−2− | −4− | 教師。

● やまとなでしこ☆ダイナマイト --- −3− ●

とりあえず迷わず行ける場所が出来たな…。
 ココロは保健室の前で仁王立ちして、自我自賛していた。いや、女子高というこの自分が最も苦手とする生き物の集団の中で、数時間過ごしただけでも、立派な進歩だった。
 そんな気分に浸ってたのに、いきなり目の前のドアが内側から開かれて、一瞬にして伸ばしに伸ばしていた緊張のゴムを、再び張りなおさなければならなくなった。
「やあ、よくきたね。ヒトミ君……」
な〜んか…俺、こいつ…好きじゃないかも。
 叶と違って、何かされたわけじゃないんだけど…なんか。本能って言うのかな。
 いや、ダメだよな。人を第一印象で判断しちゃ!
「中に入りなよ。じゃないと、また狼君に見つかっちゃうよ」
狼君…?
 俺はでかいと言われる目を、さらにまるまるくでかくして、首をかしげる。
 そんな俺を見て、北条はクスクスと笑うと、やや強引に腕を引っ張り、保健室に引きずりこまれる形になった。
「あ…あの、なんの用事ですか…俺…あ、あたし講習…」
なぜだかわからないけど、保健室の一番奥にあるベッドに座らされ、コーヒーまでもらって、俺は、その疑問をぶつける。
 だって、何か用事があったから俺を呼び出したんだろ。
「忘れ物とか…ですか?」
俺が言うと、北条はさも、面白そうに笑った。
 笑った表情は、女の子ならイチコロに落ちてしまいそうなほど綺麗で。
 男の俺ですら、ウワッて赤面しちゃいそうになったけど、でも、俺的には…叶の方が綺麗だと思うな………って俺、何言ってるんだ〜!
 おかしいぞ!俺…。やっぱりこんな環境にいるせいで、おかしくなっちゃったんだ。
 うわ〜ん、やっぱり怖い!怖いぞ。
「ヒトミ君……君、確かお兄さんがいたよねぇ」
北条の思いも寄らない質問に、俺は心臓を飛び跳ねさせる。
 お兄さんっていったら俺のことだ。
 なんだ、ヒトミのやつ。俺のこと北条に話してたことあるのか?
「はい。いますけど?」
「身長百五十六センチ、体重四十八キロ。市内の男子校に通う二年生。女顔で女性嫌悪症の十七歳のお兄さんが」
「……っ!?」
事細かに俺のプロフィールを語る北条は、カンペすらもっていない。全て北条の頭の中のデーダなのだ。
 でも、なんで…そんなこと今言ってくるんだ。
「ヒトミ君の身長は確か、百五十四センチ、体重五十キロ…だよね」
俺はヒトミの身長、体重なんてそんな細かいことまで知らない。けれど、養護教諭がそういうんだから、間違いはないんだろう。俺はただ頷いた。
「それじゃあ、入れ替わる…なんてことも可能っぽいね」
そこまで言われれば鈍感な俺でも気付く。
 ヤバイ!こいつ…もしかして、気付いてる!
 無理だったんだよ、結局!男が女子高生になるなんて。
 俺はベッドからすばやく立ちあがろうとしたけれど、その肢体を大きな北条の胸でおきあがらないように、押し付けられてしまう。
「ふっ……」
「ココロ君なんでしょう」
「違っ…、あ、な、何っ」
北条はいきなり俺の腕を、準備していたであろうとしか思えない、ロープで締め上げる。
「痛っ……」
みんな、手首って強く縛られたことってあるか!?
 すっごく、すっごく痛いんだぞ。
 手首の中にロープが入りこんで、ちょっと窮屈な感じにまで縛られて、なお、その反対側のロープは固くベッドの柵に結ばれてしまった。
 俺は身体を半回転させて、北条に背中を向ける形をとり、ベッドの上で四つんばいの姿でロープを解こうと努力するが、やればやるほど手首に感じる圧迫を増加させ、結び目を固くする一方だった。
「落ち着いてよ、捕って食うわけじゃないんだから…」
そのセリフのわりに、口元は不穏に緩んだまま。
「落ち着けるわけっ…ないでしょ!こ、こんなっ」
「ああ、縄?うーん…だって君騒ぐじゃない」
「…〜〜っ」
当たり前…って叫ぼうとして、なんとか理性がそれをとめさせた。
 だって、声に出しちゃったら、口さえも塞がれそうな気がしたから。
「君が認めないんだったら、僕が調べてあげる…ね」
「へっ?」
俺がそう聞くが早いか、北条は俺の体を後ろから包み込む。
 ベッドがきしんで、北条の身体がのっかったことを耳でも知ることができる。
 俺はなんだかよくわからないけど、この状況はおかしいって思ったから、北条の下で精一杯あがく。
 けれど、どうみても細身の体型なのに、大人の男だ…。
 男である俺の抵抗を完全に封じこめる。
 でも、でも、ここで男だってばれるわけにはいかないんだ〜!
 あ、後でヒトミが怖いから。
「や…やだっ、やめっ」
俺が震えさせたくなくても、勝手に震えてしまう声で叫ぶと、北条はますますご満悦になった。
 そして、ゴスロリファッションの制服のセンターにつけられている、黒い大きなボタンと簡単に片手で上から外していく。
 ヤバイ。
 だって、そこには、まったく膨らみのない俺の男の…胸があるんだもん。
 夏だから、下にTシャツも、ランニングとかも着てないし。
そこを見られて、即、追い出し命令が出される…と思っていたのに、北条は俺の身体を背中を自分に向けさせて、ぴったりとベッドに押しつけたままだ。
「…?」
少しの間が怖くて、俺は後ろを首だけで振り返って見てみる。
 すると、その瞬間、制服の両方を掴まれて、制服の前を開かれる。
 けれど、このままの態勢じゃ…背中しかアイツには見えていないはずだ。
 何がしたいんだろ…?
「真っ白…綺麗で…さらさら。まさか、したことない?」
「な、何を?」
嫌でも声が上ずる。
 だって、だって、怖いんだ。
 でも、泣くもんか。
 だって、俺は男なんだから。たとえ、今はヒトミになりきっていようと。
「セックス」
「セッ…!」
…うわ〜!なんてこと教師がいうんだぁぁぁ。
 あ、そういう学校だったんだっけか。
 うう、絶対俺ここで生活してけない。
 真っ赤になって絶句するココロは、まさに北条のストライクゾーンにズキューンとバッチリ入った。
 そして、北条の次の行動がわからず、困惑気味のココロのうなじに、そっと顔をうずめる。
「ほ、北条……っ!」
 さわやかなライムの薫り…。
 香水なんてつけるタイプに見えないから、たぶんシャンプーか何かだろう。
 なんでだか、それすらに欲情してくる。
 北条は、ただ面白そうだったから、ちょっとだけ悪戯するつもりだったのだ。
 けれど、なんだか………それだけで…すまない…感じ。
 無言のまま、うなじ、背中へと唇を移動しつつ、強く吸い上げていく。
「っ、あ、んっ…んぁ」
背中が熱い…!
 ねえ、何?何やってるの…。さっきから。
 北条の吐息が、唇が背中に触れている気がして…。なんだかよくわかんないっ!
 たびたび、ココロの口からこぼれる甘い吐息と、焦れったような声が、耳に強く残る。
「ココロ君…なんでしょう、正直に言いなさい」
「…っ、ぁ…違うっ」
ばれちゃったらダメなんだって…!根本家の女は怒らすと怖いんだから。
「お願…い、離…してぇ」
「ダメ。うそつきにはお仕置きしなきゃ…ね」
悦びを隠せないような声が耳元に甘く響く。
 耳朶に吐息がかかって、身体中がピクンと反応する。
「あんっ…」
 やだっ。何、この声。
 すごく…えっちっぽくて…嫌だぁ!
 それを見届けた北条は、その手をスカートの前…ちょうど俺のジュニアがある部分にグッと押しつけてきた。
「ああっ」
ダメだって…だって…さっきから…そこ…。
「あれ〜?なんだかここが動いてるよ」
そう。なんだか北条に密着させられて、そこは…元気になっちゃってて。男の部分がはっきりわかっちゃってるんだ。
「ふぅっ…」
ただでさえ、張りそうになってたそこを強く抑えこまれて俺は悲鳴をあげる。
「女の子のここはこんな風にならないんだよ〜…」
「あ、俺っ…ああっ!」
北条はスカート越しにそこを強く握り締める。
 しかも、それだけじゃなく、手を巧みに使って、扱き始めちゃったのだ。
「あっ、はぁっ、ダメ、で、でちゃう〜っ」
もう、女じゃないってことを隠してるどころじゃない!
 ヒトミに借りたこの制服の中で今にも自分の欲望を放ちそうなのだ。
 そんなわけにはいかない!
 でも、でも、北条の手さばきは最高で。
 すぐに俺のなんて絶頂に上ってしまう。
「んぁっ…うっ…ああっ…おね、お願い…やめて…」
自分でしか弄ったことのない、そこを大人のテクニックで動かされ、攻められて、俺のジュニアは今にも爆発寸前。
「じゃあ、認める?自分がココロ君だって」
 ゴメン、ヒトミ。
 お兄ちゃんは限界なんです!
 早く、部屋に篭って…やんないと…。
 頭がおかしくなっちゃう。
 俺は、遠くにいる人にもわかるってぐらい、上下に思いきり顔を動かした。
「おりこうさん。じゃあ、ご褒美…」
「ぇ?」
解放してくれるんだと踏んでいた俺は、呆気にとられる。
 ご褒美?
 北条は俺の身体をベッドの上で回転させ、仰向けで向かい合う状態にした。
「もう限界みたいだね。ここすっごくきつそう」
俺の、男の部分をスカートの上から長い指で輪郭を描くように、触っていく。
 それが、全然直接的な刺激にならなくて、もどかしくて、もどかしくて。
 すでに、いっぱいいっぱいの俺の頭の中は真っ白になってしまう。
「んっ…はぁん…ほ、北条ぉ」
本人にその気はないのだが、その声は、まさに誘っている、という感じだった。
 どうにかしてぇ!
 そんなココロの気持ちなんてとおに知ってるのに、してやらないのは、ココロのこの顔をずっとみていたいから。
 その顔は熱で上気させられて、お風呂にずっと浸かっていたような感じで。耐えている涙で少しだけ潤んだ瞳は黒真珠のように輝き、ピクピクとよく反応する身体は、すでに麻薬だった。
 何度も、何度も触りたくなる。見たくなる。
「気持ち良くしてあげるからね」
「あ、あっ。あああーっ」
どこさわって…!
 そう叫びたいけど、出てくる声は変な声ばっかりで。
 だって、北条ってば、スカートの中に手をしのばせて、下着の中に進入してきたんだ!
「そんな…とこ…弄らないでぇ」
「扱かないと、ココロ君、達けないでしょ?」
「でも、だからって…ああっ」
上下に扱くだけだったその手をグッと強く握り締める。
 痛いというよりも…むしろ…。
「ひゃあんっ」
「上手、上手…ほら、もっと鳴いて…すがってみようか」
「あぁん…ば、ばか、やめてっ」
手が、指が、俺の一番敏感なところを何度も何度も弄るせいで、俺は実際、我慢の限界だった。
「ほら、無理しないで…」
「……んああ〜っ」
俺は北条の手の中に白濁としたものを勢い良く放つ。
 そのおかげでスカートにはしみヒトツつかなかったんだけれど…。
 男だってばれちゃったわけで…。
 でも、俺は放った後の快感の余韻と、疲労と、達成感で、くたくたで、逃げる気にもなれなかった。

「―――で、なんでココロ君がここにいるのかな?」
なんとか普通に歩けるまで体力が回復する頃には、さっきまでの野獣みたいな北条は消えて、俺の服を整えて、コーヒーまで出してくれるサービスつきだ。
「…内緒にして下さい」
「構わないよ。もともと僕はただの養護教諭なんだし☆」
うう…。ただ、楽しみたいだけなのね。事情聞くのは。
 俺にしてみれば、生きるか、死ぬか…なのに。
「実は…」
俺は簡単にここにくるハメになった理由を説明した。
 その間、北条は自分用に淹れたコーヒーに一口も口をつけなかった。
 それプラス、北条の顔で、いかに今の状況を楽しんでいるかが読み取れて、俺としては本当複雑…だった。
「じゃあ、驚いたでしょ、こんな学校で」
「もちろんっ!でも、俺男だから、誰も何もしてこないと思うけど…」
今まで一番強い肯定の頷きを加えて俺は返事をした。
「でもねぇ…、君…男の子だからって安心しない方いいよ」
「へ?」
「どっちでも、とか、男専門とかもいるから」
「??」
「だから、男の子が好きな教師もいるからね。僕みたいに」
ガタガタガタガタガタ…ガタン。
「うわぁっ…痛った〜…!」
 大きな音を出して、俺は座っていた丸椅子から転げ落ちた。
「大丈夫?」
そう差し出された手を俺はとらないで、立ちあがる。
 その手をみたとたん、さっきされたことと、今の言葉が結びついて、いてもたってもいられない気持ちになっちゃうから。
 北条には、それが全てお見通しだったみたいだけど。
「フフ…可愛い。だから危険なんだよ、とくに注意しなきゃいけないのは…」
北条が何か言いながら、俺に近づいてきて、顔がだんだんと俺の顔に近づいてきた時、チャイムと同じに、保健室のドアが開いた。
「西園寺っ」
俺は、北条の身体を押しやって、ドアのところにいる人をすがるように呼ぶ。
 雪は、あからさまに乱れたベッドと、良いところを邪魔されてちょっと悔しそうな芳情と、耳まで真っ赤なココロを見て、ため息をつく。
「先生、このことは他言無用です」
「なんだ、西園寺君も知ってるの?」
「ヒトミと同室なので」
「なるほど」
北条は、普段の西園寺と根本ヒトミを思い出して、一人納得する。
 そういえば、いっつも一緒にいるっけね。
 この、得体の知れない西園寺と、根本さんは。
「あれ?なんで西園寺は、北条に俺のことばれたってわかったんだ?」
駆け寄りながら、ココロは真顔でさも不思議そうに聞いてくる。
 ベッドの上のシーツがあんなに怪しく汚れてればねぇ…だれだってベッドの上で何かしたって思うじゃない。
 それも、二人っきり。
 人類が二人でベッドに入ってすることってヒトツしかないと思うんだけど。
 そう思いながらも、雪は、女の勘とだけ伝えておく。
 この鈍感さは天然記念物を越えている。
「それより、次の時間の講習はでないと」
「あ、そっか。うん、わかった」
あんまり気はのらないけど…。
「それでは北条先生、失礼します」
「コーヒーご馳走様でしたぁ」
さっき強姦まがいのことされたのに、コーヒーのおいしかったことしか頭に残ってないココロは満面の笑顔で、置き土産をしていく。
「あ、ああ…」
これじゃあ、英吏と同じだ。
 ペース乱されて、はまっていってしまう。あの子に…。
 ダメだ。離れたくない。
 引きとめようとした時にはすでに、保健室の中には自分だけだった。
 北条は、後姿ならまだ見えるかもと思って、急いでドアを開けてみるが、もうそこには人影はなく―――。
「忠告」
諦めて戻ろうとしていたのに、いきなり後から声をかけられて北条はがらにもなく、大きな声を出しそうになる。
 もちろん、それは死守したが。
「西園寺さん…ココロ君は?」
相変らず、行動パターンが読めない。
 すごい綺麗なんだけど、表情はないし。
「先に行かせました。それより、先生に忠告ですよ」
「ココロ君のこと?」
「ええ、別にココロさんを襲っても私は構いませんが、泣かせないように」
「どうして?」
「お姫様らしいですよ、ココロさんは」
「なるほどね〜…、それじゃあ、俺はココロ姫に悪戯しちゃう悪い家庭教師ってとこかな?」
「そうですね。いい線いってるんじゃないですか」
「王子様じゃないんだ?」
「自分で言ったんじゃないですか」
雪は自分の腕にはめられた、ロレックスで時間を確かめると、北条に一礼した。
「なってみせる…けどね」
「ほどほどに」
あくまで傍観者の雪は、冷静にこの状況を楽しむ。
 ヒトミが帰ってきてこれを知ったら大変ね。あれで、ものすごいブラコンだから。
 ううん、根本家の人はずいぶんココロさんを可愛がってるみたいだから。
 犠牲者一人目、北条……と。
 叶のことはしらない雪は、小さなメモ帳に書き綴っていく。
 西園寺雪メモ帳:根本ココロさん、ラブラブ日誌………に。
「さあ、そろそろココロさんの叫び声が聞こえてくるころかしら…」

「な、なんだってぇぇぇぇ」
雪の想像通りとはしらず、ココロは教室の黒板に白いチョークでかかれた文章に向って、怒りをぶつける。
【次の講習はプールで行います。全員水着に着替えること。叶】
「あうっ〜…」
どうすることもできず、俺はその場に座りこんだまま、身動きがとれなくなってしまった。
無理。無理。これだけは無理。もう絶対ばれるって。
 顔面蒼白で、わけもわからずプールに向う廊下を歩かされるココロ。
 その腕は、妹のルームメイト西園寺雪にばっちり掴まれていた。
「あなた男の子でしょう。いまさら講習にでないわけにはいきません」
真顔で冷静にモノを言う西園寺を、ココロはものすごいいきおいで睨みつける。
「男だから、出られないんだよっ」
「…けれど、でないで講習欠席になったら、ヒトミは間違いなく留年ですね。あの子、学校抜け出してよく遊びいってたから」
「それの尻拭いをどうして俺がやんなきゃいけないんだぁ!」
「脅されてるからでしょう?」
「うぅ…」
そうだった。俺の弱みは全て握られているんだった。
 ココロは写真のことを思いだし、ますます顔色を悪くする。
 あんなのが、みんなの目に入った日には、たぶん……一生インドアな生活を余儀なくされるだろう。
「でも、プールなんて俺無理だって!だって…水着なんてきれないし…女と入るなんて考えられないし」
だって、ヒトミになりきってる俺は、女用の水着をきなきゃいけないってことだよな??それって、それって、かなり無理あると思うんですけど。
 俺が真剣に問いているのに、横にいる西園寺は微笑を漏らした。
「あら、ココロさん。あなた入る気でいたの?」
顔がカーーーーッとなるのを感じた。
 実際、ココロの顔はリトマス紙のように一瞬に耳まで真っ赤になった。
 そうか…入らなくてもいいんだよな。うん、そうだ。腹痛とかで休めばいいじゃん。
「別に入っても、支障ないとは思いますけど」
からかいに追い討ちをかけるように西園寺は話しを続ける。
「問題あり、ありだ〜っ」
どんなに女顔だって、身体は立派に男なんだぞっ!俺。
「さ、こちらですよ。プール」
へ。いつのまに。
 さすがに放心状態で教室からずっとあるいていたので、どれだけ歩いたのか自覚がなかったらしい。
 辺りを見回すと、なんだか教室や寮とはまた一風違ったゴージャスな白い壁と、金の装飾類たち。壁には電気の変わりに、ランプなんか取り付けられていて、なんだか異様な感じだ。
 うーん、女の子だったら、ロマンチックとか言うのかな??
 俺はこんな学校……変だとしか思わないけど。
 西園寺は、その廊下の中の一番突き当たりにある、一際大きなドアのノブを指差していた。
 俺はそれを思いきり右に回し、ドアを押す。
 いきなりのまぶしいキラキラした明かりに、目を少しだけ閉じて中を見渡すと、そこは天井一面に、透明のガラス…らしきものを張り巡らしていて、つまり空がばっちり綺麗に見えていて。
 プールサイドには南国風植物たちが、意気揚揚と成長を遂げていた。
 なんだか、本当、外なんだか中なんだかよくわからない屋内プール場がそこに存在していた。
「うわ〜!すごいっ!すごいっ!これって市民プールより広いんじゃないか?」
もともと普通にスポーツも好きなココロは、目の前に広がった巨大なプールに歓喜の声をあげる。
「私は市民プールにいったことがないのでわかりませんが、五十メートルと、二十五メートルプールがそれぞれ一つずつありますから、普通の学校よりは施設が整っているはずです」
「さすがだな〜私立は。俺んとこなんてぼろっちー25メートルが一個あるだけだもん」
入学した時、さすが男子校…と荒れ果てた公共施設たちに、内心途方にくれていた。だって、結構ココロってば綺麗ずきなとこがあって…。
 まあ、それも年々、お姉さま方に弄られてたおかげ(?)なんだけどね。
「あっちがロッカールームになってます」
「ふーん」
植物たちが唯一並んでいない右手奥には、ドアが何個もついていて、それぞれにロッカールムとか、トイレとか、部屋の説明がかかれたプレートが掛かっていた。
「ココロさんはどうします?」
「俺は…叶がきたら、腹痛だっていって見学にさせてもらう。西園寺、お前は早く行ったほうがいいんじゃないか?」
プールの高い天井近くにつけられた大きな時計を見ると、始業五分前を指している。
「…ええ、じゃあ。あ…そうでした…」
「ん?」
「さきほど…北条先生、何のご用であなたをおよびしたんですか?」
雪は、にやけそうになる口元を隠しながら、意地悪で聞いてみる。
 さきほど…。
 さ…さきほど!
 そうだ、俺…俺…アイツに!
 急に思い出してしまって、ココロは羞恥に顔を染めていく。
 だって、さっき呼び出されて、したことって言えば一つだ。
 ………あんなやつに…。俺…。
 うわぁぁぁぁぁ!
 嫌だった。あんなのは嫌だった。
 どんなに身体が反応したって、俺は絶対嫌だって思った。
「べ、別に…忘れ物」
冷静を装ってはみるものの、声は上ずるわかばり。
 まさか、男に弄られて達っちゃいました〜…なんて言えないよな。
「と、とにかく早く着替えて来いよっ」
「ええ、そうですね」
雪は笑いで肩を震わせながら、更衣室へと消えていった。
 雪が入っていってから、数分に満たない間に、それぞれの水着に着替えた女性と達がわんさかでてきた。
 みんな同じクラスの子らしくて、何人かは俺を見つけると、どうしたの?風邪?もったいないね〜。などと、励ましていく。
 もったいないっ!?なにが、どこが、どうして、そうなるのさ。
 もしかして……やっぱり、みんな叶の授業を…好きなのかな?
 だって、なんだかみんなの目の色…違う。
 でも、何人かは、その目を俺にぶつけてるみたいだった。
 なんだ、なんだ?
「ちょっと、根本さん」
「うぇっ!」
いきなり襟元を後から引っ張られて、俺は喉に大きなダメージをうける。
 知ってるか〜!男の喉は急所なんだぞぉ。
 あれ?女でもそうなんだっけか?
 わかんないけど、とにかく痛いんだ!
 いくら……友達とかより喉仏が出てなくても!それなりに痛いんだからな。
「な、何するっ……」
「何って。あなたが今朝していたことと関係があるんじゃなくて?」
今朝?
 しばしお別れの男の格好に涙を流しつつ、この制服着て、学校来て…今にいたる。うーん…他に何かあったっけ?
 俺が本気で考え込むと、目の前の女生徒は本気で怒ってしまったみたいだ。
 俺の顔面に、その化粧で着飾った顔を(プール入るのに、こんな化粧してて大丈夫なのか?)俺にグイッと近づけてくる。
「うわぁぁぁ」
ヤバイ。女だ!コイツ!
 いきなり身体中から危険信号が鳴り出して、俺は咄嗟に身をひく。
「何、どうかしたって言うの?根本さん」
「う、あ、ぁそ、その…」
お願いだから、しばらくどっかいってくれ〜っ!
 身体の中も外も震え出して、どうにもこうにも動けなくなってしまった自分の身体が憎い。
 足が立っていられないほど、弱々しく反応し、俺はその場に再び座りこむはめになる。
 女に睨まれるのって苦手なんだよ。
 情けない…。情けなさすぎる!
「それより、今朝のことをまさか忘れたなんておっしゃるんじゃないでしょうね」
その怖い女は以前じりじりと俺を追い回し、ついに俺の背中は壁に…。
「な、なんのことでしょう〜…」
「叶様とのことよ」
「叶様…ああ、叶英吏!…それが?」
「まあぁ!叶様を呼び捨てにしたあげく、それが、ですって?」
「なんてことでしょう」
「失礼極まりない上、まったく悪いと思ったにないみたいね」
さっきの女プラスαは口々に俺をののしる。
 やっぱり、女子校って、口の聞き方とか厳しいのか〜…。
 そう思ってるのはもちろんココロだけ。他の婦女子たちは、怒り心頭で、今にも噴火寸前の火山のようだった。
 その頂上にいるのは、もちろんココロなんだけど。鈍感とは恐ろしいなり。
「あなたは、私達の王子様、叶様にお姫様抱っこされたっていうじゃありませんの!」
へ?お姫様抱っこ?そんなのして……。
「ああっ!」
ココロの頭をよぎったのは、男の叶を見て、安心して倒れたあの瞬間。
 そのあと、気がついたのは保健室で…。
 どうやって運ばれたかなんて、知るかよ〜っ!
 えーと、こういうの何て言うんだっけ?
 そうだ!ふかこうりょくだ。不可抗力!
「俺…あたしは、女性嫌悪…じゃなくて、貧血で倒れたの!しかたなかったの!」
「そんなのしったことじゃないわ」
「そうよ!いい訳にすぎないわっ」
「だって、倒れた後のことなんて知らないもん。叶が勝手に…」
これがまずかった。
 俺がやけに親しげな呼び方をしてしまったから、周りはさらにヒートアップ。
 ただたんに、アイツは俺の教師じゃないし、なんだか先生…って言う感じに見えないから、そう呼ぶのに抵抗があっただけで。
 頭の中では、叶、叶って必ず呼び捨てだったから、つい口にでちゃったんだよ。
 一人の女が、わなわなと振るえながら、俺に近づこうとした瞬間、右からいきなり手を叩く、パンパンという音がして、そこにいたみんなソチラを向いた。
「みなさん、それくらいでやめとかないと。もうすぐ、先生がいらっしゃいますよ」
西園寺様ぁぁぁ!
 そこにいたのは、他の女どもとは違って、紺のスクール水着に着替えた、西園寺の姿が。
 俺は初めて女に感謝したかもしれない。
 だって、すでに俺の額からは、冷や汗が滴ることも忘れて、浮き出ていたから。
 あのままの状態でいたら、いつだって俺は、また変態養護教諭の元へ強制送還されるところだった。
「…そうですわね。西園寺さんに免じて、今日のところは許してあげるわ。でも、次、叶様のことで抜け駆けしようなんてしたら…」
ピーーーーー!
 今度は左奥からホイッスルの美しい響きが。
 そこにいたみんなだけじゃなく、プールサイドに控えていた全ての生徒が一斉にそちらを向いた。
「叶様〜!」
 おいおい、みんなさっきの俺への態度と百%違うぞ…。
 俺が人ごみを縫うようにして、左奥、教師用ロッカーからでてきた叶を見とめたのは、女たちがキャアキャアいいながら、叶の方に寄り添っていったころで。
 でも、確かに……予想通りというか、なんというか…叶は、叶様って感じの身体をしてた。
 俺のしてたイメージの王子様ってフェイスなのに、ガタイは俺と比べ物になんないくらいでかくて、厚い胸板は、自信満々って感じで堂々としている。
 水着は想像してたとーり…黒のビキニパンツ。
 見てるこっちが恥ずかしくなるよぉ〜!
 ってか、プールってことは、あいつ……体育教師なの?
「みんな、集合してくれ」
やっぱり、綺麗な声…だよな。
 何て言うか、透き通ってるっていうか、意思が強い声っていうか。
 俺、あいつの声だったら、どこにいても聞き漏らさない自信あるな。
「ヒトミ君?」
そう呼ばれてハッとした。
 周りをよく見てみると、既に俺一人だけ。
 くそ〜…あの女ども。どうして一声かけてってくれないんだ〜。
 俺は無言で走りよって、既に四列で体育座りしている生徒たちの一番後に外れてついた。
 ちゃんと、ヒトミの席はあけられてたみたいだけど、中に入ってく気はさらさらなかった。
 そんなことしたら体育前に倒れるって俺。
「じゃあ、今日の講習を説明するよ。今日は、プールでいかに男たちの目を止まらせるか。
いかに美しく見える泳ぎをするか…そして、溺れるふりの仕方を練習する。いいね、今日は水を使うから、十分気をつけるんだよ」
「はーーーい♪」
女たちは全員がいっせいに手をあげて、ハートマークとびちる返事をした。
 ……えーと…俺は空耳を聞いたんじゃないよな。
 じゃないとしたら、俺は…とてつもなく変なことを聞いた気がするんだけど。
 泳ぎの勉強じゃなくて、溺れ方!?
 叶は俺がトリップしてる間、何やらこと細かな説明をしてたみたいだけど、俺はそんなの聞く余裕はなかった。
 たぶん、俺は一生ここでの生活を誰にも話せないだろうな…。
 ってか、生きて帰れるかどうかが一番…問題。
「ヒトミ君、ちょっと」
「えっ」
気が着いた頃には、生徒はみんなそれぞれの方法で運動をすませ、プールに入っていくところだった。
 つまり、プールサイドに残されたのは叶と俺で。
 でも、いきなり名前を呼ばれて、俺はあからさまに嫌そうな変事をしてしまった。
 叶が嫌だったんじゃなくて、この講習…授業…学校自体にちょっとため息ついてたところだったからさ。
「どうして、水着を着てないんだい?具合でも悪いのか」
叶は今日はプールの授業をするつもりはなかった。
 なのにいきなり変更をしたのは……もちろんココロの水着姿が目当てで。
「あの…お腹が…」
そう言おうとした瞬間、プールの中から、あの恐ろしい女たちの声がそれを阻んだ。
「違うわよ〜先生。根本さんは水着を忘れただけ。さっきまですっごく元気にあたしたちとおしゃべりしてたもの。ねえ〜、根本さん」
くそ〜っ!この、この…色馬鹿女めぇ。
「へぇ…そうなんだ。じゃあ、私が水着を見たてて上げよう。おいで」
やや強引に手首を引かれる。
 つまり、俺に選択権はないの?
「ちょ、ちょっと叶…」
「違うよ」
ああ、先生ってつけなきゃいけないんだっけ?乙女として
「君には英吏って呼んで欲しいな」
「え、?へ?」
腕を引っ張られながら、わけのわからないことを言われ、俺はなんだか頭がくらくらしてくる。
 それでなくても、叶…英吏はかっこいいし、水着姿で目のやり場には困るし…なんだか見惚れちゃう感じなのに、女の子なら、一瞬で落ちちゃいそうなセリフはくんもん。
「呼んでごらん、英吏って」
「だって、アンタ…叶が言ったんだぞ。先生には先生って敬称をつけろって」
俺は腑に落ちない部分を、いじいじと攻めたてる。
 もともと根に持つタイプじゃないし、うじうじしてるのすきじゃないんだけど、このままコイツの思う通りにされるのは、なんだかいやだったから。
「ああ、そうだったね。あれは間違い。ほら、呼ぶんだよ、英吏って」
なんだか、ちょっと命令口調なのがやっぱり気に食わない。
「……英吏…」
口に出すだけでなんだか恥ずかしい。
 友達の名前は普通に呼べるのに。やっぱり、こんな格好良いやつ初めてみたからかな?ドキドキしてるんだよ、俺。
 英吏に掴まれてる腕が…ちょっと無理やりすぎて痛いのに、そこがなんでか熱くて。心臓が壊れたみたいに俺の緊張と比例して増えてて、ああ、俺…壊れるんじゃないかな?
「ほら、ここだよ」
そう言われて目の前を見ると、そこは個室で、その中にはなにやら高校生くらいの女の子の標準サイズ服がズラーっと。
 英吏ってこういうの着せる趣味があるのかなぁ…。なんだかな。
「あ、言っておくけどね」
英吏がちょっとだけ真面目な顔になった。
「これは集めるのが趣味であって、誰にも着させたことはないからね。たとえ私であっても、そこらへんの子に、着せて見る趣味なんてない」
俺はそこまで聞いて思わずふきだしちゃった。俺の不審の目がばれちゃって、慌てて釈明するみたいに言うんだもん。偉そうな態度なのに。
「あはは。うん、英吏の言うこと信じとく」
ココロのベリベリキュートな笑顔は、英吏の欲望を強く押し上げた。
 プールには絶対入れないけど…とにかく選ぶふりくらいしなきゃダメだよな。
「どれ……着るんだよ」
女物の水着なんて触るだけで嫌悪感が襲うのに、こんないっぱいある中から自ら選ぶ気なんてなかった。
 英吏が指定してきたやつを適当に見て、サイズが合わなかったとか、なんとか言って誤魔化せばいいや。
「あ、ああ…そうだね…君は色が白くて、華奢だから」
英吏はこの密室に二人きり…というのがとても美味しいシチュエーションに思えてならなかった。今なら、この子に触れられる…。さあ、何からしてあげよう。
 でも、この子は普通の子たちと全てが違う。
 私のキスを拒み、私を拒んだ。
 どうすれば、この子は私のモノになるのだろう。
 どうすれば………。
「英吏?」
可愛いココロの声で呼ばれてはっと我に返る。
 悟られてはいけない。こんな穢れた欲望なんて。
 この子は純粋過ぎて、純白過ぎて…。
「そうだ!これがいい」
英吏が咄嗟に決めたのは、ピンクのフリルが特徴的な、オレンジのワンピースで、胸のトップの部分に、大きな蝶々がついていて、女の子らしさを際立てている。なんとも、まあ、ヒトミに似合いそうな…つまりココロに似合いそうな一品だった。
「うっ」
着れない…そんなの、着れるもんか!
 どんなのでも着れないけど…(下半身の問題があるから)、これは絶対着れない。
 自分の容姿がどんなに可愛いかを知らないココロは、こんなの着たら、変態に見える、と思い切り嫌悪した表情を英吏に見せた。
「着るんだ。いいね、じゃあ、私はこの部屋の外にいるから、着替えたら呼ぶんだ」
有無を言わせず、部屋から出ていく英吏。
 どうして俺の周りはゴーンイグマイウェイな人たちが多いんだろう。しくしく。
 着る…わけにはいかないよなぁ…。
 さて、どうしよう。
 俺は悩んだ末に、とりあえず上だけ…上だけ制服のボタンを外してみた。確かに俺の白い肌に、パッション系のオレンジはよく映えそうだけど。
「そんなの言われもなぁ…」
そう一言愚痴をこぼした瞬間、扉がガチャリと不穏な音を出した。
 な、なんでっ!
 そこには、すっごい綺麗な顔をして、平然と中に入って内側からかぎをかけた英吏の姿が。
 俺は……ちょうど、英吏に背中を向けて顔だけで後を見て、制服は上は完全に脱いじゃっててスカートだけの状態で。前はそこらへんにあったバスタオルで咄嗟にかくしたけど。
 じりじりと近寄ってくる英吏は…なんだか…おかしい。
「え、英吏…なんで…まだ着替え…」
よくわかんないけど、英吏はさっきまでの英吏じゃない。目が怖いほど冷めていて、表情が読めない。
 英吏は俺のすぐ側までくると、触れるか触れないか…って言うところでその足を止めた。
 俺の心臓はドクンドクンと秒針より早いリズムで進んでる。
「え…えい…り…」
こわごわ呼んでみると、英吏は俺の背中に手を這わせてきた。
「………ひゃっ!?」
英吏の手はすっごく冷たくて、緊張して熱くなってきた身体にはすごい刺激だった。
「…これを私に見せたくなかったから、水着を忘れたなんて嘘ついたんだね」
「へ…あの…何…?」
お願いだから、耳元でしゃべらないでぇ。
 吐息があたって、美声が頭に直接入ってきて…なんだか身体が…体がっ。
 英吏はさらに何かを探すような手付きで、背中に合わせた手を動かしつづける。首筋から、背骨をとおって、天使の羽根って言われてる部分。
 腰のラインをたどって、その手がスカートにかかろうとした瞬間、俺は身体をびくつかせた。
「何を怯えてるの?」
クスッと冷ややかに笑う声がする。
「怯えてなんか…」
「でも、そうだよね。君は…純白だと思っていたのに、誰かと今さっきやってきましたって痕を残すような子だもんね。これくらい、なんでもないよね」
だから、なんのコトいってるの?やったとか、やってないとか。痕って何の痕さ。
「な、わけわかんなっ…」
「キスマーク…」
今までで一番低く、怖い声だった。
 嫉妬に燃えて、理性が利かない。こんなこと今までなかったから、どう対処して良いのかわからない。
 ただわかってるのは、この子が欲しい…ということだけ。
 英吏は後からココロの両手首を掴んだ。
「なっ!」
バサリとバスタオルが落ちる音がした。
 ココロ君ピーンチ!
 顔が青ざめるのが手に取るようにわかる。
 どうしよう。どうしよう。
 このまま、英吏の方を向かされちゃったら、俺の胸…みられちゃう!
 そんなことで頭がいっぱいな上、性知識の薄いココロは、英吏がどんなすごいこと考えてるかなんて想像できたはずがない。
 英吏はそのまま、その部屋の壁にココロを押しつける。
「どうだった?その男は上手だったかい?私より…」
「だ、だから…何の話しなんだよ」
とりあえず、このままの態勢だと胸は見られないけれど…この状況って…この状況って…なんだか…朝、北条にされた感じと…似てる。
 違うといえば…朝は何も思わなかった心臓が、ドキドキしてることだけ。
 英吏は俺の首筋にその綺麗な顔を埋めると、さっき手の平でさんざん触っていた部分を復習するかのように、吸い上げていく。
「ひっ…ん…やっ…や…」
そのたびに、チクリと刺激が身体に走り、なんだかその部分が熱くなって来る。
 英吏は一箇所、一箇所丁寧に吸い上げていく。
「な…なん…で、そんな…こと」
どうしよう。上手くしゃべれない。吐息が…漏れる。
「消すため…」
背中から色っぽい声がする。
「何…を?」
「君がどこかのヤツにつけられた…キスマークだよ」
俺はハッとした。
 そうだ…今英吏が弄ってる場所は…今朝…北条が…北条が今の英吏みたいに弄ってた場所じゃないか。
 やっぱり、コイツも北条と同じようなえっちなことを俺にするつもりなんだっ。
 嫌だ!…そんなの…やめてくれっ!
 俺はどうにかして掴まれていた拘束を解きたくて、ガッと下にしゃがんだ。
 でも、その瞬間、態勢をくずしたのは俺だけじゃなくて、俺にぴったりひっついて、キスマークを付けまくってた英吏もで。
「うわぁっ!」
「……っ」
「痛い…っ…」
一瞬何が起こったのかわからなかったけど、目を開けてはっきりした。
 ううん、いっそ目なんて開けなきゃよかった。
 だって、鍵をかけられた個室の中で仰向けに転んだ俺の上には…。
「ヒトミ…君…」
新しいおもちゃでも見つけたように嬉しそうに微笑む叶 英吏が。
 俺が潰されないように咄嗟に腕で自分の身体を支えた英吏はさすがだけど…だったら、転ばないでくれればよかったのに。
 ああ、ヒトミ。
 お願いだから、お兄ちゃんを許して。
「君は…男の子…だね」
ああ…。もう…ほんと今日はついてない。

続く。
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