずの顔に赤みがさしているのを指摘され、ますます顔を赤くする。
こ、これは…別に、照れてるとかじゃないんだからなっ。
「離せ…変態…教師っ」
「そそるね、その台詞」
君の口から発せられていると思うと、ますます。
長谷川はハハハと笑いながら、愛実の手を自身に強く押し当てる。
「あっ……」
居た堪れなくなって声あげる。堅くなった長谷川の形が直に伝わってきて、生々しいその雄が波打つのがわかる。
「そうだよ…上手だね、愛実……自分でも…ちゃんと処理しているのかな」
「っ!!」
人に自分の性行動など想像されたくなど無い。
嫌、嫌と頭を左右に大きく振り上げた瞬間、玄関のチャイムが鳴った。
『ぴーんぽーん』
「っ!?」
涙で充血した瞳を見開き、玄関の方に頭を向ける。
誰…!?
誰でもいい……助けてくれ。
「……お客さんかい」
汗の浮かんだ欲情した顔の長谷川は、息が荒い。
その息が耳先にかかって、愛実はうっと声を漏らした。
だ、誰かっ……っ!!
「出ないんですか、それとも……愛実さんが出たのに、僕には会わせようとしていないんですかっ」
不機嫌そうな年下の男に足を鳴らされながらそんな事を言われ、隆二の額の右上の方で、大きな怒りマークがゆらゆらしていた。
「うっせーなテメぇ。出ないんだよ。アホかっ」
嫌な予感がして慌てて学校から愛実の家まで直行しようとしたのに、なぜかついてきた隆二に怒りのオーラを飛ばすのは当たり前と言えよう。
本来なら、恋人である自分だけで来たかったのだから。
駅から競争のように走ってきて、インターホンを先に押したのは、隆二だった。だが、風邪で病欠の愛実がいるはずの田宮家から、応答はなし…。
玄関前で男が二人にらみ合っている原因は、それだった。
「いい加減どいてください。今度は俺が押しますっ」
隆二をインターホンの前から払いのけると、宵威は勢いよくもう一度押す。
『ピーンポーン』
けれど、数秒待てど、数十秒待てど、その応答はなし。
勝手に入ってしまおうか、そんな考えが二人の中にないわけではない。
ただ、入ってしまった後が恐いのだ。
それでなくても、家に入れたがらない愛実&愛実激ラブパパの巣なのだ。ここは。勝手に入ったら、半殺し以上の恐い目に合うに決まってる…。
「愛実さん……っ」
それでもなんだか嫌な予感は消えなくて、宵威は愛しい愛実の名前を呼ぶ。
「帰れっ!!……ブツッ」
ずっと応答の無かったインターホンから、誰かわからない男の声で、そう叫ばれ、隆二も宵威も顔を見合わせる。
「……薫さん…の声でした?」
一度あった人の顔も名前も忘れない自信はある。ただ、機械を通しての微妙な声の変化に気づけるほど、まだ宵威は薫と話したことはなかった。それに一瞬だったし…。
「……いや……わかんない…な」
隆二も判断できず、うーんとうなった。
せめてもう一回、声を聞けたら。
「でも、もし家にいまいるとすれば、薫―――」
「俺がどうかしたのか。ゴキブリども」
背後から気配もなく罵声を浴びさせられ、隆二と宵威は同時に後ろをむいた。
そこには、買い物袋と、前田屋のプリンの入った箱を持った田宮薫その人の姿が。
「薫さん、今中にいたんじゃないんですかっ」
宵威が慌てて聞くと、薫は怪訝そうに眉をゆがめ、愛実ばりに美しいその顔を崩した。
「アホか。これが中から出てきた格好に見えるか」
「愛実っ」
宵威は呆れる薫もそのままに、家のドアに手をかけた。
「おいっ!お前何勝手に……」
宵威のいきなりな行動に、慌てて後を追いかけようとする薫に、隆二は補足説明を加えた。
「い、今、中から男の声がしたんです…。薫さんかと思ったんですけど」
「何だってっ」
薫はわざわざ説明してくれた隆二を投げ飛ばすと、靴のままで家に上がりこんだ。
普段ならこんな事……ありえないのに。
「愛実っ」
リビングのドアを開けた宵威は、その光景に目を見張った。
異様にもカーテンを閉められた夕方の室内は暗く、けれど、真っ暗ではない。
隙間隙間から零れ落ちてくる光が、中で絡み合う二人を映し出す。
「愛実っ!」
悲鳴にも見た痛感な声をあげたのは、薫だった。
その声に促されるように、放心状態の愛実が顔をあげた。その腕はしっかりともう一人の男につかまれたままだ。
「……離せ」
小声で愛実は長谷川に向かってそう言った。
普段の愛実は、教師にむかってこんな口は聞かない。
今は、珍しくも最悪の場合なのだ。
長谷川は、悪びれもしないように愛実の手首に、生々しくキスをすると手を離した。
みんながみんな自分に集中しているのがわかって、愛実はますます落ち着いていく。先ほどの恐怖とは別物のようだ。
助けて欲しかった、どうにかしてほしかった状況を回避された今、心にあるのは、見られてしまったと言う恥じる思いだった。
他の男の力に負けている自分を見られたのだ。
―――誰に?
もちろん、そんなのが見られて正気じゃいられなくなる相手は、一人しかいない。
宵威だ。
薫は部屋の様子から状況を読んだのか、珍しく牙を向けて長谷川を睨んでいる。長谷川は、薫にむかってニコッと笑い近づき、先ほどの行為で汚れていない方の手を差し出す。
先ほどの行為とは、愛実に見せるためにやった自慰行為だ。
この部屋にいるのは男だけで、みながみな成熟した大人の男だ。この異様で、生々しい馨りに気づかない男がいるわけがなかったのだけれど。
「愛実君のお見舞いに来ました。生物教師の長谷川と申します。お兄様ですか?」
握手のために出されたのであろう手を一瞥し、視線を長谷川へと向ける。
温厚そうなその目のなかに、獰猛な獣の姿を見出し、薫はその手に触れることなく、言葉を切り出した。
「父です」
その発言に驚いたのは、誰もいなかった。
こういうのは珍しい。
薫は若くて、そして綺麗だから、お兄さんとかに間違われることのが多いから。例え、パパだと告げられても、みんな一度は驚くのだ。
「そうでしたか。やはり愛実君のお父さんだけあって美しいですね」
誉と薫が夫婦なのかどうかと言う問題は俺の中で確かな結論には達していないのだけれど、一つだけわかっているのは薫は美しいや、可愛いなどといった表現で自分を褒め称える男を嫌っている。いや、これは女性もかもしれない。後、女に間違われることも。これも最近じゃめっきりなくなったけど、俺がまだ小さいとき、三人で旅行に行ったとき、旅館の旦那さんに女用の浴衣を出された薫が、旦那さんはもちろん、旅館の備品を破壊しまくったことは記憶にある。
わずかにポーカーフェイスを崩し、薫がこめかみのあたりをピクピクさせながら、長谷川に笑顔を向けた。
「どうも。じゃあ、帰ってもらえますか」
に――っこりとした、天使の微笑で爆弾を落とす。
そんな薫に負けず劣らずの微笑を浮かべ、長谷川はさわやかに笑う。
「じゃあ、お暇します。愛実君、玄関まで案内してくれるかな」
長谷川が小一時間ぶりに愛実に話し掛けた瞬間だった。
愛実はわかる人だけにわかるくらいの小ささで震えると、首を思い切り横に振った。先生に反抗する愛実というのは、想像できないくらいで今までの17年間愛実を見てきた薫は、その怯える様に唖然とする。
大好きで、可愛くて可愛くてしかたない愛実が、こんな姿になっているのを見たのは、初めてだ……いや……じゃない……か。
とにかく、問題は元凶は、全ては、全世界の悪は、戦争は、この世の地獄はすべてこいつのせいだっ!
長谷川の顔を三度目だと言わんばかりに睨みつけると、背中に手をまわし、愛実が見えないように、身体を反転させた。
「……玄関はこちらです」
「おや、薫さんに案内してもらえるんですか、それは嬉しいですね。では愛実君――」
「長・谷・川先生っ」
いらいらもピークに達すると、脱力するものらしい。
長谷川のしつこいくらいの愛実好き好きオーラに吐き気を催しながら、薫は玄関へと半ば強引にリビングから押し出した。
取り残された愛実は、いまだ残る違う感覚と、宵威の視線に、動けぬまま隆二に話し掛けられた。
「愛実っ……お前……」
話し掛けたはいいが、何から話したらいいかわからない隆二は、愛実の肩を掴み、勢いよく名前を呼ぶ。
「隆二、勝手に入ってくるなっていっただろ」
「!」
そんな隆二に愛実の返答は、いつもどおりで。
その自然さが、十分不自然だった。
「まったく……また誉に怒られるぞ」
愛実は真顔でそういうと、隆二の手にはふれずその肩におかれた手を振り払う。
「そろそろ誉も帰ってくるから、裏口から出ろよ」
「……愛実、お前……大丈夫なんだよな」
長谷川が愛実に一体何をどこまでしたのかはわからない。
ただ、愛実と二人同じ部屋にいて、何もしないでいられる男がいるのだろうか。
自分なら……わからない。
長谷川はどうみたって、愛実を狙っているようだったし。
そんな長谷川と一緒にいた愛実が、やけに笑顔で空元気を振り絞ってるみたいだった。
むしろ、一旦切れた電池をどうにかして再び少しだけ使えるようにした、あのような感覚。
とにかく、愛実なのに愛実じゃない感じだった。
隆二の変な質問に、愛実は、もちろん、と答えると、隆二をリビングから出した。
リビングには愛実だけ。
ううん、愛実と宵威だけだ。
普段、愛実はこの状況をものすごく嫌がる。それは、恥ずかしがってか、それとも単にゲイ嫌いのためなのか、今まで宵威には計りかねていた。
そんな愛実が、自分からその状況を作った……ように思える。
愛実は宵威に向き直すと、目を瞑った。
「……お前が、俺にして欲しいことってなに?」
愛実が急に切り出した内容の意味がわからず、宵威は首をかしげる。
「して欲しいこと……ですか」
して欲しいこと。それならいっぱいある。
デートも一緒にいきたいし、手を繋いで登校もしてみたい、毎日一緒に勉強したり、お弁当食べたり、後は学校でも一緒に話をしたいし、それから……。
「キス……」
宵威が何気なく呟いたその言葉に、愛実は瞳を閉じたままビクンとする。
「あと……愛実さんを強く抱きしめたいです…」
掌の中がじめっとする。
愛実は歯の根元がしびれるのを感じながら、宵威の希望を聞く。
「俺を……抱きしめる……」
「……はい。愛実さんが抱きしめて欲しいと思うときだけでいいんです。そのときだけでも……抱きしめたいです」
宵威の手がわずかに自分に近づいた雰囲気を悟り、愛実は一歩退く。
「恐いですか、僕が」
宵威の声に少しだけ影が入る。
「……お前じゃない」
恐いのは。
恐いのは、そうじゃない。
「長谷川先生に何……されたんです」
宵威の声がますます低くなり、愛実の心にストンと落ちる。
「触った」
愛実の身体に触れたのだと思った宵威は、全身の血の気が頭に集まる感じを覚えた。
しかし、その瞬間、愛実の言葉は続いた。
「俺が……触ったんだ」
「愛実……さんが?」
「汚れてる……俺」
愛実は自身の手の平を思い切り乱れたパジャマになすりつけはじめる。その見えない汚れが全て落ちてしまうようにと。でも、擦り切れるくらい擦っていると、その手を宵威に手首ごと押さえ込まれる。
圧倒的な男の力にねじ伏せられる感覚に、愛実は声を詰まらせる。
「愛実さんは汚くなんなかないっ」
愛実の汚れている、と言う発言と、触ったと言う言葉から憶測して、長谷川はむりやり自分の勃起した部分を触らせたに違いない。
それが直にだったにせよ、布越しだったにせよ、愛実にショックを与えたことに違いは無い。それでなくても愛実は潔癖症で、ゲイ嫌いなのだから。
愛実の赤くなった手を今度は軽く握ると、宵威は赤くなった場所から舐めはじめる。
「!!」
宵威の舌のザラリとした感覚に、愛実は目を開ける。
愛実の目は充血していて、真っ赤になって、その端からは透明の液体が零れ落ちている。
泣いていたんだ、とはっきりわかる目だった。
「愛実さんは、綺麗です……どこも……穢れてなんかいない」
そういいながら、指をしゃぶられて、愛実は手をひっこぬこうとやっきになる。
「やめ……っ……こんなの……おかしいっ」
「何がですか、言ってください」
「これじゃ、お前も長谷川も……一緒になっちゃうじゃないかっ」
痛烈な愛実の声に、宵威は驚き顔を手から離す。
「今……なんて…?」
「……だっ…だって、みんな……みんな……何考えてるんだよ……俺は男で、自分も男なのに、なんで……っ変じゃないかっ」
うろたえる愛実をじっとみていた宵威だったけれど、何かがブチンと切れたらしい。
普段の、愛実に尽くすタイプの宵威が壊れ別人核が現われる。
「……僕が、今までしてきたことも全てむくわれないわけですか、愛実」
「……っ!?」
いきなり呼捨てで呼ばれ、愛実は肩をすくめる。
「じゃあ、わからせてあげますよ……泣かせてでも」
「なっ、宵威―っ!」
宵威は愛実に自分の着ていたブレザーをかけると、それごと愛実を持ち上げる。
お嬢様だっこの状態でもちあげた愛実は想像以上に軽い。
宵威は軽々と持ち上げ直すと、そのまま無言で裏口へと向かおうとする。
「おっ、降ろせよっ!薫がすぐそこにいるんだから、連れ出してもつかまるぞっ!」
奥の手である、薫の名を取り出すと、宵威は鼻で笑った。
「鬼ごっこは得意なんです」
鬼になるのも得意でしたけどね。
そう付け足して、宵威は愛実を抱えたまま、裏口から外へと出た。
薫は長谷川を玄関へと連れて行くと、その後姿にばれるように塩を撒いた。
背中に何かあたる感覚に笑うと、長谷川は後ろを振り向き、薫を見た。
「……二度と来るな」
薫が憤慨したように言うと、長谷川は肩をすくめた。
「やれやれ。君は頭が固いようだ。人類は自由恋愛が―――」
「うせろ。変態」
罵詈雑言……とはこのことか。
愛実に手をだす変態は相手にしないとでもいうように、薫は無表情で言い返す。
「では、また。パ・パ」
「誰がパパだっ」
陽気に帰っていく長谷川になぜか拍子抜けして、いつもの調子が出ない。薫は冷静になれ、落ち着くんだといつものおまじない(独り愚痴こぼし)をしながら、ぶつくさとリビングに戻る。
リビングには愛しくも傷ついた愛息子がいるのだから。
いや、確かに数分前の薫の頭にはあった。
あったんだけど……。
「え」
冷静になってリビングを見渡すと、酷いありさまだと言うことに気づく。自分が土足であがってしまったのももちろんだし、零れたコーヒーに、散らかった写真たち。
まるで強盗か何かにあった後の惨劇。
そしてもっと驚かされるのは、愛実がいないこと。
宵威がいないのなら、それはそれで良い。愛実が追い出したんだろう、とか想像できるから。
でも、愛実がいない……?
どういうことだ。
汚れた服を着替えにいったのか、それとも洗面所で顔でもあらっているのだろうか。
数分後。そのどちらもを見終わって、そしてやっぱり愛実がこの家にいないことを理解する。
これまで、ほとんどの場合で、愛実が薫たちの目の見えない場所に行くことはなかった。
それは、愛実的にも本能で、それが危ないことだとわかっていたのだろうか。まぁ、高校生になって、ちょびっと反抗態度が見え隠れしてきたことは確かだけど。
まぁ、それもまた……なんというか、天使だった少年に少しだけ悪魔スパイスを加えたようで、小悪魔的な魅力は、なんとも可愛らしかったのだけれど。
ってか、そんな事いってる場合じゃ……。
薫は思いつく限りの愛実の行動を想像し、そしてとりあえず行きついたのは……。
≪誉、貴様かっ!≫
最新機種に買い換えたばかりの携帯を取り出し、履歴に入っているたった一人の電話番号にかけなおし、出た瞬間に唐突にそんなことを言う。
≪は?薫、てめぇ何言ってんだよ≫
普段は気性の荒い誉のほうが、むしろこういう言い癖難癖は得意だ。けれど、状況が状況で、薫は気がたっている。
みなさま忘れてはいないかい?
この田宮家で怒らせると恐いのは、誰でもない薫なのだ。
≪だから、お前だろっ!愛実を誘拐したのはっ。望みはなんなんだっ。愛実ならやらんっ≫
やらないも、やるも、愛実は俺の息子でもあるんだけど。
以外にも冷静な誉は、電話口を抑えてチラリと撮影状況を見る。新人女優が、仕事をもらうために有名ディレクターと一晩をすごそうとしたのを、ついつい助けてしまったせいで、いろいろな事件へと巻き込まれていくと言う、今秋放送予定のコメディサスペンスの収録中だ。
役もだいこん役者なら、実物もどへたな新人女優で。むしろ、田宮誉と主演……という言葉につられ、応募してきた素人のほうがまだマシだな、と憂鬱になっていたところだった。
顔なら…………愛実の方が千倍可愛いし。
性格だって。
そう愚痴をこぼしそうになった誉に真っ先にコーヒーと携帯を渡したのは、敏腕マネージャー工藤さん。
彼は数年ですっかり誉れの扱い方が身についたらしく、彼を仕事場でマジ切れさせたことはほとんどない。
≪アホか。ロケ中に誘拐したくなるほど、俺と愛実の愛は小さくねぇよ≫
こんなセリフを、スラリといえてしまうのは職業柄なのか。
いや、でも半分以上マジなところが恐ろしい。
愛実が聞いていたら、やめろっ、と追っ払われそうだけど。
≪それより、誘拐ってどういうことだっ。愛実、いないのかっ?脅迫状でもきたのかっ?≫
この話の筋道をしらない誉は、急に心配になって問い詰める。
薫は受話器を少し話して、誉の騒がしい声など聞こえないようにする。そして、あごに手をかけて、思案すること数分……。
誉じゃない……とすれば、まさか…?
「芦屋……宵威?」
一番考えやすくも、わざと外していた人物。
≪ああっ!?宵威がどうしたんだよっ。あのクソガキ、愛実に何かしやがったのかっ?≫
脅威の聴力で、そう話口を抑えていたにも関わらず、薫の呟きは誉に聞こえてしまったらしい。
離していても耳がキーンとするような大音量で誉の声が受話器から聞こえてくる。けれど、薫はそんなのおかまいなしに、考えていた。
確かに、芦屋宵威は愛実の恋人って言うことになってるらしいけど……それらしい行動をしていることは見たことがない。
普通の男が望む、恋愛の行為を彼は今まで愛実に押し付けている風はなかった。
それがもし、爆発してしまったとすれば……?
「愛実っ!」
薫は受話器を電話に置くことも忘れ投げ出すと、そのままの格好で再び外に走り出た。
≪お、おい!愛実がどうしたんだってっ!おい、ちゃんと言えっ薫。な、なんだよ離せ工藤!今、大事な……≫
誉の悲痛な叫びだけが、電話口から永遠と響いていた。
始終無言のままの二人が来たのは、高級そうなマンションの前。何十階あるんだと思わせるその頂上は、はるか上にあった。
愛実は始めは抵抗していたものの、どうやっても離したがらない宵威の腕に運ばれて、こんなところまできてしまった。
「なぁ、宵威……」
これからの事を思って、久しぶりに愛実が口を開くと、相変わらず余裕の笑みで、宵威はニッと笑ってみせる。
もともと整った顔立ちだから、それがますます格好よく見えて、なんだか……ちょっと……。
「僕のプラベートマンションですから、ご安心を」
「ぇっ……」
プ、プライベートマンションって……つまり、宵威の親とか、おじい様とかの私物じゃなくて、マンション自体が宵威のってこと!?
「僕たちが結婚して住むには、少し小さいですけどね」
「なっ、け、結婚ってお前っ」
突拍子も無いことを言われ、愛実は真っ赤になって否定する。
さっきまでは、顔に抑揚の無い表情を浮かべていただけだったので、そんな愛実の態度に宵威は少なからずホッとしていた。
「冗談ですよ」
でも、そう俺の耳に唇があたるくらい近くで継げた宵威の声は、決して笑っていなかった。
「じゃあ、行きましょうか」
「……行く?」
「僕の部屋に、ですよ」
決まっているでしょう?
宵威は愛実の軽く華奢な身体を抱き直すと、そのままの姿勢でオートロックになっている玄関へと進んでいった。
愛実は、芸能人なパパ(たぶん)と人気恋愛作家なパパ(たぶん)に育てられたからといって、お金持ちな生活ではなかった。貧乏ってわけではもちろんないけど、とにかくある部分意外は、せめて普通に育つことを望んでいたし……。
九つのキーを打ち込むと、目の前のガラス戸は無人で開く。
少し驚いた愛実を抱き抱え、宵威はその自動ドアを通り抜け、エレベーターに乗り込む。
今までは単に運が良くて誰にも会わなかったけれど、こんな住宅の中で、しかも宵威は最上階を押したから、途中で誰に会うかわからない。
「……宵威、もう大丈夫だから、降ろして……くれ」
「大丈夫ですよ、この時間ならだいたい誰にも遭いません。ここを借りているのは、有名会社の社長や、理事で、帰宅時間の遅い方々ですから」
「う……」
そういわれると、もう降ろしてくれ、とは言えなくなる。
なんにも言わない宵威が逆に恐くて、居た堪れなくて、愛実は宵威の胸に顔を埋めた。
ついた部屋は、やっぱり最上階で。
そこには驚く事ながら、部屋が一つしかなかった。
……意味わかる?
つまり、この何百坪あるかわからないこの面積全てが、宵威のプライベートハウスなのだ。
本人はルームっていうけど、それじゃあ最上階以下の部屋に住む社長様たちが不憫だろうから。
「お前、こんな所に住んでたのか?」
恋人ながら、今更そんな事を呟くと、やっぱりムッとしたのか、宵威が拗ねたような仕草をする。
「恋人なのに、何も知らないんですね僕の事」
「そ、それは……」
恋人ってやっぱり、何でもしてなくちゃ駄目な……ものなのか?
好きなものとか、嫌いなものとか、血液型とか、誕生日とか、星座とか……それに、過去、とか。
「お前が何も教えてくれないから……」
必死に振り絞った言葉は、そんな素っ気もない答えで。
違うのに。本当はそんな事言うつもりじゃないのに。
「……愛実さん」
宵威は優しくも悲しそうに愛実の名前を呟くと、愛実をリビングの黒い皮のソファに座らせた。そして、自分はその下に座り、お姫様の腿に手を滑らせる。
「愛実さん、僕は貴方のことなら大抵はなんでも知っています。貴方が……何も教えてくれなくても、ね」
愛実のチェック柄のパジャマの上から腿を優しく撫でていく。それは、まだ動揺しているだろう愛実を落ち着かせるためでもあったのだけれど、愛実は何故だか落ち着かない感じがして、きゅっと唇の端を噛む。
そして、その反応に気づかないほど、宵威は鈍感じゃなかった。
「だけど、貴方が教えてくれないとわからない事もあるんですよ」
言葉が徐々に冷たさを増す。
愛実は愛実で自分を偽るように普段の自分を演出していたのだが、宵威もまたそうだった。
「長谷川になにされたんです」
「……っ」
唇を噛んだ歯にキリッと力が入る。
何ヲサレタ?
何ッテ……。
「……何も」
「何もない人がそんな顔をするわけがない。それに、愛実さん。あいつは愛実を襲うために見舞いなんて偽ってきた。それなのに、個室に二人っきりになって何もしないわけがないじゃないですかっ」
「俺を……襲うため?」
「……愛実さん、その鈍感は本気ですか?それともわざとなんですか」
フゥとため息をつきながら、宵威は立ち上がり、自分の髪をかきあげる。
「なっ!わざと、ってなんだよ……それ」
「男を誘うため……とか」
「しょっ……っ!」
あまりに理不尽な発言に、文句をいおうとした口は、何故だか言葉を発することが出来なかった。それは、たぶん……宵威の目が、あまりに鋭く愛実を見つめていたからだろう。睨んでいるのではない。何よりも深く、熱く、見つめているだけなのだ。
「好き……好きです……愛実……」
愛実の胸のあたりに顔を押付け、背中に手を回し、宵威は甘えるように愛実に抱きついた。
「大人にも子供にも誰にもあげたくない……っ」
「しょ、宵威……は、離せ…よっ」
「嫌です」
抱きしめている宵威の力は強く、もともと華奢で、その上2、3日寝込んでいた愛実の身体はより細くなってしまっていて、腕の力で簡単に折られてしまいそうだった。
「……じゃなきゃ、俺の目がおかしいんですか?」
「宵威の……目?」
いや、宵威の目はいつもどおり、少し茶色かかっていて、意思のはっきりしている強い目をしている。
羨ましいほどに男を感じるその目に見つめられると、愛実は視線を外せなくなる。
「俺の目には、愛実さんが俺を好きって言ってるように見えるんですけど」
カーッ!
愛実の顔が急速に真っ赤になった。
それは病気で発生する熱のせいでも、体がおかしいからでもなくて。
「貴方もわかっているんでしょう?」
わかってるって聞いてくる、宵威の視線が俺の中に恐いくらい進入してきて頭の中を占領していく。
わかってる。わかってるんだよ。
うるうるとして光っている瞳の奥から、感情が高ぶって涙が零れそうになる。それがますます愛実の黒いダイアモンドのような瞳を輝かせた。
ゲイなんて大嫌いだった。
初めて好きになった女の子に、馬鹿にされて依頼、大嫌いだったんだ。
けど、本当は、大好きな誉ちゃんや薫ちゃんを汚されたみたいで、それが嫌だった。大人になって世界が見えて、もっともっと男だけの家がどう見られるかが、恐かった。
でも、だけど……。
宵威は、そんな俺の目標でもあって。年下に尊敬って、以前の俺なら笑って馬鹿にしてたみたいなことかもしれないけど。
いろんな人に慕われていて、実力もあって、背も高い。頭も良くて、スポーツも出来て、男らしい。そんな俺の理想の自分にあてはまったんだ。
告白される前から、本当は知ってた。
学生会会長になる前から知ってた。
それが恋だって事も、気づいていないわけじゃなかった。
けど。
それをもし、認めたら。
俺は、男を好きになったことになっちゃう。
今までの自分を全て否定することになってしまう。
だから、好きだけど嫌い。
そんな状況を続けてきた。
でも、でも……。
「宵威……っ」
指先に力をこめて、少しだけ抱きしめ返す。
もう、隠せない。最初から、ばればれだったのかもしれない。
「……俺……っ」
けれど、今まで避けてきたその言葉を言うのはたやすいことではなくて。
何ども嗚咽を飲み込んで、ようやく一つ言葉が言える程度だ。
「憧れてたんだ……お前にっ……ずっと」
触れ合いたいとか、キスがしたいとか、それが伴わない感情だったとしても、愛実のそれは、確かに、本当に確かに、恋愛なのだ。
お子様レベルの愛実の告白は、それでも、宵威には十分だった。
なぜなら、これが、愛実からされた始めての告白の「答え」でもあったから。
宵威に告白されたとき、愛実は返事をしていなかった。それを無理やり肯定とみなして傍にいたのは宵威で、本気で追い払っていなかったのは愛実だった。
誰にも気づいてもらえない、心のモヤモヤに、気づいてくれるのは……?
「誉さん……や、薫さんよりも?」
愛実は普段の生徒会長の威厳なんて何もなくなってしまったかのように、なきじゃくり宵威の肩に顔を沈めた。
宵威の問いに答えることはない。それは、意地悪な質問だったから。
愛実の世界には、誉と薫しかいなくて、ずっと否定したい存在だけど、ずっと失いたくないと思っいた存在でもあるのだ。
「…ひっく……ごめ……っ」
素直になりたいと思えば思うほど、愛実を取り巻く柵は大きい。
やっとその一つを通り抜けようと言う所で。
「いいですよ……貴方の思いを聞けただけで、とりあえず俺は満足ですから」
「宵威ぃ……っ……」
宵威は愛実の震える身体を抱きしめ、唇に優しくキスをする。
「っ・・・・・・」
「無理しなくて・・・・・・良いですからね」
宵威は愛実の耳の傍でそう囁くと、うなじを吸い上げる。
愛実のソコは、真っ白で、綺麗で、すべすべで。男のモノだと思えないほど美々たるものだった。
宵威は大切なものでも舐めるかのように、舌でそこを舐めあげれば、愛実がビクッと震えるのがわかった。
「・・・・・・恐い、ですか」
恐くない、とは返事が出来なくて声が竦む。
さっき、ついさっき・・・・・・長谷川にあんなことをされたばかりだから、欲情した男というのがどんなものかが頭に焼き付いて愛実を悩ませる。
宵威の事は好きで、そして、素直にそれを言えないんだから、せめて・・・・・・宵威には好きにさせてあげたいって思うんだけど・・・・・・。
「宵威ぃ・・・・・・っ・・・」
「ごめんなさい、愛実・・・・・・」
愛実の顔にははっきりと恐怖が見て取れる。
「愛実が恐がってるの知ってるけど、やっぱり、俺少し怒ってるから」
宵威は欲情した少し掠れた声でそう言いながら、愛実のパジャマのズボンを半分くらい脱がし、手だけ下着の中に差し入れる。
「しょ、宵威っ・・・ああっ」
「長谷川に何されたんです・・・・・・」
零れる自分の声が嫌で、口を手で塞いでいる愛実は涙を流しながら首を左右に大きく振る。
「んっ・・・・・・んーっ」
「愛実さんが怯えているのは、長谷川なんです。俺じゃない。ね、俺を見てください。今、愛実さんに触れているのは、俺なんです」
宵威はそういいながらも、手を下着の中に進めていく。
拒絶されたらどうしようという思いもある中のそんな強引な態度だったのだが、初めて触れる愛実のソコは、半分くらい勃っている状態だった。
宵威は思わず口元を緩ませ、きゅっと握る。
「んああっ」
口を抑えていたにも関わらず、あまりに強い刺激に愛実は喘ぎを上げる。
「気持ち良いですか?」
嬉しさでどうしようもなくてそう聞いたのだけれど、愛実は恥ずかしくてこたえるどころじゃない。
他人に、しかも男に、そんな場所を握られる日が来ようとはまさか思ってみなかったから。
「ここ・・・・・・ずっと触ってみたかったんです」
「ひっく・・・・・・ん・・・・・・っ・・・・・・も、駄・・・」
「でも、想像以上です・・・・・・」
毎日妄想の中で愛実を汚す度、思っていた。
触れたい、触れたい、触れたい、と。
ただ、それを顔に出してしまえば、愛実はきっと逃げるから。そうして欲望を露にしてしまえば、自分も愛実が嫌う『ただの男』に成り下がってしまうから、だから必死に抑えてきた。
誰から見ても、ストイックに見えるように。
けれど、宵威の内面は本当は誰よりも貪欲な性欲を持っていた。
愛実に対する・・・・・・独占欲も全て、全て・・・誰よりも大きなもので。
「・・・・・・好きです。愛実」
掌に包んだ愛実のソコを上下に扱けば、愛実がソファの上で体を左右に揺さぶる。
「貴方を気持ち良くさせているのが俺だって思うと、すごく嬉しいです・・・」
「ふっ、んっ・・・・・・やっ」
下着を少し下げられて、勃起したそれを宵威に見られる。
愛実は羞恥の限界で、愛実は宵威の目に自分の手をかぶせる。
まるで目隠しでもされたその状況なのに、宵威はそのまま露になっているそこにだんだんと顔を近づけていく。
愛実は必死に足を動かし、宵威の顔を拒むように避けるけれど。
宵威の大きな手にしっかりと両ももを開かれて、抑えられ、ソファの上に押し倒される形になる。
それでも愛実は見られたくなくて、必至に宵威の目を隠した。
「愛実、こんなことしても無駄ですよ」
宵威はそう囁くと、愛実のモノを根元から滴る唾液もそのままに、艶かしく動く舌で舐めあげる。
「ひゃぁんっ!」
可愛く鳴いた愛実の声が耳に届き、ますます歯止めが利かなくなる。
「愛実のすること全てが、俺を欲情させるんですから」
「宵威っ・・・も、や・・・駄目・・・俺汚・・・い・・・ああっ」
「愛実の身体で汚いところなんてないですよ」
「ふっ・・・ンアッ」
暖かい感触が自身を舐め上げ、それがとてつもなく快楽なのが愛実には耐え切れなかった。
生理的な涙をこぼしながら、止められない嗚咽に息をあげる。
「はっ・・・あっ・・・」
抑えるを失った愛実の口元からは、宵威が舌を動かせばその通りに声が漏れた。
宵威は愛実の反応全てが愛しくて、盛り焦る自分を抑えながら、絶頂へと導く。
「やだ、や・・・それ駄目・・・・・・ああっ」
すっかり勃ちあがった亀頭にチュッとキスをすると、宵威は愛実のソレを口内に含んだ。
生暖かくて、とろとろで、柔らかいその中は愛実にとって、恐いくらいの刺激で。
「駄目、お願・・・・・・アアッン」
「達って下さって良いですよ」
きゅっと吸い上げると、愛実は身体を捩った。
「くぅ・・・ん・・・っあ、も・・・お願いっ・・・」
愛実は宵威の目を覆っていた手を外し、自分の顔を隠す。
反らした顔のせいで、見える愛実の喉元は嫌に扇情的で。
愛実の下肢を口腔で弄くる宵威は上目遣いにそれを意識して、思わず喉を鳴らす。
「あぁッ・・・・・」
愛実が一段と声を張り上げた瞬間、宵威の口内にどろっとした愛実の白濁としたものが放たれた。
「・・・・・・はっ・・・ア・・・・・・」
宵威はそれを味わうようにゴクリと飲み干すと、ソファに肢体を投げ出す愛実を覗き込む。
汗ばんだ腕を顔から外すと、愛実は快感で意識を手放してしまったらしい。
ぐったりとして、収まることの無い呼吸を苦しそうに続けている。
「〜・・・・・・っ」
今日は、愛実だけを気持ちよくさせてあげるつもりだった。つもりだったけれど、まさか達かせただけで愛実が気を失ってしまうとは思わなかった。
さすがに意識を失った愛実をどうこうしようとは思わない。そんな趣味はもちろんないんだけれど・・・。
「これは反則だ・・・・・・愛実」
発情して、欲情しきってる男の傍で無防備に美味しそうな身体を見せ付けて。
「むしろ拷問・・・・・・」
宵威は愛実を自身の身体に敷いたまま、ハァッとため息をつくと、愛実に毛布をかけ、とりあえず盛った自分を抑えるため、シャワールームへと向かった。
「おやすみ、愛実・・・・・・」
とりあえず、起きて愛実が正気に戻っても、このことを忘れてなければいいけど・・・。
愛実が、昔の俺とのことを忘れているみたいに・・・・・・。
宵威が幸せに浸りながらも、そんな事を思っているのも知らず、愛実は眠った。
とりあえず・・・・・・・は、幸せな表情で。
続く。
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