誘惑ハニー×ハニー

−1− 職業。 −3−


−2−


残された蜜の目の前には、例のあの人。
 ゆーっくり振り返り戻ると、やっぱりまだそこには神行寺がニコニコしながら立っていた。そう微笑んでいるだけなら、貴公子と呼ばれていてもおかしくないように思えるんだけど……。
「今日の番組のアシスタントは君に変更」
「えええっ」
 蜜は再び後ろに走っていきそうになったけれど、その前に神行寺に腕を掴まれる。そのまま無理やり手の平を開かれ、握手を二、三度。
「よろしくね、えーと……」
「う、上原蜜です」
 名前も知らないのに選ばれたと思うとますますよくわからない。
 蜜は料理人でもなければ、料理が上手いと評判の芸能人でもない、もちろん料理学校卒業なんて履歴があるわけでもない。
 ただの一介のアシスタントディレクターなのだ。
「ふーん……蜜…ね」
 けれど、神行寺は何か意味を含めたように目を細め、微笑みながら蜜を見つめるばかりだ。
「あ、あの。俺、料理のことなんて何も知りませんよ」
 蜜が戸惑いを隠せず正直に告げると、神行寺はそのピアノでも弾くのかと思うほど細く長いしなやかな指で、まだ奥で泣いているグラビアアイドルみゆきちゃんを指差して言う。
「あの子だって、別に料理の知識なんてあるわけじゃないだろう。それに加え、あの子は料理じゃなくて、自分を売ることと、俺へのアプローチで頭がいっぱいなのが見え見えでね……料理には邪心があってはいけないんだ」
 さっきまで……美人メイクさんと××していた人とは思えない発言だ。
 蜜はいまいち信用できず、目の前の綺麗すぎる男を凝視してしまう。
「俺だって、視聴率あげなきゃとか、思ってます」
「それは君の仕事だからだろう?」
 ああいえばこう言う……。
 でもこの流れだと、蜜が出なければ今日の番組は中止以外のなにものにもならない。新堂をチラリと見ると、もう既にそれで進めていく手筈を整えている。
「……俺、本当に料理の知識ないです。家でもほとんど自炊なんてしないし……」
「蜜」
 神行寺に名前を呼ばれて、何故だか蜜は身体に静電気が走ったような衝撃を受ける。
 声全体が甘く、人を蕩けさせるような感じがするのはわかっていたけれど、こんな風に名前を呼ばれるのは初めてだから……。
 指先が少し震える。
 なんだろう、なんだか、腰が立たなくなるような、そんなスウィートボイス。
「君は調味料みたいなモノだよ」
「……調味料?」
「そう……まぁ、俺だけが気づいてくれれば一番なんだけど……」
「?」
 神行寺は、無理かな、と少しため息交じりで独り言のようにしゃべると、俺の手を再び取って楽屋の方に引っ張り歩き始めた。
「ぇ、あ、あの神行寺さんっ?」
「君の魅力を引き出してあげるよ」
「って、ええーっ」
 蜜は大声を上げながら神行寺の楽屋へと連れさらわれた。
 楽屋はもちろんさっき、蜜が神行寺とメイクさんのあの現場を目撃したあの部屋。
 神行寺がどんどん入っていく中、蜜は入り口で戸惑って足が進まない。
 だって、なんか香りが……するから。
「ずっとそこにいて入らないつもりかい、蜜」
「……俺はもともと楽屋には入れないんです」
 わけがわからない香りが嫌で、蜜は少しだけ不機嫌になる。
「でも、今は君は俺のアシスタントだろう?さあお入り。今連絡したから、彼らもすぐ来るはずだし」
 彼らって……?
 そう聞こうとした間もなく、蜜は大きい音と声と圧迫感に背後から襲われ、流れで部屋に押し入れられてしまう。
「奏也――っ!急に呼び出すの止めろよなぁ。こっちだって都合があんだっつーの」
「まったくだ。たまたま同じビル内にいたからいいけどよー。お前、俺らをいっつも呼び出して使うの止めろよな」
 入ってきて早々、世界の神行寺に文句を言っているのは中学生くらいの男の子二人。二人とも神行寺に負けず劣らずの綺麗な顔立ちをしていて、輝いて見える。まだ成長途上なせいか、男の子と言うよりも中世的な印象がある。
 真っ白の服と、真っ黒の服と言う違い以外、外見上の違いはまったくないと言っても良かった。
「二人とも……少し静かにしてくれないか、蜜が驚いている」
 神行寺は、メイクミラー前の台に腰掛けていただのが、やれやれと二人に近づいていく。
「蜜?」
 二人は同時に発し、蜜の方に同じ色の瞳を向ける。
 淡いダークグレー。深い海の底を連想させるような、何か秘密でもばれてしまいそうな、人を虜にしてしまうような色だ。
 蜜は見つめられるがままに、二人を見つめ、少し微笑んだ。
 蜜の笑みが向けられたとたん、殺風景な楽屋は色を覚える。
 春風が吹いたように変わった室内の雰囲気に、二人は頬をピンクに染める。
「……蜜って……」
「え?」
 黒い服の子が何か言いかけて、口篭もる。
 年下の子に呼捨てにされたことなんかまったく気にはならないけれど、でも、何を言いかけていたのかは気になる。
 さっきの神行寺の言葉のこともあるし。
 けれど、蜜が何かを聞く前に、神行寺が蜜を背後から抱きしめる。
「し、神行寺さんっ?」
「ああ、驚いただろうやかましくて。こいつらは俺の甥でね双子なんだ。黒い服着ている生意気そうなのが久遠(くおん)、白い服着ている口うるさいのが永久(とわ)」
 神行寺が名前を言うと、久遠と永久は行儀良く横に並び、お辞儀を一つした。
「神行寺久遠、中学校一年生。この世で一番嫌いなモノは神行寺奏也。よろしくっ」
「神行寺永久、中学校一年生。この世で一番憎いものは神行寺奏也。よろしくっ」
「お、俺は、あっと……ここのテレビ局のADで、上原蜜って言うんだけど……」
 蜜も合わせるように、戸惑いながらの説明をすると、神行寺が後から続ける。
「今日から俺のアシスタントをしてもらうことになったんだ」
 え、今日からって…。
 今日だけ、の間違いじゃ……。
 蜜が慌てて肩越しに神行寺の顔を見ると、神行寺は相変わらずあの綺麗な顔で笑うだけ。
 でも、その笑顔を見ると、蜜はどうしても何もいえなくなってしまうのだ。
「えええーっ。なんだよそれ奏也、お前蜜を騙してんじゃねーの」
「蜜、いいのかよこんなヤツのアシスタントなんかして……こいつ、非道でサイテー野郎だぞっ」
 二人同時にガンガンとマシンガンのように言ってくるので、なんて答えたらいいのか分からない。第一、蜜自身、なんでこんなことになったのかわからないのだ。
「まぁ、だから。お前らに蜜を弄ってやって欲しいんだ。好きにして構わない……よ」
 それまで、神行寺が嫌いだ、最低だと罵っていた二人の声がピタリと止む。
「男に二言ナシ、だからな」
「ああ、約束しよう……ただし、香水の類は使うなよ」
「はいはい、わぁーってるよ、な久遠」
「もっちろーん。じゃ、蜜、覚悟しとけよ」
「え、えっ?」
 わけのわからないうちに約束が結ばされたのは、本日で二度目。
 蜜はわけもわからないまま、久遠と永久に囲まれる。
「よし、脱がせっ」
「蜜、大人しくしてろよ。気持ちよくさせてやるから」
「え、えええーーっ」
 ジーンズとTシャツ同時に手をかけられ、蜜は楽屋で悲痛な声をあげた。

 「よし、完成」
 久遠の声が耳元でして、蜜はゆっくりと目を開ける。
 服をひん剥かれてから、ずっと目を閉じろと言われていたのだ。
 場所は前面ガラス張りの楽屋の中。蜜は、鏡に映し出された自分の姿に声も出せずにいた。
「すっげー綺麗。蜜って、美形だったんだな」
「違うよ、可愛いんだよ。見てみろよ、超プリティじゃん」
「こ、これ……俺……なの」
 鏡に映った自分に問い掛けているのか、それとも久遠や永久に話し掛けているのか、蜜は呟くようにそういった。
 だって、鏡に映っていた人物はそれまでの蜜ではなかった。
 もしかしたら、蜜を良く知る人物さえ蜜と思わないも知れない。
 少し長かった髪は綺麗にカットされ、日本人離れしたミルクティー色の髪を引き立てている。
 その髪で隠されていた大きな瞳が綺麗に見えるようになったおかげで、どれだけつぶらで澄んでいるかが明らかになった。
 さくらんぼのように膨らみを帯びた血色の良い唇は、美味しそうに熟れている。
 真っ白い肌に、浮かぶピンク色の頬がまた可愛らしさを際立たせている。
 それに、身に付けているものも違うせいで、放たれる雰囲気が一段と変わる。
 それまでは仕事上不便にならないように、動きやすく汚れてもよいようにと普通のジーンズに、普通のTシャツ姿だったのに対し、今身に付けているのは布地もしっかりとした高品質で着心地も数倍良い代物だ。
 少しハニー色の入ったワイシャツは、蜜の髪と合わせたもので、その上に着ているブラウンのジャケットがアクセントになっている。
 少し派手目でごついタイプのベルトは、普段の蜜ならば絶対に身につけないようなメタリックな感じで、ただポイントになっているシルバーの薔薇は、可愛らしさを出していて、女性にも好まれそうだ。
 そして、ジャケットに合わせたもう少し濃い目のブラウンのハーフパンツは、蜜の細く長い足を強調していて、やけにエロく見えた。
「何ボケたこと言ってんだよ。蜜に決まってんじゃん。かなりイけてるぜ」
「そうだよ。つーかもったいないんだけど、なんで髪、わざと黒くしてたんだよ」
 蜜は指摘された髪を苦笑しながら掴んだ。
 元々ミルクティーのような色をしていた髪が、今露にされてしまっている。
 蜜は複雑な気持ちで、床に散らばった色を戻す前に切られた自分の髪を見た。
「好きじゃ……なかったから、さ。ほら、変な色だし」
 蜜が言うと、コンコンと楽屋の外でノックされる音がした。
「蜜、終わったのかい。入っていいかな」
「え、あ、神行寺さんっ、え、ちょっと……っ」
「ちくしょー、あいついっつもいいところで邪魔しやがって」
 慌てる蜜もなんのその、それまでいつのまにか消えていた神行寺が扉を開けて入ってきた。
「……っ!」
 神行寺は蜜を見るなり、言葉を失ったように立ち止まり見つめてきた。
「お、俺を見ないで下さいっ」
 蜜は自分の汚らわしい色をしている髪を隠そうと楽屋を動き回り、着替え用に設置されているカーテンで頭を覆う。
「お願いです、見ないで下さい……こんな、こんなの……っ」
 キモチワルイ。
 蜜はどうにかなってしまいそうなのを必死に堪える。
 もし、もしもここに久遠や永久がいなければ、恥も外聞も無く泣き喚いていたかもしれない。
 純粋な日本人のはずなのに、髪は外国人にも珍しいミルクティーのような淡い色。
「蜜」
 再び、あの甘い声で名前を呼ばれ、蜜はビクッと身体を震わせる。
 この声は身体を支配する何かがあるのだろうか。
「いやっ……こないで下さいっ」
 なおも拒絶の言葉をカーテンに包まりながら発する蜜を、神行寺はカーテンごと抱きしめる。
「は、離してくださ……っ」
「君は何を美しいと思い、何を汚いと思うんだい」
 神行寺の声は柔らかく、静かに、蜜を穏やかにさせていく。
 まるで癇癪を起こした子供のようだった蜜は、神行寺の体温と大きな手と、脳内に侵入してくる温かな声とで、何故か少しだけリラックスできた。
「君は綺麗だ」
 だが、神行寺にそんな一言言われたくらいで、長年培ってきた常識が瞬時に消えるわけがない。
 やっぱり日本人としてこの髪の色は可笑しいし、自分の中世的な容姿にもコンプレックスは残る。
 だけど……。
「俺が君を変えてあげる……」
「お、俺を……?」
 神行寺の一言、一言にあわせて、手が緩み、それまでガッチリと握っていたカーテンが滑らかに離れていく。
 蜜はそれでも不安を隠せず、カメほどのペースで振り向くと、そこには神行寺の神秘的なくらいかっこいい顔があった。
 やっぱり、綺麗とか、美しいとか言うのはこういう人に使うべき言葉なんじゃないだろうか。
 蜜は少し俯いて、神行寺から視線を外した。
「俯くのはよくない」
「ぁっ」
 神行寺はそういうと、蜜の顎に手をかけグイッとその顔を上げる。
「っ……あのっ……」
 キスされるのか、されないかと言うぐらいまで顔を近づけられる羞恥に、蜜は真っ赤になりながら、何も言えずにいる。
 見れば見るほど変わる表情は、羞恥に煽られながらだんだんと色気のある表情へと変わる。
 頬が少し上気して、瞳が自然に潤む。
 小さな唇から発せられる言葉は、欲情した人の溢す声の音を含んでいる。
 もちろん、蜜がそれに気づいているか、いないかは別だ。
 黙ってその蜜の肢体を見ていた神行寺は、蜜を抱えると軽々と持ち上げた。
「えっ、し、神行寺さんっ」
 華奢だ、小さいと言っても、蜜だって百六十八センチはある大の男だ。
 それを軽々持ち上げるって……。
 神行寺はただの料理人であるはずだから、体力や筋力はそんなにないと思っていただけに、蜜は驚いてしまう。
「久遠、永久、お前らはもう良い……帰れ」
 蜜を久遠たちから遠ざけてからそういうことを言う神行寺に、またしても最後は美味しいところをもっていかれる、と久遠も永久もすごい目で睨んでくる。
「くそーっ!冷血人間、最低な変態ヤロー」
 捨て台詞も最悪に、久遠も永久も、メイク用品や衣装をまとめると出てってしまった。
 二人きりになった室内で、真行寺は蜜の頬や髪を愛しむように撫でていく。
 醜いとしか評価できなかったその髪を撫でられるのはまだ抵抗があり、蜜はぎゅっと目を閉じる。
 そんな蜜の首筋に、神行寺は怯えさせないように静かに近づき唇を添える。
「んっ…」
「甘い……」
 鼻から零れる甘い声に、真行寺は目を細め、突拍子のないことをしゃべり始める。
「……君は知っているかな、一億分の一の可能性を……」
「っ、えっ?……ぁぅ…可能性っ…?」
 耳朶に少しだけ歯を立て噛みながら、神行寺は極上の声で囁く。
「ああ、君は…それだ」
 意味のわからない言葉に蜜は首を傾げるが、神行寺は相変らず蜜の首筋に熱い濃厚な口付を贈る。
 蜜の身体を弄るように動く神行寺の手は、頬から胸へと降り、反対側の手は男のそれとは思えないほどしなやかで綺麗な太ももを擦る。
「っ……俺が、えっ……何っ…」
「蜜……まさに君にピッタリの名前だ……」
 神行寺の手をこれ以上進め無いようにと、その大きな手に小さな手を重ねるが、指一つ一つにまったく力が入らず効力が無い。
 自分の意思とはまったく関係無く、ただただ神行寺にされるがままに声が出て、身体が跳ねる。
「あの……これ、何っ……」
 神行寺の言葉の真意はわからない。
 ただその前に、このなんだかエッチくさい行為の意味がもっとわからず、困った顔をして荒い息のまま蜜が尋ねると、神行寺はあの貴公子のような顔で最高にエロく笑った。
「君は俺の手で変っていくんだ……手始めに……ね」
「ぁっ、あっ……んんんっ」
 下半身を軽く服の上から触られながら、唇を奪われる。
 本当に、奪われるという形容詞が合うようなそのキスは、蜜の思考から全てを消しさる。ここが、楽屋だということも、もう少しで本番なのだということも。
「……甘い、君は本当に……ハチミツのようだね」
「っ、んっ、はっ……ふっあ」
 何度も何度も角度を変え、深さを変え唾液と息と濃厚な舌が進入してくる神行寺のキスに、呼吸を乱しながら、蜜は必死になってキスを返す。
「んんーっ……っぁっ、ああ」
 キスだけなのに、身体が震えビクビクと身体が小刻みに揺れる。
 感じていると悟られるのが恥ずかしくて、蜜は足のつま先を震わせながら必死にキスを拒む。
 けれど、快感に酔いしれてしまっている感情は素直で、口付に答えようとするココロの方が大きかった。
「怖がらないで……今は…触るだけ、だから」
「っ、あっ……っ」
 服の上から胸の飾りを強く握られ、きゅっと絞まった双丘を撫でられる。確実な快感がこないせいで、より身体は神行寺の手を欲し、いつもの蜜を忘れ快楽に身悶える。
「ァアアッン……も、あっ……神行寺さぁん……っ」
 フワリと香る蜜の甘い香りに、神行寺は視神経全てを蜜に逆に奪われる。
 シュガーと言うよりは、ハニー。
 作られたコロンやフレグランスとは違い、天然の甘さを秘めている香り。
 何億人に一人、またはこの世で生きているうちに出会えないかもしれない香りの持ち主。
 ハニー。
 快感、快楽、羞恥、美徳、背徳、強欲、発情、欲情、耽美、悦楽……様々な性感帯を刺激する感覚に襲われた時のみ現われる香り…。
 普段はその花が隠すようにしていてわからないのだが、好意をもつ人に触られると香りを放つ。
 濃厚で、それでいて爽やかで、ますます性欲を上げるそんな香り。
 性器近くはそれが香りやすいが、また首筋や胸、うなじなども香りが強い場所だった。
 神行寺は初めてであった「ハニー」の香りに当てられ、蜜にむさぼるようにキスをする。
「っぁっ……も駄目ぇっ……」
 最も大きく蜜が声を荒げると、その香りは脳内どころか、下半身に直撃し理性を壊しかける。
 しかし、神行寺はすんでのところでその気持ちを押さえ、自分の肩にもたれながら、息を弾ませる蜜をそっと抱きしめる。
「君は……俺の手の中でそう喘いでいればいいんだ、いいね」
 神行寺の言葉は、蜜にやはり疑問しかもたらさなかった。


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