「……なんですかこれは。榊原様」
呉羽はその日、受付の横の部屋にはいなかった。
それがまるで、俊貴が来るのを読んでいたかのようで、ソレすら腹がたった。
ようやく受けつけ嬢に話を通し呉羽を呼び寄せ、憤る気持ちを抑えつつ、呉羽に銀色のカートンケースを差し出す。
縦三十センチ、横幅七センチ程のそれは、想像しているものよりも重い。
その中身はこの店では最も価値のある産物だからだ。
「買いたい女がいる。その分の金だ」
この店では若輩の部類に入る身元の知れぬ男がそんなことを言っても、呉羽は眉一つ動かさない。
「どちらの娘でしょうか」
商売上と言った感じで、敬語を使ってくるが、その言い方があまりに悪く、敬語には聞こえない。
「花月」
俊貴はあくまで店の中の誰にも聞こえない声で、呉羽にだけ聞こえるように言った。
さすがに、それには呉羽も反応を示した。
ポーカーフェイスを少しだけ崩し、なんでお前がその名を知っているかと言う表情を一瞬だけ見せた。
しかし、俊貴がたまたま聞いた噂を口にしているだけと思ったのか、はたまた冗談だと丸め込もうとしたのか、また普段の真顔に戻ると否定し始めた。
「誰のことでしょう。そんな娘、ここでは雇っておりませんが」
確かに俊貴は若いけど、こんな態度で追い払われてしまうほど安い愚かな男でもない。
こういう態度でくることも覚悟のうえの真っ向勝負だ。
「会わせなきゃここで大声で言うぞ。ここの裏のナンバーワンがいる…って」
脅し。
それはあくまでも簡単な脅しだったが、呉羽は再び瞬きをし、反応を見せた。
呉羽にとって、どうやら花月はネックのようだ。
「花月は安々と買えるモノではありません」
足元を見ているのか、呉羽は簡単には花月への扉を開こうとしない。
俊貴はそんな呉羽に真っ直ぐと視線を向ける。
「いくらだ」
「一千万円」
そんな大金本日はないでしょう、といわんばかりに、まだ俊貴を追い出そうとする。
俊貴は先に手渡したカートンケースを奪い返し、中を開いて万冊の束を呉羽に投げつけた。
「百万の束が二十冊。なんだ、たった一千万でいいのか」
ニヤっと笑って金を無理矢理受け取らせると、俊貴は受付の台に寄りかかり、上から見下ろすように呉羽を見て、再び意地悪そうに笑う。
勝利を確信しての事だ。
「連れていけ。花月の部屋に」
呉羽は俺を再び値踏みするように下から上へと舐めまわすように見た。
こんな小僧がどっからそんな金を持ってきたのか、怪しんでいるに違いない。
けれど、どっからどこを見ても、俊貴の正体なんてバレやしない。
俊貴は完璧に『榊原俊貴』になりきっている。
誰も、東雲のぼっちゃんが佐倉に来てるなんて思いもしない。
そして、こんなところでせっせと情報収集してるなんて。
普通にのうのうと学生をしていたって、官僚や代議士、はては総理大臣にだってなれる器なのだから。
けれど、俊貴はそれを望んではいない。
自らの力で突き進む、それが榊原俊貴なのだ。
だから、ファーストネームが例えあの有名代議士の息子と一緒でも、誰一人疑いはしない。
まさか、あの東雲俊貴が佐倉に顔を出しているなんて、誰も夢にも思わないから。
「……花月の部屋の鍵は私1人しか持っていません。私の後を着いて来てください」
ようやく重い腰を挙げた呉羽に、俊貴は心の中で勝利の声をあげた。
しかし、気になることがある。
なぜ、部屋に鍵がある。
どこまでも続くかと思われる長い廊下を呉羽の後を追うように歩きながら、俊貴はその背中に不審の目を向ける。
もしかして、さっきのアゲハの話となにか関係があるのだろうか。
鍵着きの部屋に閉じ込められた女。
さしずめ、グリム童話のラプンツェルか。
「俊貴」
呉羽の姿が廊下の奥のほうに向って歩き始めた頃、アゲハが乱れた着物を直しながら話しかけてきた。
「あなたはきっと惑わされる……。花月は特別だから」
けれど、俊貴にはそんなアゲハの心配は、露ほどにも感じなかったらしい。
フッといつもの余裕の笑みで笑うと、振りかえって見たくなるその長身を翻し、呉羽の後をついていった。
「俺が誰かに囚われるわけがないだろう」
どこまで行っても自分一番な傲慢な男。
アゲハはこれ以上言っても無駄だと悟ったのか、追いかけてはこない。もしかしたら、追いかけてこられなかったのかもしれない。
佐倉に来なれた俊貴ですら通った事のないような奥まった廊下をどんどんと進み、暗がりの方へ案内される。
渡り廊下のような道を進まされ、ついた場所はまるで塔のような建物の入り口。
「榊原様、こちらです」
「ああ、お前は下がれ」
ずいぶんな態度で、ドアの鍵を開けた後も側にいる呉羽を邪険に扱う。
幼い頃から特別な子として育てられた俊貴は、少々尊大な態度をとるくせがある。
だがそれも、頭脳明晰、容姿端麗な部分から見ても外見と内面があっているので、誰もそれを咎めることはしない。
生まれながらに人の上にたつ人物というわけだ。
呉羽はそのふち無し眼鏡から覗かせる双眸を細めながらも、恭しく頭を下げた。
「……お客さま、おひとつご忠告がございます」
なんだ。お前もか……。
さっきのアゲハと言い、なぜこんなにもたった一人の人物に会うだけで忠告されなければならないのか。
その分、花月に興味が湧いたということは言うまでもないが。
うんざりするように睨み返すが、呉羽は気付かないのかそれに少しも怯むことは無い。
いや、この男のことだから気付いてはいるんだろう。
まったく、何から何まで癇に障る男だ。
「花月の事は他言無用。誰にも一切話さないと私と契約を結んでください」
呉羽は胸ポケットから、皮表紙の黒い手帳のようなものを取り出し、あるページを開き俊貴に突き出す。
そこには、日本、アメリカの首相、大統領の名前を筆頭に、毎年長者番付に入っている見慣れた有名大物芸能人、そして大物政治家たちのの署名と捺印が押してあった。
この男たちは、花月に逢える唯一の人たちということなのだろう。
あのアゲハですら、一晩に何人もの男を相手にする。
それなのに、花月はこれだけ見ると数人しか相手にしていない。
わずかな人数を相手にするだけで、毎晩好きでもない男たちに抱かれているアゲハより上だなんて。
一体、どんな女のか。
高鳴る胸の鼓動は、なんなのか。
欲しいものは必ず手に入れてきた。
いや、必ず側に、簡単に手に入るように準備されていた。
花月だってそうだ。
俺は必ず花月も手に入れる。
そして、俺の女にしてみせる。
俊貴は呉羽の持っていた手帳に、スーツの胸ポケットから取り出した高級ブランドの万年筆でサインを殴り書きし、親指を噛みきり少しだけ血を出すと、捺印場所に押しつけた。
真紅に色めく俊貴の血は、滲むように白い紙に染み渡り、そこに契約の証を見せつけた。
「…………榊原様、契約は必ず」
「くどい。男に二言はない」
俊貴が言うと、呉羽はもう一度深深と頭をさげ退いた。
俊貴は花月の部屋の扉のノブに手を回した。
呉羽に連れてこられた場所、それはこの佐倉の離れにあった塔の最上階。
レンガで固められたその部屋だけ、まるで昔話の物語の世界のよう。
一歩外に出れば、コンピューター社会がひしめきあい、電車が走り、サラリーマンが忙しなく動き回っているというのが、簡単には想像できない。
「本当にこれじゃあ、ラプンツェルじゃないか……」
俊貴は呉羽の足音が消えるのを待ってそう呟き、扉を開いた。
古びた木製の扉は、奇怪な音を出しながらゆっくりと開いた。
その音と連動するように、中から甘い芳香が香ってくる。香でも焚いているのだろうか、媚薬を秘めているような少し酔いしれるような香りが、鼻を擽る。
「花月」
その姿が見える前に、俊貴は名前を呼んだ。
佐倉は、全体的に大正をイメージした作りになっていて、ほとんどの女の子の部屋は和風な畳作りになっているのだが、この部屋は違った。
レンガで固められた壁には、窓が二つ。今はカーテンできっちり覆われているせいか、暗い印象がある。
電気は洋館から買い取ったものらしく、アンティークの中世のシャンデリア。
真っ赤な絨毯の上には、木製のセミダブルのベッド。
これは天蓋付きで、薄い白いレースカーテンが、ベッドの上にいる花月を隠していた。
他に二部屋あるようだが、それはバスルームと、トイレだろう。
俊貴は珍しく、燃え盛る気持ちを抑えつつ、一歩一歩ベッドに近づいていく。
「花月」
天蓋のカーテンを、この男にしては珍しく優しくめくり、花月を初めて見据えた。
その瞬間、俊貴は激しい動悸に襲われることとなる。
初めてみる花月の印象は……この世のものとは思えない、の一言。
目を見張るような銀色に輝く髪は、物語のラプンツェルのように、長く伸ばされ、座っている花月の足元を無駄に飾り、その色と同じ瞳が、薄暗闇の部屋の中で光っていた。
しかし、その瞳は何物も見据えてはいない。
堕落したような目。
何にも感動を得ず、何物も信用していない目。
俊貴ほどの男が目の前にいるというのに、何も思わないらしい。
そんな負の印象を受けるが、それがまたなんともいえずそそる。
「……」
花月は何も言わず、俊貴をも見てもいなかった。
ただベッドの上で、この洋風な作りに似合わない、白い肌襦袢だけを身に着け、座りこんでいた。
その襦袢から覗かせる真っ白な肌は、透き通るようで美しい。
細く華奢な身体は、色っぽくベッドの上に投げ出されていた。
目で、足で、身体で、行動で、髪で。
全身で男を誘う。
そんな花月に、俊貴は見入ってしまったのだ。
こんな少女見た事が無い。
……少女。
そう、この女は、女と呼ぶにはまだ若すぎる気がした。
見たところ、十五〜十六歳といったところだろうか。
自分より年下か、同い年くらいに見える。
この店に不釣合いだと言われる自分と同じく、浮いているというか、少しも馴染んでいない。
儚げな表情や、小さく閉じた真っ赤な唇、震えるまつげ、どこをとっても、商売慣れしたアゲハたちとは違っていた。
けれど、恐ろしいくらいの性欲を感じる。
俊貴は女に対して、抱きたいとか、欲しいとか、まして独占したいなどという感情を抱いた事がなった。
あのアゲハにすら、本気の思いという感情は抱いていなかった。
男なのだから、綺麗で体つきの良い女を見ればそれは何もせずにいるわけがない。ただ、それはただの生理現象とでもいった感じだった。
だから、波打つように自身の中で起こるこの感情はなんと表現すれば良いのかわからなかった。
俊貴はベッドに乗りこむと、客だというのに自分の顔すらみない花月の顎に手を回した。
花月は真正面から俊貴を見て、少し驚いたようだった。
俊貴は普段の余裕を見せつけ、苦笑した。
内心、そんなに余裕があったわけではない。花月という少女に不覚ながら緊張に似た感情を抱いていた。
「どうした。俺みたいに若いのは初めてで驚いたか」
揶揄するように探ってみるが、花月はつぶらな瞳をただ潤んだように輝かせるだけだ。
「いつも、大物オヤジたちを相手にしてるのか」
やはり、花月は返事をしない。
本当にいつも男を手玉にとってる、ナンバーワンなのだろうか。
その顔を覗き込めば、少しだけ不安そうにうつむいている。
その動き一つ一つを見ても、体を売って生活してきた感じはまったくしない。
魅力がないとかではなく、男慣れしてない印象を受ける。
いや、これは演技なのだろうか。
そうだとしたら……腹がたってしかたない。
……アゲハの忠告通り、惑わされてるのか……。
俊貴が指を一つ髪に絡めるだけで、その華奢な肢体は大きく揺れた。
「花月……」
それは驚いている気持ちだけではなく、むしろ、指の怪しげな動きにすら感じたようだった。
「お前はそうとうな淫乱らしいな」
俊貴はそんなことを呟きならがら、花月の耳朶に舌を忍ばせる。
一瞬、なんの反応も無かった表情が、まるで泣き出しそうなほど曇った表情に変わる。
淫乱……という言葉に、嫌悪を抱いたらしい。
けれど、それに反して身体は卑猥な反応を続ける。
俊貴は面白くなって、ますます花月を卑下た言葉で詰る。
「感じてるんだろう。身体に反応が見えるぞ」
俊貴が手を足に這わせると、花月は面白いくらいに手足をばたつかせ、身体を折る。
身体を売る店のナンバーワンだというのに、逃げようとするような仕草さえ見せた。
「声を出せ。感じている声が聞きたい」
俊貴の声は子供の声なんかじゃない。
容姿もさることながら、低くセクシーなそのボイスは、確実に花月を煽った。
しかし、花月は嫌だ嫌だと首を左右に振り、身体をなんとか俊貴から避けようとするだけで声を出す事はない。
「どうした…お前、まさかしゃべれないのか」
さっきから声を出さない花月。
最初は緊張しているからとか、警戒しているからとか思ったけれど、そうでもないらしい。
感じているのに必死に声を押し殺しているのは、商売女としてありえない。
もう少し……弄ってみるか。
俊貴が襦袢のもっと奥に手を推し進めようとした瞬間、あることに気付いた。
「……っ!」
花月の足と足の間に忍ばせた指は、男性にしかない特徴的な突起に触れた。
花月の身体は、女性のソレではない。
一瞬、花月が息を呑むような音が聞こえた。
女とは違うモノを見止めて、俊貴は何かを悟ったように薄ら笑いを浮かべる。
「お前……女じゃないな」
花月は驚きもせず下にうつむき、無言で俊貴の愛撫に耐える。
顔つき、体つきを見ただけじゃわからなかった。月明かりだけがボンヤリと照らす室内では、それを判断できなかったのだ。
けれど、花月の身体には、男だと言う印があった。
美しく可憐で、そして従順な花月。
男だろうが、女だろうが、俊貴には関係無かった。
それどころか、まるで秘密を手に入れたかのように胸の中にざわざわと快感がよぎる。
「へぇ……お前、男に抱かれてんのか。そりゃ、秘密だな。他の客には」
俊貴は花月のその部分を握ろうと手をさらに奥に伸ばした瞬間、花月に拒否されるように抑えられる。
「…………俺には触らせないっていうのか」
静かで深い声で俊貴が聞き返すと、いきなり唇を奪われる。
「……?」
花月のいきなりな行動に、俊貴は目を閉じることすら忘れ、美しい花月の顔に見入る。
さすが佐倉で働いてるだけあり、花月のキスは年相応のものではなかった。途切れ途切れに呼吸を整えながらの短いキスを何度もしかけてくる。
女を落とすことにかけて百戦錬磨の俊貴もついキスに夢中になってしまうような、そんなキス。
「……っ…!」
花月の感じている顔が目の前で見れて、俊貴はゴクっと生唾を飲む。
それくらい色っぽく、官能的だったのだ。
けれど、俊貴だってされるがままではない。
挿しこまれてきた舌の先端を吸いつくように寄せつけ、円を書くように口内を舐め回す。花月の身体を下に抑えこみ、唾液を注ぎ込む。
これが俺の味だ。
そう言わんばかりに、花月の口内とそのまわりを俊貴のソレでいっぱいにしていく。花月は少し咳き込みながら、それを飲みこんでいく。
思考が途切れるキスというのはこういうものなのか。
狂いそうなほどに、頭の中が真っ白になっていく。欲望以外の何モノもそこにはない。
欲しい…欲しい…花月が欲しい。
花月の乱れる様子をみながら、俊貴は熱を帯びていく。
濡れる唇一つに発情する。
もっと…。
そう思って俊貴は早急にコトをすすめようと、花月のその襦袢の胸元に手を差し込み、ひらき開けようとした瞬間、突然身体がガクンと落ちて行く感覚に襲われた。
「か……げつ…」
一服盛られた。
瞬間、花月の不思議な行動の意味がわかった。
口内に何か仕込んでいたらしい。
目の前の花月は相変らず可愛げなく無表情で、そっぽを向いている。
「くそっ………」
そう最後の力で叫ぶと、意識は飛んだ。
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