−8− | −10− | 教師。

● やまとなでしこ☆ダイナマイト --- −9− ●

この学校でまともな授業がしたいという、そんな俺の思いもむなしく、美術室はもう目の前。
 うう…どうせ、どうせ…なんか予想ができちゃうのが悲しいよ。
 俺はドアを目の前にして、スライド式のそのドアの開ける窪みに手をやったまま動けなくなる。だって、だって…開けたらきっとすでにみんな勢ぞろいでさ、そんでもって、きっとまたカッコイイ先生がいるんだよ。
 俺はふぅっとため息をついて、再び手を下に戻してしまった。
 開けようと思うと、さらに開けれない。
 女の子たちの中で授業をするのも気が咎めるし、新たな先生にあうのもなんか躊躇した。
 ううん、大丈夫さ!
 先生にも、生徒にも目立たないように、奥でひっそり描いてればいいんだからなっ。そうだよ、そうじゃん。一番奥の席で小っさくなって、一時間やりすごそ〜っ。
 ココロが一人決心を固めて、ドアを開こう思ったそのとき、ドアは勝手に開いた。
「さ、西園寺っ」
そう開けたのは、俺の横にいた西園寺雪。
「早く入らないと遅刻になりますよ」
それでなくても授業まともに出ていないのですから、遅刻はまずいでしょう。
 そう付け加えられて、俺は真っ赤になる。
 だ、だって…その授業に出られなかった原因ってのは、原因ってのは…。
 うぎゃあ…言いたくないって言うか、言えない。
 だ、だって…だって…英吏にいろいろされてたからなんだもん。
 ってか、その事は、西園寺は知らないはずなんだけど…。
 俺はちょっと小首をかしげて、西園寺の後を続いて部屋に入った。けど、数秒で俺は後悔した。
 なぜなら…………美術室の中は俺の想像通りの展開を迎えていたから!
 はうぅ…。
 本当、拍手モノです。
「君達が最後だよ。駄目だねぇ…私の授業の時は遅れては、だめ」
いきなり聞こえてきたのは、英吏や宮より少しだけ高い、アルトな声。
 落ちつきを払ったような声なのに、しゃべっていることは、ああ、LLCの教師って感じだ。
「はぁ…」
俺は先生に目を合わせないようにうつむきながら答える。
 男だってこれ以上ばれるのも困ったもんだし、それにあんまり関わりたくないし。
「ん〜…なぜ遅れては駄目なのか、君わかるかい?」
俺の返事が気に食わなかったのか、依然俺に話し掛けつづける。
 も〜…いいから…。勝手に授業進めてくださいよう。
「わ、わからない…デス」
少しだけ高い声を出すように努力しながらしゃべるのは結構つらい。
 ココロは言葉少なめにそう答えると、目の前の教師はいきなりココロを覗きこんできた。
 うわっ…。
 初めに飛び込んできたのは、綺麗な銀色の髪。
 そして、綺麗に輝くその二つの瞳は、自分みたいに黒色ではなく、琥珀のように澄んで輝き、不思議な魅力を放っていた。
「わからないだって?」
怒るようではないけれど、少し不機嫌な声でそういう。
 わからないに決まってるだろ…俺はこの授業にでるのは初めてなんだから。
 そう言いたくなったけど、必死にこらえた。
 もう理不尽なことはなれっこになってきてるよ…俺。
「なんて事だ」
嘆き悲しむように、男は頭に手をやり、信じられないと繰り返す。
 俺は呆然とその様子を見守っていたが、女性徒とたちは、やっぱりというか、それが普通だというか、その教師の味方をしはじめた。
「失礼よ、根本さん!」
「えっ?」
「そうよ、加賀美先生に失礼よっ」
「か、加賀美先生…」
って、この男の事だよね。
 俺は今一度、加賀美先生を見た。
 長身で細身の加賀美に、銀髪はよく映え、儚げな色気を漂わせ、軽く着こなしているブランドモノのシャツに、黒いパンツはなんとも芸術家と言う気がした。
 そして、やっぱり顔は整っていて、日本人離れした鼻のすらっとした感じが、また妙に大人な感じがした。
 ココロは、その妙にドギマギさせられる容姿から目をそらし、ここはとにかく授業にもっていかなくては…と頭を下げた。
「ち、遅刻してすみませんでした…あの…えと、…もうしませんから」
加賀美が不機嫌になったのは、自分が遅刻したせいだと思ったココロは素直にそう言ったのだけれど、加賀美は首を横に振った。
「何を言ってるんだい?まだ、授業の開始のチャイムはなっていない」
あれ…そう言えば。
 ココロは美術室の時計を探して確認すると、うん、加賀美の言った通り、まだ始業まで二分ある。
 じゃあ…なんで加賀美は怒ってるんだろ。
「え、じゃあ遅刻で怒ってるわけじゃないんですか?あの…俺何かしました…?」
ココロは不安になってそう聞いてみた。
 もしこれが原因で美術の成績が下がったりしたら……………うわ、ヒトミに何を言われるか、分かったもんじゃない!
「フ…もちろん、私を見る時間が減ってしまうから…だよ」
加賀美はご自慢の髪をかきあげながら、俺の方にウインクしながら言う。
「きゃ〜!加賀美先生〜」
俺が開いた口がふさがらない…もとい、ハトが豆鉄砲食らったような顔をしていると、右から左から、女の子たちの歓喜きわまった声が。
 い、今のが…よかったの?
 俺は呆れながら西園寺を見ると、綺麗な笑顔でそれを見ている。
 綺麗な笑顔っていうのは、つまり自然な笑顔なんかじゃないんだよ。おかしくないのに、笑わなきゃいけないときってあるじゃない?そのとき、妙な笑いになるよね。
 あれの、微笑バージョンって言うのかな。
 とにかく、微妙…で怖い。
 俺は女の子の叫び声とかも嫌いって言うか、苦手なんだ。
 だから、耳に響く嫌な音に顔を歪ませつつ、加賀美から離れて一番奥の目立たない席(良そう通り、そこは先生の席から遠いから空いていた)に座ろうと移動し様と思った瞬間、腕をぐいっとひっぱられる。
「なっ…?」
慌てて振り向くと、今だ極上スマイルの加賀美が俺に向ってニコッと笑った。
「言いかい、小猫ちゃん。私を見られる貴重な時間を失いたくはないだろう?だから、美術の時間の前は早く移動するんだよ。そうすれば、私と長く居られるからね」
「…………」
返す言葉もありません。
 俺は倒れこむように奥の席に移動した。
 やばい…気持ち悪くなってきちゃった。さっき、女の子の声をガンガン聞いたからだ。
 今までの二日間、なんとかやってこれたのは結構女の子との接点が少なかったからで、決して女の子に慣れたから…ではない。
 俺は改めて自分の身体に染み付いてる【女性嫌悪症】を恐ろしく感じた。
 ヤヴァイ…ヤヴァすぎる。
 椅子から転び落ちそうになる肢体をどうにか支えこみ、部屋から持ってきたスケッチブックとBのエンピツを取り出して、机に置く。
 はっきりいって、俺は絵がへたくそ。
 姉のミミにしょっちゅう馬鹿にされて、描かされてたくらいだから。
 だから、俺は結構乗り気じゃなかった。
 だから、机の上に道具だけだして、後は適当に描いてるふりをしようと思ったんだ。
 中学校、高校はその手で逃げてきたから。
 でも、いつまでたってもスケッチブックを開き、エンピツを手に持つようすが見うけられない俺に不審感を抱いたのだろう、誰にも感づかれない場所で静かにしていた俺に、足音が近づいてくる。
「根本君?」
「は、はいっ」
俺は条件反射で身体をピッと伸ばす。
「ほら、エンピツを持って。これから私を描くチャンスなんだからね」
「は、はい…」
本当に加賀美って…。
 俺は無理矢理エンピツを持つと、真っ白なスケッチブックのページを出し、机において、線を書き始める。
 美術ってだけで憂鬱なのに、ああ…もう!
 昨夜の睡眠時間の少なさもあって、ココロはうとうとしそうになる。
 けど、そのたびに、加賀美の美声は静寂とした美術室に響き渡った。
「根元君!ほら、おて手がお留守だよ。芸術はそのときの気持ちでかかなきゃ、さあ、エンピツを持って」
や、
「根元君、ほらはずかしがらず、私を見てごらん。書きたくなるだろう」
など。
 加賀美自体は、教室前方のちょっと高くなっている場所で、シャツを胸元をはだけさせて、ソファでモデルをしている。
 だから、動くことはないのだが、ずっとこちらを見ていたり、少しでも眠りそうになると、タイミングを見計らったように、加賀美の声が飛んできた。
 それもまた、怒った声ではなく、優しくなだめるようだったので、他の女の子たちの不満が出てこないはずがなかった。
 せっかくの加賀美を描くチャンスなのに、なぜあんな子に邪魔されなくちゃいけないのだ。
 そう思いながらも、誰も口にしない。
 この短い時間を誰にも壊されたくないのだ。
 LLC学園でも一応授業は授業。五教科をそつなくこなす。そして、その他にこんなえっちぃ授業が入るのだが……そうなってくると、必然的に実習科目の時間は減ってくるのだ。
 他の学校でも選択科目となっている、美術や音楽などは、週に二回の貴重な時間なのだ。
 そして、講習となればなおのこと。
 これはちょっとLLCの特色を踏んだ美術なため、今回の講習には入っているが、もとは美術。もちろん、講習の行われる二週間の間のうち、数時間しかない。
 だから、女の子達もやっきになってるのだ。
 加賀美先生を見ておかなければ…と。
「…西園寺」
小声で隣の西園寺にココロは尋ねる。
「はい、なんでしょう」
西園寺は視線も動かさず余裕の笑みでスケッチしつづける。
 ふと西園寺のノートを覗きこむと、うーん、良そう通りにやっぱり上手。
 ココロは、どうして西園寺がこんな学校に入ったのかわからず頭をかしげる。
「なんでしょう?」
話しかけてきたのに、何も続かないココロに、雪はもう一度尋ねる。
「あ、うん…あの先生ってどんな先生なんだ?」
暇を持て余したココロが寝ないためにとった行動は………おしゃべり!
 別に話題は先生じゃなくてもよかったんだけど、一番普通の話題だったから。だって、あんな強烈キャラな先生ははじめてだったし、それにココロは初対面だから。
「加賀美先生に興味を持たれたんですか?」
「な、そんなわけないだろっ」
俺は思わず大きな声で、顔を真っ赤にさせて叫ぶ。
 ハッとして周りをみると、やはり他の生徒がすごい目でこちらを睨んでいる。
 加賀美も呆気に取られたように、俺のほうを見ていた。
「どうしたんだい、根本君。そんな声を荒げて、レディーとして気をつけなければ」
「す、すみません…」
俺は耳まで真っ赤にさせたまま、席に座りなおす。
 あちゃ〜…やっちゃった。
 頭を抱えて静まりこむ俺の横で、西園寺は何やら笑っている。
「笑うなっ」
俺は小声で征する。
 でも、本当ここ数日西園寺とずっと一緒に過ごしていたのに、こんな本気で笑ってるのは初めてだった。
 うーん…西園寺も笑うのか。
 そんな失礼なことを、つい考えてしまった。
「失礼しました。けど、私何も好きになったのですかと聞いたわけではないのに、そんなむきになるなんて」
た、確かに…。
 いや、別にドキドキする必要なんて本当ないんだけどさ。
 でも、なんていうか、あんまりそういう話題とは俺、ずっと疎かったし。
 まずもてなかったし、恋愛対象で誰かを見た事なかったから。
 なんか、急にそういうふうな考えを含めて聞かれると、過剰に反応しちゃうっていうか…。
「もーーっ、余計な事いうなよっ」
「誰にです?」
かーーーーっ。
 俺が余計な事を言って欲しくない相手なんて、一人しかいない。たった一人だ。
 もちろん、やきもち妬きな…恋人。
 叶 英吏だよ。
 俺はもういたたまれなくて、机に突っ伏した。
「言うなよっ」
もう一度念を押すと、さも可笑しそうに西園寺は笑った。
 授業がそろそろ終わりに近づいた頃、俺は自分のスケッチブックを見て、顔を蒼白にさせた。
 だって、だって………何も書いてないんだよ〜!
 うぎゃぁ。ヤヴァイ。
 俺は咄嗟にエンピツを握ると、ものすごい速さで加賀美を描き上げる。
 もう似てるとか、似てないとかそういう問題じゃない。
 とにかく描かなきゃ!
 チャイムと同時に、俺の世にも奇妙なスケッチは出来あがり、さっさと閉じると、加賀美に評価を貰う前に、さっさと美術室を出てしまった。
 はう…つかれた。
 くらくらしていた頭が少しだけクリアになる。
 美術室を脱したおかげで、女の子の群れからはとりあえず出られて、声も薫りもしない。
 女の子特有の甘い薫りというか、香水の薫りもココロの嫌悪症に含まれていた。
 俺ってつくずく、女の子と恋愛できない身体だよね。
 それは男としてちょっと悲しい。
 いくら……………大好きな恋人がいてもさ。
 こんなことを考えてるって知られたら、英吏はたぶんめちゃくちゃ怒るんだろうな〜と思いながら、ココロはブルっと身体を震わせた。
 英吏を怒らせたらどうなるかなんて…もう体験済みだから。
 そのことを考えちょっと顔を赤らめながら、ココロは西園寺を見る。
「次の…。えーと、次ってどこで何の授業?」
「本日は一教科だけですよ」
「ええーーーっ!?そうなの」
俺はすんごいがっくりした。だって、本当は足だって腰だって、精神的にだってすっごいつかれてたんだ。
 それなのに、無理してきたのに、一時間だけだなんて、ちょっと酷いよ!
 あからさまにムゥとしている俺に、西園寺は、じゃあ校内案内でもしましょうかと提案してくれる。
 俺は誰かと遭って面倒にまきこまれるのも困ったモノなので、それを丁寧に断って、部屋で大人しくしていようと思ったんだ。
 昼食まで。
 そうだ、今日はちゃんと昼食が食べられるじゃん。
 わーい!やった。
 俺は目を輝かせた。
 だって、だって、京のご飯って本当に美味しいんだもん。
 俺の家じゃ、俺が家事全般担当だったから、美味しいとか、美味しくないとかあんまり自分でよくわかんなかったんだよね。だって、自分好みに味付けしちゃうから。
 まあ、母さんやミミたちが文句を言わなかったから、そんなに酷くはなかったんだろうけど。
「本日はこれから宿題の採点や、講習での結果報告。職員会議などが入ってるんです」
「ふーん」
ココロの頭はすでに昼食に向いているので、そんなことどうでもよかった。
 がんばって学校に出てきて、授業がないってのはガッカリだったけど、とりあえず、他の誰かに遭うことはなさそうだから、喜ばしいことだよね。
 ココロは笑顔で美術室から寮への道を歩いていた。
 ふと、ココロの動きが止まったのは…。
「あれ、ここって……」
そこは、書物が置いてある部屋。
「ええ、図書館ですよ。ここの学校の。学校図書館のわりと本は揃ってる方だと、有名ですね」
わりとってもんじゃない。ものすごく揃ってる。俺の高校の図書館なんて、そんなたいそうな呼び名が似合わないほど、何もなくて、利用者数もすくない。
「本、お好きなんですか?」
聞かれて俺はギクリとする。
 だって、男なのに本が好きって、恥ずかしいかなっておもって、あんまり公言してないから。
 ココロは頬をピンクにさせて、上目遣いで呟く。
「わ、わりと…」
あえて、めちゃくちゃ好きだと隠したのだが、そんな態度で言われちゃバレバレだった。
「寄っていきます?」
「いいの!?」
思わず本気で悦んでしまって、顔を輝かせる。
「あ、う……」
「行きましょう?」
雪は見てみぬ不利をしたほうが、いいのだろうと早々と察知し、そのまま目の前の重々しいトビラを押した。
 木で出来た古そうなそのドアの中には、頭上遥か過ぎた上にまで本がぎっちり詰まっていて、教室自体も奥が見えないほど広かった。
「わあ…………」
ココロが感極まって感嘆の息を漏らしていると、西園寺が妙にキョロキョロしているのが目にとまった。
 西園寺は教室のすみずみまで何かを探すように確認すると、俺の方に戻りながら何やら一人ブツブツと呟いている。
「……お留守のようですね、残念」
「ん?西園寺、どうかしたのか?」
お留守?
 残念?
 いつもは、誰かがいるのかな。
「いいえ」
西園寺はそれきり何も言わなくなったので、ココロは自分が読みたかった本を探し出し、お昼まで読みつづけた。

 「ココロ君!」
ラウンジで呼ばれた名前に、ココロはドキリとする。
 すぐさま声を発した主の方にかけより、口を可愛いおて手で塞ぐ。
「きょ〜お〜っ!」
すぐさま自分の失態(はたして、そう思ってるのかはわからないけれど)に気付いた京太郎は、ココロの手首を掴んで、口から離させると、微笑んだ。
「ごめん、ごめん。今はヒトミ君だったね」
俺はこの全然悪気のない態度に、ガクーッと肩を落した。
 ばれたらどうなるか…どうしてもっと真剣に考えてくれないのさぁ…一大事になるんだよ。
 【男子高校生、女子校に女装姿でまぎれる!?妹にばけて女子校に通っていたその真実とは…】
なんて明日の朝刊に載ってしまったら、たぶん…俺は一生学校に行けない。
 ううん、それどころじゃない!
 たぶん、きっと…生きてけないよ。
 今だガックリ大人しくしている俺に、京は苦笑しながら、席を勧める。
「そんな怒らないで…今日のメニューは、ヒラメのムニエル、ニンジンのソテー、焼き立てのロールパンに、オレンジムースマーマレードジャムソース掛け…」
美味しそうなメニューをあげられて、俺はほんの少しだけ笑ってしまう。
「お詫びに君には特別に、チョコレートアイス京太郎スペシャルもつけよう。…これで許してくれる?」
…………俺の情報ってどこかで流れてたりしないのかな。
 だって、チョコレートアイスは俺の弱点…もとい、大好物なんだもん。
 すんごい昔、変なおじさんにチョコレートアイス買って上げるから、一緒について追いでって誘われて、本気で迷ってたら、友達たちにむちゃくちゃ怒られた記憶がある。
 そのあと、母さんとミミに本気で怒鳴られたし…。
 わかってるさ。ついていかないけどさ…でも、アイスだけでも食べられる方法はないかな〜なんて、考えてちゃったんだよね。
「…仕方ないなぁ」
俺はアイスの誘惑にまけて、京の頭に手をやる。
 手をこぶしにして、甲の角張ったところで京の頭を小突く。
「いっぱいね」
子供らしさの残るそんなかわいらしい顔で言われて、ちょっと胸を躍らせた京太郎は、キッチンへと戻っていった。
 それを見ていたのは、西園寺雪だけじゃなかったのが不幸。
 こんなラウンジで人目もわきまえず、人気コックとおしゃべり……なんて、後で問題になるって考えないほうがおかしいのに。
 他の女の子たちは、アノ子だれ、ほら、アノ子…などと、食事そっちのけでヒトミの正体をあばくのに必死になっていた。
 ココロがそんな女の子たちの視線に気付かなかったのは……あの人がきちゃったから。
「ココロッ!」
場をわきまえない人がもう一人居た。
 ココロは英吏に、ここではヒトミなの〜っと、口パクで伝えるが、そんなの英吏は聞いたこっちゃないといわんばかりに、走ってくる。
 雪はハァとため息をつきながら、パンを一口、口に放りこんだ。
「英吏。どうしたの?」
ココロは丁度食べ掛けだった、ヒラメの刺さったフォークから口を離し、目の前に走り寄ってきた恋人に不可解な視線を向ける。
 あ、そういえば…あんなことあってからちゃんと遭うの今が初めてじゃん。
 …なんか恥ずかしいんだけど…。
 ココロがそんなことを考えながら、頬をちょっとピンクにさせると、目の前の英吏は眉毛をピクッと動かした。
 あれ?もしかして……この顔は…怒ってる?
「何怒ってるんだよっ」
怒られることは何もしてないのに、あからさまに不機嫌で何もしゃべろうとしない英吏にやきもきし、ちょっと怒り口調でココロが問いただす。
 その瞬間、キッチンから鼻歌を歌いながら、ミントの葉で可愛く装飾を施された、パティシエもビックリなチョコレートアイスを持った京太郎が出てきた。
「お待たせ。ココロ…あ、違ったね。ヒトミ姫。どうぞ」
ココロは…なんで自分が怒られたのかわかった気がして、気まずそうに京太郎に礼を言う。
「…ありがと」
「なんなんだ、このアイスは」
ピシャリと冷たい言葉が、頭上から降ってくる。
「何って、お詫びの品だよ。ね、ヒトミちゃん」
「そ、そうだよ…」
「何をしでかしたお詫びなんだ」
英吏はなおも疑っている。
「な、何って…俺の名前をここでココロって読んだからだよっ。ってか、英吏だって…ばれたら大変なことになるんだからな!本当、それだけだってば。英吏が考えてるよな変なことはないんだってば」
ココロが慌てて否定するのが、ますます怪しく見えるのだが…。
 英吏は口元に冷笑を浮かべ、ココロに言う。
「俺が考えてるようなことって?」
 俺は顔を真っ赤にする。
 だって、これって墓穴を踏んだってやつじゃん。
 俺は下をうつむいて、耳まで赤くなった顔を手で隠す。
一人称が学校内なのに、俺に戻ってるよ…。
 英吏は、学校では私、家では俺って使い分けてるんだけど、素は『俺』らしいから、怒ったりすると出てくるんだ。
「何もないもっ」
俺がなおも否定すると、やっと認めてくれたのか、英吏はため息をついて、俺と視線が合うように、少しかがむようにする。
「何もされてないね」
「当たり前だろっ。英吏は疑いすぎなんだよっ」
「でもね…」
英吏は俺の首筋に細く怪しい動きの指をなぞらせながら、だんだんと顔を近づけてくる。
 うわぁ!ここは学校の学食だってのに。
「君を抱いてから、僕の独占欲はますます強くなるんだよ…。誰にも渡したくないってね。君は僕のものだからね…覚えておくんだよ」
そういって、俺の首筋に少しだけ強くキスをする。
 耳元で、ぬちゃっと言う生々しい音がする。
「や…………英吏っ」
俺は小声で英吏を征して、顔を離させる。
 痕が残っていないか確かめてみたら、一応ついてはいないようだ。
 ほっとして、今度は英吏をにらむ。
「…英吏!ここは学食だろ…やめろよ…こんなところでっ、こんなこと!」
「なんでだい?恋人同士に場所なんて関係ないんだよ」
え、そういうものなの?
 で、でもさ…いくらここがLLC女学園でも、さすがに生徒と教師がこんな場所でイチャイチャしてたら、ヤヴァイだろ〜…。
「で、でも駄目!」
俺がなおも厳しく言うと、恥ずかしがり屋さんだねぇ…ココロは、と誰にもばれないように額に唇をつける。
「英吏っ!」
英吏は両手を差し出して、ハイハイと甘く笑う。
「じゃあ、夕方からは空けといてね」
「ん?」
「夕方には私の会議も終わるから、部屋に来ること。これは絶対だよ」
恋人に授業するように言うなよ〜と心の中で突っ込みつつ、ココロは恥ずかしいながらもコクンと頷いた。
 ココロだってもう、部屋に二人でいれば何が起こるくらいわかってる。
 だから、ポ、ポ、ポ、と頬を赤らめる。
 そんなココロが可愛くて、再び何かしそうになる英吏だったが、これ以上やると本当にココロに怒られると思い、京太郎を一瞥すると、ラウンジを出ていった。
 目の前の西園寺に全ての会話を聞かれていただけに、それからココロが雪の顔を見れなかったのは、言うまでもない。

 時間は午後四時。
 そろそろかな〜なんて考えながら、ココロはヒトミの服の中でもさほど派手じゃない、グリーンのパンツと真っ白いTシャツに着替え、時計を見ながらそわそわしていた。
 夕方になったらおいで…。
 英吏の言葉が耳を反すうし、そのたびに顔を赤らめる。
 背後にそんなココロの動揺を感じ取り、雪は教科書に向うふりをしながら、苦笑する。
「…ココロさ」
そう雪が言いかけたとたん、校内放送がかかる前の木琴音が聞こえた。
 ピンポンパンポン♪
 軽快なその音に反応し、二人は黙り込むと、意外な放送に目をまるくした。
『根元ヒトミ、根元ヒトミ。今すぐ美術準備室まで来なさい』
え、俺?
 ココロは一瞬わけがわからなかった。
 これが、保健室からや英吏ならまだわかる。
 けど、美術の加賀美とは今日授業を受けただけで、その上、最悪の受け方をしてしまった。
 けれど放送はそれだけで、二度と繰り返すことはなかった。
 俺だよねぇ。
 確かめるように、俺は西園寺を見る。
 珍しく考え事をしていたのか、少し反応が遅かった。
「………そうでしょうね」
「行ったほう良いんだよね?」
今度は早かった。
「でしょうね。呼び出したのは加賀美先生のようですし。あなたがここにいることはばれてらっしゃるようですから」
「へ?」
俺が寮に居るのがばれてる?なんで?
「…さっきの放送、先生個人がかけていたでしょう」
「うん、そうだな。確かに、加賀美…だと思う」
今日遭ったばっかりだし、声なんて放送だと微妙に変わるからあんまりわかんないけど。
「放送が先生本人がかけられるのは、寮内とホームルームクラスだけなんです」
「そうなんだ」
「ええ。ですから、先生が放送をかけるというのは、つまり本当に探してて最後の手段に出た…と考えればわかりやすいでしょうか。いつもは、放送委員会の生徒が先生から伝達を受けて、放送をかけますから」
「なるほど」
「ほら、ですから早く行ったほうがよろしいんじゃないですか?」
「あ、そうだった!」
俺は慌てて外していたかつらを頭に手馴れた手付きで装着し、真っ赤なシューズに足を投げ込み、ダッシュで寮を出た。

 「しつれーしま〜す……」
美術準備室は、美術室の隣にある。
 ちゃんと記憶してたから、なんとかたどり着けたけど…。この学校って本当複雑。
 しかもこれって外部から完全遮断されてて、俺達家族ですら中の様子わからなかったりするかな〜…親たちってよくこんな怪しげな学校に自分の娘を放りこむよな…って、俺の親も一緒か。
 遠慮がちにドアを滑らせ、俺は中に入る。
 呼び出されたはずなのに、その中は真っ暗で、思わず場所を間違えたかといったん部屋を出て札を確かめようとした瞬間、ドアが勝手にしまった。
「ええっ……んぐぅっ」
驚いて声を荒げたのに、口元が誰かにふさがれてしまって叫ぶことすらできなかった。
 離せ…離せ、離せぇ!!
 俺は必死になって俺の口元と、身体の自由を奪っているヤツに抵抗した。
 抵抗はすれど、そのたびに俺の体力だけが奪われていく感じがして…。
 息つく暇さえなく、俺は抗っていたのに、いつのまにか不審な匂いと共に身体中の力が抜けていく。
 くそぉ…。
 意識ははっきりしていた。ないのは、身体の自由だけ。
 神経の線がプチンと切れてしまった感じだ。
 俺はガタンと倒れこむ。
 どうしたんだよ…本当。指先一つ…動かせない。
 いきなりな状況にわけがわからず、唯一動く瞳だけを動かして、俺は犯人を探す。
 いきなり頭上のライトがつき、部屋中が明るくなる。
 そこはやっぱり美術準備室に間違いがないようだ。あるのは、絵の具やふで、キャンバスや彫刻の作品もろもろ。
 そして、もちろんいたのは…。
「いらっしゃい。根元ヒトミ」
「……か…がみ…」
そう。手にさっきまで俺の口に押し当てていたのであろう布をもち、あんな力どこに秘めているんだと思いたくなる細身の身体で腕を組み、俺の横に立っていたのは、美術教師の加賀美だ。
声を出したくても、声すら自由がきかないみたいだ。
「まるで人魚姫だよ、今の君」
「な…んで………こんな」
振り絞るように声を出すと、頭がガンガンと痛む。
 俺、それでなくてもクスリって駄目なのに…。
 効き過ぎる体質らしくて、医者に止められてるんだ。
「なんで?そうだねぇ…まず、君はヒトミくんじゃないから、かな」
「!?」
なんで、なんで、なんでーーーーー!
 なんでばれてるんだよ。
 ええ、俺、なんかした!?
「なんで、って顔してるのが、もう自分で暴露してるって気付いてる?」
「っ…」
そういえばそうじゃん。俺。
 うわ〜ん、ばかばかばかばかばかぁ。
「まあ、本当の事を言えば……君の絵。まったく僕への愛が篭ってない」
はい?
「君が誰かしらないけどねぇ…ヒトミくん、美術の成績トップってしってる?」
な、なに〜っ!
 お、俺美術、二以上取ったことないってのに。
 やっぱり、成績に血筋って関係ないって本当だね。
「毎時間僕をスケッチさせるんだけど、ヒトミ君はパーフェクト!いつも、僕の魅力を引き出し、そしてなお洗練された筆さばきで装飾を施してくれる、本当よい生徒なんだよ」
口がもし簡単に開くのだったら、俺の口はぽかーんと開いて、閉まらなくなっただろう。
 クスリのおかげで、その口は閉じたままだったけど。
「ってことで、君はヒトミ君じゃぁ…ない」
怪しく光る双眸に見つめられながらそう断言されて、俺は否定する事もできなくなった。
 どうしよう…どうしたら…。
「それに」
まだあるのかよっ!
 もう、いいよ。
 もういいから、ばれたなら、それでいいから。
 早く寮に帰してくれ〜!
「せっかく、僕の美貌を見る数少ないチャンスだというのに、君は授業中寝てみたり、しゃべってみたり…まったく信じられないな」
それは…俺は、だから…美術苦手なんだって…。
 謝るから許してくれないかな〜…って許してくれないよね。絶対。
「だから、お仕置きだよ」
お仕置きという言葉に、動かない体がピクンと動く。
 な、何やらされるの!?
 その恐怖から身体は収縮し、不安そうな目で加賀美を覗きこむ。
「じゃあ、脱いでもらおうか」
加賀美の言葉に、俺はますます萎縮した。
「や……あっ…」
声だけのむなしい抵抗は、密室の美術準備室にすらうまく響かない。
 ここは防音効果があるみたいだ。
 わけがわからないままに、ココロは胸元のボタンを外されていく。
 まずい!
 このままじゃ、俺が男だってばれちゃう。
 ココロはそれまで焦っていた気持ちをさらに焦らせる。
 でも、焦るのは気持ちだけで…。そのおかげで状況が変わるかといえば、全然そんな様子もなくて。
 当たり前だけど。
 どうしよう…ってか、何されるんだろ…。
 ここ三日で染み付いた警戒心が、特大のサイレンを鳴らしてる。
 まずい。
 教師ってだけで疑えばよかったんだ。
 それなのに、俺ってば…。
 軽率な自分の行動が悔やまれて仕方ない。ココロはぎゅっと唇を噛むけれど、全然痛みを感じなくて、それすら腹がたった。
「見せておくれ…僕に君の全てを…ね」
加賀美の両手が、開いた胸元へと滑り込んでくる。
 その瞬間、加賀美の顔つきが今までと全部替わった。
 今までは、この変な侵入者が誰なのかそれをつきとめたくてというか、疑い深く俺を見ていたのに、その目つきが…キラリと光って、いきなり微笑んだ。
 バレタっ!
 俺はそう確信して動かない手足をばたつかせる。その度に身体全体に力が必要となって、俺の身体は大きな負担に耐えきれず、バタリと床へ落ちる。
 加賀美の笑い声が上でする。
 ちくしょ〜っ!笑うなぁっ。
「へぇ………」
胸元を触られたままで俺はぎゅっと目を瞑る。
 だって、俺の胸には…女の子のような膨らみはない。だから、一発でばれちゃうんだってば。ちくしょう。こんなんだったら、がっちり制服着てくるんだった…。
 そうしたらまだ、女の子に見えてたかも…。
 あ、でも脱がされちゃったら一緒か…。
 って、こんな状況を飲みこめるな〜っ!俺!常識的に考えてこれはセクハラだぁ〜っ。
「じゃあ、下のほうはどうかなぁ…」
それだけを呟いて、加賀美は俺のパンツへと手を伸ばす。
 ジッパーを開ける音が、いやに耳につく。
「や……めろぉ…っ」
加賀美は開いた隙間から指を滑らせる。
 そこにはもちろん…俺の…その…部分があるから。
 加賀美はそこを爪を使って引っかくように弾く。
「っ!?」
動かないはずの身体が、後に大きく仰け反る。
「ふぅん…やっぱりねぇ…君…。へえ、そう…感じるんだぁ」
わかってるのに、言葉には出さない。
 それどころか、執拗に右手を忍ばせて、俺の下肢をいたぶる。
「っ…ふっ……」
 そんなとこ触らないでぇ!
 俺は自分を落ちつかせるために、加賀美から目をそらし、はぁはぁと熱くなる呼吸をなだめていた。
 すると、加賀美は俺の上にがっちり覆い被さるように乗っかってきて、上からソコを触ったまま、抱きしめてきた。
 お、重いってばぁ〜っ。
「面白い…」
はい?
「僕の美学に君を招待しよう」
はいはい?
「女子校に忍び込む、一輪の白百合少年…」
白百合って女の子を想像しないっけ??
 どうでもいいんだけど…わけわかんないってば。
「何………し…て」
俺がクスリとかすかに焦らすように与えられる快感に身を振り絞って聞いてみると、加賀美はにーっこり笑った。
「っ…あぅ…」
俺の身に着けていたTシャツとパンツは一瞬で剥ぎ取られ、下着も簡単に外されてしまった。もう、まったく何も身に着けていない状態…。
 俺は床にそのまま放置され、加賀美は部屋のすみにあるチェストへと歩いていく。
 やだよ…こんなの…英吏ぃ…英吏ぃ。
 でも、ここで俺が英吏の名前を呼んだりしたら…どうなるんだろ。
 きっと…きっと…駄目なんだよね。それって。
 大変なことになっちゃうから…。
 俺一人でどうにかしなきゃ…駄目なんだ。
 そんな事を考えながら、なおもどうしようもなく床に倒れこんでいると、加賀美は何やらパッションピンクの幅10センチ程で、長さは数メートルもありそうなリボンを持って俺の方へ一歩一歩近づいてきた。
 リボンなんて何に使うんだ?
 俺は本当にキョトンとして、見つめてしまった。
 そんな俺をさも面白そうに、加賀美は見て笑った。
「君、わかってるかな、今の状況。まったく…せっかく、僕のモデルになれるんだからもっと喜んでくれてもいいはずなのに…」
モデル?
「あれ?いってなかったっけ?俺、男の子のデッサンとるの好きなんだよねぇ…なんだかゾクゾクくるんだ…君、最初は全然興味なかったんだけど、男の子みたいだしねぇ、なんでここにいるのか、よくわかんないけど、まあ…ばらされたくないだろうし、だったら協力するよねぇ」
脅しともとれるその発言に、もちろん俺が抵抗できるはずもなく。
 それに、別にえっちぃ事されるんじゃないってわかってちょっとほっとした部分もあったから。
 モデルって裸でやるのかなぁ…。それはちょっと恥ずかしいんだけど。
 服着させてくれない…かなぁ…駄目か。だいたいデッサンのモデルって、裸だもんねぇ…ってか、男の子デッサンとって、ゾクゾクするってのは、どうなんだろう…。
 あ、あんまり考えないようにしたほうが…いいかな?
「?」
そんなことを考えてた俺の目の前に、加賀美がすっかり元の位置まで戻ってきていた。
 その手には、しっかりとピンクのリボンが…。
「それ……?」
「ん?これ?」
コクンを頷く俺。
 うぎゃあ。それだけで、しびれるみたいに身体が響く。
「もちろん、君をかわい〜くするためのものだよ」
「はっ?」
可愛くするためのもの…?って、もしかして…。
「さあ、大人しくしててね★」
加賀美はきゅっと両手でリボンを伸ばすと、俺に近づけてきた。
 まさか、まさか、まさかーーーーっ!
「僕の美学のため…縛らせてもらうよ」
加賀美の言葉に、俺は呆然としてしまった。
 大人しくしたくなくても、クスリのせいで騒げない。俺はその辱められる苦痛に耐えながらのその時間を、ものすごく長い…と感じていた。

「え、ココロがいない?」
夕方においで…そう誘っておいたのに、なかなか自室にこないココロに痺れをきらした英吏様は、周りの女の子が騒ぐのもいざ知らず、再び寮に訪れていた。
「ええ、ほんの少し前にでかけました」
どうやら放送は英吏には聞こえてなかったみたいね…好都合だわ。
 西園寺は心の中でニヤリと微笑む。
「そう…そうか…、ああ、ありがとう西園寺君」
「いいえ」
こちらこそ、面白い展開にお礼がいいたいくらいですもの。
 さぁて…どうして遊んでみようかしら…。
「あ、そうでした…」
「なにかっ…!?」
ココロについての情報ならなんでも欲しい今、英吏の気持ちは焦っている。
 だって、あんなに可愛い俺の恋人なんだ…。
 どこかの教師があ〜んなことやこ〜んなことを強いているかもしれない。そう考えると、目の中が熱くなるほど、嫉妬してしまう。
 まあ、英吏の妄想過多ではないんだけど…実際。
「今日美術があったんです」
「美術っ!?」
嫌な予感がする…。
 美術といえば、美術教師、加賀美幹也の担当だ。
 自分の美学にひっかからなければ、たとえどんな絶世の美少女でも相手にしないくせに、ちょっとでも目にとまれば、たとえどこの誰であろうと知らなくても、自らのアトリエに引っ張り込んで拘束するという、何様な…あいつじゃないか。
「まさか…でも…ああ…」
一人、加賀美に辱められているココロを想像してしまい、トリップしてしまう英吏を、さらに西園寺は最後の追い討ちをかける。
「―――で、さっき放送で呼び出されていたような気がするんですけど…」
「何だって!?」
妄想と現実が一本の線に繋がったらしく、英吏の目はキラリと光った。
 欲望に素直な、嫉妬の炎を燃やしに燃やしている、英吏の目は日本人離れした輝きを放ち、ライトブルーに光って見える。
 すぐさま部屋を飛び出していこうとする英吏の腕を西園寺は握り、引きとめた。
「離せっ…俺はココロのとろこに…っ」
「先生。美術室はあちらです」
そうとう頭に血が上っていたのだろう、ラウンジなど寮施設のあるほうに、英吏は走り出そうとしていたのだ。
 英吏は子供みたいに、我武者羅に西園寺から腕を引き払うと、無言で向きを変えて走っていった。
 そしてその頃…。
「も……嫌だぁ…」
半泣き状態のココロの声が、美術準備室奥、学校に備え付けられた加賀美専用アトリエに響いていた。
 さっきよりは声は全然出るようになってきてる。
 でも………身体に走るシビレはまだまだ、残っている感じだ。
「ほら、だんだん良い顔になってきたじゃないか…さすが僕」
満足そうにキャンバスに向う加賀美が、憎たらしくて憎たらしくて仕方ない。
 俺が、俺が………こんな格好になってるのにっ!
 あ、でも…こんな格好にしたのは加賀美なんだから、余裕で当たり前か。
 うぅ〜っ!それでも嫌だ!こんなの。
「お願いだからっ…モデルでもなんでもするからっ…これ解いてぇっ」
身体を捩ると、結びついたリボンがじれったいくらいの刺激で、ココロを愛撫した。
「ああぁん…ふっ…」
「いいねぇ、そう、もっと感じたままを表現するんだよっ。人間は快楽に歪んでいる時が一番良い顔なんだから」
熱で浮かされた頬、辱められて悔しさで引き締まった唇、感じて潤んだ瞳。ココロの扇情的な表情は、加賀美が今まで見つけたお気に入りの中で最高の顔だった。
 背筋からゾクゾクくるような刺激を感じ、必死に右手をキャンバスの上で動かす。
「感じてなん…か…ない…っ」
そんな明らかな顔で言われても…と、加賀美の笑い声がする。
 こんな格好にさせられて、感じてなんかないっ!
 感じるはずがないっ!
 ココロは何度も自分に言い聞かせた…。これはただ、身体が可笑しくなっちゃってるせいなんだっ。
 だって、だって…こんな格好にさせられて悦んでたら、まるで変態みたいじゃないかぁ。
 ココロが心の中で無謀な抵抗を続けたくなるのは、その格好の所為。
 自分では動かせない両腕をグイッと後に持っていかされ、そのまま腕全体に巻きつけられるように縛られた。
 もちろん、あのパッションピンクのリボンで。
 そして、生まれたままの身体に、足先から腹部を伝い、胸に何度もまきつけ、首でくくり、頭の上に大きなリボンをつくるっている。
 つまり、今現在ココロはまるでどこかのデパートでプレゼント用にラッピングされた商品のような姿になっているのだ。
「嫌…お願いっ…せめて…ここぉ…」
「何を言うんだ、可愛いだろう」
ここ…と言うのは、ココロの下半身の男の子の部分のことで。
 加賀美はなんとも大胆。ココロ自身にココロサイズ用の幅2センチ程度のおそろいの色のリボンを見つけだし、ココロのソコにまきつけたのだ。
 いや、縛ったというほうが正しいかもしれない。
 なんていったって、ココロがどんなに感じても達けないように根元の部分は少々きつめに結び、締めつけているのだ。
 加賀美による言葉攻めと、リボンの身体を掠るような感覚のせいで、完全に勃ちあがってしまっているそこは、最後に達するための刺激が与えられず、その上縛られているため堰きとめられてしまっていて、それは快楽を越えて、苦痛でしかなかった。
「ふっ…うっ…ぁあ」
焦れて身を動かすたび、その結ばれた部分をリボンが甘く撫でる。
「ああ、いいよ…そそるねぇ…その顔」
「も…お願いっ…ぅ」
やだ…頭がくらくらする…も…誰でも良いから…どうにかしてぇ!
 一瞬、朦朧としかけた頭がそう叫んだが、ココロは自らの唇の端をガチッと噛んだ。
「な、君は何を…せっかくの身体に…」
唇から血が滴るのを見て、さすがに慌てたのだろう、加賀美がそこらへんにあったタオルをもって、ココロの傍らへ寄り、口を綺麗に拭いてやった。
 誰でも良いなんて…そんなのいいわけないっ。
 こんなこと他の誰にもしてほしくなんかないっ。俺がドキドキするのは、俺が欲しいのは英吏だけなんだからっ!
「モデルが勝手に自分を傷つけるなんて…君、問題外だよ」
 ココロは唇の血をふき取り、リップまで縫ってくれた加賀美を懇親の力をこめて睨みつける。
 これで少しは怖がってくれればいいんだけど…。
 そして、解いてくれたら一番嬉しいんだけど…。
 けど、ココロの睨みは天下一品な美麗を誇っていた。
「ま、待ってくれ!そのまま、そのまま…ああ、いいよ、君そういう顔も断然綺麗だ。よし、その顔を描こう…さあ、よく見せて…」
ガクーーーーーーッ!
 俺は肩を落した。
 いや、実際は身体の自由はないから、気分だけなんだけど。
 でも確かに、ガツンって何か音はした感じがしたよ。
 はうぅ…も…嫌。
 俺が加賀美に縛られてから、どれくらいたってるのかな…もう一時間くらいたってるような気がするんだけど…。英吏、心配してるかな。してる…よね。だって、夕方になったらいくはずだったのに。助けに来てよ…英吏ぃ。俺、俺…英吏に助けて欲しいんだってばぁ。他の誰でもなくて…英吏がいいのに…。
「さあ、少年よ。見るかい?僕の手にかかれば、君も幼虫が蝶になるかごとく、すばらしい作品になることがよくわかっただろう」
まだデッサン途中のキャンバスを俺にくるりと向けてきた。
 うわぁぁ!見たくないっ。
 自分のえっちぃ絵なんて、誰が見たいなんて言ったよ〜っ。
 俺は目をぎゅっと閉じて、頑なにその目を開けようとはしなかった。
「何をしているんだい。ほら、よく見なさい。すばらしいだろう。君の感じている顔がこんなに鮮明に、そして色香を増して…はぁ…これこそ芸術だろう」
「嫌ですっ!みませんっ」
「どうしてだい。ほら、ここの君の目なんて、欲情している君の様子が上手く出ているだろう…色を使うのだったら、ダークブルーにちょっとピンクを沿えて…」
「知るかっ!終わったなら解けよぉ〜」
加賀美のデッサンが終わったことで、俺は少し安心していた。
 だって、終わったんなら、解放されると思ったんだ。
「なんだ、君その格好で学校の中に放置されたかったのか」
は、はいっ!?
 うわぁっ、確かに…俺。今こんな格好で解放されても困るかも。
 身体動かないし、声あんまりでないし、そして何より…裸で縛られてるし…。
 あんなところも…。勃ってるし。
 うわぁぁぁぁ。
 考えただけで悲惨!
 新聞の見出し変更【女子校で変態プレイに喘ぐ少年発見!】になっちゃう〜…マジで。
「や、やだっ…やだやだ」
涙目になりながら、本気で抵抗すると、加賀美はニヤリと微笑んだ。
「嫌なら後、二、三枚はデッサンに付き合ってもらおうかなぁ…」
そんな、あとどれくらい俺こんな格好でいればいいのさぁ!
 コチラとしては、もう一分だって、こんな格好はゴメンなのにっ。
 嫌そうな顔で加賀美を覗きこむと、加賀美は少々ムッとした。
 だって、自分は世界でも名の知れた有名な画家なのだ。
 海外でもミキヤ カガミと言えば、絵画業界では知らない人はいないと言われるほどの知名度なのだ。もちろん、モデルなんて誘わなくても、男も女も自ら脱いでやってくる。
 そんなんだから、選り取りみどり選びなれている加賀美は、自分の美学に反する人はかかないときめたのだ。
 そんな自分が、そんな自分がせっかく描いてあげると言っているのに、この少年はなんとびっくり涙を流しながら、それを拒否している。
 うーん、そんなに嬉しいのかな。
 と、最初、苦し紛れに思ってみたものの…やはり、違う。
 この子は本気で嫌がっている。
 なんとももったないと言うか、価値をしらない子だなぁ…。
 キャンバスの中の色めく少年を見つめながら、加賀美はため息をついた。
「今日はここまで」
へ?
「終わり…?」
本当に、本当に??
「仕方ないね。僕は君の嫌がる顔はもう見飽きたし、まあ、新鮮だったけど」
ブアッと涙が溢れてくる。
 よ、よ、よかった〜…。ってか…。
「あの…は、早く…腕と…ソコ外して…くださ…い」
頼むのも恥ずかしいけど、頼まないと外れないんだもん。
 しくしく…。
「…………外してあげるかわりに、あと五回はモデルやること」
加賀美は手のひらを前回にさせて、俺の前に突き出す。
「え、え、えええ〜っ」
五回も俺こんなのしなきゃいけないのっ!?
 やだやだやだ…。
 けど、でも…。
「じゃあ、そのまんまの格好であと二枚」
うわぁぁ。それこそ嫌だ。
 俺は床に縛られた形で横たわりながら、一瞬で答えを出した。
「わ、わかった…から。五回モデルやるからぁ!」
限界なんだってばぁ。
 もういっそいでトイレに掛けこみたい気分。
 早く、俺をいろんものから解放してようっ!
「違うなぁ…ぜひ、加賀美先生のモデルをやらせてくださいお願いします。でしょう?」
「ひぃ…っ」
加賀美はそう言いながら、俺のリボンをきゅっと上を引っ張った。
 上を引っ張ると、自然、下だって引きつる。きゅっと下半身を締めつけられて、声にならない悲鳴をあげる。
「っ…ひゃぅ…んっ…っ………お、お願いします…」
「何を?」
も〜〜〜〜〜〜っ。本当、なんなんだよ、ここの教師たちはぁ!
 教育委員会ってものに、入ってないのかっ?
 これって、セイトギャクタイなんだぞ〜…と心の中で叫んでみたり。
 本当になんて言える分けない!言ったら、言ったらきっと…。
 ココロは身体の中心から震え上がるような寒さを感じ取った。
「モデル……加賀美先生のモデルがやりたいですっ…ぁっん……だから」
「だ・か・ら?」
加賀美の指に、顎を救掬われ上を向かされる。
「モデルやらせてくださいっ………お願いしますぅっ」
「は〜い。了解しましたぁ」
加賀美はそう言うなり、俺にいきなりキスをしてきた。
「んごっ…ふぅっ、んんんっ!」
加賀美は口の中に何か含んでいたみたいで、口をつけられたとたん、俺の口の中は、少し苦味がある味のする水でいっぱいになった。
 思わずむせ返りそうになって、全て出そうになったのを、加賀美の唇の拘束で抑えられ、無理矢理飲まされる。
 ゴクン…。
 はぁはぁ…死ぬかと思った…。
 俺はゲホゲホと咳をしながら、上体を起こして加賀美に噛みつく発言をした。
「加賀美っ!」
「身体、動くようになったでしょう」
身体?
 あれ、そういえば…。
 加賀美は俺の腕のリボンを名残惜しそうに外しながら、しゃべる。
 もしかして、さっきのクスリだったのかな?シビレをとるクスリ。
「あ、ありがと…」
こんな状態で俺が言うのは、本当なんなんだよ…って感じだけど。
 でもさ、一応。
 加賀美は俺の反応に驚いたようだったけど、すぐさま何か考え始めたみたいだった。
「…………次はいつにする?」
「………」
俺に自分の真新しいワイシャツをかけながら、そんな恐ろしいことを聞いてきた加賀美に、苦笑するしかない。
 次回…って本当にやるの?本当にぃ?
 胸元を隠すように結ばれていた、ややこしい結びのリボンを解くことに集中している振りをして、俺は加賀美のその疑問から逃れた。
 加賀美のワイシャツしか、着る物が見当たらなかったので、とりあえず胸のリボンを外し終えると、俺はいっそいでそれを羽織った。
 細身に見えるけれど、やっぱり俺なんかよりずいぶん大きいみたいで、ワイシャツがなんだかワンピースみたいになってる…。
 長くなった袖をまくりながら、俺はボタンを一つ一つ下から閉じていた。
 そして、一番上を閉じた時。
 バンバンバンバンバンバン…!
 ものすごい強さで、ドアを叩く音がいきなり響いた。
 加賀美はこういうった、急な自体が嫌いみたいで、少しムゥ〜としてドアの鍵を外しにかかった。
「根元君がここにいないかっ!加賀美っ、加賀美っ」
鍵が外れる前に、その向こうから聞こえてきたのは愛する英吏の声。
 ココロはそれだけで胸が踊った。
 英吏が…来てくれた。
「ココロッ!」
ドアが開いて入ってきたのは、もちろん英吏様。
 ココロは嬉しくてまだよろめく足でかけより抱きついた。
「英吏っ…」
「ココロ?」
こんな展開を予想していなかっただけに、英吏は目を真ん丸くして、可愛く抱きついてくるココロを抱き上げた。
 そして、そこで初めてココロの格好に気付く。どうみても、男のモノのワイシャツ一枚しか身に着けていない。
 可愛い…って言うのは、さておき。
「ココロ、加賀美に何かされたのかっ?」
え、あ…。どうしよう、どうしたらいいんだろう。俺、別に…怒って欲しくて、英吏にここに来て欲しいって思ったわけじゃないんだけど。それに…問題になっても、それはそれで嫌なんだよねぇ…。
 とりあえず特に被害はなかったし。
「何も、だよ」
そのココロの回答に、二人とも口をポカンと開ける。
 英吏以上に呆然としたのは、もちろん加賀美だ。
 だって、イロイロしたのは事実なんだから。
 なんで英吏が迎えにきたのか、そのへんの事情はさっぱりだけど。
 でも、裸にして苛めちゃったのは確かだから、非難の声がかかるとおもったのに。
 なんで…。
「何もって…ココロ………」
「ね、本当なんでもないから、戻ろ、ね」
「う、うん…」
身体の限界のココロは早くここから解放されて部屋に戻りたかっただけなんだけど。けど、英吏様には不服のご様子で。
「わかった…戻ろう」
上目遣いでなんどとなく頼んでやっとこさ、何もせずに帰る決断をさせた。
「加賀美」
ココロを抱きかかえたままで振りかえりもせず、英吏は加賀美に冷たい言葉をふりかける。
「……今度この子に用事があるときは、俺に言え」
「………」
ピシャリ。
 ドアがちょっとだけ不機嫌に閉まった。

続く。
−8− | −10− | 教師。
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