−7− | −9− | 教師。

● やまとなでしこ☆ダイナマイト --- −8− ●

帰ってやるって思った!
 本気で思った。
 思ったのに…俺はなんでこんなとこにまだいるんだか。
 はぁ。優柔不断って言うのかなぁ。こういうのって。
 ココロは自分が今所在している場所をぐりると見回して、再び大きなため息をつく。
 何度見てもそこはやっぱりLLC女学園の保健室の前。
 基、保健室の王子様、養護教諭の北条宮のいる部屋の前だ。
「何やってるんだろっ」
英吏にあんなことされたのに。
 恥ずかしい言葉で詰られて、今まで誰にも触れられる事の無かった場所に、欲望を捻じ挿いれられた。
 どんなに止めるてくれるよう懇願しても、泣いても、子供みたいにわめいても、英吏の蹂躙はとまることなく、気付いた時には、一時意識を失った後だったみたいで。
 当たり前のように、シングルベッドに自分眠るの自分の隣に横たわる、自分に酷いことを強いた…恋人の叶 英吏。その姿を見て、数刻前何をされていたかを思い出す。
 身体を起こそうとすれば、ズキンと響く下腹部への鈍痛。指先一本動かすだけで、身体を引き裂かれるようだった。ココロは眉間にしわを寄せて、その痛みを顔にあらわす。
「痛っ……」
こんな痛みを感じたのは何年ぶりだろう。
 そう考えてみても、思い出せないほどココロの人生に痛みは伴っていなかった。
姉のミミや、母にどんな酷いことをいっぱいされたと言っても、身体的苦痛を伴ったものはほとんどなかったからだ。どちらかといえば、精神的苦痛が多かったっていうのも、全然フォローにならないんだけど。
 ココロは思わず大きな声で、その痛みを表現してしまったことで、隣の男が起きるのでは…と、慌てて覗きこむが、全然そんな兆しも見えない。爆睡…そんな言葉が似合うほど心地よさそうに寝ている。
 でも、今のココロにはそんな英吏の寝顔さえ、腹がたった。
 だって!自分を痛めつけたのはこの人なんだもん。なんで勝手に人のベッドで寝てるんだよっ。しかも……ぐっすりって感じに。俺なんて、立つこともできないのにさっ!
 一発殴ってやりたい、そんな気分にも陥ったが、起こしてしまったところで、顔を合わすのも気まずいし、何を話して良いのかもわからない。ココロはぎゅっとこぶしを握り締め、ベッドに押しつけると、無理にその足を動かして、ベッドからフローリングへと移した。
 久々に踏んだフローリングの感触は固くて、冷たくて。そしてやっぱり、多少痛みを感じる。
 けれど、ここで動かず英吏の腕マクラで寝ていられるほど、ココロの怒りは小さくなかった。
 力をこめてベッドを手で弾き、たちあがると、痛み…というよりも、眩暈がした。腰から半分下の感触がおかしくて、いまだその中に英吏の熱欲が埋め込まれているようだった。そして、それが今もココロの身体を支配してやまない。その苦痛に耐えながら、ココロは部屋にあるLLC女学園のマークの入った半そでTシャツ、女の子用だから少々短めに作られた短パンをクローゼットから探し出し
急いで身にまとうと、英吏を置いて自室を後にしたのだ。
 そして、今にいたる。
 まったく……何やってるんだか。
 本当なら、門を飛び出てLLC女学園なんて飛び出ているところだった。
 だけど…。
 妹のことが気に掛かったんじゃない。
 た、確かにそれも恐ろしいんだけどさ。過去の恥ずかしい写真たちをばらされちゃうから。
 けど、けど…。
 それ以上にココロを悩ませたのは、やっぱり、結局英吏様なのだ。
「俺って…どこまで英吏を好きなんだろぉ…」
これって、惚れた弱みっていうのかな。
 ココロは保健室のドアの前で、その可愛い耳を真っ赤にさせる。
どんなに怒る気持ちはあっても、どんなに痛みを与えられても、なんでだか……この場所だけは出ていけなかった。
 そして、部屋には英吏が居て、授業も出る気がしなくて、困ったココロがたどり着いたのが、ここ、保健室で。
 でも、ノックができず、さっきからずっとこの前でため息をついていたのだ。
「……よしっ」
ココロはようやく決心を決めると、ドアを二回ノックした。
「どうぞ」
一回目のノックにかかる勢いで、すぐさま声が返ってきて、ノックしたのは自分なのに、ココロは部屋に入る事を躊躇してしまった。
 だってさ、なんだか入っていきたくても、入っていけない自分の心情がバレしてしまったような感じがしたからだ。
 恐る恐るドアをあけると、真新しい白衣を着た宮がこちらに背を向ける形で、デスクに向っていた。その姿勢が、待っていたわけでも、拒絶しているわけでもなくて、ココロは安心してその部屋に足を踏み入れた。
「宮……?」
話しかけると、宮は回転椅子をクルリと回して、自分のほうに向きなおす。
「…どうかした?」
どうかしたもない。どうもしまくった、といいたい表情で、ココロは宮をただただ見つめる。
 相談…しに来てみたものの、何から切り出せばいいのかがわからない。なんたって、こんな窮地に追い込まれたことは、ココロの人生の中で初めてのことだ。
 女の子に追い詰められたことは別として…。
 そんな黙り込むココロを見る前から、何があったかなんて容易に想像のつく宮は、ちょっと曇った表情をしてから、すぐさま笑顔を取り繕った。そうでもしなくちゃ、この変な雰囲気はぬぐえなかった。
「アイツに襲われちゃった?」
「っ…!」
冗談めかした宮の言葉に、素直に顔を真っ赤にさせるココロ。
 ああ、やっぱりね。
 宮は苦笑するしかなかった。
「で、それがどうしたの?」
大人な宮からすれば、大好きな人とえっちできたココロの次の言葉はノロケしかない…と考えてしまっていた。だから、いまいち晴れない表情のココロの心境が読めない。宮はココロの両手首を拘束するわけではなく、優しく掴むと、自分の両足の間へと招いた。トボトボと暗い歩調で、その姿勢に素直に納まるココロに、宮は驚いた。
 一体どうしたっていうんだ?
「もしかして、気持ち良くなかった?」
とたんに再び耳まで真っ赤にしてしまうココロ。
 うーん…素直で本当可愛い反応…。けど、これも違う…?
 じゃあ、一体なんなんだろう。なぜ、初エッチの余韻にも浸らず、この子は英吏の前じゃなくて、俺の前にいるんだろう?
 宮は、コレ以上この子を黙らせていてもラチがあかないと、本題を切り出す。
「ねえ、黙っていてもわからないよ。話してみてよ」
ココロもこの状況をどうしていいのかわからなかったようで、その言葉を聞くと、とりあえず話す姿勢に入る。
「…英吏が…」
そこまで言って、ココロは再び黙り込む。
 だって、さすがに言えないじゃん。
 その…だから…えーと…しちゃいました…なんて。
 でも、言わないと話続かないんだよね。
 ココロが言う、言わないの前に、気持ち良かったか、良くなかったかという質問をされていることを考えれば、ばれていることなど明らかなのだが、今のココロにはそんな考えまったく浮かんでこなかった。
 でも、どう表現したらいいか分からないココロに変わって、宮は適切でなお一番ココロを焦らせない言葉を選んで、自らしゃべってやる。
「身体を求めてきた…?」
あんまり恥ずかしがらない言葉を選んでかけて上げたはずが、ココロは沸騰したように真っ赤になってしまった。
 可愛すぎる…。
 宮はココロの腰に手を伸ばし、もっと自分の側によせてぎゅっとする。男の子にしては少し柔らかめの身体が妙に心地よい。
「宮?」
「こうすれば、少しは落ち尽くし、恥ずかしくないだろう?」
そうかなぁ…。余計照れるんですけど…。
 まぁ…見つめられないだけマシなのかな。
「英吏が無理矢理君を求めてきたんだろう?」
ココロはコクンと頷いて見せた。
「怖かった?」
再び頷くココロ。
「でも…俺、英吏が嫌いになれないんだ」
「酷いことされたのに?」
詰問する声が少し強くなってしまった。
 諦めるって思ったのに…俺もまだまだ未熟者だな。
 嫉妬で声を荒げてしまうなんて。
「見てたの?」
「……まさか。君の今の表情から想像できるものだよ」
「そうなのか…俺、そんなに変な顔してる?」
「いーや、可愛いまんまだよ」
「可愛くない。…それにそういう意味じゃなくて…」
強張ってるか…とか、緊張してるかとか聞いてたんだけど。
 ココロは一回、小さく咳払いして、話しを戻す。
「酷いこと…されたんだけど。すっごく痛かったし。でも、でも…英吏が好きなんだ」
「嫌だって…思ったんだろう?」
「それはあるんだけど…」
なんて言ったらいいんだろう。
 ああいうことは嫌なんだけど、確かに。でも、それはそれ、これはこれで、英吏を好きな自分の気持ちは何一つ変わらなかったのだ。
「ねえ、ココロは身体の繋がらない恋愛を信じてる?」
「ぇ…?」
「つまりさ、えっちのない恋愛。言葉だけで、愛してる…とか言って、ずっと満足できるって思ってる?」
それってつまり、ああいうことをしない…恋人ってことだよね。いるのかな。わかんないけど…でも、小さい子の恋愛だったら、こんなのしないよね。だったら、ありえるんじゃないかな。
 そう答えようとした瞬間、宮はその長い指をココロの目の前に突き出して、横に数回振った。
「ありえないよ」
「…人間の本能だから…ね」
身体を求め続ける事は…。
「好きになったら、その人の全てを食べ尽くしてしまいたくなるんだよ…人間の本能ってのは。だから、キスをする、舌を絡ませて、唾液を混じわせる」
生々しい表現を口にしながら、宮の手はココロの背中を撫でていく。
「その人の体温を感じ、肌触りを覚え、声すらも支配する…そんな行為。君は欲しくはならないかい?」
「か、考えたことない…っ」
ココロの人生の中で、苦手なものは女で、嫌いなものは女で、その女たちに遊ばれ、支配されていたから、恋愛感情を抱いたことなどなかったし、自分の欲望をその女の子たちに向けようなどとは思った事がなかった。
 でも、ココロだって男の子だから、生理的な現象あった。つまり…あれね。でも、どうしても女の子に向ってそれをするってことが想像できなくて、本当、身体の排泄行為くらいにしか考えてなかった。
 だって、だって…ココロにとって怖いのは後にも先にも女という異性だけなのだから。
「ココロ、君って何歳だっけ?」
呆れたように宮が聞くと、ココロは少しムッとした。
「十七」
内面も外面もそうはまったく見えない。だって、普通の十七歳なら、エッチへの興味も出始めて、試したくなる年頃のはずなのに。
 宮が笑ったのが分かって、ココロはますますムッとその可愛い頬を膨らませた。
「だって、俺女苦手だったんだもん」
よくもまぁ…これまでココロに出会った男たちは、抑えてきたもんだ。たぶん、外面のあまりの可愛さと、内面の純真さで手がつけられなかったってのが正解だろうけど。
「大人の恋に、エッチは切り離せないものだよ。例えば…じゃあ、ココロは英吏が君にしたような事を、僕にしてたらどうする?」
例えてみたが…気持ち悪いものだ。
 宮は諭すようにココロに説明しながら、ちょっと気分が悪くなる。
 説明しやすいように、身近な名前を出してみたものの、このカップリングは間違いなく失敗だ。
「い、嫌!」
宮のキモチワルイ想像とは違った、ココロの想像は、胸を思いきりぎゅっとさせた。
 嫌だ。そんなの絶対嫌。
「どうしてだろう?」
「どうしてって……」
そう言われるとわからない。けど、なんか嫌。だって、あの時の英吏はきっと本物だから。いつもの英吏も本物の英吏だけど、あの、俺を苦しめた行為をしたときの英吏は紛れもなく英吏の本性だから。
「あれが英吏の君への愛の大きさだからだよ」
「愛の大きさ?」
「そう。僕がこんなことを説明するのは癪に障るけど……」
宮の独り言のような呟きに、ココロは目をまんまるにして首をかしげる。
「こっちの話し」
宮は軽く微笑して、話しを戻す。
「君だから身体が反応して、欲望に我を忘れる。それが、自分の愛している人だったら、すごく嬉しいことじゃないかい?」
確かに…そうなのかも。
「好きな人と一つになれた悦びを君はまだ実感できないだけだよ…きっと。受けるほうは痛みも伴うからね。ただ、その倍。受けるほうのが愛を感じるって聞くけど…?」
君はどうだった?って言う視線を送られて、ココロは咄嗟に宮から目を反らす。
 どうだったって聞かれてもぉ。
 うー…恥ずかしくて答えられないじゃん。
「君はまだまだレッスンが足りないだけ」
「レッスン?」
「恋愛の…さ。よかったね、ここは天下のLLC女学園。その手に関しては、十分学べる施設だよ」
ハハハハハ……。乾いた笑いをこぼすしかない。
 ココロは吹き出す冷や汗を拭きつつ、宮の手に手をかける。
 宮の手が、ココロから離れる瞬間宮は囁く。
「本当は気持ち良かった?」
ココロはガタっと座りこむ。本当は足腰が限界だったのだ。それが宮の言葉で全て思い出されてしまって。
「知らないっ!」
上気した顔のままで上目遣いに睨みつけてくるココロは、何もかもを忘れさせて襲ってしまいたくなるほど、魅力的だった。
 宮は喉まででかかった言葉を飲みこんで、ゴクンと生唾を飲みこむと、自分自身の痴態に苦笑した。
 なんてザマだ。
「そうだ。シャワーは浴びたのかい?ちゃんと洗っておかないと、身体に悪影響なんだよ…男の子の場合」
え?そうなの。俺、した後は気を失っちゃってたし、起きて咄嗟に出てきちゃったから、シャワー浴びてないんだよね。そういえば、汗とかでちょっとキモチワルかも。
 立って歩くだけでも精一杯だったから、そんな考えに行きつかなかったってのが正しい理由なのかもしれないけど。
「その様子じゃ浴びてないみたいだね。じゃあ、ここの部屋のシャワーを使えばいいよ」
「保健室にシャワーなんてあるのか?」
なんのタメにだろう。俺の高校にはなかったよね。小学校も、中学校もなかったし…。ってか、まず聞いたことない。保健室に身体洗う場所があるなんて。
「ここをどこだと思ってるの。君は。LLC女学園だよ」
ん?女子校だと保健室にお風呂がついてるものなのか?
 まだわからない…という顔をするココロに、宮は耳打ちする。
「保健室でえっちって燃えるだろ?」
………。
「な、な、なんだよそれ〜っ」
慌てて宮を引離すと、宮は大爆笑で腹をかかえていた。
「男のロマンじゃないか。保健室エッチ。病室とかもさ。ストイックな場所でやるってのが、どうも…ね。そして、それに目をつけてくださった学園長が、ちゃーんと、ここにもシャワールームをつけてくれたってわけ。いつでも身体が洗えるようにね」
「…頭痛い…」
ここの非常識さと、ここの教師全員に対して…本当頭が痛くなるよ。
 頭痛薬だそうか?などという宮の冗談を交わしながら、ベッドの奥にあった、扉に気付く。
「あの扉のこと?」
「そう。まあ、教師の個人部屋のシャワーよりは劣るけど。さあ、どうぞ」
女の子をエスコートするように、宮はドアを開けた。
 劣る…といっていたけれど、その中身はココロの自宅のお風呂よりはるかに大きく、ピカピカに光った白いタイルがその清潔感を際立たせていた。シャワーのノズルもすべて白くて、ザ・保健室と言った感じのシャワールームだった。
「な、なんで宮も一緒に入って来るんだよ〜」
脱衣所に鍵をかけようとしていて、ドアを閉じようとしたその隙間から、宮がなにげなく入ってきて、鍵を閉める。
「なんでって…君、そこの洗い方しらないだろう」
そこ…と言うのは、先ほど英吏に開花されたばかりのかわいい蕾。宮はココロが恥ずかしがるのを知っていて、わざとそこを指差しながら言う。
 確かに知らないけど…。洗ってもらうなんて絶対嫌!
「平気だから、出てってーっ」
鍵を開け、トビラを開くと、宮の背中をグイグイと外へ追い出す。宮は本気とも冗談ともとれない顔でつまんなそうに舌打すると、大人しく部屋から出ていった。
 はう〜…疲れた。
 ココロは鍵をかけた事を厳重に確認すると、身に着けていた白いTシャツを放り投げる。下の短パンもささっと脱ぎ、お風呂場の鏡を見とめて顔を真っ赤にさせてしまう。
 身体には、真っ赤な情熱の痕がところせましとココロの中に散らばっていた。
 これ…英吏がつけたんだよね…。
 そう思うと、沈んでいた気持ちがドクンと欲望を思い出してくる。
 ううっ!おかしいってば…俺。
 ココロは自分を誤魔化すように、シャワーのノズルを回した。
「ひゃあっ」
いきなり冷たい水が、頭の上から振ってきて、ココロは叫び声をあげる。すると、すぐさまドアの向こうから、宮の声が聞こえてきた。
「温水はその反対のノズルを回すんだよ」
「宮っ!側にいなくていいからっ」
恥ずかしくてシャワーもおちおち浴びれないじゃないかっ。
「だって、君が上手に洗えるか心配なんだよ…養護教諭としてね」
…そうなの?
 ココロは一瞬心の中で疑いつつ、それ以上宮を信用しないのも悪いかな〜とおもって、しぶしぶ宮の声の聞こえる中、身体を洗い始める。
 どんなに擦っても赤い欲望の愛撫の痕は消えなくて、ココロは気恥ずかしさからか、同じ場所を何度もタオルで擦ってしまう。
「キスマークは消えないよ」
再び、ドアの向こうから綺麗な美声が聞こえてくる。
 ココロは効果も何もないのに、ドアの向こうの憎らしい人物をキッとしてにらむ。
 わかってる!わかってるけど…こんなん西園寺に見つかっちゃったら、どういい訳するんだよ〜っ。英吏の馬鹿…。
「そうそう、外をちゃんと洗ったら、今度は中だよ…」
俺がスポンジで身体を洗い終えた頃、再び声が聞こえてきた。
中って…中って…中?
「無理…」
俺は嘆くように呟く。そりゃ、そこだって洗いたいけど…だって、お腹の中に入っちゃったんだよ、そりゃあ取り出したいけど。でもさ、どうやって?
「大丈夫。教えてあげるよ…人差し指を出してごらん」
俺は泡がまだいっぱいついている人指し指を目の前にそろそろと出してくる。
 ゴクン。生唾を飲む音が喉の奥でする。
 これを…どうするって?
「入れるんだよ。泡でぬるぬるにしてれば、そんなに痛くないよ」
「やだっ」
何より先に、否定の言葉が飛び出る。
 だって、自分の指をそんなところに入れるなんて…俺、絶対無理!
「宮ぁ…他に方法無い?」
「んー…俺がやってあげてもいいけど」
「却下っ!却下っ」
言うと思ったよ…。でも、絶対それもやだかんね。
「残念★」
宮の身体がドアに寄りかかって、みしっ…って音がする。
 はうっ…じゃあ、やっぱり俺がやんなきゃ駄目ってやつなのかな。
「ほら、指をボディーシャンプーで濡らして…」
俺は宮の言った通りに、再びボディーシャンプーの上を押して、とろとろの液を出す。普段は洗剤だな〜くらいにしか思わないこの液体が、今日はなんだかちょっといやらしく見えて、ココロはカーッと顔を熱くする。
 手の中でその液をおそるおそる混ぜて、手の指すべてが完全にぬるぬるになるまで、慎重に広げていく。
「よしよし。それくらいで準備はいいよ…。そしたら、一本…人差し指を中に挿れてみて」
俺は再び、ゴクンと喉をならし、指をゆっくりゆっくり腹部から、下肢へと下げていく。蕾みにたどりつく前に、思わず自分のジュニアに小指があたり、ピクンと頭を振る。怖いくらいに、反応する自分の身体に今一つついて行けないココロは、訝しげな表情で、マジマジと鏡にうつる自分を見てしまったり。
「手がお留守だよ」
本当にどこからか見てるんじゃないのか、と疑いたくなるほど的確な指摘が宮から飛んでくる。
「傷つけないように、そっとね」
言われなくてもそうするさ。
 ココロは目を頑なに閉じて、呼吸を整えると、さっきまで英吏のでかいソレを咥えこんでいた場所へ、指を滑り込ませる。
「んんっ……」
快感の波が、再びココロに襲いかかる。
 自分自身でそんなことをしてるという事実と、さっきまでの映像が被って、頭の中が犯されていく。
「良い子、良い子。そのまま、その指をちょっと曲げで、くるりと掻き回してごらん」
宮の言葉に合わせて、ココロは流されるまま、指を曲げ、グルッと掻き回す。
「あっ……んっ…」
シャワールームに響く嬌声に、ココロは慌てて、左手を口に当てる。
 でも、そうすればそのぶん、身体が淫らに揺れて、さっきまでの行為が鮮明に思い出させる。
 ココロは腰を浮かせ、左手を口から出してバスタブにしがみつき指を動かしつづける。一人えっちがしたい…わけじゃなくて、早くこの行為から逃れたかったから。さっさと終わらせようと思ったのだ。
 じゃないと…また英吏が恋しくなる。
 こんなえっちな俺、英吏はきっと変な目で見る…から。
 だって、自分で挿れて、感じちゃってるなんて…おかしいよね。
「んぁ…」
ココロは、指の曲がりをさらに九十度近くにまで曲げると、反対回しに1回転させた。腰をくねらせ、涙目でその行為を続ける。
「はっ…ああっ!」
ドロリという感覚と共に、ココロの中から白濁とした液体が流れ落ちる。
「はぁ…はぁ…」
ココロは急いでシャワーのノズルを弄り、すごい勢いで水を出す。
 それが、水だと気付いたのは、あがった時。シャワーを浴びたあとなのに、妙に冷えている自分の身体に気付いた時だった。
 その時は本当、そんなの気にしてる余裕なんてなかったのだ。

「よく出来ました」
お風呂のドアを重苦しい雰囲気で開けると、にっこり笑った宮が、フワフワのバスタオルを持って構えていた。
「…ありがと」
俺は倒れこむようにそのタオルの中に包み込まれると、されるがままに宮に身体を拭かれていた。もちろん…下半身は自分で拭いたけど。
 でも、宮としてはこの行為は微妙な気持ちでしていた。
 だって、つまり、こんな無防備な裸体をさらしてくれるってことは、自分を襲ってくる獣としてまったく見てないってわけで。
 嬉しいような、悲しいような。
 宮はココロの真っ黒な黒髪を拭きながら、ちょっと哀れな自分に涙したり。
「あれ…そういえば、ココロ…茶色い髪じゃなかったんだね」
「茶色…?」
俺の髪はずっと黒髪…。
「あああーーっ」
そうだった、そうだった!俺、ここにいる間、ヒトミになりきるため、茶色いロングのカツラかぶってるんだったのに、今、俺…被ってない!
 たぶん、あのときだ…。朝は被ってたから、部屋でいろいろ……してるうちに取れちゃったんだぁ。
 うう…。部屋からここまでくる間、誰にも会わなかったのが嘘みたい。本当に良かった……。
「かつら…部屋に置いて来ちゃった…」
ココロはタオル抱きしめながら、その場に座りこむ。
「あれないと、俺…普通の男じゃん…」
そうでもないと思うけど…、と宮は言おうとして、口をつぐんだ。
 それは、ココロにはたぶん、言ってはいけないタブーだと悟ったのだ。
「どうしよ…」
服も身に着けることを忘れるくらい、他の人にばれることに怯えている。そんなにヒトミちゃんは怖い子なのかな。
 まあ、女の子はわかんないから…外見じゃね。
 青ざめているココロに、宮はにっこり笑って肩に手をかけてくる。
「僕が取りに行ってこようか?君の部屋にあるんだろう」
天の助け!ココロは肩にかけられた宮の手に、自分の手を重ねて、引き寄せると、両手で挟みこんで、ぎゅっと握りこむ。
「お願いしますっ。俺、宮のことすっごく頼りにしてるからっ」
「はいはい」
まあ、今はこのポジションでも悪くないか。
 相談役兼頼まれ役。
 宮はココロに鍵をかけて手早く着替えるようにしむけると、保健室を後にした。

「まったく、お前も…」
宮が、ココロの部屋のドアを開けると、そのベッドには、憎らしくも美しい、幼馴染の姿が。
「宮か」
ベッドに座りながらも、着衣は整えたあとのようだ。
 ココロのように乱れたままではなく、すっかりいつもどおりの彼の格好をしている。
「既に授業が始まってる時間なんですけど」
意地悪そうに言うと、誰のせいで…といった表情で睨み返される。
「自習でもしてるだろう」
「天下のLLC女学園の人気教師、叶 英吏ともあろうお方が、美少年一人に授業をさぼるとは」
ココロの話題がでて、英吏は目の色を変える。
「ココロが今どこにいるか知ってるのか?」
なるほど。こいつが目覚める前に出てきたってわけか。ココロは。
「さてね」
ちょっと意地悪にそんな言葉を返してみる。
 すると、いつも傲慢な彼が、十何年一緒にいても見せてくれなかったような表情で、落ちこんでいる。
「そうか」
宮は肩を落す彼に気づかれないように、カツラを手にしようと、クローゼットへこっそり近づいてくる。
「…お前は何しにここに来たんだ?」
「へ」
いきなり話題をこちらに向けらて、宮はかつらに伸ばしかけた手を引っ込める。
「ああ……お前を探していたんだ」
「俺を?」
苦笑する英吏に、宮はでたらめな言葉を続ける。
「ああ。授業に早く来て欲しいと、お嬢様方に探してきてくれるよう頼まれて」
「………わかった。すぐに行くと伝えてくれ」
「OK。OK」
宮は後ろ手でささっとカツラを手にして、英吏に見えないように自分の後ろに隠した。
「じゃあ、先に行くぞ」
宮はどうにかして、自分を落ちつかせドアの外に出た。
 幼馴染の英吏は、宮にとって、最悪の相手だったから。何をやっても負けるし、何をとってもかなわなかった。だから、誤魔化すのなんて一苦労なのだ。
 けれど、そんな宮の不信な行動にも気付かないほど、彼は恋に溺れていた。
 しかも、失恋したと思ってるから。
 目の前の幼馴染の策略も読めないほど、動揺していたのだ。
「これくらいは、させてもらうさ」
諦めると認めたけれど、それでも素直に、どうぞ仲良くしてくださいと言えるほど、宮の思いも遊びだったわけじゃない。
 宮は涼しい表情でカツラを撫で回すと、保健室へと急ぐのだった。
 お姫様の待つ、保健室へ。
保健室に戻ると既にTシャツ、短パンという簡単ながらも一応着ていたものを、身に着けなおしていた。
「宮っ!」
よっぽど一人でいるのが心細かったのだろう。ココロは宮がドアを開いたとたん、カーテンから隠れたベッドの上から飛び降りると、ダッシュで近づいてきた。
 うーん…手馴れたペットみたいで…またなんとも。
「はい。これでしょ。カツラ」
「これ、これ。本当さんきゅう〜…」
ココロはすぐに受け取ると、慣れた手付きで頭に装着していく。
 すぐにそこには、茶色いロングの髪を持つ女の子が姿をあらわす。
「…ねえ、本当にこんなカツラ一つで女の子に見えるのかなぁ」
どうみても…男がカツラつけてるようにしか見えないんだけど。
 確かに、俺とヒトミはそっくりだって言われるけどね。
 でもさ、替わりに慣れる程俺はそんなに似てないと思うんだけど…。
 だって、まず俺、男だしね。
「まあ、平気だよ」
どっから見ても男の子…というよりは、ボーイッシュな女の子といったイメージのココロを上から下から見ながら、宮はフォローする。
「そうなのかなぁ」
今だなっとくのいかないココロにをとりあえず、回転椅子に座らせコーヒーを差し出す。
 ココロはコーヒーを手にしても、まったく飲もうとしない。
 昨日から、いろいろやってたみたいだし、シャワーを浴びた後は喉が乾くものだ。何か飲み物が欲しいはずなのに……。
「飲まないの?」
「…………………苦いの…飲めない…」
「へ」
一瞬、呆然としたのち、保健室に宮の笑い声が。
「アハハ…そうか、あはは」
「わ、笑うなよっ!ちゃんとミルクと砂糖入れれば飲めるんだから。ヒトミなんて、入れても飲めないんだぞっ」
腹を抱えて、大爆笑する宮を軽く叩くフリをしながら真っ赤になって怒るココロは、もう本当宮のツボだった。
「アハハ…うん、じゃあミルク何個?…砂糖は?」
こんなに笑われ続けると、さすがにイライラもしてくる。
 カップをつき返したくなったけれど、喉がカラカラなのは事実。グッと下唇を噛んで、再び笑われると予想できるのに、返事を返してしまう。
「ミルク三個。砂糖……四杯」
「あはははは…」
今度は目の端に涙まで浮かべている。
「うるさい!うるさいっ!」
「あは…あははっ…わかった…持ってくるね」
宮、英吏を含め教師陣がここでリラックスのタメにコーヒーを飲んでいくが、だいたいみんなブラックが基本なので(京だけはものすごい甘党)、しまい込んでいた砂糖とミルクを棚から出しながら、まだ宮は笑っている。
「はい」
「もうっ」
わざわざ出してもらったのに、奪いがちにそれを受け取る。
 乱暴に砂糖を入れて、ミルクを流し込む。
 やっと笑いのおさまった宮が、目の前の自分のイスに座りながらじっとこっちを見ていたので、ココロは訝しげにそちらに視線を移す。
「…何?」
「いや………君がミルクなんて扱ってると、どうしてもいやらしく見えちゃってね」
ココロは丁度手についてしまった、コーヒー用のミルクを舐めようとしているろこだったのだ。慌ててその手を口から離し、Tシャツのすそでぬぐった。
「宮っ!」
相談相手としてポジションが落ちつきつつあったのに、どうしてもココロを見てるとからかわらずにはいられない。
 だって、反応が可愛いんだもん。
 こんな純真系。いまどきアイドルでもいないって。
「ごめん、ごめん。ほら、飲みなさい。冷めちゃうよ?」
「う、うん……」
なんか上手く誤魔化されたような気がしないでもないんだけど…。
 それでもコーヒーはすごく乾いた喉に心地よかった。身体全部が包み込まれるような甘さに、ほぅっとため息もつきたくなるような。
「おいし……」
ようやく落ちつきを取り戻したココロの目線に合うように、少しだけ身体を低くすると、宮は話を切り出した。
「―――で、どうするの?これから」
「うん?」
「英吏のこと。逃げてきちゃったんでしょ。たぶんね…落ちこんでるよ」
敵を応援してる俺って、本当いいヤツ…。
「ええ?!そうなの」
落ちこんでるの?落ちこんでるものなの…かな。やっぱり。あの…英吏でも?
「…………だと思うよ?」
「ふに〜…どうしよぉ…」
だめだ…。どうしていいのか全然浮かんでこない。
「宮ぁ…どうすればいいかな?」
上目遣いは反則だと思うんだけど…。
 自然な仕草で男を落としてくるココロは、さしずめ天然フェロモンむんむん少年…。
 宮はクスッと笑って、自分の計画を謀りはじめる。
「じゃあ、こうしよう。ここの学園には伝説があるんだ…その伝説の場所で待ち合わせてみたら…?」
「伝説?」
さすが、女子校だな〜。
 俺の学校には伝説なんて可愛いものひとつもなかったよ。まず、男子校だしね。
 あるとすれば、怖〜い話くらいだったなぁ。
 俺、怖い話苦手だから聞いてないけど。
「そう。ここの学校の校庭に大きな桜の木が一本あるんだけど…知ってる?」
「うーん……見てない」
「だろうね。校舎からはだいたい死角になってて、見えない場所のほうが多いから」
ここの保健室からも見えないでだろう。といいながら、宮はカーテンを開いた。
 時刻はお昼少し前で、日差しがまぶしいくらいに輝いている。
 こんな日は、外で走りまわってたい気分…なのに、身体が上手く動かないことを思い出して、ココロは思わず赤面する。
「あの辺りにあるんだけどね」
「へ、へぇ…それで?」
誤魔化すように話しを無理矢理進めようとする。
「そこの桜の樹の前で、キスをした二人は永遠に恋人でいられる……って言われてるんだ」
本当。さすが女子校。
 ココロは大きなため息をついてその話を聞いていた。なんて可愛いお話だろう。
 運命とか、本能とかすごく信じるココロにとって、なんだか童話の世界にでも入りこんだようで、夢のような話だった。
「でも、どうやって英吏に来るように伝えるのさ?」
「大丈夫、大丈夫」
何が大丈夫なのか、と突っ込もうにも宮はさっさと白衣を脱ぎ捨て椅子にかけると、一人先に廊下に出てしまった。
 
 LLC女学園は、四方を高い塀で覆われているのだが、それでも校庭はなかなかの広さを誇っていた。その他、プールはあるわ、中庭はあるわ、温室はあるわ。どこから本当こんなお金出てきたのかな…。あ、ここって私立だから、理事長が全て出したってことだよね?うーん……ものすごいお金もちなのか、それとも道楽好きなのか。どっちにせよ、こんな学校造っちゃうくらいだから、そうとうすごそう…。いろいろと。
「あの端に見えるのがそうだよ。今はもう葉しかないけれど、春になるとピンクの花が綺麗に満開になるんだよ」
校舎側にたって、その細く長い指で樹の場所を指差す。
 確かに。校庭の端。校舎の陰とたくさんの木たちで、校舎からは見えないであろう位置に一本、どうみても年忌の入った桜の樹が、のっそりと立っていた。
「樹齢百年過ぎてるとか、過ぎてないとか…。ここを立てる前からあったらしいから詳しいことはわかんないらしけど」
「英吏は本当にくる…の?だって、俺らだって見えないんじゃないの?樹の下に立っちゃったら」
心配そうにココロは尋ねるけど、宮はノンノンと否定するだけだった。
 待ってればわかる…よ、と。
 本当に英吏がココロを好きなのだとしたら、今までの相手と違うのだとしたら、死角にいようが、遠くにいようが、そこが地獄だろうが駆け付けてくる筈だ。
 本当に愛しているのなら…ね。
 もし、こなかったら、それまでってことで。
 俺も諦めはしない。
 宮はココロをエスコートするように手をとると、樹の方へと歩み寄っていく。
 その間も、何度となくココロは校舎を見上げていた。
 英吏が今どこで何をしているのかは分からない。たぶん…授業中だと思うけど。たとえ、授業中だとしても、どこの部屋で授業をしているのかまったく想像もつかない。
 だから、どこの部屋にも視線を送ってみた。
 俺はここだよって。
 さっき伝えられなかった思いを、今なら伝えられるのに。
 宮の歩調は自分に合わせてくれて結構ゆっくりめなのに、それでも速く感じた。

 「叶様ぁ」
「英吏先生!」
「英吏様…どうなさったのですか」
どうにもこうにもやる気のおきない英吏は、この学校に来て初めて生徒たちに自習を言い付けて、自分はぼんやり憂いの帯びた顔で教室の済みに備えてあった、先生用の椅子に腰掛けていた。
 でるのはため息ばかり。
 後悔と、失念と、快楽と、嬉々と。蘇る自分の行動と心情に板ばさみされたこの状況に、熱い息をこぼしていた。
 こんなセクシーな英吏を前に、乙女達が静かに、源氏物語など読書できるはずもなく。
「英吏様!本当、お身体の調子でも悪いんですの?私たち心配で、心配で…」
「身体は…平気さ。身体は…ね」
いつもより陰のあるその顔に、寂しげな笑みを浮かべて少女たちをかわす。
 乙女達は、男よりも感がするどいもの。
 この顔が、どうみても恋煩いだとほとんどの生徒がわかっていた。そのうち、半分はどうにかしてその思いを軽くして上げたいわ…という願いだったのが、半分は、その英吏が恋する相手に対して、憎憎しい思いでいっぱいだった。
 私以外のだれが英吏様にこんな顔をさえているの…。
 それぞれの生徒は、それぞれの思いで源氏物語を投げ出して、英吏を見つめていた。
 そんな中、風の悪戯か。まぶしいと指摘を受けてバッチリ閉めていたカーテンがフワリと揺れた。
 英吏は、自分の頬を軽く撫でた風に、ココロを重ねふとそちらを見ると…。
「!?」
木々が揺れ動く校庭の端、伝説の樹の前に、見覚え有る二人が。
 ガタン! 
 何も言わず、ものすごい音を立てて立ち上がる英吏。
 教室は瞬時に静まり返り、女の子たちは英吏に釘付けになった。
「英吏様?」
「叶せんせい?」
凍りつくような表情で校庭を見つめつづける英吏に、乙女達は必死に呼びかけながら、自らも校庭を見下ろす。
 ここは二階。死角となっている桜の樹はまったく乙女たちには見えない。しかし、英吏にはさっき目に焼き付いてしまった映像が、離れない。それどころか、自らの心臓をえぐられるような、苦しささえ感じる。
 宮と…。
 宮が校庭にいようが、いまいがそれは関係ない。あいつだって一応この学校に勤めているものだから、何か用があったと思えるから。
 けど…見えたのは宮ともう一人。
 ココロ…。
 もう一度目を凝らしてみても、そこにその存在は見えない。
 けれど、けれど。ザワザワと沸き起こってくるこの思いは消えることはない。
「叶様?」
乙女の声がやっと英吏の耳に届き、英吏はハッと我に帰る。
「……………ちょっと、席を外すよ」
「ぇ?」
英吏は微笑し、乙女たちにそう言うと、窓に足をかけた。
「ええ!あ、あの英吏様!?」
英吏の長い足は、簡単に窓枠にかかり、あっさりその身体を持ち上げる。後から聞こえてくる止める声などいざしらず、英吏は校庭へと教室の窓から飛び出した。
「英吏さまぁ!」
もういてもたってもいられなくなった少女たちは、窓に我先にとへばりつき、階下を凝視する。
 普通の人間は二階から落ちてしまったら、それ相当の負担を受ける。足が骨折だったり、腰を痛めていたり、悪くすれば命を落すことだってある。
「ああっ」
けれど英吏はやっぱり神様でもついているのだろうか。その美しい肢体を少しも崩すことなく、そして、誰よりも美しい着地姿で、地面にまるで天使のように降り立つと、少しも怯むことなく、そして、一回も振り向くこともなくダッシュで校庭の隅の見えないほうへと走って行ってしまった。
 英吏のいなくなった教室は、ざわめきが止むことはなく。
 誰からともいわず、追いかけましょうか、追いかけましょうなどという団結の言葉が紡がれていく。
 ヒートアップしていくそのおかしな団体を眺めるだけだった西園寺が、とうとう口を開くハメになったのは、それから数分もたたないうちだ。
「みなさん。叶先生は叶先生のお考えがあって出ていったのでしょう。そうでしたら、私たちはまずこれを読むことに集中し、先生のお帰りをまつほうが先決だと思いませんか」
美人で、そしてクール、何を考えているのかわからないと評判の彼女にここまで言われては、キャーキャー騒ぐだけの彼女たちは黙るしかなく。
 渋々、席に戻り、教科書を開いた。
 いつもなら、ウットリするような源氏物語の光源氏の言動にも、今日は英吏が重なるばかり。
 ああ、一体どこへ行ってしまわれたのかしら…。
 西園寺は、ハートマークが飛び交う教室で一人、源氏物語を読み始めた。
 どうせ、ココロ君絡みでようから、後で突つかせて吐かせればいいんだし…。
 少しだけ、悪魔のような笑みを浮かべた西園寺には、幸い誰も気付かなかったようだ。
 「なあ、本当に来るの?英吏……俺やっぱり…」
来ないと思うんだけど…そう言おうとしたんだけど、俺は自らその先の言葉を引っ込めた。だって、来ないって思いたくない気持ちもあるんだ。
 だから、怖かったんだ。自分の言葉にして、それを自分の口から話すのが。
 言葉は、何よりも強い魔法だから。
 昔読んだ、童話をふと思い出しちゃったよ。確か、そんな文句がついてたんだ。今もそれを信じてるってわけじゃないけど…。でもさ。
 大きな桜の樹が揺れるくらい大きな風が二人を包み、流れていく。
 その風のおかげで、先を濁したココロの言葉は闇へと葬られた。
 そして、そのかわり…宮の心地よい声が耳をかすめる。
「ねぇ、ココロ。君は英吏が好き?」
「え、あ、何だよ…急に」
慌てて下をうつむいてみたけど、宮が俺を見ているのは明らかだった。視線が痛い…。
「………好き」
「そう」
失恋ってこんな気持ちだったっけか…。結構痛いもんだ。
 宮は緑色の葉っぱをきらめく光の中揺らしている桜の樹に視線をうつす。
 いや……………初めて、か。
 本気で好きになったのも、そんな相手に振られたのも。
 まったくいい経験させていただきましたよ。君には。
 宮はココロの頬を優しく両手で挟む。
「僕はいつでも、君の相談にのって上げるからね」
結局この立場を選んじゃうのね。俺は。
「え?」
「だから、君があいつに無理矢理えっちされて泣きたくなったらいつでも俺の胸に飛び込んでおいで」
「え、あ、……〜っ…」
なんとも言えない表情…のココロは、とっても可愛かった。
 宮はココロの耳を指で絡めて遊ぶと、そのまま顔の輪郭をなぞるように撫でながら、頬に戻していく。
 そのとき…。
「ココロ、目に何かついてるよ」
「へ?目…?嘘…別に俺…」
違和感ないんだけど。
 だって、目に何かついたときって、あれじゃない?視界に変なの入ってこないっけ?
 俺は目を擦ってしまおうとしたんだけど、宮にあっさりその手を止められてしまった。
「駄目だよ…手で擦ったらバイキンが入っちゃうからね」
うう…。こういう時はもうゴシゴシ〜ってやってしまいたいのに。やっぱり、一応こいつも養護教諭なのね。
「でも、だって鏡もないしどうやってとったらいいのさ」
「僕がとってあげるよ。さあ、目を閉じて」
「ん……」
目を軽く閉じようとした、まさにその時、俺はこの世で最も綺麗だと思う声を耳にした。
「ココロっ!」
その声はいつもの冷静さなどなく、走ってきたのだろう息は酷く乱していた。
 ――――英吏?
 まさか。だって、どうして俺がここにいるって気付いたんだよ。
 心の仲で否定するのとは別に、嬉しさがこみ上げてくる。
 俺と宮が立っている樹のすぐ側まですごい早さで走り寄ってくきた英吏は、俺と宮を何回も交互に見たのち、俺を抱き上げた。
「え、あ…英吏!?ちょっと…何…降ろせよぉ〜」
 抱き寄せたんじゃなくて、抱き上げたの。そりゃ、驚くよね。
 身体が急に浮いちゃったんだもん。俺は空中で手足をばたばたして、降ろすよう、抵抗してみたけど、英吏の腕はすっごいがっしりしてて、手は大きくて、俺を包んで離さない。俺もだんだん、その手の感触が心地よくなってきて、抵抗なんてするきもおきなくなってしまった。だって、その手は……ずっと心待ちにしてたぬくもりだったから。
「ココロ……」
今だ途切れがちな呼吸の最中、甘いかすれ声で名前を耳元で呼ばれ、俺はピクンと身体を反応させる。
 そして、英吏は俺を抱き上げたまま、宮に向き直った。
 シン…と静まり返る空間。いたたまれなくなって何かしゃべろうとしたんだけど、それも許されないような雰囲気が、二人を包んでいた。
 どうしよう…何を言うんだったんだっけ…、俺。
 言葉にしたい事があって、伝えたい事があってここに来たのに…。
 なんだか上手く言えないよ…。
 このまま時が止まっちゃうんじゃないかなって思った…。本当にそう思った。それでも良いやとおもって、俺は英吏の首に回した手を少しだけ強めた。
「お前がココロとここで永遠の愛を誓おうと、関係ない…。俺はココロが嫌っても、いやがっても、誰にも譲る気はないっ…一生ね」
「英吏ぃ…」
「ココロ…。例え伝説が君と宮を結びつけても、何度でも奪ってさらってみせる…俺には君が大切で仕方ないんだ…あんなことをして悪かったと思う。本当にごめんよ…。けど、君が誰かのモノになるのが我慢できなかったんだ…っ」
 一つ一つ言葉を話すたびに、腕の力が比例して増していく。ちょっと息苦しさを感じながらも、俺はその告白に感動してしまった。
「英吏…俺…」
俺はこみ上げてくる涙を見せたくなくて、英吏の首筋に顔を埋めながら話す。
「俺、英吏にされたこと…怒ってないわけじゃないよ…けど、それ以上に英吏の事が好きだから、許してあげなさいって…俺の…英吏を好きな気持ちが言うんだ」
それまでずっと切なそうにしてた英吏の表情が、みるみるうちに変わっていく。それは、落ちこんでいた様子から、驚愕の事実を聞かされたように…。
「ココロ…」
ココロの顔が見えるように、英吏は可愛くしがみついてくるココロを少しだけ離して、向いあわせる。
 目を潤ませて、どこに視線をやったらいいのかもわからず、自分の言動にさえ困惑しているココロは本当、いますぐベッドに引きづりこみたいくらい可愛かった。
 まあ、でもそうしなかったのは…。
 それ以上に、こんなにも愛を語ってくれるココロが嬉しかったから。
「で・も!」
いきなり調子が普段のココロに戻った。いや、いつもよりちょっと怒っているような感じ。
「ほんっとお〜に、痛かったんだからな。俺、怒ってるんだからなっ」
リスみたいに膨らませいているココロのピンクなホッペに、英吏は優しくキスをした。
「俺を許してくれるのか…?」
「……うん」
「俺を選んでくれるのか…?」
「…うん」
「宮じゃなくて」
「だから、どうして宮をいっつも引っ張って来るんだよ〜…英吏は」
そう言われて英吏は、終始無言を護っている宮を見た。
「だって……君は宮に最初に身体を触らせたようだし…」
「そ、それは別に…って、最初に触ってきた人を好きになるって法則でもあるのかよっ」
「それに…」
一瞬、英吏の顔が曇る。
「君は………ここで宮と永遠の愛を誓っていただろう…。この伝説の樹の前で」
「え?」
永遠の愛を誓うって…あの、話しでしょ。ここでキスすると〜とか、言う話。俺、宮とキスなんてして……………。
 あ!!
「宮っ」
俺はたった一つ、思い立つことがあって、宮を睨みつける。
 案の定、俺の行きついた予想は当たっていたみたいで…。
「………やっぱり、そうなんだね」
俺がすぐに否定しなかったせいで、英吏は勝手にまた誤解を始めてしまった。
「ち、違うって。ちょっと、あれは本当違うんだって!もー、宮のせいだからなっ」
「何が違うんだい、君はあんなにかわいらしい顔をして、宮のキスを受けていたじゃないか」
ますます不機嫌さをましてきた英吏は、突っかかるような物言いをする。おいおい、英吏はもうハタチすぎてる大人なのに…こんな子供みたいな怒り方するなんて…。
「だーっ、もう!宮が俺の目に何かついてるって言うから、取ってくれるって言うから目ぇ瞑ってたの。キスとか、そういうんじゃないんだって」
でも、さっきの俺と宮の様子は遠くから見れば、十分なラブシーンだったようだ。
 しかも、ここは………伝説の桜の樹の前だし。
 ここに、二人の人間がいて、重なり合っていて、一人は目を閉じている。
 もう、キス以外の何をしていましょう…と言った感じらしい。
「……………本当に?」
疑い深気に眉間にしわをよせつつ、俺に顔を近づけながら、問う。
 んも〜!これもあれも宮のせいだかんな!
 俺は宮をもう一度睨む。
 だって、この英吏の取り乱し様からすると、宮の行動は絶対わざと。そう見えるように―――キスしているように見えるように―――したんだよ。絶対。
「宮が余計なことするからっ!」
つまり、目に何かがついてるってのもたぶん、嘘だったんだろ。なんだよ、本当、俺、宮が英吏をからかうために使われたみたいじゃん。
 まったく〜っ。良い迷惑だよ。
 当たっている推理と、勝手な解釈に頭を悩ませつつ、宮から視線を英吏へと移す。
「本当。本当だから信じて。俺がここで永遠の愛を誓いたいのは…かっこいいのに、強引で、…かなりエッチだけど、すんごい優しくて。たまにめちゃくちゃ子供っぽくなって、可愛いな…って思っちゃう叶 英吏だけなんだから」
 言うなり、頭を抑えられて、俺の顔は英吏の胸元へ当てられる。
 スーツを着込んでいてもわかる英吏の筋肉が適度について、整った身体からは、少し大人な薫りがした。
「ココロ…愛しているよ…」
「うん、英吏…俺も」
英吏の俺を抱きしめている手が、少し震えてるのがわかって俺は英吏にぎゅっとしがみついた。
「ね、上手くいったでしょ」
せっかくラブラブな雰囲気だったのに、あっさりそれを壊したのは、第三者の声。
「英吏もまさかあんな古典的なキスまねに騙されるとは…本当恋は盲目ってあたってるね」
あっけらかんと言ってのける宮に、起こる気もうせたのか、英吏はふぅ〜っと大きなため息をついて、俺を下に降ろした。
 うん、でも本当。仲直りできたのは宮のおかげかな。
 俺は宮の白衣のすそをちょっと引っ張って、こっちを向かせて、にこっと笑った。
「ありがと、宮」
天然でその可愛さを撒き散らしてしまうココロに、宮は一瞬不意打ちをくらってドキッとしてしまった。
 心臓に悪い…。
 視線を地面へとずらし、苦笑する宮。
「いやいや、またいつでも英吏に変なことされたら相談においで」
「うんっ!」
俺が明るく返事を返すと、急にうろたえる英吏…。
「なんでそんなやつに相談なんてするんだ!相談なら俺が聞く」
左手首を握られ、ココロは英吏に引っ張られるようにして抱きこまれる。
「だから、君に何かされた時…って言ってるだろう。英吏」
「嫌だね。ココロ…他の男を頼るなんて絶対に許さないからね。…それに、もちろん…女の子にだって、無防備な姿をさらすんじゃないよ」
むちゃくちゃな言い分をさらりといいのけ、それを当たり前のように言い放つ英吏は、やっぱりさすがって感じ。
 ああ、でも………うん、前途多難って感じ。
「英吏のことで悩んで、なんで英吏に相談できるんだよ…」
「それでも駄目。ココロ、俺は本当、君が誰かと話しているだけで胸が抉られているような感覚に陥るんだよ」
「う、うん…、じゃあ…うん、なるべく…ね」
「駄目。絶対」
「英吏〜…!この世に“絶対”なんて言葉の存在はないんですよ〜」
宮がちゃかすように横から言ったせいで、英吏はますますヤキモキしていた。何の相談でココロが宮を頼ったのかは、だいたい予想がつくから、そんな相談すらしてしまうココロの危うさが英吏には、心配でならなかったのだ。
「気をつけるから…さ」
フォローするようにココロが言うと、本当だね、と釘を打つ
 まったく…心配性なんだから…ってか、やきもち妬き?
「じゃあ、俺は保健室に戻ってお仕事してますよ」
宮はそういうと一足先に元来た道を帰っていく。
 ん?帰るなら一緒に戻ればいいのに。
 俺が不思議そうに、宮の後姿を見ていると、英吏がやっとちょっと表情を柔らかくした。
「気を効かせてくれたんだよ」
「気?」
ますますわかんないって。
「だって、君は恥ずかしがり屋さんだから…」
「わかんないよ。分かるように言えって」
「こういうこと…」
そういうと、英吏は俺の頬に優しく触れるだけのキスをする。
「あ…」
―――ここでキスをすると永遠の愛を誓える―――
 わすれかけていた、LLC女学園の伝説の話しが頭の中に蘇ってくる。
「男同士でも効くのかな?この伝説」
クスッと笑って俺が聞くと、英吏もにこって笑った。
「効くんじゃないかな。だって、伝説は、ここで二人の人間がキスをすれば…になっていたからね…俺が聞いた限り」
「効くといいんだけど」
ココロがキスを待ちうけるように、瞳を閉じたのを見とめて、英吏は少し驚き、そして、これがココロ流の誘い方なんだとわかると、可愛くて、愛しくてどうしようもなくなって、桜の樹の下の、ココロの耳元で囁く。
「永遠の愛を誓おう……」
英吏の甘いボイスとともに、降りてきたキスは、今までで最高のキスだった。

 「英吏様どこいったのかしらねぇ」
教室では今だ婦女子たちが騒いでいた。いくらお嬢様校とは言え、礼儀作法を教えているとはいえ、さすがに教師が一人窓から飛び出していったのだ、静かに勉強している生徒など一人もいない。
 みんな仲良しグループになり、あーでもないこーでもないと自分の意見を言っている。けれど、その中でもやっぱり有力なのは恋人の元へ駆けて行ったのでは…というものだった。
「英吏様に特定の彼女はいらっしゃらないはずよ!」
その案を出した、少し気弱そうな彼女は、他の女の子たちの反発に、萎縮する。
「だ、だって…そうかと思ったんですもの。そうでしょう?殿方が一生懸命になるとき、必ずその背後には恋人の存在があるはずですものっ」
「じゃあ、恋人って誰ですのっ!?」
「わ、私が知るわけないです…」
こんな会話があっちでもこっちでも起っていた。
 ただ分かっているのは、この中の誰もその英吏様の恋人疑惑がかかっている生徒はいないということだけ。
 雪はクスリと笑い、終業のチャイムを聞きおえると、人知れず保健室へと移動した。

 「失礼します」
「…ああ、君か。どうかした?」
雪はきょろきょろと保健室を見回し、いるはずだと思っていた二人がいないのに気付いた。
宮も、雪が誰を探しているのか分かったから、寂しそうに笑って首を横に振った。
「いないよ、ここには。ココロ君も…英吏も」
「じゃあ、勝負はついたんですね」
「いまのところね」
まだ完全に諦めたってわけじゃない宮の顔を見て、雪はふぅとため息をつく。
「私、ココロ君に同情します」
「おや、それはどういう意味かな?」
意地悪そうに笑う宮からは、保健室にいるはずの養護教諭の顔はまったく見うけられない。雪自身、こんな学校に入っておいてナンだけど…こんな人たちが本当に教師として免許を持つことができたことに、いまさらながら驚く。普通の学校に入っていたら、ただの美形セクハラ教師で、よく朝の新聞の常連になってしまっていたところだろう。
「―――で二人は?」
「さあ」
どうせ今ごろラブラブ最中でしょう。
 宮の表情はそう言ってる。
 雪もそんな中邪魔するのはゴメンなので、今日の講習は出ていた…と後でココロの名簿を弄っておきましょう…しかたないから、と思い、保健室を出ようとした。
 そのとき、宮は誰にしゃべるわけでもなく、雪の方もむかず、口を開いた。
「僕は恋愛相談人らしい。それでもいいって思える僕は…そんな関係でもいいから繋がりがあって欲しいと思う僕は…悲しいかな?」
「それが恋ですよ」
その独り言のような囁きに、そう言い返すと、雪は保健室を出た。

「英吏っ…英吏っ…」
永遠の愛を誓った二人は、そのまま英吏の自室へ。
 ベッドが二人分の身体の重みを感じ取り、ギシッ…ときしむ。
「あのさ、夜になってからで…駄目?まだ…体辛いんだけど…」
「駄目」
英吏はそういうと、ココロの服を一枚一枚剥ぎ取っていく。
 そうは言っても、ココロの身に着けていたのは、Tシャツ、短パンのみだったので、すぐさま英吏に下着姿をさらすことになる。
「ごめんね…朝は」
「もう、いいって…それは」
執拗に謝ってくる英吏に、ココロは苦笑するしかない。
 英吏は、ココロの身体についている赤い痕と同じ場所を、再び吸い上げていく。
「んっ……」
思わず漏れる声には、まったく苦痛は感じられず…。
 苦痛と恐怖でしかなかった行為が悦びと嬉しいとすら思える感情になっていく。
 なんて。
 まったくの嘘だ。
 そんな余裕などまだ…全然ない。 
 まだ……………そんな、恥ずかしいよ〜っ!
「ねぇ、やっぱり…お願い…また今度ぉ〜」
「駄目駄目。せっかく永遠の愛を誓った記念なんだから…えっちしなくちゃ」
そんな決まりがどこにあるんだ〜っ。
「それに…ココロも感じてきてるじゃない」
「ええ…ぁ」
嘘ぉ…どうして?今日の朝、したばっかりなのにぃ。
 俺の下半身は、白い下着ごしにしっかりわかるくらい膨らんでた。
「大丈夫。初エッチのやりなおしってことで、優しくするから…」
「ううっ…」
もう言い逃れも出来ない状況に、俺は顔をまくらに埋めた。
 もう…英吏のえっちぃ〜っ!
「俺のの形を、君の中に記憶させていくんだ。俺のだけが合うように、俺のだけで感じるように、俺のが入れられないと達けないように…」
「やっ…」
そんな…そんな…あんなことしなきゃ達けなくなるなんて、そんな身体にされるなんて嫌だよ…。
 小さく悲鳴を飛ばせば、英吏はちょっとムッとする。
「まさか、俺以外の男に抱かれたいなんて考えてるわけじゃないだろうね」
「ば、馬鹿英吏っ」
そんなこと考えるわけないだろ〜。本当、呆れるにもほどがあるよ。
「そうじゃなくて……俺だって男なのに、そんな身体になるのはちょっと変じゃない…かなぁ…って」
「ああ、冗談だよ、さっきのは冗談」
な、なんだ冗談ね。ホッとため息をつく俺の耳朶を甘く噛みながら、英吏は言葉を続ける。
「でも…」
でも!?
…でも、何!?
「これから俺だけが君の身体を食べることになるから…そうなっちゃうかもねぇ」
やっぱり本気なんじゃーん。うわーん。
俺は咄嗟にベッドから這い出ようとしたけど、もちろん英吏に戻された。
「大丈夫。まだまだレッスン1だから、ノーマルセックスだよ」
「ええっ!?」
普通のセックスはまだレッスン1なの〜っ!?
 これからどれだけレベル上げがあるのかわからないけれど、大きな不安を感じつつ、ココロは目を閉じた。
「優しくするよ…」
俺が良いって言うまで、そんな焦らすような仕草しかしないと決めたのか、英吏は俺の半身を包んで、優しく撫でていじっているだけだ。
「ぁ…んん…もうっ……」
意地悪。
「俺にいちいち了解とらなくても…いいからっ!」
「…………いいんだね?」
英吏は俺のおでこに優しくキスし、唇に、ディープなキスをする。
 ココロは、ちょっとの緊張と、ただいまれなる羞恥と、快感を感じつつ、英吏に全てをまかせたのだった。

 そしてその日、やっぱりその後、発言とは別に抑えの効かなくなった英吏に何度もいかされたココロは動けなくなり、誰もいない時間を見計らって、英吏に部屋まで運ばれる結果となったのだ。
 夕食時にもやっぱり動けなくて、今日は特別……と京の出張サービスのおかげでなんとかご飯を食べれたけれど、英吏が京になんて言って料理を作らせたのかを考えると、どうしようもなくて、まったく顔をあげられなかったのは言うまでも無い。

 三日目。
「おはようございます。ココロさん」
「お、おはよう…」
別に体調が悪いわけではなかったのに、昨日の授業をさぼって、なお自室で特別に食事をとる俺を、西園寺は何も不思議に思わないのかな〜…。
 思わず見つめ続けていると、既に綺麗に制服を着こなした西園寺は相変らず無表情で効き返してくる。
「何か?」
「い、嫌別に…」
「起きられます?今日の授業は出るんでしょう」
「う、うん、で、出るよ!あ、朝ご飯何かな〜って思ってさ。あはは」
おかしなテンションでベッドから這い出ると、もう着慣れた黒いミニスカートワンピースをするりと着こむ。
 洗面所で、洗顔だけ済まし、カツラをつけると、俺はすでに準備万端な西園寺の後を突いていこうとする。
「っ痛……」
思わず身体に走った鈍痛に、顔を歪ませると、雪はココロに気付かれないようにクスッと笑った。
「腰のあたり、どうかなさったんですか?」
「ぇ…っ」
どうして痛がってるのがココだってわかったんだろ…わ、わかるものなのかな。うう〜…あう〜…。
 思った通りの反応で困惑するココロに、拍手すら送りたくなる。
「どうもしないんだたったらいいんです。さあ、いきましょうか?」
「あ、うん…」
ギクシャクしたような動きで、ココロは西園寺の後を続いてラウンジに向った。
 朝食はなぜかおかゆといり卵と言う、なんとも今のココロには食べやすいもので、ココロは内心ホッとしていた。こんな日に、食パンなんて出てこられたら、お腹がすいていても食べれない。
 西園寺だけは、これが京がココロのタメにつくったのだとわかって、呆れておかゆを口に流し込む。
 でも、面白いのは事実ね。
 さあ、他の先生方にも早くこの子を紹介したいわ…。
 西園寺の策略は、英吏の努力の甲斐も無く、ココロの魅力を広めていくのだ。

 「今日の一時間目って?」
俺が聞くと、西園寺は何も見ずにスラスラ答える。
 うーん、西園寺って何か…ロボットみたい。実は、頭の中脳みそじゃなくて、パソコン入ってたりしないかな〜…。
「今日は美術ですよ」
「美術?」
そんなまともそうな授業もやるんだ、やっぱり。
 俺って結構LLC女学園を見くびりすぎかなぁ…。
「ええ。今日はデッサンですから、先生のデッサンをとるんです」
ガックリきた。やっぱり普通じゃない…ってここ。
 俺の意見が正しかったじゃん。
「先生のって…まさか」
「先生はセミヌードですよ」
あう〜…なんで脱ぐんだよ自ら!脱がなくていいしっ!
 なんて心で突っ込みつつ、俺はとぼとぼと美術室へと向った。
 ああ……俺、学校なんて大嫌いだし、勉強なんて今まであんまりしたことなかったけど…今本気で思っちゃったよ。
 まともな授業がしたい…って。
続く。
−7− | −9− | 教師。
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