明るい!永田町ぷろじぇくと

-3- −5− 小説。


第4話―秘書とは従順な犬なり


未幸が自室に戻ると、そのデスクには山のような手紙が置かれていた。
「相良、これなんだ」
 訝しげに掴んだ未幸に、相良は、ああ、と軽く返事を返す。
「国民からの応援の手紙ですよ。今朝事務所の方に届いたのが、こちらに届いたんです」
「国民!?」
 総理大臣当てに国民から手紙が来ることなんてしょっちゅうだ。
 それは、批評だったり、文句だったり、投書だったり、あまり良く無いモノが普通なのだけれど。
 まず、総理になって一日やそこらの新人にこれほど多くの手紙がきたという例がいままであっただろうか。いや、ないだろう。
 未幸は机いっぱいに広がった手紙の一つを手に取り、ペーパーナイフで綺麗に手紙を開けて行く。
「……僕もゲイです。桐生総理のような方が総理になられる事をずっと待ってました。どうか、法律の改正を……か」
 未幸が手紙の一分を読み上げ、少しだけ表情を暗くしたのに相良は気付く。
「手紙一つ一つに影響される事はありません」
 助言……のつもりでハッした言葉は、未幸にはお気に召さなかったようだ。
 未幸はそっとその手紙を机の端に置く。
 決心を新にしたような気持ちが、胸の奥にフツフツと沸き起こる。
 みんながそれを望んでいるんだ……。
 俺が変えなきゃ。
 そう……思う反面。
 みんなのこの手紙が痛かった。苦しかった。
「無理はしないでくださいね」
 追い詰められた表情の未幸に、相良は声をかける。
 それでも未幸の強張った顔は変らなかった。
「俺は……俺は、からかっているつもりも、これをネタにのし上がるつもりもないんだっ」
 苦しくなって、叫んでしまうのは、そう思っている心が少しはあるからなのだけれど。
 未幸はそれすらわかってしまうほど聡明で、賢い子だった。
 相良は、未幸の傍に来ると、その黒く艶のある頭を抱きかかえ、撫でる。
 子供の頃から駄々をこねる未幸を嗜めるのはこの方法だった。
「未幸さんは未幸さんの思う通りにして下さい。俺は必ずついていきますから」
 相良の、素直で優しい言葉が、未幸の心を少しだけ軽くした。
「相良、俺……」
 未幸が口を開きかけた途端、ドアが大人しく叩かれた。
「はい」
 先に返事したのは、未幸では無く相良だ。
 相良は未幸の頭をもう1度だけ撫でると、惜しそうに思いながらも身体を放し、ドアの方に向き直った。
「和多田と申します」
 ドアの向こうの人の声に、未幸は表情を変える。
 その変りように、相良は少しだけ不機嫌そうに顔を歪めた。
「元気が出たようですね」
 皮肉ともとれないその相良の言葉に、未幸は少しだけ唇を尖らせる。
 相良はそんな未幸の態度を無視して、ドアを開いた。
 総理大臣用自室のドアは古いもので、日本一の檜を使って造ったといわれている最高級品だ。
 少々重いそのドアの向こうから来た人物は、相良に一礼すると、未幸に再び礼を返した。
「どうも、桐生総理」
「あ、ああ、どうも」
 ぎこちなくなるのは、何故だか相良が不機嫌そうだから。
「今、お時間大丈夫でした?」
 これは、今おしゃべりしている時間があるか、ちょっと出て来れるか、の代用詞。
 未幸は再びチラリと相良を見るが、相良はツンとしたままでスケジュールを教えもしない。
 子供かあいつはぁ……!
「大丈夫です。何か用事ですか」
 相良をこちらから無視し、和多田に笑顔で応対する。
 まるで子供なのだ。この二人……。
「ええ……彼は秘書……ですよね、桐生総理の」
 相良を顎で指しながら、和多田は言った。
 未幸はこの会話に何か不思議な事を感じながら、ああ、とだけ頷く。
「じゃあ、彼を少しお借りしてもよろしいかな。実は秘書同士の交換会が今行われていてね、まぁ……公的なものじゃないんですけど、こういうのも大切なものですから」
 公的じゃない、と言うことはつまり、お食事会のような私情を挟んだものということだ。
 政治家本人たちが動くとそれはそれでスキャンダルになりがちなので、秘書がこうやって意見の交換会を開いていたり、手紙やメールのやり取りをする事はよくある。
 秘書とはいつでも主人に従順で、すばらしい犬のようだと言った人もいるが、あながち嘘でもない。
「相良を……」
 未幸は少しだけ躊躇した。
 未幸が会議や試験や選挙や何やらで、相良の傍を離れることはあっても、相良の方から未幸の傍を離れると言う事はめったに無かった。
 そう……あの時以来かもしれない。
 あの……あの半年間……。
「総理。私行ってきてもよろしいでしょうか」
「相良」
 パソコンから顔をあげ、未幸を見て、相良が言った。
 相良は未幸に従順な秘書であり、ナイトだ。
 けれど、犬ではない。
 未幸は意思の強い目で、少しだけ頷いた。
「では言ってまいります」
「では、お借りしますね」
 何故秘書の集まりなのに和多田が呼びに来たのかわからない。
 けれど未幸は和多田を信用しているあまり、疑う事を忘れていたのだ。


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