ぱぱコン

−1− −3− 学生モノ


−2−


その様子を見ていた男二人。
 もちろん、隆二と正宗だ。
「お前・・・愛実に言われたんだから帰ればいいだろ。愛実の犬のくせにっ」
「その言葉・・・そっくりお前に返すぞ?」
 そう。やっぱりお姫様が心配でならないのだ。
 だって、こんな夜。
 時間は八時を過ぎたあたりだけど、まだ四月の時世日が落ちるのは早い。
 そんな暗闇の学校で、愛実が何の用事があるというのだ!
 まさか、ラブレターでももらってそれを断りにいくんじゃ・・・。もし、その相手の男が自分なら、必ずや犯してしまう・・・と確信があった二人は、妄想ですら怒りに満ちた。
 今のポジションを壊したくもない気もするが、誰かに愛実を獲られるのは許せないのだ。もちろん・・・お互いに獲られるのも嫌で、牽制しているから手が出せないんだけど。
「とにかく、だ」
「ああ、愛実・・・生徒会室に向かったのか?」
 会議室から出た愛実の足取りは、右。
 特別教室にのたまるそちらで用事があるのは、生徒会室くらいだろう。
 こんな時間に出入りが可能なのも。
 BL学園は以前警備改善なんてものをしたせいで、なかなかの警備体制なのだ。
 夜は鍵が変わり、昼の鍵では入れない。
 そして、夜間用の鍵は警備員しか持っていないのだ。
 ただし、生徒会長、学園会長だけは、その部屋の特別の鍵を所持することを許され、夜間でも昼間でも入れることになっている。
「行くぞ」
「ああ」
 愛実にばれないようにと、細心の注意を払いながら、二人は生徒会室へ向かった。

 そして、その同時刻・・・。
 
 BL学園の正門に、真っ赤なポルシェと、今年の新色ブルーホワイトのBMWと言う高級車が静かに車をとめた。
「・・・遅い」
 ポルシェから降りてきた男を咎めるように、BMWから顔を出している細身の綺麗顔が文句を言った。
「工藤のせいだっ。俺は昼過ぎには帰ってくるつもりだったのに、あいつが・・・っ」
「誉がいつも遅刻するせいだろうが」
 車をちゃんと脇に泊め、薫は冷たく言い放つ。
 そう。そこに来たのはもちろん・・・愛実溺愛パパたち。
 二人の会話から察するに、本当ならば放課後には愛実をさらってしまいたかったのだろう。
「・・・・・・お前も〆切だったんだろうが」
「うるさいな」
 そう。誉が帰ってこなかったのもそうなのだが、薫の雑誌の人気連載中の恋愛小説も〆切が今日で、出かけられるわけがなかったといえば、そうなのだ。
 薫はその美しい顔をブスッと真顔にし、前方を歩く男を静かに睨んだ。
 しかし・・・だ。
 愛実がこんな時間まで帰ってこないなんて!
 二人の心配はとりあえずそれなのだ。
 愛実が年を増すごとに、魅惑な色気を醸し出しているにいち早く気づいた二人は、魔の手からそれを守ることに命を燃やしていると言っても過言じゃない。
 それほど愛実という存在が愛しくて仕方ないのだ。
 その愛実がもう八時だというのに帰ってこない!?
 二人のその棘のあるようなしゃべりは、焦りがまじっているからなのだ。
 学校には敵がいっぱいだ。
 教師、友達、後輩、先輩・・・。愛実を狙っているやつらを考えたらキリがない。
 懲りもせず幼馴染ズたちもいやがる・・・。
「・・・・・・それより行くぞ。愛実を早く連れ帰らないと」
「わかってる。生徒会室だ」
 愛実奪還!と言わんばかりに、大人なナイトたちは、学校へと入り込んだ。
 
 そして、その頃、愛実は生徒会室のドアを開けた。

「宵威・・・?」
部屋は月明かりのみで、薄暗いままだったから、ドアを開けただけじゃ広い生徒会室の中にいる宵威はあまりよく見えなかった。
 手探りするように名前を呼んでみたけれど、宵威の返事はない。
 おかしいなぁ・・・。
「宵威、いるんだろ?」
 あんまり遅くなると、誉ちゃんと薫ちゃんに怒られるからなぁ・・・。
 携帯で時刻を確認しようと、愛実が黒いダッフルコートのポケットに手をかけると、その手は思い切り手前に強い力で引かれた。
「!?」
 バタンと背後で俺が入ってきたドアが閉まった。
 ドアが閉まったおかげで、本当にこの部屋は真っ暗になった。
「宵威っ!!!」
「はい、なんでしょうか」
「なんでしょうかじゃないっ!馬鹿かお前っ」
 引っ張られた腕がまだひりひりする。
 馬鹿力っ〜。
 年下のくせにっ。
 ってか、なんでこんなことになってんだよ。
「じゃあ、愛実さんはこうしたのが俺じゃなかったらどうしたんですか」
「え?」
 怒ってるのをあからさまに出してるのに、それ以上に宵威はイライラしてるみたいだ。
 なんなんだよっ。わけわかんないぞ。
「俺だから、我慢できるんです。・・・・・・・・・愛実さんと二人きりで暗闇にいても。他の人だったら・・・もし、これが俺じゃなかったら、あなたはどうなってるかわかりますか?」
「・・・・・・なんの話だよ」
 まったく意図のつかめない話に、俺は少しムッとする。
 あのね、人に話すときは、まず主語と述語をしっかりやらなきゃだめなんだよ。
 じゃないと、人に伝わらないんだよ。
「今度の交流会の事です」
「え・・・ああ、うん?」
 交流会の事・・・と、俺と何の関係があるっていうんだ。
 宵威の顔があんまり見えないこの状況で説明しても伝わらないと思って、俺は暗闇に足を進めていく。
 生徒会室は俺の助言で、たいてい綺麗にしてあるから躓くとかはないんだ。
 だから、人影を信じてそれだけを目当てで歩いた。
 月明かりが一瞬キラリと光って宵威の姿がばっちり見えた。
「っ・・・」
 俺は思わず息を呑んだ。
 月光が似合うって・・・言ったら、誉め言葉かな。
 だって・・・ものすごく・・・宵威が・・・暗闇に輝いて見えて・・・。
 格好良かったから・・・。
「どうかしたんですか、愛実さん」
「べ、別に」
 って、顔赤い・・・!?俺・・・。
 暗闇だからばれてないとは思うけど。
 ばれてたら最悪じゃん。
 思わず顔を反らすけど、そっちのが見え見えの態度だった。
「愛実さん・・・・・・」
「な、何だ?」
「・・・お願いします・・・出てってください・・・今すぐ」
「は?」
 なんだって?
 出てく?
 なんで?
 だって、俺、お前に呼び出されてきたんだぞ〜っ!
「何言ってんだよ、お前どうしたんだよ。おかしいぞ」
 宵威の様子がおかしい。
 そう思った俺は宵威の傍に近づいて、額に手を添えてみた。
「!!愛実・・・さん・・・っ」
 ・・・うーん、熱は無いかな。
 そう思った瞬間、その手が再び引っ張られる。
 でも今度は、何かに頭がぶつかった。
 ぶつかったのは・・・。
「ちょ、おい!宵威っ」
 宵威の胸に・・・頭ってか、顔が押し付けられてるんだけどっ。
 なんだよ、この体制!
 ちょっと、まって、待てー・・・っ!
「止めろっ、離せっ・・・」
「どうしてです?俺は恋人でしょう」
「!?」
 好きって言われて、ああって言った。
 言ったけど・・・言ったけど・・・俺・・・。
「『恋人』が一緒に並んで歩いているだけで満足できるとお思いですか?」
「宵威・・・?」
 なんだよ、どうしたんだよ。こんなのいつもの宵威じゃない。
 無理やり手と顔を離そうと我武者羅に動いてみても、ビクともしない。
 男の力に屈せられる・・・恐怖。
 背中がゾワリと波打った。
「や・・・嫌っ・・・」
 目の前が真っ暗になる・・・!恐いっ、嫌だ!逃げろっ・・・逃げられないっ。
 男なのに―――っ!
「愛実さん・・・っ愛実さんっ・・・」
 宵威の顔が俺の顔に近づいてくる。
 吐息が、視線が、唇が・・・触れる。
「ふっ・・・ぅ嫌ぁ」
 キス・・・。
 宵威との初めてのキス・・・っ。
 恋人になったからって、俺と宵威はこんなことしてなかった。
 俺はしたくなかった!
「っんんっぁ・・・・・・」
 俺の唇に、濡れた感触が重なる。
 熱い、ねっとりとした重圧。
 目の前が真っ白になって、眩暈すら覚える。
 誰かっ!
「・・・・・・誉ちゃん・・・薫ちゃんっ!」
 懇親の力で両腕で宵威を押し離し、数センチだけ隙間をつくる。
 宵威の表情が、ハッとしたように変わり、普段の宵威に戻った。
「愛実さん」
「やめろっ!近づくなっ!二度と近づくなっ!」
 やだっ!本当にやだっ!
「誰です・・・?誉さんと薫さんって・・・誰なんですか」
「お前に関係ないっ!どっかいけっ」
 パニックを起こしてる俺は、宵威が何を思ったのかなんて、考えてる余地もなかった。
 それくらい、俺にとって、宵威の変貌は予想外で、そしてショックだった。
「関係ない!?関係ないわけがないでしょう。俺はあなたの恋人なんですよっ」
「うるさいっ!お前なんか・・・」
 がちゃーーーーん。ドタドタドタタ・・・・。
 俺と宵威が言い争っている後ろで、物凄い音がした。
 そりゃ、もう・・・ものすごい音。
 学校が爆発でもしたのかってくらい。
 でも実際。壊れていたのは、学校じゃなくて、学校の・・・一部。
 生徒会室の扉だった。
 あろうことかその扉は、完全に外れて、床に突っ伏している。
 そして、その向こうには・・・。
「こ、こ、恋人だぁぁ!?」
「りゅ、隆二・・・正宗っ」
 俺の親友で、生徒会役員の二人が青ざめている。
 な、な、な、なんでこんなところにーー!
 先帰れっていったぞ、俺!
「お、お前ら・・・どうして」
「愛実・・・お前、まさかこの一年と・・・」
「正宗っ、違っ・・・」
「何が違うんですか、愛実さんっ!俺たちは恋人でしょう。どうしてそこまで隠したがるんですかっ」
「宵威っ!」
 止めろっ!止めてくれっ!
 どうしてこんなことになったんだよ。
 ああ、もうやだ!こんなんやだ!
「あ、愛実っ!」
「愛実さんっ」
 俺は立ち尽くす隆二と正宗の間を猛ダッシュで駆け抜け、壊れた扉から出ていこうとした。
 何も聞きたくなくて、何も見たくなくて、耳を塞いで目を瞑って歩きなれた学校を走りぬけようとした俺は、柔らかく大きな何かにぶつかった。
「・・・?」
 恐る恐る目を開ければ、そこには・・・。
 な、なんで?
 なんで・・・二人が・・・ここに。
「ほ・・・誉ちゃ・・・薫・・・ん」
 既に言葉にならない言葉をしゃべる俺がぶつかったのは、俺よりも怒り度数上な二人。
 そう。
 ここにいるはずのない、社会人。
誉ちゃんと薫ちゃん・・・。
「なんで……こんなとこに」
「愛実の迎え」
 間髪入れずそう言った薫ちゃんの顔は、あんまり機嫌がよさそうじゃない。
「帰るぞ」
 誉ちゃんに咄嗟に腕をとられる。
 引っ張られている俺の身体を反対側から引きとめたのは、正宗の馬鹿力でも、隆二の強引なやり方でもなくて、たった一人の男の言葉だ。
「何してるんですか、あなたたち!愛実さんから離れて下さいっ」
 宵威っ!!
 咄嗟に誉ちゃんの顔を見ると、怪訝そうな顔つきで宵威を見ている。
 薫ちゃんに至っては、眼中にもないようで、俺を誉ちゃんから取るように、その場から連れ去ろうとしている。
「愛実さんっ!誰なんですか、その人」
 言葉だけでなく、身体も俺たちに追いついてしまった宵威は、俺の腕をとって、そう言った。
「愛実さん〜!?」
 さすがというか、なんというか。誉ちゃんと薫ちゃんの声がはもるように重なった。
 ああ、もう、これが夢であってくれっ!
「いいから!帰ろうっ。二人とも」
 二人の腕を取って、今度は俺から帰ろうと提案してみるものの、あえなく却下。
 二人は仁王立ちで宵威を見下ろす。
 宵威も身長は百七五センチ近いから、高校一年生にしては高いほうなんだけど、有に百八十五センチを超えている誉と、それには追いつかないけれど百八十超えている薫は、やっぱり大きい。
 この場で一人、唯一百六十センチ代の男は、その居た堪れない状況を、どうにか回避しようと頭をひねらせていた。
 もし、宵威が『恋人』だなんていってしまったら?
 宵威どころじゃない。俺だって、たぶん一生…学校なんてこれなくなっちゃう。
 いや、家からすら出られないかも…。
 その前に、二人が『父親だ』とか言ってしまったら?
 それこそ…あの悪夢の繰り返しじゃないか!!
 宵威にその事実を繰り返されるわけにはいかないんだっ。
 そんな…そんな事…絶対。
 そして、その時、生徒会室から二つの足音が修羅場っている俺たちの方に近づいてきた。
「こんばんは、誉さん、薫さん」
 慣れたように言うのは、隆二の宵威に対する嫌がらせ。
「……隆二…貴様、こんな時間に愛実の傍にいやがって…っ」
 見慣れた嫌な顔をみつけ、誉が牙をむく。
 一人状況を把握できない宵威は、冷静な目で、その二人のやり取りを見ている。
「送ってかなかったら、それこそ怒ったでしょうが」
「もう結構だ。帰りなさい」
 俺を胸に抱き、薫ちゃんが隆二と正宗二人に言い放つ。
 か、顔が…恐いんだけど。
「愛実さん…なぜ、その男の腕に収まっているのですか」
「えっ…?」
「俺一人、状況読めないんで俺の気持ちだけ告げときます」
 普段の従順な宵威じゃなくて、それはまさに、男。
 一人の男の顔になった宵威は、冷たく目の前の自分より背の高い男を見た。
「その人、俺の恋人なんです。触らないでいただけますか」
 瞬間、身体が冷え切った。
 な、な、な、なんてことを言うんだっ!!
「宵威っ」
 俺は訴えるように、これ以上何も言うなと静止をかけて叫んだ。
 恐いのは、宵威の変貌振りだけじゃない。
 それだけじゃなくて…後ろの二人。
 さっきから………怒鳴るも、怒るも、何も反応がない。
 むしろ、詰ってくれたほうが…楽。
 振り返れも出来ない。
「恋…人、だと?」
 誉の恐ろしくもセクシィーな、ボイスが学校の闇に響く。
「ふざけるな」
 再び、二人の声が重なった。
 美声が重なると、それは調和を生み出して、大きな重圧を生む。
 それは叫んだわけでも、怒鳴ったわけでもないのに、その場の一人を残して圧倒していた。
 もちろん、その一人は宵威…。
「ふざけてなんていません」
 依然真顔で立ち向かうけれど、宵威の発言は怒りの絶頂を越えた二人には聞こえてないみたいだった。
「あ、…薫っ…痛っ」
 俺を抱きしめていた薫ちゃんの腕に力が入る。
 呼吸も苦しくなるくらいに強く締め蹴られ、苦痛を訴えるけど…ダメだ。
 前にもこんなことあった気がする…。
 いつだっけかな。
 あれ……わかんないや。全然…。
 記憶力には自信あるんだけどなぁ…。
「隆二…こいつ誰だ」
 誉ちゃんは宵威を顎で扱い、その場にいて一応面識のある隆二に声をかける。
 だからと言って、誉ちゃんの態度が隆二に優しいかといえば嘘だ。
 なんていうかさ、うん…尋問する刑事みたいな。
 あ、そういえば…今誉ちゃんが出てるドラマも刑事モノだっけか。
 敏腕刑事の誉ちゃんが、たった一人で不可解な難題に取り組む…って言う、ありがちな展開ながら、視聴率二十九%を誇る高視聴率ドラマだ。
 男性に人気の高いミステリー物なのに、こればっかりは女性視聴者が圧倒的に多いんだって。もちろん、その理由は誉ちゃんなんだろうけど…。
「誉さん。それが人にモノを聞いてる態度ですか〜?」
 普段誉に苛められている反撃か、少しだけ優位な位置にいる隆二は誉を見て鼻で笑った。
 社会的地位もあり、ルックス、タッパ、金銭面でもどれをとっても完璧な誉には、こんな時でなけりゃ、こんな口は効ける筈がない。
「隆二…お前ぇ俺様にいつからそんな口利けるようになったんだっ」
 拳を握り締めた音がした。
 力でも適いません…か。
 隆二は心の中で冷や汗を流しながら、苦笑した。
「冗談ですよ」
 威圧感さえ漂うその雰囲気は、その男の巨大さを物語っていた。
 隆二が言葉を続けようとしたのを、後で沈黙を守っていた正宗が助言した。
「そいつは芦屋宵威。BL学園の1年」
「正宗っ」
 な、なんだよ!お前までっ。
「1年…?なんで、1年生なんかがうちの愛実と接点を持ったのさ」
「……たまたま…」
 薫ちゃんから目をそらして、俺は聞こえるか聞こえないかの声で答えた。
 エグゼクティブな二人に、そんな俺の嘘がとおるわけがなくて…。
「隆二、正宗。そいつと愛実の関係を知ってるだけ吐け。一周間の自宅訪問を許可してやる」
「マジっすか」
「………っ!!」
 誉の口から、家に来ていいなどと言う言葉が話されたのは、幼稚園からの付き合いだけど、たぶん…初めて。
 面食らったように二人は唖然とした。
 それほど……愛実のコイビトと宣言したこの男を敵と見なしている証拠だ。
 誉さんと薫さんを敵に回すことほど怖いものはない。
 隆二と正宗は今までの経験上、そう思っていた。
 あながち間違いでもないと思う。
 小学生の時、ドッチボールで愛実の顔面にボールを当て、すぐに治るような小さなアザを作ってしまったクラスメイトは、次の日から学校にこなくなってしまった。
 噂によれば、愛実の顔を見て怒りに燃えた男二人に、脅され、怒鳴られ、責められ、逃げるように転校したらしい。
 中学生の時、あまりに可愛い愛実にちょっとムラムラきた教師が、愛実の体育の時の着替えショットを大事に持つようになったら、車事故に二回、転落事故三回、そして、最後には趣味の『男の子の写真集め』が教育委員会にリークされ、職を失い、家族に見放されてしまった…という、恐ろしい伝説まである。
 詳しく聞くと、これも美麗な男二人によるものらしい。
 恐るべし…田宮夫夫(仮)。
 この他にも、掘り進めばどんどん出てくる横暴は、すべて、愛実のためなのだ。
 ここまでくると、異常以上だけど。
「―――あいつは…」
「隆二っ!!」
 隆二の女ウケする声を阻んだのは、透き通るような美声。
 人を圧倒させるこんな声が出せるのは、一人…。
「それ以上言ったら、絶交してやる」
 愛実の脅しは、まるで小さい子のやり方だったけれど、隆二には痛い仕打ちだった。
 愛実に恋愛感情が通じない以上、友達でありたい。
 それは、正宗も同じ事で。
 そんな今の二人にとって、今一番痛いセリフといえよう。
「―――すみません、誉さ…」
「言え」
 そして、それ以上に恐いのは、誉様と薫様に嫌われること。
 極寒のブリザードのような空気が、断ろうとした隆二の脇を通り過ぎた。
「………すまん。愛実。俺まだ誉さんに殺されたくないんだよね」
「なっ!!」
 隆二の馬鹿〜っ!本気で絶交してやるからなっ。口利いてやんないからなっ。
 あほ〜!
 ちくしょーーー!
「芦屋宵威。ここBL学園の学園会の学園会長。つまり、一年のトップで、一年の中じゃ一番愛実に接点の多い存在…って感じ?宵威君」
「これは不当な会話ですね。人のことを尋ねる前に、あなた方と愛実さんのご関係をご説明してくれてもいいんじゃないですか。それとも……天下の俳優田宮誉に泣かせる恋愛話の天才田宮薫氏は、礼儀も知らないんですか」
 やばい………宵威も切れてる。
 どうしよう…。どうしたら、回避できる…!
 どうしたら。
「愛実さん。なんなんですか、そちらの方々は…」
 愛実さんの口から説明して欲しい。
 宵威は切実にそう思っていた。
 落ち着いている様子を払ってはいるが、実はそうじゃない。
 動揺と、混乱とが混じって余裕のヨの字も無い。
 誰なんです!?なんなんです!?
 愛実さんと恋人なのは…俺…でしょう。
 それなのに………あなたの周りには男が多すぎて…いや、あなたに好意をもっている男が多すぎて…。
「愛実に話しかけるな」
 何か言わなきゃと思っていると薫ちゃんが口を挟んだ。
「俺と愛実は親子だ。文句あるか」
「薫ちゃんっ」
「親子…?では、そちらの誉さんは…?」
「宵威!もう帰れよっ!聞くなってばっ」
「俺も愛実の実父だ。文句あるってのか、ガキ」
 あああああ!!!!
 誉の馬鹿っ!
 薫の馬鹿っ!
 宵威の馬鹿っ!
 みんな馬鹿だっ。
「………」
 宵威の反応が恐くて、俺は宵威から目をそらした。
「……っ馬鹿ぁ…っ」
 宵威の反応が無い。
 やっぱり…おかしいんだよね。
 おかしいんだよ、こんなの。
 お父さんが二人なんて…おかしいんだよ。
「みんな…馬…鹿っ。最低……」
「愛実!?どうしたんだ、パパに言いなさいっ」
「愛実……どこか痛い?」
「違うっ!」
 二人の馬鹿っ!
 俺…もう…学校これないよ。
 小さい頃の嫌な思い出だけが頭をよぎる。
 参観日も、運動会も、文化祭も。
 学芸会も、バザーも、親子遠足も…一緒にいるのはこの二人。
「愛実さん……っ!」
「来るなっ」
「愛実さん…俺はただ」
 宵威が変にフォローなんかしたら、俺は泣きたくなるからっ。
 嫌いになるならそれでいいからっ。変って思ったならそれでいいから…慣れてるから。
「帰ってくれ……っ」
 顔を両手で隠して、俺は視界を完全に遮断した。
 小さい頃から嫌なことがあるとこうしてた。手を離した頃には、なんにもなかったようになるから…。
 お母さんがいない悲しみも。変って言われる悔しさも。

 『うわぁぁぁあん…うわぁぁん…先生ぇ…』
『あら、あら…どうしちゃったの?』
『愛実君が…愛実君が…叩いてきたぁ』
『愛実君が?愛実君本当?』
『……だって、馬鹿にするんだもんっ』
『何の事を?』
『薫ちゃんも誉ちゃんも…お前らの親よりよっぽどかっこいいんだからなっ!馬鹿にしたら俺が全員ぶった押してやるんだからっ』

 変って一番思ってるのは自分。
 けど、そう他人から言われるのは嫌だっ。

 身体が急にフワリと浮いた。
 誉ちゃんの手が俺の腰に回り、肩に担ぐ形になってるみたいだ。
 相変わらず視界を隠して俺は、されるがままになる。
「愛実さんっ!」
 宵威の声がする。
 でも…。
「愛実は連れて帰る。君らもさっさと帰れ」
 男の恋人がいるって知ってしまった隆二、正宗。
 パパが二人いる家庭で育ったって知ってしまった宵威。
 そして…誉ちゃん、薫ちゃん。
 みんなの反応が…めちゃくちゃ…恐い。
 俺は現実逃避を決め込んで、誉ちゃんの肩に顔を埋めた。

 「さーて、どういうことか説明してもらうかな…愛実」
 誉ちゃんは俺を車でも離さず、家に本当に『お持ち帰り』って感じで連れ戻すと、玄関に入ったとたんに無理やり制服を脱がされて、お風呂にほおりこんだんだ。
 そして、今……俺はお風呂の中で裸姿で口までお湯に沈んでる。誉ちゃんと薫ちゃんは、そんな俺を睨むような、しかるような…とにかくめちゃくちゃ真顔で浴室の横でこちらを見てるって状況。
「説明するも何も………って感じだろうけどね」
 誉ちゃんはどちらかと言うと、ワイルドな感じだから、普段から俺の周りのことには厳しいし、電話とか手紙もいちいちチェックするほど用意周到だから、俺に恋人………らしいモノがいたからこんな風に怒るのも想像つくんだけど……こういう時、恐いのはむしろ薫ちゃん。
 普段、お人形さんみたいに崩れない完璧に美麗なお顔が、ああ…うぅ。恐い。
 って言うか、言葉も恐いんだ…。
 いつも物腰柔らかな感じだから。
「それより、どうして二人があんな場所にいたのさ」
「愛実の帰りが遅いから迎えにいったんだよっ」
「遅くなるって言った」
「知ってる。愛実の事なら、なんでも知ってる。………アイツの事は聞いてなかったけどね」
 薫ちゃんの声がまた少し恐くなった。
 アイツって言うのは………宵威の事なんだろうけど。
「しょ、宵威は……」
「認めないぞ、俺は」
「ぇ………」
 誉ちゃんのかっこいい顔が、俺の顔のすぐ傍まで近づいて耳元で、奥様大喜びなセクシーボイスで囁く。
「愛実は誰にも渡さない」
「誉ちゃ……」
 またそんなこと言って…。
 ダメだ。こんな事でまた誉ちゃんの言うこと聞いてちゃ…ダメなんだよ。
 だって、俺だってもう高校生で、生徒会長で、大人の男だよ。
 しっかりしろ!俺。
 俺は、誉ちゃんのキスできそうなくらい近い顔をそっと押しやって、目を合わせた。
「誉……俺ね、俺……親離れしなきゃ…って思って…」
「な、な、なんだってっ!!」
 がしゃがしゃ…がっしゃーん…。
 物凄い音に思わず目を瞑ってしまった。
 そーっと目を開けると、さっき大きな声で絶叫を飛ばした、人気二枚目俳優の田宮誉氏が風呂場で思い切りこけていた。
 うわぁ…いたそう。
「誉……大丈夫?」
「誉のことはどうでもいいから。何、その親離れって。呼び方変えたのもそれなのかな」
「………だって、俺も……高校生だし、高校二年だよ?」
「でも、僕たちの可愛い息子であることには違いないでしょ」
「薫……」
 薫の言葉が無償に嬉しくて、俺は薫の首に手を回してぎゅっと抱きついた。
 これは……親愛のハグだから、親離れできてないとかじゃないよね。
「ずるいぞっ!薫。俺だって、愛実を世界一愛してる。世界一の息子だと思ってるんだからな」
 打ち所が悪かったらしく、本当に頭を抱えて痛がっている誉の叫びに、俺は苦笑した。
 そう思ってくれるのは、すっごくうれしいんだ。
 嬉しいけど…嬉しいんだけど。
 ねぇ、じゃあ……僕は一体どこからきたの?
 僕は誰の息子なの?
 僕は………誰なんだろ。
「俺も、誉も薫も大好きだよ」
「じゃあ、アイツは?」
 立ち直った誉が、急に宵威の名前を出すから、俺はドキンとして思わず口元を抑えた。
 そういえば……キスしたんだ……宵威と。
 キス……。
 うわっ……なんだろ…俺、変かも…。
「愛実?」
「ぅ、ううん!な、なんでも…」
 そういいかけた時、俺の言葉は誉に飲み干された。
「んっ……ん〜んっ!」
 キス!?
 なんで…ちょ、ちょっと誉!誉…や…なんでこんな時に。
「…んっ!!?」
 ヌルッとした感触が俺の口の中に入り込んできて、驚いて浴室の中で溺れそうになる。そんな俺の身体を誉の大きな手が支えて、誉の身体の半分くらいまで一緒にお風呂の中に入ってしまった。
「なっ!何するんだよっ」
「消毒」
「はぁ〜?」
 わけわかんないよっ!
「そうか、ここまではしてないか」
「ん?」
 誉の小さな呟きが、愛実には聞こえなかったのか、聞き返すが誉は意味深笑っただけだった。
 愛実と宵威は、キスはしたけど、挨拶みたいな遊びキスだ。
 誉は瞬時にそこまで悟り、得体の知れないどこぞの馬の骨に中指をたてて心の中で宣戦布告する。
 愛実は、誰にも渡さない。
 もちろん………にも。
 そして、冷静にその状況を見ていた男は愛実の見えないところで馬鹿男に制裁を加えつつも、同じ事を思っていた。
 この二人にとって、愛実は唯一無二の神様からの贈り物なのだ。
 何もにも変えられない。
 たった一つの。
 服の半分以上をお湯に浸からせた誉を見て、愛実はフゥとため息をついた。
 馬鹿じゃないの、ああ!もう…濡れちゃってるじゃんかぁ。
「誉!何馬鹿な事やってんだよ、早く服脱がないと風邪引くんだからなっ」
「ああ、そうだな」
 とか言いつつ、誉はなんだか嬉しそうに笑いながら脱衣所に出て行った。
「―――で、愛実は、宵威君とか言う子を本当に好きなの?」
「……たぶん」
 わかんないよ、本当は。
 だって、俺……人を好きになったことってなかったし。告白とかもされたのあんまりないしさ。
 好きって聞かれると……まだ心の中に疑問詞が残る。
「そう」
 薫は自分の前に無防備に裸体をさらす少年を愛しそうに撫でた。
 本人は大人になったと言っているが、そうではない。
 愛実の肌は水を華麗にはじき、その肌のきめ細かさを見目で語っている。触ると絹のような肌触りで、一生手放せなくなるような感触。
「愛実……そういうの嫌ってなかった?」
 そういうの?
「そういうのって?」
 思ったままに聞き返せば、薫の綺麗な目が俺をまっすぐ捕らえた。
「男同士の恋愛」
「……っ!」
「やっぱり苦手なんだ」
 薫の生生しい表現に、一瞬顔を曇らせると、薫は全てわかったような顔をして俺の頭にシャンプーを掛け、洗っていく。
「苦手なのに、なんでわざわざ男を恋人に選ぶんだ。『オツキアイ』ってのがしてみたいなら、女の子にすればいい」
 なっ!
 何を言ってるのさ。薫。
 どうして薫が反対するような事を言うのさ。
 だって、薫は…。
「……どうして、そんな風に言うんだよ」
「愛実は男と男の恋愛に向いてない。今のうちに手を引くんだ。それが、彼のためでもある」
 宵威の…?
 それ、どういうこと?
 なんで、俺のことなのに、向いてないとか言うんだよ。
 何言ってんだよっ!
「わかんない…っ」
「わかんなくていい。だから、アイツと分かれるって言うんだ」
 無茶苦茶だよ…!
「薫……?」
 いつもみたいに、美容師顔負けの指裁きで髪を洗ってもらってるんだけど、なんだかいつもと違う。
 薫の顔が見えなくて、不安になって俺は洗ってもらっている髪もそのままに振り返った。
「薫…」
 恐い…。
 すっごく恐いんだけど…。
「嫌」
 俺は、きっぱり言い切った。
「愛実」
 たしなめるように説教を続けようとする薫からシャワーを奪い取ると、自分で泡を流した。
 綺麗に洗われた髪は濡れたままなのにエンジェルリングを光らせ、誉ご自慢の黒曜石のような黒い瞳で愛実は薫を睨み返した。
 そして…。
 シャワーのノズルを一気に『冷』へ向け、お湯から水にすると、薫に向かってシャワーを掛けた。
「っ……愛実っ?」
 これには、さすがのクールビューティ薫氏も驚いたのか、さっきの誉みたいに広い浴室に腰と手をついて、愛実を見上げている。
 言っとくけど、これは俺の独立なんだからね。
 もう、薫や誉に甘えたり、従順したりしないんだからっ。
「俺はね、宵威が好きかどうかまだわかんなよ。わかんないけど、恋愛してみようって思ったの。だって……薫には……薫にも…誉がいるんだから…っ」
「愛実?」
「とにかくっ!もう子供じゃないんだから、恋人くらい……」
 ドタドタドタッ!ドカーン。
 最後まで言い切れなかった言葉たちは、リビング…いや、玄関から聞こえてきたものすごい音たちに邪魔された。
 愛実と薫は顔を見合わせて首をかしげる。
「愛実は身体を冷やさないようにちゃんと泡を落としてなさい。俺が見てくるから」
「……」
 確かに愛実のそのときの格好は、全身泡だらけで、もちろん裸。
 愛実が頷いてシャワーを浴びるのを見届けると、薫は不機嫌な顔でリビングへの扉を開けた。
「誉、お前何して……」
「離せっ!離せっ。俺は愛実さんに話があるんですっ」
「ふざけんなガキッ!てめぇなんかを愛実が相手にするわけねぇだろっ」
 リビングの扉を開けてすぐ飛び込んできたのは、散らかったその部屋の残骸と、ガタイの良い誉に食って掛って、取っ組み合っている少年―――基、芦屋宵威。
「何してるんだ」
 ご自慢の西洋風インテリアが全て無残な姿にされたと言うこともあって、薫は目の前の男二人どちらもに対して怒りを露にする。
 一番高かったサテンのソファが、傷だらけで端まで飛んでいる。
 誉は薫の機嫌の悪さに気づいて、自分から宵威の胸倉を突き放した。
「………愛実さんに用があってきたんです。あわせてください」
 よれたネクタイを手早く直して、身体についた埃を払いながら、宵威が薫に言うと、薫は天使のごとく笑顔でニッコリ笑った。
「お断りする。愛実は君には二度と合わせないし、お付き合いごっこもこれ以上にしてもらうよ」
「……なんでですか………」
「君が愛実に望んでいることを、愛実は知らない」
 宵威が望んでいること。
 それは、お子様で純情で、清純で、潔白なあの天使には理解不可能な淫らな妄想。
 夜毎膨らむその感情は、日々押さえを失ってきているというのに。
 愛実は気づかない。
 宵威は、自身の時に野獣にもなりかねないこのどうしようもない欲情を見当てられたようで、歯を噛み締め、睨み返す。
「あの子には無理。諦めるんだ」
「ぜーったい、嫌ですね」
 愛実の存在を知ってしまった日から、諦めることなんて出来ない事は明白だった。愛実を知ったのは………本当、本当にずっと前なんだけれど。
 愛実はその事を知らない。いや、忘れてる。
 思い出して欲しい、そして、あの時の誓いを…。
「俺と愛実さんが付き合うことを認めてください」
 例え、邪な感情が介入したからといって、俺のあの時の思いは一生純白に飾られている。
 あの時のまま。
 敬意を払っていったのに、目の前の美麗パパたちは、引きつった顔で中指立ててきた。
「誰が認めるかっ」
 息があってるんだか、合ってないんだかの二人の大きな声が合わさって、ますます大きくなって、それは風呂場の愛実にまで聞こえた。
「??」
 服を着る途中でそんな声が聞こえちゃったら、気になっちゃうに決まってる。
 愛実は長い大きめのバスタオルを、きゅっと引き締まった細い腰から下に巻きつけると、セミヌード姿で、声のしたリビングへと繋がるドアを開いた。
「ま、愛実さんっ」
「愛実っ!?」
「愛実ぃ!」
 愛実のあられもない姿に、男三人叫び合っていたことなど忘れて、三者三様に動揺する。
 宵威に至っては、愛実のセミヌードなど目の毒。
 それなのに、それだけじゃなくて、愛実の真っ黒の黒髪から滴り落ちる水滴とか、それが伝って落ちる首筋、胸、その上についてるかわいい…ピンクの突起。
 そして、そして、ただ巻いてあるだけのバスタオルの中なんて想像してしまったら、ネコもライオンになるというもの…。
「宵威!?家になんでっ!」
 そんな自分の姿がものすごいことになんか気づかない愛実は、純粋に宵威がここにいることに、驚く。
「あ、えーとですね…あの…っ」
 それまで獅子のごとく勢いで、強豪二人相手にがんばっていたのに、愛実の突然の出現にしどろもどろな宵威は、慌てて小奇麗にした自身のミダシナミをもう一度チェックして、愛実に向き直った。
「俺、愛実さんとのお付き合いをお二人に認めていただこうと思って…」
「お、お付き合いを、み、み、認めてもらうっ!?」
 何言い出すんだーっ!宵威!!
 勝手に一人で、何してるんだよーっ。
「ちょ、ちょっと落ち着け、宵威っ」
「いいえ、愛実さん。俺はいたって冷静です。このお二人は愛実さんのご両親なんでしょう?だったら、認めていただくことが第一です」
「え?」
 ご、ご両親…って言った……?
 だって……誉ちゃんも、薫ちゃんも…男なのに、変とか思わないの?
「誰が認めるって言ったんだ、ガキ。さっさと家に帰ってその腐った頭を冷やして来いっ」
「模試対決でもします?絶対に負けませんよ」
「ちょ、ちょっと…宵威…っ…お前…あのさ、あの…」
 とりあえず話し掛けてしまった愛実の方に、宵威の嬉しそうな顔が向いてきた。
「はいっ」
 えーと…何言えばいいんだっけ…だから、その…っ。
「あ、アリガト……」
 自分の上に人を作らず…と名言でも生まれてしまいそうなほど、プライドの高い愛実がお礼を言うなんて、珍しいも何もと言う感じで。
 慣れないことに愛実は自分でも動揺し、彼には珍しく顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「愛実さん……?」
 お礼を言われた本人ですら、何の事を言われたのかわからず、それでも、愛実にお礼を言われたという事は大きくて。
 思わず抱きしめたい衝動にかられ、本能の赴くままに愛実に近づこうとすれば、後ろから思い切り首に腕を回される。
「っ…!!誉……さん」
「てめー、何愛実に近づこうとしてるんだよ」
「恋人なんですから、当然ですっ」
 誉は宵威より全然大人で、その上柔道、空手の有段者だが、天才少年宵威もまた、格闘技に関しては一通り身に付けていた。
『恋人』と言う所を強調しながら、その有段を所得しているご自慢の身体で誉の腹を一発肘打ちすると、誉の拘束から逃れ愛実に再度近づこうとするが…。
「あんたら…どこまで邪魔する気なんですか…っ」
 そう。親馬鹿なパパはもう一人いるんです…。
「君が愛実に近づかないと誓ったら、邪魔なんかしないんだけどね」
 薫は俺の前にたって、俺を隠すみたいにしながら言った。
 むぅーっ。
 あのねぇ、俺ってこれじゃあなんか、庇われてるみたいじゃん。
「薫っ」
 俺は薫の腰のあたりを押しやって、前に出ると、久々に恋人を真正面から見た。
「愛実。愛実は着替えてきなさい」
「着替えるよ。着替えるけど、その前にみんなに言っとくことあるから」
「「……何?」」
 薫の声はテノールくらいで、誉の声はバスだから、一緒にしゃべられると、丁度ハモル感じになって、不思議なくらい……重みがあるっていうか、重圧がくるっていうか。
薫と誉って、妙に気が合ってるときがあるんだよね…。
仲………悪いときもあるくらいなのに。
「………俺…」
 心臓がバクバク言ってる。
 こんなの生徒会選挙の時だってなかったのに。
 あ〜、もうやけくそだ!
「俺、宵威の事気に入ってるんだからな!」
 恥ずかしいっ!
 言ってすぐ愛実はゆでだこみたいに真っ赤になった。
 そして、その場にいた他三人の男たちのうち、嬉しさで目を輝かせ居ているのが一人。そして、もう二人は………ショックと怒りと…とにかくいろんなものが混ざり合って混乱中…。
「愛実さんっ」
「愛実、どういうことだぁっ!俺は認めないぞっ」
「愛実!」
「と、とにかくそういうことっ」
 愛実はダッシュして、そのまま自室に逃げ込んだ。
 数分後、一回はさらに大荒れになったことを彼は知らない。
 ただ………。
「あ」
 どうしよう…。
 生徒会と学生会の交流会の為に、学校に泊まるなんて………こんな事が判明して許してもらえるかな……。
 愛実のストレスと悩みは、ますます増加しそうなのだった。
 とにかく、この一件で、愛実は決心したことが一つ。
「……誉と薫に言ったら、怒られそうだけど…」
 脱、『ちゃん』付け決定。
 
Bに続く。


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