激情らいおんハート

-1- −3− 職業。


−2−


「顔色が悪い」
 キッチンへ入るとすぐにメイド頭の真里菜さんが僕の顔を見てそう言った。
 なんでだろ……別に、具合悪いわけじゃないのに。
 確かに、気分が悪くはあるんだけど。
「大丈夫です……ちょっと人酔いしただけですから」
 でも、迷惑はかけたくなくて、僕は真里菜さんにそう言う。
 真里菜さんはお人形さんのように巻いた髪をはためかせながら、腰に両手をついて怒った顔をした。
「変態ヤローどもに何かされた?」
 女バージョンの坂滝さんのような発言に、僕はちょっと吹き出す。
「なんですか、それ」
「金持ちの男どもは、金と美しいモノが好きなのよ。自分どもが汚いからね」
「お客様にそんなこと……」
「あらいいのよ、これくらい。別に聞こえるわけでもない。そうじゃなくて、だから気をつけなきゃだめよ。ってか、もう部屋に戻っても良いわよ。後は片付けくらいだし……」
「そんなっ……僕にも最後まで仕事をさせてくださいっ」
 真里菜さんだって若いのに、メイド頭とかしてしっかり仕事しているのに、僕だけそんなの嫌だった。
 僕だってご主人様の役にたちたい。
 それに、さっき岡田さんたちと約束しちゃったし……。
「じゃ、ぼ、僕……お皿下げに行って来ますっ」
 今度は真里菜さんから逃げるように、僕はキッチンから出た。
 キッチンはまるで船の厨房のようなドアになっていて、押しても引いても開く開放的なつくりだ。
 前も見ずに慌てて出ると、すぐそこにいた何か大きな黒いものにぶつかる。
「わっ……あ、ご、ご主人様」
「蒼冶、大丈夫かい」
 フワッと香って来る優しい優しい甘い香りは、ご主人様のコロン。
 その安心するような、幸せになるような香りだけで顔を見なくてもご主人様だとすぐわかる。
 ご主人様は慌てて突っ込んだ僕の肩を優しく掴み、体をゆっくりと起こしてくれる。
「ご、ごめんなさいご主人様……ほ、他のお客様にはこんな失礼なこと絶対してませんから」
 なんで僕っていっつもこうなんだろう。
 だから、まだちゃんとした仕事を任せてもらえないのかな。
 やっぱり僕じゃ、坂滝さんや真里菜さんの替りには……まだなれないのかな……。
 慌てて謝った僕に、ご主人様は困ったような顔をした。
「何をそんな深刻に謝っているんだ。お前の礼儀が正しいことくらい知っているし、別にお前が何か失礼なことをしても、誰もそんな怒らないから気にしないでいい」
 それって……遠まわしに、僕ってそんなに役に立ってないって言っているんじゃないのかな。
 卑屈になっているってわかってるけど、僕は……。
「……そ、そうですよね、僕なんかが何かしたって……全然……」
 俯いた顔を上げれずに、僕は一歩ずつ後ろに下がっていく。
 嫌だ……どうして僕はご主人様のためになれないんだろう。
 僕は何をしたら、ご主人様に喜んで頂けるんだろう。
「蒼冶、どうしたんだ……顔が真っ青だ……。疲れたなら……」
「平気です」
 ご主人様の言葉を遮ることは失礼なこと。
 そんなこと知ってるけど、僕はわざとそれをして、平気ですって大きな声でいってしまった。
 だって、僕はご主人様に気を使われるのは嫌なんです。
 僕が気を使う立場なのに。
「ご、ご主人様もそろそろ会場の方に戻られた方が……」
「蒼冶」
「お客様方もお待ちになって……」
「蒼冶っ」
 ご主人様は少しずつ離れていった間合いを埋めて、僕の腕をガシッと掴んだ。
「何があった」
 真剣なご主人様の目とぶつかる。
 僕は、どうしてもその顔を直視できなくて、顔を逸らしてしまった。
「な…何も……」
「俺の知っている蒼冶は今のお前じゃない。誰かがお前に何か吹きこんだんだろう……言ってみろ、そいつ……ここから追い出してやる」
「なっ……」
 ご主人様は社員を何百人、数千人と抱える会社の社長。
 僕のためなんかに、取引先を捨てて会社の命運を動かしていいはずがない。
「何もないです。平気ですから……!」
 僕が……僕が岡田さんたちの命令に従えばそれでいいんだもん。
 そうすれば、ご主人様の為になれる……。
「ご主人様はこれから……大事なお話会があるんでしょう?」
 努めて僕はニコッと笑った。
 ご主人様はとっても優しい方で、親に捨てられた僕すら拾って雇ってくださった。
 そんなご主人様に嫌な気持ちなんてしていてほしくないから、がんばって笑った。
 だって、ご主人様は僕が悲しい顔をすると、僕以上に悲しそうにしてしまうから。
『蒼冶が好きだよ』
 最高の言葉を頂いた。
 僕は、その思いをどうしたら返せるんだろう。
 僕は、ご主人様のために何ができるんだろうっていつも考えるけど、今なんじゃないのかな。
「蒼冶、何かあったらすぐに俺や坂滝に助けを求めろ。……やっぱり晩餐会になんてお前を出さなきゃよかったんだな」
 顔を歪ませる表情が嫌で、僕はまた笑った。
「僕は幸せです。ご主人様のためにお仕事が出来て」
 そう言った僕の首筋に、ご主人様は顔を埋めて口付る。
「……ご主人様っ……」
 チクリと吸い上げられる痛みを感じ、僕は慌ててご主人様の頭を押し上げる。
 で、でも髪型を崩さないようのしないといけなくて力をいれられないから、あんまり効果ないんだけど。
「じゃあ、行くな」
「はい、お仕事頑張ってください」
 僕は生まれて初めて、ご主人様に向けて笑顔を作った。
「…苦しい……」
 胸が圧迫されるような感覚に陥って、僕は壁に背を預けた。
 
 「ぇ…あ、あのこれって……」
 バータイムになると、重要な仕事の話会に参加する人は別室に移って、リビング内に暗い明かりが灯され、さしずめ高級バーのような雰囲気がつくられる。
 使用人の中でもバーテンダーの人が出てきて、お客様一人一人にお酒を配り、ちょっとしたパフォーマンスを見せて楽しませる。
 そんな和気藹々とした雰囲気から外れた、暗がりにあるソファに僕が行くと、僕を丁度隠すような位置で、岡田さんと東山さんが座っていて、岡田さんの手には白い布が握られていた。
「ゲームをしよう」
「……ゲーム…ですか」
 僕が来るなり、僕を二人の前に跪かせ二人は再び微笑む。
 僕の教育はほとんどが坂滝さんが躾てくれたけれど、ご主人様も僕に少し教えてくれたことがある。
 その中の一つに、むやみに跪くなって言うのがあったなって、ちょっと今思い出した。
『自分が何も悪くないのに、むやみに跪いたり謝ったりしてはいけない。それは自分の価値を下げるおこないだ』
 けど、ご主人様。
 今は……違うかもしれないけど、僕は跪きます。
 許してくれますか。
「君……目を閉じて、両手を背中の後に回してごらん……そう、そうだ」
 僕は言われるがままにすると、先ほど岡田さんが持っていた布で両手を縛られ、目隠しが施される。
「あ、あのこれって……一体どんなゲーム……ふっあっ……」
 質問をしたくて口をあけたら、その口に何か硬いビンの入り口のようなものを無理矢理押しこまれて、すごい匂いの液体を強制的に飲ませられる。
「ふぅっ……っ……げほっ、あっ……」
 喉の奥が焼けるように痛い。
 痛む喉では全てを飲み干せず、口の端からボダボダと零れてしまった。
「あー、アルコールは受けつけなかったかな」
 アルコールって……お酒……。
「も、申し訳ございません……飲んだこと……なくて」
「ほら言ったでしょう岡田さん。初めての子にブランデーは良くない。ストレートなんて倒れてしまったらこれからの楽しみがなくなるんじゃないですか」
 目を塞がれてしまっているからか、その分耳と鼻の感覚が強い。
 東山さんの声が急に傍で聞こえた気がして、ビクッと肩を震わせた。
「いや……きっとこの子は酒で少し乱れた方が遊べるさ……なぁ」
「っ……んぁっ……」
 再びツンとするような匂いと共に注がれるアルコール。
 お酒なんて初めて口にしたけれど、それでもこれがそんなに弱いお酒じゃないことはわかった。
 今度はさっき飲み物を口にしたせいで、喉の奥に通り道ができてしまったせいで大量のブランデーを胃に入れてしまった。
 夕飯を食べ損ねたお腹の中に、アルコールだけがジンワリと染みていく感覚が見て取れるようにわかった。
「っ……はっ、あっ、っ」
 お腹の中が熱くて、頭がボンヤリとする。
 目隠しされているせいかもしれないけど、身体のおかしな変化に恐怖が走って、身体中が敏感になっている気がした。
 岡田さんが頬に触れるたびに、僕は何故か過敏に反応してしまう。
 お酒ってこうなるものなの……?
「蒼冶君……口を開けてごらん」
 またお酒を飲まされるのかと思って僕が一瞬身を引くと、岡田さんの笑い声がした。
「ああ、大丈夫……もうアルコールは十分だろうからね、そうじゃないゲームのはじまりだ」
 ルールも何もわからない僕は、それを聞こうと思うんだけれど、なんだか上手くしゃべれない。
「るー……る……って……」
 頭をしっかりと上げているつもりなのに、カクンカクンとすぐに下を向いてしまう。
 お酒に当てられたのかも……。
 こんな醜態をお客様にさらすなんて。
 必死になって頭を正常に保とうとすればするほど、身体がどんどん熱くなって眩暈がしてくる。
「君は口を開けていれば良い」
 東山さんの声が聞こえた。
 その後、カチャカチャという金属音。
 たぶん、ベルトの音。
 そして聞こえたファスナーの音と岡田さんと東山さんの笑い声。
 何をするのかわらかなくて、身体中が震えた。
 僕は今までご主人様のお世話以外をしたことがないし、この屋敷の人以外とあまりしゃべったこともない。
 得も知れぬ恐怖に震える僕を、岡田さんは見て少し高らかに笑っただけだった。
「口を開けなさい」
 人に容易く命令するものではない。
 そうクチグセのように言うご主人様の声が耳に少し聞こえた。
「……はぃ」
 わけがわからない頭で恐る恐る口を開くと、後頭部をガシッと掴まれ前に押される。
「んんぅーっ……」
 口の中に再び何か押しこまれる。
 急に入りこんできた圧迫感に、嗚咽が漏れる。
 身体の一部なのか、何か生暖かく柔らかい。
 皮膚のような感覚が舌の上を動き回り、口の中に淀んだ匂いが立ち込める。
 喉の奥にまで押しこまれて、呼吸も言葉も出すことができない。
「ぁっ、っ……っ」
 もがきたても、頭をしっかりと抑えつけられ両手は縛られている。
 そして、最後の理性が『嫌だ』という言葉を発してはいけないと警告する。
 ご主人様のためになりたい。
 そのためにはこの苦痛に耐えるしかない……。
「ぁっ……何…岡田様ぁ……ぁっんッ」
 口の中に含まれているものがもし岡田か東山の身体の一部ならば、歯を立てては絶対にいけない。大きく開かれた顎は限界を訴え、ひくひくと収縮を繰り返す。
「そう……良い子だ……なかなか上手いよ……」
 何が上手なのかまったくわらかない。
 こみ上げてくる嗚咽、そして涙が抑えきれずに顔中を汚す。
「ふぅ……うっ……ぅ」
 自分がどんなに恥ずかしい姿をさらしているのかが、見えていなくてもわかる。
 嫌、嫌、嫌……ご主人様のためって思ってがんばったけど、なんだか嫌。
 ねぇご主人様助けて……っ。
「しゅ……様ぁ……」
 言葉になっているのか、なっていないのかくらいの声で小さく、出せるだけの最高の力で叫べば、見えない目の前で物凄い音がした。
 その途端、口の中に入っていた異物もなくなり、呼吸がやっと楽になる。
 口の周りがベタベタで気持ち悪くて、でも両手は動かないからどうしようもなくて僕が顔を伏せると叫び声がした。
「うわぁああっ……き、君ちょ……」
 もう一つ、続いて東山さんの声と共にすごい音が降り注ぐ。
 何……何が起こってるの。
 見えるはずがないのに、うろうろとしてしまうと、急に身体が浮いた。
「ぇ、あ、あのっ……」
 殴るような音が聞こえた後は、叫び声が聞こえて、身体が浮いて……。自分のことなのに、自分の周りで起こっている事がまったくわからない。
「黙るんだ、蒼冶」
 やっと聞こえた言葉らしい言葉は、ご主人様の……声?
「ご主人様……」
「黙るんだと言っている」
 怒っている声だ。
 ご主人様が怒る事はめったにない。坂滝さんとじゃれるような言い争いはしょっちゅうだけど、それは本気で怒っているのとは全然違う子供遊びによう。
 なのに、今回はそんなんじゃない。
 怖い、と思った僕は思わず口を塞いだ。
 別に、命令じゃないのに。
 それからご主人様はまた黙って、僕を抱き上げたままどこかに運んだ。


-1- −3− 職業。


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