−10− | −12− | 教師。

● やまとなでしこ☆ダイナマイト --- −11− ●

「何……これ」
俺が驚いたのは、目がさめた場所が俺の部屋だったからじゃない。…というか、もうそんなことには慣れっこになってる自分がどうかと思うけど。
「ココロに僕からプレゼントだよ」
昨夜は英吏と一緒にベッドに入って、その後は……ご、ご想像にお任せしますけど。
 と、とにかく俺は何も身につけてなかったんだ。それなのに、今日目が覚めたら俺は服を着てた。
 しかも、LLC女学園の制服のあの黒いワンピースではない。英吏の趣味で集めた女の子が好きそうな服でもない。俺が身につけてたのは、今、高校生や大学生の男の子の間でブームのSINと言うブランドの半そでのジャケット。クリーム色の素材柔らかくて、女の子の印象をうけるがココロの魅力を引き出していた。そして、下は水色のカーゴパンツで、薄手の生地ながら光沢を持っているので、涼しげでそして高級感にあふれていて、少しやせ気味のココロの身体をさらに引きたてていた。
「でも、なんでプレゼントなんかくれたのさ」
 冬生まれのココロにとって、今日は誕生日でもない、クリスマスでもなんでもない特別じゃない日。
 と言うか、不思議の国のアリスに出てくる三月兎や帽子屋以外にとっては、だいたいの人が今日は普通の日で、祝うべき日じゃないと言うだろう。
 しかし、英吏にとって今日は特別なのだ。
「今日は土曜日だよ。学校がお休みだ」
「あ……そっか」
ここに来てから曜日の感覚がなくなってた。そのくらい、ここでの出来事はインパクトが強すぎ、しかも怒涛の嵐のように降り注いだ。
 そういえば、今日の英吏は普段よりもラフな格好をしてる。
 プリント入りのTシャツに、ビンテージ物って見ててわかるような渋いジーンズをはいてる。黒い帽子をかぶり、サングラスをしてるけれど、英吏の格好よさはばっちりわかった。
「デートをしよう」
「で、でぇと?」
その単語に俺はちょっと驚いた。
 だって、ほら、んと……俺たち男同士じゃない。デートってするものなのかなぁ。して、いいのかな。俺は……………いいんだけど…嬉しいし。
「英吏、人に見られて嫌じゃないの?ほら…その俺…男だし…変でしょ。やっぱり」
頬を赤らめているココロは、いつもよりは男な格好をしてるのに、可愛らしさ百二十%で。英吏は我慢できず抱きしめてしまった。
「ああ、なんて可愛いんだろう」
「英吏〜っ!俺、真面目に聞いてるんだけどっ」
もう。なんですぐ抱きしめるんだよぉ〜…………嫌、じゃぁないけど。
「ココロは俺と一緒に歩いてて、誰かに見られたら嫌?」
嫌って言うか…関係を話すのに困りはするかもしれないけど。
 首を思いきり横に振ると、再び抱きしめられる。
「俺もさ」
英吏も一緒の気持ちなんだって思ったら、すっごくほっとした。
 でも、問題はそれだけじゃ…。
「でもさ、この学校からこの格好じゃ俺、出られないよ…」
大丈夫だと思うんだけどな〜…と英吏はそのココロを上から下まで見下ろした。
 自分がコーディネートしたのだが、ココロにあまりにぴったりで惚れ惚れとしてしまう。
「大丈夫だよ。何があっても護って上げるから」
そこまで言われては、デートに行かないわけにもいかない。英吏はココロの手を取ると、嬉しそうに自室を後にした。
 幸いにも、その時間はみんな出かけた後だったのか、生徒とすれ違うことはなかった。
 本当に、運良く…だったのかは…英吏のみぞ知るってところ。
 だって、生徒数2000名を越えるLLC女学園の生徒誰一人とすれ違わなかったのだ。少し考えればおかしいと思うんだけど。
 英吏が生徒全員に、中心街から逆の位置にある水族館の無料チケットをみんなに配ったことは、今日の幸せなデートのための策略としか言いようがない。
「あ、俺…」
ココロを乗せて走る車は、浮き足たつように走っている。
 そんな幸せルンルンな英吏の助手席で、ココロが何か気づいたように声を出した。
「デートって…初めてだ」
「そうなの?女の子と今までデートとかしたことなかったんだ」
英吏がからかう様にいう。
 くそ〜…しってるくせに。なんてったって俺は女性嫌悪症。よく女子校で一週間も過ごせたな〜と感心してるくらい、極度に女の子が苦手なんだ。
 だから、女の子とデートなんて、たぶん会った瞬間に逃げ出すなど、悪い結果しか見えてこない。
 それに、今までデートしたいな、なんて思ったこともなかったし。
「じゃあ、ココロの初デート…成功させなきゃね」
サングラスを少し上にずらし、素の瞳で英吏は見つめ返した。
 天気は良好。風は穏やか。車は渋滞とは程遠い。なんだか幸せな雰囲気が街を包んでいる。
 今日は良いことがありそうだ。
 ココロは窓から入る風を全身に受け、英吏が連れていってくれる場所を聞くことはせず、全てを英吏にまかせていた。
 けどココロの初デートで、そんな爽やかな気持ちが続くはずもなく…。
「…あ、あのぉ…」
英吏に連れてこられた、最近出来たデートスポット。『キュア』と言うショッピング、ボーリング、遊園地施設などが一挙に楽しめるアミューズメントパークの映画館で、ココロは肩を張っていた。
 それもそのはず。
「いやぁ、今日は映画日和だからねぇ」
「お弁当も作ってきたからね。もちろんデザートはココロで」
「芸術鑑賞は日々必要だからね。まあ、僕の美しさには衰えるけど…」
ココロと英吏が座る、真中のスーパーシートの前、左右にはおなじみのメンツがズラリ大集合してたのだ。
「宮…京、それに加賀美先生まで…な、なんでいるんですか…」
右となりに座る英吏があまりにぎゅっと肩を抱き、威嚇するように三人を睨んでるもんだから、ココロは萎縮するばかりだ。
「たまたま映画が見たいな〜…ってみんなで話していてね」
宮はニコッとココロに微笑む。
 英吏はそのニコニコビームすらさえぎるように、ココロの目を自らの大きな手で塞いでしまう。
 心の中で、大きな舌打をしたのは、紛れもない英吏様だ。
 今日は、ココロと出会って初の休日。本当は一日中ベッドの上で抱き合って、キスしあって、繋がっていたい気持ちもあったのだけれど、外に出て、デートがしたかったのだ。二人きりで、のんびりラブラブなデート。そのため、英吏様は暇を見つけては雑誌を開き、入念なチェックをしていた。
 女・男に関して百戦錬磨な英吏だから、デートにこんなに頭を使うことなんていままでなかった。ほっといても、勝手にデートを申し込まれたし、場所も勝手に決められて、最後にキスの一つもしてあげれば、相手は天にまで上ったような表情で帰っていった。
 でも、今回は違う!
 ココロとデートしたいのは、俺。
 ココロに側に居て欲しいのは、俺。
 そう思うと、二人の初デートは失敗なんてできない!
 ココロの趣味は読書だから、なんて考慮してどうにかこうにかデート予定をコツコツ建ててたのだ。
 可愛い顔してても、ココロも男の子だ。休日くらい男らしい服装で歩きたいだろうと思って、ココロの写真片手にショップを回り、似合う服を探したりもした。
 なのに…。
 だけど、それが裏目に出たみたいだった。
 英吏の見ていた雑誌、行動全て宮や他教師陣に目撃されていたらしい。
 そのため、二人のデートを幸せになんてしてやるか、と三人は映画館に先に乗り込んでいたのだ。
「はぁ………」
英吏は自分の過去の行動を悔やみ、肩を落とす。
 せっかく、せっかく、せっかく、ココロとのラブラブうきうきな休日がっ!
 ココロは、四方をがっちり固められ、ひきつる顔を抑えきれない。
 宮も、京も、加賀美だって好きだけど…。
 あの、本当に好きなんだけど…。
 なんで、ここに、しかもこんな側にいるの〜?
 真っ白なココロをあらわしたようなジャケットを思わず握り締めてしまう。
 嫌、とかではなく。
 デートっていうのが初だったココロにとって、結構ドキドキなのだ。
 だから、あんまり他の人に見られたくなかったんだけど…。
 っていうか、これだと・………。
 邪魔…されてる?もしかして。
「ココロ、場所…替えようか。こいつら…このまま俺たちの初デートを邪魔する気だ」
英吏が斜め上を見ながら、うんざりしたように言う。
 そりゃ、そうだ。ここ数日の予定がおじゃんにされたのだ。うんざりもする。
 ココロは、そんな英吏の苦労は知らないけど、なんとなく側にいる宮たちも無碍にはできなかった。
 そりゃ、教師だし…………それに、みんな、どうのこうの言いつつ、英吏の友達なんだし。俺がいるせいで仲悪くなったっていうのは嫌だよ。
 俺が笑って、いいよって言うと、ますます英吏はおかしな顔をした。
「どうして…?」
どうしてって。英吏は考えないのかな。それとも、俺がいるくらいじゃ壊れないモノなのかなぁ。英吏と宮たちの関係は。
 それもなんか妬いちゃうけど。
「俺、コ、コーラ買ってくる!みんなの分も。まってて」
「ココロ!」
この空気に耐えきれないのは俺だけ…と悟った俺は、英吏が肩に回していた手を避けるように一旦しゃがみ、そして、三方をキラキラ集団で固められた映画館を後にした。 
 英吏が追いかけようとしてたけど、俺はすぐ来るからと怒鳴り、それを止めさせた。
 だって、英吏が来たらきっと宮たちもくるだろうから。
 あんな目立つみんながきたら、ここも、外も同じじゃない。
 はぁ。どうなるんだろ…。このデート。
 初・・・・・・・・・・・・・・・…デートなのに。
 ポッと急に頬が赤くなる。
 うきゃぁ。恥ずかしい…恥ずかしい。
 コ、コーラ買わなきゃ…コーラ。
 俺は小走りで自動販売機に向ったけど、あまりに人がいっぱいいて、そこで買うのは気が咎められた。
 ちょっと遠いけど、向こうに売店があった気がする…。
 初めて来た映画館でトイレの場所一つわからない。けれど、ココロはそんなことに臆するタイプじゃなかった。
 何事も挑戦。
 ココロは映画の半券を差し出して、一旦映画ホールを出た。
 映画ホールを出ると、次の映画を待つ人やチケットを買う人、コーラやポップコーンを買う人でごった返していた。
 さすが、最近オープンしたばかりのデートスポット。ココロはきょろきょろ辺りを見回して、恋人同士が多いのにもドキドキしてた。
 俺と英吏って…どうみられてるのかな。
 歳の離れた兄弟…?うーん似てない。
 叔父さんと甥?…………微妙。
 やっぱり、やっぱり、恋人なのかな。
 それって世間的にはダメなんだろうけど、ダメなんだろうけど…なんか嬉しいかも。
「ご注文をどうぞ」
 いつのまに自分の番になっていたのか、全く気付いていなくて、ココロは一瞬驚いたようにお姉さんを見てしまった。お姉さんは目の前のロボットみたいに同じ服を着て、同じ髪型をし、同じセリフを言っている。
「えーと、あ、あの…コーラ」
友達と映画館に行って、売店に行こうとしてもなぜか止められ、俺が買ってくるからと言われるココロは、こんな経験すらあまりなかったので、ちょっと口篭った。
「S、M、Lございますけど、どちらになさいましょうか」
「えーと…」
どれにするかなんて決めてなかったよう。うーん、うーん。
「コーラなら英吏はM、宮と幹也はS、京太郎はコーラよりウーロン派だよ。サイズはM」
「え」
いきなり後から大人な渋い声で言われ、俺は咄嗟に振り返る。
 そこにいたのは、休日のデートスポットなのに真っ黒なネクタイを締めて、黒いスーツで。中のワイシャツが空色じゃなかったら絶対葬式帰りと間違われそうなファッションの、男だった。
 そして、髪は…誰もが目を引くような金髪。
 場所的にも、服装的にも不釣合いな男が俺に話しかけてる。
 年齢は英吏たちよりちょっと上くらいかな。
 でも、全然読めない感じ。
 俺は見た事ないけど……『英吏』って呼んだくらいだから、英吏たちの知りあいなんだとうけど…。
 もしかしてガッコの先生かなぁ。あの学校、まだまだ先生いっぱいいるみたいだし。
「ご注文は以上ですか?」
お姉さんに言われて、俺はハッとする。
「あ、えーとそれとコーラのMもう一つで」
「少々お待ち下さい」
そう行って背中を向けたから、俺は慌ててもう一度振り返る。
 スーツ男はまだそこにいて、神様みたいな笑みを浮かべてニコニコしてる。
「あの…どちら様ですか」
失礼とは思いながらも、わかんないものは仕方ない。
 俺は丁寧な言葉を選んで、聞いてみた。
「ああ、まあいいんじゃない。いい男には謎がつき物だろう」
「は、はあ…」
なんだこの人…。
 ってか、絶対教師だ。
 ココロの中で、疑惑が確信に変る。
 だって、こんな変なこというの、LLCの教師以外ありえない!って。
「お待たせ致しました〜!」
「あ、ハイ」
「じゃあ、また今度」
スーツ男の立ち去る声がする。
「・……あ、あのっ…!」
ジュースを受け取ろうとしていた俺は、振りかえることもできず声だけで慌ててみるけど、お金を払ってやっと振りかえった頃にはもういなくて。
 なんなんだろう…まったく。
 ジュースはさすが五本ともなると結構な重さで、わざわざ袋に入れてもらったのに、俺はよたよたっと転げてしまいそうになった。
 けれど、その肩を誰かにつかまれ、支えられる。
 もしかして…。
「スーツ…」
スーツ男さん?そう言おうとして、頭だけで振りかえった俺は、唖然とする。
 そこにいたのは、数人の若い男。
 みんな高校生くらいで、髪を赤く染めている。
 自慢じゃないけど、俺にはこんなガラの悪い友達はいないよ。
 じゃあ、だれ…?
 ただ、助けてくれるような人には…見えないんだけど。
「あ、あの助けてくれてありがとうございました、じゃ…」
とりあえずお礼の言葉を捲くし立ててさっさと英吏たちのもとへ戻ろうとしたのに、今度は四方を俺は囲まれる。
 男たちは全員で五人。前に二人。左右に二人。後ろに一人…。
 まるで、俺の逃げ場所を塞いでるみたいに、立ちふさがった。
「あの…?」
「おい、マジで男だぜこいつ」
「ぜってぇ、女だと思ったのにな」
嘲笑うような声で、前にいる二人がからかう。
 むっ!俺は男だぞっ。ふざけるなぁ!
「なんなんだよ。失礼だぞ、お前ら」
「気も強いときたよ、最高だね」
「楽しめそうだな」
四方からよくわからない言葉を聞かされる。
 何言ってるんだ、コイツら。
 だって、知り合いでもなんでもないのに…。俺、早く映画館に戻りたいんだけど…。だって、ほら、映画始まっちゃう。
「遊んでなさそうだけど……もしかして知ってるんじゃない男の味」
「どうだろ、処女っぽいぜ」
話されてる言葉がだんだん卑猥な意味を含んでくる。
 これって…まさか。
 ナンパ…?
 でも、それって男の人は女の人に声かけるよね、普通。
 あ〜…もう、わっかんないなぁ。
「あの、誰かと俺、見間違えてない?俺、知りあいじゃないよ、お前らの」
言うと、大爆笑が響き渡る。
 そでも混雑してる映画館ホールでは誰も、ココロが男たちに絡まれているなんて気付かない。そして、気付いていても、無視している人もいた。
「なぁ、これから俺たちと天国にいかない?」
「は?」
天国?
 はい?
 なんの話しですか。
「俺、死にたくないです」
「ハハハ、殺しゃあしねぇさ…ただ、こっちの…天国だ」
そういって、後にいた男にいきなりココロは自身を握られる。
「っ…なっ…離せっ…離せ」
 身体がビクンって震えて、いまさら危機感って感情が出てくる。
慌てて逃げ出そうとした時には、お腹の辺りで抱えられ、足が宙に浮いていた。
 ヤヴァイんじゃない…これ。
 そう思ったときってもうだいたいダメなんだよね。
「誰かっ!英……っ」
 変なニオイがしてきて、俺はカクンと首をうなだれた。
 そのまま視界は暗くなり。男たちの笑うような声が耳に嫌に聞こえてくる。
 英吏…英吏…嫌だ、嫌だよ助けて!
 口はかろうじて動くのに声はでない。
 意識が朦朧とする。
 あ、もうだめ…。
 堕ちていく自分の意識を自覚しながら、俺は真っ黒な世界へと入りこんだ。

「お〜ま〜え〜らなっ!せっかくのデートになんでくるんだ。これは、俺とココロの大切な初デートなんだぞっ」
ココロのいなくなった映画館で、英吏は残った男たち3人に向けて怒りをあらわにしていた。
「ったく…邪魔をしたところで、ココロは誰にも渡さないし、ココロだって俺以外を好きになるわけがないだろ」
英吏はいつもそうだが、自信満々なご様子。
 それを黙って聞いていた宮はヤレヤレと思う。
 確かにこれまで二十一年間生きてきて、英吏に敵うことなんて何一つなかったけど、こうもはっきり言われると悔しいというもの。
 でも、ココロが英吏にメロメロなのは、承知の事実で。そして、それ以上に英吏がココロにメロメロなのだ。
「映画を見終わったらさっさと帰るんだ。いいな」
「嫌」
三人同時にそういった。
 普段、特段仲がいいといわれるほど仲がいいわけではない三人だが今回は目的が一緒。利害の一致というやつだ。
 そのため、これにだけにつき息があっているらしい…。
「おーまーえーらっ」
ピクピクとこめかみが震える。
 英吏は腹立たしい気持ちを抑えきれず怒鳴りこもうとした瞬間、京がなにげな一言を漏らす。
「ココロくん…遅くない?」
ハッとして英吏が時計を見ると、ココロがでてって二十分近くたっている。
 どんなに混んでいたってこんなに長い時間かからないだろう。
 英吏の心臓が鼓動を増す。
 ガタンとたちあがり、ただちにココロの出てった方へと走り出て行く。
「王子様だけにいいかっこさせられません…ってね」
宮たちもすぐさま後を追うように、出ていった。
 すでに映画開始1分たらずなのに、かっこいい男たちが急に開場を後にし始めたもんだから、側に陣取っていた、お姉さん方やお母様方、はては彼氏と来ていたのに関わらずほっぽといてこっち側に席をとった娘さんたちは、ああっ!と憎憎しげな声をあげていた。
 だが、そんなこと知ったことじゃない。
 英吏の中には今、ココロしかいなくて。
 そして、胸騒ぎがした。
 ココロ…ココロ…。
 自動販売機のコーナーは閑散としていて、おじさんが一人コーヒーを買っているだけだ。既にどこの映画ブースも映画が始まったらしい。7つの巨大な映画ブースを抱えるこの映画館は、今は怖いくらいに静まっている。
「英吏、ココロは!?」
途中にあったトレイを見て来たのか、遅れてきた宮は英吏に詰め寄るくらい近くで問う。
「いない………」
今までは例えいなくなっても学園内に必ずいるからっていう安心感がどこかにあったんだ。
 まして、学校にいるのは信頼してる…まではいかなくても同業者でまがりになりも教師。限度ってものを知ってるだろう。
 けれど…外の世界は?
 英吏の逆毛がゾワッとたちあがる。
 あんな可愛い、可愛いココロは、格好のエジキじゃないか!
「俺、警察に電話する…いや、父の会社に頼んで警備会社をこのあたり周辺に散らせて…」
あまりに大きな考えに、宮は目の前の筋金入りのぼっちゃんを思わず叩いた。
「馬鹿言うな。まだそこらにいるかもしれないんだぞ」
「いや、生ぬるいな…どうせなら自衛隊を派遣して…いや、NASAに頼んで宇宙から!」
「英吏っ」
宮は英吏の胸ぐらを掴み、壁に押しやる。
 ガツンと言う鈍い音がして、英吏の頭に鈍痛が起こる。
「っ…何する」
「馬鹿かお前。二十一年間お前の側にいて、今一番馬鹿だと思ったよ」
「…………当たり前だ。普段の俺とお前を比べて、俺が劣るわけないだろ………」
フゥと憎まれ愚痴を叩きながらも、しゃべってる内容はとりあえず理に適っている。
 英吏様、な英吏だ。
 英吏は顔を背け、服装の乱れを直すために、宮を襟から放させると恥ずかしそうに髪を掻き揚げるふりをして、顔を隠す。
 真っ赤になってしまった顔は、英吏の大きな手ですっぽり隠れたが、声の震えは隠せない。
「ココロのことになると余裕がなくなるんだ」
 初恋したての少女のように、その恋の仕方がわからない。
 英吏の今の戸惑いは、それに似てると宮は思った。
「とりあえず、半券渡して外に出てないか聞いてみよう」
宮が言うと、普段の王子様な英吏にしては珍しく、素直にああと呟いた。
 人間変れば変るモノだ。
 宮がそうポツンと思っていると、後から思いきり駄目押しされる。
「英吏さん、もう行きましたよ」
京太郎の声に驚いて意識を現実に戻してみれば、英吏は数十メートル先の、チケット切り場に。
 スーパーマンか、アイツ…。
「置いてくぞ、お前ら」
そんなセリフすら吐いている。
 …………アイディア出したの、俺なんですけど。ムカムカ。
 まったく、たいした『英吏様』だよ。アイツは。
「―――で、なんだって?」
「出てったそうだ」
そう答えた英吏は少しだけ不機嫌だ。
「よく覚えててくれましたね、その係員の人も」
「可愛かったから覚えてたらしい」
「なるほど」
男三人納得の声をあげると、英吏はフンと同意しなかった。
 なるほど、怒ってるのはそのことか。
 ココロを誉められて嬉しい反面、狙われるおそれもある…。
 彼氏がもてすぎるのも嫌だけど、もてないのも嫌っていう、あの考えだね。
「ココロの可愛さは、俺一人がわかっていれば十分なんだ」
「ハイハイ、で、どっちにいったって?」
「売店でしょう…………」
京太郎は何かを見つけたのか、言葉を突然切った。
「なんだ?」
スタスタと自分の真横をとおり、売店ブースの前のあたりで京太郎は小さな小さなサイフを拾った。
 素材はエナメル質で、黒い光沢がある小銭入れで。
「………Kokoro Nemoto……ココロくんのだ」
「!?」
サイフなんて大切なモノすら、落としてしまっている…。
「その心は?」
冷たい表情で冗談味のあることをいったのは、加賀美。
 別に状況が読めていないわけじゃあなくて、まりに英吏の顔が蒼白してしまったから。つい、驚いて。
「誘拐……?」
口にして言葉にしてみると、それがどんなに恐ろしいことか、想像してしまう。
「ああ、きっと可愛い俺のココロは、変なやつに捕られられて、あられもない姿にされてるに違いない!」
「教えて上げるとか言って触ったり…?」
「クリームを後の穴に入れて、舐めてみたり…?」
「ジュニアを紐で結んで達かせないようにしつつ、羞恥にまみれさせたり…?」
「無理矢理抱いたり…」
自分たちのした事実も、十分危ないことに気付き、一瞬四人はドーンとお寺の鐘を突く棒で殴られたような気分に陥る。
「そ、それよりも!だ」
「ああ、ココロくんを探さなきゃ」
四人は変な冷や汗をぬぐいつつ、駐車場に走り出た。
 ココロが襲われるのには、ココロのフェロモンのせいもあるのだ!
 あんな可愛い顔して、打算も計算もしらず、天然で攻めてくるんだから、食べてくださいってとってもいいもんだろう。
 そんな考えじゃ、誘拐変態犯人と大差ないじゃないか!
 〜〜〜〜〜っ!!!!
 英吏はものすごい速さでエンジンをかけると、みんなより一足さきにアミューズメントパーク『キュア』を後にした。
 宮たちは、もしかしたらショッピングブースや、ボウリングの方にまぎれてるかもしれないなんて言ってたけど、もし俺が誘拐犯人ならそんな甘いことはんしない。
 すぐさまホテルに連れこんで、誰にも邪魔はさせないで犯ってしまう。
 そんなことさせてたまるか!
「ココロ………待ってろよ…っ」
カーブを切る英吏の車のタイヤがキュキュっとなった。
「ん………っ」
 ココロは、曇った声を出しながら、薄暗闇の中で目を覚ました。
 頭が変にぼや〜っとする。
 起きあがろうとしたけれど、指先一本動かない。
 ここ…どこだっけ。
 俺、確か英吏といたと思ったんだけど…それから、それから…。
「!?」
思い出した…!
 俺、変な男たちに絡まれて、変なニオイしたかと思ったら、倒れちゃったんだ。
 ここ…どこかのホテルかなぁ…。
 そんなことどうでもいい!逃げないと…。
「ひゃぁっ」
そそくさと誰もいないうちに逃げ出そうと思ったのに、動かない体を無理に動かしたもんだから、身体はステンとベッドから転げ落ちてしまった。
「痛っ〜…」
「お嬢さん、お目覚めかい?」
 いきなり上から声をかけられ、慌てて上を向くココロ。
「…………だれだ…お前?」
 ここで怯えてちじこまっても逃げ道は見つからない。ココロはキッとして目の前の巨体な男を睨みつける。
 さっきの男たちとはあからさまに空気が違う。
 偉いっていうか、地位が上って言うか。なんていうか。
 真っ白いスーツに身を包み、タバコを拭かせながら男は笑った。
「へぇ…可愛いだけじゃなくて、気が強いとは…。まったくいいのみつけてきたよなぁ」
「なんの話…俺、何も…」
頭が変なの嗅がされたせいでクラクラするけど、話しが理解できないのはそれだけじゃない。なんでだろう。何言ってるかわかんないんだけど…。
「お前は俺に買われたんだよ」
「!?」
買う…?
 買うって、俺…。
 モノじゃないのに!
「俺はそんなの知らないっ。それに、買うって…なんのためだよ。俺、料理くらいしかできないですよっ」
的外れなココロの答えに、男は大爆笑する。
「はははははは、こりゃあいい」
「なにがっ?」
こっちは本気で聞いてるのに。だって、男の俺なんてどうするつもりさ。さっきの怪しい兄ちゃんたちは…怖かったけど…ちょっと。でも、この人はまたなんか違うし。
 それに、本当用途が思いつかないよ。
「タイプだっていってんだよ、なあ、一晩じゃなくて一生俺の玩具にならねぇか。悪いようにはしない」
 玩具?
 聞きなれない響き…と言うか、自分の代わりに使われる言葉としては、適切な言葉のようには思えなかった。
「あの、俺なんかで遊んでも楽しくないです…よ」
ってか、いい大人の男が玩具って何に使うんだよ。
 本当、わけわかんない。
「玩具って……つまり愛人だよ」
「愛……人?」
それって、奥さんがいるのに、よそに恋人つくってる人が、その恋人を呼ぶ時の名称だよね。
 なんで、俺がそれになるのさ。
 だって、俺は英吏の恋人なんだし。
 だいたい、この人も奥さん居るのに俺を玩具にしようとするなんて、わけわかんない。
「奥さんいるのに、俺なんか玩具にしてどうするんですかっ!」
そういうと、男は怪訝な顔をした。
「奥さん?」
少し低い声で、ゆっくりとさっき俺がいった単語を繰り返す。
 渋いその声が、タバコの香りと一緒にきて、逃げたくなるくらい大人の威圧を感じる。
「だ、だってさ。『愛人』って奥さん居る人の恋人の呼び名でしょう」
ドラマとか、映画とか本とか。そういうの見て、たぶん…そういうものだっておもったんだけど。
「俺にカミさんはいねぇよ…」
ますますわけがわからない。
 えーと、奥さんがいないのに、俺を玩具にしようとしてて、それは愛人で…。
「って……ええっ!?」
それじゃあ、それじゃあ…まさか、まさか、まさか…。
 英吏たちと同じことしようとしてる…とか?
「まぁ、そういうことだ。どうせ、お前も仲間なんだろ」
「へ…?」
「首。気付いてないのか?」
自分の首筋をトトンと叩きながら、何かを示してくる。
 後に鏡があったはずだと、ココロが振り向けば、そこには首筋に赤い情欲の痕がくっきりと残っていた。
 まるで、英吏の嫉妬の鎖のように、しつこく、そして多数、その印はココロの白い肌を飾っていた。
「!?」
真っ赤になって首を隠せども、もう遅し。
「ほら、みろ。恋人はいるみてぇだがな…まぁ、いいだろ。お前だって楽しめれば」
そういいながら、男はきっちり着こんでいた白いスーツの上を脱ぎ、椅子の背もたれに適当にかけた。
 じりじりとココロに近づくと、頬から耳にかけてのラインに両手を滑らせ、その官職を楽しむ。
「…っ」
夏なのに冷たいその手の感覚にココロはビクッと身体を竦める。
 男はその反応を楽しむと、ココロの唇に自分の欲望に満ちた舌先を押し付けた。
「んっ…!?」
まさかキスされるなんて思ってなかったココロは、咄嗟に後に飛びのこうとするが、それより早く男はココロの腕をわし掴む。
「なっ…離せっ離せっ…んっ……」
手首を抑えつけられたまま壁に押しつけられ、ココロはうなりごえをあげる。
「ふっ……」
キスすることを拒み、ココロは左右に首を振るが、そのたびに腕を抑えこむ力を強められ、苦痛の色がココロの顔に浮かぶ。男の口調、服装からあまり世間的におおっぴらに言えない仕事をしているように思えた男は、やはり喧嘩なども強いのだろうか、痛みを超えて痺れるほどの拘束に、何度も泣き出しそうなのを必死にこらえた。
「・…………離…せっ」
「強情だなぁ…俺は結構テクあって楽しめるぜ?どうせ、お前も顔がよくてセックスがうまけりゃ、誰にでも足開くんだろ」
「違っ!」
上半身だけをベッドに押しこまれる。
 沈むシーツは二人分の体重を軽く飲みこむほど大きく、柔らかい。
 ココロの服を引き千切るように、脱ぎ取っていく。英吏に今日プレゼントされたばかりの服は、ぼろ切れのように扱われていく。
「ダメっ…この服はっ」
まるで、自分たちの思いを引き裂かれるような感覚に陥り、ココロは必死に自分の身ではなく、服を護ろうとする。しかし、それはそれで男の熱に火をつけたのか、ますます派手に破いていく。
 粉々にされた服をガシと掴んで、ココロは必死にその恐怖に耐える。
「んっ…ふっ……ぁっ…嫌っ」
破かれた白いジャケットの中からあらわれた肢体に男が手を伸ばし、いやらしい感情を込めて撫で回す。
「嫌?違うだろ……誰だってこうすりゃ気持ちよくなる…」
そういいながら、男は胸の突起を手のひらで弄くる。
「ぁっ」
ココロが声をこらえようとすればするほど激しく撫でる。
 気持ち悪いのに…。
「ふっ…んっ」
 泣きたくなるくらいなのに…。
「・・・・・・・・・・・・・・・…んぁっ」
 それでも感情を快感が上回る。
「あんっ」
 こんなの…嫌だ…俺は…違うのに!
 英吏意外に触らせたことなどない最奥を隠した足を無理矢理開かれ、覗きこまれる。
「昨日も犯ってたのか?ココ、めちゃくちゃいい色になってるし、それに濡れてるんじゃねぇか」
そういいながら、ズボズボと乱暴に指を押しこまれる。
「ふうっ……ううっ」
確かに、英吏に昨晩慣らされたソコはまだ甘味を残していて、男の指などそう辛くなく受け入れられる用意はされていた。
 けど…。
「痛い…っ痛いっ…」
ココロは予想以上にそれによる苦痛を伴っている声を出す。
 強面の外見ながら、中にあるものは決して鬼ではないその男は、驚いて指で蹂躙するのを止めた。
 一応テクには自信があるこの男、ここまで痛がられるとは思ってなかったみたいだ。
「…お前ぇ…気持ちよくねぇのか?」
「違う…違う…っ…こんなの……」
自分の下で怯えたように震え、泣きじゃくるココロを見て、男は生まれて初めて躊躇というものをしる。
「違う?違わねぇだろ…お前のココはちゃんと勃ってんだろ」
見せつけるようにぐいっと上にむかされ、自身にも男にもばっちり見えるソレは、確かに男の言うように形を変えてはいるのだけれど…。
「違う…こんなの違う…」
「一体何が違うっていうんだっ!セックスなんてお互いの欲求が済めばなんだっていいんじゃねぇか?違うか!?」
「違う!」
ココロは涙で腫らした顔をあげて、男を睨んだ。
「気持ちよくなんて…ない…!こんなの…違う…。お金とか、玩具とか…そんなんじゃなくて……」
そう、そんなんじゃない。
 俺は英吏だから…。
「フツーの恋愛じゃないかもしれないけど………それでも、俺は…こんなのとは違うって思ってるっ…俺と英吏は…」
身体を重ねなければ、深まれないモノが恋愛だけれど、それだけじゃないと信じたい。
 怖いくらい純真で、真っ白な感情。
「ったく……お前は…」
男はココロの上から退くと、さっき脱いだ上着の胸ポケットからタバコを取り出し、手馴れた様子でふかしはじめる。
「……その男が本当にお前だけだって保証があるか?男なら誰でもいいのかもしれねぇぜ。なんせ、この恋愛は特殊だから」
この恋愛…の意味がさすものが、何かちゃんとわかる。
 つまり、それは…。
 男である英吏を愛してしまった自分のような恋愛。
 でも…。
「俺は英吏が好きで、女とか男とか…関係ない。英吏以下の人でも、以上の人でもだめなんだ…。英吏が好き…好き…」
もしかしたら、英吏はただ男の子が好きなだけかもしれない。
 たまたま、俺が女子校の中に唯一いた男だっただけで。そしたら、もしかしたら俺のほかに男の子なんていっぱいいる。俺よりも…英吏好みの子もいるかもしれない。
 そしたらきっとそっちにいっちゃう。
 わかるけど…わかるけど…。
 俺は英吏だからで、えっちは誰とでもしたいわけじゃない。
「お前ぇ、まさか……」
ガチャン!!
 ホテルの一角だろうその部屋の玄関のトビラがものすごい音と共に開いた。
「ココロっ!」
入ってきたのは、もちろん。
「英吏っ!」
今だクスリのせいで歩けないのに、それでもその姿を見付け必死に立ち上がろうとして、ベッドにこけてしまう。
 そんなココロを見つけて、英吏はハッとする。
 なんせ、そのときのココロの格好は、裸よりも倒錯的な、破かれた衣服を身に纏っている状態。いかにも…レイプ事件後と言う感じだ。
「ぁ………」
ココロも自分の身体の状態に気付いたのか、真っ赤になってブランケットをまきつける。
 何かしてたなんて思われなくない。
 もちろん、実際…そんな最後まで、はしてないし。
「貴様ぁ…」
英吏はその部屋にいる唯一の男を、敵と認知すると珍しくこぶしを振り上げた。
「英吏っ!」
ココロは立てない足でその腕を掴んで英吏を止める。
 なぜ…?
 そう訴える視線が、二つ方向から飛び込んでくる。
「どうして…どうして…キミは…」
英吏の悲しそうな声が腕を通じて、伝わってくる。
 違う、英吏をこんな顔にさせたかったんじゃない。
 違うのに…違うのに…。
「どうして、そう…人を庇うんだ。コイツは君に酷いコトを…」
「知ってる!知ってるから…。殴らないで…」
「ココロ!?」
英吏はココロを抱き上げ、顔を見て話せようとする。
 けれど…。
 ココロの顔は曇ってばかり。
「失礼するっ」
溜まらなくなって英吏はココロを抱き上げると、そう男に捨て台詞を吐き、ホテルを後にした。
「………俺が買ったモノだったんだが…」
男は憎憎しげに、純愛少年が連れ去られるのを見つめていた。
 懐かしいような、恥ずかしいような、そして一番綺麗な恋愛をあの子はしてるんだろう。そんな感情を味わえただけでも、15万は安いかもしれない。
 なんて思えるから、不思議だ。
「らしくねぇな」
タバコを灰皿に押しつけながら、男は低く笑った。

 いつも乗せる車の助手席に乱暴にココロを乗せると、反対側へまわり運転席に乗り込む。
「英吏…」
怒ってる…。
 どうしていつも…英吏を怒らせちゃうんだろ、俺。
「うわっ!ちょ、ちょっと英吏っ!?」
いきなり助手席のシートが横たわり、ココロは座ったままの状態から、寝転んでしまった。
 英吏の車は壊れるようなモノじゃない…とすれば、そうしたのは英吏だ。驚いた目で英吏を見ると、真顔で英吏がキスをしてきた。
「んぁ…ふっ…」
早急なキスは英吏には珍しく、驚きながらも受け入れていく。
 英吏…。英吏…。
 英吏のキスがやっぱり好き。
 他の人じゃこんなあったかい気持ちにはならないもん。
「ココロ、ココロは誰にでもキスをさせて、そしてそんな顔を見せるんだね」
「ぇ…?」
英吏の顔がどんどん悲しそうになっていく。
「英吏……っ…俺」
「何されたの?」
何って…?
「?」
「さっきの男に」
俺は答えない。
 そういうことを言葉にするのがヘタってのもあるし、それに英吏に伝えるなんて絶対嫌。
「言わないんだ」
「………」
俺がだんまりを決め込むと、英吏はいきなりニヤッと笑った。
「いいよ、言わなくても。必ずそれよりいやらしいことしてあげるから」
「英吏っ!?」
子供みたいに笑う英吏は俺の乱れた衣服をどんどん取っていく。
 な、な、なにするんだよ〜!
 ってか、いつのまに機嫌はなおったのさぁ〜?
「俺に嫉妬させたんだから、そのぶん…責任とって貰うよ」
重要なコトはなにも話してない。
 何も解決なんてしてない。
 それでも、俺が話せない状況なのを察して普通にしてくれる英吏の優しさがしみわたってくる。
 ゴメンね…ゴメンね。もうすこししたら、ちゃんと話すから。
 で、でも…責任って?
「英吏……?な、なに…」
「じゃあ、レッスン3はカーセックスといきましょうか」
つまり、つまり…車の中で…ってこと?
 うきゃあ!嫌だ嫌だ、なんかそれってすごく嫌ぁ。
 だって、ベッドの上ですら俺精一杯なのにっ!
「ね…戻ってからじゃ…だめ…??」
可愛い顔しておねだりしてみるモノの、その気になった英吏さまが止まるわけも泣く。
 英吏は運転席から助手席に身を伸ばしココロの身体中にキスをする。
 胸の二つの突起から、お腹、おへそ、太もも、ふくらはぎ、そして下肢。
 ホテルの駐車場と言う誰かに見られるかもしれないという思いからか、普段よりもずっとドキドキが増える。
 窓はマジックミラーでもなんでもない。普通に外が見える。
 感じるたびに足を動かしても、必ずどこかに当たり、そこが車内だということを嫌でも思い出す。
「ココロ…声出して、聞かせて…?」
「んっ…ダメ………響くぅ」
指を噛んで必死に耐えるココロの、青くなってきている指を執拗に舐める。
「ああっんっ…ひゃあぁ」
英吏はココロの指をぐちょぐちょに濡らすと、ココロの下肢へと導く。
「ほら、自分で挿れてごらん?」
 な、なんだって〜!?
 自分の指を、自分に…?
 む、無理無理無理!ぜ〜ったい無理!
「で…出来……ないっ」
「仕方ないなぁ」
英吏にそう呟かれながら、自分の濡れた指で自分のものを握ぎらされる。それでも、いっぱいいっぱいで、ココロは真っ赤になって何も出来なくなり、そこを握っているだけだ。
「自分でしてごらん?」
ま、まさか、ここで一人えっちしって言うの?
 そんな…まさか。
「ほら、こうやって…自分でいつもしてるんだろう。どうやるのか、見せてごらんよ」
「無理…」
「無理じゃないよ、ほら、こうして」
俺の手に、手を重ねて、英吏は緩く扱いていく。
「ぁっ…」
俺の手と、英吏の手とが俺を扱いて、上下に動かして、性感帯をつく。
「くっ…んっ」
鼻にかかったような喘ぎ声は、ココロがものすごく感じてる証拠。
 酷くイヤラシク、酷く魅惑的なその声は英吏を盛らせる。
「ほらほら、ちゃんとしてごらん?上手にできたら、後にご褒美挿れてあげるよ」
「やぁっ…ああっ…んぁ〜っ」
嫌といいながらも、英吏に目で犯されて、手で弄られて、心はどんどん萌えあがっていく。どうにかしてほしいこの欲情した気持ちは、英吏を思って扱くだけで破裂しそうになって。
 幼い小さな手で、自身の固くなったのを刺激して、必死に達しようとする。しかし、英吏の過剰でテクニシャンな愛撫になれたココロは、英吏の刺激がなくては最後の快感に繋がらない。
「も…やだぁぁ…」
狂いそうなほどの快感に、ココロは涙を流す。
「お願い…ね…ちょうだい…英吏…お願い…っ」
英吏が欲しい。
 そう素直に訴えてくるココロに、背ける英吏ではない。
「……まったく…俺もヤキがまわったな」
「…ふっ…え…いり?」
身体中から、男を誘うような甘い薫りを漂わせながら、ココロは英吏に肌を寄せる。狭い車内では抱き合うのも難しく、二人して隙間を作らないかのようにヒシと抱きしめ会う。
「今あげるからね」
「んっ…んんんっ」
波打つような熱い欲棒が身体の中に押し入ってくる感覚が、リアルにわかる。
 下肢からお腹へと伝わる熱が、英吏のその長さとか太さとかを鮮明に語って聞かせている。
「英吏っ…お願い…好きっていって」
掴むモノがお互いしかなくて、ココロは英吏の背中に手を伸ばし、爪あとをつくりながらもしがみつく。
「好きだよ…ココロ」
 この声が好き。
 この人が好き。
 英吏が好き。
「ああっ…」
狭い車内で、英吏は何度もココロを攻めたてる。
 場所をかえ、挿れかたをかえ、英吏はココロが気を失うまで抱きつづけた。
 酷くしたいんじゃない…。
 ただ、こうでもないしとココロはすぐどこかに飛んでいってしまう鳥みたいだから…。
「ねぇ…俺はそんなに頼りにならない?」
淋しく呟いてみたけれど、助手席で強すぎる快感に意識を失ってしまっていたココロには、何も聞こえはしなかった。

続く。
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