−13− | −15− | 教師。

● やまとなでしこ☆ダイナマイト --- −14− ●

俺って、英吏の何を見てたんだろ。
 ココロは寮に向う途中で、大きなため息をつきながら、そんなことを考えてた。
 物語の主役なんかじゃない。
 好きになって、恋愛して、えっちしたら終わりなんて、ハッピーエンドになるわけがない。俺は恋愛小説の物語をやってるわけじゃないんだから。
「やあ、ココロさん」
 後から急に声をかけられた。
 でも、自然と驚かなかった。
 もしかしたら、こんな展開を期待してたのかも。
「…………新さん」
 振り向いた背後にいた新は、本を抱えニコニコしている。
「どうしたんですか?今日は授業にいなかったですよね」
「………具合が悪くて…」
 適当に誤魔化してさっさといなくなろうとしてたのに、新はそれを許さない。何気に行く先を邪魔して、道を塞いでいる。
「そうですか。大丈夫ですか?」
「は、はい…」
 ずっと下を向いて、まったく視線を合わせようとしない俺を、新は笑った。
「そんな警戒しなくても、もう何もしませんよ」
「っ…」
 そんなこといわれたら、まるで俺が期待してたみたいじゃないかっ!
 ココロは顔を真っ赤にさせて、グッと顔を持ち上げる。
「でも、なんだか大変なことになってしまいましたねぇ」
 あ、学校新聞………見たんだ。
 でも、当事者なのに、新さんだって…。
「僕としては嬉しいですけどね。君と既成事実が出来てしまえば、僕と君は晴れて恋人ですから」
 あ、相変らず強引と言うか…なんというか。
「俺は…英吏が好きなんですっ」
 震える声で言えば、ますます新は笑った。
「その英吏が君を好きじゃなかったら?」
「ぇっ?」
 思わずホンネで聞きかえす。
 英吏が………俺を…好きじゃない?
「君は男の子だよね。新聞でも危うくバレそうだった」
 確かに、俺は男だよ。
 十七年間、男で生活してきたし、戸籍でもちゃんとそうなってるさ。何回も、何回も間違えられたことあるけど、俺はれっきとした男だよ。
「じゃあさ、英吏はゲイ?」
「……」
 うーーーーーん…。男の恋人がいたことがあるみたいだけど、女の子の恋人もいたことあるんだよね。じゃあ、ゲイってわけじゃあ、ないのかな。
「…違う、かも」
「そうですよね」
 満足そうに新は微笑む。
 一体何が言いたいのさ…はっきり言えばいいじゃん。
「英吏って、もしかして君にヒトメボレしたんじゃないですか?」
 確かに、そんな事言ってたかも。
 …………いいえ、言ってました。
 英吏の言葉の全てを、俺ちゃんと覚えてるもん。
 囁いてくれた甘い言葉も、………鬼畜たっぷりなえっちぃ事も。
 後者は忘れたくても、忘れられないって言ったほうが正しい気はするけど。
 答えがない俺を見て、答えを見出したのだろう新が、勝手に話を続ける。
「やっぱり…そうですか」
「な、何がやっぱり…なのさ」
 じりじりと間合いを狭めてくる新に、俺はヤバイと感じつつも聞かずにはいられなかった。だって、新さんは、俺なんかより英吏のことをよくしってるから。
 俺の背中が冷たい壁にぶつかった。
「ヒトメボレってことはですよ、つまり、顔を好きになったんじゃないんですか、それって」
 え…それって…。
 なんか…。
「もし…もしだけど、君の顔が好きっていうんなら、君じゃなくても良いんじゃない?」
 わざと俺の耳に息がかかるくらい傍でしゃべる。
 耳朶に少しだけ舌が触れて、ぎゅって目を瞑ってしまった。
「で、でも…俺の顔は俺だけだもんっ」
 言いように言い包められてたまるか、と俺も言い返すんだけど、そんなの予想済みだったみたいで、すぐに言い返された。
「そうですか?君は、ある人にそっくりだと言われませんか?」
 そう言われて、俺はハッとする。
 もしかして、新さん…。
「気付きましたか?君と同じ顔で、君よりずっと我々の傍にいた人の事を」
 俺がすぐには名前を言いたくなくて、黙っていると新さんはさも可笑しそうに笑った。そうだ…俺は忘れてたんだ。ある事に。
「いるでしょう?君より英吏を知っている人、そして英吏も君より深く知っている人を」
 嫌だ。
 そんなわけ…ない、ないじゃないか。
 やめてくれっ!
「根元…ヒトミさんという人物が」
「違うっ!」
 新が言い終わらないうちに、大声で叫んでいた。
「違う…そんなわけない!そんなわけっ」
 ココロの身体は震え、瞳は泣き出しそうに潤んでいる。
 新はそんなココロの頬に優しい触れるだけの口付をすると、哀れんだ顔をした。
「可哀想に。君はヒトミさんの代わりをさせられてたんじゃないですか?」
「………っ!」
 そんなわけない、そんなわけないっ!
 俺は首をちぎれるほど左右にふる。
 零れそうになった涙が、衝撃で溢れ流れて頬を伝う。
「違うっ!そんなわけっ……」
 受け止めきれない数々の情報は、俺の頭の飽和量を超えている。
 もう、わかんないっ!
 みんな勝手なことばっかし言うんだもんっ。
 わかんないよっ。
 走り出そうとする俺の右腕を掴み、新さんは胸の中に引きずり込んだ。
「ふっ…んっ…ひっく」
「泣いてくださって結構ですよ。でも、ちゃんと受けとめてください」
 そんな無理だよ。無理だよ…。
 俺は…ヒトミの代わりなの?
 ううん、考えれば最初から考えられたコトじゃないか。でも、きっと一回もそう思わなかったのは、考えないようにしてたから。
「っ…あっ…ひっく、新さん…俺、俺っ…」
 新さんにぎゅっと抱かれて、こんな所で泣いてたらまた写真とかとられちゃうのに、俺は新さんの身体を押し返せなかった。
 俺は、ヒトミと背格好、顔まで似てるって言われてる。
 本当は、男と女が恋愛するのが普通なんだよね。
 英吏はわざわざ俺なんかと付き合わなくても…いいんだ。
 むしろ、煩わしいこといっぱいじゃない。男の俺と付き合ってても。
 おおっぴらに言えないし、デート…あんまりできないし。
「っ…んっ…ふぅっ…」
 涙が溢れてきて止める事が出来ない。
 代わり?
 代役?
 そんなわけない、そんなわけない、と思いつつも、涙は止まらなかった。

 「詩織さぁ〜ん。どうやって根元ヒトミを処分するんですかぁ?」
 詩織シンパが詩織の機嫌を損ねないように、慎重に聞く。
 道明寺詩織の英吏好きは学校でも有名で、恐ろしいくらいの溺愛ぶりと称号までついている。
 でも、その子の心配に反して、詩織はご機嫌だった。
「ちゃんと考えてるわよ」
 絶対、許すもんですか…。
 まずは、英吏様との仲が壊れてしまえばいいんだわ。そして、それには、あの噂を利用しない手だてはない。
「あたしは英吏様のほうをやるから。加奈子たちはちゃんとそっちをやるのよ」
 自分の右腕…と一目置いている親友の加奈子には作戦をもう伝えている。
 その名も…。
「『暴いて、奪って、ラブラブぶち壊し大作戦』!」
 道明寺が言いきると、周りからは大きな拍手が起こった。
「説明は加奈子、あんたからしなさい。決行は明日。みんな間違えるんじゃないわよっ」
 道明寺はそういうと、高笑いしながら廊下を歩いていった。

 その夜、英吏も、ココロも、道明寺も眠れぬ夜を過ごしたのは、言うまでも無い。

 『英吏が好きなのは君じゃなくて、ヒトミさんなんじゃないですか』
『ち、違う!そんなわけ、あるわけない』
『どうして?』
『どうしてって…』
『なぜ?』
『なぜって…』
 どうして言い返せないんだよ、俺。
 どうしてっ…!
 
 ピピピピ…ピピピピ…。
 
 「!?」
 大きな機械音が耳元で鳴り響いていた。
 夢…か。
 額から冷たい汗が流れてくる。ジェットコースターに乗った後みたいに胸がドキドキ言っていた。それが、生生しく感じて、夢に思えない。
 ううん………夢じゃないんだっけ、これ。
 目覚ましにとかけてあった置時計のアラームを消す。一瞬にして辺りに静けさが戻ってきて、俺は思わずため息をついた。
 カーテン越しにそのため息を聞いた西園寺は、声をかけるべきか迷いながら、黙っていた。声をかけたところで、気休めになるだけだ。
 新さんに何を言われたかしらないけれど、さっきの唸り声で察しは着く。
 たぶん……………今ココロさんを悩ましているのは、うりふたつなヒトミ。
 ヒトミが後三日で帰って来るなんて…事実を告げるのも怖いくらい、今のココロさんは悩んでいるし…。
 冗談ではすまされないわね、本当に。
 寝返りをうつふりをしてカーテンの方に顔を持っていくと、カーテン越しにココロの姿が見て取れる。ベッドから立ち上がって少し歩いて、また座って。その繰り返し。そして、またため息をつく…。
 見てられない。
 再び寝返りを打って自分の腕時計を見れば、起きる時刻を指している。ごく自然に立ちあがり、いつも通りにココロに接する。
 これが今、私にできることなのだ。
「お早いですね、ココロさん」
 西園寺の声にも気付かないほど、ココロはぼーっとしていたらしい。数秒の後、慌てて答える。
「…あ、あ、うん。おはよ」
「今日は朝ご飯いかれるんでしょう?」
「………行くよ」
 英吏とも…話をしたい…と思うし。
 ココロはそう思えるくらい自分が落ちついてきているのに、少し苦笑した。自分の妹の代わりをさせられに来て、まさかここまで代わりにされるとは思ってなかったな…。
 新の言葉をすべて信じたわけじゃない。
 けど、でも、全てが嘘だとも思えない。
 だって、その方が辻褄が合うから。
 西園寺はキチンとハンガーにかけられた制服を身につけ、身支度を整えてから、再びココロに話し掛ける。
「準備できました?」
「…うん」
 ココロの微妙な答えに、それにはあえて突っ込まず、西園寺はカーテンを開けた。
「じゃあ、行きましょうか」
 先にドアを出ていってしまった西園寺を追いかけるように、ココロは部屋を後にした。
「ヒトミくんっ!」
 ラウンジの扉を開けた瞬間に腕をガッと掴まれ、胸の中へと引きずり込まれる。
「…英吏…先生…何か?」
 公共の場。そう思って俺をヒトミって呼んだんだろうけど、今の俺には…ナイフみたいな鋭利な刃物で切りつけられたみたいだよ。
「………こっちで話そう」
 そう言って半分引きずられるようにつれてこられたのは、ラウンジの奥にあった扉の中。
 こんな部屋あったんだ…今まで気付かなかったなぁ。
 中は中華料理屋にある円卓が乗りそうな丸いテーブルに、イスが五脚。壁紙は真っ白で統一されていてシンプルな作りになってる。
 でも、空いているイスは二脚。すでにそのイスたちには、なぜか宮、京太郎、そして、俺と一緒に来たはずの西園寺がそこに座っていた。
 英吏も知らなかったみたいで、イライラしたときの表情を浮かべピクピクとこめかみを動かした。
「お前ら…なんでいるんだ」
 英吏がそのサファイヤのような瞳を動かして、宮を見ると、宮は肩を竦めた。
「傍観希望者だよ、気にせず」
 その横に座っている京に目を移せば、これまた悪びれもなく、むしろ当然でしょうと腕をくんだ。
「ここに料理運んでくるまでの役目、俺がしたんだよ。話くらい聞かせてもらっても良いでしょ」
 そして、一つ席を空けて座っている西園寺は、これまたいつもの読めない表情で座っていた。
 ってか、いつのまに座ったの??
「何か問題でも?」
 西園寺さんにそう言われてしまえば、文句が言えるのは、神か仏かといったところだろうか。 
 英吏はため息をつくと、掴んでいたココロの腕を放し、その華奢で抱き心地の良い背中を押して、座るよう促した。
 ココロは空いている席を見比べ、京と西園寺の間にある席に腰を落とした。
 英吏もその席順に少しだけ不満があったようなのだが、無言で目の前の西園寺と宮の間にある席に座った。
 つまり、ココロと英吏はその丸いテーブルを囲んで、向かい合っていることになる。
 謀ったようなその席に、ココロはちょっとだけ西園寺達を睨んだ。
「ココロ…」
 英吏がその奇妙な空間を割って話そうとしたけれど、俺はその先の言葉が読めてたから、聞きたくなんてなかった。
 きっと…その続きは、謝罪と離縁の言葉…だから。
 だから、俺はそんなの聞くもんかと目の前に並べられた、いかにも美味しそうな京の朝ご飯を口の中に無理矢理詰め込んだ。
 そりゃもう、パンもチーズも卵も牛乳も。
 急な俺の行動は誰も予測していなかったらしく、唖然とした視線が向けられてるのを痛いくらい感じた。
 けどけど…正気を保ってる自信ないんだもん。
 俺は最後にコーンポタージュスープを飲み干すと、喉を大きく鳴らした。
「……言わなくて良いから」
 俺の意味不明の行動が終わるまで、それをじっと見ていた英吏が、俺の突然の声に驚いたように視線を直した。
「なんだって?」
 低く、甘い誘惑のような英吏の声。
 聞いただけで、身体の中が不穏な動きを見せ始めるような…。
「………俺、気付いたし、ちゃんとわかったから、もういいよ…」
 泣きそうになってる…俺ってば。
 ここで泣き出すのだけはやめるんだ。
 せめて、最後くらい……イイヤツでいたいじゃん。
「ココロ、君は新に何を拭きこまれたんだい」
 英吏がテーブルに思いきり手をつき、立ちあがった。
 そのせいで、一人一人の前に並べられた牛乳を入れたグラスが波打った。
「新さんが原因じゃない」
 淀めく気持ちを抑えながら言えば、声は自然と震えてしまう。
「アイツが何を言ったんだっ!」
「新さんじゃないっ」
 英吏が珍しく声を荒げれば、俺もそれに見合うくらいの声を出してしまう。
「ここ…防音じゃないですよ」
 食事を済ませたのか、口元をナフキンで拭きながら、西園寺がそういうと、二人は気まずそうに下を向いた。
「とにかく、俺は新さんに何か言われて決めたわけじゃなくて……自分で決めたんだから」
 ヒトミの代わりだったなんて言われたくない。
 そんなこといわれたら、俺、たぶん一生立ちあがれない。
 言われる前に、綺麗に去ってあげるんだ。
 英吏をてこずらせたいわけじゃないから。
「君は……何を決めたって言うんだ…」
「もう…二度と英吏の前には顔出さないから、安心していいよ」
 英吏の絶句する音が、ココロ以外の三人には聞こえた。
「……ココロ…!?」
 英吏が堪えきれなくなって、イスから抜けココロの傍に行けば、ココロは英吏をただただ見つめるだけだ。
 その宝石のような瞳で。
「君は何を言っているんだ。俺が…俺がいつ君に会いたくないなんて言ったんだっ」
 言ってないよ。英吏は言って無い。
 でも、俺はもう無理。
 もし、ヒトミと英吏が一緒にいて笑ってる姿みちゃったら、きっと生きていけない。きっと嫉妬してしまう。きっと壊れちゃうから…。
 だから、逢わない。
 もう二度と。
「だって・・・・・・」
 英吏が好きなのは・・・そう続けようとした瞬間、密室が壊された。
「英吏先生っ!」
 力いっぱい扉を叩きながら、少女たちが口々に英吏の名を叫ぶ。英吏は柄にも無く舌打ちをして、ココロを一度見つめると、くるりと踵を返してドアを開いた。
「・・・・・・・・・・・なんだい?」
 英吏が不機嫌を隠すように王子様スマイルで言えば、少女たちは眩い笑顔をつくる。
「あの、ちょっと・・・ここでは出来ないお話が・・・」
 英吏の背後にいる二人の教師と、西園寺、そしてココロを見ながら、少女は甘ったるい声でお願いする。
「後に出来ないのかい?今は・・・・・・・・・・・食事中なんだ」
 ココロには、英吏がどれほど怒っているかが伝わってきて、この少女の鈍感さに拍手を送りたい気分だった。
 けれど、少女は決して譲ろうとはしない。鈍感なんじゃなくて、自分勝手とか、そういう方にとったほうが無難だろう。
「今、お話したいことがあるんです」
「・・・・・・・・・・・・・・わかった。すぐ行く」
 英吏は一旦扉を閉めると、他の三人なんか目に入っていないかのように、ココロの目をじっと見つめた。
「ココロ、後でまた話そう。君は何か誤解しているよ。俺が愛してるのは君だけなんだから・・・」
 そう言いながら首筋に触れてこようとした指を、俺は咄嗟に目を瞑り避けてしまった。
 その瞬間、英吏が傷ついたのがわかった。
 英吏の指は俺に触れることなく、元の場所へと戻っていったから。
「・・・・・・・・・じゃあ・・・後で」
 俺が目を開けたときには、すでに英吏の姿はこの部屋になかった。
 どうしよう・・・・・・・・・胸が苦しい。
 痛いくらいの衝撃。パンチで殴られるのなんかよりずっと痛かった。
 俺は英吏とサヨナラしなきゃいけないのに・・・これくらいで、こうなってたら、本当の別れなんて出来るのかな。
 すっかりトリップしてた俺を現実に呼び寄せたのは、授業開始のチャイム。
「おや、もう始まるね」
 宮が腕時計で確認してから、独り言のように呟く。
 そう・・・このままココにいても始まらないんだ。
「行きましょうか、私たちも」
 西園寺の言葉をスタートに、俺はどうにか足を踏み出した。

 さっき英吏を呼びに来たのは、道明寺詩織といつも一緒にいる子だった・・・。
 何かありそう・・・。
 西園寺は保険の教科書を開きながら、横目で横の席のココロを見た。
 ココロも教科書を開いてはいるのだけれど、決してその内容が頭に入っているわけではなさそうだ。
 一点をみつめているばかり。
 やはり、さっきのことが気になっているのか―――。
「・・・?」
 気の半分もそこになかったココロの机に、西園寺側ではない、反対の席から手紙が届く。手紙といっても、小さなメモ用紙の切れ端のようなものを端正に女の子らしく折ってあるものなのだが。
 渡して来た子の方を見れば、既にそ知らぬフリをし黒板を見ている。
 どうやら、あの子からじゃなさそうだな・・・。
 じゃあ・・・誰?
俺はその子から、視線を手紙に移した。
 確かに、俺宛・・・ヒトミ宛てになってる。
「・・・放課後、美術室に来てください。加賀美・・・って、加賀美から!?」
 俺は小声で思わず叫んだ。
 だ、だって・・・なんで加賀美?
 しかも、今この手紙来たんですけど。もしかして、美術部とかの子がメモを頼まれてたのかな?それにしても・・・うーん、美術室かぁ・・・。
 この呼び出しは行くべきなのか、行かないべきか・・・。
 過去の経験から、少しながら警戒心という言葉を覚えたココロは、苦い顔で悩みながら、ふとさっきの英吏を思い出す。
 少女の誘いに嫌な顔をしながらも出て行く英吏の姿が。
 自暴自棄な考えが、頭をよぎる。
 ううーーっ!
 英吏だって好きにやってるんだっ。俺だって加賀美のところに行ってやるーっ。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・うぅ、なんて言っててまた大変なことになったら嫌なんだけど・・・でも、あの絵も取り返しておかなきゃだし。
 そ、そうだ・・・あの絵・・・新聞に載ってたんだっけ?
 クラスの半分(英吏シンパじゃない人たち)以上は、全然そんな話信じてないみたいだけど。
 でも、道明寺たちは・・・・・・どう思ってるかわからないし・・・。
 って、絵!?絵!?絵っーーー!
 あの絵、チラリとしか俺・・・見てないけど・・・。
 ココロの額から、冷や汗がとめどなく溢れる。
 お、俺・・・ぜ、全裸で、し、しかも・・・リ、リボンで・・・うわぁぁぁ!
 よ、嫁入り前なのに・・・もう・・・お嫁に行けないっ!
 じゃ、なくて!
 もう人前に出れない・・・って、あんなの見られて、本当に男だってばれちゃったら。
「と、取り返さなきゃ・・・マジで」
 ココロの小さな呟きを、隣の西園寺は、聞き逃してはいなかった。

 何か深刻そうな話があるのかと思って、ココロとの大切な話を中断してまで出てったのに、少女たちは、特段大事な話があるわけではなく、普段のような他愛も無い話を聞かされるだけだった。
 そんな少女たちの態度にやきもきした英吏。
 だって、英吏にしてみれば、せっかくココロと久々に話をする機会を得て、深く話し合うつもりだったのに。
 昨日のことは・・・・・・謝るつもりはなかったけれど。
 だって・・・あれは・・・。
 うん、あれはとりあえず、置いといて。
 最近のココロの微妙な変化が、英吏にはとても恐かった。
 別れの言葉を捜しているように思えて鳴らなかったから。
 そして、さっきの言葉。
 さすがに、息が詰まりそうだった。
 ココロから、あんなにハッキリ決別の言葉を言われたんじゃ・・・。でも、なぜ・・・?
 いや、原因はあいつしかいない。
 新堂新。あいつだ。
 ここの教師なら、あいつの性格も、策略も、思考回路もなんとなく読めるほど、悪いことを知っている。
 けれど、あの純真なココロなら、騙されても仕方が無い。きっと、あいつに誑かされてるんだ。たくみな話術と、嘘と、噂はあいつの得意種目だ。
 そして・・・・・・。
 あのコトもあるし。
 英吏はそのことを思うと、胸が砕ける思いだった。
 あのコトが、もしもココロの耳に聞こえてしまったら、ココロは誰を選ぶのかわからない。いまだに、ココロが俺のどこを好きになってくれたのか・・・わからないから。
 俺が勝手に好きになって、独占したくて、無理やり奪って。
 教師という立場を利用して、強引に恋愛を教え込んでしまった・・・。ココロは、そんな俺を咎めるわけではなく、愛してると言ってくれる。
 その健気で愛しい態度は、いったいどこからくるのだろう。
 いままでの恋人たちは、外見や外面、金銭事情や車、セックスなんかで俺の価値を決め、のめり込んできた。
 けど、ココロは違う。
 だからこそ、怖い。
 俺はいつからこんな臆病になってしまったんだろう。
 強気になれば、強引な態度でココロを苦しめ、そうじゃなきゃ自分で勝手に悩んで苦しんでしまう。
 英吏は不器用な自分に苦笑しながら、少女たちに帰り際渡された封筒を見つめていた。
 ほんの少し香水のローズの香りがする、薄ピンクのその手紙はよく貰う手紙の一つとなんら変りはなかった。
 だから、本当に何にも思わずにその封筒を開けたのだ。
「…!?」
 けれど、中身はよくあるラブレターや、その類じゃなかった。
「コ…ココロから…?」
 そう。その中身は、ヒトミからの言付だった。少女に渡してもらうことを想定して、ヒトミと名乗ったのだろうか。内容は、放課後例の桜の木の前に来てくれと言う物だった。ココロから、こんな風に誘いを受けたことはない。それに、まして手紙なんて書くくらいだったら、直接来るだろう・・・はずなのに。ココロの性格からいって。
 そんなこと百も承知なのだが、英吏はその手紙が物凄く嬉しくて。
 ココロから、誘いを受けるなんて物凄くものすごーく嬉しくて。
 疑うことすら忘れてしまっていたのだ。
 英吏はその手紙をぎゅっと握り締めると、弾む胸を抑えながら放課後になるのを待ち望んだのだ。
 英吏と顔を合わせることなく放課後になり、気が進むんだか進まないんだかうやむやな感じでココロは音楽室を目指していた。
 同時刻、英吏は期待に胸を躍らせて、校庭の隅の桜の木へと向かっていた。
 上手い具合に、すれ違うこともなく・・・。
 美術室は学校の最上階、四階にあり、着いたころには少しだけ息切れをしていた。
 その呼吸をどうにか落ち着かせ、美術室をドアの窓から覗く。
 電気が奥の方にだけついていて、人の姿は見えない。
「また・・・何か描いてるのかなぁ・・・」
 ココロはちょっとだけ苦笑いして、ドアに手をかけた。
 ドアはココロが開けるより速く、ガラリと開いてしまった。
「え?」
 怪訝に思って中に踏み込めば、そのとたん、後ろの鍵を閉められる。それも内側からではなく、外側から。人が数人で抑えてるらしい、慌てて開けようとしてもビクともしなかった。
「ど、どうなってんだよっ!開けろっ、開け・・・・・・」
「ずいぶん汚らしい言葉遣いですわね」
 いきなり暗闇のほうから女の声がして、咄嗟にそっちを見ると、そこには腕を組み仁王立ちの長身の少女が。
 見たことある・・・。あの英吏激ラブな道明寺詩織の傍にいっつもいる子だ。確か名前は・・・。
「加奈子・・・・・・さん・・・?」
 なんで?
 こいつは美術部ってガラじゃないだろう。
 それに、俺を呼び出したのは・・・・・・・・・加賀美なのに。
「お前・・・何やって」
「何をやってるか聞きたいのは、私たちの方よ」
 加奈子がサッと右手を空中にかざせば、俺の両腕はいきなり女に捕らえられる。
「っ・・・・・・」
 フワリと着た女の香りに、俺は眩暈がして一瞬眩みそうになる。
 でも・・・ここで倒れちゃ何をされるかわかんない。こみ上げてくる吐き気と必死に戦いながら、俺はどうにか意識を保った。
 俺だって男だ。いくら女性嫌悪症でも、いくら女顔でも、女よりは力がある。女の子に押さえ込まれたくらいで振り払えないほどヤワじゃない。
 なるべく五感で女を感じないように、我武者羅に暴れ拘束を解こうと動く。
「離れろっ」
 掴まれていた腕がガクガクと震える。
 ヤヴァイ・・・。
 俺の妙な混乱振りに、捕まえることは諦めたのか、道明寺が少女たちを自分の元へ呼び戻した。
 軟弱な自分に叱咤をかけながら、俺は加奈子を睨む。
「なんなんだ一体っ!説明しろっ」
 本当に倒れるかも・・・息が・・・っ。
 出来ない。
 くそ〜っ、みんなよってたかって香水やら化粧やらしやがってぇ。
「こ、この絵です・・・っ。これ、ヒトミさんですよね」
 気弱そうな少女が一枚のスケッチブックを持って、加奈子の後ろから俺の方に歩いてくる。
 それは、学校新聞なんかじゃハッキリ見てとれなかった、あの俺の痴態スケッチ・・・by加賀美。
 あいつめぇ・・・さっさと処分しろよなぁ!
「なんで・・・男の方の身体・・・なんですか?」
 この子も英吏が好きなんだろうか。
 真っ黒い小さな瞳に不安をいっぱにためて聞いてこられては・・・口篭もってしまうだけだ。
「・・・・・・・・・」
 なんで、と言われても・・・。
 それは・・・。
「実は男だから」
 道明寺が真顔でそう言ってきたから、俺は思わず緊張して身体をビクつかせてしまった。
 ばれたらまずいから、至って普通の態度をしてなきゃいけないのに・・・。
「何言ってんの・・加奈子・・・さん」
 固まった顔で聞き返せば、加奈子は魔女みたいに笑った。
「そうですよね、もし・・・・・・本当に男なら、叶先生や、新堂先生を騙して誑かしてる・・・ってコトですもんね」
「騙してなんかっ!」
「では、確かめることとしましょう」
「!?」
 いきなり教室内の電気がパアッと点く。教室には加奈子にさっきの子の他、十数名の女子がいた。
 カメラを持っている子もいれば、はさみや、縄など・・・お嬢様らしかぬグッズをそれぞれ握っている。
 あ、あのぉ・・・みなさん・・・目が据わってるんですけどぉ〜・・・。
「では、みなさん。ヒトミさんの制服を剥いじゃってください」
「ちょ、ちょっと、な、何考えてるんだっ!」
 ふ、服を剥ぐだと!?
 女の子たちがジリジリと俺の傍に寄ってくる。
 足が震えて、身体に例の蕁麻疹が出かかってる・・・。
 くそっ、くそっ、くそぉ〜!
 シャキン、と言うはさみの音が耳元で聞こえて、ココロは顔面蒼白になった。

 ココロが呼び出したのは・・・放課後と言うアバウトな時間だった
 英吏は職員会議が終わると、誰の呼びかけにも答えることなく、走って校庭へと向かった。夏の日差しが強い八月。四時の今はまさに暑さが充満し始めた時刻で、校庭はうっすら揺らいで見えた。
 英吏はココロとの恋愛の始まりとなった場所に懐かしむようにゆっくり歩きながら、周りの木々を見ていた。
 ココロはまだ来てないのだろうか?
 緑の葉が清清しい約束の桜の木の下には、あの可愛らしいココロの姿はない。
「ん・・・?」
 よくよく見ると、その木の後ろから、黒い制服のスカートが風に靡いて覗き見えた。
「隠れているのかい・・・ココロ」
 フッと微笑を溢しながら、木の後ろに回り込めば・・・。
「ココロって誰です?」
「・・・!・・・気味は・・・道明寺くん?」
 英吏はそこにいた人物に驚きの表情を隠せない。
 だって、そこいたのは・・・手紙で呼び出したココロではなく、自分を好いていくれている子の中でも熱狂的な、道明寺詩織だったのだから。
 勘のいい英吏のこと。すぐにある結論に行き着いた。
「・・・・・・・・・・・・君が、私を呼び出したのかい?・・・ヒトミくんの名前を使って」
「ごめんなさい、英吏様!」
「・・・そうか」
 はぁっ・・・。やはり、そうか。
 ココロから、呼び出してくれるなんてこと・・・あるわけない、か。
「なんで自分の名前で手紙を出さないんだ?私は君の誘いでも喜んでここに出向いたよ?」
 いつもの英吏に戻り、LLCの教師らしくそう返せば、道明寺は笑顔をその顔から消した。
「いいえ、先生はきっと・・・私の誘いではここまで嬉しそうにこなかったと思いますの」
 ・・・・・・・・・やれやれ。
 ココロと俺の仲を疑って呼び出した口か。
「余計なお世話かもしれませんが・・私は根元さんが英吏様を誑かしているとしか思えません。だって、あの子は新堂先生にも・・・、加賀美先生にも・・・っ」
 クッと言葉を切り、拳を握り締め、歯を噛み締め道明寺は嫉妬と怒りに身を任せている。
「君には関係のないことだよ」
 そう適当にあしらって、元来た道を戻ろうとする英吏の腕を掴んだのは、もちろん道明寺。
 ココロが魅力的過ぎて、みんなが手を出したくなるのはあたりまえなのだ・・・ここで、ココロの気持ちを疑ってはいけない・・・。
 女の子に強引に誘いを受けるのも悪くは無いが・・・人の気持ちも読めず付きまとわれるのは不快極まりない。
 それに・・・今は、ココロ以外に何をされても、悦びは起きない。
 自分がどれだけココロに執着しているかがわかる。
「私は誰よりも英吏様を愛していますっ!あんな、誰にでも尻尾をふるような女狐の何がいいんですかっ、私は認めませんわ」
 細い小さな手で抱きしめられ、胸より少々下の辺りに顔を埋められる。
「俺が愛しているのは・・・・・・ヒトミくんなんだ・・・」
「!?」
 教師が、生徒への禁断の愛を打ち明けるのはもちろん・・・この学園でだって禁忌。
 だって、ここは恋愛のレッスンを教える場所であって、恋愛をする場ではないから。けれど、英吏が正直に打ち明けたのは、これ以上隠しとおすことも無いだろうと思ったから。どうせなら、ココロって言いたかったけど、ココロという人物について話してたら、その出会いの経緯まで話さなくてはなりそうだったし・・・俺は話してくれと頼まれたら、ココロの可愛さを言葉で飾り立てていくらでも話してあげるけど、ココロは嫌がるだろうから。許可をとらなくてはいけなくなる。
 だから、とりあえず、今表せる言葉で的確なのは、ヒトミを愛しているという言葉だろうと判断したのだ。
「・・・・・・・・・そ、そんなっ、あの女の何がいいんですかっ!・・・いいえ、それだけじゃないわ、英吏様だってみたでしょう、加賀美先生のスケッチを。あの子の男疑惑を」
「恋愛に性別や、外見なんて関係ないよ。私はどんなヒトミくんでも愛するつもりだ」
 実際、愛してしまったのは男の子だし。
「し、信じられませんっ!英吏様はそんなお人ではないはず・・・あの子に唆されているのでしょうっ!?」
 尚も身体を抱きしめてくる少女は、自分を慕ってくれるあまりのこの行動なのだろうが、俺からしてみれば・・・あまりにココロに対して酷い言い用だ。
「俺は・・・こんな人の名前で呼び出して引き止める君よりは、ヒトミくんのほうが純粋だと思うよ。さぁ、もう離しなさい。夏の暑い日ざしにやられての行動だったのだろう、ラウンジで冷たいものでも飲みなさい」
 英吏は後半部分を出来るだけ優しく言って、道明寺を自分の身体から離させた。
 道明寺は辛そうな顔をあげることなく、英吏から身を引くと、ダッシュで校舎へ向かって走っていった。
 英吏はそのとき、何にも気づかなかったのだ。
 ココロが今美術室で大変なことになってることも、桜の木の下にいたのは、自分と道明寺の二人きりではなかったということも・・・。
「やめっ、やめろよっ」
 服の引き裂かれる音、切り刻まれる音がこんな耳元でする経験なんて初めてだよ。
 って、そんな余裕ないじゃんかぁ〜!俺っ!
 現在、美術室の隅にまで追いやられて、スカートのすそを少し着られ、胸元を引きちぎられた俺はそれをどうにか手で抑えながら、必死に意識を保っていた。
 でも、それも後数分我慢できるか、出来ないか。
 小さい頃かなりプリティボーイだったココロは、年上の女性たちに弄ばれ、あ〜んなことや、こ〜んなことをされたココロはそれがトラウマとなり、女の香りや、それ自体に拒絶反応まででるようになってしまっていたのだ・・・。
 男としては、かなり、哀れな話だけど。
 小さい頃のことだから、不可抗力だろっ!
 って、本当、今はそんなコトどうでもよくて・・・。
 この状況をどう回避するかだよな。
 目の前には凶器を持っている少女たち十数人。別に体格がいいとか、そういうことはなくて普通の女の子たち。
 俺が女性嫌悪症じゃなかったら、どうにか逃げ出せたんだろうけど。
 ああ、情けない。
 そして、その少女たちも俺を追い込んだものの、これからどうやって暴き出そうか、迷ってるみたい。さっきから、この冷戦状態が続いているのだ。
 たぶん・・・・・・・・・道明寺がいないせい。
 俺を苛めることによって利益を得るのは、英吏ファン(もしくは、新さんのファン)で、そのリーダー切ってるのは、道明寺だから。
 でも、その道明寺がいないのが、妙にひっかかるんだけど・・・。
「・・・ここで止めたら、誰にもいわない。もちろん、英吏や新さんにも。だから、こんな馬鹿なマネやめろよなっ」
 武器の似合わない少女たちは、俺の言葉に少し揺れたみたいだ。
 実際、この中で俺を男だと疑ってるやつは(いや、実際男なんだけど)、数人にもみたないはず。さっきの気弱そうな女の子なんて、もちろん英吏ファンではあるみたいだけど、それ以前に道明寺に着いていきたい一心ってやつに見えるし。
 うーん、女の子の世界はよくわかんないけど。
「みんな、誑かされちゃだめよ」
「加奈子さんっ」
 うげぇっ!でた、道明寺の右腕!
 こいつは、いまいち英吏ファンなのか、道明寺シンパなのかよくわかんないけど、とにかくこの中では一番手ごわいんだろうなぁ。
 肩のところでそろえた髪を手で払いながら、俺の方を見直した。
「まだ元気がありそうね。よろしくて?あなたは今不利な立場なのよ。わかったら、さっさと自分から脱ぎなさい。そして、女だって証明すればいいじゃない」
 出来たらやってるっ!出来ないからやらないんだろぉ。
 薄っぺらいスカートを脱ぎ去ってしまったら、貧弱・・・・・・だけど男の身体が見えちゃうだろっ。
「誰が自分から脱ぐかっ」
 俺は最後の力を振りしぼって立ち上がると、四方塞がれて出れないなら・・・と、真正面から女の子たちの中に飛び込んでいった。
「きゃぁっ」
「に、逃げたわよっ」
 いきなり自分たち敵の中に突っ込んでくるとは思わなかったのか、みんな何もせずに叫びながら避けてくれる。
 頭がグラリと平衡感覚を失って、足がもつれる。
 転びそうになった右足に力をいれて、左手は地面についてしまったけれど、どうにか転倒だけは免れた。
 そんな俺を取り押さえようと、慌てた少女たちは俺の髪や服を我武者羅にひっぱってくる。
「くっ・・・んっ、やめっ、やめろっ」
 いくらやまとなでしこな乙女たちと言えど、集団になれば力を発生させるのが、日本女性。
 俺は服を剥ぎ取られても困るけど、かつらをはずされるのもやっかいなので、頭を抑えながら、且つ服を破られないようにしなくてはならなかった!
「離せよっ!」
 スカートのすそをひっぱって離さない少女の手から、その端をひっぱると、嫌な布ずれの音がした。
 ビリリッ!
「あっ!」
 やっちゃたのだ。とうとう。
 この上なくミニスカートなワンピースのこのLLC女学園の制服のすそ、その縦十センチくらいのところまで、スリットみたいな切れ目が。
 さっきもいったように、このスカート妙に短いのだ。うぅーん・・・謎。で、そんなスカートこんなに破けちゃったもんだから・・・俺は冷や汗前線まっしぐら・・・。
「大人しくしなさい、根元ヒトミ」
 服と頭を抑えるだけで手一杯になった俺に、容赦は無い。加奈子の剥ぎ取り攻撃が始まると思いきや、その前に開くわけの無い、あの厳重に外側から締められたドアが開いた。
 今度は誰だよっ!
 逆光で眩しいそちらを、どうにか見ると、そこには長身の男。
 まさか・・・。
 英吏・・・?
 英吏が・・・来てくれた・・・?
 その長身のシルエットは、英吏しかいないよ。
 こんな時、助けに来てくれるのは英吏だけだもん・・・。
 英吏っ、英吏っ。
 ゆっくりと近づいてくるその人に手を伸ばしかけたとき、その男はようやく第一声を発した。
「何をしているんですか?」
「あ、新堂先生・・・っ」
 女生徒たちがそれぞれの武器をその場に落として固まるのがわかる。
 空気が一瞬にして変わった。
 そして、俺の・・・・・・・・・淡い期待も、砕けちゃったんだけど。
 そこにいたのは、何度目を凝らしてみても新堂新その人だけで、英吏の姿なんてどこにもなかった。
 いつもなら、いつもなら、俺がこんな何時間も姿消してたら・・・脱兎のごとく速さで探しに来たのに。
「早く行きなさい。でないと・・・これを上に報告することになりますよ」
「ぁ・・・っ」
 珍しく厳しい口調の新から出てくる言葉は、教師らしく、男らしく。俺をかばいながら、あんなにいた怒気極まった少女たちを、退散させてしまった。
 俺はかつらの些細なズレと、服をどうにか繋ぎとめながら、その様子を見ていた。
 英吏じゃない。
 英吏は・・・来てくれなかったんだ。
 放心状態の俺に、身につけていた薄手のジャケットをかけながら、新は誰もいなくなった教室を見回した。
「大丈夫ですか?」
 床には無数の凶器が落ちていて、俺の無残な姿を見とめると、確認するように優しく問い掛けてきた。
 さりげなく目線を俺に合わせてくれてて、なんだかものすごく身体の力が抜けた。
「なんで・・・なんで・・・ふっ、っ」
 なんで英吏じゃないのっ?なんで・・・新さんなの?
 ボロボロと恥ずかしげも無く涙を溢れさせ、俺は新の胸に頭を埋める。
「優しくしないでよぉ・・・っ」
 ココロは泣き叫びながら新の胸をドンドンと叩きつづけたけれど、新はそんなココロをそっと抱きしめた。
 やめて。こんな俺を見ないで!
 弱気になってる俺なんてかまわないでっ!
「ココロ・・・」
 英吏に少しだけ似ているその重低音に名前を呼ばれれば、身体中全ての神経がおかしくなりそうだった。
「僕が・・・愛してあげます。あなたのことを」
 新さんなら・・・俺はもっとゆっくり恋愛していけるのかな。
 こんな辛い思いもしないで、こんな悲しい思いもしないで・・・。
「僕を選んではくれませんか?」
「新さん・・・俺・・・」
 そういいかけた瞬間、美術室の扉が再び開いた。
「ココロさんっ!」
「西園寺っ!どうして、ここが・・・?」
 西園寺はその返事には答えず、新の腕の中にいるココロをじっと見て、視線を今度は二人の座っている床へと移す。
 その目で捕らえたものは、武器と呼ぶには少し貧相な品々・・・。
 何が起こっていたかは、涙で濡れた顔をしているココロとこの惨劇を見れば納得できる。
 西園寺はため息を一つつくと、ココロの前に進み出て、強引に新からココロを奪う。
「それでは先生、失礼します」
「ちょ、ちょっと西園寺!?」
 半ば引きずられ気味に美術室を去ることとなった。俺は、これ以上女々しい泣きっ面の自分を見られたくなくて、引きちぎられた袖で必死に顔を拭う。
「迎えに来るのが遅れましたね。大丈夫ですか」
 俺の方を見ないようにしてるのは、俺が見られたくないって思ってるのを知ってるからなのかな。
 なんか、西園寺って、うん・・・すごいヤツかも。
 美術室から、少し離れたところにある階段まで来ると、西園寺は俺の腕を離した。俺が、少し違和感を感じて、萎縮していたのに気づいたんだろう。
 俺はさっきの女の子たちの行動のせいで、少しだけ体がだるかった。
 たぶん、倒れる寸前なんだと思う。保健室か、自分の部屋かどっちかにとりあえず行きたいんだけど。
 じゃないと、この場で倒れちゃいそうで。
「新堂先生・・・何かおっしゃってたんですか?」
 階段を歩きながら、やっぱり俺の方は一度も見ずに西園寺が聞いてくる。
 なんて言ったら良いんだろう・・・。
 告白・・・って言うか、あれは、なんか・・・助け舟を出された気分だったんだけど。
 心がこう抱きしめられたって言うか、暖めれられて、ホンワカしたって感じで。
「・・・・・・何も」
 上手く説明なんか出来ないよ。
 西園寺はヒトミの親友だし。
 もし、英吏がヒトミを好きなんだってわかったら、そっちを応援するんだろう、な。ううん、俺だってこれ以上惨めになりたくないもん。もし、ヒトミも好きなら・・・応援するよ。
 でも、けど・・・今は、英吏に会いたい。
 ずっと英吏と二人きりで話してない。
 新さんじゃなくて、西園寺じゃなくて、俺は・・・俺は、英吏に迎えにきてほしかったんだ。
 英吏がよかったんだ。
 新さんが来てくれなきゃ大変なことになってたってことはわかってる。けど、それでも・・・英吏が迎えに来てくれたら、俺はたぶん、今こんなに惨めな感情にならないんだろうな。
 新さんを選ぶなんて選択肢を本当に考えなくても・・・よかったんだろうな。
『僕を選んではくれませんか?』
 新の言葉が頭の中で反芻する。
 英吏が好きで、好きで、好きで、どうしようもなくて、みっともなくなったり、泣いたり、わめいたりして、それでも好きで。
 妹に嫉妬して、最低な自分に成り下がってる。
 こんな自分嫌だ。
 どうしようもなく・・・嫌なんだよ。
「着替えたら、ラウンジ行きましょうか。この時間ならすいてますよ」
 寮の部屋のドアを開けたとたん、それまで黙っていた西園寺がサラリと言った。いつもの西園寺だ。
 新さんだって、いつもどおりで。おかしいのは俺だけなんだ。
「うん・・・わかった。ちょっと待ってて」
 服を切られたときについたのか、少しだけ切り傷が見える腕を隠し、俺はプライベートカーテンの中に入って、LLCのジャージを着る。
 ピンク色が印象的なこのジャージは、男の自分が着るには制服の次に抵抗があるけど、制服は今これ一着しかないから、仕方ないか。
 後で・・・ヒトミに怒られそうだな。
 そんな余裕ある想像ができるなんて、と一人苦笑してしまう。
「じゃ、いこっか」
 無理して笑った顔は、これまでにないほど、ココロを切なげに見せた。

 西園寺の言ってたとおり、まだ早い時間のラウンジにはほとんど誰もいなくて、京が機嫌よくコチラを向いて微笑んでいる。
 さすがにキッチンから離れるわけにはいかないのか、せわしなく料理を作り、俺に手渡してくれた。
 俺はそれをもって西園寺と一緒にハジの席へと移動する。
 女の子たちが恐いわけじゃない。
 その恐怖なら、前前から感じていたから。
 ただ、そうじゃなくて、自分が異質なモノに感じてしまって、居心地が悪いのだ。
 やっぱりここは、俺の来るべき場所じゃなかったんだよ。だって、だいたい男で、他校生で、ヒトミの兄貴だよ。
 今更ながら、それを自覚するなんて・・・。
 ハハ・・・やっぱり俺って馬鹿ぢゃん。
 スープを一口飲むたび、味がしないのが妙に笑えて来る。
 俺の視神経は英吏に奪われちゃったみたいだ。
 英吏がいなきゃ、美しく輝く光も、暗黒の闇も何も感じない。無の世界。
 それほど大きくて、なくしては生きていけない存在。
 俺は結局、最低な人間になるんだ。
 英吏を好きだと思いながら、新さんを頼ってしまうんだ・・・結局。
 最低、最悪だけど、俺はそうするしかないんだ。
 じゃないと、呼吸すらできない。
 英吏のいない世界でなんて。
 スプーンをその場に置くと、俺は西園寺を置いて走ってラウンジを出た。
 最後の・・・最後に悪あがきさせて。
 英吏がヒトミを好きなら、それでもいい。
 もう、抱きしめてもらえないのはわかってるけど・・・最後にもう一度だけ声が聞きたい。
 英吏っ!
 英吏の部屋までの行き方は、どこの行き方よりもちゃんとわかってる。
 苦しくなる呼吸をどうにかもたせながら、先生たちの自室の連なる棟へと走る。
 ここのコーナーを曲がれば、英吏の部屋。
 滑り込むように走っていった角には、人影が。
「うわっっ!」
 ぶつかるっ!
 ってか、転ぶっ!
 身体がその人にぶつかって、前に倒れこむ。
 そう思ったのに、身体はまったくダメージはない。
 少しだけ弾力のいいモノにポンっと当たって、はじけた感じ。
「大丈夫ですか?」
 この声、この人は・・・。
「・・・・・・・・・新さん」
 そこにいたのは、最近遭遇率が高い新さん。
「危ないところでしたね」
 そう言われて、俺は新の胸に顔を埋めて、押し倒す形でいたことに気づく。新さんがエアバックみたいな役割してくれたおかげで、俺はまったく痛みを感じなかったのだ。
「あ、え・・・すみませんっ」
 急いで立ち上がろうとすると、背中に手を這わされて、軽く止められる。
「あ、あの・・・俺、行かなきゃいけないところがあって・・・」
 その手を振り払うようなセリフを吐くと、新はフッと余裕の笑みを浮かべた。
「英吏のところですか」
 そういわれて、思わず下唇を噛む。
 無言のままでいると、それが答えと悟ったのか、ココロの身体を持ち上げ、立たせた。
「無駄ですよ。君が悲しむだけです」
 そうかもしれない。そうかもしれないけど。
 もう逃げるのなんて嫌だ。
 ちゃんと英吏の口から聞きたい。
 英吏の口から確かめなきゃ、納得なんかしないっ!
『俺が愛しているのは・・・・・・ヒトミくんなんだ・・・』
 大音量の英吏の声が廊下に響く。
「・・・ぇ?」
『俺が愛しているのは・・・・・・ヒトミくんなんだ・・・』
 同じ言葉が再び聞こえる。
 英吏の声。
 間違えるはずが無い。
 いろんな場所で、いろんな風に変わる様も全て聞いた英吏の声。
『俺が愛しているのは・・・・・・ヒトミくんなんだ・・・』
 声が発せられているのは、新の持っているテープレコーダーからだ。
 そう。あの時…数刻前か、新堂新は、桜の季でカセットレコーダー片手に、潜んでいたのだ。英吏が、その言葉を言う時を。
 案の定、ココロの呼び出しだと思って出てきた英吏は、面白いほど自分の理想通りに、進んでくれた。
 相変らず…自分のゲームのコマのような英吏に、新は微笑してしまう。
 何度も巻き戻しと再生を繰り返し、英吏の一つの言葉が蘇るたび、ココロの顔からは赤味が消えていった。
「やめてっ!」
 耳を塞ぎ、俺はいやいやするように首を左右に振る。
 唇は震え、青ざめている。
 英吏の言葉。
 英吏の告白。
 これが全て、真実。本当・・・。
「聞くんですよ・・・これが真実です」
 新はわざと音量を大きくして、塞いでる手から漏れて聞こえるように、俺の耳元にその嫌なものを持ってくる。
『俺が愛しているのは・・・・・・ヒトミくんなんだ・・・』
「聞きたくないっ!聞きたくなんかないっ」
 英吏の口から発せられた言葉は、信じるしかない。
 これは、紛れも無く・・・真実。
 エイリハ、ヒトミガスキ。
「嫌だっ!」
 耳を塞いでいた手を、そのままスライドさせて、顔を隠す。
 倒れこむようにうずくまる俺の頭を、新は撫でる。
 まるで小さい子でもあやすように。
「・・・・・・僕は君の傷つく様なんかみたくないだけなんです」
「ひっく・・・っ・・・ふっ・・・嫌・・・聞きたく・・・な」
 既にテープレコーダーの電源は消されている。けれど、俺はそれを思い切り振り払い、廊下の床へと叩きぶつける。
 悲惨な音をあげたあと、沈黙が広がる。
 英吏が好きなのはヒトミ。
 俺なんかじゃない。
 それが、確信へと変わった瞬間。
 
 英吏と出会ったことすら、音を立てて壊れ落ちる夢のよう。

「何・・・・・・をしてる」
 急に空気が変わり、第三者の声がする。
 しゃがむ形でうずくまってる俺は、泣き顔を今誰にも見られたくなくて、顔を上げずにいたら、新が対応した。
「何・・・ですか。そうですね、話していた、ってだけじゃおかしいですか?英吏」
 顔をあげなくてもわかってた。
 そこにいるのが英吏だって。
 だって、まず・・・英吏の部屋のまん前だったし。
 俺の姿を見止め、涙で晴らした顔を確認すると、英吏はカッとなって、新に殴りかかろうとした。
「貴様っ・・・ココロに何をっ」
 理不尽じゃないか!?
 自分は俺を苦しめた張本人で、今泣かせている張本人なのに、新さんを怒るのは、理不尽極まりないじゃないか。
 俺は瞬時にたちあがり、英吏が拳を振り下ろすほんの少し前に、俺は英吏と新の間に身体を滑り込ませた。
「!?」
「・・・・・・」
 息を詰めるほど、驚く英吏。
 そして・・・・・・・・・勝ち誇ったように微笑む・・・新堂の姿がそこにはあった。
 ココロは・・・気づいてなんかいないけど。
 英吏の激しい怒りを帯びたパンチが、俺の右頬にぶつかる一cmくらい前で急停止した。
 あまりの恐怖に目を閉じることも忘れてた俺は、肩の力が抜け落ちて、くらってもいないのに、すごい衝撃を受けた。
「ココロ・・・」
 英吏が俺の腕をひっぱり、抱き起こしながら寂しそうに名前を呼んだ。
 何で・・・そんな声だすのさ。
 ずるいよ、ずるい。俺が悪いことしたみたい・・・じゃないか。
「・・・・・・どうしてっ!君は新なんかを庇うんだ。もう少しで・・・」
 切なそうに細めた目で、俺を見つめながら、ココロの白く薄い頬に、細長い指でなぞる。
「っ・・・」
 思わず目を閉じれば、耳、こめかみ、とその手を伸ばされ、まるで手で愛撫しているような感じ。
「もう少しで、俺はココロに傷を負わせてしまうところだったんだぞ・・・っ・・・」
 そうなったら、痛いのは俺なのに。
 それ以上にダメージを受けてたのは自分だとでも言いそうな英吏の表情に、心が痛む。
 ・・・わけわかんない。
 さっきのテープレコーダーから聞こえた言葉は真実・・・なんでしょ。
 いいよ、わかったから。
 優しくしないでよ。
 俺は自分を叱咤して、英吏の手を振り解いた。
 初めての拒絶。
「!?」
 英吏の顔がまともに見れないよ。
 ・・・限界を、俺の心が知らせる。
「ココロ、何があったか話してくれ。お願いだ・・・」
 なおも肩をつかまれ、俺の顔を覗き込んでくる。
 やめてよ。
 これ以上・・・これ以上・・・は・・・。
「ふっ・・・うぅ・・・」
 自然と溢れてくる涙が、英吏には意味わかんないんだろうな。
「ココロくんを離してもらいましょうか。ココロくんは英吏、君に触れられているのが嫌なんですよ」
 新は、ココロの身体を後ろから抱きかかえると、英吏からココロを遠ざけた。
「・・・っ!・・・貴様・・・一体何をしたんだっ」
 英吏の切々とした声がする。
 耳が痛い。
 説明なんか出来るわけ無い。だって、それは英吏のことなんだから。
 俺を悲しめてるのも、俺をこんな追い詰めさせてるのも、英吏のせいなんだからっ。英吏・・・英吏が悪いんだから・・・。
 英吏の触っていた場所が熱い。
 頬、耳、こめかみ・・・肩。
 どうしてだろう、会いたくなったり、会いたくなくなったり、どうしもうなく恋しくなったり、苦しくなったり。
 俺の五感を犯しつづけるのは、英吏なのに。
 それでも・・・俺は。
「英吏」
 流した涙もそのままに、俺は英吏の名前を口にした。
 英吏は驚いたようで、そして嬉しそうな視線を俺に向けた。
 新さんは黙って俺を見守ってる。
 ごめんね、英吏。俺なんかが好きになっちゃって。だから、こんなにややこしくなっちゃったんだよね。ヒトミの代りだって早く気づけばよかったのにね。
「ばいばい」
 微笑んで言ってみたのに、声は少しも笑ってくれなかった。
 足が震えだす前に、泣き出す前に、喚きだしたくなる前に、逃げなきゃ。
「コ、ココロ・・・!?ばいばいって・・・」
 英吏が逃げようとする俺を引き止め、大きく美しい目を見開いている。
「お別れ、だよ」
 もう無理。
 絶対冷静でなんかいられない。
 俺は新も、英吏も振り切って、ダッシュで逃げた。
 言ったんだ。
 俺はとうとう言ってしまった。
 振られる恐さはに比べて、こっちは悲しみが込み上げっぱなし。
 きっと、英吏はヒトミと付き合うんだ。
 触って、キスして、触れて、愛の言葉を交わして・・・。
 考えるだけで、死んでしまいたくなる。
 もう一生・・・恋なんて出来ないね、俺。
 英吏意外と恋愛なんてしたくない。
 する気もない。
 俺が好きなのはきっと、一生英吏だから。
 俺は、出来るだけ何も考えないようにして、学校内をダッシュで駆け抜けた。

 ココロの立ち去った廊下で、新と英吏は無言でにらみ合っていた。
 と、言うか・・・英吏がこみ上げた焦燥感を処理できず、動けずにいたのだけれど。
「・・・・・・貴様・・・俺からココロを奪って何が目的だ」
「人聞きの悪い言い方ですね、英吏。僕は純粋にココロを愛しているんです」
「信用できるかっ」
 自分より八つも年上の男に、英吏はこの上のない怒りを感じていた。
 そして、さっきのココロの言葉が胸を突き刺す。
 この男がココロに何て言って唆したのかはしらないが、疑いもしないで信じたのはココロ。それほど信じられない男なのだろうか・・・自分は。
 そして、この男に干渉されて壊れてしまうほど、小さなモノだったのだろうか。二人の恋愛は。
 違うはずだろう・・・なのに、何故・・・。
 先ほどのココロが鮮明に蘇る。
 小さな身体に何かを溜め込んで、必死に笑顔を作ろうとしていた。
 そして。
『ばいばい』
 恐い言葉だった。
 英吏はこれまで生きてきて恐怖など味わったことは無かった。いつも、自信に溢れ、自我の思うが侭に生きてきた。
 だから、今日ほど恐いと思ったことは無かった。
『お別れ、だよ』
「・・・あれがココロの真実だなんて、俺は信じない。絶対に・・・信じはしないっ」
「相変わらず、強情ですね・・・。別れを納得しなさい。ココロ君がそれを望んでいるのですよ」
「そんな話・・・・・・」
 まだ話は終わらないぞ、と英吏が食って掛ろうとした時、その言葉は、思いもよらない人物に阻まれる。
「はーい、ストップ。ストップ」
 ミッション系で、黒と白で統一された制服のLLC女学園に不釣合いな、派手な真っ赤なTシャツに、涼しげな水色のスカートを着て、意気揚揚とサングラスまでした完璧なリゾート帰りの少女がそこにいた。
 少女は持っていた手荷物を下にばさっと落とし、サングラスをテレビドラマの女優かなんかのようにわざとらしく大げさに外した。
 サングラスの下には、大きな瞳、チェリーのように真っ赤に引き締まった唇。可愛らしい鼻。そして、誰もが触りたくなるような頬。
 ココロと瓜二つの顔がそこにはあった。
 少し、南国帰りで、健康的に焼けてはいたけど。
「ただいま戻りました。」
 一応挨拶は済ませて。
「あ〜あ、お兄ちゃんに代理を頼んだのに、ばれてちゃ意味ないじゃない。ねぇ、雪」
 その少女のインパクトが強すぎたせいか、後ろにいた西園寺のその存在をやっと確認できた。
「まぁ、雪が知ってる分は聞かせてもらいましたけど・・・」
 そう前置きした声は、少女の明るい声とは違っていた。
「説明してもらいましょうか、先生方」
 腹黒い声が、二人の男を睨みつける。
 根元ヒトミ。緊急帰還・・・。
 続く。

−13− | −15− | 教師。
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