激情らいおんハート

職業。 −2− 小説。


−1−


僕が住まわせてもらっているこのお屋敷は、光野貴久様のお屋敷。
 北海道の施設にいた僕を引き取って、ここで働かせてくださっているのはそのお方だ。
 僕のような年端もいかない使用人にも優しくて、親切で、そして広い心の持ち主。
 使用人を使用人として扱わないなんて、それはちょっとルール違反なんだけどねって笑うご主人様が一番カッコいいと思ってしまう。
 僕にとって、ご主人様であって、世界で一番……大切な人。

 「晩餐会ですか」
 ご主人様の秘書兼このお屋敷を牛耳っている使用人頭の坂滝さんが、かなり嫌そうにそう告げてきた。
「そ。今度の土曜日の夜八時から。あ〜……嫌だ。俺、アイツら嫌いなんだもん」
 秘書もなさっている坂滝さんは、偉い方々とは良く顔を合わせるみたい。
 家での仕事もして、会社でも仕事をして、やっぱり大変なんだろうなぁ。
「そんな……。お客様でしょう」
 笑ってフォローすれば、坂滝さんは僕のおでこを指で弾いた。
「甘い!蒼冶は会った事ねぇからわかんないんだよ。最低だぜ、人間のクズ。アイツらと比べたらあの貴久が数倍まともに見えるんだぞ。ありえねぇ」
 坂滝さんはご主人様の幼馴染でもあるから、結構ご主人様のことを言いたい放題するけど、それはご主人様が大好きだからなんじゃないかな。
「本当は貴久に、蒼冶は晩餐会にも出すなって言われてたんだけどなー……」
 それを聞いて、僕はちょっとだけムッとすると言うか、悲しくなった。
 この家は大きな家だから、今までだって晩餐会って言う名前のお食事会は年に何回かあった。
 でも、僕はその度に、部屋で休んでいなさい、とか今日はもう良いとか言われてお手伝いに出された事がないのだ。
 このお屋敷は貴久様一人が住んでいて、使用人の数は十三名。
 一人の主人に仕えるには多い数だけれど、沢山のお客さんを迎えるには少ないから、毎回毎回みんな一生懸命働いていたのに、僕だけ仲間ハズレ。
 今までは、僕なんか一番年下だし、出てったところで迷惑になるのかなぁとかも思っていたけれど……でも、僕も、もう十八だし。
 お、お酒はまだ飲めないけど……でも、でも、何かはお手伝いが出来るはず。
 僕だって、ご主人様の為に働きたい。
「やれますっ……僕、僕、ちゃんとお客様をおもてなしします。粗相のないようにしますから……お手伝いさせてください」
 渋ったままの顔の坂滝さんに、僕は一生懸命頼み込む。
「……まぁそう言ってくれると助かるんだけどな。今回は土曜日に休みとってるメイドの子が一人いたから」
「はい!僕、何でもしますから、どんどんおっしゃってください」
 春の木漏れ日が弾けるかのように表情を明るくした蒼冶を坂滝はぎゅっと抱きしめた。
「……その従順さがアダにならなきゃいいけどな……」
「……ぇ?」
 小さな声で呟かれ、僕はその意味がわからず聞き返すと、大広間の大きな戸が開いた。
「さ〜か〜た〜きっ」
「ご、ご主人様ぁ、あっ……ちょっ」
 入ってきたのはもちろんご主人様。
 ご主人様は僕と坂滝さんを思いっきり引き離すと、自分の腕で僕を拘束する。
 く、苦しいんですけど……。
「坂滝!お前、俺の蒼冶に何してやがんだよ……っ」
 あ…れ……、ご主人様怒ってるの…?
 強く強く抱きしめられるのはまだ少し苦手で、僕がご主人様の腕から逃げ出そうとすると、その腕の力は増すばかり。
「お前よりよっぽど俺の方が純粋だろ。むっつり」
 にやっと笑いながら坂滝さんはズドンとご主人様を下まで落とす。
 うーん、真似できない技です。
「う、煩いっ!それより、出社時間だろ、お前も支度しろよ」
「貴久様よりは準備は整っていると思いますが、はいはい準備しますよ」
「坂滝っ」
 毎朝のような遣り取りをこなし、二人は部屋を出て行った。
 いいな、坂滝さん……。
 なんだかんだ言って、ご主人様には坂滝さんがいないと駄目。ご主人様のため一番役になってるのは坂滝さん。
 僕も……ご主人様のために何かできたらいいのに。

 晩餐会の日、この日は朝から使用人たちはみんな屋敷内を走り回っていた。
 もちろん僕も与えられた仕事を全うするために、買い物に行ったり、掃除をしたり。今日だけは坂滝さんもご主人様の傍じゃなくて屋敷にずっといて、指示を出す。
「蒼冶、もうそろそろ夕飯食っとけよ。食事会始まったら、暇なくなんぞ」
 坂滝さんは手にいっぱい荷物と書類を持ちながら、僕にそう言ってくれた。
 坂滝さんだけじゃない、真里菜さんも、他のメイドさんもみんなまだ仕事しているのに。僕だけ……ご飯なんて食べてる場合じゃない。
「はい、じゃあ頂きます」
 僕はそういうと、坂滝さんのいない部屋に走っていった。
 もちろんご飯なんて食べるつもりない。坂滝さんの好意が嬉しくなかったんじゃないけど、でも……僕だって使用人のプライドが……少しはあるんだ。
 七時半を過ぎると、晩餐会に招かれたお客様たちが頻繁にドアを叩いていた。
 財政界の方々から、会社の社長さん、僕でも知っているような芸能人の方々、みんな気品あるスーツや、ドレスを着て、ニコニコしながら入ってきた。
 僕も玄関に立ち、コートや帽子を受け取る仕事をしていたのだけれど、みんな本当に上品で全然坂滝さんが言うほど嫌な人にも思えなくて、それを坂滝さんにコッソリ告げると、僕だけに見える隅でいや〜な顔をした。
「ホンネとタテマエをあいつら使い分けてんだぞ。騙されんなよ」
「誰でもホンネとタテマエくらいあるものですよ」
 僕だって、ご主人様のためになりたい、とか坂滝さんの手助けになりたいとか思って無理しちゃうとき……あるし。
「……お前ってホント、どうやったらその性格作れるか不思議だな」
 ちょっと笑った坂滝さんの言葉の意味がわからなくて、僕は首をかしげる。
「大人に汚されんなよ」
「?」
 二言目の言葉の意味もやっぱりわからない。
 勉強が足りないのかな。
「大人はずるいから……力も、金も、権力すらあるから……お前みたいなやつすぐ喰われんぞ」
「で、でもご主人様は違います」
 反論すると、坂滝さんはさっきより嫌な顔をした。
 え、え?僕、変なこと言いました?
「お前、アイツを一番注意したほういいんだぞ」
 なんでですかって、聞こうとしたらダイニングからお呼び出しのブザーが鳴った。
 これは、お食事会始めって意味で、ご飯をもってきてくださいって言う知らせ。
 僕は坂滝さんより先に走り出そうとして、腕をひっぱり戻される。
「気をつけな。アイツらホントに汚れてっから」
「?……はい、気をつけます」
 やっぱり意味がわからなかったけど、僕はとりあえずそう返事をしてキッチンへ向かった。
 
 食事を運ぶって言う仕事は結構大変。
 一皿一皿運ぶならまだ簡単だけれど、右手に一皿、左手に一皿持つからバランスが大切なんだ。でも、お客様にかけてしまうなんて失態は絶対出来ないから、ものすごい注意を払って僕は料理を運んでいく。
 ご主人様のところに持っていけたら一番嬉しいんだけれど、三十人近くいるからそんな偶然はほどんどない。
 でも、そんな選り好みなんてしてられないし、僕はお仕事中なんだから!
 ううん、ご主人様だって仕事中なのかもしれない。
 坂滝さんがそんなこと言ってたし……。
「あ、君……そう、そこの君」
 お客様の前にある料理の無くなった前菜皿を持った僕を、一人の男の人が引きとめた。
 ご主人様より年上の方で、紳士って感じがした。
 高級そうな茶色いスーツがすっごく似合っていて、ご主人様も将来こうなるのかななんて思ったらすこし笑えた。
 って!!駄目だって。仕事中なんだってば。
「はい、なんでしょう」
 僕がにこっと笑うと、その人もニコッと笑った。
「君はここの使用人なのかい。随分若いね」
「はい、貴久様のお世話をさせていただいてます」
 僕が答えると、その隣の人も話しに混ざってきた。
「へぇ……、君名前は?年はいくつなんだい」
 隣の人も歳は四十代から五十代といった感じで、普段この年頃の人とはあまり話さないから、不思議な感じがしたけれど。
 もしかして、これでご主人様の為になれてるのかなって思うとすごく嬉しくて、僕は笑みが零れる。
 仕事の途中ではあるんだけど、それよりも何よりもお客様が大切だと思えって、坂滝さんに言われているから、大丈夫なんだ。
「蒼冶と言います。今年で十八になります」
「従順で……教えがいもありそうな……」
 最初話しかけてくれた人がニヤリと歯を光らせた。
「私は岡田と言ってね……光野とは古い付き合いなんだ」
 僕は仕事関係のお名前を聞くことは無い。
 だって、僕は家の使用人で、お仕事まで介入はできないから。
 もちろん……そっちの手助けが出来れば一番……嬉しいんだけど。
「覚えておきます」
「じゃあ、私のことも覚えてもらおうかなぁ。私は東山って言うんだ」
 きゅっと腕を掴まれて、思わずその腕を見る。
「お、岡田様……っ」
「ああ、ビックリさせちゃったかな……へぇ、細い腕だ。これで仕事ができるのかい」
「仕事って言っても……もしかしたら、これはアッチの仕事なんじゃないか」
 アッチって……なんだろう。
「ヤツはそんな趣味があったのかい」
「無くても犯りたくはなるだろ……これほどの美しさだ……それに加えなんでも言う事を聞いてくれそうじゃないか」
 東山様にも腕を掴まれ、それだけじゃなく、シャツの上から胸のあたりを撫でられる。
「女じゃなくても……構わないと思うだろ、これなら」
「ぁ、あの……っ」
 指をいっぱいに広げて、岡田さんは僕の身体を弄る。
 もう大分お酒を飲んでいるから、そういう人に絡まれないように注意しろって真理菜さんに言われていたけれど……こういこと?
 なんだか……これって……。
「ぼ、僕……仕事がありますので」
 なんだか嫌な雰囲気が感じ取れたから、僕は岡田さんからいそいで手を引き抜き引っ込もうとしたんだけど、なかなかこれが強い力で腕はびくともしない。
「駄目だよ、お客様にそんな態度取っちゃ……ご主人様に迷惑がかかっちゃうよ。私達が君を嫌って商談はナシ……なんてあったら、ご主人様は君をどう思うかなぁ」
「……っ」
 僕が一番恐いのは、ご主人様に捨てられることでも嫌われることでもない。
 ご主人様の迷惑になってしまうこと。
「ぼ、僕に粗相があったのなら、僕を怒ってください……」
 膝間づいて岡田さんに言えば、岡田さんは僕の顎を掴み、上にあげてニヤリと笑った。
 ただ……その笑いがなんだか、ちょっとさっきまでとまた違って、なんか……頬に赤みが差してるって言うか、いやらしいって言うか……。
 いや、ご主人様のお客様にそんなことを思ってしまうなんて、僕はだから未熟者なんだ。
「……躾がいがある……上玉だ、どう思う東山さん」
「ふぅっ……」
 東山さんの方に無理やり顔を向けさせられて、思わず口から声が漏れる。
 お客様の前でこんな失態申し訳ないって思ったのに、岡田さんも東山さんもそんな僕の行動を咎めている表情ではなかった。
「おや、私も混ぜてくれるんですか」
 ほころんだ笑いの東山さんが、岡田さんと談笑する。
「同罪ですよ……」
 頭上から降ってくる視線が痛い。
 こんな、こんなジロジロ見られるのは好きじゃない。なんだか、まるで……舐めれているみたいだから……でも……僕は……ご主人様の……。
「君、じゃあ食事会が終わったら、バータイムの時にそこのソファに来てくれるかな」
 ねちっこいこの視線からやっと開放されるとあって、蒼冶は顔をあげる。
 ちょっと安心感が込み入ったから、その指定されたソファが部屋の暗がりにあって、ほとんど人の目につかないことを、僕はすっかり忘れていた。
 それよりも、今逃れることの方が嬉しかった、から。
「は、はい……わかりました」
 それだけ言うと、僕は何故だかザワザワする胸を抱え、キッチンへと汚れた皿を持っていった。


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